帝都の一番長い夜 5
「現在の制圧状況は?」
「ハッ、現時点で八割に到達しています――二時間前と比べて、制圧速度は相当に上昇しているかと」
腕を組み、仁王立ちした獅子の鬣の如き赤金の髪と髭の偉丈夫――レーヴェの問いに、彼の背後に控えている魔導士が淀みなく応じる。
南区にある《門》より渡れる敵方の拠点の一つ。
やや勾配のある坂の上、高所へと繋がっていた《門》の直ぐ傍にて、その青い瞳は現在進行形で自身の部下達の手により攻略されている最中の建物を厳しい眼で見下ろしていた。
彼の気性的に先陣を切って飛び込みたい処ではあったが、やはり立場が立場だ。
遠話を介した全体の指揮。何より、騎士団を幾つかに分けて複数同時の《門》へと強襲を行っている以上、彼が潜った《門》以外で大きな問題が発生した場合に、即座に取って返してそちらに移動する為にも、こうして出入口である転移の魔道具の近くで待機する事になっている。
「良い状況だ、速やかに進むならば其れに越したことは無い」
「《刃衆》の方々が幾らか戦力を割いてくれたのも要因かと。聖女の御二方の御蔭で我らが未確認の《門》の場所まで把握出来たのは幸いでしたが……判明した南区の総数は予想以上でしたので」
将軍の護衛として侍る数名の騎士――その部下の中でも古参に位置する者の言葉に、厳めしい表情を少しばかり苦笑の形に歪めてレーヴェは笑った。
「あの蛇めが帝都周りに連れてきた兵力も馬鹿には出来んが……やはり東西南北全ての区画の中で、戦力的には一番に不安が残る。なんとか吾輩の側から応援を捻りだしてやらねばならん、と踏んでいたのだが……杞憂に終わったのも大きかったな」
「嘗ての英雄が引退した身を押して助力して下さったのです、当然の結果かと。かの女傑と轡を並べるなど、あの様な不誠実な男には過ぎたる栄誉ではありますが」
こればかりは不満を隠し切れぬ、と言わんばかりの顔をする部下に、苦笑いが深くなる。
聖女の儀式魔法によって暴かれた、帝都全土に蔓延る隠された《門》。
帝国側が把握しきれてなかったものまで強制的に発動した事によって把握可能となった其れの数は、当初の予測を超えていた。
軍勢で以て攻略に当たるが故に足回りの遅くなる南区と西区は、一晩での制圧は少々厳しいものがあったのだが……それも他の区画からの応援で事無きを得、強襲作戦は順調に推移している。
西区、シュランタン=サーリング伯爵率いる彼の領軍には、北区からの戦力が。
此処、南区。レーヴェ率いる第一騎士団には東区から《刃衆》が。
その御蔭もあって、作戦の進行状況は何の問題も無い。繰り返す様だが順調そのものだ。
なのだが……騎士の中でも、先帝時代からあの大戦を戦い抜いた古株の者達が多い第一騎士団には、西区に向かったのが教国からの聖職者の一団である事に不満を抱いている者もちらほら居た。
その悪感情の矛先は聖職者達では無い、寧ろその逆だ。
――なんでかの四英雄筆頭と肩を並べる程に近い場所で戦ってんのが、あんな武人とは程遠い三枚舌の蛇野郎なの? クソ面白くないんですけど。
遠話による情報共有で西区への援軍が判明した際、古株の騎士の多くが抱いた感想である。
彼らとほど近い年齢のレーヴェとしても、諫めるより先に共感の情が先に来てしまうのがまた悩ましい。
若かりし頃、騎士見習い、若しくは騎士を目指して奮闘中の尻の青い小僧であった時分。
激化してゆく邪神の軍勢との戦いにおいて、人類種の勝利への道を切り拓かんと先頭に立ち続けた金灰の髪を靡かせたシスター。
当時、その怜悧な美貌と圧倒的な戦武に憧憬を覚えた者は多い。多感な年頃の若造であれば猶更に。
レーヴェと、彼の若い頃から付き合いのある第一騎士団の騎士達は、その直撃世代というやつだ。
だが、彼らが一端の騎士として危険な戦場にも出れるようになった頃には、彼女は一線を退いてしまっていた。
それだけに、今回降って湧いたかの女傑との共闘の機会に、いい年齢して内心でテンションあがっていたオッサン共であるが、現在一番近い場所で戦ってるのは自分達の将軍と険悪な仲で有名な、なまっちろい貴族派の首魁である。
「……思い出したら腹立ってきた。あの栄養失調の蛇みたいな野郎がミラ様と肩を並べて戦ったとか自慢して来やがったらブッ殺しても良いでしょうか閣下?」
「やめんか。気に入らん男ではあるが、今回は一応友軍だ」
軽口、なのだろうが……その割には真顔と真剣な声色で聞いてくる部下に、冗談でもOKを出したら洒落にならない事になりそうな気がしてレーヴェはきっぱりと却下の意を伝えておく。
ちなみに当のシュランタンにとって、実はかの女傑は"敬意を払うに値するが苦手な人物"といった部類に入る。
金銭、権威と言ったものに価値を見出さず、靡かず。
己の持つ武威のみで英雄と呼ばれ、自国のトップである教皇ですら、不義を為せばぶん殴る。
逸話や噂から伺える人物像だけでも、直立した鋼の芯棒の如き生き方が伝わる御仁だ。
貴族としての財力と権力、そして持って生まれた弁舌の才で人心や領地を掌握してきた、人生が模範的貴族そのものな男からすれば、近くにいれば何を切欠にぶっ飛ばされるか分かったものでは無い。
なので、援軍が彼女であると知った伯爵はちょっと胃の辺りを押さえながら自軍の指揮に当たっているのが実際の処である。冷や汗をかいたその面を皇帝が見れば、犯罪組織への怒りすら一時忘れて腹を抱えて爆笑する事だろう。
更に余談だが、最近《刃衆》の見習いとなった新入りの少女は、最近の若者にしては珍しく、教国の聖女姉妹より嘗ての四英雄の逸話に関して知識が深い為、第一に限らず、騎士団の古株連中から何気に評価が高かったりする。本当に余談だが。
「将軍閣下、第一分隊より連絡です。制圧完了、これより此方に合流して次の強襲先へ向かう。との事」
作戦がスムーズに進んでいる為か、少々時間を持て余してしょうもない会話を行っていた将軍とその部下であるが、連絡役の魔導士の言葉に気を引き締め直す。
第一分隊――つまりはレーヴェ達の眼下にある拠点を攻略中の者達だ。
「終わったか。我が部下ながら中々に良い手際だ」
「こちらの被害と要救助者は?」
「ともに数名。どちらも軽傷だそうです……囚われていた者達ですが、連中にとって貴重な検体である他種族の人々であった様ですね」
魔導士による補足の情報を聞いたレーヴェ以下、この場の者達の顔が渋面となる。
「……希少性の高さ故に早々に使い潰される前に救い出せた、という事か。僥倖ではあるが……」
「他の被害者達がその分、負担を被っていた、と考えると素直に喜べませんな」
「……元より帝国に巣を張っていた下郎共が元凶だ。今は一人でも多くの民を助け出せた事を喜ぶとしよう」
「あ、ちなみに要救助者は隠し部屋に監禁されていたらしいですが、将軍閣下の御子息が通路の違和感に気付いて発見したとの事です」
一転して苦々しい表情で被害者達の状況を憂慮する騎士達に明るい情報を提供しようと思ったのか、少しばかり軽い口調で付け足された魔導士の言葉にレーヴェが「……む?」と短い唸り声を上げる。
部下達も同様。こちらは皆、少しばかり感心した様子で表情を明るくした。
「ほう、ノエル坊……失礼、ノエル様が……」
「先頃の失態で頭を丸めて以降、言動が落ち着いた……というよりそれを心掛けているように見えましたが」
「日常で行う様になった周囲への配慮を、実戦の場での気付きに応用出来た、という事でしょうか?」
「若者の成長は著しいものですが、いやはや、これは中々に頼もしい」
古参の兵達からは『腕は良いけど猪』『剣才はあるが思い込みがちょっと激し過ぎる』『猪な処まで閣下の若い頃に似杉ワロタ』と期待値込みで比較的辛口な評価をされていたレーヴェの息子、ノエル。
散々に指摘されていたその猪突が過ぎる気質のせいで、あわや御家まで巻き込んだ自裁一歩手前の問題を起こした彼であったが、そこから得た経験や出会いは世間知らずの少年騎士を成長させる切欠とはなった様だ。人生、何が転機となるか分からないものである。
「ウォッホン! ……詳細な情報の共有は重要だが、余分となる情報の取捨選択は確りと行う様に」
「申し訳ありません、以後留意して任に当たります」
「閣下、頬が緩んでますよ」
「ぬぐっ……」
咳払い一つして、作戦においては蛇足ともいえる追加情報を告げてきた連絡役の魔導士に注意を促すが……当の部下からは笑いを含んだ返答を返され、周囲の部下からもツッコミを入れられ、再び唸り声を上げる将軍。
「えぇい、他の者達が敵の巣窟真っ只中で剣を振るっている最中だぞ! 戯れはやめんか!」
声を張って部下達を叱り飛ばすが、その結果を見届ける前にレーヴェと騎士達の表情が引き締まり、傍にある《門》へと向けられる。
光を放つ転移の魔導具を静かに潜って来たのは、帝国兵の装備とは違う、冒険者風の装いの女だ。
「何者だ」
誰何の声を上げる騎士の声は鋭く、固い。
瞬時に己を中心として少人数での陣形を組みなおす部下達を、レーヴェは片手を挙げて制す。
「止せ、吾輩の子飼いだ」
「……お得意様なのは否定しないけど、子飼いになった覚えは無いね」
女から間髪入れずに返って来たすげない返事に、苦笑する。
「其れに関してはまぁ、良い――頼んだ仕事はどうなった、バーコイド」
「済んだから此処に来てるんだよ。戦闘よりは潜入が本分に近いけど……下調べも無しに貴族の邸宅に侵入させるなんて無茶はこれっきりにしてほしいね」
「……間取りや目的の部屋の位置は教えただろう?」
「自分で裏取りする時間すら無いのはストレスだって言ってるんだよ、将軍閣下」
急な、そして拒否の難しい依頼を押し付けられた事で見て分かる程度には不機嫌な冒険者――闘技大会の出場者の一人であるヘザー=バーコイドは、懐から取り出した畳まれた紙片を、指先で挟んでレーヴェへと差し出した。
「御所望の調査結果は全部此処に書いてある」
「……そうか。ご苦労だった、依頼料の残りは後日、組合に届けさせよう」
「まぁ、急な話ではあったけど……受けたからには仕事はするさ――将軍閣下も職務熱心は良いがほどほどにしなよ、無理して調子を崩したら元も子もない」
依頼主がメモを受け取ると、仕事完了だと言わんばかりにあっさりと身を翻すヘザー。
通って来た《門》を潜って姿を消す冒険者の背を見送りながらレーヴェは手の中の紙片を広げた。
「……やはり、か」
「……閣下。差し支えなければ、あの冒険者にどのような依頼をしたのかお聞きしても?」
珍しく、小さく呟く様な――陰鬱さすら滲ませた声で独り言ちる将軍の背に、疑問よりも彼を案じる気持ちの強い声色で騎士の一人が問い掛ける。
手の中の紙を握り潰しながら頭を振ったレーヴェは、やはりどこか覇気の無い、力強さに欠けた笑みを浮かべて部下に応えた。
「スマンが、まだ言えん。バーコイドの奴に一つ裏取りをさせたが、この調査は完全に吾輩の勘によるものなのだ。先ずは陛下にもお話して指示を仰がねば、な」
内容的に遠話――通信役となる魔導士を挟んだ会話は出来ないので、直接文を王城に居る皇帝に届ける者が必要となる。
第一分隊が戻ってきたらその中から足の速い者に使いを頼む、と部下達にざっくりとした説明を終えると、数秒の間、レーヴェは両の眼を閉じ。
「――次の《門》への移動準備を始めよ。我らは帝国の盾にして陛下の剣……全ては己に課した役目を果たしてこそだ」
その瞳に浮かんでいた懊悩も憂いも全て押し込め、《赤獅子》は元の力強さを取り戻した青い瞳で前を見据えたのであった。
◆◆◆
アホみたいに長い薄暗い石作りの通路を、俺とトニーは駆け抜ける。
「う、ひっ……く、来るなギェ!?」
剣を構えながらも及び腰になっている男の首を、構えた刀身ごと駆け抜けざまに刎ね。
「ひぃああぁぁぁぁっ!? ば、化け物めぇっ!」
恐怖で錯乱したのか、味方に当たるのも構わず雑な魔法を撒き散らす奴の放った氷の礫を《流天》で巻き取り、一纏めにして本人へと叩き返す。発動時の五倍くらいの速度で跳ね返った魔法は、撃った当人の胸から上を潰した柘榴に変えた。
「じょ、冗談じゃねぇ、こんな奴相手に出来るか!」
「お、おい、待て! ズラかるなら俺も"ッ"!!?」
背を向けて逃げたした連中には装甲を破片化させた散弾をぶち込み、痙攣する血達磨に変える。
「さっきから……てか、最初から通してまともに剣を振った記憶がねぇッス」
床に転がった人体の中でも、かろうじて死に損なった奴らにトドメという名の介錯を刺しながら後ろに付いてくるトニーがボヤくのが聞こえる。
自分の状態を考えろ、半病人。霊薬で無理矢理動かせるようになったってだけで、効果が切れたら散々動かした分の反動が来るのは確定やろ。多分傷口も開くだろうし、負担が少ないならその方が良いに決まってる。
「まぁ、そうなんスけど……症状の把握が細かいッスね、やっぱ旦那も使った事あるでしょ絶対」
……大戦時代の話だ。帰って来てからは使った事ないのでノーカン! 身体も新調されたから副作用だってもう残って無いしな!
「えぇー……なんかズルい……自分は服用がバレると副長やシャマにどやされるのに」
それに関しちゃ同情するが……俺も強めの霊薬愛飲してたって言っちゃ駄目よ? 今更な話とはいえ、シアとか絶対怒るし。
「ふりっスね、分かります」
ヤメロォ! 本気で言ってんだよぉ! 副官ちゃんに会えても無茶した事フォローしてやんねぇぞコラァ!?
一切脚と動きを止める事無く、走り続けたままギャアギャァと会話している俺達ではあるが、敵方の殲滅は順調だ。その逆に、単純な進行状況はあんまり思わしくないんだが。
……っと、言ってる側からまた十字路だ……やっぱり、此処の連中が工事して作った拠点じゃないな、この場所。
俺の言葉に、トニー君もこっくり頷く。剣でトドメを刺すより楽だと思ったのか、その手には倒れてる奴から拝借してきた槍がいつの間にか握られていた。
「長い壁の向こう側にも部屋が無いッスからね。普通の建築のセオリーから外れすぎてるし……」
うん。十中八九、未発見の遺跡、だろうな。
壁をぶち抜いて一直線が殆ど出来ない作りといい、普通の建物の壁と違って若干魔力全般への耐性というか、遮断効果っぽいものがある材質といい。
冒険者達が挑む古代の遺跡やら迷宮やらに共通する要素が多いのだ、この建物は。
無駄に入り組んだ、進む者を惑わす様な構造なのもそれだと納得がゆく。こんな無駄に長くてだだっぴろい場所を拠点にして逆に不便じゃねーかとか思わなくも無いが。案内見取り図でも通路に貼っとけよ。
道が入り組み過ぎて分からん以上、勘で進むしかない。流石にこれだけの人員が詰めてる場所なら分かり辛い罠なんかは撤去してあるだろうし、とにかく奥に進むことを優先しよう。副官ちゃんらしき魔力の主も、相当奥の方で暴れてるし。
進路上を斑に赤く染めながら突き進むと、T字に別れた通路の正面に扉らしきものが見える。
その向こうにある空間――結構な広さのある部屋には複数の気配。入って来た者を狙い打ちにするか、部屋に入る事無く通り過ぎるなら後ろから挟み撃ちにするつもりなのか。
詰んである木箱の影から飛び出して来た、戦斧を握った男の胸板を抜き手で抉り飛ばし、糸の切れた人形みたいになった身体を襟首掴んで引き摺っていく。
そのまま扉に向かってボウリングの球よろしく、アンダースローで投擲。
真っ直ぐに飛んだ男の身体が、後から取り付けたらしき急拵えの扉をぶち破った瞬間――。
「撃てぇぇぇっ!!」
悲鳴染みた号令と共に、幾つもの弩矢と魔法が部屋の入口に向けて殺到し、男の骸を滅多打ちにした。
一秒と掛からずにぼろ雑巾を通り越して四散する骸を尻目に、俺は扉横の壁に向かって跳び蹴りをぶちかます。ダイナミック・エ〇トリー!
砕ける壁、舞い散る粉塵。
石壁をぶち抜いて現れた俺の姿に、必死こいて扉に向かって一斉攻撃を行っていた連中の眼がひん剥かれた。
や ぁ 、 こ ん に ち わ 。
僕猟犬、君達を狩りにきたよ。死ね(挨拶
挨拶と同時に左半身の各所から全力で魔力噴射。
左脚を軸足に独楽の様に高速旋回し、その勢いのまま手刀を振るう。
振り抜いた一閃は大気を灼熱化させ、長大な真空の刃を生み出した。
進路上の全てを両断した一撃は、向かいの壁幅一杯に横一文字の深い亀裂を走らせる。
待ち伏せしていた奴らの腰から上が一斉にズレて床に落ちるのは気にせず、俺は部屋の中を適当にぐるっと見渡した。
んん? こいつは……。
亀裂の入った壁――正確にはそこに埋め込まれた物を目にして、空けた穴から部屋を覗き込んでいたトニーを手招きする。
「どうしたんスか? 旦那」
槍を担いだまま寄って来た彼の言葉には答えず、無言で壁の一部を指さす。
そこに見えるのは、彫り込まれた独特の模様。
大掛かりな《門》の装置に組み込まれるパーツに良く見られる、魔法的な意味を持つ紋様だ。
しげしげと見つめたトニーがとうに機能を停止したらしきソレを、指先でなぞる。
「随分と大掛かりな《門》ッスねぇ……こんなモンが壁に埋め込まれてる遺跡って事は……」
直ぐに俺と同じ結論に至ったのか、納得が行った様子で頷いていた。
本来、転移ってのは魔法自体の構成難易度と魔力の消費量から最高位の魔法に分類される。
後者こそ据え置きだが構成の方を省略できる魔道具の方も、どんなに質が低くても魔道具の格としては一級品扱いされる代物な訳よ。
だってのに、今回の大捕り物の対象となった連中は、帝都各所にアホみたいな数の《門》の魔導具を設置していた。
その総数は帝国と教国が保有する同種のアイテムを上回ると言って良い。繰り返すが、それだけ貴重な品なのである。
非合法な動物・人体実験をやらかす様な連中だ。何某かの新技術や理論で限定条件下での《門》の魔導具の量産化にでも成功したのか? なんて思ってたんだが……話はもっと単純だったみたいだ。
多分、連中の所持・設置した《門》の多くはこの遺跡からの出土品だろう。
偶にあるらしいのよ、何か特定の品がめちゃくちゃ偏って出て来る遺跡が。
事実、この部屋に積んであった木箱――先の俺の一撃で真っ二つになったソレらには、掘り出したは良いが壊れて使えなかったのであろう転移の魔導具のパーツらしきものが幾つも放り込まれていた。
よりにもよって犯罪組織なんぞに最初に発見され、発掘されたのは運が悪かったとしか言いようが無い。戦時中にこの遺跡が帝国に発見されてりゃ色んな場所での大きな助けになっただろうに。
まぁ、今更に過ぎた話だ。
必要だった時期に手に入らんかった物に対して嘆いたり惜しんだりしても意味は無い。発見・発掘したのが信奉者連中じゃ無かっただけマシ、と思うしかないな。
本当に必要だった時期は逸したが、この一件が片付けば帝国は接収した相当数の転移の魔導具を入手することになるだろう。
協力する形になった教国にも何割か流れるかもしれんね。まぁ、そこら辺は皇帝陛下と教皇や枢機卿で話し合えばえぇねん。只の傭兵は外交周りの問題とかノータッチなんで。
何より、肝心の副官ちゃんと合流出来て無いのだ。後の皮算用なんぞしてる暇は無い。
そこら辺は同意見だったのか、トニー君も「ま、これは後回しッスね」とか言って手に取っていた《門》の部品を木箱に放り投げた。
おし、じゃ進もう。しかし、こうも分岐が多くて長いようじゃ、適当な奴を締め上げて道案内させる事も考慮した方が良いかもな。
「それも有りっスね。一応、施設の重要なモンがある場所なら防衛の人員が集中するって目安はあるッスけど……」
部屋を出ると再び駆けだす俺達。
既に結構な数の警備を地面に転がした筈なんだが、幾らも進まない内にワラワラと湧いて出て来る。ボウフラかよ。
数は結構多いが、質が低すぎる。精々が冒険者で言う処の三級程度。下手すりゃそれ以下の、街で管巻いてるゴロツキと大差無い。
帝都にこっそりと巣を広げてた手腕といい、この連中のトップは相当なやり手だ。
だってのに、人材の質が平均値で見て相当酷いのはどういう事なんやろな。あの転移者……ジャックとかいう男みたいな例外もいるにはいるみたいだが。
当然、士気だって高い訳じゃ無い。腰が引けてるのや嫌々ながら向かって来るの、なんなら背を向けて奥へと逃げ出すのも結構いる。逃がさんけど。
比喩でも何でもなく鎧袖一触で蹴散らしながら、石作りの長い通路を進む。
どれくらい進んだのか。
介錯係になりつつあるトニー君が、傷んできた粗末な槍を捨てて三本目に交換した辺りの事だった。
「……こっちで合ってるみたいッスね」
警備の人間に混じって使役された魔獣が襲ってきたのを確認し、呟かれる言葉に、俺も頷く。
種類は様々だが、その全てが此処に来るまでにも相手をした、無理矢理な強化を施された獣だろう。
推定本拠地なだけあって、出てくる数が他の場所より数段多い。
確かにこの数を防衛戦力として出せるなら、警備担当の質が低くても問題無い、と判断もするやろなぁ……まぁ、侵入側がただの冒険者とか迷い込んだ傭兵だったら、って前提だが。
思考の間にも間合いを詰めて来ていた、突っ込んでくる狼系の魔獣の群れを迎え撃つ。
これまでに見て来た魔獣と同様、その姿はやはり一目見て分かる程度には異様だ。
体内を巡る強すぎる血流の勢いに押され、膨張して身体のあちこちから浮き出た血管。
眼を血走らせ、口から涎を垂らしながら牙を突き立てようとしてくる様は、ホラー映画に出て来るゾンビ犬みたいだった。
狼三匹は、タイミングをずらして其々別方向に跳躍する。
野生動物が魔獣化した種は、原種のそれより体躯や身体能力が数段上昇するんだが……その上、身体に掛かる負担を考えない強化を施されているのもあって、その速さは疾風を思わせる。
狂気を感じる変質した姿とは裏腹に、散開して軽やかに地や壁を蹴りながら正面と左右の三方から襲い来る様は、野生にあった頃の彼らの狩りでの動きを想像させるものだ。
だが残念――イヌ科に類する獣はこの世界における最上位と霊峰で遭遇済みである。
慣れてる、とまでは言わんが四足の獣の動きは最速のものを体験済みって訳だ。
この狼達も身体を弄られて基礎スペックは上がっているのだろうが、やはりあの辺りのトンデモ霊獣とかと比べると五枚六枚――或いはもっと格が落ちる。
体内で魔力を練りながら、先ずは正面から大口を開けて突っ込んでくる一匹の脳天へと、カウンター気味に掌底を撃ち込む。
軽い練りであるが《命結》の打効を乗せた一撃は、無理くりに強化されて歪になった生物の気脈には効果大だ。魔獣は加速した身体の勢いすら殺せず、俺と擦れ違う様にして力無く床を滑って転がっていった。
掌底を打ったと同時に真上に跳躍していた俺は、既に通路の天井へと脚を着けている。
左右から同時に跳びかかり、一瞬前まで俺の首と頭があった空間へと噛みついている二匹を見下ろし、足場となった天井を蹴った。
魔獣が着地するより先に降りたち、その首筋へと指先を突き立てる。
最初の一体と同じく、滅茶苦茶になった気脈を断たれた狼達は、その身を苛んでいたであろう苦痛から解放され、眠るようにその生を終えた。
俺が魔獣を片付ける間、警備の男達と斬り結んだトニーもあっさりと相手を斬り捨てている。
槍で相手を串刺しにした後、淀みなく抜刀してそのまま相手の喉を切っ先で斬り払うと、彼は肩を竦めて此方に向き直った。
「お見事」
見事なのはそっちやろ。霊薬の効果があるとはいえ、よくその身体で普通に動けるもんだ。
俺の方はそう大したもんでもない。戦いというよりは、手遅れになるまで虐待を受けていた動物を介錯したに近いし。
それに、一息つくのはまだ早い――直ぐに後続の敵の応援のお出ましである。
こっからは明確に分担しよう。基本は俺が相手をするけど、危険度の高い魔獣から優先的に仕留める。打ち漏らしの人間が出たらトニー君がよろしく。
「了解。ここに来てやっとこまともな出番ッスからね、お任せを」
軽くこれからの動きを打ち合わせすると、俺達は人型と魔獣の混成集団という、戦時にはよく相手にした団体に向かって同時に地を蹴った。
俺が《三曜の拳》を用いて速やかに、なるべく苦しませずに改造魔獣達を葬り、トニーが魔獣を援護しようとする人攫い共を撫で切りにしていく。
この遺跡、道幅は結構あるのだが流石に大型の魔獣が通れる程では無い。
強化されていると言っても小型が殆ど、偶に中型のものが混じる程度の戦力では大した障害にはならず、二人で更に進む事暫し。
元気に暴れている副官ちゃんらしき魔力が段々と近付いてくる中、更に下へと続く階段を発見した。
うん、分かり易いフラグだな。ちょっと待ちたまへトニー君。
鎧ちゃんの知覚の強化倍率を上げ、周囲をチェック。
折り返し階段が続いた階下には、案の定待ち伏せの気配。芸が無いっつーかなんつーか。
視覚的に捉えてる訳ではないので詳細は分からんが、どうやら多くの戦力を集中させているその空間にはデカい扉がある様だ。
扉を背にして戦力固めてるってことは、その奥には余程重要な何かがあるのか、或いは重要な場所に繋がる道なのか。
今までの手応えからして正面突破も難しくなさそうだが……重要な場を守っているというのなら、遺跡由来の罠を仕掛けてる可能性もあるな。
じゃけん、直接とおせんぼしてる部屋に降りましょうねー。
階段からちょっと引き返し、階下に拡がる空間の真上であろう通路で腰を落として構える。
《門》の隠されていた貴族の邸宅のときと違い、石作りの古代遺跡だ。流石にさっくりと床を斬り落とせるような厚みと強度では無いので、深呼吸して気息を整えた。
生命……牽いては魔力の少ない地下の建物内は、《流天》で多量の魔力を収束させるのは少し手間取るのだが、これは難しいって程でもない。
問題は《地巡》の方だ。
俺の練度ではなるべく大地に近い接地した環境じゃないと、綺麗に魔力循環させるのは難しい。
建物内の最下層の床なら限りなく地に近いので問題無くなるんだが、下に別の階層があると上手い事魔力を巡らせられず、足元の床に霊地の魔力溜りみたいな感じで渦を巻いて溜まってしまうのだ。中量程度ならいけるんだが大量にはキツい。
これがミラ婆ちゃんなら、それこそ崖に無造作に掛けられた板橋の上でも普通に循環させるんだろうけどな!
とはいえ、何でも使い様だ。
この状況下で魔力による破壊に耐性のある分厚い床をぶち抜くというのなら、寧ろ俺の下手糞な《地巡》が良い塩梅に仕事をしてくれる。
《流天》で収束した魔力を足裏から足元の床へと巡らせ、循環が途中で引っ掛かって魔力が溜まる。
収束し、巡らせ、引っ掛かって詰まり、更に魔力が溜り、渦を巻き。
この繰り返しで遺跡の床にアホみたいな量の魔力が蓄積されていくのを見たトニーが、俺が何をするのか察して慌てて距離を取った。いや、遠いて。其処まで離れなくても大丈夫やぞ? 多分。
幾度か繰り返すと、そろそろ目算ではいけそうな魔力が溜まった。流石にこの量だと階段下で待ち伏せてる連中に魔導士がいれば直ぐに気付くだろうし、さっさとやるか。
更に腰を落とし、掌を膝に着いて体重を預けると、腰割り――力士が四股を踏む体勢を取る。
……せーの、どす……こいっ、っとぉ!!
体重を片足にかけ、上体を傾ける事で高々と跳ね上がった逆の足を、そのまま渾身の力で床に叩きつけた。
溜りに溜まった上、半端に圧縮されてとぐろを巻いている純粋な魔力が、攻性魔力を上から無理くりに捻じ込まれて連鎖反応を起こす。
ベキベキベキィ! っと地下で聞いたらめちゃくちゃ不安になる音と共に、見える範囲の床一面が罅と亀裂だらけになった。
「うぉぉっ!? ちょっ、旦那! 大丈夫なんスかコレ!?」
自分の足元にまで走った亀裂に、トニー君が小さく悲鳴を上げて後退る。
だが、これはいうなれば起爆準備――純粋な魔力を攻性を持った炸薬に変えた状態だ。本命は次よ。
石床に踝まで深々と埋まった右脚へと体重を預け、今度は左足を高々とあげる。
最初の四股以上の魔力を脚に装填したのを見た戦友の顔から、何故か血の気が引くのが見えた。
「いやいやいや、一旦待って下さい旦那! 思いっきり威力過多――」
オ ル ァ !!(渾身
「嫌ァァァッ!?」
俺が左の四股を床に叩き込むのと、トニー君が悲鳴を上げて壁に剣を突き立て、その柄にしがみ付いたのはほぼ同時だった。
ダムが決壊するような音を立てて、亀裂の隙間から魔力光が膨れ上がる。
四股をぶち込んだ箇所を基点に分厚い石の床が更なる悲鳴をあげ――耐久限界を超えた瞬間、一気に崩落した。
石が砕ける音、石材同士が叩きつけられて擦れる音、何処かに新たな亀裂が走る音。全てが混然一体となった崩壊音となり、大量の瓦礫に変わった半径数十メートルほどの範囲の石床は、本来なら長い階段が必要となる更なる地下の空間へと向けて雪崩れ込む。
強化した知覚に、トニー君の悲鳴の他に何人か別の人間の悲鳴も聞こえた。どうやら階段の方も崩落したらしく、下で待ち伏せてた連中が巻き込まれた模様。
ドンマイ、瓦礫の山から出てこれたらちゃんとトドメ刺しにいくから頑張ってね!
崩落による階下への土砂は1分程で収まった。
崩れる床の破片を蹴って滞空状態をキープしていた俺は、最期の大きな瓦礫が落ちると同時に天井がぶち抜かれてスッキリ高くなった下の階へと着地する。
――うむ、ちょーっとだけ予想より範囲が広かった。けど遺跡全体が崩落する様なダメージでは無いからセーフで。
「アウトッスよ!? 閉所で殲滅級の魔法ぶっぱなした様なもんじゃないスか! どこら辺にセーフの要素あったんスか!?」
降って来る声に上を振り仰げば、ここからだと20メートル程上となった上階の壁に剣を突き刺し、壁面にへばりついているトニーの姿が見える。
おう、問題無くショトカ開通できたし、そっちも無事で何より。
「無事どころか危うく生き埋めになる処だったんスけど!?」
いや、あんな分かり易い溜めのある一撃に、お前さんが対応間に合わない訳が無いやろ。実際完璧に安全な位置をキープしてるやん。
「喜べばいいのか、そんな嫌な信頼はいらないと突っぱねればいいのか分からねぇ……!」
樹木に留まった蝉みたいな体勢で懊悩を垣間見せる戦友の事は一旦置いて、四分の一程が瓦礫で埋まった自分が降り立った部屋を見渡す。
上階の床とこの階の天井が崩れて落ちたっていうのに、まだまだ広い――ってホントに広いなこの部屋。下手な家くらいなら数件すっぽり入りそうだ。
瓦礫で埋まった箇所以外を見ても何も置いて無いし……一体何に使っとるんや此処。
只々ひたすらにだだっ広くて天井の高い空間を見渡し、この場の使用用途が読めずに首を傾げる俺だったが……ふと思いついて真顔になった。
床をぶち抜いたので通って来なかったとはいえ、入口は人の背丈を優に超える頑丈で大きな扉。
遺跡内部でもおそらく最大に開けた、何も無い空間。
……これってアレじゃね? 元居た世界のゲームとかでよくあるマップの最奥とかその手前にあるやつ。
其処まで考えた瞬間だった。
先の崩落の続きかと思う様な、重低音の地鳴りが地下であるこの場所一帯に鳴り響く。
瓦礫が降り積もって埋まった部屋の一部、こんもりと小山の様になった土砂が鳴動し、盛り上がったのを見て、俺は頭上に向かって声を張り上げる。
――飛び降りろ、トニー!
叫んだ声色に切迫したものを感じ取ったのか、トニーは躊躇うことなく壁を蹴りつけて剣を引っこ抜き、そのまま落下して来た。
俺が落下中の彼に向かって跳躍するのと、盛り上がった土砂が吹き飛ぶのはほぼ同時だ。
凄まじい勢いで弾け飛んだ瓦礫が四方八方に飛び散り、壁に叩きつけられる。上階にまで飛んだ物は壁や天井にまでめり込み、拉げ、ベッコリとへこんだ。
向かって来る石片や瓦礫は全て叩き落とし、トニー君を空中キャッチ。そのまま部屋の奥――更に奥へと進むための扉の前へと放り投げる。
「ちょぉぉぉぉぉっ!?」
悲鳴を上げながらも空中でくるりと一回転して着地の体勢に入ったトニーに背を向けると、俺は飛んでくる瓦礫や石片を打ち落しながら着地した。
大量の土砂や瓦礫を吹っ飛ばして強引に出てきたのは、10メートルは優に超えそうな巨体を誇る《岩人形》だった。
いうても、岩場や山岳地帯に自然発生した様な、自然石に自我の薄い精霊が宿ったような類では無い。
厳つく、ずんぐりむっくりした体型だが、その岩の体躯はキチンと左右対称な人の形状をしている。
胴に匹敵するくらい太い両腕には、盾としても槌としても機能しそうな分厚く、四角い装甲。その表面には魔力導線が走り、魔装処理が施されていた。
明らかに人工的なカスタマイズと強化が施された個体だ。《守護人形》、と呼んだ方が正解に近いやろな。
やっぱ此処はボス部屋かい。こんな処までお約束を踏襲しなくてもいいだろうに。
デザイン的にも、この遺跡を占拠してる連中の手駒じゃなくて遺跡の防衛機構っぽいな。こんなもんが鎮座してるってんなら、そらこの部屋に資材だの機材だのは運びこめる筈もねーわ。
少しボロっちぃというか、細かな傷があちこちについてるし……多分、一度は無力化したものなんだろう。
完全に壊さなかったのは防衛戦力として再利用したかったのか、何かの研究に使いたかったのか。
部屋の隅に転がってたもんが、上から降り注ぐ土砂と瓦礫で再起動しちゃった感じかもしれん……やらかしたわ(白目
しゃーない。俺のミスで寝た子を起こしたというのなら、責任もってもう一度寝かしつけるとしよう。
奥の扉の真ん前に着地成功したトニー君が、《守護人形》に気付いて此方に駆け寄って来るのを手を突き出して制す。
――こっちは俺がやる! そのまま奥へ進んで副官ちゃんと合流してくれ!
彼女の魔力はもう大分近い。この距離なら向こうも俺達に気付いてる可能性があるし、直ぐに再会できるだろう。
叫ぶついでに腰の後ろに下げていた、刀身を布で包んだ短剣――副官ちゃんの落とし物を手に取り、放り投げる。
危なげなくそれをキャッチするトニーだが、出てきた大物を俺に任せて先に進むのに躊躇いがある様子だった。
「旦那ならあのデカブツも問題無いでしょうが……どうせなら二人で戦った方が早くないスか?」
いんや、俺のせいで起きた可能性もあるしね。自分のケツは自分で拭くよ。
それに、入口の方は崩落したけど奥の扉はまだ健在だ。《守護人形》との戦闘中に奥から援軍が来て挟撃されるってのも面白くない。
なので、挟み撃ち防止も兼ねてトニー君には一足先に進んで欲しいのだ。
怪我の事もあるし、なるべく無理はさせないように立ち回って来たが……此処に来てガッツリ頼る事になっちまった、スマンね。
「物は言い様ッスね……けどまぁ、乗せられておくッスよ――御武運を」
あいよ、そっちもな。
おそらくは苦笑を交じりであろう言葉と共に、踵を返す気配。
俺のソレっぽい言葉に一応は同意を示してくれたが、本当の処はこっから先を独りで進むより、この《守護人形》を相手にする方がよっぽど身体に負担が掛かる事くらいは気付いているのだろう。
実際の処、床を抜かずに正面からこのボス部屋に入ったとしても、待ち伏せていた連中の手で再起動はされてたと思う。伝声管くらいはこの部屋にも通ってるみたいだし。
おそらく戦闘は避けられなかった。けど、ぶっちゃけ見た感じ、今のトニー君にはこのデッカい奴の相手は厳しい。
万全ならまた話は違うんだろうが……この場に限っては足手まといになってしまう、ってのが正直な処なのだ。
単独で先に進む方がずっと安全度的に上なので、理屈をつけて先に進ませた感じだ。ほぼ確実に向こうも気付いてるけど。
最奥エリアの防衛機構として存在している《守護人形》が、侵入者相手に様子見なんてする訳も無く、胸部にあるレンズっぽい部分に魔力が収束し、砲撃となってぶっ放される。
見た目レーザー砲みたいな浪漫溢れる攻撃やな。キミ、製造・監修に転移者が関わってたりしない?
迫りくる魔力砲に向かって《流天》を発動。絡め取った魔力を逸らし、奥の扉に向けて矛先を変えてやる。
瞬きの間にトニー君を追い越した砲撃は直撃と同時に爆発。部屋の大きさに順じた頑強且つ巨大な扉は、吹き飛びこそしなかったものの、大きく拉げて歪に歪んだ。
施錠されてる可能性もあったんで、マスターキー代わりに利用させてもらった。丁度いい感じに隙間も空いたし、あれなら鍵とか関係なく通れるやろ。
トニー君が「産毛がチリッてしたッス」とかボヤきつつ、焦げた扉の隙間へと身を滑り込ませたのを横目で確認すると、俺は改めて巨大な《守護人形》へと向き直った。
――さて、折角起きて来た処を悪いけど、即行で寝て貰うぞ。というか、帰りは副官ちゃんも一緒だろうし、さっさと帰りたいからスクラップコースや。すまんな。
材質こそ遺跡と同系の岩だが、どっちかというと重量級のロボっぽいデザインな眼前の《守護人形》には心惹かれるものがあるのだが……安全には変えられないしね、仕方ないね。
腰を落とし、構えを取った瞬間だった。
岩で構成された巨体の背後で魔力が膨れ上がり、ここ数時間ですっかり見慣れた光が溢れると同時……転移の魔導具による《門》が起動する。
そのサイズたるや、今夜見たものの中でも最大。それこそ、規模の大きい軍隊を長距離移送するときに使う様な巨大なものだった。
そこから出て来たのは軍隊ばりの大人数では無く、たった一匹――だが、下手な軍に匹敵する存在だ。
太く、発達した前脚が、石床を叩くように《門》の向こう側から現れる。
鋭い爪で床を抉りながら、肩、頭、と順に姿を現したソレは、《守護人形》に匹敵する巨体をゆっくりと《門》に潜らせ、縦に割れた瞳孔で周囲を睥睨した。
額から伸びた角、突き出た口にズラリと並ぶは岩でも噛み砕きそうな牙。
そして全身には、鱗と呼ぶにはあまりにも分厚く、重い外骨格。
竜――それも、翼を持たない代わりに頑強さと地上での戦いに長けた《地竜》だ。
しかも、その甲殻の表面には本来生物に存在する筈のない魔力導線がはしり、竜という種の持つ莫大な魔力に共鳴して明滅してる。
……こいつも改造されてるのかよ! こんな平均点がゴロツキに毛が生えた程度の戦力しかいねー組織で、よく捕獲できたなこんな大物!
この拠点での岩塊の番人と並ぶ切り札って処か。大きさ的にこの部屋でしか運用できそうにないし、そら使うわな。
下手な家よかデカいサイズの巨躯が二体も出てきたせいで、だだっ広いと感じだ空間が一気に圧迫感を増す。
……いや、単にサイズの問題ってだけじゃないな。
眼前の二体は、遺跡の防衛機構と勝手に遺跡を根城にしてる連中の実験体――本来ならその場で怪獣大戦争が起こるであろう関係性だというのに、反目する事なく、俺だけを見据えている。
何か敵対認定を解除する様な処置を施してるのか、単に一番厄介だと判断した相手を優先的に潰そうとしてるのかは分からない。
確かなのは、この二体を同時に相手するってのは中々に厄介って事だ。少なくとも邪神の下位眷属よりは絶対にめんどくさい。
でもまぁ、なんだ。だからこそ良かった。
だってこれ、《刃衆》の三人一組小隊や騎士団だと犠牲者が出る可能性があるし。
隊長ちゃんやネイトなら単騎でも問題ないし、なんなら副官ちゃんもきちんとフル装備で体調万全なら十分勝ちの目があるだろう。
でも、負傷くらいはする。可能性は低いが、最悪の事態だって無くはない。
だからこれで良い。相手をするのは俺で良い。
日夜、厳しい訓練を積んで民草の為に戦う騎士に対して、侮りにも近い発言なのかもしれないが……この上、更に怪我人とか出て欲しく無いのだ。
ただでさえトニー君が重症負ってるし、副官ちゃんは俺が下手打ったせいで攫われたしね――これ以上は誰もやらせねぇよ。
先ずはこいつらを狩る。
そうすれば、残る厄介な相手は多分一人だけだ。展開としては望んだパターンに近いだろう。
ゆーても、最後の一人――あの剣士がまだこの先にいる確率は低い、とは思ってるが。
《地竜》が咆哮を上げ、そのぶっとい前脚を振り上げた。衝撃すら含まれた大音量に遺跡の壁が軋みを上げて振動する。
隣の《守護人形》は再度胸部へと魔力の収束を始めた。
並の戦士ならその光景だけで心折れ、一流処でも決死の戦いを予感するであろう威圧。
相対した俺は、怯むことなく前に出る。
俺自身はショボくとも、鎧ちゃんと一緒に超えて来た戦いの経験値だけは一丁前という自負くらいはある。今更この程度で竦むかよ。
――俺をビビらせたきゃ、岩の下に筋肉付けてこい! もしくは繁殖期に幼体に求愛する特殊性癖に目覚めてみろオラァ!!
振り下ろされる凶悪な鉤爪の生えた前脚、放たれる魔力の砲撃。
開幕の一撃と共に突っ込んでくる二つの巨躯へと向け、気合を入れる代わりに啖呵を切り。
低い姿勢に構え、全開の身体強化と共に俺は前へと飛び出した。