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聖都へ走れ

 



最初は出会う気も、関わる気すらこれっぽっちも無かった。


 戦線を押し込まれて狭まり続ける人類圏の中でも、比較的マシな後方都市で隠れ住んでいたときにたまたま噂で聞いたのだ。


 ――金色の聖女様が街に訪れる、と。


 ちょっと見てみよう、と思ったのは単なる気紛れだ。

 こんなクソみたいな、終末に片足突っ込んだ血生臭いファンタジー世界で。

 赤の他人の為に血を流して、あまつさえ()()()()()()らしいイカれた奴がどんなもんなのか、顔を見てみるくらいはいいだろう、と。


 万が一にも目に留まる事が無いように、遠目から人に囲まれているそいつを見て。

 流石に遠すぎたか、と双眼鏡代わりくらいのつもりで、ロクに使ったこともなかった糞の役にも立たない特典を使って『視た』。




 ――圧倒された。




 息を呑んだ。

 その魂の大きさに、美しさに。傷ついているであろう心身をものともしない太陽のような輝きに。

 世界にはこんなに綺麗なものがあったのかと、涙が出た。初めての経験だった。


 だけど、その強烈な輝きを放つ、綺麗な魂はどこか疲弊してるように『視え』て。

 本来の光を遮るように、薄い帳を何枚も掛けたように、どこか曇っているようにも思えた。

 呆然としながら見惚れたまま、ふと思ったのだ。


 ――この帳を取り除けたなら、この曇りを晴らせたのならどんなに綺麗なんだろう。どれほどに輝くのだろう。


 見てみたい。

 どうしようもなく、見てみたくなった。叶うのなら、もっと近くで。


 安易にあの神とやらの提案に乗ってこの世界にやって来て。

 滅びが静かに迫りつつある人類に愕然とし、馬鹿げた妄想や主人公気取りの勘違い気分が吹き飛ぶのに時間はかからなかった。

 こんなに酷いなんて知らなかった、俺のいた世界に返してくれ、なんてガキの様に喚き散らし。

 いっそ元の世界で死んだときにそのままくたばっておけば良かったのだと、後悔して。

 半ば腐る様にして過ごしていた此処での生き方が、変わった瞬間だった。








 副官ちゃんにシバき倒されて、夜が明け。

 村の住人全員の安否を確認して、簡単な事情説明と解決の報せを伝えてミッションコンプリート。

 そのまま疲労感に押されて来客用に使われている家屋で仮眠を取らせてもらうと、既に中天を迎えていたでござる。


 ここで顔を洗うために桶に汲まれた水に映った自分のツラを改めて見たのだが――なんか大分前に近づいた面構えになってる気がするわ。

 額とか耳とか、もっと細かなところまであげればキリがないが、前にあった傷跡がまた復活してるんだよね。

 多分、確認はしてないが身体中こんな感じなんじゃなかろうか。鎧ちゃん起こしたときに裂けた感触があったトコが、大体以前に大怪我して傷残った場所っぽいし。


 これが女神様の言ってた反動ってやつなのかねぇ。

 戦闘直後にも思ったが、覚悟してたより全然軽くてちょっと首を傾げたくなるけど……。


 まぁ、それより何より副官ちゃんに折檻されたツラが一番見た目酷いことになってるけどな!

 数ラウンド殴られ続けたボクサーみたいになっとるわ。最初桶覗き込んだときビクッてなったもん。

 最初のボディ以外は派手に腫れ上がるだけで内部にダメージ残らないように配慮してくれたのは、なんだかんだいって彼女の優しさなんだろう。


 殴られてる最中は恐ろしすぎて全くそんな感じしなかったけど。


 過去に俺が話したことある漫画談義だけでフ○ッカーを再現するのやめーや。スターン、スターンってステップ踏みながらデトロイトスタイルでゆっくりとにじり寄ってこられるのマジで怖かったんですけどォ!

 自業自得? ハイ、そうですね(白目


 顔を洗って、起きたら直ぐに予定が詰まっている。

 寝入る前――戦闘に巻き込まれた親子二人を避難所に運ぶ最中に副官ちゃんと話し合った結果、俺一人で一足先に聖都に帰還することになっとるんや。




「今は聖教国に出向してるけど、私は帝国の騎士よ――《猟犬》が戻ってきたなんていう重要事項、本国に報告しない訳にはいかないの」


 住人たちが待つ長屋への道で。

 母親の方を背負って先を歩いていた副官ちゃんは、振り向かずに前を向いたまま独り言のように俺に告げた。


「明後日やってくる帝国の人員と合流して、私は一旦本国に戻る。だからアンタは明日にでも聖都に戻りなさい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それくらいは譲歩してあげる、と呟いた彼女の背に、俺は黙って頭を下げるしかなかった。

 言いたいことも聞きたいこともある、と身バレしたときに副官ちゃんは言っていた。

 個人としても国に仕える騎士としても、山ほどあるだろう思いを飲み込んで出てきた言葉が、あいつらを優先してくれるものであったことに感謝しかない。

 坊主を背負ってなきゃ、両手を合わせて拝んだって足りなかっただろう――やっぱり俺の周りはカッコいい女ばっかりだ。




 荷物を纏めて建物を出ると、そのまま村の入り口にある馬屋へと向かう。

 行き交う村の住人が、口々に礼を言ってくれるのがむず痒い。

 こういうの本気で苦手なんや……勘弁して。

 なんとなく居たたまれなくなって、人目を避けるようにそそくさと馬屋に走った。不審者っぽいとか言うな。


 村への入り口が見えてくると、既に俺の馬を連れ出して待ってくれていた副官ちゃんと――あのときの親子が待ち構えていた。

 おー、見送りに来てくれたんか。

 なにやらこそばゆいが、村人全員で送り出してくれるとか嬉しいけど羞恥プレイみたいなことされるよりはまぁ、いいか。


 腕を組んで木柵に寄りかかっていた副官ちゃんがこちらに気付いてゆっくりと腕を解いて柵から背を離すと、彼女となにやら話しこんでいた坊主が、パッとこちらを振り向いた。

 俺の姿を見つけると、同じく此方に気付いて会釈をする母親の後ろに隠れてしまう。

 なんだなんだ、昨日と反応対象が逆転しとるやんけ。一体どうした坊主。


 会釈を返しながら不思議に思って坊主の方を眺めていると、お袋さんに背を軽く叩かれてチビすけはおずおずと前に出てくる。

 俯きがちな表情は少し暗い影が見えるようで、思わずしゃがみこんで覗きこんでしまう。

 なんや、腹でも痛いのか。昨日やった飴一気に食い過ぎたのか?

 目線を合わせて問いかけると、坊主は躊躇いがちに口を開いた。


「……にいちゃん、きのうはごめんなさい」


 呼ばれ方のせいだろうか。

 なんとなく被る姿があって、俺も無言になってしまう。


「にいちゃんときしさまは、かあちゃんを助けてくれたのに……おれ、にいちゃんにずっとなまいきなこと言ってて……にいちゃんはいっぱいケガしたのに……おれ……」


 言葉を続けるうちに鼻の頭が赤くなって眼が潤んでくるその姿に、今日一番のいたたまれなさを味わう事になった。

 すまん坊主、これ半分は無茶の反動(ただの自爆)で、もう半分はお前の後ろで微妙に眼ぇ泳がせてる騎士様に凹られて出来た怪我なんや(懺悔


 詳細を話す訳にもいかんので、肩に手を置いて言い含めるようにゆっくりと話す。

 えぇか、坊主。確かに騎士様はお前らを守る為に身体張って戦ってくれた。それに感謝を忘れちゃいかん。

 けど、俺は雇われの傭兵みたいなもんだ。

 言っちまえば、金の為に仕事しただけの人間やぞ。

 自分が欲しいもんの為に、勝手に戦って、勝手に怪我しただけなんだよ。

 なんも気にせんでえぇねん、忘れてえぇねん。お前が気に病む必要とかいっこも無いの。

 そう締め括ると、坊主はなんでか、益々泣きそうな顔になってしまう。


「そんなの、おかしいじゃんか」


 肩に置かれた俺の手を、ちいさな手で力一杯に握りしめながら、ポツリと漏らされた言葉に――


「だってにいちゃんだって、そんなにケガして、それでもたたかったのに」


 ――泣いてる誰かの姿が重なるようで、胸を衝かれたような気がした。


「わすれるなんて、できないよ」


 俯いたままの赤毛の頭に向けて、そう、か。と辛うじて返せはしたが、今、自分がどんなツラをしているのか分からない。

 沈黙が痛い。子供をますます落ち込ませるような態度とって、何やってんだ俺は……。




「あー、もう。変なとこで面倒くさい男ね」




 なんて、ホントに心底面倒くさそうな声が聞こえて、横から伸びた手が胸ぐらを掴んだ。

 完全に虚を突かれた形で成すが侭だった俺の横ッ面に、割と容赦のない平手が叩き込まれる。

 魔力強化などはしていないが本気で張られたビンタにヘブォ!と首を傾げて仰け反る俺を、副官ちゃんは襟元を掴んだまま、無造作に引っ張り寄せる。

 額がくっつく程の距離で合わさった視線は、真っ直ぐに俺の眼を捉えて離さない。


「アンタが()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて知ったこっちゃないけどね」


 そのまま頭突きでもかましそうな強い口調のまま、碧眼が睨み付けるように俺を見据えた。


「あの娘達はずっと待ってる。二年前からずっと」

「この意味すら分かんないなら、アンタが行くのは聖都とは逆方向よ。帝国でも他の国でも好きな処に行って――二度とあの娘達と会おうなんて思うな」


 ――――!


 紛れもない怒りと共にたたき込まれた言葉が、脳味噌に染み込むと同時に。

 自分が自覚してすらいなかった『怯え』を指摘された事に気付いた。我ながらなんとも鈍い話だ。


 そうか――そうやな。腹を括ったと思ってたが、まだビビリが入ってたとか情けないにも程があるわ。

 力強く頷き返すと、副官ちゃんは鼻を鳴らして手を放してくれた。

 ここぞというときの行動がいちいちイケメンすぎる。これがオッパイのついたイケメンという奴か(違


 いきなり騎士様がバイオレンスに走った事に眼を白黒させている坊主の前に、改めて屈み込む。

 戦闘後に回収していた守り刀を腰から鞘ごと外すと、それを小さな掌に握らせた。

 込められた膨大な聖性を解放したそれは、既にただのナイフでしかない。

 だけど、験を担ぐという点ではこれ以上の品は無いだろう。なにせ坊主にとって家族を、故郷を守った一振りだ。

 この場でくれてやったって、あいつらだって怒りはしない――いや、同じことをするんじゃないかね。


 おう坊主。コイツはここに来る前に、俺の大事な仲間から渡されたお守りだ――お前にやるわ。

 将来冒険者になるって言っとったやろ。なら、大きくなったらそいつを持って聖都に来ると良い。

 そんときゃ、俺の仲間をお前に紹介してやる。多分クッソ驚くぞ(確信


 呆気に取られたままの坊主にニヤリと笑ってみせ、赤毛の髪をくしゃくしゃとかき混ぜてやると勢いよく立ち上がった。


 もう迷いはないと、真っ直ぐな足取りで馬の元へ向かうと鞍に手をかけ、颯爽と飛び乗る。

 ちょっくらアイツらのとこに言って土下座してくるわ。

 そう、副官ちゃんに笑いかけて俺は前を見据え。


 ――お馬さんに高々と後ろ脚を跳ね上げられ、顔面から落馬した。


 ヘブォ!!(二回目


 くうきが、しんだ。


 ……ちょっと待って、リテイク。リテイクさせて。

 ヨロヨロと起き上がると、垂れる鼻血を見なかったことにして何事も無かったように馬の鞍に手をかける。


 勢い良く尻が振られ、ベシッと音を立てて尻尾で顔をたたかれた。


 ……馬にも表情あるってホントなんやなぁ……。

『うっわ、寄るんじゃねぇよ。エーンガチョ!』って副音声が聞こえたような気がするわぁ……。


 心が折れそうだ(血涙


「そういえば来るときは馬に乗れてたっけ……今はいつも通りみたいだけど」


 思い出したように呟く副官ちゃんの声を背に受け、そこで漸く俺も思い至った。


 ――そういえば俺、鎧ちゃんにモーニングコールしたばっかやん。


 行く道は相棒が未起動状態だったので普通に乗れていた馬も、起動させた今となってはガチ目の拒絶不可避になるのを忘れてたわ……。


 がっくりと肩を落とす俺に、坊主が寄ってきて怪我を心配してくれるのに少し癒される。鼻血も止めたし、心以外はダメージ無いから安心してくれ。


 そんな俺達を眺めながら、副官ちゃんはふむ、と一息洩らすと空を見上げる。

 真上に登っている太陽を見ていたかと思うと、目線を下ろして俺に問いかけてきた。


「改めて聞くけど、体調は本当に大丈夫なんだよね?」


 え、おう? 副官ちゃんが事後処理してくれてる間に仮眠まで頂いちゃったし、問題無いです。

 より厳密に言えば、怪我が無い代わりに疲労感がちょっと抜けてないけど。

 以前なら、これだけきちんとした環境で寝れば体力的には大体回復してたんだが、回復力が落ちてる気がする。

 或いはこれが女神様の言う反動なんだろうか。それにしたって症状が軽い気がするが。


「それなら、方法は一つね」


 うんうん、と言った感じで頷くと、昨日見たものと同じ、輝くような極上の笑顔で彼女は宣った。




「走れ。死ぬ気で」











 そんな訳でワタクシ、現在聖都への道を必死こいて走ってる真っ最中でございます。

 完全に素の状態でマラソンとか久しぶりすぎる。ツラすぎワロタ。

 馬で三日くらいかかった距離を、二本のあんよでひたすら走る。

 大して多くもない自前の魔力まで脚と心肺に回して、走る。走る。


 いっそ鎧ちゃんを起動して一気に加速しようか。

 ――いや、止めといたほうがいいな。妙に疲労を引きずった感覚があったし、やはり無理は利かない身体なんだろう。

 初回こそなんとかなったが、次はどうなるか分からんしな。

 というか鎧ちゃんの攻性特化した魔力を放出しながら一直線に聖都に向かって爆走とか普通にねーよ。考えるまでもなく都市の迎撃対象だよ。迎撃部隊とか出されて顔見知りが居たら一発でバレて大騒ぎになるわ。

 他の連中にも会いたくない訳ではないが、先に会っておきたい奴が二人ほどおる。


 なので、走る。頑張って普通に走る。

 気分は走れメ○スだ――友人を待たせているという点では同じだけど、メ○スと違って俺の場合は冤罪でもなんでもない自業自得の有罪だけどな!


 魔力強化しているので、速度はそれなりに出る。

 街道に戻ったあとはぽつぽつと人も見かけるようになったが、皆、必死こいて走る顔面がボコボコに腫れた男をみて何事かと二度見してくる人ばかりだ。視線が痛い。


 商人のものらしき馬車も見かけたが、同乗を交渉する気にもなれず、そのまま追い越した。

 副官ちゃんに走れ、とは言われたが、なんだって馬鹿正直に走り続けてんだかな、俺は。


 息があがって、酸欠気味になりそうな頭で考える。


 鈍った思考でも、答えはあっさりと出た。

 馬車が急行で全力で飛ばしてくれるなら、大枚叩いてでも乗っただろう。

 だが普通に移動してるなら、魔力が続く限りは走ったほうが早い。


 要するに、俺は待っていられない――今許される限りの速さでシアとリアのもとに向かうべき――いや、違うな。向かいたい、会いたいと思っているわけだ。


 あんだけ色々と理由をつけて経緯を話す事を引き伸ばしていた癖に、副官ちゃんにケツを蹴り上げられた途端にこれだ。

 我が事ながら単純すぎて苦笑いがでるね。


 ……待ってると言っていた。二年前から、ずっと。

 俺が女神様に再転生させてもらう前から、おそらくは俺がくたばってから、ずっとだ。

 結果的にはこうやって二度目であるアフター転生ライフを得られたが、そりゃ結果論だ。

 還ってくるはずも無い奴を、目の前で最後を見届けた人間を、それでも待ち続けるなんてのは――どんな気分なんだろうな。


 置き去りにした側である俺には想像もつかない……想像できるなんて思ってはいけない辛さがあったはずだ。

 ホントは真実を伝える機会なんて幾らでもあったのに。

 再会したときに二人の話を強引に遮ってでも、言うべき言葉を一言だけでも言えていれば――それだけでよかったのに。


 ぐちゃぐちゃと考えたまま走り続けていたせいで、普通に石ころに躓いてすっ転んだ。

 魔力はまだ余力があるが、息が限界だ。

 丁度良いのでそのまま大の字になって、喘ぐように酸素を取り込む。


 2年越しに戻ってきてから、俺は聖都では一度も女神様の特典を使っていない。

 以前はほとんど視覚と大差無いレベルで、常に『視て』いたってのに、だ。


 息を整えながら、寝転んだままぼんやりと沈みかけの夕陽を眺める。


 ――多分、怖かったんだろうな。


 ループに同道して、戦いを重ねる内。

 恐らくはシアが何度も喪っていたのであろう様々な戦友や、親しい者達と、なんとか共に生き延びる事に成功する度。


 二人の――特にシアの魂は、輝きを増していった。


 幾重にも重ねられた帳が、溶け落ちるように。過去の痛みに因って出来た曇りが、吹き払われるように。

 魂の輝きに合わせるように、張り詰めていた雰囲気は鳴りを潜め、笑顔が増え、一緒になって馬鹿やることだって増えてきた。


『視る』度に、一緒の時間を過ごし続けるごとに、ガラにもなくはしゃいだわ。なんなら人目が無いときにアホみたいにガッツポーズした事だってある。

 コレだ。俺が見たかったのはコレなんだと。

 誰に言うような事でもないが、一種の誇らしさすら感じていたと思う。


 だけど、俺は最後の最後で――やらかした。


 ボロボロと大粒の涙を零す二人は……まるで出会った当初のように、その魂の輝きを鈍らせていて。

 そんなつもりじゃなかった、笑っていて欲しかったのだと、言い訳にもならない考えしか頭に巡らなかった自分に乾いた笑いすら漏れた。

 その癖、最期にシアが「もっと一緒にいたかった」と言ってくれたことに、俺は滅茶苦茶に喜んで――それと同じくらいに安堵していたのだ。


 最後の最期に、大事な奴らを手酷く傷つけた畜生野郎でも、かつて傍に居た事くらいは、赦されたのだと。


 こんなクッソ情けない奴、他におる?(反語


 女神様が会うべきだと、口を酸っぱくして言ってくれても疑念は拭えなかった。

 いや無理やろ、また傷つける前にあいつらの前から消えた方がいいんじゃないか。

 大恩ある女神様の助言は信じたいが、自分の事なんて信じられない。シアとリアの魂をあんな風に陰らせた(テメェ)なんぞ信用できるか。


 ――もし、二人と再会して、その魂を『視て』。

 二年前の最後に『視た』ままに、曇って、傷ついたままであったなら。

 俺のやったことは全部無駄で、俺の居た意味は無くて、やっぱりあいつらの傍にいるべきじゃ無いんじゃないか。

 寧ろ誰とも会わずに、信奉者や生き残りの眷族共相手に首狩りでもしてるほうが余程あいつらの為になるんじゃないのか。

 そんな風にビビリかましていたのだ。


 だけど、副官ちゃんが教えてくれた。


 待ってると。あいつらが待ってくれていると。


 戦友にして、俺の焦がれた輝きの一つである魂の持ち主がそう言ってくれたのだ。

 なら俺が俺を信じられるか、なんてのは些細な事でしかない。


 二人に、会おう。


 会って、伝えるのだ。言わなきゃならないことを、伝えたい言葉を。

 メタクソに怒られるだろう。副官ちゃんより手酷く凹ってくるかもしれん――また、泣かせてしまうのかもれない。

 それでも、俺に出来る精一杯を伝えなあかん。

 アイツらが納得してくれるまで、何度も、何度も、何度だってだ。


 二年も待たせたんだ。

 その位はしなきゃ、最低限の帳尻すらあわんやろ。


 日が落ちて、空の端に星が瞬き始めたのを見ながら身を起こした。

 コケた際に付着した砂埃を軽くはたき落とすと、水筒で喉を湿らせる。


 ――おし、急ぐか。


 脚に魔力を叩き込んで、俺は再び駆け出した。








 なんとか聖都の城壁が見えてきたのは、沈んだ日がまた上って更に落ちてからだった。

 副官ちゃんならそれこそ一日と掛からないで走り抜けられただろうが、ぼくにはこれでせいいっぱいです(白目

 途中で何度か休憩を挟んだとはいえ、流石に魔力も底をついた。

 むしろよく保った方か……ペース配分とか考えんでブン回したけど意外となんとかなるもんだ。


 しかし、着いたは良いがすっかり日も沈んじまったし、もう城門は閉まってる、か。


 副官ちゃんが持たせてくれた報告書があれば、緊急の報告扱いで通れるか? ほぼ解決済みとはいえ、吸血鬼(ヴァンパイア)の件もあるし。

 ――無理やな。城門は通れても大聖殿には入れん。多分途中で別の誰かに手渡して終わりや。


 明日になったら普通に城門通って、通常の報告書扱いで依頼人に提出にしきた、って形が一番スムーズに聖殿に入れる、か。


 折角到着したのにもどかしいなオイ。

 自分でも気が急いてるのが分かるが、強引な方法は取りたくないし取って上手くいくとも思えんしな。

 ここは身体を休めて、素直に夜が明けるのを待つしかないだろう。


 となると、あそこで夜を明かすのが良いか。


 城郭の外周に、古い物見塔がある。

 もう使われていない其処は、以前は一人で考え事したり、拳の修練するのにうってつけなのでこっそり出入りしていた場所だ。

 ついつい没頭して日が昇るまで居ることも多かったので、アレコレ持ち込んだ中には毛布とかもあった筈だし、取り壊されてなけりゃ休息とるには丁度よかろ。


 走り通しですっかり重たくなった足を動かして、城郭を周る。

 目的の塔は物見が用途なだけあって、高さがあるので直ぐに見えてきた。

 壊されてないようでなによりだ。こういう自分だけの秘密基地みたいなのって、男の子の憧れみたいなとこあるからね。


 入り口は閉まっているので、横手の壁に空いた穴からいつものように潜り込む。

 上階への螺旋階段を登りきると、大きく欠けた壁から綺麗なお月様が出迎えてくれた。

 これを最初に見てから、ここにちょくちょく入り浸るようになったんだよなぁ、懐かしいわ。


 最上階に積まれた木箱に放り込んでいた物資を漁ると、毛布もでてきた。

 最後に来たときから二年以上は放置されているのに、持ち込んだものは意外と痛んでないな。流石に酒と保存食は怖くて手がつけられんと思ってたのに、空になっとるし。


 俺が居なくなった後、誰かここを使ってたんだろうか?

 いや秘密基地の継承とかそれはそれで浪漫があるので全然構わんけど。

 なんか妙に良いにおいのする毛布を床に敷くと、そのまま寝転がる。


 ……うむ、疲れてるから直ぐにでも眠くなるかと思ったけど……無理やな! やっぱ気が逸ったままだわ。


 会ってどうしようか。やはり開幕土下座が有効だろうか。

 なるべくなら3人だけで話せる場所があるといいが、聖殿内でそれは難しいだろうしな。


 とにかく、まず俺が()であることを伝えるしかない。

 まず間違いなく怒るだろうし、どんな目に合うかちょっと怖くはあるが……。

 完全に俺が悪いからね。それであいつらの気が済むなら我が身の事はあとは野となれ山となれ、ってやつだ。


 ……これ以上うだうだ考えていてもしゃーないな、寝るか。


 相変わらず落ち着かない気分ではあるが、目を瞑る。

 あいつらは二年待ったのだ、俺が一晩くらい待てなくてどうする。


 そう思って、深く息を吐いて心を落ち着けようとして――誰かが階段を上がってくる気配に気付いた。


 やっぱりここに出入りしてる奴がいたみたいだ。鉢合わせるとか間が悪いなぁ。

 ん~……二代目秘密基地の主には申し訳ないが、一晩だけ先代に貸してもらおう。相手が嫌がらないなら、夜通し話をするのもいいかもしれん。どうせ寝ようとしても眠れるかどうか分からんし。


 そんな風に思考を纏めて、身を起こして気配の主を待ち受けていると。


「あれ、先客か?」


 なんて、とっても聞き覚えのある声が聞こえた。


 マジか。

 こういう事ってあるんか。

 偶然にしちゃ出来すぎてる。

 俺は所詮、この世界の異物で端役だ。運命なんて大層なものは背負ったことも、信じたことも無い。

 それでも、この時ばかりは、ちょっとだけそういったモノを感じざるを得なかった。


 階段を昇って来て、見えたのは月明かりを受けてきらきらと輝く淡い金糸の髪だ。

 2年前よりちょっとだけ大人びた面差しは、酒場で見たときと変わらない美少女っぷりで。

 お陽様の昇った空と同じ色をした瞳は、俺の姿を見つけると少しだけ見開かれた。


 それも僅かな間で、直ぐに我に返るとレティシア――シアは、右手にぶらさげた酒瓶を振って俺に悪戯っぽく問いかける。


「よう、いい夜だな――一緒にどうだ?」


 そんな風に、数日前の焼き直しの様にこちらに笑いかけたのだった。





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