第3話 脆くか弱いこのセカイ①
◆5月24日(金)◆
一昨日の何とも言えない別れから時間は経ち合宿当日。
彼女の言った通り、昨日校内に彼女の姿を見ることはなかった。
言ってしまえば、今まで通り。いつもの一日を終えるだけだったのだ。
「貸し切りバス、ね。豪華だけど、これから勉強のためだけの施設に行くって思うとやる気は大幅減退だナ!」
すでに学園を出発したバスの中で、献一が隣で呟いていた。
そう、勉強施設だ。
これから、3日間の合宿を行う場所であり、文字通り勉強をすることに
特化した施設となっている。今日の夕方までバス移動となるので、事実
勉強に使う時間は明日一日ということになる。
最終日は午前施設出発で夕方学校に到着といった感じなので、
ちょっとだけ予想とは違う。もっと勉強漬けだと思っていたから。
「学校側も勉強だけするっていうカリキュラムにちょっとは思うところがあるんだろ。普通合宿っていったら、いろんなレクとかもっとこう、遊びが入る余地あるしな」
マジで勉強しかないとか本気に信じられない、とごちる献一。
確かに、普通に考えてみても異質だとは思う。しおりを見て困惑したのはみんな同じだろう。
二日目、この合宿のメインとなる日の予定が就寝・食事・勉強の3つしかなかったからネ。
うん、普通におかしい。
それは明日1日だけだとして、ほかの学校でもなかなかお目にかかれないスケジュールであることは予想できる。
だって三日間の予定の中にある言葉が上の三つと移動だけなんだもの―――――。
「班の顔合わせは着いてからなのもちょっと意外だったな。バスの席から決まってるもんかと思ってた」
「基本バス席は行き帰りどっちも自由にしていいんだもんな。いや、僕としては願ったりなんだけど」
こいつ以外が隣だとして、多分暇なままバス時間が終わるだけだろう。
そういう意味じゃ、助かっているのである。
班のメンバーも月夜さんと献一、そして僕とB組の播磨って人なわけで、2人も知り合いがいるので
コミュニケーションに困ることはないだろう。
播磨さんのことも献一が知っているっぽいし。
「到着まであと5時間か。お昼はもうすぐだが、ちょっと遊びますかね」
「ご自由に。僕は寝る」
「いやそれはないだろ、つゆのんよ。お昼もうすぐって言ったよね?
なんで寝る?飯食って寝ようぜ」
「……わかったよ。ただ、つゆのん禁止な。前も言ったのに」
まぁ、こいつがいうことを聞くような奴じゃないことは理解しているのだが。
なんか、自分がそういう風に呼ばれるのは気持ちが悪い。
毎回のように呼ばれているわけでもなし。
そう気にすることはないと振り返ってみると思うのだが。
「ポーカーするか。ポーカー。お菓子賭けて」
「望むところだ。でもいいのか?お前、僕に勝ったことないじゃないか」
「だからやるんだっつーの。今日こそは勝つ。もうバス着きそうだし、一回勝負だからな」
やる気満々だった。
勉強では万に一つも勝てると思えないのが現状だが、トランプやらボードゲームの類は違う。
僕の方に分があったりするのだ。しかも、勝率100%。
こうなってくる本当、単純に献一の運の悪さというか勝負強さというか。
ほとんど、こいつの致命的ともいえる弱点が呼んだ勝率なのだが。
考えていることがすぐ表情に出る、という弱点のことである。
何にでも向き不向きはあるものなんだな、と思う一方だ。
そして今回の勝負はというと。
「はい。そんじゃ、グミおごってね。この昼休憩のあとはもう施設まで直行だし、忘れるなよ」
「ぐぬぬぬぬ。なぜ勝てん……、手札配りも山札弄りも何もかも俺が采配したというのに……」
広げられたフルハウスとストレートの手を見る。もちろん、フルハウスの手の方が僕である。
なるほどストレートだったのか、と納得がいった。
やたら、二ヤついてるなと思ったらこんな手だったか。
道理で入れ替えなかったわけだ。
最初の手札の段階でできあがってたら、うれしくなる気持ちもわかるけどさ。
そういったわけで、献一の手が高いことは簡単に予想できていた。
にもかかわらず勝負をうけたのは、至極簡単。
一回勝負って決めてたからである。降りたら負け、とか言うぞ多分こいつ。
「今回は惜しかったよ。さすがに負けがよぎった」
「慰めはよせよ。いいぜ、勝負だもんな。グミおごってやるぜ畜生」
潔い。こいつのこういうところは美点だな。
頑固な僕とは対照的だ。
そうこうしている間にバスは停車し、休憩時間となる。
その場所は自然公園。近くにコンビニやレストランもあるので、自由に昼食をとれ、とのこと。
弁当を持ってきている人はバス内でも公園でも自由に。
持ってきてない人はほとんどがレストランだと思うが、とにかく時間厳守で自由時間というわけだ。
なんなら、この合宿最初で最後の自由時間という説が濃厚。
「んじゃ飯とグミ買ってくるわ俺。露音は弁当だろ?」
「ご名答。バスの中で先に食べてるからな」
「はいよ。待たないでいいぜ、って言おうと思ったのに」
ぶつぶつと言いながら、バスを出る献一を見送る。
気づけばバスの中に残ったのは、僕を含めても5人ほど。
弁当箱を包む風呂敷をほどきながら、周りを見渡すとその中には、委員長もいた。
うん。まぁ、特に話すことはない。
食べ始めてから話しかけられると、対応に困るしどうしようか。
機嫌が悪くなることなんて知られたくないんだけどな、本当。
あ――――やば。
見つめすぎたせいで目が合ってしまった。ばつが悪いので軽く会釈する、が。
委員長はなぜか、会釈を返して終わらせるのではなく。
こっちに近づいてきていた。
「どうも、伯川くん。もしかして、今日お弁当?」
「そ、そうだね。昨日一昨日と食堂で済ませちゃったし」
「そうなんだ。ね、良かったら一緒にどう?」
こうなることを、全く予想できなかったとはいわない。
周知の事実だが、彼女は親切で、とても優しい人だ。一人寂しく食事をとろうとしているクラスメイトに
声をかけるくらい造作もないことだろう。
ただ、僕の場合は少しだけ反応に困る。
受け入れたら、僕は食べながら会話ができないし、そもそも話題の手札もそんなにない。
断ったら、せっかく声をかけてくれた彼女にばつが悪すぎる。そんなの僕のメンタルの方がもたない。
じゃあもう答え決まっているようなものじゃないか。
「喜んで、と言いたいところなんだけど。献一を待ってるんだ実は。
だからほら、手を付けてないでしょ」
「そっか。じゃあ悪い、かな。私も一緒に、とか」
「いや、あいつは反対しないよ。絶対。うん、絶対。問題は……」
「問題は?」
うーむ。これは、やっぱり正直に話してしまうべきだろうか。
その方があとくされないし、僕も楽になる。
このまま断ってしまうよりも何倍もメンタルに優しい。
よし決めた。話そう。信じてもらえないかもしれないけど。
「問題は僕にある。実は僕、ものを食べながら会話しようとすると、滅茶苦茶気分が悪くなるんだ。理由はよく分からないけど、そのせいでだいぶ態度が悪くなっちゃって。だから霍澤さんがそれでもよければって感じなんだけど」
「分かった。気を付けるから、ご一緒させてもらうね」
うーむ。何というか。即答だった。
言って1秒も経ってないのではと思うくらい。
僕自身、かなり驚いている。全然隠せていないくらい。多分、カオに出てる。
すごいテキトーな断り文句にも聞こえてしまうからだろうか。
思い返せば、滅茶苦茶失礼である。
最低だな、僕。
「あれ、委員長じゃん。委員長も弁当なの?」
「あ、中川君。うん、お昼一緒にどうかなと思って」
「あー、いや。委員長、露音はやめた方が良いぞ……」
「大丈夫だよ献一。一応、正直に説明はしたからさ」
コンビニから戻ってきた献一。
彼に気をつかわせてしまう前に、僕は大丈夫だと口を挟んでいた。
そうか、といつも通りの感じで返す献一。表情を見るに本気で平常心だな。
ありがとう、めっちゃ助かるぞ。そういうところ。
「それじゃ委員長、ここの席使いな。水谷たち、レストランまで行くって言ってたしまだ戻らないだろうから」
「ありがとう中川君。じゃあそのお言葉に甘えて。ごめんね、伯川君。嫌、だった?」
「そんなわけないでしょ。いや、本当にすごい機嫌悪くなるからさ僕。自分でもどうかと思うくらい。
だから本当は、こうなる前に食べ終わっておきたかったってのが本音なんだけど」
「まあ、しょうがないだろ。できるだけ話は振らないようにするから、さっさと食べ終われ」
悪い、と献一に声をかけて、いただきますと一言手を合わせる。
手際よく弁当の中身を口に運んでいく。次々と、次々と。
食べるのはそれなりに早いと自負しているが、今日ほどそのことに感謝した日はない。
けどまぁ、食べながら話すという行為に、憧れがなかったわけではない。
ただ、自分にはどうしようもなく合わなかっただけ。
何度か人と試したことはあるけど、どうしても相手を嫌な気分にさせてしまう。
何を話しかけても不機嫌に返事を返されるのだから。
当然といえば当然なのだが、それはとてつもなく疲れることで。
食べ終わってから謝るという行為に僕は疲れ果てたのだ。
だから、食べ終わるまでは声を出さない。話を振られて、声が出そうになるだけで不機嫌の種が植え付けられる。
自分でも意味が全く分からないし、この先も理解できないであろう。
「ごちそうさま。ごめん、二人とも。迷惑かけた」
「はやいな。別に急がなくてもよかったんじゃないか。でも、そうか。俺と委員長、二人の聖域もこれで終わりというわけか―――――――――」
「なんだそれ。ごめん霍澤さん、こいつたまに…いや、結構な頻度で変なこと口走るんだ。気にしないでやってほしい」
「いえいえ。お二人は本当に仲が良いよね。昔から」
うん?
確かに、僕と献一の付き合いは中学からだけど、そんなこと話したっけ。
いや、僕からは絶対に話してない。
ということはこいつか。まあ、知られたところでどうという問題でもなし。
むしろ話が早くて助かるまである。
「あの中学からここ選ぶ奴なんてそう居ないからね。僕だってこいつが神楽を選ぶなんて結構意外だったし」
「そりゃ目指すなら上目指すだろ。俺一応進学志望だし」
「神楽に来たからには進学以外の手なんてないよね…」
単純にレベルが高いのである。神楽学園。
いや、自分の成績の言い訳をしているわけではなく。
神楽町という町の中で最も有名で、全国でも名門の一つと称される学び舎。
伊達に進学率100%をうたっていない。そもそも、大学への進学を考えていない人はこの学園を受験しようとさえしないだろう。
かくいう僕も同じで、この学園に徒歩で通うために両親の元を離れて祖母の家で暮らしているのだ。
……これは噂というか不確かな情報なのだが。
なんでも、「神楽町」が学園名の由来なのではなく、逆なのだとか。
学園の名前が町の名前の由来になっているらしい。
「そういえば委員長のグループはどんな感じ?」
「私は5人班だけど、私も含めて4人がCクラスの女子だったから……」
5人班、そういえば有ったような。それにしてもCクラスから4人ってことはAかBから一人なのか。
学年全体で見たCクラスの学力的な立ち位置はまさに中間。特待組がAからC、一般がDからFなのである。言ってしまえばCは特待生だけの中であれば一番下なのだが。
さすが委員長。学年トップの成績なだけある。
おそらく、AやBとも遜色のない彼女だからこそ、5人のうち4人が同じクラスなんていう変な構成が許されているのだろう。
一概にCがAやBに劣っている訳では無い証拠だと思う。あくまで、1年のクラス分けは入試が基準だろうし。
ぶっちゃけ、僕はDクラス辺りが1番過ごしやすいんじゃないかと思っている。
一般クラスは今回の勉強合宿を実施しないみたいだけど。
「僕もそっちの班がよかったな」
「え!?それってどういう…」
「いやいや学年トップと一緒のグループなのに文句言うなよ…」
僕の発言に対して委員長が何か言いたげだったようだけど、食い気味に横やりが入ってきた。
献一の声だった。
「だから嫌なんだっての。僕がいるからっぽいしこの班構成…たぶん、おそらく…てか絶対。」
「まだ気にしてるのか。たった一回、初めての試験でしくじっただけだろ?」
「あの、伯川君。もしかしてあの日浮かない顔してたのって…」
そういえば。試験結果が返ってきたとき、めっちゃ落ち込んじゃってたからなぁ。
誰もいないと思ってた教室には委員長がいたんだった。
「あー、はは、そうなんだよね。かなり酷くてさ前のテスト。授業についてくのもやっとだったんだ最近は」
はぐらかそうにも、僕の事実を知っている奴がいる場ではかえって不自然だと思ったから、正直に言った。
所詮分不相応。僕本人の力では身の丈にあってないんだ。
婆ちゃんのためにドロップアウトだけは、と頑張っていくつもりではあるけど。
「いや、別にふてくされたりしないよ。正直後悔も残ってるし、今度は後悔もしないようにただ頑張るだけだしさ」
「よく言ったぜ。だいたい、気にしすぎなのさお前は」
気楽にいこうぜ、と奴は言う。
僕にだって、ポジティブに考えてたいと思っている節はある。入学してまだ2か月弱だし、献一の言う通り一回目の試験が悪かっただけ。
いくらでも挽回のしようはある、と。
そのためにも、この合宿で何かきっかけぐらいはつかみたい。
数日間で成績が一気に上がるならそんなに楽なことはないだろう。
だから、きっかけ。
僕が授業についていけてない原因、その対処のためにできる効果的なことを見つけられたらいいと思っている。
「気にしなきゃ動くきっかけにもならないんでね。僕の場合」
「…もしよかったらだけど、合宿のあとも勉強会とか付き合うよ、私」
そんな、委員長の言葉に思わず目を丸くしてしまった。
ほんとに、優しいんだなと思う。
きっと、僕が彼女と同じくらい勉強ができて、いくら余裕があったとしても、結局は自分のことで手一杯だろう。ましてや成績不振の生徒を気に掛けることなんて、できないだろうな。
たとえそのことが、自分のためになるとしても、だ。
「合宿のあとになって、気が変わらなかったら、ぜひお願いします」
少しだけ、恥ずかしさはあった。
勉強会といえば聞こえはいいけど、内容はきっと僕が一方的に教わるようなものになる可能性が高いだろうし。
だけど。
彼女の思惑がどうであろうと、差し伸べてくれた手を払いのける勇気も力も僕にはない。
頼れるものは頼りたい。猫の手だって借りたい。
現状を変えられるなら。
その思いは揺るがない。
昼食を終え、再びバスが走り出してから約3時間。
まだ日は照っているものの、もうすぐで夕方だなという時刻。
僕たちを乗せたバスはようやく、合宿場所にたどり着いた。
教師から説明を受け、順々に施設へのチェックイン手続きを済ませていく頃にはもう、玄関から見えた外の色は橙に変わっていた。
「そういえば、部屋割り詳しく見てなかったな」
チェックイン手続きの際に部屋番号の確認をしたけど、鍵は既に僕の前にきた同部屋の生徒が受け取ったらしい。
同部屋の生徒、か。
一応、夜時間も勉強に費やすことから活動班のメンバーと大きく変更することはないっていう情報だけ確認してたけど。
『大きく変更することはない』
この部分に引っ張られすぎたかもしれない。さすがに前日にでもちゃんと目を通すべきだったかも。
どれどれ、見てみようか。
献一は確定してると思うから、他に誰が一緒になってるかが重要だな。
「げ」
思わず声が出た。その理由はというと。
まず、僕らは3人部屋だった。基本的に4人割りのようだったけど、例外が僕らである。
そして、メンバー。2泊とはいえ、誰と一緒になるかは重要なところである。
中川献一、伯川露音と続いて書かれた次の欄には、稗田輝彦と名前があった。
ここで本題に入ろう。
なぜ思わず声を上げたのか。
A組の稗田といえば、学年次席の秀才。
男子トップの学力を持つ人物。
部屋メンでもくっつけられるほどに注視されている僕の学力への学校側の不信を感じること。
そしてもうひとつ。
この男は、この学園の入学試験の時、僕の後ろの席に居た男なのである。
そしてそれは、僕にとって割と不都合なことだったりする。
「誰かと思えば伯川じゃないか。同じ部屋なんだし、共に行こう」
漏らした声に反応してか。
部屋の鍵を右手に、荷物を左手に携えた当の本人から声をかけられてしまった。
文武両道、高身長、整った顔立ち、少し言動が若者らしくないことを除けば非の打ち所がないような男。
人当たりも悪くないし、外見からして女子にもモテてそうだ。てか絶対告白されてる。A組はあんまり浮ついた噂とか流れないのに、この男についてはちゃんと流れてた。
そしてこの男は。この男は、知っているのだ。
入試の時、調子に乗りまくっていた僕のことを。
誰にもバレたくない、僕の秘密を。
「あ、ああ。部屋の番号は1205ね」
「1つ上の階だな。エレベーターは混んでそうだし、階段で行こう」
「え、階段の場所分かるの?」
「だいたい受付の横か、建物の端っこだろう。受付横には無かったから端っこにあるはず」
「わかってねーじゃん・・・」
稗田は自分の持っている知識にすごく正直な人間だ、というのが僕の彼への人間評。
入学試験の場で思わず話し込んだのは席が近かったからという理由以上に、彼が話しやすい人間だったからということが大きい。
初対面の人と緊張の走る場所で意気投合する、というのは結構大変なのだ。
僕自身はできない。
稗田に引っ張られたから、そういうことになっただけなのだ。
「疑問なのだが・・・」
(本当に)端っこにあった階段を登りながらふと、稗田が口を開いた。
嫌な予感がしたので、別の話題をぶつけようと頭を回転させたが時すでに遅し。
既に疑問は言葉となって僕に降り掛かってきた。
「なぜ、伯川と俺が同一の部屋なのだろうな」
「・・・さあ?。そもそも、部屋割りに仕組みとかある?」
少し考えて、すっとぼけることにした。
部屋割りにも試験結果が適用されているのはほぼ間違いなさそうなのは気づいている。
特待組ワーストの僕と特待組トップの稗田や献一と一緒になっていることからも、妥当性は低くないだろう。
「俺は十中八九仕組みはあると踏んでいる。中間試験の結果をもとに活動班は組まれているだろう?」
「らしいね」
「おそらく、部屋割りは複数の活動班の男女を分けて、男同士女同士で統合させたものだろうな。俺が属する活動班の中に男が俺だけだから、俺たちは3人部屋なのだろうよ」
なるほど。学年2位、男子だけで数えれば1位の男の班はハーレム、と。
すごいな、それ。
あれ、なんかそれに似た構成を聞いたような。
まさか、な。
だって残りの1人がAクラス、とか。
男子だった、とか。
明言してなかったもんな。
うん、気のせいだろう。
「俺にはどうしても、お前があの月夜と組まされるような奴とは思えないのだ」
「げ、僕の班のメンツ知ってるのかよ」
「正確には月夜の班のメンツ、だ。その中にお前が居たから驚いたのだ」
自然に話題を変えていきたかったけど、すぐに軌道修正させられた。
やっぱりそうなるよなぁ。
入試の時の僕と会ってるんだもんな、この男。
答え合わせとか2人でやったもんなぁ。
「ふるわなかったんだよ今回は」
「うーむ、そうなのか。お前ほど優れた頭を持つような奴は居ないと思うのだが」
ひぃー、やめてくれ。
入試の時、あんな風に会話を交わすんじゃなかったと今更ながら思ってしまう。
答え合わせをするにしても、あんな問題文まで認識合わせするようなやり取りまでしなきゃ良かった、と。
稗田の言葉は、僕にとっては誘惑でしかない。
本当に、悪魔の囁きみたいなものだ。
特に、今の僕にとっては。
「それは過言だろ。入試の結果だって、稗田と僕でクラス違うじゃないか」
「ぬ。それは・・・」
稗田が口を開こうとした時だった。
おそらく、僕らの部屋であろう扉の前に立つ、見慣れた男子生徒が居た。
そいつは、僕らを見つけると手を振ってこっちに声をかけてきた。
「おーっす。遅かったじゃん、待ってたぜ2人とも」
「やっぱり先に行ってたんだな、献一」
鍵持ってないのに先に行くやつがあるか、と内心つっこむ。
いや最初は、こいつが鍵を持って先に行ってるとばかり思ってたんだ。
僕が呑気に部屋割りを確認してる頃には姿が見えなくなってたし。
ところが鍵は稗田のところにある。
献一は普通にドアの前で待ってた。
「1205、うむ番号は合ってるな」
「当然。ここだけだぜ、部屋に誰も入ってないの、多分」
待ってる間眺めてたからな、と献一は続けた。
暇だったんだな、おまえ・・・。
廊下にあった時計に目をやると、17時になろうとしていたふたつの針が見えた。
もう5時か、と今日1日を振り返りそうになる。
振り返っても、バスの思い出しかないのに。
ここが、終わりじゃない。
そう、合宿はまだ始まったばかりなのである。
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