駄犬の一日
なんだか楽しい夢を見た。
こっちにきて出来た知り合いや友人と、酒飲んだり飯食ったりしてどんちゃん騒ぎをする夢だった。
普段だったら顔突き会わせたらノータイムで殺し合い始めそうな奴らとか、知ってる奴の隣に知らない奴が並んでたりとか。
色々とおかしな光景もあったが、夢特有のふわっとした感じで違和感無く楽しんでいたと思う。
まぁ夢は夢だ。
予知夢の能力持ちでもない限り気にするようなもんではない。
良い夢なら見る分には全然オッケーだしね。
「あ、起きた?」
鳥の囀ずりが窓の外から聞こえ、瞼ごしに柔らかな朝の光を感じて目が覚めた。
瞼を開くと、ここ数日ですっかり見慣れた天井――ではなく。
天井よりもよっぽど見慣れた銀髪の超絶美少女が、満面の笑みでこちらを覗き込んでいたでござる。
しかし、超絶美少女を見慣れてるって字面にするとすげぇ贅沢だな。同じこと言ってる奴がいたら普通に粛清対象ですわ(非モテ感
「おはよう、にぃちゃん」
はい、おはよう。
寝る前は普通に寝床で横になったと記憶してるんだが、いつの間にやらリアに膝枕されとる。
銀の聖女様に膝枕で起こされるとか超贅沢――贅沢じゃない? 大丈夫これ? 聖殿内の若い衆に知られたら闇討ちとかされない?
ニコニコしながら俺の髪を手櫛ですいている妹分を眺めながら、割としょーもない心配事に思いを馳せる。
まぁ、それはいいとして。
アリアさんや。
「なぁに? 起きる? 朝ごはん食べにいく?」
ナイススマイル。あ"ぁ"~ニ○ラムされたゾンビみたいになるんじゃぁ~アッアッアッアッ……。
すげぇご機嫌だ。笑顔から特殊な癒しの粒子が放出されてると言われても信じるぞこれ。
ご機嫌すぎて何時もよりちょっと幼く見えるくらいだ。天使かな?
――だがにぃちゃんはお前に聞かねばならぬ事がある。
起き抜けだがキリッとした表情を作って宣う俺に、リアは不思議そうに小首を傾げた。天使だわ(確信
うん、膝枕してくれるのはいいんだが――いつからしてた?
「つ、ついさっきだよ?」
大天使スマイルが微妙に引きつり、目が泳いだ。はい、ダウトー。
サッと布団を撥ね飛ばして飛び起きると、リアの小柄な身体を抱えあげてそのまま俺の寝ていたベッドにシュゥート!
専用の『治療』とやらをしてくれるのは有り難いし感謝もしとるが、徹夜はやめろっつーたやろうが。寝ろ。
「だ、大丈夫だって。ちょっと寝てないだけだし、むしろ朝から全然元気だし」
そら徹夜のテンションでアガっとるだけや、寝ろ。
「今日の朝のお祈り、ボクが当番なんだけど……」
ンなもんシアに代打でやってもらうか、いっそ中止でもえぇわ。徹夜明けの聖女様に無理をおしてやってもらって喜ぶような不心得者はおらんやろ。寝ろや。
「別に無理じゃないんだけどなぁ……」
ミラ婆ちゃんにチクられるか、素直に寝るか、好きな方を選べ。
「はい、寝ます。徹夜してごめんなさい」
寝床の上で抵抗するように身じろぎしていたリアは、スン…となって大人しく布団を被った。
一緒の朝ご飯がぁ……とか嘆いてるが、一旦起きたらお前なし崩しで仕事しようとするだろーが。却下だ。
ご機嫌なテンションも平常になったと思ったが、それも束の間。
布団を口許まで引き上げ、深呼吸したと思うとふにゃふにゃとした表情になって目尻が緩む。
「へへっ……」
すぐに上機嫌に戻った妹分を見届けると、俺は両腕を上げて大きく背筋を伸ばした。
ついでに生欠伸一つして、首をゴキゴキと回す。着替えたら顔洗って、飯食いにいこうかねぇ。
のんびりと後の予定を考えていると、布団から伸びた手がちょいちょいと俺の寝巻きがわりの麻のズボンを引っ張った。
「ん」
上目使いで、手を差し出してくる。
はいはい。少しと言わず、寝るまでお付き合いしますよおぜうさま。
手を握ってやると、緩んだ表情を更にふにゃっとさせて夢心地のような顔になるリア。
「えぇー、そこまではいいよ。にぃちゃんお腹空いちゃうじゃん」
俺の腹具合を心配するなら、直ぐにでも眠りに落ちれば良いと思うよ。
重ねて言うが、俺の治療に時間を割いてくれるのは嬉しい。だけど睡眠時間削るような真似はやめんしゃい。
「……うん、ごめんなさい」
数日前のきちんとした再会の挨拶のときとは逆に、リアが俺に謝ってくる。
まぁ、俺の方が100倍くらい回数多かったけどね(自業自得
握った手がきゅっと握り返される。
「ねぇ、にぃちゃん」
おう、なんですかアリアさん。
「眠くなるまで、おしゃべりしてもいい?」
最初からそのつもりやぞ?
「うん……ありがとう」
お安い御用ですとも。
朝の光が微かに差し込んできた寝室で。
穏やかな時間を楽しみながら、俺たちはのんびりと笑い合って他愛の無い話に興じた。
「――で、こんな時間に朝飯食ってるって訳か」
リアが夢現になってきたのを見計らい食堂に向かったが、やっぱりちょっと時間が半端だったせいか殆どのメニューは品切になっていた。
なので、どんな時間でも大抵はあるサンドイッチを注文し、ついでにオレンジジュースも頼む。
朝はしっかり食わんとな。妹分とおしゃべりしてる間は腹が鳴らんようにしとったが、なんだかんだいって腹ペコだ。
頬杖ついて俺の対面に座ったシアに頷きながら、もりもりとサンドイッチを食う。
お、タマゴサンドの卵の味付けが塩胡椒じゃなくてマヨネーズになっとるやん。この2年で素晴らしい進化やな。
「朝から……っていうにはちょっと遅いけど、良く食うなぁ……一個もらうぞ」
もっしゃもっちゃと頬を膨らませていると、サンドイッチの山からひょいっと一つ取り上げて、トマトサンドっぽいやつを口にするシア。お前も朝飯済ませた後なのに食っとるやんけ。
「他人が美味そうに食ってるのみると、なんとなくオレも食べたくなる」
あー……。まぁそれはある。よくある。
聖職の坊主といえば生臭禁止なイメージがあるが、大戦初期に時の教皇が吠えた「葉っぱだけ食ってて邪神ブン殴れる訳がねーだろうが! パンも肉も魚も野菜も食えや!」的な一喝で宗教的な食事の縛りは大分緩くなった、とかなんとか。元から大して厳しくは無かったようだが、英断だね。
そういえば、今日の大聖堂でのお祈りタイムは代打でシアが入ったらしい。すまんな、俺が無理くりリアを寝かしつけたせいなので、怒らんでやってくれ。
「いや、怒る気はねーよ。というか徹夜してそのまま来る方がよっぽど駄目だから。寧ろよくやったと言っておく」
そっか、それなら良かったわ。
ひと安心してオレンジジュースをぐびーっと飲み干すと、コップが一瞬で空になった。ピッチャーで欲しい。もしくは1リットル紙パック。異世界にそんなもん無いけど。
次はコンビーフっぽい肉が挟まったサンドイッチを手に取る。これもマヨネーズとオニオンで和えてある、出来もいうまでもなく素晴らしい。
「お前も戻ってきたし、アリアも確り眠れるようになったと思ったんだけど……今度は別の理由で徹夜するようになるとはなぁ」
チビチビとトマトサンドをかじりながら、ボヤくシア。
え、あいつ不眠気味とかそんな感じだったの? 今は大丈夫なの?
「今は問題ない筈だな。尤も、結局はあんまり寝てない事が増えてるみたいだけど……まぁ、オレも最近はちょっとそんな感じだし」
えぇ……なんで姉妹揃って不健康そうな生活してんねん。睡眠不足は健康への大敵だぞ。
聖女としての仕事忙しいのか? 書類なんかは公的な立場は外様の雇われでしかない俺には手伝えないし……なんぞやれることがあるといいんだが。
コンビーフサンドを飲み込むと、次はハムチーズサンドを手に取る。これもシンプルながら美味い美味い。
俺の疑問に、シアは何故かちょっと歯切れが悪そうな感じで明後日の方に視線をやった。
「いや、まぁ。仕事はそうでもないな。寧ろ健康にはいいかもしれない可能性があるというか、いつの間にか朝になってたというか……ちょっとハッスルしすぎたというか……」
尻すぼみで最後はゴニョゴニョと口ごもるその顔は、なんでかちょっと赤らんでいる。
なんだか分からんが、忙しい様なら俺の治療とやらはもっと期間を空けてもいいんじゃないか? 別に逃げやしないぞ。
「それは駄目だ」
ほぼ即答で、バッサリと俺の意見は切り捨てられてしまった。
いや、だって今朝のリアの事といい、思ったんだけどさ。
お前らの睡眠不足って俺の『治療』が大きな原因じゃね? タイムリミットがあるって訳じゃないんだし、目の下に隈作られるくらいなら時間かかっても一向に構わないですけど。
大抵は最初に飲まされた酒――というか霊薬だったらしい――を飲んだあと、強烈に酔っぱらって前後不覚のまま眠ってしまうので詳細は分からんのだが、状況からして夜を徹して俺の治療に励んでくれてるのは察しがついた。
早く治るにこしたことは無いが、それで二人への負担が大きくなるというなら、いうまでも無く俺的にはNGである。
此方の言い分にムッとしたような顔をすると、トマトサンドの残りを一気に咀嚼して紅茶で流し込んで、シアは強い口調で反論した。
「とにかく駄目なもんは駄目だ。お前の魂の状態を早く安定させるのは最優先事項だし、最近のおたの――ん゛ん゛っ、しゅ、趣味……そう、お前の『治療』は実益と趣味も兼ねてるから、このまま続けるからな!」
趣味。
「そ、そう。趣味」
三度の飯より、患者の執刀してる方が好き、みたいなワーカーホリックの医者か何かかな?
回復魔法に突出した聖女だからといって、ソレが趣味になるのはどうなんだ。というか初耳なんですけど。
「う、うるせー! とにかく昨日はアリアの番だったんだから、今日はオレだからな! ちゃんと部屋にいろよ!」
言い負かされた、といって良いのか分からんがシアはそう思ったのか、席を立って顔を真っ赤にして叫ぶと、俺の脳天にペシっと手刀を入れてそのまま足早に食堂を出ていってしまった。
いや、言われんでも治してもらってる立場なんで、ちゃんと待機してるつもりではあるが。
すっかり静かになった人気の無い食堂で、なんとなく釈然としない気持ちのまま、俺は残りのサンドイッチの攻略に取りかかることにした。
――お、この薄切りのチキン、ひょっとして照り焼きか? すげぇ。コッチにきて初めて食った。
やや遅めの朝食を済ませて、少し食休みを取ると中庭に向かう。
渡り廊下を挟んで左右に別れた相当に広い空間であるそこは、片方はゆっくりと休む憩いの場、片方は身体を動かす練兵場擬き、みたいなざっくりとした区切りがある。
片や、見目の良い観葉植物や小綺麗な鉢植え、木作りの素朴なベンチや丁寧に切り揃えられた植え込みの木々が並ぶのに対し。
片や短く刈り揃えられた芝と最低限の植え込み、端に無数に並んだ打ち込み用の鎧を被せた木製人形や、積み上げられた石畳に何故か転がっている巨岩。
訪れるタイミングによっては、熱の入りすぎた稽古のせいで地面がでかでかと陥没していたり壁にヒビやクレーターが出来ていたりする。
相変わらず落差が酷すぎワロタ、片側だけみると絶対宗教施設じゃないぞコレ。
ディスっといてなんだが、俺が用があるのは色々と酷い方だ。
ちらほらと見掛ける修練に精を出す僧達の邪魔にならんよう、隅っこに陣取って気息を整え、眼を閉じた。
暫しの間、魔力を緩やかに体内で巡らせ、集中力を高める。
――《流天》。
周囲の魂や魔力の流れを『視』ながら、ゆっくりと知覚したそれを自分の周囲へと流そうと試みる。
ゆっくり、じっくりとだ。焦るな。
――《地巡》。
丁寧に『掴み』、取り込んだ流れを、心臓から丹田を経由させて足裏から大地へと巡らせ、樹木が地中の水分を吸い上げるイメージで巡らせた流れを再び体に引き上げる。
――《命結》。
最初とは逆の手順で循環を終わらせた力を、腕へと伝えて拳で結実させ――打つ。
風切り音と共に、拳の先端が空気の壁を叩く音が響いた。
おぉ、一発成功。これは今日はいけそうな感じじゃないか?
なんて、ちょっと調子に乗ったのがマズかったのか。
二度目は《地巡》の途中で制御をミスって地面に足がめり込み、力の流れが霧散してしまった。
くそぅ……やはり素だとこんなもんか……。
慢心いくない(確信
「鍛練ですかな! いやはや身体の調子が宜しくないと聞いておりましたが、杞憂であったなら実に良き事!」
あーでもない、こーでもないと修練を続けていると、ぬぅっと大きな影が音も無く背後に現れ、穏やかな気配とは裏腹の、馬鹿デカい声量で挨拶される。
角ばった禿頭に、同じく角ばった厳つい顔面。
みっちみちに詰まった弾性のある金属塊みたいな筋骨隆々の体躯を僧服に包んだ大男は、以前からの顔見知りだった。
ガンテス=グラッブス。
教会でも最古参に近いと言われる僧の一人だが、若い頃から職務をブッチして最前線で延々邪神の軍勢をブン殴り続けていたせいで未だに司祭止まりという聖教会の脳筋勢を代表するようなおっさんだ。
もう見たまんまのブルファイターで、ふざけたレベルの肉体強化&硬化でラッセル車みたいに敵を掻き分けて突き破っていく力こそパワーみたいな戦い方は、見ていて突き抜けた爽快さすらある。
構築した陣を濡れたティッシュみたいにブチ破られる方は悪夢だろうけど。
とはいえ、戦場に入り浸ってるから、聖職者としての信仰心が薄いのかといえばそうでもなく。
「うむ! 相も変わらず猟犬殿から感じられる創造神への信仰は素晴らしいものがありますな! 茫洋としたものではなく明確な感謝――実に良い!」
自身のつるりとした頭部をベシンと叩いて――いや、当人にとってはその程度でも実際には鞭で岩塊をぶったたいた様な音がしたが――おっさんは上機嫌に大笑した。耳がキツゥイ! 爆笑だけで音圧を発生させるのをヤメロォ!
まぁ、これだよ。
俺の場合は信仰というより、諸々を含めた感謝なんだがそこら辺も割と具体的に察してくる謎の嗅覚よ。
既に聖女として頭角を表していたシアに招かれる形で大聖殿に入った俺は、当然の如く懐疑的な目で見られる事が多かった。
この手の評価は結果でひっくり返すしかない、と思っていたんだが、ガンテスがあっさりと俺の信仰心? を認めてくれたおかげで初期から大分風当たりは良くなったと思う。
なんせ眼前の生体肉弾戦車は戦線に関わる者からの信頼度は絶大だ。豪快すぎるが人当たりも良いので後方の人員からだって評価は高いし。
良く思わない人間がいても、表だって言える奴はいない。
「練武は戦士にとって重要ではありますが、傷ついた身体を癒すことも重要な練りと言えるでしょう! 猟犬殿が無事快癒したのならば、是非とも又、共に修練に励みたいものです!」
やめてください死んでしまいます。
これだよ(白目
本人に一切悪気は無い、馬鹿正直な求道者気質とでも言えばいいのか。
このオッサンは一緒に厳しい修行をこなすのが、コミュニケーションの一貫と考えてる節がある。
同じ釜の飯を食う、なんて言葉も俺達の世界にはあったし、強ち間違いでは無いんだろうけど……。
下手に反感や皮肉を本人の前で飛ばそうものなら、
――よし、じゃあ一緒に修行しようぜ! 並んで(血の)汗と(血の)小便と(血)反吐ぶち撒ければ大体友達!
と、善意と好意だけで構成された地獄に招待されることになる。
枢機卿の一人が引きずられて修行に同行させられた事もある。断れる奴がいるならやってみて、どうぞ。
そんなガンテスの実力は言うまでもなく、人外級だ。
才能というより、長年の修練と実戦での練磨で人類の到達限界をぶち抜いたタイプなので、才能無しの俺からすればリスペクトすべき点は多い。多いんだが。
「察するに、《三曜》の修練の最中でしたかな! ミラ殿がおれば一番の適任なのでしょうが……よろしければ愚僧がお相手を努めますぞ!」
両手をバァン! と打ち合わせ、衝撃波を撒き散らしながら妙案だとばかりに顔を輝かせるガンテスに、俺は必死になって謝辞の言葉を捻り出す。
気持ちは嬉しいけど、マジで勘弁してください。
ほんとに死ぬのでやめてくださいお願いします。
シアとリアから鎧ちゃんの使用を完全禁止されているので、今の俺だと《三曜の拳》の基礎すらおぼつかない状態なんです。
これであの火薬過多の砲撃みたいな拳を捌けるわけがねぇ。バラバラになるわ、普通に。
どうやったのか、鎧ちゃんの起動にロックの様なものがかかってる感触がある。
『治療』以降に感じるようになったものなので、間違いなくシアとリアの仕業だ。
そんなにガッチリした感じではないので、強引に起動させれば装甲の展開も可能だろうが、ロックが破れたら直ぐにでも二人に気付かれると思う。
やらかしたら二人から一緒になって怒られる旨を伝えると、おっさんは肩を落として見るからにしょんぼりしながら諦めてくれた。
「むぅ……そうでしたか。己の業を思うように振るえぬもどかしさ、戦士として想像するに余りある物。猟犬殿が牙を十全に振るえるようになる日が近く訪れる事、創造神に祈りを捧げるとしましょう」
……セェェフッ!
削り出した岩みたいな両の掌を緩やかに組んで祈りを捧げるガンテスを見て、俺は思いっきり胸を撫で下ろした。
「――では、傷が癒えたなら是非修練に同行して頂きたいものですな! 実は最近になって良い修行の場をみつけたのです!」
完治したら絶対顔を会わせないようにしないとアカン(白目
修練に熱中しすぎて、日が暮れるまで中庭に居座ってしまった。
前は時間的余裕も無かったので最低限に修めて終わらせたが、出来ることなら素の状態でも《三曜の拳》を扱えるようになりたいもんだ。
素養が無いと言っても、鎧ちゃんのアシストで技は使えてるわけだから、どうにかその感覚を俺自身の身体に擦り合わせることができればいいんだが。
現状だと使えはしても、実戦レベルにはほど遠い。といった処で足踏みしてる感じがある。
以前に鎧ちゃん使用状態での技の精度を上げるべく、短期師事した半龍姫――お師匠は最初に目の前で使って見せたときに絶句してたけど、あれ絶対良い意味じゃないよね。
凄いオロオロしてたけど「え、マジで? この子本気でやってこれなの? こんな才能ねぇやつみたことねぇ!」みたいな顔だったわ、絶対。
そらアンタのとこに稽古つけてもらいにくる人なんて大抵は上澄みも上澄みの達人連中ばっかりでしょうねぇ!
これが普通なんだヨォ! 一般人は鎧ちゃんって下駄があっても大体こんなもんなの!
背伸びした幼児を見るような、生温い目付きで頭を撫でられた記憶は未だに色濃く残っている。
それを改めて思い出して、アフターライフの密かな目標には完全な自力で《三曜》の初伝を習得してお師匠に糞ほどドヤってやるというのも最近追加された。何年掛かるか分からんけど。
行水して汗を流して、食堂で軽く夕食を摘まむと、あとはここ最近の日課――即ち『治療』のお時間である。
と言っても、何か特別なことしたりとかは無い。
シアかリアが来て――二人が一緒にくる事もあるが、のんびりと喋ったり、酒飲んだり。
夜も更けて来たら件の霊薬を俺が飲みはじめて、酔いというか薬効がでてきて寝る、というか意識が飛ぶ。
あとは気がついたら朝だった、という流れだ。
長く苦しいリハビリとか欠片も無いので、これでいいもんなのかと首を捻ったりもしたが……二人曰く、「絶対に目を覚まさない様、魂ごと深い休眠状態にした後、欠乏している部分を埋める作業を行っている」との事なので、治癒魔法に関してはスペシャリストの二人に任せて、俺は酒飲んで寝るだけという非常に楽な内容なんだよね。
夜を徹しての治療なのか、大抵は俺の部屋でそのまま寝てるので、非常に申し訳ない気分になる。
あんまり無理をして欲しくないので、今朝も食堂で治療の間隔を空ける相談をしたが、結局は却下されちゃったしなぁ……。
まぁ、こうなった以上、俺にできるのは『治療』に入る前の時間を気分良く過ごしてもらう位しかない。
なんか接待してるみたいだが、俺にとっても悪くない時間なので損する奴は誰もいないし、えぇやろ。
片付ける程の物もないので、大人しく待っていると、酒瓶片手にシアがやって来た。
「よう、邪魔するぞ」
あいあい、いらっさい。
何時もの軽いやり取りの後、ちびちびと普通の酒を飲みながら最近の近況について語る。
二年の空白がある以上、些細な事まで含めたら語ることなんて早々に尽きないからね。そういう意味ではこの時間も大切なものといえるだろう。
そういえば、リアが新年祭で振り袖姿の人を見かけたって言ってたがマジか?
「あー、そういえば見た。そこまで注視しなかったけど確かにあれはちょっと驚いたなぁ」
着てる人も転移者ってワケじゃないんだろ? この世界の街並みで和服全般は違和感やばそうだな。
「一概にそういう訳でもないんじゃねーの? 去年の豊穣祭のときに何故か浴衣姿の奴を見かけた記憶があるぞ」
夏祭りと秋の豊穣祭が悪魔合体しとるやんけ。日本の文化侵略が酷すぎワロタ。
「……お前はどうなんだよ、祭りの時は浴衣着たりしないのか?」
野郎が浴衣着ても目の保養にならないでしょ(真顔
まぁ、浴衣じゃなくて俺はもっぱら甚平だったなぁ。
「甚平か……それも悪くないな……それなら、今度街に降りて作ってもらいに行くか?」
マジで。というか城下の服屋さんで甚平作れる店あんの?
「振り袖織れる店なんだから、デザインだけでも書いて渡せば再現できそうじゃね?」
……確かに! なら今度案内してくれー。甚平欲しいわ。
「おう、任せろ。今度一緒に出掛けようぜ」
上機嫌で笑うシアに、俺も笑いながら杯に酒を注ぐ。
いやぁ、明日の心配や将来の誰かの生死とか全く考える必要無く飲む酒はうまいな! 気心の知れたダチと飲むと更にうまい!
タダ酒なのも素晴らしい。最高かよ。
二人ともテンション上げながら、ぱかぱかと杯を空けていく。
あ~……以前に綺麗なお姉ちゃんのいっぱいいる店に二人で繰り出したときも、シアはこんなテンションだったな。
あれは……いつの話だっけ……まぁなんでもえぇか!
こういうとき、女だと便利だぜヒャッホーイ、とおねえちゃん達のおっぱいにダイブして柔らかな感触を楽しんでいた聖女様()を思い出して、一人爆笑する。
「あ"~ん、ンだよひとりでわらいだしてぇ……なんか楽しいことでもあったのかよぉ」
顔を真っ赤にしてグネグネになったシアがしな垂れかかってくるので、真面目な顔を作ってグビリと一杯。
うむ。おっぱいを思い出していた(キリッ
なんか間違えた気もするが多分大体あってる(泥酔感
その途端、俺の胡座の上にシアが乗っかって、頬を引っ張ってきた。
「おぃ、オレがいるのにおっぱいとはなにごとだ。つねるぞこら」
いでででで。もうやっとるがな。人の頬はそんなに伸びないやめろ。おっぱいおっぱい。
「まだいうかぁ、このやろぅ」
どっすんばったん。と、部屋の中で酔っぱらい同士の見苦しいマウントの取り合い(物理)が始まる。
でも楽しいから問題ないな! あー、おっぱいおっぱい(煽り
「ふんにゃろっ、どうだコラー、おっぱいがなんだってんだばかやろー」
おい、魔力強化すんのは反則だろーが、ノーカン! ノーカン! 降りろやぁ。
レギュレーション守れや! と、床に倒れた俺に馬乗りになって勝ち誇るシアにブーイングを飛ばすも、どこ吹く風といわんばかりに笑う。くそう、これだから酔っぱらいはよぉ。
「鏡をみろぶわぁーか、おしおきだぞぉこらぁ」
赤ら顔でヒック、としゃっくり一つすると、覆い被さって首筋に顔を埋めてくる。
おーい、何して……あいでででででっ!? 耳たぶを噛むなうぉーい。そっちがその気なら反撃すんぞおらぁ!
酔いが回っておぼつかない手つきで、寝巻き姿のシアの脇に手を突っ込んで擽る。ほれほれぇ、はよどけやぁ。
「うひゃっ、なにしてんだてめー、うひ、ふひひひひ」
おっさんみたいな笑い声をあげて身を捩るシアに、同じように爆笑しながら攻め続ける。フヒヒッ、なにこれたーのちぃー。
お互い覆い被さり、擽ったまま、譲らない迷勝負を繰り広げる聖女(笑)と猟犬(笑)。
俺の耳から口を離してしまったシアが、反撃とばかりに首筋に舌を這わせて舐め上げてくる。
「ふふっ――ちょっとしょっぱいなー」
うひゃひゃひゃ、ちょっ、それもレギュ違反やろー、やめーや。
手足をばたつかせてはね除けようとするが、魔力強化を継続してるのかビクともしない。
これは……アレだな! シアの反則敗けで実質俺の勝利や!
やっほーい、勝ったぞーい。と手足を投げ出して、勝利の余韻に浸る俺。
あー、気持ちえぇな。こんなになんも考えんで酒飲んで騒いだの何時ぶりやろか。
なんか首筋でピチャピチャ音がしてこそばゆい感触が続いてるが、それすらも気分が良くて気にならん。
こんな日々が続くなら……そら幸せっていって良いんだろうなぁ……。
なんか眠くなってきた……なんか忘れてる気がするが……まぁえぇかぁ。
「お~……? なんだよー、寝るのかー?」
ん、おー……そんな感じっぽいわぁ……。
「おいぃ、ちゃんとれーやく飲んでから寝ろよーったくよー」
おぅ……そうだった……のむ、て……。
「しかたねーなー、ヒック。オレがいないとだめなあかちゃんかよおまえはよー」
酒瓶を直に呷ったシアが、たのしそうに、かおをちかづけ、て……。
なんだかえらく心地よい感触が口内に滑り込んできたのは覚えてるが、意識があったのはそこまでだった。
くっっっっそ頭痛い(白目
朝起きたら、強烈に酒臭いシアと絡み合ったまま、床の上で転がっていた。
多分、酒臭さという点では、俺もおんなじようなモンだろう。
うぉぉ……気持ち悪ぃ……。
辛うじてベッドの上に這い上がりはしたが、起き上がれる程に回復はせず、そのまま芋虫のように寝台の上でのたうってます(後悔
ちなみにシアも起きた直後はゾンビみたいな顔色だったが、魔法でアルコールを解毒でもしたのかそのまま水浴びにいってしまった。なにあれずるい。
完全に解毒は出来なかったのか、妙に赤い顔のままだったのできっとミラ婆ちゃんあたりに怒られるぞアレ。
俺も鎧ちゃんがほんの最低限でも起動できれば、ある程度は血中のアルコールを毒物判定で分解してくれるんだが……完全使用禁止令が出ているのでそれも出来ない。つらい。
並の回復魔法では俺の体質&鎧ちゃんの耐魔性能が自動反応してしまうので、手近な知り合いに頼んで解毒、という手も使えない。
いっそリアにお願いしようか……いや、アカンわ。以前にシアと飲みに繰り出して二人でデロッデロになって帰ってきたときのやわらかいゴミを見るような視線は未だにトラウマや。
あんなお目々をもう一回向けられたら、にいちゃんメンタルブレイクしちゃう。それなら二日酔いを耐えた方がなんぼかマシや。
いつまでもベッドの住人と化しとる訳にもいかんので、ふらつく足腰を叱咤してなんとか立ち上がる。
部屋に置いてあった水差しの中身を全部飲み干すと、多少は気分がマシになった。
飯は……無理だ。今まともな食い物の臭い嗅いだら胃の中のもん口から発射する自信しか無い。
時間ずらして……リゾットかオートミールでもあったら、なんとか食ってみよう。
ふらりふらりと、我ながら幽鬼の様な足取りで部屋を出る。
明らかに調子悪い足取りの俺を心配してくれる奴等もいたが……酒臭い俺に気づくと呆れた様子で軽く注意をされてしまった。
ぐぅ……分かっとる、酒が過ぎたのは自分の落ち度だけど、今はホンマ勘弁してくれ。つらい。
底値に近い精神ゲージを更に削られながら、なんとか食堂の裏手――大井戸の設置された水場にたどり着くと、頭から水を被ってついでにアルコールを薄める為に水分を枯渇させた身体に追加で水を補給する。
あー、しんど。でも少しはマシになったか……。
井戸に背を預けて、ぐったりと座り込む。
酒は飲んでも呑まれるなって、至言やなぁ……。
登ってきたお日様にあぶられながら、ぼーっとお空を眺めていると、ふと思い付いた。
帰ってきたことを告げて、きちんと再会の挨拶をして謝って――それはいい。
だがそれ以降の俺の生活を振り返ると、どうだろう。
朝起きて飯食って、鍛練して昼飯食って、適当に時間潰したり鍛練して夕飯食って、合間に糞垂れて夜に治療という名目で酒飲んで寝る。
――半引き籠りのヒモじゃねぇか!? 駄目だこれ!?
療養中と言って良い状態とはいえ、現状の生活サイクルを思い返して頭を抱えた。
おかしい、前は割と精力的にあれこれ動いていたというのに、何でこんな様を甘受しとるんや俺は。
なんか仕事貰おう。無理なら冒険者連中の酒場にいって街中の簡単なお使い依頼とかやってもいい。
治療がいつまでかかるか分からん以上、延々この環境に居たら脚が根腐れを起こしてしまう。
そこまで考え、頭に響く鈍痛に顔をしかめた。
まずは酒を抜かんとなぁ。やっぱり同じくやらかしたシアに頼むのが無難か。
「ここに居たか。部屋に戻ったらいないから探したぞ」
そこに狙い済ましたように、声が頭上から響く。
座り込んだまま上を振り仰ぐ前に、ポン、と頭が軽く叩かれ――嘘のように頭の鈍痛と気持ち悪さが消えてなくなった。
「悪かったな――ちょっと慌ててたから、お前の酒を抜くの忘れてた」
バツが悪そうに頬をかいたシアが俺を上から見下ろしている。
いや、助かったわ。正直今から探そうと思ってた。
一気に回復した体調を確認するため、立ち上がって身体を伸ばす。
ぃよしっ、二日酔いさえ無ければ調子は悪くないな。
昨日、あんだけ泥酔してたのに治療を行ってくれたらしいシアには感謝だ。ありがとな。
「おう、まぁ……うん。それはいいんだけど、さ」
何やら、歯切れが悪いと言うか、モジモジしてるというか、珍しく上目使いでこちらを伺うような表情をする友人に、俺は首を傾げる。
「その、昨日の事なんだけど……どこまで覚えてるかなー、って」
昨日の、か……ハイ、おっぱいおっぱい連呼してたのは覚えてます(白目
大変申し訳ありませんでした、と真摯に頭を下げる俺に、シアはホッとしたような、残念そうな、なんとも複雑な表情を浮かべて両手を軽く挙げて横に振った。
「いや、覚えてないならいいんだよ! お互い大分酔ってたしな! 仕方ない仕方無い! ――それより、帝国に戻ったアンナから手紙が届いたんだ! その内またこっちに出向するってよ!」
おぉ? 副官ちゃん戻ってくるのか。大分世話になったし、なんか奢る算段でも立てておくとするかな。
脳内で財布の中身を計算する俺に、シアが懐から便箋を取りだして手渡してくる。
「こっちもアンナから、お前宛だった――なんて書いてあるか聞いてもいいか?」
純粋に気になったのだろう、不思議そうな顔で俺が受け取った手紙を覗き込んでくる。まぁ、確かに。副官ちゃんが俺に手紙書くとかどういう状況でもイメージ沸きづらいよね。
封を開けて、ささっと中の紙を広げると――俺は思わず顔を引きつらせた。
オッフ……これは……。
「? なんだよ、何が書いてあったんだ?」
小首を傾げるシアに、俺はギギギと錆び付いた機械の如く、首をゆっくり向けて告げる。
――隊長ちゃん、来るってよ。
ある意味で、シアとリアよりも会い難いと思っていた――最後に喧嘩別れしたような形で終わってしまった後輩のような友人の到来に、嫌な汗が額を伝うのを感じた。