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「ああ、起きましたか」

 日比谷幸が目を覚ました時、物語に出てくる魔法使いのような格好に帽子を被った人物が目の前にいた。

 その人物はビニールシートの上に散らばっていたドーナツを手で掴むと一口頬張り、「ふー」と息を漏らすと、再び別のドーナツを拾いもぐもぐと食べ始めてしまう。


「あのー」

 幸の言葉など聞こえていないのか、彼女の口が開くとドーナツが吸い込まれ肝心の言葉は吐き出されない。

 仕方なく、幸はありがたいお言葉を待つ信者のように姿勢を正して彼女を見ていたが、幸には一向に興味がないのか、ドーナツと時間ばかり減っていく。

 マイペースな彼女から視線を外し幸が周りを見渡すと、空間はかなり広いが、そこは通い慣れた学校の一室のようで椅子も机も黒板まであった。自分の体をあちこち触るが、どこも痛いところは無く、思い出すのが嫌になるぐらいの顔面も触診では異常はなかった。その他、気になる点と言えば不思議なことに自分の周りにドーナツが散らばっていたぐらいである。


「あ、あの!?」

「はい?」

「私、死んだんですよね?」

「うーん、どうだろねー」

「……あの、なんか、異世界ぽくないですよねここ」

「はぁ…」

  幸の言葉など興味がないかのように生返事をした魔法使い? はまたまたドーナツを頬張り頬を膨らませてしまう。

 想像よりも貫禄のない神様的ポジションの人物に疑問は持った幸だったが、「ま、現実こんなモンだよね」と呟き「ほんとに、こんなもんなんだよね!」と焦り出した。


「あの! 私にも何か能力が貰えるんですか?」

「え、能力?」

「ほら、その、よくあるご都合主義的な超人的能力が」幸は懸命に手を動かしアピールしたが、肝心の神様? がピンと来ていないのか、「はぁ…」「うーん」「あー」と要領を得ない。

 聴くのを諦めた幸はもしかしてと思い「ステータスオープン!」と叫び右手を掲げ今度は左手を掲げ、旗揚げゲームのように左右を突き出すが、何も起きない。

「えーと、あれ?」

何だか恥ずかしさを覚えた幸は一旦状況を整理しようと深呼吸をした時、「はう、はるほどねー」と行儀悪くドーナツを頬張りながら喋った異世界人? は幸を呼び寄せるように手をぺこぺこと動かす仕草をした。


「あの、何ですか?」

「ほら、転がってる物どれか一つあげるよ」

 彼女が指差す視線の先、ビニールシートの上に散らばる色とりどりのドーナツを見た幸の頭の中でごちゃごちゃとしていた糸が急に繋がった。

「ああ、なるほど! そう言うことですね!」

 周りに散らばるフレンチクルーラーに、チョコクリスピー、オールドファッションにグラタンパイのような物まで、幸の目にはそのどれもが素敵で超人的な能力を宿す魔法の食べ物に見えて仕方なかった。


「えっと、一つだけですよね」

「うん、一つだけだねー、それ以上食べたら私キレる」

「す、すみません」

 肩をすくめ散らばるドーナツに目を向ける。

 何だか見ていると能力云々よりも純粋に、お腹が空いてきてしまい、直感で良さそうな能力を宿ている物をーー否、今、食べたい黄金に輝くエンジェルクリームに手を伸ばした幸は、迷いもせずにパクりと齧り付いた。


 瞬間口いっぱいにクリームが広がり甘さの海に溺れる。その海は口だけでは終わらずに脳内へと広がり、満たされた脳から電気が流れ幸の頬が自然に緩み笑顔になった。

「もの凄く美味しいです!」

「そう、よかったねー」

 幸は笑顔で何度も美味しいと言い、理由は分からないがみっともなく両目から涙が溢れた。


「どうした? そんなに美味しかったのなら、もう一つぐらいドーナツ食べていいよ」

「いえ、違います。大丈夫です。これで十分です。ありがとうございます……」

 ーー救えなかった。私如きが手を出した所で、結局何一つ世界が変わる訳なかったんだ……ほんとに、ほんとに、ごめんなさい。異世界ではどうか幸せに生きてください…。


 嫌という程に流れ出した涙をせき止めるように、口に苦しくなるほどにドーナツを詰める。

「そんなもったいない食べ方したらドーナツが泣くから辞めな」

「す、すみません」

 ドーナツのことになると人が変わったかのように喋り出したドーナツ好き? に謝罪した幸は両目を擦り鼻をすする。

 ーー泣いたって意味がない。少しでも今よりも前向きにとらえなきゃ。


 幸は未だドーナツを食べる手を止めない依存者? に口を開いた。

 自己紹介からスタートして相手の名前を聴き出す。ドーナツ愛で少し打ち解けてくれたのか、魔法帽子を被った彼女はミナホ楓という名前を教えてくれた。想像通り異世界者みたいでどうやら外見通り魔法使いみたいだ。


 幸はミナホに授業で教わっていた異世界での話を聴くが「うーん、日本よりちょっと酷いぐらいかな」と話をはぐらかされてしまう。先生は否定していたが生徒間の噂で聞いていた殺人や強盗が日常的に行われていたり、恐ろしいモンスターなどがうじゃうじゃいる話も振るが、「……まぁ日本と犯罪率は変わらないよ。モンスターは…クマ程度かな」と言われ、幸はとりあえずほっとした。


 目線をドーナツに向けていたミナホから異世界線どうしが無数の糸のように繋がっているのは本当のことだと教わる。ミナホは私が住む異世界線と後4つ程ある異世界線が日本と唯一国交を結んでおり、死んだ者はそのどれかに送られると言った。そこは授業で教わっていた通り間違いないみたいだ。

「ってことは、雅さんは今、最低でも5つの異世界線のどれかにいるってことですよね!」

「まぁ、その雅? って子が死んでれば当然そうなるね」


 ーーそうなんだ。なら頑張れば会えるかもと胸を少し膨らませた幸だったが、直ぐにそれが萎んでしまう。

 ーー今更、雅さんに会ってどうするのか。彼女にとっては私なんてただの他人いや、それ以下だというのに…。


「あーもしかして日比谷幸、自殺考えてるでしょ? やめ時な。アナタが異世界行っても死ぬだけだから」

「えっ…異世界? 死ぬ?」

いきなり頭が混乱することを言い出したミナホに顔を向けた幸に対してミナホは言った。「転生しても、アナタじゃ直ぐに死ぬよ、あの世界では生きられない」

「あの! 異世界って! 私って死んで異世界転生したんですよね!」

「死んだかどうか分からないけど、日比谷幸は異世界に転生してないよ」

「え、」


 間を埋めるように教室の出入り口が唐突に開くーー扉を開け放ち登場したのは上米良魔技とその背後にはあの瞬間を忘れさせる程の傷一つない綺麗な顔立ちの雅姫香だった。

 夢でも見ているのか呆けたように固まる幸に近づいた上米良はその頭を嬉しそうに撫でる。


「さすが楓さん。あんなにぐちゃぐちゃに潰れた頭が綺麗さっぱりに治ってるじゃん。相変わらず仕事が丁寧で早いねー」

「どうも」

「あの、上米良先輩。こんなに沢山の蛍光灯何に使うつもりですか?」

 両手に重そうな袋を抱えていた雅はうんざりした様子で袋を床に下ろす。

 ガサリと置かれた袋から真っ直ぐな蛍光灯を一本取り出した上米良は野球少年のように肩に引っ掛けた。


「何って、蛍光灯はデスマッチの基本のキだよ。そんなモノも知らないでこの部活に加入したの」

「入部はしましたが、あくまで目的の為であって、好きだから入った訳でなく、目的を達成したら直ぐにこんなヤバそうな部活辞めますよ!」

「またぁ、そんなくだらない事言ってる後輩には1発喝を入れちゃうぞ」

 ビュンーー。

 と上米良は肩に引っ掛けた真っ白な蛍光灯を横振りした。


 それをスレスレで避けた雅は顔を怒らせた。

「な、何すんのよ! 危ないわね!」

「ああ、ダメダメ、避けたら受けの美学に反するでしょ」

 ビュンーー。

 と雅の艶のあるピンク髪が数本連れてかれる。

「ふざけんのも、いい加減に!!」

「あの、仕事が終わったんで私そろそろ行きますね」

 牽制し合っている2人の間を割るようにドーナツを両手と口に加えたミナホはこの状況に目もくれず教室を後にする。


 上米良がその背に向けて「お疲れーまたよろしくね楓さん」と告げて、仕切り直しとばかりに雅に向き合い未だ離さない蛍光灯を見た幸はようやく、意識がハッキリし立ち上がりると「ちょっと、やめてください!!」と駆け寄った。

 駆け寄った幸に待っていたのはテンプレートのごとき展開で、雅の頭で散るハズだった蛍光灯の終着点が幸の頭部へと移りーーパガンッ!! と景気良く割れるーー。

 蛍光灯から散った白い粉を見ながら幸は嬉しそうに涙を流した。

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