3-2
さて、回想をここいらで切り上げてそろそろ視点を現在に、つまり日比谷幸が蛍光灯を頭で景気良く割り、上米良、雅の2人より自分の意識が消えていた前後の流れを話し聴く辺りから始めたい。
「え!? 雅さん、そのコンクリートブロックで上米良先輩の頭を殴ったんですか!!」
日比谷幸のリアクションが部屋に響く。ナイスリアクションと上米良が親指を立てるが、それとは対比に物事の流れを話していた雅は上米良を見ながら「化け物」と小さく呟いた。
幸は自分の頭を触りながら、顔を歪ませ「やっぱり痛かったですよね?」と上米良に聴く。
「まあ、…普通かなぁ」
「え、」
まるで食べ物の感想でも述べるように、答える上米良に幸は少し身を引き、「きっと、やりすぎたんですよ雅さん…」と彼女を少しだけ非難するが雅は首を振り「やりすぎたんじゃなくて、やりなさすぎたのよ」と続けて「この人私が頭を思いっきりぶん殴ったけど、傷一つなく、代わりにコンクリートの方が砕けたのよ。どう思う? 気持ち悪いと思わない?」と吐き捨てた。
「おい、先輩に向かって気持ち悪いはないな姫香。せめてカッコいいとか凄いとか言わないと、先輩も1人の人間だからね」
「だから、褒めたじゃないですか化け物みたいで気持ち悪いって」
「座ってると体鈍るし姫香、そろそろ蛍光灯千本ノックやろうか?」
「は? 蛍光灯千本ノック? まぁ詳しく聞かなくても言葉からしてろくでもなさそうなのは分かりますし想像できます。別にいいですよ。もちろん先輩が受けて私がバットを振る方ですけど」
「面白いこと言うね姫香。いいよ私が先行で蛍光灯でもバットでも受けてあげる。でも気が済むまで殴って私が失神しなかったら攻守交代で、今度はキミが受けで私が殴ると」
「上等よ。今度こそ泣きべそ掻かせてあげるわ」
「あ、あの!」
「ああ、ごめん幸も混ざりたいよな」と上米良に腕を引っ張られ立たされると地獄へと連れていかれそうになり、幸は焦る。「あの! 上米良先輩。ほんとに傷一つなかったんですか!? 頭、割れなかったんですか! 信じられません! だって私、コンクリートで叩かれて頭、パッカーンて、え、嘘ですよね!」と慌てたように幸は捲し立てた。
幸の焦りが通じたのか上米良の歩みがぴたりと止まる。
「あれ? まだ話してなかったけ? あの話?」
「あの話ですか?」「どの話よ?」
幸と雅がそれぞれ疑問を口にする。
「なるほどねー。まぁ正式な部員である姫香には話してもいいけど、幸にはまだーー」
「何か問題があるんでしょうか?」
幸の表情が曇る。
「別にそんな深刻な話ではないよ。そうだなぁーよし。ここいらでもう一度はっきりしておこう」と言い上米良は自身の顔を両手で弾き続ける。「よし、幸、最終確認。キミはデスマッチ部員として入部する。それでいいだよね?」
上米良に問われた幸は今更何故そんなことを聞くのかと言いたくなる。
ーー上米良の話によるとデスマッチ部に入部する代わりに助けられたと聞いた。記憶にはないが私もその提案を飲んだと聞いた。そこに無効も拒否権もないと…。
「誘っといて何だけど辞めてもいいよ」
「でも、私に拒否権はないんじゃ」
「ごめん。無理矢理加入させようと思ったけどさ、やっぱり強制的にやらせる気持ちも魂もこもらない試合程、見ていてつまらないものってないんだよね。それに見てる側だけじゃなくて一緒に試合や練習をする側もダイレクトにそのつまらない思いを受け取るからさ、それが鬱陶しいのってなんのって」
「急に断るって、そんな…私にはデスマッチは厳しいってことですか?」
「いや、別に厳しいなんて一言も言ってないよ。ただ、できるか、できないかを聴いただけ」
ーー何故、先輩は急にそんなことを言い出すのか? できるとかできないとか…。
自分の頭が割れる記憶を思い出し幸はくちびるを噛む。
ーー正直言ってデスマッチなんて……あんな、野蛮で殺し合うような競技なんてしたくない。でも、強制だから…それでいいじゃないか。私の思いなんて今更どうだっていいじゃないか。何故そんな困らせることを言うのだろうか。やめてほしい、そんな感情を曝け出すことを言わせるのは。
「ねぇ幸は何であの時、私を救おうとしたの?」
「え、雅さんをですか?」
雅は髪をかきあげながら幸に近付き「そう言えばまだ、お礼を言ってなかったわね。ありがとう。それと、ごめんなさい。あの時、アナタを汚く罵って」といい何故か真っ直ぐな蛍光灯を渡される。
「いえ、全然気にしてないです。それに、あの時無様にやられただけで雅さんを救うことができませんでした。逆にご迷惑をお掛けしました」
蛍光灯を受け取りながら幸は頭を下げるが「謝るな。私が馬鹿みたいでしょ」と雅に頭を小突かれ謝罪しながら直ぐに顔を上げる。
「理由、あるんでしょう」
「理由ですかーー」
幸は雅に向けてこの学園の入学当初の思い出を語る。
入学したて今と同じく体の小さかった幸が特定の人物から目をつけられるのは当然の成り行きで、入学して1週間と経たずに幸は日常的に不良から金をせびられていた。
幸だけでなく入学生を狙ってのカツアゲはこの学園の悪しき伝統のように見えぬところで平然と行われていた。
一昔前の世界とは異なり異世界累進法ができたこの世の中で教師や周囲に相談した所で状況が改善される見込みはなく、自分の身を守れぬ弱い者は特定の個人や団体に金を払い身を守ってもらうか、異世界への逃げ道を選んでいた。
世間に疎く尚且つ新入生の幸はそういったさまざまな逃げ道を上手く見つけられぬまま、日々言われるがままに不良に金を払っていたのだが、それを止めてくれたのが雅姫香だった。
雅の一言によりカツアゲは止まり、雅が紹介した風紀委員に加盟したことによってその後の学園での平安は保たれる。
「あの日雅さんに救ってもらえなければ、私は今頃、死んでここにはいません。ありがとうございます」
幸は頭を深く下げお礼を告げる。
「私はとっくに忘れちゃてたけど、そんな古いことよく覚えていたわね…」
心なしかそっぽを向いた雅の顔が赤くなる。
「忘れる訳ありません。私にとって、いや、華がない学園の生徒にとって雅姫香さんは憧れであり正義でしたから。そんな雅さんが理由は分からなかったけれど、あの場で闘い痛々しく苦戦していた」
「つまり、恩返しがしたくて突っ込んだ訳だ」
「それも、あるかもしれません……その、なんて言うんでしょう。あの時の雅さんはいつもの学園で見る輝かしく強い雅さんは違って見えて、それでいてもいられなくなって気付いたらご迷惑にも突っ込んでいました」
「…そう、アナタにも分かってたのね」
「どう言う意味ですか?」
「何でもないわ…それで、勇敢にも私を助けてくれた幸はどうしたい? このまま入部する? それとも辞めておく?」
「…..正直分かりません。自分がどうしたいのかどうするべきかも……でも…でも、私なんかが入部した所でお二人に迷惑かけてしまうかもしれません…それなら辞めておいた方がいいかもしれません。それに惨めに死に掛けた私にはデスマッチの才能なんてないと思います…試合してもきっと迷惑をかけてしまいます。ですから……辞めておきます」
幸は終始顔を下に向け言葉を絞り出す。
「そう…それが幸の答えか」
「はい、すみません失礼します。あの、上米良先輩も助けていただきありがとうございます」
幸は雅と上米良に頭を下げて体を反転させる。
「ねぇ、上米良先輩。なんで、先輩は幸をデスマッチ部に誘ったの」
雅が腕を組み成り行きを見ていた上米良に問う。
「…まぁ、辞めよう決意した幸を引き留めるようで、あまり言いたくはないんだけど、あの瞬間の幸に底知れない魅力を感じたんだよね」
「え? 私にですか…嘘ですよね?」
幸の脚が止まる。
「嘘じゃないぞ、って言っても信用しないと思うけどさ。とにかくキミにはそれぐらいの魅力があるってことだけでも、忘れずにいておいてよ。別にデスマッチだけじゃなくても、ふとした瞬間無意識に溢れる出る魅力って、どこに行ってもきっと役立つはずだからさ」
「…そうなんですね、ありがとうございます。覚えておきます」
ーー上米良先輩はああ言ってるけど、きっと社交辞令だよね。
しばらくその場で止まっていた幸は、再び歩みを進める。