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犬と子獅子とイケメンと




※前話にて、帝国中枢の面子が動き出した同日の話。







「あ」

「ん?」


 おぉ?


 その場で俺達が遭遇したのは全くの偶然だった。




《大豊穣祭》も開催から数日目、観光や新たな商売の種を求めての人入りはピークを迎えていると言って良い。

 一方で大盛り上がりの闘技大会の方は今日は一旦休み。まー、お祭りの中でも最大の催しなので、祭り終盤まで引っ張りたいってのと、あんまり連日やっても客の流れが闘技大会に取られちまって他の催し物がワリを食う、っていうのもあるんだと思う。

 明日からまた二回戦の続きが行われるらしいので、そうなったら警備の仕事を手伝いつつ、観戦させてもらうとしよう。

 なんだかんだいって見応えがあるのは確かだしね。自分で参加とかはゴメンだけど。絶対ゴメンだけど。大事な事だから二度言いました。


 今の処、全試合を観戦してる闘技大会が本日は無し、という事で、シアとリアは逗留中の屋敷で休んでる。

 休んでるっつーより、普通に寝てる感じだ。起きて来るのは昼頃になるんじゃなかろうか。

 祭りが開催されてから数日、昼は勿論の事、陽が落ちてからも上がる花火を眺めに高い場所へと繰り出したり、明々と照らされて並ぶ夜店を見て廻ったりと、睡眠時間を削って遊びまくったからなぁ。

 そろそろがっつり休んで残りの祭りの日程も満喫する、という予定のもと、聖女様二人は爆睡中である。


 昨日の夜店巡りの時点で、リアなんかめっちゃ楽しそうだけど同時にすげー眠そうだった。終盤は限界を超えたのか、頭が船を漕ぎだして手に持った屋台料理の皿に顔面からベシャっと行きそうになってたので、結局俺が背負って帰ったし。

 リアもそうだが、シアもね。

 聖殿の料理長が監修に関わったというだけあって、元居た世界で食ってたような品を出す店が数多く立ち並ぶ《大豊穣祭》期間中の屋台街。

 祭りの空気に浮かれて様々な品を買い込む金の聖女様は、特に初日にお好み焼きを売ってる店を見つけてからほぼ毎日、豚玉と海鮮玉を交互に食しておられる。

 ただまぁ……品自体は日本の出店でよく見ていたものだが、サイズやら量は海外のソレというか……全体的にかなりボリューミーだ。

 転生前だったらペロリだったんだがなぁ、とかボヤきながら結局は余してしまうので残りは俺が食うパターンが殆どなんだよね。

 基本、シアとリアが持て余したもんを食ってるので、夜店巡りではほぼ無出費の俺である。勿論、棄てるなんぞ論外。屋台飯だろうがなんだろうが、食い物は粗末にしてはいけません。

 毎度毎度そのパターンなので、もーちょい考えて買いなさい、とは言ったんだが……二人ともめっちゃ楽しそうなのでまぁいいか、なんて思ったりしてしまう。

 昨日の帰り道でも半分夢の世界に旅立ったリアを背負いながら、左手にリンゴ飴、右手にはしまきのお好み焼きを装備したシアにアーンされながらえっちらおっちら屋敷までの道を歩いて帰ったのだが……シアの奴、これがまぁ良い笑顔でなぁ。

 上機嫌で俺にお好み焼きを食わせつつ、自分はリンゴ飴を齧っているその表情は本っ当にお祭りを心から楽しんでるのが分かる、歓びに満ち溢れた友人のお顔を見てると、俺の方も非常に満たされた心地になりました。魂フェチ(嗜好)的な意味で。


 そんな聖女様達だったが、流石にはしゃぎ通しで疲れたのか、今日は屋敷でゆったりと過ごすらしい。俺の方は体力的に問題無い――正確には《三曜》を用いた体内外の魔力循環で体力の回復が早いので、普通に朝起きてそのまま散歩に繰り出した次第である。



 で、だ。


 朝もはよからフラフラと帝都を散策していると、女神像の広場で見知った顔二人にばったり遭遇した。


 片方は赤金の坊主頭の少年……何気にこの場での偶然のエンカウント率が高いノエル君だ。

 今日はお休みなんだろうか? いつも着こんでいる白を基調とした全身鎧(フルプレートアーマー)ではなく、良い仕立ての上品な私服を着ている。剣は腰に下げたままなんだけどね。


 意外なのはもう一人の方だ。


 格好はノエル君に似てる。私服に帯剣、といったスタイルなんだが、もうちょい活動的……というより実用性高めの動きやすい工夫がされてる。

 急所には防刃素材なんかも使ってるんだろう。普段着ではあるが、突発的な戦闘にも対応してる中々の一張羅と見た。

 首からタオルを掛け、小脇に抱えてるのは……桶か? なんでまた?

 男では中々見ないレベルのサラッサラの黒髪と、女の子受けしそうな甘いマスク。

 いつもは爽やかな笑顔を浮かべてそうなソレは、今回ばかりは俺とノエル君と同じくちょっと驚いた表情を浮かべている。


 シンヤ=アイミヤ。本人に聞いた処によると愛宮 真也。


 大陸各地を股にかける一級冒険者であり、新たな特級に最も近いと言われる、現役の中では最も優秀な冒険者であると目される青年だ。

 言う迄も無く転移者であり、《水剣》なんていう呼び名の通りに水の魔法に関する加護を得てる。戦場で何度か見た事もあるが、魔法と剣を組み合わせた鉄板の魔法剣士スタイルは『強い』の一言だ。

 近くに水源がある場所だと更にえげつない事になるらしい。なので、彼のパーティーは沿岸に面した地方とか河に近い戦地をメインに戦っていたので、実は一緒に戦った回数自体はそんなに多くないんだよね。


 完全に予想してない、噴水広場を通り過ぎる際にすれ違おうとして互いに気が付いた俺達は、暫しの間、無言で顔を見合わせた。

 おそらく、ノエル君とシンヤ君の二人は特段知り合い、という訳では無いんだろう。二人とも咄嗟に声を上げたのは俺の顔を見てな訳だし。

 一応、この三人の中では俺が年長だ――ゆーてもシンヤ君とは精々1コ上くらいだろうけど……取り敢えず、ここは俺から口火を切るべきだろう。


 そう思って口を開いたんだけど、二人の方が一歩早かった。


「これは猟犬殿! 先日はお時間を割いて頂き、ありがとうございます!」

「久しぶりですね先輩。祭りの開催宣言や大会の警備で見かけてはいたので、その内挨拶に行こうと思ってたんですよ、この場で会えたのは丁度良かった」


 かたやビシッとした敬礼で。

 かたや柔和な笑顔と共に丁寧に一礼して。

 全く同じタイミングで俺に挨拶してきた子獅子とイケメンは、そこで「ん?」とばかりに顔を見合わせて首を傾げた。


 あー……うん。とりあえず、自己紹介といこうか。


 やや遅きに失した感はあるが、軽く手を挙げて提案したのである。







 三人で噴水像前まで移動し、そこの縁に腰掛けて互いの自己紹介を行う。


「レーヴェ将軍の御子息かぁ……丸刈りだからちょっとわかり辛いけど、確かに同じ髪の色だ」

「かの《水剣》とお会い出来て光栄です――にしても、猟犬殿はやはり各地の実力者と多く知己を得ているのですね。強者は強者を知るという事ですか!」

「そうだね、先輩の顔の広さは僕としてもちょっと意味分からないよ。幾ら聖女の専属護衛で大陸中を廻ったって言っても、各国の最高戦力のほぼ全員と知り合いか友人ってどういう事なんだか」


 猪気味な気質だけど真面目なノエル君と、物腰の柔らかいシンヤ君の初顔合わせは特に問題も無く穏やかに進んだ。

 より正確に言えば、侯爵家御子息の方はこのイケメン君の方の冒険者としての高名と共に、あまりよくない噂も聞いてはいたらしいのだが……。


「少し前に精査されていない情報を鵜呑みにして醜態を晒したばかりですので……あくまで噂は噂として、実際にお会いする機会があるまでは先入観を捨てる様に心掛けています――実際、それが正解でした」

「……先輩、この子めちゃくちゃ良い子ですね! 騎士じゃなくて冒険者だったら僕のパーティーに誘ってたのに……!」


 弄りから妬みまで感情の種類は様々だが、大抵の同性から『すけこましイケメン』だの『ハーレム野郎』だのと常々言われているシンヤ君は、含み無く敬意を以て接して来るノエル君の言動に物凄く嬉しそうである。

 気持ちは分からんでもないが、君のハーレムパーティーに自分の推薦で同性を入れるとか、ノエル君じゃなくても絶対やめとけよ。ド修羅場になる未来しか見えん。

 最悪、巻き込まれて刺されるか、下手をすれば新たなハーレムの一員なんていう噂が広がりかねん。特に後者は社会的にも当人たちのメンタル的にもダメージが酷いなんてもんじゃねぇ。


「知り合ったばかりの子より先輩の方が辛辣!? 幾ら何でもそんな噂が広がる筈が無いでしょう!」


 本当に? 今まで不本意かつ予想外の噂が広まってるパターンっていくらでもあったやろ? 

 自分が幾ら否定しても、これまでの噂が加味されると荒唐無稽でも『ありえる』と判断される事は多いんやで?


 突っ込んで聞いてやると、シンヤ君は黙り込んで腕組みし……十秒後には頭を抱えて項垂れた。どうやら脳内で結論が出た模様。

 前者の巻き込まれる云々については否定すらしなかったのは草。無意識でもそれこそ『ありえる』って自分でも思ってるやろ。




 荒っぽく、厳つい連中の多い冒険者やら傭兵やらの中でも、線の細い自称フツメンのイケメンで物腰柔らかく、困った人を放っておけないお人好し、というラノベの主人公みたいなシンヤ君はそりゃもうモテる。

 そうだな……パッと見のイメージとしては以前のクインをもうちょい庶民派にした感じか。貴公子系じゃなくてアイドル系、みたいな?

 高名ではあるが立場的には市井の冒険者の一人、というのもとっつきやすさの一因なんだろう。

 そんな諸々の要因も重なって、見た目と評判で群がって来る女性も相当な数にのぼるのだが……そうではない、彼にピンチを颯爽と助けられた、だの、進退窮まってにっちもさっちも行かなくなった処を救われた、だの、より『ハマる』関り方をした女の子なんてそらもう凄い。

 何が凄いってこう……濃度というか粘性というか、好感度の煮凝りみたいなものがドロっと溢れてる。というかシンヤ君のパーティーメンバーは大体そんな感じだ。

 そのせいか、恋の鞘当てという名の修羅場なんぞ日常茶飯事――俺と初めて会った頃なんて、仲間同士でいつガチの血生臭い話になるか分かったもんじゃない状態だった。


 それが今みたいにある程度落ち着いたのは、まぁ……俺がちょっと口を挟んだのも関係あったりする。

 仲間が好意を寄せてくれるのは嬉しい。

 が、それが原因でギスギスした空気がパーティー内で続いていた事に大層疲弊していたシンヤ君はそれはもう喜んだ。

 男同士の酒の席、という事で一緒に戦った冒険者やらと一緒に飲んだ酒場で、心底本気で御礼を述べながらのまさかのガチ泣きである。

 御蔭で多くの男性冒険者から良い眼で見られてなかった当時の彼の現状も、同情交じりの温いものやイジりの対象みたいな扱いになったのは、当人にとっても幸い……怪我の功名と言って良いだろう。


 そんなシンヤ君なのだが……その一件以降、割と仲良くなったというか、ちょっと懐かれた感があるのだ。

 前程ギスギスしなくなった仲間達が俺が関わると更に大人しくなるせいか、一時期は教国を拠点にしたいとか言ってた事もあった。彼の加護とシナジーの高い土地ではないので泣く泣く諦めたみたいだが。

 先輩と呼ばれ出したのもこの頃だ。なんでも隊長ちゃんが俺をそう読んでるのを聞いて真似し始めたらしい。

 ちなみにその隊長ちゃんは、シンヤ君に対して態度が若干塩入ってる。

 これは彼のハーレムメンバー候補として、一時期隊長ちゃんの名前が挙がったのが原因だ。

 そのまま噂が継続して広まる様ならシンヤ君を公衆の面前でぶちのめしてでも噂の火を鎮火させる気だったみたいだが、これに関してはシンヤ君が死に物狂いで火消しに走って未遂に終わった。


 というか、俺の周りの年頃の女性陣は基本、シンヤ君と少し距離があるんだよね。

 まぁ、ある程度親交があるってだけで新たなハーレム要員扱いされるから、彼にそういった感情が無い人からすると苦手に思うのはしゃーない。実際に話して見ると、女性関係に関してやや優柔不断だけど普通に真面目な好青年なんだけど。


 俺がシンヤ君と彼を取り巻く女の子達の問題に対して口を挟む事になったのもその辺が理由だ。

 流れとしてはそうややこしいモンでもない。


 シアと俺、シンヤ君の一党と出会う。

 ↓

 同じ転移・転生者ということで少しばかり交流を持った処、今度は金の聖女様がすわ新たにハーレム入りか!? とか噂が出て来る。

 ↓

 シアさん、ガチで嫌がる。実力・知名度共にぶっちぎりの聖女のハーレム入りを危惧したシンヤ君パーティーも嫌がる。

 ↓

 一党の中でも特にシアを危険視した娘が、暴走してやらかそうとする。

 ↓

 はい、ちょっかいの内容的にも俺的にアウトです。残念無念のまた来世!


 いや、殺ってはいないよ? 流石に。

 ただ、主犯だった斥候職(シーフ)系の娘がシア相手に一服盛るつもりでお薬を調合してた場所に忍び込んでお話をしただけだ。彼女の口車に乗せられた娘に関しても同様である。

 毒の類だったら完全にアウトだったのだが、ちょっと特殊なお通じの薬……下剤の類だったので、駆除して埋めるまでは止めといた。

 生来の加護や耐性に弾かれて効きやしないとはいえ、聖女に薬盛るとか教国的にも普通に粛清案件なんだけど、という指摘にも「人目に付く場所で恥を掻いてもらうだけだ、死んで欲しいとまでは思ってない」とかお花畑な主張しとったが……いやいや、一方的に危険視した恋敵を社会的に致命傷なレベルで貶めようとするってやべーだろ。

 ちょっと省みれば、如何に自分の言動がヤバいのかなんて分かりそうなモンだが……これがスイーツ脳ってやつなのか、と人知れず戦慄を覚えたものだ(偏見

 まぁ、シアの側にもシンヤ君の側にもふつーに居て欲しくない系の地雷だったので、丁寧に『説得』した。少し後に彼らの一党からメンバーが何人か抜けた様で、頑張ってお話した甲斐があったというものである。

 百年単位で戦争やってるような世界でも、あぁいう重篤な恋愛脳な人種っておるんやな……と、人の業の深さを垣間見た気分でしたハイ。


 残ったハーレム要員の間で話が広まったのか、俺が関わると大人しくなるのはそのせいだ。

 俺のやり方も決して穏やかとは言い難いので、シンヤ君には話してはいないが……まぁ、聞かれたら素直に喋るつもりではある。

 多分、彼もなんとなく察しているとは思うけどね。「勝ち取るならともかく、他人を貶めるやり方で欲しい物を手に入れようとする人は軽蔑する」とか、一党に対して珍しくばっさりはっきり言ったみたいだし。

 残った娘達は俺が『視た』感じからしても良い子っぽいので一安心だ。全員、俺に対して怯えてるけど(白目




 さて、そんなレディコミみたいなドロドロした奪い合いから、少年漫画のハーレムものみたいな関係へと無事進化したシンヤ君達ではあるが……戦争も終わって、仲間の女の子達からの攻勢が強まって苦労しているらしい。

 今朝も早朝の鍛錬を終えて、汗を流そうと宿の浴場を使おうとしたところ、背中を流してあげると乱入してきたパーティーメンバーとラブにコメった展開になりかけて慌てて逃げ出してきたのだとか。

 うむ、健全な……健全……? ……とにかく、ハーレム生活を満喫してるようで何よりだ。もげろ!


「何故だろう、他の誰に言われても腹が立つなんて事は無かったのに、先輩に女性関連で弄られるとすごく反発したくなる……!!」


 頭を抱えたまま、普段の爽やかスマイルを何処かに置き忘れたみたいに苦虫を噛み潰した表情で唸るイケメン君。はっはっは、哀しい事を言うなよ後輩。反抗期か?

 話を聞いていたノエル君が、シンヤ君の脇に置かれた桶を見て何やら察したのか、ポンと掌を打った。


「成程、行水や入浴は鍛錬でたっぷり汗をかいたあとには必要ですからね。察するに、アイミヤ殿は公衆浴場に向かう最中でしたか」

「え、あぁ……正解。流石に汗だくのままはアレだから浄化魔法で洗浄はしたけどね……野外や依頼の最中ならともかく、都市内ならやっぱりちゃんと身体を洗いたいというか……」

「えぇ、お気持ちは理解できます。訓練で汗と泥に塗れたあとに頭から浴びる井戸の水は、爽快さと共に染み入るものがありますから」

「おぉ、騎士ノエルは分かってるね。清潔さ保つ意味もあるだけど、風呂ってやっぱり大事だよ、僕達の故郷では"風呂は命の洗濯"、なんて言葉があるくらいだし」


 和気藹々とやり取りする二人ではあるが、俺的には非常に気になる単語が出て来たぞ――公衆浴場ってマジか。そんなのあるん?

 俺の疑問に対し、帝都在住であるノエル君が補足を兼ねて説明してくれた。


「はい。北区の鍛冶工房などから出る、質の悪い、工房では使わない石炭や帝都全域の可燃ゴミの焼却に使われる炉が西区に設置されているのですが、その排熱を利用して浴場が開かれています。僕は利用した事はないのですが、中々に盛況だという話です」


 貴族は勿論の事、裕福な家とかだと魔法を用いた給湯は割と普及してるので、規模に差はあれど風呂はそこそこ帝都内で普及している。

 とはいえ、やはり多くの一般家庭や宿暮らしの冒険者なんかは浴場なんてものには縁遠い。なので、そういった層をメインにそれなり以上に客の入りがあるとかなんとか。

 マジかー。正直一回くらいは行ってみたいぞ……帝都案内書に書かれてないとは思えないし、なんでシア達は言ってくれなかったんや。


 ……よし、シンヤ君がこれから向かうって話だし、俺も一緒に行くべ! ノエル君もどうだ? 三人で朝風呂と洒落込もうぜ(提案


「いいですね! 先輩の言う通り、偶には男同士でのんびり湯に浸かるのも心安らぎそうだ――うん、本気で……!」

「あ、いや……お誘いは大変に光栄なのですが、自分は叔父の邸宅で勉強をしようかと……ただでさえ多方に迷惑を掛けておきながら、休暇を頂いている身ですので」


 ノリノリ……と言うにはやや切実さのある賛同を示すイケメンだが、一方の少年騎士は恐縮してる、といった感じで首を竦めて申し訳なさそうに頭を振る。

 うぅむ、どうやら初邂逅での問題行動以降、ノエル君は冷静さや思慮深さと言ったものを培おうと頑張っているようだ。

 それ自体は良い事だと思うし、応援したいのだが……頑張り過ぎて疲労を溜め込んでも効率は落ちるぞ? 実際、騎士団の上司だって必要だと思うから休みを取らせたんだろうし。

 何時間も長居するって訳でもないし、ちょっとくらい俺達に付き合わんか? 湯に浸かるのは疲労回復にも良いんだぞ。まぁ、本当なら寝る前とかが一番なんだろうけど。


「会ったばかりの僕が言うのもなんだけど……根を詰め過ぎるのは良くないと思うよ、騎士ノエル。見た処、君は真面目で頑張り屋だ。勉強や鍛錬の仕方は多くの先達が教えてくれるだろうから、この際、肩の力の抜き方を学ぶべきだと思う」


 シンヤ君の言う通りやな。

 肩の力を抜く、って言い方に気が乗らないなら、効率的な心身の休め方を学ぶ、って言い替えても良い。


「……そう、でしょうか? 御二人がそう仰るなら……そうですね、市井の浴場というものを体験するのも興味がありますし、同行させて頂けますか?」


 やや消極的な態度ではあるが、一応は参加肯定の意を示してくれたこの場での最年少に対し、俺達はグッと親指を立てて同時に「ウェルカム!」と口にする。

 よっしゃ、それじゃ早速行ってみるとするか――あ、ねぇねぇシンヤ君、着替え入れとく籠とか桶って用意した方がいいん?


「有料ですけど、浴場で借りる事も出来ますよ。朝の時間は郊外の農場から配達されてきた牛乳(ミルク)もあるんですよねー。搾りたてな御蔭か、これがまた美味しくて」


 最高かよ。フルーツ牛乳は?


「帝都は転移者の知識を取り入れてる処が多いから、その辺もばっちりでした。魔法でキンッキンに冷やしておくので最初に買っておきましょう」


 うひょー、流石は《水剣》! 氷系統に属する魔法もお手の物ってか! 風呂上がりの楽しみが出来ちゃったぜ!

 魔導士なんかには、自身の得意とする魔法に対してプライドがある人も結構多いんだが、その辺の意識は転移者には殆どない。

 冒険中も保存食とか飲み水なんかを低温保存しとくのはシンヤ君の担当らしいし、寧ろちょっと自慢気だった。


「組合に登録したての駆け出しの頃なんて、屋台でアイスキャンデー作って売ったりしてましたからね。慣れたものですよ――あ、お代は闘技大会について何かアドバイスをくれる、というのはどうでしょう?」


 ありゃ、ちゃっかりしてんなぁ……でも要望聞いちゃう、良く冷えたフルーツ牛乳の為だからね、仕方ないね!

 そんなに良い物なのかと首を傾げるノエル君に、元・日本人の二人掛かりで風呂上がりの冷えた牛乳の美味さを力説しつつ、野郎三人で西区の端っこへと足を向けるのであった。








◆◆◆




「……公衆浴場? い、行ったのか、誰と!?」


 連日、祭りで遊び倒して疲労が溜まっていたので、午前中はひたすら爆睡して起きて来た昼過ぎ。

 寝過ぎたのか、やや重い瞼を擦りながら実質昼食と言える遅い朝飯を食べようと、何時も食事を摂っている客間に向かったオレとアリアは、そこでなにやらホクホクした顔で白乳色のシャーベットの様な物を食っている相棒を見つける事となった。

 食べてるソレは、外で売ってたフルーツ牛乳を凍らせたものらしい。オレ達の分の土産としてあるらしいので、そこは素直に嬉しいし、礼も言っておいた。


 ――だが、土産自体は良くても相棒が朝に向かったという場所が問題だ。

 お前、なんで外に出てわざわざ風呂入りに西区に行ってんだよ! この屋敷にだってそこそこ広い浴室があるだろうが……!


 まさかミヤコ辺りと行ったんじゃあるまいなと、一瞬で眠気も吹き飛んで焦燥のままに問いかけたのだが……幸いにして帰って来た答えは偶々出会った知り合い――アイミヤとノエルの男三人で一緒に向かったというものだった。

 脳裏を駆け巡った最悪のパターンよりは遥かにマシな答えだ。オレもアリアも、内心で胸を撫で下ろした。


 本当はしっかり朝風呂を堪能したかったんだけどなー、と残念そうにシャーベットを口に運ぶ奴の話によると、本日の朝の公衆浴場は中々の客入りだったらしく、鍛錬を終えて汗をかいたアイミヤはしっかり湯に浸かったらしいが、相棒とノエルは比較的空いていた足湯に浸かるだけで終ってしまったらしい。

 まぁ、あれはあれで良かった、と笑う相棒を見て、色々と安心することしきりである。


 元・日本人としての性か、一般的なこの世界の人間と比べると風呂好きに分類される相棒が、帝都の公衆浴場の話を聞けば食い付くのは予想が出来ていた。

 ……だから黙ってたんだけどな!


 オレ達は肩書きや立場上、大勢の前で肌を晒すなんて真似は出来ないし、そうなると当然、相棒一人か、或いは別の誰かが同伴する事になる。

 流石に混浴って訳でも無く、男女別に分けられてはいるらしい。

 それでもミヤコやアンナ、最近になって現れた強力な伏兵である《陽影》あたりとアイツが一緒に風呂入りに行くなんてのは非常に面白くない話だ。

 なので黙っていたのだが……足湯があるならオレ達も一緒に行けるかもな、考えておこう。


 とはいえ、オレ個人としてはあまり気の進まない話なので、可能性は低いのだが。


 足湯だったら自分も行けるかも、という結論は同じだったのか、相棒の話を聞いて自分も行ってみたいと笑うアリアを横目に、執事さんが用意してくれた紅茶を口に含んで表情を隠す。

 ……いや、我ながらちょっと拘りが過ぎるというか、変な独占欲だとは思うけんだけどさ。


 足湯くらいなら、まぁ全然良い。

 けど、アイツが公衆浴場で湯に浸かるということは、不特定多数にアイツの身体が見られる、という訳で。

 今回の朝風呂が不発に終わった為、おそらく、という前提はつくけど……オレやアリアも未だ知らない、見た事も無いアイツの身体の部分を、ただの浴場での同性相手とはいえ、誰かに先を越されて見られてしまうというのは、なんというか、モニョモニョするというか……。


 流石に拗らせた考えであるという自覚はあるので、公衆浴場に行くなとも言い辛い。

 それでも、何か嫌なんだよ……こればっかりは純粋に感情の問題なので、如何ともし難いのだ。


 一緒に向かったのがシンヤ――アイミヤの奴というのもあまり面白くない。

 あの頃は自覚なんて無かったけど……単純にあのモテ男の侍らせてる女の子達の一人扱いされるのが不本意だった、というだけでなく、コイツがそれを聞いても特段反応を示さなかったのが、無自覚ながらに不満だったんだと思う。


 ……こんな風に面倒くさくなったのは、お前が原因でもあるんだぞー、分かってんのかよー。


 奴に落ち度がある話は無いので文句を言う訳にも行かず、さりとて燻る不満を完全に押し殺すのも難しく。

 なんとなく、隣に座ってシャーベットを食う相棒の頬を指先でつつく。


 む、欲しいのか? 冷たいデザートだからちゃんと飯食ってからにしないとお腹冷やすぞ。なんて、とぼけた顔でいう奴を見て。


「ばっか、ちげーよ。お前は母親か何かか」


 今回に限った話ではなく、まるで湯舟に浸かったみたいに、胸にじんわりと広がる暖かい気持ちを覚えて、オレは相棒に笑いかけたのだった。










足湯は良い文明。風呂はもっと良い文明。

聖女(金)の悶々とした悩みも露知らず、次はしっかり風呂はいりてーなーとか思ってる。

刃傷沙汰秒読みだったイケメンとその周囲の女子を健全? な形のハーレムとして軟着陸させた実績あり。

尚、その為にパージした地雷に対する説得はフル起動した鎧ちゃんで背後に忍び寄り、「声立てたら〇す、動いたら〇す、魔力練っても〇す」と本気で脅して最初に"へし折る"処から始めるOHANASHI式だった。



子獅子


体験した足湯を意外と気に入った模様。

書斎に籠って読書や勉学に励む際には良いかもしれないと、お小遣いで湯を沸かす魔法具の類が買えないか考え中。健康にも良いと聞いて、病弱な叔父にも勧めてみたり。



イケメン


寧ろこっちの方が主人公なのでは? と思う位には条件の整ったイケメン。

正統派ハーレムラノベファンタジーの世界で生きてる転移者。

とはいえ、戦時中に犬のお節介がなければパーティー内の地雷による痴情のもつれで死亡するという悲しい結末を迎えていた人物でもある。

本人も薄っすらとだがその結末を予期していたのか、犬こと先輩に対しては結構な感謝と懐き具合。

でもそれはそれとして先輩にモテ男だのハーレム野郎だの言われるは凄まじく不本意。おまいう。



聖女(金)


めんどうくさい娘。

拗らせてるという自覚はあれど、治すのも難しい。

それもこれも相棒が悪い。でもやっぱり好き。情緒と機嫌の上昇下降が忙しない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりにたくさん犬が見れて満足。
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