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不穏の影・其々の邂逅




 帝都王城――皇帝の執務室にて。


「やられたな」


 届いた報告書を机の上に放り投げ、部屋の主であるスヴェリア=ヴィアード=アーセナルは苦虫を噛み潰したが如き表情で腕を組んだ。

 部下より届けられた報告書を手ずから己の君主に渡した赤髪の偉丈夫――レーヴェ将軍が同じく苦々しい様子で頷く。


「件の男爵、やはり行方が知れぬ儘のようです……念の為、現場での捜索は行っておりますが」

「一応は続けろ。が、人手は減らせ。見つかったとしてもどうせ生きてはおらん」


 ケントゥリオ侯爵家の長男であるノエルに、改竄した情報を渡す事で彼の行動を操作しようとしていたと思わしき、貴族の男。

 外遊先に出掛けているという事だったが、《大豊穣祭》に間に合う日程で帝都に戻る筈であった件の男爵は、帰路において行方不明となっていた。

 乗り込んだ馬車は凄惨な破壊痕が刻まれており、一見して野の魔獣に襲われたかの様にも見えるが……定期的に兵が巡回を行い、危険な魔獣や野盗の類は間引かれている整備された街道で起こる事故にしては不自然に過ぎる。

 タイミング的にも、何某かの作為が存在すると判断するのは当然だろう。

 男爵が何者かによって消されたのは間違いない……問題は。


「木っ端とはいえ、こうもあっさりと切り捨てる、か」


 曲がりなりにも帝国貴族。立場や縁、派閥と言った面から切り捨てるのではなく、物理的に消す、という時点で相当な面倒が発生する筈だ。

 それを苦にもしない程度には強い影響力――武・財・権の何れかを有しているのか。

 或いは無理矢理に消してでも男爵の口を塞ぎたかったのか。

 事前の人物調査では典型的な小物、といった風情の男だ。侯爵家の嫡男に接触して良い様に転がそう、等という胆力があるとは思えない。

 それだけに、ソレを指示していたと思われる背後の人物がいる、と推測がされるのだが……此処まで直接的かつ短絡的に情報源を消しにかかってくるのは予想外だった。


「外遊先があの三枚舌の領地の一つである街、というのも出来過ぎだな」

「露骨な程にあやつに疑いの目が向く流れですからな……どういう方法にせよ、魔獣が襲った様に見せかけた工作だというのなら痕跡が残る筈です。現在はそちらを中心に調査を進めさせております」


 あの三枚舌伯爵……シュランタンが行う工作にしては杜撰が過ぎる。

 状況的にも己が真っ先に疑われるだろうに、このような安易な殺しを行う様な男であれば、スヴェリアとて厄介な政敵、と認識する筈も無かった。


「そもそもシュランタンは余程有害でも無い限り、無闇に人的資源を削る事を嫌う――其処だけはまぁ、奴の数少ない美点と言っても良いだろうよ」

「……賢には賢の、愚には愚の使い道がある、でしたかな。それも結局は己が儲ける為の理屈なのでしょうが……此度の男爵の件があの蛇めのやり口とは違う、とは吾輩も感じておる処です」


 レーヴェにとっては相性という面でとことんまで合わない男ではあるが、それだけに普段と異なる行動を取れば違和感には気付くもの。

 今回の一連の出来事に関しては君主であるスヴェリア、実弟のティグルの両名から"伯爵は疑わしいが下手人では無いかもしれない"と言われていたが……ここに来てレーヴェ自身もそれを強く感じる事となっている。

 入り婿の男爵とはいえ、爵位持ちから死人が出たという時点で面倒な話になるのは確定したようなものだ。

 入念に準備を進めていた祭りがようやっと始まったばかりだというのに、厄介な問題が浮上した事にスヴェリアは頭痛を堪える様に額を押さえ、しかめっ面で唸り声を上げる。


「表向きには事故と見えるのと、現時点では国内の派閥争いの域を出ない話なだけマシか……各国から賓客を迎えているというのに、そちらに飛び火しては堪ったものではないからな」


 実際の処、このゴタゴタの初手は教国の聖女とその守護者に特大の火の粉を浴びせる処だったのだから笑えない。

 これ以上のトラブルはスヴェリアとしても御免だ。可能なら速やかに片付けたい話ではあるが……下手人の尻尾を掴めていない現状、それが困難であるのも事実だった。


「とにかく、だ。《大豊穣祭》の間に片付けるのは無理でも、問題が悪化して祭りに影響が出るのは避けねばならん。一度、トニーの奴を今の案件から引かせて此方に当たらせるか」

「では、一時的に引き継ぎの処理を行います。弟ならば人員の選出も速やかに終わるでしょう」


 今回の問題に関する対応――何度目かになるソレを端的なやり取りで決めると、皇帝とその右腕である将軍は、他にも大量に積み重なった互いの職務を全うすべく、速やかに動き出した。










「いいですか? こういった土地勘の無い場所では、迂闊に動いてはいけないのです。リリィはそれを身をもって体感しました」

「ふーん……おねーちゃんもまいごなの?」

「迷子ではありません。だた、ちょっと道が分からなくなっただけです。おねえちゃんは迷ったりしないのです」


 多くの人々が待ちに待った《大豊穣祭》が開催され、観光客や地元の者で溢れ返った街中。

 その喧噪から少し離れた場所にある、やや奥まった路地裏の一つ。

 二人の少女が路地に積まれた木箱に並んで腰掛け、細い棒の先端についた飴を舐めていた。


 一人はピンクブロンドの髪を結い上げた、幼いエルフの少女。

 しっかりとした旅装に大きな肩掛け鞄を下げた彼女は、鞄から取り出し、自身と隣の少女に渡した飴……所謂ペロペロキャンディーと言われる大ぶりの品を攻略している。

 もう一人は、少しばかりくたびれた犬のぬいぐるみを抱えた少女――年の頃からして幼女といってもよいであろう小さな子供だ。

 髪をリボンでまとめ、少々着慣れない様子の余所行きの服に身を包んだその恰好は、精一杯のおめかしをして帝都にやってきた観光客である事が伺えた。


「む、葡萄味ですか」

「おふぃーのはれもんー」


 会話からしてちびっ子二人が迷子である事は明白なのだが、保護者とはぐれた子供の不安や悲壮感、といったものは特に感じさせず、のんびりと飴を味わっている。


「はぐれちゃだめだよってシスターが言ってたのに、おふぃーはまいごになっちゃったの。ぺとらはおこりんぼだからぜったいおこる」

「……何度もはぐれる様ならお尻ペンペンして良いと、連絡をとった義母(かか)様が《狂槍》様に告げていました。なのでリリィは迷子になる訳にはいかないのです」

「……? おねえちゃんもまいごでしょ?」

「迷子ではありません。ちょっと不覚をとっただけです」


 コテン、と首を倒して不思議そうに下から覗き込んでくる幼女から目を逸らしたエルフの少女がキャンディーに歯を立て、その固さに少しだけ眉をひそめた。


「硬いですね……舐める分には良いですが、小さくなってきたら噛む派のリリィには少々合いません」

「歯がとれちゃうから、アメはかんだらダメなんだよ?」


 風味からして蜂蜜などではなく、果汁と砂糖を贅沢に使った品だ。大きさも加味すればお菓子としては中々良いお値段がしそうではあるが、少女――リリィとしては故郷の大森林で帝国の騎士様からもらっていた蜂蜜飴の方が好みであった。

 ちなみにこのキャンディー、元は一緒に帝国にやってきた大人達の一人……その一番でも一番偉い人物から「姫! 献上品です! 出来れば食する際はワタクシめの目の前でペロペロしてください!」というセリフと共に渡された品である。

 お願いを無視してしまった形だが、迷子になって泣きそうになっていたちいさな女の子とわけっこしたと言えば、怒ったりがっかりするどころか喜ぶであろうことはリリィにも何となく予想がついた。なので問題無し。


「とにかく。待っていればリリィを引率してくれている方が迎えに来てくれます。その方達にお願いして、オフィリの保護者の方々を探すとしましょう」

「はぁーい」


 年長(おねえちゃん)ムーヴが出来る事が新鮮なのか、ちょっとドヤ顔で提案するリリィの言葉に、幼女(オフィリ)も素直に返事をして、再び二人でキャンディーに集中する。

 一人で泣きそうになっていたオフィリを見つけ、宥めながら一緒お菓子を食べる時間は、将来はパーフェクトおねえちゃんを目指すエルフの少女としてはご満悦のひとときなのだが……その実、彼女も絶賛迷ってる最中である。本人がどう否定しようが迷子である。

 迎えにきた保護者に叱られる事はほぼ確実だろう。現実は非情なのであった。


 それから幾ばくも時が経たない内、リリィがまだまだ残るキャンディーから顔を上げる。


「むむっ……オフィリ、こちらに来てください」

「んー? どうしたのおねーちゃん?」

「誰か来ます。複数人で、かなり荒っぽい足音です……入り組んだ路地裏ですし、悪い人達かもしれません」


 弓の名手が多い事からも解かる事だが、五感の内、特に視力と聴力が優れたエルフ故か。

 リリィは、路地の奥の方から慌ただしい無数の足音が自分達の居る場所へと近づいているのを感知し、オフィリを抱えて木箱の上から下ろす。

 万が一に備えてさり気なく魔力を練りつつ、自身より小さな女の子を護らんとフンス、と鼻息も荒く気合を入れると。


 慌ただしい足音がオフィリにも分る程にドタドタと路地裏に響き――そこから十秒もしない内に幼女を背に庇うエルフの少女の前に飛び出して来たのは、外見上の年齢はリリィと大差ない、薄汚れた身形の勝気そうな少年であった。

 つんのめり、転がる様に走り出てきた彼は、目の前で身構えている二人の少女を見て目を丸くする。


「――ッ!? なんでこんなトコにエルッ……いや、それはいい! お前ら、後で訳は話すから付いてこい! 観光客か他所のグループの奴かは知らないけど、ここにいたらダメだ!」


 慌てているというより、焦燥に駆られている様子で少年がリリィの腕を掴んだ。

 少々荒っぽいが、その眼には少女達を案じる色がある。なんとなくそれを察した二人は、はて、どういう事かと顔を見合わせて首を傾げた。


「出来れば事情を説明して頂けると助かるのですが……あ、リリィはリリィ=エルダと申します」

「自己紹介なんてしてる場合じゃないんだよ!? と、とにかく来いって! もう追いついて……!」


 少年が律儀にツッコミを入れると同時、リリィが耳に拾った荒っぽい足音――その本命が少年の背後から現れた。


「ようやく追いついたぜガキィ! ったく、ちょこまかと逃げ回りやがって! こっちはノルマが押してんだよ!」

「無駄口はいい、さっさと連れて行くぞ――っと……お仲間のガキか……追加が入るとは運が良いな」

「おい、こいつエルフだぞ! 確か他種族のガキにはハーフでもボーナスが出るって話だったよな? こいつはツイてるぜ」


 路地に放置された木箱やゴミの類を蹴り飛ばしながら足音荒く雪崩れ込んで来たのは、数人の男達だ。

 服装といい、顔つきや立ち振る舞いといい、有り体に言ってゴロツキ、といった体の連中である。

 男達は追っていたらしき少年と――更には彼が庇う様に後ろ手を翳したリリィ達を見て、喜悦に顔を歪める。


「クソ、しつこいんだよ! 近寄るんじゃねぇよクズ共!」


 手近な棒きれを拾い上げて突き付ける少年に対し、嘲る様に品の無い笑いを浮かべた男達は好き勝手に語りだす。


「口の悪いガキだな……暴れられても面倒だ、引き渡す前に軽く躾けとくか」

「路地裏に住んでる親無しなんてこんなモンだろ。せめて俺達が有効活用してやらねぇとな」

「エルフのガキは傷付けるなよ? 無傷の方が査定が上がるかもしれん」

「だな。じゃ、早速……」


 最後に頷いたゴロツキが、健気に少女二人を庇って棒切れを構える少年の腹を無造作に蹴り上げようとして――。

 唸りを上げて飛来したキャンディーが眉間に直撃し、「ブゲァ!?」と短い悲鳴を上げて男は仰向けにブッ倒れた。


「すとらーいく、です。やっぱり硬いですね、投擲具としては有効でした」

「わぁー……すごいすごい! おねーちゃんかっこいい!」


 特段表情を崩すことなく、グッとガッツポーズをしてのけたのはエルフの少女である。

 魔力強化を用いた大人顔負けの投擲を見せた彼女は、「(あに)さま直伝、さいどすろー投法です。いぇーぃ」とドヤ顔で背後を振り返り、幼女に向かってピースして見せた。

 無邪気に拍手するオフィリとフンス、と鼻息を洩らして自慢げに胸を張るリリィ。それと呻き声を上げて額を押さえる倒れたままの男を見比べ、他のゴロツキと少年は唖然とした顔を晒して硬直する。


 奇妙に弛緩した空気が流れる路地裏で、いち早く我に返ったのは少年だ。


 手にした棒切れを放り捨てると、右手でリリィの腕を引っ掴み、左手でオフィリを抱え上げて一目散に表通りの方向へと走り出した。

 数秒おいて、慌てて追跡を始めたゴロツキ達の怒号を背に、少年は表通りまで息が続けばよい、とばかりに全力で足を動かす。


「急げ! 通りに出ちまえば連中もおおっぴらに攫うなんて真似は出来ない!」

「成程、これが(あに)さまの言う"三十六けーにげるにしかず"というものですね」

「知らねぇよ!? さっきから誰なんだよそのアニサマってやつは!」

「わーっ、はやーい!」

「このチビもチビで余裕だな!?」


 僅かな体力や息も惜しいだろうに、ツッコミを押さえきれないのは彼の性格だろうか?

 とはいえ、必死の逃走が功を奏してか、はたまた男達の言う様に路地裏に住む孤児であるが故に、ここらの地理を知悉している為か。

 狭く、大人にとっては走り難い――そしてなるべく距離の短いルートの路地を選んで走り続ける少年の目に、祭りでごった返した表の通りが、立ち並ぶ建物の隙間同士から見えて来た。


「よしっ、もう一息でっ――!」


 焦燥で強張った顔を明るくし、最後のラストスパートとばかりに走る速度を上げる。

 だが、好事魔多しと言うべきか。

 加速した瞬間に横手の曲がり角から飛び出て来た人影――革鎧を着た男にぶつかりそうになり、少年は慌てて急制動を掛けた。


「ちょっ、うわぁっ!?」

「うぉ――っとっと!?」


 あわや激突、といった処で男――青年の方が反応し、少年と少女二人は彼の懐に飛び込む形でキャッチされた。


「くそっ、放せよ!」

「おいおい、なんだか知らんが暴れるなよ」


 あと少しだったのに、と歯噛みしながら必死に男を振りほどこうとする少年に、青年の方は困惑した様子で振り回される腕を押さえ込む。

 ゴロツキというより冒険者らしきその男は、この辺りでは見た事の無い顔だ。

 少年からすれば、わざわざこんな路地裏をうろついている見覚えの無い荒事慣れしてそうな大人など、自分達を追って来ている連中の仲間か、同類だと判断しても無理からぬ事であった。


「おい、お前らだけでも走れ! 通りまでもう直ぐだ! 行け!」


 必死になって抑えられた腕を振りほどこうと藻掻く少年だったが、男の背後から聞こえて来た声に動きを止めた。


「ちょっと、何があったのよアザル……って、もしかしてカイル? ウチのリーダーと取っ組み合って何やってんの?」

「イルルァねーちゃん!?」


 互いの顔を凝視した後、指を差し合って名を呼び合う二人――少年と、弓を背負った斥候職(スカウト)らしき女性に、アザルと呼ばれた青年が首を傾げた。


「知り合いか?」

「……あたしの古巣――孤児のグループに居た当時、一番年下だった悪ガキよ。こんな表通りに近い場所でどうしたの? オルカンは? いつもセットで行動してるでしょアンタ達」


 懐かしそうに、だが訝し気に問いかけるイルルァに、カイルと呼ばれた少年が何かを応える前に、後続のゴロツキ連中が追い付いて来た。


「このガキ共、舐めた真似しやがって……! 痛い目にっ……!」

「なんだ、アンタらは」


 額、というか眉間が腫れあがって赤い瘤の出来ている男が、ナイフを片手に目を血走らせて場に飛び込んできて……武装した冒険者――アザルを見て慌てて立ち止まり、背に刃物を隠した。

 男達の身形や雰囲気から、少し前に北方で相手にした悪徳貴族の私兵連中と同じものを感じ取ったアザルとイルルァが、警戒感も露わに少年少女の前に出る。


「こんな子供を相手に穏やかじゃないな。刃物まで出して何をするつもりだった?」

「……おいおい、そいつは誤解ってモンだぜ、若いの」


 五、六人程の明らかに真っ当な類の人種では無い男共は、薄ら笑いを浮かべてアザル達の背後の子供達に向け、手招きする。


「俺達は西区にある商会の従業員さ。こいつらは店の丁稚でね、店の金を持ち逃げするなんていう()()()が過ぎる真似をしたんで、俺達が連れ戻しにきたって訳よ」

「嘘ね。ホラを吹くにしても、もっとマシなものにしなさいよ」


 取って付けた様なゴロツキの言葉を一刀両断すると、イルルァが躊躇なく腰のダガーを抜く。


「後ろのおチビちゃん二人は明らかに観光客って感じだし――何より、こいつ(カイル)はあたしの身内よ。そんな真似をする位なら、命がけで魔獣の素材を手に入れる為に郊外に出る位はする奴だって知ってるっつーの」

「一応聞くが、コイツらの言う事は本当なのか?」


 背後を振り返ってアザルが問いかけると、子供達の首が一斉に横に振られる。

 だよな、と苦笑い一つ浮かべると、彼は腰の剣を鞘ごと外して構えた。


「まぁ、どう見てもお前らは街のゴロツキで、子供を誘拐しようとしてる悪漢にしか見えないな。怪我したく無いならその場に膝を着きな――気絶した人間を何人も屯所に引き摺って行くのは骨が折れるんだよ」


 戦闘態勢を取る冒険者二人に、荒事に慣れているとはいえ、一見して街でくだを巻いている程度の男達は怯んで後退る……筈だった。

 彼らは怯むどころか薄ら笑いを浮かべたまま、ニヤニヤと顔を見合わせ合て小馬鹿にするように鼻を鳴らす。


「分かっちゃいねぇなぁ……()()()()()にしておく方がお互いに損が無いし、利口だって言ってんだよ。屯所に連れてくだぁ? やってみろよ、後悔するのはお前さん達だぜ?」


 猫が鼠を嬲る、と表現するには聊か以上に可愛げも品も足りてない顔つきで、余裕綽々で顎をしゃくり「分かったら見なかった事にして回れ右しな」等と吐き捨てる男連中。

 だがアザルとイルルァからすれば、これもまた見た覚えのある態度であった。

 有り体に言えば、虎の威を借る狐――自身の背後にある組織や権力者を笠に、他者を嬲って喜ぶ小物のソレ。

 言葉から察するに、彼らに強力な後ろ盾(バック)があるのは想像に難くない。

 貴族か、何かの犯罪組織か、はたまた先の虚言の通りの大きな商会の類か。どうであれ、一介の冒険者にとっては敵に回すにはあまりにも無謀が過ぎる相手なのは確かだ。


 自分達の優位を疑っていない男達に対し、二人の反応は実に端的である。


「イルルァ」

「りょーかい」


 頭目に名を呼ばれた斥候(スカウト)が腰の鞘にダガーを戻し――次の瞬間、一瞬で背から外した弓を番える。

 エルフの戦士に劣らぬ程の練度を誇る早射ちで、先頭にいた額の腫れた男の脳天に矢をぶっぱなした。

 近距離でのそれに反応出来る筈も無く、矢じりを潰された非殺傷の矢が直撃した男は、呻き声すら上げずに後方に倒れ込んで昏倒する。


「なっ、て、てめえっ……!」

「生憎、貴族だの大商会だの、その類に絡まれるのは経験済みなんでな。ここで退く様ならあのときにそうしてるし――戦友だといってくれたあの人達に面目が立たないんだよ」


 即座に次の矢を番えるイルルァと並び立ち、涼しい顔でアザルが告げて見せると、ニヤついていた男達の表情が初めて焦りに上塗りされた。


「クソがっ……! 正義気取りのお上品な冒険者って訳かよ……おいっ」

「あぁ、分かってる。たった二人で馬鹿な選択をしたな、後悔するなよ」


 舌打ちすると、仲間内で目配せを受けたゴロツキの一人が懐から小さな笛を取り出し、力いっぱいに息を吹き込む。

 路地裏を吹き抜ける様に鳴り響く甲高い音に、冒険者二人は特に動じる事無く改めて武器を握り直した。


「呼子か。即座にお仲間を呼ぶとか小物っぷりもここまで来ると清々しいな」

「問題無いでしょ。この場所なら応援来るにも時間も掛かるだろうし、その前に全員ぶちのめせば」


 口汚く罵りながらナイフやショートソードを抜き放つ悪漢共に対し、一気に踏み込もうとしたアザルの隣に並ぶ小さな影が一つ。


「お手伝いします」

「……いや、気持ちは嬉しいけどな、お嬢ちゃん。子供がこんな荒事に加わるのは駄目だ」

「ちょっとちょっと、危ないから下がってなさいって。カイル、この娘抑えときなさい」

「む、これでもリリィは実戦を経験済みです。義父(とと)様と義母(かか)様も上手に出来たと褒めて下さいました」

「マジかよ、エルフって思ってたより物騒な種族なのか……」


 急に始まった冒険者達とエルフの少女との押し問答に、相対する男達は焦れた様子を見せつつも静観する。

 時間が経てばこの辺り一帯で『仕事』をしている仲間が駆けつけてくるが故に、珍妙なやり取りで時を浪費する冒険者と子供達を嘲笑いながら。


 だが、幸運の女神――も、兼任する創造主は彼らに微笑まなかった様だ。女神としても好みはあるだろうから当然なのかもしれないが。




「此処にいましたか、オフィリ。探しましたよ」




 冒険者二人が庇う少年少女――更にその背後、表通りの方角から声が掛けられる。

 先ず相対する悪漢共がアザル達の肩越しにそちらを注視し、警戒しつつアザルとイルルァ、子供達も背後を振り返った。


 表れた第三の闖入者は、老年のシスターだ。

 スマートなデザインの眼鏡を掛けたその人物は、鉄の棒でも飲み込んだ様に真っ直ぐに伸びた背筋のまま、その場に居る者達を鉄面の如き表情で見渡す。

 特に睨み付けている訳でも無いのだが、謎の圧迫感――幼い頃に激怒した親を前にしたときの様な感覚を覚え、全員が全員、背筋が伸びたり首を竦めた。


「あ、おばーちゃんだ!」

「全く……怪我の類は無いのは安心しましたが、あれほどペトラと手を離しては駄目だと言っておいたでしょう――ブランも大層心配していました、後でしっかりと叱られる様に」

「!?」


 唯一、シスターの姿を目に留めて眼を輝かせたこの場の最年少――オフィリであったが、続く"おばーちゃん"の言葉にこの世の終わりと言わんばかりに顔が青褪める。

 抱えた犬のぬいぐるみを締め上げて涙目になる幼女の傍まで歩み寄ると、シスターはそこで別の顔見知りがこの場にいる事に気が付いた。


「……リリィ、でしたね? 何故このような場所に?」

「お久しぶりです、ミラ様。リリィは魔族領の方々の御供という形でお祭りを体験しにやって参りました」

「ふむ……」


 目の前のシスターはつい最近、リリィが(あに)さまと呼ぶ青年の従者を務める為に教国の本拠地――聖都大聖殿に逗留する際に面識を得た人物だ。

 嘗ての教会最高戦力にして現御意見番、ミラ=ヒッチンはエルフの少女の言葉を受け、腕を組み、黙したまま思案した。

 もう一度、ぐるりとこの場の面子を見回して軽く目を瞑る。


「凡その状況は把握しましたが、一応の確認をしましょう……リリィ、この場に居る他の大人達について端的に述べる事は出来ますか?」

「了解しました。端的に、ですね」


 ミラの言葉に頷いたリリィは先ずはアザル達を指さした。


「助けて頂いた恩人で、立派な冒険者さん達です」

「お、おう……」

「直球過ぎて照れるわね……」


 少女としては忌憚のない意見だったのだが、少しばかり気恥ずかしそうに二人の冒険者が目を泳がせる。

 それには頓着せず、次いで、相対する男達を指さした。


「児童誘拐犯、です」


 先をも上回るドストレートな言葉に、児童誘拐犯共の顔が一斉に引き攣る。

 身も蓋も無いがこの上なく分かり易いリリィの言に、ミラはもう一度「ふむ」と呟き――一歩、前にでた。


「大方は予想の範囲内でしたね……冒険者の御二人には、私と親交ある子供達がお世話になったようで。礼を述べさせて頂きたい」

「あ、いえ。成り行きみたいなものですし……」

「身内を庇うついでだし、気にしないでもらえると……」


 静かな、それこそ湖面の如き静けさを保つ鉄面皮に真顔で見つめられ、軽く頭を下げられ、アザルとイルルァはなんだかとんでもない事をされてる様な気分になって借りて来た猫の如く振舞わざるを得なかった。

 二人の言葉に頷きを以て返すと、ミラは更に歩を進め、武器を抜いたままである男達の前に立つ。


「――さて、貴方達には幾つか聞きたい事があります」

「な、なんだってんだ、このババアは」

「ふむ、同じ品位に欠けた発言でもあの子のそれと比べ……非常に腹が立ちますね」

「だ、だかっ――」


 眼前にて冷えた目付きで見つめて来る女傑に、気圧されている自身を誤魔化す様に更なる悪罵を放とうとした男の言葉が強制的に途切れる。

 傍目には軽く脳天に向けて落としたようにしか見えない手刀は、突如、男の頭部が重量百倍になったかような動きで一直線に地面へとめり込ませた。

 鈍い音が路地裏に轟き、真っ直ぐに起立したポーズのまま頭から逆さに地へと突き刺さった男のオブジェが出来上がる。

 素人目では意味の分からない凄まじい技を前に、どうやっても抗うことすら不可能である事を理解したゴロツキ連中が目を剥き――その口から必死さに溢れる静止の言葉が飛んだ。




「ま、待て! 俺達に手を出すと後で後悔する事になるぞ! なんせこっちには……!」

「知りません。そんな物は殴ってから考えれば宜しい」


 轟音が響き、オブジェが増える。


「わ、分かった! そこのガキ共は諦める! いや、金輪際手を出さないから待っ――!」

「知りません。言いたい事があるなら殴ってから聞きましょう」


 轟音が響き、オブジェが追加される。


「待って、お願い待ってください!? さっき聞きたい事があるって言ってブッ!?」

「知りません。そんな物は殴り倒してから聞けば良いのです」


 轟音が響き、オブジェが更に並ぶ。




 地面に前衛芸術(アート)の如く生える人体の群れを眺め、イルルァがポツリと呟いた。


「なんだか既視感があるわ、この光景……」

「お前もか。俺もちょっとそんな感じだ……」


 アザルも恐々とした様子で、深く、ふかぁーく頷いて同意を示す。

 状況も、相手も、戦い方も、性別すらも、何もかも違うが。

 蹂躙、と呼んでも差し支えないであろう圧倒的な無双劇場は、嘗て彼らが北方から聖都へと向かう街道で見た、とある筋肉武僧の大暴れを思い起こさせた。


「……俺、二度と焚きだしのシスター相手に悪戯したり悪態ついたりしないよ」


 顔を青褪めさせたカイル少年が、イルルァの背中に隠れる様にしてオブジェと化していく男達を眺め。


「リリィも既視感です。またまたまた真っ暗です」

「おふぃーもまっくらー」


 小さな女の子には刺激が強い、と判断されたのか、大人二人に掌で視界を塞がれた少女と幼女の暢気な感想が轟音響く路地裏に零れ落ちる。


 ほどなくして、その場のゴロツキを地面に突き刺し終えた女傑が、路地の奥へと視線を向け、目を細めた。


「――応援を呼んでいましたか。では、悪漢への仕置きを続けるとしましょう」


 呼子に応えて駆けつけたは良いが、眼前で繰り広げられる鬼の様なシスターによる折檻に完全に腰の引けていた人攫い連中の顔から、一斉に血の気が引く。

 力を漲らせた五指をゴキリ、と鳴らすと、何処か生き生きとした様子でミラは更なる一歩を踏み出したのだった。








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