道交わる各々 3
「良い勝負でしたね。個人的にはこういった場所での比武はあまり良い印象を受けなかったのですが……このような場での試し合いだからこそ生まれる交流もある、という事ですか」
縦ロールちゃんの手を借りて立ち上がる《風兎》選手を見ながら、ミラ婆ちゃんが満足気に頷いた。
実際、すげー良い試合だった。終わってからの穏やかな空気も含めて、お祭りに相応しいド派手で気持ちの良い勝負を見れたわ。
会場に居る多くの人達が俺と同じ考えなのか、両選手には惜しみない拍手が送られている。
試合を振り返って補足や見所を振り返っている実況解説の三人へと視線を送り、我が姉弟子は何処か感慨深い口調で呟く。
「ガンテスが解説役を問題無くこなしている、というのも、なんというか……愉快な光景ですね。となりにいる御婦人――サルビア殿の事も含めると尚更に」
それな。やっぱり婆ちゃんも最初に聞いたときは驚いた?
「えぇ、正直最初に猊下から話を聞かされた際には、相当に混乱しました」
ですよね! 俺なんて槍でも降ってくるんじゃないかと本気で心配して三十分くらい上空を警戒しちゃったよ。
お道化て言ってみせるとクインが吹き出し、一緒に観戦してるちびっ子達も何人かがキャッキャと笑い出す。
「あははっ、流石に槍は無いんじゃないかなぁ。グラッブス司祭くらいに高名な方なら、そういった話も一つや二つありそうなものだし」
「おそらからふってくるのはアメとユキなんだよ? アメはにじのざいりょーになるんだって」
左右から友人と幼女に笑いながら言われてしまう。
しゃーないでしょ! あのおっさんに春が来たとか青天の霹靂ってレベルじゃなかったんだよ! 俺はおかしくねぇ! 天変地異を警戒するのは真っ当な判断だった!(迫真
敢えて大真面目なツラを作って反論したら爆笑を頂いた。クインにもお子様共にも大うけである。
意外にもシスター・ブランにも刺さったらしく、口元を押さえて肩を震わせていた。何故かミラ婆ちゃんは目を逸らして明後日の方を見ていたが。
縦ロールちゃん達が退場して、試合で破損した武舞台の石畳が手早く交換される。
観客の立場からすると丁度良いブレイクタイムだ。闘技場内を廻ってる移動販売員の人に声を掛け、この場にいる全員分の飲み物を適当に注文する。
シスター二人が子供達の分まで奢られることに難色を示していたが、気にせんでえぇねん。ジュースを手に持ってた方がおちび連中の動きも大人しくなるからね、相手をするのも楽になるので半分は自分の為だ。
子供達も声を張り上げてはしゃいで応援していたから喉が乾いたのだろう。喜んで受け取った後、年長のペトラ少年が音頭を取って皆で揃って礼を言って来る。
うむ、小さい子も多いのに感心。シスター・ブランの教育が活きてるね。
皆で茶やら果実水やらで口を湿らせていると、程なくして舞台の応急修復が終わり、飴を口内で転がして喉を潤していたダハルさんが飴を噛み砕きながら実況の仕事を再開する。
『さーて、それじゃ次ね! 二戦目は帝国領南部からやって来た冒険者、ジャック=ドゥ選手と、北方で武具装飾に関する店を営むドワーフ、ダン=チャロープ選手だ! っていうかダン選手有名な宝飾職人なんですけど! あたしもこの人のアクセ何個か持ってるんですけど!』
なんでこんな大会出てるのー!? 手とか指に怪我とかマジやめて! と私情全開の実況と共に、降り注ぐ歓声を浴びて竜と獅子の彫像が其々に聳える入口から二人の男達が進み出て来る。
ジャックはありふれたブラウンの髪に青みがかった瞳の壮年の男性で、頬や額に傷痕の走る疵面――だがまぁ、これは冒険者や傭兵には珍しいもんでもない。というか俺もそうだし。
武装もこれまたよくある普通の長剣に革鎧といった感じで、特徴が無いのが特徴、といわんばかりに戦士のスタンダートを押さえた人物だった。
対するダンも、ドワーフと聞いて万人がイメージする姿だ。
年の頃はジャックより一回り上程度……と言っても、モッサリした髭面だからパッと見は老けて見えるし、なにより長命種だから実年齢はもっと上だろうけど。
小柄ではあるが、がっしりと骨太の骨格。肩には大ぶりな戦斧を担いでいる。
伸びた顎髭を撫でながらしげしげと相手選手を眺めたドワーフの御仁は、ややあって憤慨した様子でジャック選手へと人差し指を突き付ける。
「おう、アンタ。結構な腕前だっちゅーに、なんじゃいそのヘボの打った様な剣は。身の丈に合わん剣を振り回す未熟者もアカンが、その逆もまた同じじゃぞ! 腕利きなら自身の剣腕に相応しいだけの得物を持たんかい!」
「……なんでこれから試合する相手に、装備について駄目だしされてんだろうねぇ、俺は」
如何にもドワーフらしい発言に、苦笑いしながら自身の腰に佩いた長剣を撫でる剣士。
ちなみにダン選手の台詞は鎧ちゃん頼りの俺にクリティカルだったりする。ゲフッ、こころがいたーい(白目
まぁ、なにはともあれ……実況の『頼むから無事に終わってぇぇっ! 試合開始!』というやっぱり私情全開な叫びと共に、勝負は始まった。
「そいじゃぁ、いくぞい!」
「あいよ、よろしく」
気合一声、戦斧が振り上げられ、それに応えて長剣が構えられる。
重量のある鋼が打ち合う響きが闘技場に響き渡り、舞台上で火花が散った。
短躯であるドワーフだが、種族の特性として腕力に優れ、同時に器用でもあるという戦いに関しては分かり易い強みがある。
小柄だがそれに見合わぬ剛力は、リーチこそ他種族と比べて短いが攻撃の回転数や切り返しの速さという点では厄介だ。勿論、一発の重みは言うまでもない。
ダンの豪快な連撃を剣で弾くジャックは、刀身と腕に響く衝撃に顔を顰めていた。
「露骨に武器狙いとはね、容赦ないな」
「だから言ったじゃろう、相応の武器を持てとな!」
有効打を与えるのではなく武器破壊を狙っているらしいダン。
ジャックの武器も悪い品では無いが、見た処数打ち品らしい剣はドワーフの斧と剛力相手に打ち合うには少しばかり荷が重そうだ。
とはいえ、圧に押されず、距離をとって回避に専念するでもなく、舞台の中心から退く事無く打ち合うジャックも相当な技量だ。
派手に響く剣戟の音に、観客もボルテージを上げて沸き立つ。
『おぉっとぉ! これは良い勝負! リーチで劣るダン選手の猛攻に対し、敢えて間合いに踏み止まって負けじと打ち合うジャック選手! その分、剣にかかる負荷は大きそうだが何か考えがあるのかー!?』
『ドワーフは魔力の質が火と土に寄っているので、単純な魔力強化は他種族より苦手な筈なんですが……普通にお上手ですね。相手の方が技量的に上手のようですが、強化した身体能力で押し切る感じでしょうか?』
『ジャック選手もおそらくはそう見ているでしょうな! ダン選手の小細工を廃した闘法は、単純ですがその分、近距離では不得手となる要素が殆どありませぬ――ジャック選手は伏せ札を切るのか、それとも……っと、仔細を語るは選手への妨害行為になります故、ご容赦をば』
実況解説の三名がそれぞれに試合の展開を語る中、最後におっさんがちょっと気になる事を口にする。
続きを聞きたいと不満の声もそこかしこから上がるが、まぁこればっかりはしゃーない。
何が狙いか、どんな手札を伏せてあるのか。
あんまり具体的な事を実況の席で言っても、今戦っている当人達にとって公平性に欠ける話になるからね。
ジャックが何かを狙ってる、程度の事は俺にも分かるが……。
「おそらく、あの剣士は左利きですね――現在は逆手で戦っているという事になります」
ガンテス達と違い、あくまで観客の一人でしかないミラ婆ちゃんが、あっさりと俺達にネタばらしをする。
マジか、その割にはぎこちなさとかは特に見えないけど……。
「ある程度は両の手どちらでも扱えるのでしょう。腕の方は不自然が無い程度に剣を振れる様ですが……歩の取り方に微かに乱れがある」
武器を扱う手が変われば攻防の際に使う軸足や腰の捻りも変わりますからね、と何でもない事の様に言う姉弟子である。
それを聞いたクインが、横目で俺を見ながらちょいちょいと袖を引いて来た。
「利き腕が逆って……キミは分かったかい?」
俺が? わかる訳ねーだろ(真顔
本来の利き腕でどれだけ振れるのか知ってるなら比較も出来るだろうが、あの技量で実は逆の手で剣使ってますとか言われても気付く訳ねーわ。両利きって言われても普通に信じると思う。
ミラ婆ちゃんの隣に座るシスター・ブランにも目を向けてみるが、試合を見て興奮しているちびっ子達を宥めながらも、彼女もまた苦笑して首を横に振るのみである。
実際に相手どってるダンも気付いた様子は無いし、普通に一流以上の戦士でも気付かないくらいには、今の状態のジャックの剣技も優れている。
年の功、というよりこればっかりは経験・年季の差という奴かね。そこらのベテラン冒険者ですら小僧っ子扱いできそうな戦歴を積み重ねた二人だからこそ、あっさりと看破できたって事なんだろう。
「おそらくは、利き腕に関しては伏せたまま勝ち進むつもりでしょう。切るとすれば別の手札になる筈です」
実況解説という役柄上、下手なネタバレが出来ないガンテスと違ってズバズバと自身の読みを語る我が姉弟子。見透かされてるジャック選手は泣いて良い。
その読みが正解か否か、それほど待つ事も無く結果は訪れた。
「どりゃぁ!」
「うぉ……っと!」
舞台の中心から互いに一歩も引かずに続いて来た剣戟は、ダン選手の気合の籠った攻撃と共に均衡を崩す。
一段上の威力を持つ横殴りの一撃。その威力に押し退けられて後退しながらも、攻撃自体は弾いて見せたジャック選手だが、その技量に対して剣が着いて行かなかった。
折れこそしなかったが、段々と傷や欠けの増えて来た刀身に、はっきりと亀裂が走る。限界を超えたのか、遠目からでも剣が歪んだのが見えた。
大多数の人間が「決着だ」と思ったが……ここでジャックは大方の予想を裏切る行動にでる。
ボロボロになってひん曲がった剣を、躊躇なくダンに向かって投げつけたのだ。
これには面食らったドワーフの戦士だが、元より戦場では投剣術の類は普通に有り得る一手だ。瞬時に切り替えて握った戦斧で飛んで来る剣を叩き落とす。
その僅かな一瞬の間に、ジャックはスルリと相手の懐に踏み込んでいる。
先の《風兎》選手と比べれば眼で追うのは容易な速度――だが、投擲して縦回転で飛ぶ剣に身体の軸を重ねる様に半身となって進む歩は、速さを補って余りある巧さがあった。
向かい合ったダンからすれば、飛んで来た剣の影からいきなりジャックが現れた様に見えたんじゃなかろうか? 実際、その髭モジャの顔には隠せない驚愕が浮かんでいた。
それでも至近距離で斧は振れないと瞬時に判断して、武器を握る手とは逆の拳を叩きつけたのは流石の反応だ。
威力も速度も十分。とはいえ、第一試合の二人のような徒手の専門家では無い一撃は、その二人に匹敵する無手の体術によって容易く捌かれた。
ほぼ密着距離で、ジャックが受け流したドワーフの剛腕と襟首を掴み、竜巻の如く旋回する。
引っ張られる感触に咄嗟に踏ん張ろうとしたダンだったが、相手は廻ると同時にその軸足を足払いで刈った。
変則的な払い腰みたいな投げ技で、ドワーフの戦士の短躯は高速で半回転し、石畳へと叩きつけられる。ついでに実況席の方から『ギャアアアアアッ!? 秋の新作がぁぁ!?』という自分が地面に叩きつけられたかような悲鳴が上がった。
「カッ……!? ぬ、ぐぉ……!」
「――まだやるかい? 職人さん」
肺の空気をまとめて絞り出した様な苦鳴の呻きを上げるダンに、ジャックが笑いかける。
投げを打った際に掴んだ腕と襟首はそのままだ。相手の反応によってはそのまま絞めなり関節技になり移行するのだろう。
背を打った衝撃で呼吸がし辛いのか、荒い息をついた儘のダンが苦笑いの混じった声色で降参を告げた。
一見すると窮地からの鮮やかな逆転――その劇的な決着に観客席の反応も上々だ。先の試合に劣る事の無い拍手が武舞台へと降り注ぐ。
実際には詰め将棋の様な手順を踏んだ決着だ。ミラ婆ちゃんの言葉も加味すれば、ジャック選手は多くの手札を伏せたまま勝ち進んだ様に見える。
後の試合も見据えた実に戦上手な立ち回りやな。こういうタイプって強い弱い以前に相対すると怖いんだよなぁ……。
「おー、いちち……えぇい、参ったわい……確かに本職では無いが、大戦でもそれなりに場数はつんどったんだがのぅ」
「確かに良い腕だったが……流石に勝つのが目的じゃ無い相手に負けてやるわけには、ねぇ?」
ようやっと動けるようになったのか、なんとか身を起こして背中を擦りながらボヤく敗者を見下ろし、勝者が肩を竦めた。
その言葉を受け、ダンがバツが悪そうに伸ばした顎髭に指先を突っ込んで掻きまわす。
「そこまで読まれとったか……まぁ、えぇわい。一回戦負けしたのは悔しいが、お前さんと仕合って良い具合に閃きも得た。早速知り合いの工房にお邪魔して形にしてみようかのう!」
「そいつぁ良かった、仕事も出来ない位に怪我させたらあそこの実況のお嬢ちゃんがおっかない」
「うむ……あの投げまでの流れは見事じゃったし、それに敗れた身ではあるが……それはそれとしてあのヘボみたいな剣を握っとるのは感心できんぞ! 武器を選ばん使い手っちゅうんは確かにおるが、それでも普段腰に下げるもんくらいはもっとマシなもんにせんかい!」
「おぉっとぉ? ここで会話が最初に戻るのかよ、勘弁して欲しいね」
「言いたくもなるわい! 古馴染みに馬鹿みたいに腕が立つのに持っとる武器が全部数打ちじゃったアホウがおるんじゃが、お前さんもまさかそのクチか!?」
試合が終わったというのに何故かその場で説教を始める負けた側と、それを苦笑いして聞く勝った側という、なんとも可笑しな光景が広がる。
武舞台の補修と選手の治療を行うスタッフが「さっさと降りてくれねーかな……」みたいな眼を向けつつ舞台脇で待機しているのだが、ちょっとした寸劇みたいな会話に観客側はから箸休めみたいな感覚で軽い笑いが起きていた。
「なんならワシが打ってやろうか? ウチの氏族は細工物を得意にしとるが、武具の方もそこそこに手を付けていての。数打ちの鈍らよりは余程マシなモンが用意できるぞい」
「あー……そうしたいが金が無くてね。入賞出来たら考えておくさ」
そんな口約束を交わし、負けたのに意気揚々と退場したダンと、余力を残して勝った筈なのに妙に疲れた様子で舞台を後にしたジャックである。なんつーか、お疲れさんだ。
さて、同じ様に舞台の修復を挟み、次の試合だが――これは迫力、という点ではこれまでの試合で一番かもしれない。
轟音に近い剣戟が闘技場に響く。
本日初戦の縦ロールちゃんと獣人の若者の名勝負――それとはまた別ベクトルで、第三試合は見応えがあった。
かたや身の丈に迫る程の特大剣、かたやそれに劣らぬ巨大な鋼鎚。
超重量武器同士の豪快な戦いは、正面から打ち合わせれば鋼と大気が軋む轟音を、掠れば火花を上げながら甲高い音を、舞台上に鳴り響かせる。
先にも言った通り、迫力満点の試合に興奮した観客が好き好きに応援の歓声をあげる中、当人同士が攻防の最中、言葉を交わす。
「おう、やるな兄弟」
「うむ、楽しいな兄弟」
言葉通り、何処か楽し気な様子で武器を振るうのは、両者とも相当な長身と巨躯の男達だ。
武器も重量級なら鎧もまた重量級。魔族領産だと思われる、魔獣の素材と組み合わせた威圧感半端無い鎧に身を包んだ彼らは、どちらも先の《風兎》と同じ、獣人の戦士である。
傭兵ブライシオ&ボルド。
帝国領の小さな寒村出身の彼らは、クインと同じように魔族達の持つ通り名というものを持たないまま育ち、そのまま世に出て傭兵コンビとして名を馳せたという、変わり種と言って良い連中だ。
ちなみにどっちもイヌ科の獣人らしいが、血縁ではなく、あくまでコンビを組む義兄弟的な関係らしい。
まぁ、その辺は見れば一目瞭然ではある。《風兎》選手ほどじゃないにしても二人ともケモ度高めの獣人なのだが、ブライシオはハスキー系、ボルドはニューファン系だし。
『これは凄い迫力だーっ! 疾さと技巧を駆使したさっきの試合とは真逆の、剛力同士の激突! だが決して力だけではないのもポイント! 長年コンビを組んで来ただけあって互いの手の内は知り尽くしてるみたいだけど、互角の膠着を破るのはどちらになるのかーっ!?』
『この打ち合いは暫し続くやもしれませんな。どうやら御二方とも真剣に戦武を比するのは久方ぶりの御様子。最終的な勝利は欲しているでしょうが、今は友との戦いを楽しんでおられる様、見受けられます』
実況のシャマ嬢とガンテスが言う通り、良い勝負且つ選手同士が楽しんでる。ちょい長引くかもね。
一回戦後半に他種族の選手がやや固まってる感があるし、この二人に至っては一回戦からコンビ同士での激突……しかも勝ち抜いても次はシード枠のアイミヤ選手――シンヤ君との試合だ。
トーナメントの組み合わせに作為があるんじゃなかろうかと、クレームの一つくらい入れても仕方ない位には悪い当たりなんだが……本人達はケロリとしている。
「くじ運が悪いのいつもの事だからな」
「うむ、何時も通りだな」
多分、そんな事を言ってるのが目に浮かぶ、と評したのは俺の隣に座るクインだ。
「彼らは魔族領で仕事をしていた時期もあってね。今の装備なんかもその時期に手に入れたものだと聞いてるよ」
なんでも、クインが母と共に他の難民達と避難してくる際、魔族領からの依頼でその護衛を受け持ったのがあの二人らしい。
戦争が最大にまで激化する直前くらいの時期だ。シアを筆頭に教国が周辺国家からの魔族領の孤立を改善させようと本格的に動き始めたあたりなので、魔族への風当たりは多少マシになった、程度だった筈。
非戦闘員の魔族の護送を安心して任せられる人材、ということで同族の彼らは結構重宝されていたみたいだ。
「主も評価していてね、配下というのは彼らの気質的に無理があるけど、食客として招いた事もあったんだ」
ブライシオ達は《魔王》側の仕事も受けていたので、そっちからは普通にヘッドハンティングを受けていたらしい。
人材の取り合いになって女公爵と《魔王》の綱引きみたいなったのもあって、結局は二人とも両者の顔を立てて傭兵を続ける事になった様だ。
目を細めて語るクインは、懐かしさだけでなく多分に苦笑の成分を滲ませた笑顔である。
「形の上ではそうなってるけど……彼ら自身が『宮仕えは無理』って断言してたし、そういう意味では主の食客扱いの方が妥当だったとは思うけどね」
魔族ではあるが、普通に帝国領で育った二人に通り名は無い。
正式に魔族領に仕えることになれば、自分で名乗るなり上役から与えられるなりするだろうが……本人達が「普通に忘れて本名言ってしまう」と断言してたらしい。
そもそも既に傭兵としてそこそこ以上に売れているからね、本名の方が浸透しすぎてるから名を隠すための通り名の意味が無いやろ。
「ふむ。確かに彼らならば今まで通り本名を名乗りそうですね……」
「確かに。今更だ、と言って名乗らず、そのうち自分の通り名を忘れてしまいそうです」
顎に手を当てて頷いたのはミラ婆ちゃん、その言葉に同じく頷いて同意したのはシスター・ブランだ。
意外……って程のものでもないが、二人もあの傭兵コンビと知り合いだったらしい。
なんでも婆ちゃんは現役時代に、シスターは大戦終盤の戦地で其々に関わる事があったとか。まぁ、腕利き且つ職歴も長いってんなら同じ戦場で肩を並べる機会もありそうだし、そうおかしな話でもないか。
しかし、三人の話を聞いてると面白そうな奴らなのは充分に分かるが……こう、なんというか馬鹿っぽいというか、あんまり難しい事考えないで生きてるタイプみたいだな。
いや直接の交流が無いのに随分な言い様だと思うかもしれんが、根拠はクイン達の話だけじゃないのよ?
興奮して声を上げているチビっ子達を宥めつつ、暴風の如き大剣と巨鎚の激突と、それを引き起こしているブライシオとボルドを改めて眺める。
試合開始前、武舞台上で対峙した二人は、最初は妙な事を口にしていたのだ。
「打ち合わせは覚えてるか兄弟」
「勿論だとも兄弟。最初は強く当たって、あとは流れで、だな」
「あぁ、どっちが勝っても次の相手はシンヤだからな」
「うむ、シンヤは強いからな」
「消耗も抑えたいし、新技も隠しておきたい。兄弟の提案は妙案だった」
「案を出したのは俺なのに、シンヤと戦えないのは残念だ」
「ジャンケンに弱いのにジャンケンで決めようと言い出したのは兄弟だ。勝ちたいならクジ引きにすべきだった」
「……む、俺はジャンケン弱かったのか?」
「うむ、弱いぞ」
と、こんな感じだ。
二人がちょっと声を潜めていた上、降り注ぐ観客からの声援に紛れて聞き取り辛かったが、モロに犬顔の割には口元の動きは読唇である程度読める感じだったので、大体あってると思う。
どうやら、ある程度余力を残してブライシオが勝ち進む様に事前に打ち合わせていたらしい。
八百長、と言ってしまえばその通りなのだろうが、金を賭けてる訳でも無し。単に次の試合でぶつかる優勝候補のシンヤ君相手に、幾らかでも勝率をあげるための戦術だったのだろう。
……過去系で語ってるのは、眼前で繰り広げられる試合が、どう考えてもお互いに本気でやってるからである。
一際大振りの一撃が激突し、衝撃と共に舞台の石畳が割れ、或いはめくれ上がる。パワーファイター同士の攻防なだけあって、舞台の損壊具合も一番酷い。次の試合出来るのかねこれ。
それを機に、という訳でもないだろうが、傭兵コンビは嵐の様な剣戟を一旦止めて軽く距離を取り、武器を構え直した。
「喝采というのも偶には悪くないな」
「そうだな。この空気は戦場とは違う昂りを与えてくれる」
ブライシオもボルドもケモ度高いせいで表情、というものがいまいち判別しづらいのだが、それでもウキウキとした様子が伝わって来る。
「では、続きといこう兄弟」
「おう――処で、何か忘れてる気もするが思い出せん。なんだったか?」
「知らん。思い出せんという事は重要では無いのだろう」
「道理だな、流石は兄弟だ。問題は解決した。では戦ろう」
一個も解決してないと思うんですがそれは(断言
うん、これはアレだな。いざ戦い始めたら楽しくなって、二人揃って事前の打ち合わせについて脳から削除してるわ。やっぱこいつら洋犬というより柴犬っぽい(偏見
再び得物を振るって、鋼のぶつかり合う音と石畳が砕ける音をBGMに剛力チャンバラをおっぱじめる傭兵二人。
楽しそうに武器を振り、ついでに尻尾もバタバタと振り、非常にハイレベルな接近戦を繰り広げているってのに、何処となくフリスビーで遊んでる犬みたいなイメージが湧く。
シスター・ブランに抱きかかえられているオフィリなんて「すごくおっきいわんわん!」と興奮してはしゃいでいる。オフィリ君、俺と彼らを交互に見比べておめめをキラキラさせるのはやめ給え。俺は見た目も生物学的にも普通の人間やぞ。
さて、ここまでの攻防を見た処、力はボルドが少し上だが、速さはブライシオが一段上。
ただ、身に纏う鎧がどちらも重装ではあるものの、ボルドの方が更に分厚く、頑強そうな装備だ。受け方と受ける場所によってはブライシオの特大剣の一撃でも持ちこたえて見せるだろう。
ブライシオは速度で明確に上回るので小さな隙を突くのは容易だが、その程度では仕留めきれずに手痛い反撃を確定で喰らう。
一方のボルドは力で押し切ろうにも相棒の方もほぼ同等に近い剛力な上、速さで上を行かれているので大鎚をクリーンヒットさせるのが難しい。
ガコン、ズドンと鋼の軋む重低音を響かせながら、両者、打ち合いつつ機を伺っている状況だ。
いや、言葉にするのは簡単だけど二人とも普通にめっちゃつえーわ。あんなクソデカい武器振ってんのに、この距離から見てても偶に切っ先とか鎚の先端とかが目で追えない速度になるんやぞ(白目
単純な基礎能力の高さもそうだが、立ち回りや戦いの嗅覚とでもいうべき勘働き、そういった面も含めて長年戦ってきた者特有の凄味がある。
頭使って戦うタイプとは真逆の、本能と経験で身体を動かす系やな。この手のタイプで強い人達って、心理戦とか搦手も「知らん、ぶっ潰す」で切って捨てて言葉通りに小細工を叩き潰して来るから厄介なんだよ。味方だとそのまま厄介さが頼もしさにシフトするんだけど。
《風兎》選手の動きも大概速くてラン選手の完全上位互換だな、とか正直思ったんだが……この二人、マジでシンヤ君や副官ちゃんと良い勝負できるレベルでつおい。大会規定が殆ど仕事してねぇぞ、大丈夫かこの大会。
何十合目かの打ち合いを経て、二人が再度距離を取る。
どうやら久しぶりの相棒同士の戦いには満足したらしく、決着をつけるつもりみたいだ。
互いに全身を撓めるように身を低く、立幅を大きく取ると、ボルドは上体を捻りながら大鎚を石畳に着く程低く構え、ブライシオは剣を肩に担いだ体勢のまま柄を両手で握りしめる。
「頃合いだな、兄弟」
「うむ、久しぶりに本気で戦り合うのは楽しかったな、兄弟」
二人は構えたままうんうんと頷くと、アホっぽい柴犬みたいなとぼけた表情を引っ込めて獰猛に笑う。
捲れ上がった口元から牙が覗き、一変した雰囲気と共に空気がギシリと軋んだ。
『……わーぉ、こりゃ凄い。医療スタッフは飛び出せるように待機しといてー』
『次で幕ですな。どちらも剛撃の使い手故、激突の際は相当な衝撃が起こるでしょう。最前列の席の方は飲食の手は一度お止めになった方が宜しいかと』
『両選手とも凄い魔力の練りですね……まるで十人張り強弓を向け合ってる様な』
次の一手で繰り出される攻撃が、下手をしなくともどちらかが無事では済まないと判断したシャマ嬢が普段のノリを押さえて治療用の人員に指示を出しておく。
観客受けし易いド派手で豪快なチャンバラだったが、戦りあってる当人達がじゃれ合ってる大型犬の雰囲気そのまんまだったので、お祭り騒ぎに相応しく歓声と喝采飛ぶ試合だったのだが……切り替わった空気を察したのか、観客も武舞台で対峙する二人を固唾を呑んで見守る。
そのまま五秒経ち、十秒経ち……両者、飛び出すタイミングを伺って、ジリジリと摺り足で間合いを図り、空気が張り詰めてゆく。
単なるお見合い状態、というにはあまりにも重厚な戦意に満ち満ちた空間と化した舞台は、大部分の観客達とって注視を続ければ気力を削られるであろう戦場の空気を放っていた。
一応客席と武舞台は結界の類で隔てられてはいるのだが、物理的衝撃や攻性魔力での被害が出ないように強度優先だ。威圧や気当たりの類を遮断する効果はちと弱い。
実際、二人が構えた途端にシスターとミラ婆ちゃんが即行で薄っすらと聖気を用いた障壁を張って子供達をガードし始めたからね。
それを宜しくないと判断したのか、単に膠着状態を眺めているのに飽きたのか。
一戦目はガチ泣きしたり狼狽えたりと騒がしかったが、この試合は普通に楽しそうに観戦していた《魔王》が、膝に肘乗せて頬杖をついたまま、無造作に逆の空いた手を挙げて――指を鳴らした。
パチィン! と軽快な、指先の空気が弾ける音が静かになった闘技場に響き渡る。
――楔を打ち込まれた静寂に罅が入り、壊れた静けさを踏み砕く様に二人が同時に踏み込んだ。
全身のバネを使って撃ち込まれる斜め下から振り上げる大鎚を、身を低くした儘のブライシオが潜り抜けるようにして躱す。
だが、ボルドの攻撃はそれで終わらなかった。
振り上げた鎚の勢いに逆らわず、その重厚な巨体が跳び上がって宙を舞う。
本来なら良い的の筈だが、纏う鎧の分厚い防御と、両の手に確り握られ大上段に高々と振り上げられた鉄槌の威圧が、半端な対空攻撃など叩き潰さんとばかりに存在感を主張する。
「……ぬぉぉぉぉぉおおおっ!!」
咆哮と共に大鎚が振り下ろされた。
直撃すればそれこそガンテスであってもダメージを受けるであろう一撃を、ブライシオは背負う様に担いだ特大剣の腹で受け止める。
受けた瞬間、彼の足元が爆発したように陥没し、亀裂だらけになった石畳へと脛まで埋まった。
牙を剥き出し、奥歯が砕けんばかりに噛みしめられる音が、俺達の席にまで届き――。
そのまま圧し潰されて武舞台に叩きつけられるかと思いきや、ブライシオは強靭にも程がある足腰の強さで踏ん張って見せる。
「――ぐ、ルァァァァアアッ!!」
喉奥から捻りだした唸りは裂帛の気合に変わり、背負った剣とその腹に押し付けられた大鎚が擦れて火花を上げ。
低い体勢のまま、埋まった足を無理矢理に旋回させ、全身の力を使って特大剣が振り抜かれた。
『き、決まったぁーっ! 圧倒的な剛撃の応酬の末、ブライシオ選手が最後の一撃でボルド選手を場外に叩き飛ばしたぁっ!』
続く言葉で医療スタッフゥ! と叫ぶシャマ嬢に応じ、場外の地面へと砲弾の如く突き刺さったボルドへと慌てて何人かの聖職者達が駆け寄る。
一級のパワーファイター同士の戦いは、ブライシオの勝利となった。
――が、負けた方の容態が気になるのか、観客からの拍手と喝采はあれど、少々不安気な、ざわついた空気だ。
そんな中、平然と「問題無いでしょう」と口にしたのはミラ婆ちゃんである。
「直撃する際、手首を返して剣の腹で殴り飛ばしていました。勢いこそ強かったですが、おそらく負傷は軽微です――寧ろ、ブライシオの方が重症でしょう」
まぁ、そうだよね。あんだけの勢いで振り抜かれたらボルドの胴体は両断か、そうでなくともガッツリ刃が喰い込んで吹き飛ぶなんてことは無かっただろうし。
実際、ボルドは気絶していたようだが直ぐに意識を取り戻したようだ。地面から生えた下半身をバタつかせ、どうにか地中から胴体を脱出させようと悪戦苦闘している。
負けた側が元気一杯なのを確認した医療スタッフと観客から安堵の空気が漂い……剣を背に収め、足が埋まったまま仁王立ちで腕組みしているブライシオに、武舞台を補修する人員が近づいているのが見えた。
「お見事でした、ブライシオ選手――申し訳ないですが、舞台の損傷が激しいので直ぐに修復に掛かりたい。降りて頂けますか?」
「うむ、尤もだ。だが、難しいな」
訝し気な顔をするスタッフに向け、真面目くさった声色でブライシオは自身の足を指さした。
「何せ両方とも折れている。流石は兄弟だ、とんでもない一撃だった」
「アンタの方が重症ォ!? ちょっと治療班! こっち来て下さい!!」
半ば悲鳴の様な叫びをあげてボルドの側の聖職者を呼びつける修繕担当のスタッフ。
慌てて舞台にあがる治療担当と、相も変わらず腕組んで仁王立ちのままのブライシオ。
埋まったまま、土の中からのくぐもった声で「む、怪我か兄弟。今ゆくぞ」とか言いながら益々バタバタと暴れ出すボルド。いや、誰か掘り返したれよ。
なんやろこれ、今日の試合って終わったあとに寸劇やらなきゃいけないルールとか追加されてるん?
元気な獣人傭兵二人(片方は両足折れてるけど)を見てご満悦なオフィリが、シスター・ブランに抱きかかえられながら自身も腕の中の犬のぬいぐるみをしっかりと抱き直して。
「わんわんいっぱいたのしいな~、ちいさいわんわん、おっきいわんわん、すっごくおっきいわんわんふたりー♪」
即興で謎の歌を口ずさみだした幼女は、ぬいぐるみ、俺、わんわんコンビと順繰りに指さして楽しそうにセルフ拍手してる。
待ちたまえオフィリ君(二度目)
彼らはともかく、俺は完全にただの人間でホモサピエンスでしょ、何処に犬要素あるの、ないでしょ(迫真
最初に会った日から思ってたが、一体何処を見て俺はおっきいわんわん判定を頂いたのだろう、解せぬ。
二番に入ったらしい謎の歌を何とも言えない気分で聞いていると、隣のクインから笑いを堪える様な声が掛かる。
「……ぷ、く、フフッ……キミには悪いと思うけど……オフィリの眼は確かだと思うよ?」
えぇー……クインさんまでンな事いうのー……って、オイ! シスター・ブランにミラ婆ちゃんまで頷くんかい! 特にそこの姉弟子! アンタ今、顔背けてちょっと笑っただろ! 普段滅多に笑わない癖にこんな時にレア度高い事するの止めてくれない!? 心に刺さるんですけど!
「気のせいです」
一瞬で鉄面皮に戻った!? 怖っ!
武舞台上だけでなく、こっちでまで発生した寸劇染みた空気に、色々とツッコミを堪え切れない俺は白目を剥いて叫んだのだった。
『さぁーて、本日の最後の試合だよー! ぶっちゃけ舞台壊れすぎて後日にずれ込むと思ったけど、修繕班はよく頑張った! しょーじき特別手当だしてあげた方が良いと思うし!』
『大戦時にも人類種随一と謳われた帝国工兵の皆様の技術、やはりお見事ですな! 丹念に積み上げた熟練の技術というものは、どんな種であっても敬意を引き起こされると強く実感しましたぞ!』
『あんなに派手に壊れてたのにあっと言う間でしたね……工兵という概念自体、エルフには馴染みが薄いのですが、正直下手な魔法よりもよっぽど魔法に見えました……』
すっかり実況にも慣れた様子のギャル、筋肉、エルフのトリオが一時間と掛けずに半壊した武舞台を修復した修復班――帝国工兵部隊の匠の技について口々に感想を述べる。
実際、見ていて飽きない程度には凄い手際良い仕事っぷりだった。こういった裏方に近い兵種の練度もバチクソに高いのは流石の帝国って感じだわ。
さて、次の試合だが……全選手の一回戦が終了し、次からは二回戦である。
こっからはシード権のある選手、即ち副官ちゃんやシンヤ君も出て来るので見応えは更に上がる事だろう。
シャマ嬢が拡声の魔道具を掴み、縦ロールちゃんの試合のときに匹敵するテンションの高さで叫ぶ。
『じゃー本日最後の試合、第二回戦の初戦の始まりぃーっ! 竜の方角からは堅実な戦いと自力の高さで順調に勝ち上がったブラウィン=リヴハム選手!』
観客も手に汗握る試合を見続けて、いい加減気疲れしそうなもんだが……お祭りによって底上げされたテンションはそんなモンで鎮火しねぇぜ! と言わんばかりにでっかい歓声があがり、魔装の鎧に身を包んだ戦士――ブラウィンが選手入場口より進み出て来る。
本選に残り、ここまで勝ち上がったブラウィンは紛れも無く一流の冒険者であり、戦士だ。
実際、一回戦では後輩のヘザー相手に貫禄を見せつける形で危なげなく勝利している。
そんな腕利きの彼であるが……一回戦のときと比べ、その表情は緊張でやや強張っていた。
まぁ、それも仕方と言えばその通りだ、なにせ――。
『続いて獅子の方角、いよいよ出番がやって来た! 刮目せよ皆のしゅー! 竜より鬼より怖いマイ上司、帝国最優の刃、その一振り! アンナ=エンハウンスの入場だーっ!』
相手が相手だからなぁ……そら緊張の一つや二つするでしょ。
ブラウィンには気の毒な事だが、彼の入場時を遥かに上回る瀑布の如き歓声があがり、見慣れた銀髪サイドテールの騎士服姿が反対の入場口から現れる。
「来ましたね。さて、聖殿での鍛錬の成果を見せてもらいましょう」
武舞台へと進み出る副官ちゃんを見て何処となく楽しそうな感じで呟くと、ミラ婆ちゃんは眼鏡の位置を指先でくいっと直した。
なんだかんだ言って副官ちゃんの事気に入ってるよね。説教が頻繁なのも、そんだけ普段からよく見てるって事だろうし。
クインもこの間、副官ちゃんとは見知った仲になったばかりだ。声を上げて応援している。
俺も応援しとくか。お手製でメガホンでも拵えて来れば良かったかね?
友人や姉弟子と並んでのんびりと声援を上げていると、向かい合った二名が静かに構えるのが見て取れた。
「あんたが戦ってる処は何度か見た事がある。あのときはこうやって自分が相対する機会があるとは思ってもみなかったよ――折角の機会だ、全力で挑ませてもらう」
「ん、そうね。よろしく」
選手二人のやり取りを耳に拾って、俺は感じた違和感に眉をひそめた。
んん? なんというか、お仕事モードだとしてもちょっと副官ちゃんが大人しいな。
素っ気ないというか、少しばかり気が逸れてる様な……。
この席からだと、やや距離があるので表情をじっくり見て取れるって訳でも無いのだが……何かあったのかね? いや、単に仕事がクソ程忙しくて気疲れしてるとか身も蓋も無い理由の可能性も高そうだけど。
「……気が散っていますね」
隣の姉弟子から、そんな台詞がポツリと漏れた。
ミラ婆ちゃんまでそう言うって事は、やっぱ俺の気のせいじゃないか。どうしたのやら。
なんにせよ、これから試合開始ってときに良い状態では無い。副官ちゃんの方がブラウィンより格上ではあるが、油断したり集中できてない相手から一気に勝利をもぎ取る為の手札くらい、この大会の出場者なら皆持ってる筈だ。
試合が始まってもそのままだってんなら、大番狂わせの類が起こらんとも限らんな……そうはなって欲しくないが……。
『……何はともあれ、しっかり集中して見とけよー皆! 二回戦第一試合、開始ぃっ!』
彼女の部下であるシャマ嬢も、ちょっと訝しそうだ。
だが、ここまで来て変に先延ばしにする訳にも行かないのか、そのまま試合開始の合図を叫んで――。
次の瞬間、副官ちゃんの足元――無傷のものに交換されたばかりの石畳が砕けて吹き飛んだ。
姿がブレたと思った途端、映画のコマ落とし見たいに既にブラウィン選手の懐……密着距離に飛び込んでいる。
助走も無し、魔力強化の為の時間も一瞬以下のノータイム。
それでいて《風兎》選手の全力跳躍以上の速度の踏み込みだ。そのまま容赦なくぶち込まれた膝蹴りに反応して見せたのは、ブラウィンが一流の前衛である証である。
構えた剣では間に合わないと判断したか、腰に下げた鞘を空いた手で掴んで引き上げ、蹴りと自身の腹の間に差し込む。
砕ける鞘、威力を殺し切れずに衝撃で浮かぶブラウィンの体躯。
いつの間にか右手に握っていたショートソードの柄を口に咥えていた副官ちゃんは、無手となった右腕で空中の彼の胴に向け、掌底を叩き込んだ。
宙に打ち上げられて身動きの取れない状態で、それでも追撃の掌底を腕でブロックしたブラウィンは本当に優秀だと思う。
だが、踏ん張りの利かない状態で喰らった一撃は、容易く彼の身体を叩き飛ばし――そのまま無情にも場外へと落下した。
得物である二刀すらまともに振らず、試合開始から十秒も経って無い、文字通りの鮮やか過ぎる秒殺劇である。
呆然、唖然。
見ていた多くの観客達も、俺の隣のクインも、解説のシャマ嬢とサルビアも、なんなら場外負けになったブラウィン自身すら呆気に取られた様子で沈黙しとる。
一方でガンテスやミラ婆ちゃん、来賓席に座ったウチの聖女や魔族領の面々は別段驚く事も無く「ほう」とか「おー、流石」とか軽い調子で感心してた。これだから人外級はおかしい奴しかいねぇとか言われるねん(白目
『は、速えぇぇっ!? なんとも鮮やか過ぎる決着ゥ! 流石副長、容赦無い怒涛の体術で熟練の冒険者を見事打ち破ったぁー!?』
我に返った天然パツキンギャルなお嬢さんの言葉に、遅れて大歓声が爆発する。
特に帝国臣民のテンションの上がり方は他国の観光客のそれと比べて一段上だ。どうも優勝候補である自国の英雄の一人、その桁違いっぷりをまざまざと見せつけられて歓びと興奮が半端無い事になった模様。
『今大会でも最速の決着となりましたが、アンナ殿の武力は言うに及ばず、ブラウィン選手の反応や守りも素晴らしいものでしたな。負けはしましたが彼も殆ど無傷と言って良い。実戦ならばまだまだ戦いは続いていたと思われますぞ』
おっさんの補足説明は確かにその通りだ。
場外負けのあるルール上、秒殺された形になったブラウィンだが、鞘を壊された以外は目立ったダメージは無い。
追撃を喰らった時も受ける負傷を減らす為に素直に吹っ飛んだ感じがしたしね。実戦経験豊富且つ、あくまで試合だからこそ起こる敗北パターンってやつだ。
事実、あっさりと起き上がって自分の足で武舞台に上がり直したブラウィンは、自嘲がない交ぜになった苦笑いを浮かべて副官ちゃんと握手を交わしていた。
「完敗だ。まさかこうもあっさり負けるとは思ってなかった」
「あー……なんか、ちょっと申し訳ないわね」
「気遣われて手加減されるよりずっとマシさ。咄嗟の判断で場外負けに関して度外視したのはこっちのミスだしな」
バツが悪そうな副官ちゃんに向け、肩を竦めてみせるブラウィン。
あまりにも短い、だが衝撃的な本日最後の試合を終え、興奮と熱気、歓声に満ちた冷めやらぬ空気の中、俺は立ち上がる。
「凄い試合ばかりだったね、単なる催しとしても、同じ戦う者としても見応えたっぷりだ……って、どうしたんだい?」
周囲の空気に中てられてか、白い肌をやや上気させているクインが不思議そうにこっちを見上げた。
うむ、ちょーっとヤボ用が出来たので席を外します。時間は掛からないから直ぐに戻って来るとは思う。
先に帰っちゃっても良いし、時間があるならシア達と合流してこのあと飯でも食いに行こうず。
分かった、じゃぁ待ってるよ。と、微笑む友人に頷き返し、試合中も俺に纏わりついていたお子様達をシスター・ブランとミラ婆ちゃんに受け渡すと、二人に軽く一礼してその場を離れる。
「貴方らしいといえばその通りですが……半分でも良いので、日常生活においてもその細やかさを発揮なさい」
背に向けて、俺が何しに行くかなんてお見通しらしい姉弟子殿の御言葉が掛かった。
いつぞやの様に、その口調には幾らかの呆れが籠っている。それじゃまるで普段の俺が鈍いみたいじゃないですかヤダー。
ゲッセーヌ・ナンディヤネンを脳内に降臨させつつ、そそくさとその場を後にする。
向かったのは、獅子の方角と呼ばれる選手入場口だ。
関係者以外は立ち入り禁止の区域ではあるんだが、俺は入場時間の警備を手伝っているので、外注警備員みたいな扱いで問題無く通れるのよ。受けてて良かった帝国の依頼。
選手が控えている部屋から、闘技場の中心である武舞台に繋がる選手入場口まで伸びる石造りの通路、そこを歩いていると、向こうからお目当ての人物――試合を終えた副官ちゃんがやって来る。
オッスオッス、お疲れ。いやー圧勝でしたねアンナさん!
「……なーんでこんな処に来て出待ちしてんのよ、アンタは」
半眼になってビシっとツッコミを入れて来る彼女に、俺はいや、大したこっちゃなんですけどね、と返して。
なんつーか、随分と《《らしくない》》立ち回りだったからさ、ちょーっと気になったと言うか心配になったというか……。
自分で言ってて余計なお世話感が半端無いので、少しばかり決まりが悪い心地で後頭部を掻く俺を見て、副官ちゃんはキョトンとした表情になった。
いやだって、実際そうじゃん?
なんだかんだいって《刃衆》の№2なんて立場やってるだけあって、副官ちゃんは公式の場とか肩書を前に出さなきゃいけない状況だと、結構空気読んだ行動を取る娘だ。
お国から推薦受けて出場してる闘技大会なんて、その最たるものと言って良い。
舐めプや接待試合なんてものは間違ってもやらないだろうが、自国の祭りで開かれる催し物がある程度盛り上がる様な試合を、位のことは普段の彼女なら意識してる筈なのだ。
だってのに、先の試合は自分にも相手選手にも見せ場がロクに無い、ルール上最も効率の良い問答無用の場外ぶっ飛ばしアタックで終了である。
偶々観客ウケが良かったものの、副官ちゃんにしてはなんだか雑な立ち回りだった。
なんか集中し切れてなかったみたいだし、何かあったのかなー、なんて愚考した次第でして、ハイ。
いや、繰り返すけど余計なお世話なのは分かってるんですよ。
俺も協賛してる教国からの人員とはいえ、今回は帝国主導のお祭りだし、精鋭部隊の副隊長なんてやってりゃ他国の人間に話せないトラブルの情報なんかも入って来るだろう。
でもこう、あるやん? 友達がちょっと深刻そうな顔してたら、話聞きたくなるやん?
長々と、半分言い訳みたいな主張をする俺を見て、彼女はキョトンとしていたお顔を再び半眼に戻し、深々と――それはもう深々と溜息をついた。
「だからさぁ……そーいうのはレティシアとか隊長にしてあげなさいっての。ホンッとこの駄犬は……」
何故かいきなりの駄犬扱いである。ゲッセーヌ・ナンディヤネン(二世
顔を掌で覆って横に逸らした副官ちゃんは、そのまま眼を閉じて――ややあって気分を切り替えた様に鼻を鳴らした。
「ハァ……何でも無い、って言うのは流石に無理があるけど……お察しの通り、出来るだけ帝国の人員で解決すべき話よ、アンタにこの場で話すこっちゃないわ」
む、やっぱりそんな感じか。なら根掘り葉掘りって訳にもいかんな……心配ではあるが、ここは副官ちゃんや彼女の部隊の連中を信用して引き下がるべきだろう。
「うん、そうしなさい――でも、まぁ……ありがと」
いらんお節介を焼こうとしてそれも出来なかったので、こっちこそ礼を言われるようなこっちゃ無いんだが。
副官ちゃんは俺の真ん前までやってくると、軽く握った拳を此方の胸元にポンと押し当て、何時も通りの笑顔を浮かべたのだった。
おっきいわんわん
脳内で語っていた傭兵コンビに関する評価は大体ブーメランになる男。
ブライシオ&ボルド
わんわん傭兵コンビ。
何気に活動年数は長く、実力も確か。魔族領に士官すればどっかのメス堕ちTSエルフの旦那と同じく《災禍》の副官に着けるくらいには腕が立つ。
二人揃ってアホの子だが、イヌ科の嗅覚的なもので人の悪意や嘘には敏感。なのでいい様に使い捨てようとか思って近づくと普通にぶっ飛ばされる。
自分達より遥かに新参なのに、圧倒的な功績を叩きだして伝説的な扱いになった犬繋がりなとある傭兵を「我らのレジェンド」と呼んでリスペクト。
万が一遭遇しようものなら、常識気取りのボケ担当と真性ボケ担当とマジボケ担当しかいないツッコミ不在の魔空間が生成されるのは確定的に明らか。
副官ちゃん
前評判以上の優勝候補としての実力を見せつける。
周囲に人目が全く無い状況だと、友人とちょっといい空気になる事に定評のある娘。