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帝都の一番長い夜 1




「おい、聞いたか? 例の話」

「あぁ。研究班のお偉いさんが何かやらかした、ってやつだろう? 幾つかの施設の資材なんかがこっちに移されるかもって話だ」


 帝国領の首都たる帝都。

 その王城の背後に横たわる山脈の中に、苔むした岩場に隠れる様、ひっそりと作られた建物の入口にて。

 歩哨か、はたまた門番の様な立場なのか、二人の男が武器を片手に会話をしている。

 彼らの所属する組織以外には人の出入りなど無い場所ではあるが、野良の獣や魔獣が敷地内に入り込む事を警戒しているのか、男達の持つ装備はそれなりに良いものだ。山深い地域に生息する魔獣を相手に出来る、という点も見れば、そこそこに腕の立つ者達でもある事が窺い知れる。


「詳細は分からんが、"素材"の調達でちょっとマズい奴を選んだらしいぞ? 貴族でも標的にしちまったのかねぇ」

「俺は祭りの来賓と聞いたが……まぁ、俺達に確りとした情報が廻って来る筈もないしな。そのゴタゴタが原因で《門》経由の資材の搬入があるかもしれん、という事だけ覚えておけば良いさ」


 大して興味も無さそうに言葉を結ぶ同僚に対して、もう片方の男は苦々しい表情で愚痴らしきものを零す。


「くっそ、貴族の御令嬢だったらなぁ……あの雇われが来る前までなら、此処に運ばれてくるなら味見の機会もあったかもしれないのによぉ」

「まだそんな事を言ってるのか。そもそも"素材"に手をつける事自体が、本来は厳禁だぞ? 前までが温すぎたんだ」


 組織にある施設の中でも此処は最低限の設備しかない、素材・資材や実験済みの魔獣などを一時的に保管しておく、重要度の低い拠点だ。

 それだけに詰めている人材も上澄みとは言い難く、特に防衛を担う者達が集められた"素材"にこっそりと手を出す悪習が常態化していた面もあったのだが……二年程前に大規模な人材の選別――粛清にも近い()()が行われた事で、そういった真似も出来なくなった。


「お前とはそれなりに長い付き合いだが、まだ馬鹿をやるつもりなら上に報告させてもらうぞ。巻き添えで俺まであの雇われに殺されるのは御免被る」

「わぁーってるよ、俺だってあの人斬り野郎に眼を付けられるのは御免だ。素直に休みの日に娼館にでも行くさ」


 組織のトップである"閣下"が直に雇ったという疵面の剣士。

 転移者らしき黒髪のその男は、"閣下"の命で抜き打ちの監査を謳ってこの施設にやって来た際に、見目の良い"素材"を味見していた連中の殆どを斬り捨ててしまった。

 勿論、斬られた者達も無抵抗だった訳では無い。

 元より脛に傷持つ、表社会での真っ当な生活など送れる筈も無い者達だ。逃げ果せた処でその未来は明るくないとはいえ、その場で大人しく殺される様な殊勝な人間性ならば、そもそもこの様な組織に属していないのだ。

 だが、そんな抵抗など無意味とばかりに全て一刀の元に切り伏せられた。

 飄々とした態度を崩さず、だがほんの少し口角を上げて同僚達を斬って回っていた剣士の姿を思い出し、男達は身震いする。

 アレは敵対しては駄目な部類だ。

 各国の有名処――英雄扱いされている化け物じみた連中の同類と言って良い腕前も、軽妙を気取る言動の底に潜ませる、命のやり取りを心底好む様も。

 本来なら関わることすら遠慮したい人種である。

 彼らの首が繋がっているのは、腐敗した人材の中でもまだ使える方――多少は腕が立つ、と判断されたからに過ぎない。

 それこそ剣士の気紛れや匙加減一つで容易く傾く天秤であり、再び同じ真似を繰り返せば、その末路は言うまでもない。

 今度こそ他の粛清された者達と同じように、山中に生息する野生動物達の栄養源に転職する羽目になるだろう。


「あの監査がもう一度行われないとも限らん。精々真面目に仕事をするとしよう」

「あぁ、ここ以上に払いの良い場所も早々ねぇしな」


 拉致した者達を"素材"と称して非合法な実験に使う時点で、彼らの言動に正当性など皆無なのだが、それも今更。

 他者を踏みつけ、弱者を食い物にする事に躊躇いの無い精神性でなければ、そもそもこの手の組織に長期雇われるなど出来る筈も無い。


 弱い奴らは直ぐ死ぬし、不幸や理不尽な目に合うのも仕方ない――それを覆せるだけの力も無いのだから。

 ならば、その無力で哀れな生と死を、少しばかり自分達の利益に変える事の何が悪いのか。弱肉強食、適者生存というやつだ。


 明確に言語化出来る程に当人達に学がある訳でも無いが、彼らの主張を言葉にするならばそんな処か。




 ――故に、これからその身に起こる事も、彼らの主張に沿う事なのだろう。




 ()()がどれ程に理不尽で、逃れようのない不幸なのだとしても。

 或いは彼らが忌避した、剣士の監査以上に破滅が確約された、死神の振り下ろす鎌にも似た"不吉"なのだとしても、それを払い除ける事の出来ない彼らが悪いのだから。


「お、《門》が開いたな」

「何時もの様に深夜になってからと思ったが……思ったより早いな、上は相当泡を食ったのかもしれん」


 施設よりやや離れた場所で溢れた魔力光を見つけ、男達は居住まいを正す。

 "素材"や資源の搬入を行うのは基本、彼らと同じ下っ端に近い者達だが、監督役としてそれなりの地位の人物が付いている場合もある。

 可能性は低いが、熱心に仕事に打ち込む様をアピール出来れば臨時ボーナスが出る可能性だってゼロでは無い。

 何より、適当にやってる処を見られて二度目の監査が入るのは避けたい処であった。

 最初に《門》の開いた方向から現れるのが、研究者か貴族の装いの者――上役であった場合に備え、彼らは背筋を伸ばして転移してきた人物を待ち受ける。


「……なんだありゃ?」


 男達の片割れが、陽の落ちて暗くなった山中でも薄っすらと光って見える赤い光を放つ人型を確認し、眉を顰めた。

 見た事の無い姿だ。というか、全身鎧の奴など一度見れば忘れない。最近雇われた新入りだろうか?

 後続に資材やそれを運ぶ者が現れる様子も無い。不審を覚え、男は隣の同僚へと首を向ける。

 あの鎧は知ってる奴か。そうでないのなら、場合によっては警報を鳴らすべきか? そう言葉を掛けようとして。


(……あれ? なんだ、声が……)


 喉から出るべき音が出ず、言葉の形に開閉した口だけがパクパクと動く感触に、首を傾げた。

 夕飯に少しばかり火酒を飲んだのが不味かったのだろうか? 傍から見ればばさぞ間抜けな光景だろう。

 そんな風に思ったのだが、眼前の同僚は眼球が零れ落ちんばかりに目を見開き、顎も外れそうな位に大口を開け、自分より遥かに間抜けな面を晒している。

 あまりにも笑えるその顔に、男は一瞬仕事の事も忘れて吹き出しそうになり――。

 ドサッ、という鈍い音と共に、同僚に向けて倒れ込んだ何かに、目を奪われた。

 そこにあったのは、人の身体だ。

 身に着けている防具も、手に握る槍も、よく知っている――毎日見ている、見慣れたものだ。

 ただ、前のめりに倒れているせいか、俯せに倒れるその背中だけは馴染みの無いものだった。

 それも当然だろう。()()()()()()まじまじと見る機会など、普通はある筈も無い。

 更に不可解な事に、その首の上にはあるべきモノが無かった。本来あるべき其れは、今こうして()()を見下ろしている。

 理解不能な光景に混乱し。


 ――次の瞬間、同僚の顔が視界一杯に拡がり、男の意識は消失した。







 捩じ切った男の首を、もう一人の見張りの顔面へと叩きつけた青年――魔鎧を纏った猟犬は無造作に腕を振り、砕け散って掌に付着した赤黒い肉片を払い落した。

 首から上を失った二つの身体から、思い出したように鮮血が噴き上がるのを一顧だにせず、強化された知覚を全開にして扉の向こうの気配を探る。

 ハズレか、と無感動に呟くその言葉を拾ったのは、背後から追いついて来たトニーだ。


「旦那、此処に副長や他に捕まってる人達はいない感じッスかね?」


 ――多分な。代わりに魔獣らしき気配が幾つかあるけど……妙な感じだ。


「……人を攫ってる理由が人体実験の類だとするなら、当然人間以外も実験動物にしてるって事スか」


 まさか魔獣を捕まえて実験するのが、家畜化だのペット化だの、穏やかな目的の筈もないだろう。

 十中八九、何某かの強化を施していると考えるのが妥当だ。場合によってはそれらと戦闘になるかもしれないと、トニーは厳しい表情で眼前の鉄扉を見据える。


「それじゃ旦那、自分は追随しますんで、先ずは――」


 ――あぁ、いいわ。なんか此処、あんま広く無いみたいだし、人数もそんなにいないみたいだし。


 淡々と騎士の言葉を遮ると、青年は手刀を振るう。

 扉に赤光の残影が走ったかと思うと、耐火・耐爆仕様だったのであろう分厚い鉄扉は音も無く"ズレた"。


 ――10分で終わらせるから待機しといて。戻ったら直ぐに別の《門》に行くから。


 袈裟懸けに両断した扉を下から潜り、肩越しに振り向いて言われた言葉に、トニーは苦笑いで応じる。


「あー……じゃ、お任せするッス。ただ、放置して次に行くなら逃げられない様にだけしておいて欲しいッスね」


 ――霊峰で戦りあった死屍使い(ネクロマンサー)じゃあるまいし、死体になった自分を操作できる様な奴なんぞ早々おらんやろ。


「えっ?」


 ――えっ?


 真顔になった狐と、フルフェイスで表情の伺えない猟犬が、異口同音と共に首を傾げ合う。


「……10分で全員、無力化してくるって事ッスよね?」


 ――うん。ちゃんと皆殺しに(むりょくか)してくるけど。


「なんか発音が不穏なんスけど!? 若干意思疎通に齟齬が生まれてる気がするの、自分だけッスか!?」


 ――?


「滅茶苦茶不思議そうな顔!?」


 青年と共闘した事、それ自体はある。

 彼とトニーが初めて関わった北方の一件……任務の最後の〆として、邪神の信奉者の隠れ家を襲撃した際に、機会があった。

 その経験もあって、眼前の《聖女の猟犬》と呼ばれる彼が敵対者に対してドン引きするほど容赦の無い人物であるというのは、理解してるつもりだったのだが……。


(あ、コレ相手は信奉者じゃなくて、下衆、外道の類と言っても人間……とか言っても「だから?」で終わるやつッス)


 此処に来て、漸く理解が正しく及ぶ。

 彼にとって信奉者であるか、ただの人間であるか、それはあまり重要な尺度では無いのだろう。

 要は、自身の身内――或いはそれに近い立場やその関係者を害する存在(もの)であるかどうか。

 それが本当の意味で猟犬が牙剥く"基準"なのだ。

 事の前後の状況や、組織や国の関わる問題。そういったものを全く考慮しない訳では無い。

 が、それはあくまで二の次三の次。自らが守護すると決めた対象を害されれば、彼にとってそれらは容易く放り捨てられる程度の重要度(ウェイト)しか持たない。


 戦力としてはこの上なく頼もしいが、帝国(ウチ)では飼えん、と皇帝が断言していたのも当然であった。


 自らの見出した推し(誰か)を何より尊び、その牙は群れに依らず、国に依らず。あくまで自身の意志で以て振るわれる。

 故に騎士では無く、猟犬。今の処、ある程度の手綱を握れる唯二人――聖女達の側に在る、守護者にして狩人。


 奇妙な程に腑に落ちる感覚と共に、トニーは即座に意識を切り替えた。


「旦那、出来れば一人か二人、なるべく偉そうな立場の奴だけ『残して』頂けると。選ぶのは旦那の勘で良いんで」


 元より、無理を言って彼の"狩り"に同行した立場だ。足を引っ張るつもりは無いと豪語した以上、基本はこっちで立ち回りを調整すべきだろう。

 間違っても国や大きな集団に仕える事の出来る人物では無い、と改めて確信したが、トニーとしては彼の庇護対象に自分の上司たちが入っているという時点で、文句などあろう筈が無い。

 唯一、問題というか、心配な点があるとすれば、だ。


(隊長が、将来旦那の手綱をレティシア様達から勝ち取ったとして……所属はどうするのやら、そこだけが怖いッス)


 一人だけ達磨ね、了解。と頷いて、今度こそ扉を潜って施設内部へと侵入したその背を見送り、こんな状況だというのに場違いな思考を脳裏に走らせる。

 隊長とくっついた青年が、罷り間違って《刃衆(エッジス)》入りでもしようものなら、将来陛下の御髪が抜け落ちそうである。

 あと彼の影響を受けて、ただでさえ問題児の多い部隊が更に酷い事になりそうだ。事後処理でトニーの胃にもダメージが蓄積されそうだし。


(……ま、それもそれで面白そうなのは確かッスけど……先に副長をきっちりお助けしてからッスね)


 狸ならぬ、獲らぬ猟犬のなんとやら。

 面白愉快な――だが、まだまだ不確定な未来の為にも、今は為すべき事を為さんと。

 万が一、討ち漏らしがこちらに逃げて来る可能性も考慮して、トニーは扉前で青年を待ちつつ、剣を抜いたのだった。




 それからきっかり8分後。

 逃げて来る者、どころかまともな戦闘すら発生すること無く、帝都に巣食う人攫い連中の拠点の一つは、静かに壊滅した。


 侵入者の二人がさっさと《門》へと取って返し、別の《門》へと突入する最中。

 人も魔獣も、動くモノがいなくなったその建物内部で唯一息をしていたのは、四肢を失い、芋虫の如く蠢く此処の責任者のみである。

 全てが終わった後、トニーの要請を受けてやって来た帝国の騎士や兵が彼を見つけ、確保()()()()()のが先か。

 或いは、血の匂いに釣られて施設内に迷い込んで来た猛獣や魔獣が、屍肉を食い散らかし、最後の新鮮な餌に喰らい付くのが先か。


 こればかりは女神のみぞ知る、といった処だろう。







◆◆◆




 聖女姉妹による中央広場での儀式魔法。

 女神への(はふり)も兼ねたソレは、本来なら年初めに聖都の大聖殿でしかお目に掛かれない代物だ。一目見ようと、多くの人間が広場へと足を伸ばしている。

 そんな中、アザル達は以前発見した下水路に隠された《門》のある場所へと訪れていた。

 この場に急行しようと言い出したのは、一党の魔導士――ウェンディである。

 魔法の知識の無い者には、聖女が行った儀式は神秘的で美しい神事であった。

 ある程度の知識がある者であっても、儀式魔法を《大豊穣祭》の間に帝都を覆う結界と励起させた現象については、神事として縁起を担ぐ以外にも、催しとしての派手なパフォーマンスを兼ねているのだと判断するだろう。

 だが、帝都各所に隠された《門》――人攫い共の移動手段として多数設置されたそれらの存在を知り、魔法に対する知識も深い者にとっては、別の推論が浮かぶ。


「大当たりね。やっぱり《門》も励起して発動してる」


 聖女の魔力を大量に注がれた為か、下水道にはそぐわぬ程の輝きを放ちながら起動する転移の魔道具を見て、ウェンディは確信を深めた。


「この一件、帝国は聖女様に協力してもらったみたいね……結界との励起ありきとはいえ、大都市を丸々儀式魔法の範囲に入れるとか、私の中の魔道の常識がぶっ壊れそうだけど」

「偉大なる創造神が能えたもう加護。その寵が最も深き聖女様方のお力たるや、といった処ですね」


 ちょっと遠い眼で呟く女魔導士の隣で、エクソンがしみじみと腕を組んでいる。

 直接目にする事は出来なかったものの、聖女の齎す奇跡にも近い魔法行使に触れる機会を得た事で、同じ僧職にある彼は感無量といった様子であった。


「……レイザーの奴が宿から動いたのはこれが理由か」

「あんの糸目、私達に説明くらいしろってーの」


 納得のいった顔で頷くアザルに対し、イルルァは険のある表情と口調で唸る。

 帝国の騎士であるトニーからすれば、彼らはあくまで情報収集の為に協力した冒険者。

 助けてもらった恩とこの件に関わる動機に対しての共感や同情はあるものの、こと軍が動く段階となれば、アザル達自身の安全の為にも動かないでもらいたい、というのが彼の判断だったのだろう。

 ここ数日、協力して調査に当たった事であの狐を思わせる青年が職務に関しては中々に生真面目な性質(タチ)であるというのは理解している。

 今夜、大きな動きがある事も、アザル達の安全を配慮して黙っていたのだろうと予想は出来た。


 ――が、しかし、である。


「それで、どうするのリーダー? 動かそうと思ったら私かエクソンがごっそり消耗するリスクのあった《門》が、こうして目の前で全開で起動してるけど」

「決まってるだろ? 探してる子供達への直通ルートが開いてくれたんだ、行くさ」


 彼らとて、退けぬ理由があって此処に居る。

 ここ数日で得た情報で、これ以上首を突っ込む事の危険性は嫌というほど確認した。その上で、この場にやってきたのだ。


「……やっぱり、さ」

「自分だけで《門》を潜るってのは無しだぞ」


 退けない主な理由――身内に等しい者を攫われたイルルァが、躊躇いがちに何かを言葉にしようとして――あっさりと頭目に遮られる。


「っていうか、何回したのよこのやり取り。行くなら全員で、そう決めたでしょうが。蒸し返すんじゃないわよ」

「とうに仲間内で出た結論に異論を差し挟むのは、聊か往生際が悪いですよイルルァ。皆で向かい、皆で帰って来るとしましょう。勿論、子供達も一緒に」


 呆れた声と穏やかな声。

 正反対の声色で諭され、申し訳ないような、或いは面映ゆそうな表情で一党の斥候は黙って頷く。

 そんな仲間達を見回して、アザルはニヤリと笑った。


「よし、それじゃ行くとしようぜ――俺達も、子供達も、皆なるべく怪我無く帰って来るとしよう。あの傭兵のにいさんが言う処の『いのちだいじに』ってやつだ」

「語用、それであってたっけ?」

「アリア様が帝国に居る以上、あの人も来てそうよね」

「そうですね。こちらにいらっしゃるのならば、アリア様や司祭様共々ご挨拶したい処です」


 軽口をたたきあいながら、それぞれの武器を構える。


 誰ともなく、深呼吸。場所が場所なので少々臭いがきついが、息を合わせてタイミングを計る。

《門》の向こうで水面の如く揺らぐ景色には、少なくとも見える限りでは伏兵の姿は無い。

 子供達を救助した後、それを守りながら防戦に徹して移動する状況も考え、愛用の剣の他にも金属製のカイトシールドを装備したアザルが、盾を構えて最初に《門》へと飛び込む。

 一拍置いて、次々と転移魔法の導く先へと続く仲間達。

 飛び込んだ先に待ち受けていたのは、樹々高い森の中であった。


「森か……ここが何処か、分かりそうか?」


 取り敢えず、周囲に人や危険な獣の気配はない事を確認しつつ、アザルがイルルァへと問いかける。

 ちょっと待ってて、と応えた斥候は、構えていた弓を背に負い直すと手近な樹に飛びつき、するすると昇って樹上へと消えていった。

 待っていた時間は僅かだ。一分もしない内、枝葉を掻きわけて隣の樹から滑り降りて来る。どうやら高さのある方へと途中で飛び移ったらしい。


「多分、帝都の北の方にある森だと思う。遠目にだけど帝都の灯りも見えたし」

「ま、距離的にみても妥当ね。設置されてたのは、《門》の魔道具としては其処まで高性能な品じゃ無いみたいだし」


 ウェンディが杖を片手に頷き、探知の魔法を発動させて周囲の状況を探る。

 記憶の糸を辿る様、こめかみに指先を当てたエクソンが少々自信なさげに声を上げた。


「……この森には随分と昔に完全踏破された遺跡があった筈です。確か、小さな渓谷沿いにあったと組合の資料で読んだ気が……うろ覚えで申し訳ありません」

「十分だ。《門》との距離も考えて……近くに渓谷があるなら、その遺跡を再利用してる可能性は高そうだしな」

「エクソンの記憶、当たりっぽいわ――水の音がする」


 斥候が耳を澄ませて捉えた音の中には、陽の落ちかけた森で歌う虫の声に混じり、微かな水のせせらぎがあった。

 彼らも経験豊富な冒険者とはいえ、流石に夜も近い森の中を移動した経験は殆ど無い。

 逸る気持ちを抑え、やや慎重な足取りで進むが……幸いなことに、目的の遺跡は直ぐに見つかった。

 鬱蒼とした森が開け、視界が広がった先には小さな谷間の様になった渓谷。

 その底、水辺にほど近い場所に、明らかな人工物である石造りの建物が見える。

 更に分かり易い事に、過去に踏破され、既に人の出入りなど無くなった筈のその入口には、小さな松明が固定されて光源となっていた。


「あそこだな」

「またまた大当たり、って訳ね。ウチの斥候は優秀だこと」


 谷間の上から覗ける光景に、頭目と魔導士が小さな動作でハイタッチを交わす。


「子供達は我々の通って来た《門》を使って連れていかれた可能性が高い――即ち、あの遺跡に居る可能性も高いと言う事。やっと手の届く範囲に来れましたね」


 気合十分、といった様子のエクソンが口の中で聖句を唱え、女神に祈りを捧げた。


「あそこに……行こう、皆。オルカン達を助けるのを手伝って」


 当然、一番に士気が高いのはイルルァだ。

 渓谷へと先導する為に先頭に立っていた彼女は、決意に燃える瞳で背後の仲間達へと振り向いて小さく頭を下げる。

 アザルが力強く頷き、ウェンディが何度も同じことを言わせるな、と鼻を鳴らし、エクソンが指で聖印を切りながら、子供達の無事と奪還の成功を祈り。




 ちゅどーん。




 擬音化すれば、そんな感じの音だろうか。


 眼下に見える遺跡が吹っ飛んだ。


「「「「……へ?」」」」


 唖然とした声が四つ重なるのも宜なるかな。

 ド派手な爆発と共に古びた遺跡の入口は見事に倒壊し、もくもくと豪快に煙を上げている。

 突如として発生したあんまりな光景に、冒険者達が硬直から復帰するのに数秒の時間を要した。


「……って、呆けてる場合じゃないって! お、オルカン達が!」

「と、取り敢えず谷底に降りるぞ、急げいそげ!」

「……気のせいか、この唐突且つハチャメチャな展開に既視感があるんだけど」

「奇遇ですね、私もです」


 四者四様の反応を示しつつ、アザル達は小さな渓谷の底へと続く坂を駆け降りる。

 音からして、やはりただの崩落事故では無かったのだろう。崩れた遺跡跡から火の手があがり、派手に夜の森を照らしていた。

 場所が川沿いの岩場だったのは幸いだ。これが樹々の生い茂る森のど真ん中であれば森林火災待ったなしである。

 渓谷へと降り、一応は周囲への警戒を行いながら、冒険者達は目の前で吹っ飛んだ遺跡へと近付く。

 ごうごうと燃え盛る炎を背景に、煙の中から人影が進み出て来たのは、イルルァが子供達の名を叫びながら飛び出そうとしたのと同時であった。




「ふむ。ラックに教わった破壊工作(発破)のコツ……現役時代には終ぞ使う事もありませんでしたが、意外と覚えているものですね」

「見事なお手並みでした。魔力の節約にもなりますし、私もラック様にご指導を仰ぐべきでしょうか?」




 煤汚れ一つ無い姿で現れたのは、二人のシスターだ。年若い者と、老齢の者――だが、両者とも背筋を伸ばした凛とした立ち姿であった。

 いや、二人では無い。その背後から更に何人もの人影が続く。


「な、なぜ爆心地にいたのに御二人は汚れ一つ無いんでしょう……ケホッ」

「深く考えては負けだよチェルシー。私がミラ様やグラッブス司祭と関わる上で学んだ重要な処世術だ。覚えておくとよい」


 後から現れた二人もまた聖職者――こちらは一人は妙齢のシスターで、もう一人は壮年の神父である。

 両者ともやや煤や埃で汚れているが、神父の方は鉄棍を背負い、更に大きな荷車の様な物を曳いているのが目を惹く。

 その荷車の上と、彼らの背後に大人しく続く無数の小さな影――中でも、チェルシーと呼ばれたシスターの直ぐ隣を歩く少年の姿に、イルルァの眼が見開かれる。


「オルカン!!」

「あ、イルルァねーちゃん」


 飛び出し、駆け寄る斥候の女性に向かい、罅の入った伊達眼鏡を掛けた少年――オルカンがあっさりとした態度で片手を挙げた。


「この馬鹿っ、心配かけて! 怪我は無いの? クズ共に何かされてない?」

「痛い痛い、痛いって。と、取り敢えずなんともないよ。体調もそんなに悪く無いし」


 小柄な身体をあちこち撫でまわし、引っ張り、目立った負傷や異常の類が無い事を確認すると、イルルァは脱力した様に膝を着き、そのままオルカンを抱き締める。

 そんな彼女を見て、この奇妙な聖職者集団の先頭を歩いていた人物――聖教会現御意見番にして元最高戦力のミラ=ヒッチンが鉄面の如き表情を緩め、追いついて来たアザル達に視線を向けた。


「何時ぞやの冒険者の方々ですね。その節はオフィリとリリィ――私の関係者である子供達がお世話になりました」

「いえ、どうやらそりゃこっちの台詞みたいで……シスターや皆さんには、先を越されちまったみたいですね」


 荷台に乗せられた小さな幼子や、足に怪我をした子供達。

 更にはシスター達の後に続いて歩いて来た、自分の足で歩ける孤児達の姿を見て、アザルは安堵混じりの苦笑を浮かべた。


「危険を顧みず、子供達を救い出そうとした貴方がたの気概は敬意を払うに値する。多少の遅参を気に病む必要などありません」

「そうですね、私も聖都で孤児院を預かる身ですから気持ちは一入です。皆さんの様な冒険者がいて下さる事、女神様に感謝しなくては」


 交互に言い募るミラと栗色の髪のシスター――ブランの言葉に、ウェンディが「私としては楽に片付いたし、結果オーライだけど」と肩を竦め、エクソンは丁寧に……それはもう深く、丁寧に眼前の女傑に向けて一礼し「光栄です」と一言だけ零した。

 修羅勢と書いて僧と読む、そんな四人にきっちり丁寧に内部の人員ごと叩き潰された人攫い連中の拠点であったが、未だ火と煙を上げている遺跡を見て、チェルシーがおずおずと手を挙げる。


「あのぅ……な、内部の設備なんかをまとめて壊せたのは良いですが、このまま燃え続けると不味いような気が……あ、いえ、あくまで個人的な意見ですが……」

「ふむ……確かに。中に残るは悪漢共のみとはいえ、このままでは全員火と煙に巻かれてしまいますか」


 遺跡を再利用して作った施設内にある火薬を集め、破壊工作に用いたのはミラだが、どうやら少し火力過多だった様だ。

 珍しく、少しばかりバツの悪そうな表情となった彼女は、未だ入口から火を吐き出す遺跡へと向き直る。

 そのまま足を持ち上げると、強烈な踏み込みと共に靴裏を地に叩きつけた。

 靴底を捩じるように捻ると、ほんの数秒、強烈な風が渦を巻いて遺跡の入口で逆巻き――。


 ボヒュ、と。空気が抜ける様な音を立てて炎が鎮火する。


「意味が分からないんだけど。どうやったのアレ」

「気にしたら負けだよお嬢さん。『ミラ様だから』で納得しておくと、色々と楽になる」


 無詠唱魔法ですらない、謎の超技術を目の当たりにしたウェンディが呻き声を上げ、そんな彼女に向け、子供達を乗せた荷車をけん引する神父が遠い眼と優しい声色でアドバイスを贈った。

 ちなみに、何気に発破のときも派手な光景にはしゃいでいた子供達だが、今度はミラの《三曜》の行使を見て歓声を上げている。

 攫われ、監禁されていたというのに、意外と平然としてる子が多い様だ。心身がタフなのは孤児であるが故なのかもしれないが、何にせよ、元気なのは良い事である。


「――では、一旦戻って《門》を潜るとしましょう。チェルシーとカークは子供達を護衛し、そのまま『彼』の逗留していた屋敷へと送り届けて下さい。サルビア殿が治療を行ってくれる手筈となっています」


 この場の面子をぐるりと見回し、ミラがこの後の行動の指針を語った。

 殆どは問題無さそうに見える子供達だが、中には荷車の上で動けない子もいる。

 また、採血の他にも妙な注射を受けた子供もいるとオルカンから説明を受けていた。何は無くとも、先ずは優秀な魔導士による精査と治療を受けるべきだろう。

 女傑の知る中でも、最高の癒し手であるレティシアとアリアが帝都内の《門》の起動の維持に力を割いている現状、エルフの最長老の助力は子供達の容態を確認する為にも必須であった。

 この辺りの流れも見越し、多くの者達の助力と各員の配置の指定までしてきた弟弟子に、人知れず誇らしい気持ちになる姉弟子である。態度には絶対ださないが。


 子供達はチェルシー達に任せ、ミラとブランは引き続き別の《門》に突入。転移先にある悪漢共の拠点や施設を襲撃する予定だ。

 久方ぶりの実戦であるが、女傑は心身共にノリノリであった。

 何だかんだと言って、彼女が長年戦場で戦ってきた生粋の戦人であるのも心浮き立つ理由の一つではある。

 が、気合充填120%となっているのは、やはり『彼』からの『お願い』であるからだろう。

 何もかもを独りで成し遂げようとして無茶を続け、一度は見送る羽目になった自慢の弟弟子。

 その単独RTAをやらかした当人からの、助力の嘆願である。これでテンション上げるなという方が無理な話であった。


「さぁ、時間は有限――一晩かけての帝都の大掃除です。行きますよ、ブラン」

「はい、ミラ様。ではチェルシーさん、カーク君。子供達の事をよろしくお願いしますね」


 ともすれば、うっかりスキップしてしまいそうな程には足取りは軽く。

 唯一人の『弟子』を除けば、最も付き合いの長い教え子を連れ、意気揚々と女傑は歩き出した。







「ご、護衛と子供達の引率、手伝って下さってありがとうございます」

「いやいや、俺達は実働面でなんも出来てない訳だし、これくらいはやりますって」


 最後尾を歩くチェルシーが恐縮して肩を竦めるも、先頭のアザルが振り返り、苦笑して気にしないでくれ、と返す。


「……以前にグラッブス司祭と知己を得たのに留まらず、今度はミラ様とお言葉を交わせるとは思いませんでした。故郷に帰省した際には家族に自慢出来そうです」

「え、あのお婆さんそんな凄い人なの?」

「知らないのですかイルルァ!? あの方は嘗て教国――否、人類種の英雄と呼ばれた方々の筆頭ですよ!?」

「お、おう……エクソンが見た事無い興奮の仕方してる……」


 冒険者達の斥候が、普段とテンション違い過ぎる仲間の神官の様子にドン引きながらやり取りし。


「私としては、神父様を君付けしてたシスターの娘の事が気になるんだけど……」

「ブランさんとはちょっと話をしたけど、二人の先輩だって言ってた。多分、長命種の血を引いてるとかそんなんじゃないかな」


 一行の道行きを照らす為、魔法の灯りを杖に灯して掲げたウェンディが、隣を歩く少年――オルカンと他愛も無い話に華を咲かせる。

 何気ない、ましてや悪気などある筈も無い会話を続ける女魔導士と少年であるが……。


「なるほどねぇ……見た目は一番年下に見えたけど、教会でも古参勢なワケね。そりゃ只者じゃない感じもするわ」

「うん。神父様も結構な古株だって前の炊き出しのときに聞いたし、逆算すると――」

「それ以上は危険だ、オルカン少年。やめておきなさい死ぬぞマジで」


 子供達を乗せた荷車を曳きながら、迫真の声色で口を挟んでくる当のカーク神父の表情を見て、二人は即座にお口にチャックを装着したのであった。然もありなん。










イッヌ&狐


久しぶりに猟犬モードでお仕事中。現在二つ目の襲撃先でマジカルロジカルキルゼルオーム。

尚、トニー君も基本止める気が無いので既に襲撃先での敵の死亡率はぶっちぎりで北区がトップになっている。



冒険者一行


覚悟を決めて飛び込んだ先に待っていたのは、全員ぶちのめされた上に爆薬で吹っ飛ばされた悪党の拠点であった。ここ最近で人外級に関わる事が増えたせいでやや耐性が出来つつある。

肩透かしではあったが知り合いの子供達は無事助け出されたので、結果オーライ。



姉弟子


弟弟子に頼られるし、許し難い悪党外道を思う存分ブン殴れるし、テンション上がって来た。



ブラン


自分の院の子供も狙われたし、徹底的なお掃除は望む処。

何気に加減の上手いミラさんに殴られるより、彼女にド突かれる奴の方が重症になりやすい。現役時代の癖でついつい鈍器で頭狙い過ぎお姉さん。



シスター・チェルシー


闘技大会勢。由緒正しき某格闘術の使い手。使えよ、握ってる武器。

オドオドした気弱そうな美人の癖に豪快な蹴り技が得意。

ブラン先輩から話を聞いて普通に参戦。一番雑魚そうな態度に騙されて蹴り飛ばされた奴多数。正面から蹴り食らったときに見えた純白の輝きに癖を歪められた奴が少数。



カーク神父


闘技大会勢。教会でも割と古株の猛者。

聖殿で育った幼年時代、英雄筆頭に稽古を付けて貰ってる三人のお姉さんを遠巻きに見ていた人。

ブランとは当時からちょっとだけ交流があった。

ウン十年経ってから、嘗ての敵の大攻勢で亡くなったと思い込んでいた『ブランおねえちゃん』と再会した経緯あり。

再開時、あの頃と何一つ変わらない姿のままで笑顔でカーク君呼びされ、情緒と脳が破壊されかけたアラフィフ間際の神父様。




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