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おとぎ話は願いごとのあとで  作者: 枕野くろす
第一章 月へ還る麗しき姫
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第7話「おとぎ話①」

 見えないものが見えたり、聞こえないはずの音が聞こえたり、そんな超常の感覚が実在するとしたら。

 それ自体を恵みとして受け取るか、災いとして受け取るかは体験してみるまで分からない。

 人より感覚が尖っているだけ、周りの人より頭の回転がはやいだけ、たったそれだけのことで良くも悪くも生き方が変わる。

 ”比較”と生物は切り離せない。


 他との違いを気にしない人間はいない。

 たった一度でも他者との比較をしないで生きてきたという人間がいるなら、会ってみたい。


 僕は、普通の人とずれてるなと感じることが昔からあった。

 でもそれは自意識過剰で、広い世界を見てみればそんな違いは些細なものだと信じて生きてきた。

 おかしいのは僕以外の方、僕と似たような人なんていくらでもいる、そんな風に。

 でもその”ずれ”が、僕という存在が世界からはみ出た結果生まれたモノだということを理解したのはそう昔のことではなかった――――――。



「地面、なかったりしないよな…?」


 教室を出て保健室までの道を歩きながらつぶやく。

 夢の中に居る可能性を少しだけ信じたかったから。

 献一の様子はどう考えてもおかしかった。

 いや、おかしい、というのは違うのかもしれない。

 あいつは至って真剣に、嘘をついている様子など微塵もなく、本気で僕を心配していた。

 だとするとおかしいのはあいつじゃなくて、僕ということになる。


「どうなってんだよ、本当」


 合宿に月夜さんが居なかった……?

 じゃあ僕がペアを組んだ彼女は誰だったんだよ。

 献一の言い分から察するにそもそも僕はペアを組まなかったのか?

 代わりに誰か別の人物と組んだ?そんな記憶は微塵もない。

 悪ふざけにしたって趣味が悪いけど、献一の態度がそうじゃないことを物語っていた。

 ていうか、仮に僕の記憶も献一の言い分も真実だとしたら、月夜さんじゃない人を月夜さんだと思い込んでいたか、僕だけが見える月夜さんとペアを組んでいたかのどっちかってことになる。

 想像上の彼女とペアワークしてたとか笑えないぞ…。


「いや、ありえないな」


 自分で考えてみて馬鹿らしいと吐き捨てる。

 何か、常識じゃ図れないことが起きているのか。それこそばからしい気もするけど、僕はどうしてもあの合宿に月夜さんが参加していなかったという事実を認められそうになかった。


(献一以外にも話を聞いてみないとだな)


 そうすれば献一か、僕かどっちかがおかしくなっていることに多少は説得力が増すだろう。

 自分で自分がおかしくなったとは思いたくないが、仮に誰の記憶からも月夜さんが居た事実がなくなっているのであれば、それは僕がおかしいということになる。


「休み時間になったら稗田に聞きに行こう」


 月夜さんが登校しているかどうかは分からないが、稗田が学校を休むイメージはなかった。

 同じクラスだし、今日の出欠を尋ねてみようか。

 

 保健室に着いた僕は、先生に体調不良を訴えて午前中だけ横になる許可をもらうのだった。



「…んー。あれ?」


 チャイムの音で目が覚めた。

 人間不思議なもので、その気はなくても横になってボーっとしていただけなのに意識が落ちていたらしい。

 カーテンをゆっくり開けて時計を見ると、針は12時をすぎたばかり。


「気分はどう?まだ優れないようなら早退した方がいいわ」


「いえ、だいぶ回復したと思います。なんだか頭が軽くなった気がしますし」


 先生に早退しない旨を伝えた後、礼を言ってから保健室をあとにする。

 自分の教室に戻る前に、A組へと向かう。

 何の変哲もない、いつもと同じはずの光景。この学園自体古い建物ではないので、壁や廊下どこをとってもどこか真新しさを感じずにはいられない。

 風化した個所など当然なく、整備がしっかりしているという印象は入学前から変わらない。

 とはいえ入学してまだ2か月足らずでありながら、視界に映るものは見慣れたと感じるものばかり。

 改めてそんな風に思いなおす自分に、寝ぼけていた頭が醒めてきたなと感じる。

 だからこそだろうか。

 少しずつ冴えてくる頭と引き換えに、言い表せないような不信感がどこか芽生えてきているような、そんな気がした。


 A組の教室の前に着いてみて、少しだけ緊張している自分に気づく。

 思えば、入学してからこれまで自分のクラスの教室以外にお邪魔する機会なんてなかった。

 部活にも入っていない新入生だからそんなもんだろうと思うのだけど、普通は違うのだろうか。

 例えば、合宿で告白なんてことを試みた神崎みたいな人ならいちいち緊張なんてしないだろうことは想像できる。

 そういう気安さは少し、羨ましくある。


 とはいえ、ここでマゴマゴして時間をつぶす趣味はない。

 僕は教室のドアをさりげなく、音が鳴らないくらいの強さで開けて中を伺うのだった。


 当然だけど、僕はA組の席構成なんて知らなかった。

 他クラスの教室で誰がどの席に居るかなんて、よほど通ってないかぎり覚えることなんてないだろう。

 だから稗田の座っている席の位置が想像通りだったことに驚いてしまった。

 あいつは真ん中の一番前の席に居た。


「失礼します」


 休み時間だからか、教室に残っている生徒の数はさほど多くなかった。

 とはいえ無言なのは不気味なので一応、挨拶しながら中に入る。

 そんな僕に稗田は気づいたのか、こっちが何を言うでもなく声をかけてきた。


「ふむ、珍しいこともある。伯川をこの場所で見るとはな」


 声掛けというよりは独り言に近い発言のようにも思えたけど、僕はそのまま言葉を返そうと思って席に近づいていく。

 歩みを進めながら、疑念が湧いてきていた。

 もしかしたら、普通に独り言だったのかもしれない――――、と。


「ちょっと稗田と話したいことがあって。今、ちょっと良い?」


「俺と?構わないが…」


 僕の発言をきいて、訝しげな眼を向けてくる稗田。

 関係性を知らない人が傍から見たらひとりごとを呟いた奴(有名人)に対して、無視して一方的に話しかける他クラスの奴(無名)っていうやばい絵面っぽい気がしなくもないけど、肝心の稗田にはたどり着けたようなので良しとする。


「実はさ、月夜さんのことなんだけど―――――」


「なんだ?伯川まで手伝ってくれというんじゃないだろうな?」


「は?」


「野暮なことを言うつもりはないが、想いを伝えるのであれば俺の力など借りない方が良いと思うぞ。月夜と、そして伯川自身のためにもな」


「そ、そそ、そんなつもりはないぞ!ただ話を聞きたいだけなんだって!」


「む、そうなのか」


 思いの外大声を出してしまったことを後悔する。

 ここがA組の教室であるということを忘れていたんじゃないかというくらい自分を出してしまった。

 そんなはずあるわけないのに。

 無意識というのは怖い。


「月夜さんは今日も休み、なのかなって」


「ああ。()宿()()()()()()()()()


 あえて僕は、自分の記憶と異なる事実を前提に質問を繰り出した。

 だがやはり、特に気にする様子もなく稗田は淡々と言葉を返していた。

 つまり、稗田もあの合宿に月夜さんが参加していなかったと認識していることになる。


 一瞬だけ、僕を騙すために献一と口裏を合わせている可能性がよぎったけど直ぐに切り捨てた。

 そんなウソをつく意味がない。

 仮に僕が合宿に参加した教師や月夜さん自身、他のA組の生徒全員に月夜さんの不参加について聞き込んでいった場合、それが嘘だと露見する可能性が高いし、何よりそれがどういうものをもたらすのか想像がつかない。

 何より月夜さんが今日欠席する確証がもてるとは思えないし、そうじゃなくても僕を騙すためだけに彼女に欠席するようお願いするわけがない。

 見返りがあるとすればどういうものになるのか、それがまったく想像できないのだ。

 見返りなしに僕を騙すというのも、目的が全く見えない。


 総合的に考えて、稗田や献一の記憶にある合宿と、僕の記憶にある合宿が異なっている可能性の方が高そうだった。

 というか、そう考えるしかないって感じだ。

 僕の周囲に居る生徒、特に合宿中に絡んだ二人の男子に聞いてみた結果は、だけど。

 なら、合宿中に僕と絡まなかった人に聞くしかない。

 その上、月夜さんの出欠について認識している可能性が高い人に。


「やっぱりそうだったか」


「おかげで神崎やら他の男共からの頼みも不完全燃焼でな」


「どういうこと?」


「実は合宿中に、月夜に告白したいという男子が複数人居てな」


 神崎だけじゃなかったのかよ。

 ていうか、そこの認識はどうなってるんだろ。

 普通に考えるなら月夜さんが居なかったんだから、そもそも中止って感じだろうけど。


「もちろん、月夜は不参加故に実行できた者は居ない。ただ、そのせいか彼女が登校してきたら教えてくれと今朝も再三頼まれたのだ」


 お前のように教室に出向いてくれれば助かるのだがな、とぼやく稗田。

 そうは言っても、他クラスの情報なんて自然に手に入るものでもない。ただぼーっと過ごしているだけで手に入る情報なんて、たいていは自分にとってはどうでもいいことばかりなのである。

 自分が欲しい情報だけに絞るなら、そのクラスの人に教えてくれるよう頼むのは仕方ないことなのだろう。

 とはいえ、実際にその男子たちが気になっているのは()()()()()、じゃなくて()()()()()()()なのだろう。

 そんな予知じみたこと、分かるのは彼女自身だけだろうに。


 まあ毎日毎日、他クラスに顔出して今日月夜さん来てる?って聞きにいくのは普通にしんどいだろう。居ればいいけど居ない日が続くようなもんなら割と辛いと思う。

 主にA組の生徒から目を向けられるのが。


「そりゃ大変だ。ちなみに、神崎は告ってたよ」


「なに?いつの話だそれは」


「合宿最終日だよ」


「はぁ?」


 何を言ってるのだ、と言わんばかりの顔に少しだけ笑ってしまいそうになる。

 やっぱり、稗田も献一と同じだ。

 本気で、あの合宿に彼女が居なかったと認識している。


「だから神崎のことは気にしないでいいよ。あいつも礼言ってたし」


 これは事実。

 最終日、施設を発つ際のバスへの乗り込みのときだった。

 神崎は、僕が告白シーンを見ていることをばっちり認識していたし、そのことで捕まえられたのだ。

 なんでも、最終日の時点で体調を崩していたようで、息も絶え絶えといった感じのくせして無理していたらしかった。


『かっこわるいとこ見られちゃったついでに、稗田くんにありがとうって伝えといてくれないか』


 回復したら自分で言いに行くから、と言って神崎は別車両に乗せられて一足先に帰っていったのだ。

 伝言好きな奴だな本当、と思ったけど頼まれたからには伝えようとは思っていた。

 とはいえ僕も稗田の連絡先を知っているわけではなかったから、今日まで保留していた。なんなら、今日神崎は普通に登校してくると思ってたから伝言の必要はなくなるかも、と思っていたくらい。

 実際普通に登校してきてたし。

 まあ、今朝神崎の姿を見るまで意識の外にやっていたのは事実である。


 こうなると必然的に神崎も告白したその事実がなかったことになってるんだろうな…。


 見ると稗田はますます目を細めて僕を見ながら、何か考えているようだった。

 やがて不審ましましの稗田は、思い出したように喋り出した。


「そういえば確かに神崎からは何も連絡が来ていないな」


「直接礼を言いに行くって言ってたから、いずれ来るさ」


 稗田に礼を言ってから、僕はA組を退室した。

 ここからあれこれ追求されても満足できるような答えはなにもやれないし、それならと有耶無耶にして退散することにしたのである。我ながら、身勝手な振る舞いである。

 やつと話して分かったのは、神崎以外にもあの日告白を試みていた男子が複数いたことと、神崎も認識が変わっている可能性が高いということである。

 僕と絡みが少ない神崎が、僕を騙すための嘘に協力している可能性はかなり低いと考えられる。

 ましてや思い人である月夜さんが居なかった合宿という作り話に協力するとは思えない。


 彼女は合宿には参加していない。

 それはどうやら僕以外の全員にとって事実である、とそう納得するしかないだろう。

 とはいえ、合宿に参加した教師に聞くのはマストだ。

 そして、彼女自身にも。


「まるでおとぎ話、か……」


 一体何が起きているのか。なぜ起きてしまったのか。

 何一つとして答えの出ていない状況。

 そのことに思い悩む存在が、僕だけであるという事実。

 

 それは先の見えない暗闇がずっと続いているような、そんな感覚。

 摩訶不思議な謎はまだ、はじまったばかりだった。

次回、第8話「おとぎ話②」に続きます。

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