帝都の一番長い夜 4
「誰の許可を得て入って来た、この部屋は――」
「おい! 《門》の魔道具は何処だ!」
壁際にはぎっしりと詰め込まれた学術書と資料の紙束、机には様々な薬品や、それに漬け込まれた生物の一部が並ぶ、如何にも研究室、といった趣の部屋。
ドアを蹴破らんばかりの勢いで飛び込んできたのは、一人の男だ。
革鎧を身に着け、腰に剣を佩いた傭兵らしき装備のその人物は、目を血走らせて研究者らしき格好の男に詰め寄る。
「け、警備の傭兵風情が何を……さっさと持ち場に……!」
「んなことを言ってる場合じゃねぇんだ! 《刃衆》だ! 信奉者共をぶち殺しまくったあのイカれ集団が殴り込んで来やがった! ここの警備や合成魔獣なんざ時間稼ぎにもならねぇ、とっとと逃げるんだよ!」
警備班のまとめ役でもあるその男は、組織内部においては明確な上役に当たるであろう研究者へと、今にも剣を突き付けんばかりの剣幕で怒鳴りつけた。
だが、その怒声に込められた焦燥と――なによりその口から飛び出て来た言葉に、室内に居た者達の顔色が変わる。
「馬鹿な! まだ半日も経っていないんだぞ!? 早すぎる!」
「それより、王城内に居る者達は何故なんの連絡も寄越さない!? あの連中の動きは特に警戒する様に命じていた筈だ!?」
「そ、そうだ、顧客用の合成魔獣を全て出してはどうです? アレらならば時間稼ぎは十分……」
「――! そうだな! 数は減るかもしれんがこの際止むを得ん! 《刃衆》を幾人かでも仕留めたという実績があれば後々の……!」
「いい加減にしやがれ! のんびり相談してる時間なんざ無いんだよ!」
喧々囂々、と言えば聞こえは良いが、聊か以上に纏まりの無い意見をぶつけあうばかりの研究者達に、痺れを切らした警備の男が更なる怒声を上げた。
こんなおおっぴらな襲撃が行われているというのに、王城内の組織の人員からなんの音沙汰も無いという時点で気付けというのだ。
内通していた連中はとっくに捕まっている。そして、帝国は――あの皇帝はこちらを本気で潰しに来た。
研究資料の持ち出しなどしてる暇は無い。今すぐ身一つで《門》を使って拠点から逃げだし、その後は帝国圏内から死に物狂いで脱出する。
綱渡りの様な方法だが、それしか生き残る道は無いのだ。
おそらく、襲撃を受けているのは此処だけでは無い。組織の崩壊はもう始まっていると言っていい――が、あまりにも現実感が薄いのか、鉄火場の空気に耐性が無いのか、右往左往するばかりで行動に移さない研究者達に苛立ちが募る。
「言っただろうが! 時間稼ぎにもならねぇんだよ! 邪神の眷属を狩るような奴らだぞ!? 竜でもない弄った魔獣なんぞで止められる訳があるか! さっさと緊急避難用の《門》を――」
これ以上もたつく様であれば、何人か斬り殺して無理矢理にでも《門》の魔道具を使用させる。
警備班の男が焦りの儘に腰の剣に手を掛け、三度目となる怒声を上げた瞬間だった。
研究室にいる全員の耳に、涼やかですらある金属音が鳴り響く。
高く、澄んだソレが、鞘を滑る刀身から生まれた音であると気付いた者はいない。
そして、次の瞬間――。
甲高い切断音と共に研究室の壁に無数の斬閃が走り、パズルのピースを思わせる無数のパーツへと分解された。
「んなっ!?」
「ひいぃぃぃぃぃっ!?」
室内から上がる驚愕の声と悲鳴は、バラバラになった壁であった物が床にぶち撒けられ、粉塵を上げて積もる音にかき消される。
偶然か、敢えて残したのか。研究室の扉だけが膾にされずに残り、ポツンと佇む光景はいっそシュールですらあった。
壁が斬り刻まれて倒壊したせいか、蝶番が緩み、微かに軋む音を立てて扉が勝手に、そしてゆっくりと開く。
ドアの向こうに佇んでいたのは、全身を魔装の武具で固めた、騎士の少女だ。
セミロング程の長さの美しい黒髪を後ろで結び、高めのポニーテールにした彼女は、羽織った黒外套の裾を翻しながら一歩を踏み出した。
その手には、神速の斬撃で壁を細切れにした武器――魔装の湾刀が握られている。
「お邪魔するわ」
皮肉のつもりか、既に扉としての意味が無くなったドア板を、通り抜け様に軽くノックする少女。
振り向いた警備班の男は、黒髪黒瞳の騎士の姿と――何より、彼女の後ろに続く幾つもの壁が、此処まで一直線に乱切りにされて瓦礫に変わっている様を見て取り、即座に腰の剣を放り捨て、両手を上げて膝を着いた。
「《戦乙女》だと……!?」
「き、貴様、何を勝手に這い蹲っている! さっさと立って時間を稼げ!」
「《門》の準備を、急げ!」
今になって漸く行動を開始した研究者連中の慌てた声を聞きながら、男は「馬鹿が」と、小さく口の中で毒づく。
強化した魔獣だ、人工的な超人だと大層な能書きを垂れる割には、彼らには致命的なまでに理解が足りない。
『超人兵計画』の理想像、最終到達点とも言える、人外級の戦士。
その一人である、帝国最強の戦人の一角、ミヤコ=タナヅカ。
死体漁り目的で向かった戦場で、男は一度、この少女の戦いぶりを眼にしたことがある。
だからこそ、この場の誰よりも分かっていた。
無数の壁を隔て、一定以上の距離が空いたつい先刻までの状況なら逃げ遂せる目はあった。かろうじて、だが。
が、彼女がこうして眼前に立っているという時点で、何をどうやっても詰みだ。
バタバタと忙しない音と共に、男の背後で大きな魔力が膨れ上がる気配。
おそらくは《門》の魔道具を起動させようとしたのだろうが、武装解除して跪く男の眼前で、ミヤコの腕が一瞬ブレる。
抜刀から振り抜き、納刀する一連の動作は、その場の誰の眼にも映る事は無い。
「あ」
呆気に取られているのが良く分かる、間抜けな声が男の後頭部をたたいた。
ほぼ同時にくるくると回転して落ちて来たのは、魔力の光が零れる宝珠と――それをしっかりと握りしめる研究員の誰かの右腕だ。
トサっと、ひどく軽い音を立てて腕が床へと落ちるが、その掌から零れた宝珠は床へと転がる前に縦に四分割されてただの不燃ゴミへと変わる。
「う……? あ"あ"あ"ぁ"ぁ"っ!?」
一拍遅れて、腕の持ち主であろう研究員から、罅割れた声で絶叫が上がった。
瓶や試験管の載った机を蹴倒し、のたうち廻る騒々しい音と気配。
それを振り向いて確認する度胸は、男には無い。おそらくは他の研究員達もそうだろう。
「動いてもいいですよ」
凍り付いた様に動作を停止させる男達に向かって、冷え切った声色でミヤコが告げる。
「ここに来るまでの道すがら、不快、どころでは無いものを散々に見たので。動いてくれるなら良い口実になります」
抑揚に欠けた言葉に込められた痛烈な皮肉と、沸々と滾る怒りを抑える為に無表情となった秀麗な美貌。
そして、喉元に刃を押し当てられた様な、おそろしくも冴え冴えとした鋭い殺気。
これらを目の当たりにして、その言葉通りに動きを見せる阿呆はいない。
腕を斬り飛ばされた研究員でさえ、荒れる息を噛み殺して背を丸め、その場に蹲って必死に動きを止めようとしていた。
早鐘を打つ心臓に鞭打ち、文字通り息を殺して呼吸にすら細心の注意を払う男達。
恐怖と緊張が高まり過ぎて、ミヤコ以外のこの場の全員が嘔吐感すら覚え始めた、そのときだった。
「ミヤコ、二班から連絡です! 要救助者を発見! 容態が悪い方もいるそうですが、とりあえずは全員、意識もしっかりあって会話も可能、だそうです!」
瓦礫となった壁の向こうから駆け寄って来たのは、宮廷魔導士の装束を身に纏う、眼鏡を掛けた女性だ。
その言葉を受け、能面のようであったミヤコの表情が少しだけ柔らかくなる。
「そうですか……キャリーラさん、二班に返信を。状態が悪い救助者は、治療班預かりでは無く教国の聖女が逗留している屋敷へと搬送して下さい。彼女達は《門》に掛かり切りですが、代理と成り得る回復・補助の達人が詰めているので」
現在、レティシア達が逗留している屋敷にはエルフの最長老であるサルビアが待機している、という情報はミヤコが猟犬から聞かされた話だ。
帝国側としては、一種族の代表・賓客という事で今回の大捕り物に関しては巻き込める訳も無い人物ではあったが、現在、自身の辞書から自重という字を一時的に削除している猟犬は普通にエルフ達にも声を掛けていた。
エルフにとっては現人神にも近い人物からの頼みだ。
郷に帰ったら普通に同胞にドヤ顔で自慢できる様な名誉事であり、人道にも沿った行いなので、現在サルビア以下、帝都にやって来たエルフ達は救助された被害者の治療と屋敷の護衛に士気高くあたっていたりする。
ミヤコもサルビアの魔法の腕は界樹の一件で把握していた。一刻も早い治療が必要な――それこそ聖女の癒しでなければ助ける事の難しい重篤者であっても、彼女ならばレティシア達がフリーになる夜明けまで安心して任せられる。
「おぉ、聖女様の代理ですか……それ程の方なら、重篤者は魔導士団よりそちらにお任せした方が良いですね」
感心した様子で頷いた魔導士――キャリーラは、遠話の魔法を発動させて直ぐに別動隊へと連絡を行う。
テキパキと一連の説明を終えた彼女は、軽く息をついてミヤコと――その奥で息を殺して固まったままの連中に改めて目を向けた。
「――で、この連中は如何しますか? 一番情報を持ってそうなの以外は、処分してしまって構わないと思いますが」
淡々と、黒髪の少女と会話していたときにあった気安さや好感など、微塵も存在しない冷たい視線で男達を睥睨する。
彼女も宮廷魔導士団に籍を置く実力者だ。流石にミヤコと比べるのは酷だが、眼前の研究者達と警備一人程度、相手にもならない。
全員一秒弱で首を刎ねられるか、二十秒で魔法によって消し飛ばされるか。違いと言えばその位か。
燻る怒りは消えず、だが腹に溜まった熱を吐き出す様に、ミヤコは深く息をついた。
「個人的にはそうしてしまいたいですが……やめておきましょう。拘束をお願いできますか?」
「そうですか。では、手足をへし折っておきましょう――オラ、利き腕を掲げなさい下衆共。牢で食事を摂るのに必要でしょうからそれだけは残してあげます」
騎士として、部隊を束ねる長として、激情を制御して勤めを果たそうとする少女。
そんな彼女より年上の筈のキャリーラは、全然我慢してない私情全開っぷりで男達を拘束にかかる。
罵声、悲鳴、哀願、様々な種の声をあげて逃げ出そうとする研究者達の背に、容赦なく魔法をたたきこんでゆく彼女の背を見て、ミヤコは苦笑した。
「荒れてますね」
「えぇ、それはもう。この馬鹿共が陛下を本気で怒らせた御蔭で、宮廷魔導士団はほぼ全戦力が出動になりましたからね! そっちでの立場は非常勤の扱いの私までこうして出張って来る羽目になるわ、襲撃先では一般人が実験動物にされてる胸糞を見る羽目になるわ、有り体にいって最悪の気分ですとも!」
腕を斬り落とされた者の傷口を雑に焼くという、治療というより拷問染みた方法で止血を行っているキャリーラの眼は据わっている。
「ま、待て! 捕虜に対する過度な加害は帝国の法で禁じられていた筈だ! わ、我らが大人しく縄を受ける以上、法に則った人道ある扱いを要求する!」
「馬鹿ですか。それは他国の戦争捕虜及び、第一級以下の犯罪行為を犯した者に対する法です――邪神の信奉者と皇帝に喧嘩売ったテロ集団には適用外なんだよタコ」
喚きたてる研究者の顔面に、吐き捨てられた言葉と共に切断面を焼いていた炎が叩きつけられた。
あくまで止血用に発動させた魔法だ、威力という点では然程のものではない。
逃げ出そうとした者を打ち据えた魔法も同様。殴打の性質を持つ簡易な魔力弾だが、無力化を目的とした殺傷力を押さえた代物である。
だが、捕らえた魔獣や人間を実験の過程で痛めつけ、苦しめる事には慣れていても、自身が傷を付けられる事には一切の耐性の無い連中だ。まるでこの世の苦痛を一身に受けたかのような身も世もない汚い悲鳴が上がる。
目の前の連中の所業を此処に来るまでに目撃したミヤコとキャリーラには、三倍増しで見苦しく、耳障りに聞こえる声。
それが切欠となったのか、キャリアウーマン然とした外面をかなぐり捨て、眦を吊り上げた魔導士が咆哮した。
「うるせぇぇぇっ!! そもそもこっちはテメェらが馬鹿やってなきゃ《大豊穣祭》の本番中は半分が休暇だったんだよぉ! それがどうだ! いざ蓋を開けてみれば休日二日目から実況解説の代役に駆り出されるわ、あと一試合でそれも終わるかと思えば夜を徹した塵掃除の突入メンバーに組み込まれるわ! お前ら何か私に恨みでもあんのかゴルァ!? 今日で何連勤になると思ってんだ〇すぞ糞が!!」
手近にある机を何度も爪先で蹴りつけ、寝不足と苛立ちで眼を血走らせたまま叫ぶキャリーラ。
大分溜め込んでいたのか、突如着火した女史の怒り狂う様を見て、男連中は悲鳴を殺して身を縮こまらせる。というか、ミヤコも若干引いていた。
叫ぶだけ叫んで気が……全く晴れてない不機嫌な顔の儘で肩で息をしていたキャリーラだが、己に接続された遠話の魔法の感覚を感じ取る。
深呼吸を幾度か行い、意識を切り替えて連絡を受け取り。
告げられた内容に、表情を引き締めて《刃衆》の長へと振り向いて指示を乞うた。
「第七班――サリッサ氏から連絡です。東区の《門》の制圧は現時点で七割程度。夜明けまでには相当な時間の余裕を以て完全制圧可能。他の区画へと応援に向かうべきかどうか、だそうです」
連絡を受け、ミヤコは数瞬考え込む。
元より遠話による情報の共有によって、早い時間で東区にある《門》の制圧は完了すると踏んでいた。
なので、結論は直ぐに出る。
「八割を超えた時点で、二班から四班までを南区の応援に回しましょう。騎士団や伯爵の領軍と突入場所が被らない様、東区に近い箇所から制圧に入ると将軍に連絡を」
万全を通り越してオーバーキルにも程がある戦力比で臨んだ、今回の強襲作戦。
ミヤコの唯一の懸念はあの来歴不明の転移者、ジャック=ドゥである。
今の処、かの人物と接敵したという報告はない。
北区の教国を主とした面子は突入班に同道する魔導士がいないので、制圧済みの施設や拠点に後詰で入った帝国の人員から連絡が送られてくる。
そのせいもあって、やや情報の更新が遅いのだが……攻略にあたっているメンバーがミヤコの"先輩"や彼の姉弟子とその教え子だ。
彼らならば、あの剣士と戦闘になっても早々にやられはしない。どころか普通に倒してしまう可能性もある。最悪でも、犠牲無しでの退却が可能だろう。
問題は西区か南区に現れた場合である。
ジャックに限らず、人外級の戦士を相手に数で当たるのは悪手だ。
圧殺可能なだけの戦力があれば討ち取る事自体は可能だが、その場合、発生する被害は相当なものになる。
相手が魔鎧の使い手であるというなら猶更だ。アレの機動力の前には、数頼みの包囲網は無意味に近い。
近くにレーヴェ将軍が居れば被害は最小限に抑えられるかもしれないが、騎士団全体の指揮を執っている以上、彼が現地で戦闘する可能性自体が低い。
《刃衆》の隊員を向かわせるのは、あの剣士との戦闘が西と南で起こった際に、最速で援軍として駆けつける為の措置も兼ねていた。
「……急ぎましょう。制圧が早ければ早い程、他の区画へと戦力を割けます」
「そうですね。では、こいつらは適当に半殺しにしておきましょう――素直に手足を差し出せば骨三本で済んだんですけどね」
帝国最強の一角たる黒髪の少女と、その補助として同行しているのに少女より殺意高い言動の魔導士。
半狂乱になって二人から距離を取ろうとする研究者達を尻目に、試合終了のお知らせが鳴り響いた現状をただしく把握した警備の男は、諦め混じりの乾いた笑みを浮かべて再度ホールドアップする。
(もうどうにもならねぇ……神よ、どうか命ばかりは助かります様に)
この男だけは、自分が関わって来た行いに対する自覚程度はあったのだろう。
最後に縋った神への祈りの言葉は、口に出す資格を持ち得無いと思ったか、胸中に留まるばかりで声とはならなかった。
なお、仮に言葉にしたとしても届く筈も無いのは当然である。お休み中であろうがそうでなかろうが、当の女神にも届く祈りの声を選り好みする権利はあるので。
◆◆◆
先の研究所で聞きだした、貴族の邸宅に隠されたという《門》。
目的の場に辿り着いたは良いが、当然の事ながら頑丈そうな鉄の門構えは硬く施錠されている。
丁寧に門扉を開けて館の扉をどうにか開錠して、建物内の魔力の溢れる場所を目指して――なんてやってる暇は無いので、門扉は飛び越え、魔力噴射からのドロップキックでダイナミックお邪魔しますを敢行し、扉を爆砕して玄関へと飛び込む。
「おっふ……これ後で陛下に叱られないッスかねぇ」
走って追いついて来たトニーが、今日何度目かになる白目を剥いてボヤいてる。スマンな、時間短縮の為や。
入口周りの壁ごとぶっ壊して入った為、粉塵立ち込めている玄関ホールを見回す。
人の気配は無し。手入れはされている様だが、現在は見える窓にはカーテンが掛けられ、永らくまともに使われていないらしき館は、薄暗く物悲しい雰囲気となっている。
ふむ、元は没落だかした貴族の帝都用の別荘だっけ?
「二代前の先帝陛下の時代に、辺境伯だった方の邸宅ッス。確か、スターディン家、だったかと」
成程。んで、今は王城預かりで最低限の管理だけしてる、と。
「みたいッスね。露骨に分かり易い場所に《門》が設置されていれば、定期的に清掃に入ってる人達が気付かない訳も無し……って事は」
隠し部屋、だろうな。つーか励起した《門》の魔力も明らかに下から感じるし。
館のどっか……若しくは敷地内に部屋に通じる隠し道があるんだろうが……面倒だな、床ぶち抜くか。
「流石に今から探すのは時間が惜しいッスからね、お願いします旦那」
あいよ。先ずは魔力の発生源の真上に行こうか。
トニー君の同意も得たので、二人で移動を開始する。
大雑把ではあるが、場所は直ぐに知れた。《門》は館の厨房と使用人用の食堂の間にある廊下の真下――やっぱ地下にあるみたいやな。
剣の切っ先で床に張られた木板の一部を引っぺがしたトニーが、剥き出しになった床板部分を軽く叩く。
「……当たりッス。手応え的に、そんなに深くない場所に空洞がある感じッスねコレ」
深さはそれ程無しか。じゃ、一気にやっちまうとしよう。
身振り手振りで彼に下がる様に伝え、軽く魔力を練って手刀を振るう。
分厚い鉄製でもなけりゃ魔装でもない、ただの床板だ。大した手応えも無く廊下は四方1メートル程のサイズに切り取られ、最後に真ん中に斜線を引かれて三角形二つになって地下の空洞――隠し部屋へと落っこちる。
上から覗き込むと、そこには暗い室内を明々と照らす、起動した転移の魔道具があった。
躊躇する理由も無し。俺とトニーは顔を見合わせて頷くと、そのまま廊下から《門》へと飛び込む。
光溢れる《門》を潜った先は、当然と言うか見覚えの無い場所だった。
緑深い山中。人気の無い路地裏であっても表通りの喧噪が届いていた帝都と違い、自然の中に息づく野生の生き物達の息遣いのみが、静寂を微かに色付けている。
《門》の転移距離は注がれる魔力に依存する。
シアとリアが以前に構築した帝都を覆う結界を利用し、儀式魔法まで併用して帝都中の《門》に注いだ魔力は膨大だが……これらを設置し、普段使いしていた連中が、そんな魔力を有している筈も無い。自然、設定してある転移先は帝都からそこまで離れていない筈だ。
トニー、場所の把握は可能か?
「星も出て来てるんで問題無く――多分、王城が背にした山脈の内の一つッスね。高所から見れば帝都も確認できるかと」
無理矢理ついて来た半病人であるトニー君だが、服用した霊薬の効果が出ているのか、なんだかんだ言って此処迄遅れずしっかりついてきた。
直ぐに空を見上げて大まかな現在地を割り出してくれる。こういった多芸な仲間が一人いると頼もしいね。
こんな山の中だ。誘拐した人間にしろ、拠点を維持する為の資源にしろ、《門》と拠点の距離が離れる程に運び込む際の労力と危険が増す。
近くにあるだろう、とアタリをつけていたが、案の定首を巡らせた先に石造りの建物を発見。しかも、近くに見張りらしき人間が二名。
他に光源の無い山の中で煌々と灯りを付ければ、遠目からでも相当に目立つ。それを避ける為か、建物は入口のみが地表に出ている形で殆どは地下に作られた様だ。
「地下……ここらは岩盤も厚かった筈なんスけど、よくまぁ……」
呆れと感心が半々の声が背後から聞こえるが、今は時間が惜しい。特に反応はせずに施設の入口へと歩き出す。
トニーの言う通りに地下の岩盤が厚いというのなら、入口以外の緊急用の脱出口が作られている可能性は低い。
けど、元からあるもの――例えば、国側に把握されてない未発見の遺跡なんかを拠点として利用しているのなら、岩盤工事の手間やリスクは省略出来る。
とはいえ、別の出入り口探して封鎖して、なんてまだるっこしい真似をするつもりは無いんだが。
歩を進める内、見張りが此方に気付いたのを確認して、一気に加速。
魔力噴射で0.2秒と掛けずに彼我の距離を潰し、片方見張りの頭を鷲掴みにすると、最初に襲撃した拠点のときよろしく捻りながら引っこ抜く。
頸椎の半ばまでを首と一緒に引き摺りだし、唖然としながらも武器を構えようとしたもう片方の見張りの剣を握る腕へと、引き抜いた頭部を叩きつけた。
頭蓋と肘がぶつかり合い、拉げて肉と骨を撒き散らしながら砕け散る。
悲鳴か苦鳴かは知らんが、大口を開けて叫ぼうとした男の顎を掌で掴みあげ、黙らせた。
『おい、どうした。資材の搬入は始まったのか?』
そのまま首をへし折ろうとしたのだが、拠点の入口脇に備えられた漏斗状の金属パーツから響いた声に、動きを止める。
メガホン擬きはパイプ状の管へと繋がり、それは扉脇を通って地下へと続いている。伝声管の一種か。
俺は男の顎を掌で固定したまま、その顔を引き寄せて耳元で囁いた。
――誤魔化せ。失敗したら首を捩じ切る。
抵抗や躊躇いを見せればその瞬間に首を捥ぐつもりだったんだが、男は顔面蒼白のまま即座に頷いてくれた。
じゃ、よろしく。と顎から手を離すと、彼は必死の形相で深呼吸を繰り返す。
潰れた腕を抱えながらも出てきた声は、震えも抑えた、良い感じに不自然さの無い声色だった。
「あ、あぁ。いつもより早いが、その様だ。こっちで搬入も少し手伝うから、倉庫の空きを確認してもらって良いか?」
『なんだ、監視員にお偉いさんでも混ざってたか? 臨時収入が貰えたら奢れよ?』
「……気が、向いたらな。開錠を頼む」
『はいよ、了解』
会話が終わると同時、魔法で施錠されていたらしき鉄作りの重い扉から、ロックの外れる金属音が鳴り響く。
ご苦労さん。じゃ、さいなら。
やり切った様子で大きく息を吐きだした男が振り返る前に、手刀で首を飛ばした。
卑怯畜生というなかれ。相手は外道、その上俺の友人に手を出した連中のお仲間だ――全員狩るので、末路は変わらない。
「こんなモンがあるって事は……此処は相当広いみたいッスね」
そう言うトニーの眼は、伝声管に向けられている。
だろうな。少なくとも入口の開閉を行う奴は、こっから声を張り上げたくらいじゃ届かない場所にいるって事だろうし。
結構な数の拠点を潰したが、扉も魔法でがっつり施錠されてるタイプは初めてだ。相当な広さだと予想できる設備といい、手に入れた情報通り、ここは重要な場所らしい。ひょっとしたら当たりを引いたかもしれん。
金属の軋む音を響かせ、開錠された扉を押し開けば長く続く階段が暗闇に誘う様に地下へと伸びている。
さて、行くか。
「了解。もしかすると、此処が本拠地かもしれないッスね。気合入れて行きましょう旦那」
だな。取り敢えず初動は上手く誤魔化せたことだし、始めはなるべく気付かれない様に立ち回りつつ数を――。
俺が襲撃のプランを大まかに語ろうとした、その最中だ。
伝声管が震え、鉄の漏斗越しでも分かる焦りやら混乱に塗れた声を吐き出す。
『おい、資材の搬入は一旦中止だ! 急いで外側から入口を封鎖しろ! ジャックさんがとっ捕まえて来た銀髪の女が逃げ出しやがった!!』
俺達は二人揃ってアホ面で目をぱちくりとさせ、顔を見合わせ――次いで、ニヤリと同時に笑った。
「大当たり、ってやつッスか」
みたいだな。ついでに言うなら静かに行動するプランは無しになった。
おそらく――いや、ほぼ確実に副官ちゃんの事だ。
襲撃した各拠点・施設の中には、あちこち弄られた魔獣やら、薬品に漬け込まれた明らか人体っぽいパーツの入った瓶やら、胸糞悪いモンがそこかしこにあったので、正直、道中気が気じゃ無かった。
伝声管から伝わる声の調子から察するに、脱出も兼ねて元気に暴れている真っ最中ってとこだろう。
実際に無事を確認した訳では無いので、この判断はちと早計ではある。
あるんだけど……喜ばしい気持ちは抑えられなかった。
あぁクソッ……マジでホッとした。無事で良かった、本当に。
俺とトニーが交す笑みの裏には、二人とも安堵の情が滲んでいたが、それはお互い見ないフリをしつつ。
『戦える奴は封鎖の前に降りてこい! あの女、好き放題に暴れてやがる! 空になった施設から応援をよb――』
攪乱と景気付けも兼ね、喧しく鳴り響く伝声管を握り潰すと、引き千切って階段へと放り捨てた。
派手な音を立て、反響激しい地下へと続く階段を転がり落ちていく鉄屑を追いかける様に、一歩を踏み出す。
「音量は十分ッスけど、開始のゴングとしちゃぁちっとばかり地味ッスね」
背後から聞こえる言葉に、肩を竦めてもう一度笑った。
号砲は副官ちゃんが上げたやろ――だが、そうだな。こっちでも派手にかましてやっても良いか。
友達の無事を知って、少しばかりアガったテンションの儘に、軽くつま先で地を蹴って。
――会いに行くぞ、一直線だ。
「合点承知」
俺達は、同時に地下へと続く暗闇の中へと飛び込んだ。
隊長ちゃん
《刃衆》では顧問と同じく、連絡要員の魔導士一人をつけて単騎で活動中。
襲撃先がどれだけ入り組んでようが関係ない。壁は全部斬ればよいので。
各所でのジャック相手の不意の遭遇戦を危惧しつつ、順調に東区を攻略中。
彼女の制圧速度も大概おかしいのだが、北区で暴れてる犬は一人で《刃衆》の一~五班分くらいの拠点をデストロイしている。そんなんだからキ〇ガイ扱いされるんやぞお前。
キャリーラ女史
元ヤン系文官のキャリアウーマン。社畜戦士。
優秀で顔が広く、文武両方の役人に重宝されるので糞忙しい人。
何気に魔法の腕も高く、宮廷魔導士団にも籍を置く。
とはいえ、本人はあくまで文官志望なので戦後は非常勤扱いで魔導士としては実質求職中であった。
が、今回は魔導士団総出の任務なので駆り出される事に。
人はありがとうを食べて生きていけないし、かといってお給金が増えても睡眠を摂った事にはならない。要は休みを寄越せってことだよフ〇ック!
イッヌ&狐
一番探してた場所と人を同時に発見。
合流と攪乱、助太刀を兼ねて正面から派手に殴り込み開始。