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隠し刃の一手




「……これで何カ所目だ?」

「廻った箇所はこれで最後。前のは外れだったけど……此処は二つ目と同じく当たりみたい」


 帝都に拡がる水路。

 その中でも特に入り組んだ下水路を注意深く進むアザルとイルルァが、下水道には不釣り合いな装飾や魔力導線が彫り込まれた壁を発見したのは数分前の事だった。


「そうか――で、ここにあるのも?」

「うん、転移魔法……《門》の起動に関するものだと思う。二つ目と同じだし、あの糸目に渡されたメモとも一致する」

「あー……いい加減名前で呼んでやれよ。北方の一件は向こうも不本意な仕事だったって言ってただろ?」

「そのうちね。オルカン達を取り戻せたなら、直ぐにでも敬称だろうが様付けだろうがしてやるわよ」


 彼らの一党が拾い、協力する事となった《刃衆(エッジス)》の青年、トニー=レイザー。

 以前に関わった際には敵と称しても良い間柄だったのだが、彼の立場を考えれば潜入任務の類だったのは想像が付く。

 とはいえ、当時の依頼人――北方の小さな男爵家の当主であった少女が被った被害を事を考えると、少女と恋バナをする程度には友誼を結んだイルルァからすれば塩対応になるのは宜なるかな。

 ちなみに少女――ローレッタ当人は《刃衆(エッジス)》入りを果たした際に既にトニーと顔合わせをし、彼の謝罪を受け入れていたりするのだが……トニーが話さない以上、アザル達一党がそれを知る筈も無い。


 石造りの壁面……正確には壁面の中に隠す様に埋め込まれた転移魔法の発動体をしげしげと眺め、アザルが呟いた。


「転移の魔道具か……普通に考えたら一介の冒険者にゃ縁の無い代物なんだがな」


 使える術者、発動を可能とする魔道具、共に貴重な最高位魔法の一つだ。

 莫大な魔力消費量や転移先の座標設定の難易度など、扱い辛い点は多々あれど、その有用性と危険性、そして希少性故に基本、国の管理下にある場合が殆どである。

 本来は市井にある者はお目にかかる事など無いのだが……。


「ただの人攫い連中が使う様なものじゃない、よな」

「…………」


 苦々しさを多分に感じさせる頭目の言葉に、イルルァも黙して頷く。

 数日前に路地裏で相対した、直接的な行動を担っていたゴロツキ共――連中が囀っていた"後ろ盾"。

 少なくとも、人身売買を行う組織の背後にある"何か"が、ゴロツキ連中の言う通りに相当に大きな権力・財力を持つであろう事が証明されてしまった。

 とはいえ、とうに腹は括っている。今更手を引くという選択肢などある筈も無い。仲間(イルルァ)の身内が巻き込まれているというのなら猶更だ。

 食い入るように《門》の魔道具を睨み付けているパーティーの斥候(スカウト)担当の肩に手を置くと、アザルは極力冷静さを表に出した声色で言い聞かせる。


「一旦退くぞ。戦力が足りないのもそうだが……どの道、魔導士じゃない俺達じゃ発動出来ない。ここが当たりだってんなら、外に出て周辺の聞き込みをしてみよう」


 トニーに渡された情報、人身売買の取引が行われていた場所は合計で五つ。

 一つはトニーが調査済みであり、アザル達が調べた残り四カ所の内、《門》が確認されたのは二ヵ所。

 行方不明となった孤児は、どう隠そうが都市外に出る際に検問で引っ掛かるであろう人数だ。

 帝都の外に出たという記録が無い以上、この《門》を使って移動した可能性が高い。

 先に発見した場所では、それらしき目撃情報は得られなかった――つまり、子供達が《門》を経由して連れていかれたのなら、此処のものである可能性は高い。


「レイザーの奴が言っていた転移者らしき男ってのも警戒しなきゃいけない。焦るのは分かる、だけど今は退く時だ。ここら一帯で情報収集した後、エクソン達と合流するぞ」

「……分かってる」


 焦燥やもどかしさを押し殺して頷く仲間にアザルは頷き返し、二人は速やかに下水道からの撤収を開始した。







 協力関係となった冒険者達が外での調査や物資入手に出掛けている中、トニーは彼らの泊まる宿の中で細々とした作業に励んでいた。

 乳鉢(モルタル)に入った数種の植物を丹念に磨り潰す。

 片腕がロクに動かない状態というのは、意外に厄介だ。辛うじて器を固定する程度の事ならば出来るのは不幸中の幸いだった。

 いつもと逆の手で調合作業を行っている為、うっかり力加減を間違えて乳鉢(モルタル)を引っ繰り返さぬ様に注意を払って工程を進める。

 水と薬品を適量加え、練り続けること数分。粘り気が出てきた緑色のペーストに更に計量しておいた植物の種を数種投下。

 磨り潰して粉末化させたそれらを混ぜ続けると、窓を開けて換気した室内に、それでも中々に刺激的な香りが満ちて来た。


「……まぁ、こんなモンっスかねぇ。このザマじゃ量も作れないし、一本あるだけでもマシか」


 微量の魔力を籠めながら練ったソレを、手近な場所に置いてあった小瓶――アザル達に頼んで購入してきてもらった霊薬の中に匙で掬い取って放り込む。

 霊薬に込められた魔力と今しがた練った薬品の魔力、それらが混ざり合って小瓶の中で淡い光を放つのを確認し、軽く振って混ぜながら壁に掛けてある自身の外套(コート)のポケットにしまう。

 取り敢えず、作業はそれで終わりらしい。青年は最低限だけ机の上に広げられた調合道具一式を片付けて机の木箱にしまった。

 部屋に滞留してしまった薬品の臭いを逃がす為、作業台代わりに机の上に置いてある木板で扇ぐ様にして、室内の空気を窓に追い出す。

 暫くパタパタと扇いでいると廊下越しに足音が聞こえ、部屋の前で止まり……程なくして扉の向こう側から声が掛けられた。


「ちょっと、悪いけどドア開けてくれない? 両手が塞がってるのよ」

「その声はウェンディさんッスか。今開けますよっと」


 トニーとしては元より足音を聞き分けるのは得意なので分かってはいたが、一応は声に応えてドアノブを捻る。


「買い出しお疲れさんッス。エクソンさんは?」

「帝都の治療院に知り合いがいるから、少しだけ顔を出してくるそうよ。顔が広い人だから子供達についても何か見聞きしてるかもしれないんだって」


 両手いっぱいに食料品を筆頭に雑多な品々を抱えた女魔導士が、荷物を机の上に置いて一息ついたとばかりに大きく息を吐きだした。


「教会関係者なら孤児の子達も警戒してなかったって話ッスからね。良い着眼点だと思うッス……何か些細な事でも情報が入れば良いんスけどねぇ」

「まぁ、言いだしたエクソン本人も思い出したから念の為、程度の感じだったけどね」


 狐顔の青年の言葉に、肩を竦めて答え――部屋に残る微かな匂いを捉えて、ウェンディは眉を顰めた。


「……薬の調合でもやってたの?」

「あー……臭かったッスか? いや申し訳ない、ちょいとウェンディさんの道具もお借りしてたッスよ」

「許可を出したのは私だし、それは良いんだけど……」


 少しばかり躊躇いがちな様子で視線を彷徨わせていたウェンディだったが、やがて言葉を濁すのも面倒だと思ったのか、再度大きく息を吐き出して単刀直入に切り出した。


「アンタさ……あんまり強力な霊薬をぽんぽん使うのは控えた方が良いわよ」

「おぉう……マジっすか。結構複雑な手順の品だと思うんスけど……匂いだけで分かるんで?」

「薬学に関しては師匠の影響でそれなりにね――って、私の話は良いの。今はアンタの事よ、レイザー」


 女魔導士は腕を組み、椅子に座っているトニーの顔をなんとも言えない表情で見下ろす。


「アンタを拾った時に身体の中に残留してた霊薬も大概だったけど……エクソンと私に買い出しを頼んだ霊薬と幾つかの錬金材料……特定の手順で調合すれば薬効が強く出るやつでしょ?」


 回復効果は高いけど、半分劇薬じゃないの。と、呆れの中に憂慮を滲ませる彼女の言葉に、青年は苦笑いを零した。


「いやぁ、転ばぬ先の杖、ってやつっスよ。何事も無ければポッケの中で薬効切れ起こすまで眠ってるだけッス」


 万が一を考えて用意しておかないと落ち着かないんスよねぇ、などとシレっとした顔で吐かれるトニーの言葉は「中毒じゃないの、心理的な」と手厳しくぶった切られる。

 三度目の溜息を洩らすと、ウェンディはその豊かな胸の下で腕を組んで、眼前の狐を思わせる風貌の青年へと探る様な視線を向ける。


「……私達に協力してくれるのは、正直有難いわ。けど、そっちの立場からすれば最低限の情報だけ渡してさっさと王城に戻った方が良い筈でしょう? 戻ればもっと高度な治療だって出来る筈だし」


 言葉を続ける事無く……だが、そうしない理由があるのか? と眼だけで問いかけられて。

 無言の疑問を受けとったトニーは、動く左腕で後頭部をガリガリと掻いた。


「いやまぁ、助けてもらった恩を返すとか、色々と理由はあるんスけど……ぶっちゃけ今までに得た情報(モン)を整理すると、今は戻らない方が良いと言うか悲観的な妄想が現実味を帯びてきたというか……」


 どうにも煮え切らない態度で言い淀む青年に女魔導士が訝し気な顔で首を傾げていると、二人は話し声が複数の足音と共に近づいてくるのを耳に拾った。


「あの馬鹿、ほんとーに怪我は大丈夫なワケ?」

「えぇ。お世辞にも軽傷とは言えませんが、容態は完全に安定していますよ。我々だけではこれ以上の治療は難しいので、後はそちらの方で高位の術者による回復を行って頂いた方が良いかと」

「やれやれ、早々に見つかったのもそうだが……拾ってくれた人達がアンタらだったのも悪運が強いトニーらしいね。心配性の問題児も落ち着いたし、肩の荷が下りるってモンだ」

「ちょっとぉ? 誰が問題児だってのさー」


 声の主は三名。内二名の声にウェンディは聞き覚えが無く――だがトニーには聞き慣れた声である。

 やっべ、と言わんばかりにその顔が引き攣るが、何かを言葉にする前にドアが開かれ、室内の二人は直ぐに声の主達と対面する事となった。


 最初にドアを潜ったのは、この部屋を借りている冒険者一党の聖職者、エクソン。

 後に続く様に入室してきたのは、一組の男女だ。

 色素の薄い金髪に褐色の肌を持つ女性と、彼女より一回り程年上のブラウンの髪の男性。

 どちらも独自に気崩してはいるものの、騎士装備に身をまとっており――何より、現在壁に掛かっているトニーの外套(コート)と同じ物を羽織っていた。


「……知り合い、というか同僚よね? 当然」

「おっふ……」


 男女の格好を見て直ぐ様に察したウェンディの言に、トニーは彼が『旦那』と呼ぶ青年を倣うが如く白目を剥いて呻き声を洩らした。

 部屋に入って来た男女は椅子に腰を下ろしたトニーを見て、軽く目を見開き……沈黙する。

 特に女性の方は反応が顕著だ。

 数秒、黙り込む間に顔に浮かぶ感情が目まぐるしく変わり、安堵、心配、怒り、最後にそれらを押し殺す我慢の表情となり、大きく息を吐き出す。

 金髪に褐色の肌の女性――シャマことシャマダハルは、無言のままズカズカとトニーの眼前へと歩みを進め。

 その背をやはり黙して見送る男性二人……エクソンの心配そうな視線を受け、ローガスは言葉の代わりに大仰に肩を竦める。


「……あのー、シャマ……さん?」


 無言・無表情で自分の頭部や首元などをぺたぺたと触診するシャマにちょっとビビった様子のトニーが躊躇いがちに声を掛けるが、彼女はそれには応えず。

 同僚の頭部や首まわりに負傷が無い事を確認し終えたシャマは一つ頷き――その脳天に手刀を叩き込んだ。


「ァ痛ぁ"!?」

「この馬鹿トニー! 都市内の任務で下手打って大怪我するとか新兵かっつーの!」


 悲鳴をあげる同僚を一喝し、そのままベシッ、ベシッっと手刀を繰り出して額へと追撃を行う。


「ちょっ、待っ、シャマ!? 自分怪我人ッスよ!?」

「怪我人なら怪我人らしくベッドで寝とけ! なんで普通に起きて調合なんてやってんだこの馬鹿!」


 僅かな残り香から、トニーが個人的に調合している霊薬を今しがたも作成していた事を察したらしい。

 重症である右腕と胴には間違っても衝撃が伝わらない様にしつつも、無傷の額に的確に痛みを与えるという何気に洗練された技術が披露されるが、打たれているトニー以外に気付く者がいない無駄な技巧である。


「ちょっとちょっと、落ち着いてよ騎士様。そっちからすれば怒って当然かもしれないけど、私達からすれば貴重な情報を提供してくれた恩人だし、何よりこいつ、一応怪我人よ?」

「……あたし達がっ、必死こいて探してる間にっ、こんな美人のおねーさんに看病されてたとかっ、ちょー腹立つぅ!」


 なので、流石に見かねたウェンディが慌てて静止の声を掛けたのだが……マジマジとその顔を見つめたシャマは火に油を注がれた勢いでヒートアップする。

 興奮した様子でペチンペチンとチョップを繰り返すシャマを背後からローガスが抑え込んだ。


「どうどう、落ち着けって」

「は? 落ち着いてるんですけど。落ち着いて目の前の馬鹿に折檻してるだけだし」

「髪の毛逆立てそうな位に興奮してるだろうが。負傷箇所を避けてるとはいえ、重傷者をひっぱたくのはやめとけ」


 猫の首根っこを掴むノリでギャル系騎士の襟首を掴んで持ち上げると、後方にストンと落とす。

 自身の眼で無事を確認出来たのと、一頻り心配を掛けた事に対して怒りをぶつけた事で溜飲が下がったのか、シャマは若干不貞腐れた様子ではあるがされるが儘だ。

 不機嫌ではあるがようやっと何時もの調子を取り戻した問題児をトニーとローガスが若干生暖かい目で見つめ、次いで互いに目を合わせて口を開く。


「よう、生きてたみたいで何より。お前さんにしちゃ、珍しくドジを踏んだな」

「いやぁ、申し訳無いッス。それに関しちゃ言い訳の仕様も無いんですが……」


 揶揄いを含んだ同僚の言葉に、青年は少しばかり苦笑し――だが直ぐに表情を引き締めて事の経緯を語りだした。

 彼が追っていた一件とその際に遭遇した連中……特に自身をあちこち斬ってくれた黒髪の男について、警戒を注意を添えて。


「隊長達の同郷か。お前さんの怪我を見る限り、相当に使()()のは分かるが……」

「……ふーん、ソイツがアンタを刻んだ直接的な下手人なんだ」


 難しい顔をして唸るローガスと、冷えた声色でまだ見ぬ転移者に対して敵意を露わにするシャマ。

 包帯を幾重にも巻かれて固定された右腕を撫でながら、トニーは虚空を見上げ……短い時間だが件の転移者と戦闘を行った記憶を掘り返して、厳しい口調で断言する。


「流石にアレと同レベルのが何人もいるとは思えないッスけど……捕縛にしろ、倒すにしろ、《刃衆(ウチら)》でも単騎で当たって良いのは隊長とネイトさん……あとは副長くらいッスね。他の面子は三人一組(スリーマンセル)で対処しないと退くのにも犠牲者が出る可能性が高いっス」

「お前がそこまで断言するレベルか……そんな奴がちんけな人買い連中の用心棒やってるってのは、なんとも腑に落ちない話だな」

「要は二人以下で戦らなきゃ良いってだけでしょ。三人一組(スリーマンセル)と言わずに全員で囲んでボコってやれば良いだけだし」


 個々の武勇が突出している《刃衆(エッジス)》ではあるが、元より大戦時代は邪神の眷属――とりわけ上位の存在を相手にする際には部隊の連携を以て確実に討滅を果たしてきた。

 件の転移者の脅威度が上位眷属に匹敵するものだとしても、問題は無い。これまで行ってきた様に、()を整えて狩ればよい。

 そう主張するシャマの言葉に異論は無いのか、残る二人も頷いた。


「――それで、騎士レイザーをはじめ、皆さんはこれから王城に帰還する、という事で良いのでしょうか?」


 会話が一旦落ち着いたのを見計らったのか、エクソンが軽く片手を上げて述べた質問にローガスが代表して首肯する。


「あぁ、今回は本当に助かった。同僚を保護してくれて感謝する。全部片付いたら正式に謝礼をしたいから、可能なら――」

「あ、自分はもうちょい此処で冒険者の皆サンと行動するんで、二人で帰ってもらって良いっスか?」


 のほほんとした、だがきっぱりはっきりとした口調でローガスの台詞を遮ってみせたのはトニーだ。

 言い終えるや否や、シャマが「はぁ!?」と語尾を荒げて叫び、残った三名は呆気に取られて発言した当人の顔をマジマジと見つめる。


「この馬鹿トニーッ、自分の状態を考えろ! さっさと王城に戻ってレティシア様かアリア様に頭下げて診てもらうの!」

「まぁ、大丈夫ッスよ。基本、よっぽどの非常時でもない限りはこの部屋で情報の提供と整理をお手伝いするだけなんで――動かなきゃいけないときの保険も用意したし、何かあってもここの皆サンと一緒に逃げ出す位は出来るッス」

「そういう事を言ってるんじゃない! アンタが怪我を無視して此処に踏みとどまる理由が無いだろ!」


 とっとと戻って療養に入れ半病人! と。言葉遣いこそ乱暴だが仲間の身を案じるが故の怒りを見せる金髪褐色肌の女騎士の剣幕にも、動ずることなく。

 放っておけば襟首掴んで王城まで強制的に引っ張っていきそうな同僚に対して、淡々と応じる狐顔の青年。

 彼の提案自体は有難いが、その意図が読めない冒険者二人が困惑して顔を見合わせていると、やはりというか、荒ぶるシャマと冷静なトニーの間に割って入ったのはこの場の最年長たるローガスであった。


「落ち着けシャマ。理由が無いとは言ったが……トニーが理由も無しにこの手の提案をする事こそ()()だろう」

「…………ッ」


 その言葉には頷けるがトニーの意見自体には賛同出来ないのか、シャマが不満を圧し殺しているのがありありと伝わる表情で押し黙る。

 一回りは年下の同僚が本気で怒っているのを察し、ローガスは漏れ出そうになる嘆息を、これまた幾度目になるのか胸中で無理矢理に留めた。


(やれやれ……一服したくなってきたね、どうにも)


 全く以てガラじゃない。こういうのはネイトの役目の筈だ。

 自分普段の立ち位置を顧みて、内心で愚痴るが……遮った以上、話を聞かない訳にもゆくまい。


「……で、トニー。妙な事を言い出した理由は幾つか予想出来るが……此処にいるべき理由があるのか、それとも()()()()()()理由があるのか、どっちだ?」

「後者っスよ。多分、ローガスさんが考えてるパターンで一番タチの悪いやつだと思うッス」

「マジかよ……あークソッ、家帰って酒飲んで寝ちまいたくなってきた」


 嫌な予感や予想ほど的中するものである。

 露骨に顔を顰めると、ローガスは今度こそ耐え切れずに心底本気で嫌そうに嘆息した。


「おいこら、そこの野郎二人。二人だけで会話を完結させるとかちょー有り得ないんですけど。説明しろ」

「分かった分かった、後でな。()()駄目だ」


 面倒臭そうに返事をするローガスであったが、ほんの一瞬、この部屋にいる冒険者二人へと視線を向けた事にシャマも気付いたのか。不満気な表情は敢えて隠さず、表面上は不承不承といった様子で首を縦に振る。

 直情的な娘ではあるが、冷静であればこの程度の腹芸はやってくれるのだ。エクソン達はトニーの恩人ではあるが、流石に部外者――帝国に所属する者以外には軽々と聞かせられる話でもなかった。


 ……現状、トニーは行方不明・生死不明の扱いである。

刃衆(エッジス)》の実績と向けられる信頼故に、多少遅れたとしても無事に帰還してくるという意見も多く、実際に上はそう判断して捜索の為の人員を動かしていない。

 だが、今考えるとそれも不自然なのだ。

 どうであれ、都市内での犯罪行為に対する調査をしていた騎士と連絡が取れなくなった以上、最低限足取りを追う調査くらいは行って然るべきである。

 だが、実際にはトニーを捜索しているのは無理矢理仕事を休んで飛び出したシャマと、それに付き合う自分だけだ。隊長達がそれとなく自分達の仕事の穴埋めの人員を手配したりと、こっそりと支援してくれている様ではあるが。

 ――はっきり言ってしまおう。

 自分達の部隊の名声と信頼性――それを逆手に取る形で、捜索隊を組まないという流れに持っていった者がいる。

 少なくともその可能性がある、そうローガスは判断していた。

 薄々と感じていた、程度のもので確信とは程遠かった予想なのだが……トニーも同様の結論に至って王城への帰還を拒んでいるのだとすれば、非常に、ひっじょーに面倒くさい話になってくる。

 今回の一件の発端である、孤児や身寄りの無い難民などの拉致。それを組織的に売買する連中。

 その息の掛かった者か、或いはもっと直接的に、組織の一員である者が王城内にいるという事になるからだ。

 実際にトニーの捜索を不自然さを極力排除した流れで妨害してみせた事を考えると、ただの文官や騎士という可能性は薄い。

 自然、ある程度の裁量や決定権を持った立場の人間、という事になるだろう。

 流石にごく少数、精々数名の筈だ。もっと大人数で、平和になった途端に所属してる国家・組織の腐敗が始まっていた、などとは考えたく無い。

 無いが、現状で内通者の存在を肯定する要素はあれど逆は無いのもまた事実。


 ――だからこそ、トニーと彼が協力している冒険者達は、強力な鬼札となる。


 隠されたトニーの生存と、彼が得た情報。それを元に冒険者達が独自に行う調査は、人買い連中を追い詰める強力な一手と成り得るだろう。

 当然、内通者に気取られてはならず、王城内の誰が疑わしいのか候補すら立てられない現状、表立ってのトニーの帰還は悪手である。

 確実に隠すなら現状を維持し、部隊内――《刃衆(エッジス)》でのみ情報をやりとりすべき。


 そこまでローガスは思考し、おそらくは同じ結論に至ったが故にこの場に残ると言い出したトニーを見据え――彼もまた、その考えを肯定する様に頷いた。


「……分かった、取り敢えずお前さんが無事って事だけを部隊内のみで周知って事で良いな?」

「えぇ、それでお願いするッス。()との遮断を徹底して貰えると」

「陛下には?」

「問題無く。ですが、先ずは陛下御一人でお願いします」


 レーヴェ将軍すら情報共有の対象から省け、という事らしい。

 流石にかの御仁が内通者だとはトニーもローガスも欠片たりとも思っていないが、何処から話が漏れるか分からない以上、上への報告は帝国の主たる皇帝のみに絞るという判断は妥当だった。

 言葉少なに、だがその裏に押し隠した多量の情報の交換を終えると、二人はこの一手の中核となる冒険者達へと身体ごと向き直る。


「あー、そんな訳で。出来ればもう暫くの間、トニー(こいつ)の面倒を見て貰えると助かる。謝礼はするし、別途で掛かった諸経費も出すんで、引き受けて貰えないか?」

「御存知の通り、身体はあちこちポンコツなんで実働面では殆ど役立たずなんスけど……自分の部隊からの情報追加も期待できるし、このまま協力体制を維持させて欲しいッス」


 揃って丁寧に頭を下げる《刃衆(エッジス)》隊員二名を見つめ、聖職者と女魔導士はもう一度顔を見合わせ――そう間も置かずに頷いた。


「えぇ、これまで通り手を貸して頂けるなら、私達としても助かります」

「ま、一応はウチのリーダーや斥候に話を通したい処だけどね。反対はしないと思うけど」


 帝国の内情や調査している相手の規模までは察する事が出来なくとも、これまでの会話を聞けばトニー達に幾つかの思惑があると判断するのは容易だ。

 だが、それは冒険者達(かれら)も同じ――被害者の救助という大きな括りでは目的が一致している以上、互いに手を取る事に躊躇いは無かった。

 此処まで話が進んで尚、トニーが残ることに反対する気は流石に無いのか、シャマが切り替える様に息を一つ吐き出し、提案する。


「それじゃ、いちおーお仲間さんに挨拶くらいはしておきたいかなー」

「そうね、レイザーの奴の案で、安全性を重視して日の出てる内の調査に絞ってるからそろそろ帰って来る筈よ」

「なら待たせてもらうとするか。頻繁に会うのはリスクがあるから、今日の内に面通し位はしておきたいしな」

「では、お茶を淹れるとしましょう。この様な有事ではありますが、帝国の精鋭たる方々と良縁を築けるのは光栄ですね」


 一旦小休止だ、と言わんばかりに少しばかり緩んだ空気となった宿の一室で、改めて互いの紹介が為される。

 トニーとしては、このまま冒険者達に協力することで局面を変えたいと思っていたが……こうして部隊の仲間と連絡が取れ、連携出来たのは僥倖だった。


 未だ全容掴めぬ悪党共。


 影に蠢くそれらへと、明確に一手打ち出した手応えに、包帯だらけの青年はその狐を思わせる容貌に笑みを浮かべ、意気揚々と手を挙げる。


「空き時間があるならちょいと調合の続きをしても良いっスか? 保険が一個しか用意出来ないのはどうにも――」 

「「大人しくベッドで寝てろ馬鹿」」

「アッ、ハイ。すいません」


 折角だから作業の続きを、と思い、上げた声は女性陣から異口同音でピシャリと切って捨てられ。

 トニーは肩を落としてすごすごと寝台に潜り込んだのであった。







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