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祭りの準備 悪縁奇縁、転じて良縁(前編)



 帝都に滞在を始めて一週間程度が経過した。


 本日は教国の方からの人員及び物資の第二陣が到着する予定だ。

 特に遅延が発生したという事も無く、午前中には到着した馬車群がかっぽかっぽと王城に行列作って進んでいったのが俺達の寝泊まりしている屋敷からでも見えた。


 で、現在の時刻は昼がちょい過ぎたあたりなんだが。


「とうちゃーく! しばらくぶりだね二人とも!」

「いやはや、実に平穏平和な道行でありました。しかしこうも長い間、馬車に揺られるばかりは最近では無かった事ゆえ、些か身が鈍っておらぬか不安を覚えてしまいます」


 王城で皇帝陛下との挨拶を終えたリアと護衛のガンテスが、こっちに合流してきた。

 どうやら俺達のときとは違って何事も無くスムーズに謁見まで済んだらしい。素で羨ましいんですけど。

 馬車から降りてニコニコと元気よく手を振る(おとうと)分と、重すぎて座席の真ん中以外に座ると馬車が傾く人型岩ゴリラを、屋敷の前で待っていたシアと俺とで出迎える。


「よぉ、アリアも司祭も長時間お疲れ。陛下が用意してくれた屋敷だけあって、風呂付きで寝具なんかもすごいふかふかだぞ。先ずは旅の疲れを取ると良い」

「うん、ありがとうレティシア――そっちが到着したときに、ちょっとひと悶着あったって聞いたけど……大丈夫だったの?」

「あぁ、その件か。陛下か将軍あたりに聞いたのか? 全然問題無いし、少なくともこっちには後引くような問題は残らないから安心しろよ。なんなら、後でその件絡みで手に入れた良い物を見せてやろうではないか(おとうと)よ」


 姉妹(きょうだい)で和気藹々とやり取りしているのを横目で見ながら、俺の方は軽く肩を揉み解しているガンテスと言葉を交わす。

 なんも起こらんのは良かったけど、それはそれで大変というか、窮屈そうだね。貴族用の大型馬車つーても、おたくの体格じゃそう大して広くも感じないでしょうに。


「なんの、確かにゆるりと身体をのばせるとは少々言い難い旅路でしたが……拙僧とて馬車の長時間移動は戦地派遣にて昔から経験しておりますからな! 本格的な修練こそ行えませぬが、座席より尻を上げて座する姿勢を保持しておれば、足腰が萎えるということもありませぬ故!」


 ごめん、ちょっと何言ってるか分からない。

 バシンと自身の禿頭を叩いて、相も変わらず空気をビリビリと震わせる様な声量で快活に笑うオッサンの台詞に真顔で応える。

 エコノミークラス通り越してエアークラス――まさかの移動中空気椅子発言である。絶対一日に決められた時間とかじゃねぇだろ、馬車にいる限りはずっとやってただろ。

 ガンテスと話している間にも、リアが姉貴(アニキ)に向かって「レティシアを補充!」とか言ってふざけて抱き着き、シアも笑いながら抱き締め返している。うむ、見ていて非常に心癒される光景なのでもっとやって下さい。


「うん、よし。補充完了だ――じゃぁ次はにぃちゃんね!」


 おおっと、俺もですか。

 おめめをキラッキラさせてハグの体勢を取る(おとうと)分のリクエストにお応えして、両の腕を広げてやると「どーんっ!」なんっつって楽しそうに笑いながら今度は俺に向かって飛び込んできた。

 いや、アリア君テンションめっちゃ高いね。お祭りがそんなに楽しみなんだろうか?

 シアも滅多に見ない(おとうと)のはしゃぎっぷりに嬉しそうだけどちょっと苦笑いしとるわ。

 そんなリアの様子に、ガンテスも相好を崩しながら頷いている。


「うむ。アリア様は道中、こちらで何をしようか、姉君や猟犬殿と何処を見て廻ろうかと、此度の祭りをそれは楽しみにしておいででしたからな。かく言う拙僧も、帝都の活気に充てられて少々浮足立つ気持ちが湧いておる処です」


 珍しく僅かに揶揄いを含んでいる、浮足どころか到着するまで尻を座席から浮かしっぱなしだった鍛錬キチの台詞に、俺に抱き着いたままのリアが「し、仕方ないじゃんか、楽しみだったんだもん」と少しだけ恥ずかしそうに唇を尖らせた。

 俺の傍らにやってきたシアが、すごい自然に(おとうと)の襟首を掴み上げてひょいっと持ち上げると、自分の隣にストンと落とす。


「えー……まだ充填終わってないんだけどなぁ」

「十分過ぎるだろ、長いわ」


 リアはちと不満そうだが、シアの言もご尤も。

 屋敷の前とはいえ一応お外ですからね。聖女様が野郎に抱き着いたまんまというのも、外聞が良くないからしゃーない。


「ま、今日の処は屋敷でゆっくりしとけよ。確かアリアは予定が組んであるのは明後日からだろ?」

「うん、ズィオロ枢機卿の仕事の手伝いって聞いたけど……レティシアは?」

「オレは明日に構築した範囲結界の基点のチェック。半分片付けて明後日にお前に引き継ぐ感じだな」


 手近な日程について話し合っている聖女様達であるが、此処で二人の反対隣にいる二足歩行型筋肉要塞が一つ頷き、なにやら思いついたのか顔を輝かせてバァンと掌を打ち合わせた。日常の動作で衝撃波を撒き散らすのはいい加減ヤメロォ!


「アリア様の仰る補充――友や家族と親交の抱擁というのも、また良きものですな。拙僧も帝国に居を構える戦友と再会の"はぐ"なるものを試みたくなりますれば」


 大型の魔獣やら岩人形(ロック・ゴーレム)を鯖折りでへし折れる人のハグとかノーセンキューで(即答

 物理的な肉体強度の問題で、このおっさんの熱烈ハグを耐えきれるのなんてレーヴェ将軍くらいしかおらんやろ。

 2メートル越えのゴリゴリのマッチョ同士の暑苦しい抱擁とか、目の前の姉妹(きょうだい)のソレと比べてあんまり見たくない光景なんですけど。


「将軍閣下とは何時か力比べをしようと光栄なお誘いを頂いておりますからな! 此度の祭りの間にその機会が巡るなれば、拙僧としても正に僥倖です!」


 力比べて……あぁ、この場合は戦力武力じゃなくて純粋に腕力――腕相撲の類か。ちょいと見てみたくはあるが……アンタら二人の腕相撲とか、決着の前に下手な台座だとぶっ壊れるやろ。やるなら特注の鋼鉄製でも用意したらどうでしょう?


「む……何処で行うにせよ、家財の破壊などは避けねばなりませぬ故、考慮すべきですな。閣下が適した物を所有していらっしゃればよいのですが」


 両の手を片方ずつ聖女様達に捕獲されて引っ張られつつ、隣を歩くガンテスとしょーもない話をして屋敷の玄関へと歩を進める。


 大戦中は幾ら馬鹿話をしようと結局はこれからの戦局が頭を過ったり、会話の方もなんだかんだ言ってそっち方面に流れたりしていたが、今は一から十まで気の抜けたお話が可能なんだよね。

 良い時代になったもんだと、つくづくそう思う。

 ウチのシアリアも揃った事だし、このまま終始、ゆるーい感じで楽しく祭りの時間を過ごしたいもんである。







◆◆◆



 次の日、ボクは皆が普段使いしているという客間の扉を開けると、先に食事を始めていた二人に向かって元気よく朝の挨拶を告げた。


「おはよー、二人とも! にぃちゃん、そんな訳で今日はボクと遊びに行こう!」


 いや、どういう訳よ。なんて言って、朝食を口に運んでいた手を止めるにぃちゃんの隣の席に座ると、すかさずボクの前に食器やナイフ・フォークをセットしてくれる給仕のメイドさんに軽くお礼を言う。


「そのまんまだよ、一緒に城下町を歩いてみようよ。明日はレティシアが休みだから、今日はボク」


 昨日、寝る前に取り決めた順番について口にして、にぃちゃんの向かいの席に座る(あに)へと視線を向けると、その当人は水を一口飲んで頷いた。


「まぁ、そういうこった。結界基点の確認作業、と言っても同行するメンバーは構築のときと同じ面子だし、護衛としちゃ過剰なくらいの戦力が揃ってるからな。安心してアリアに付き合ってやれよ」


 鷹揚に言ってるけど、ボクとしてはその余裕がちょっと腹立つなぁ……例の絵本が帝都で売れているせいか、レティシアに変な余裕が生まれている気がする。

 昨日散々に自慢されたからね。この分だとミヤコさんとかにも同じことしてそうだよ。いつかみたいに部屋一つ吹き飛ばすような喧嘩をしてないと良いけど。


 凄いドヤ顔で見せてきた上に内容まで朗読してくれた絵本……『金色の少女と黒い騎士』は、子供向けの読み物としては良い品なんだと思う。

 でも絵本は絵本だろ! 現実にはにぃちゃんはレティシアの手を取って口づけたりなんてしたことないし、レティシアだってにぃちゃんのおでこに祝福のキスなんてしたことないし!


 ……羨ましくなんかないもんね! ホントだぞ!


 正直に言えば、ほんのちょっとだけ、金って書いてある部分を銀に差し替えたり挿絵の女の子の髪の色を変えれば済む話でしょ、別版だしてよ、なんて思ったりしなくもないけど。

 まさかツテも無い出版元へと意見をねじ込むなんて出来る訳も無いし……ていうかレティシアと違って羞恥心で精神ダメージを受けているであろうにぃちゃんの事を考えると、流石にちょっとね。

 そんな訳で、散々自慢された絵本の件に関してはスルーして、当初の予定通りにぃちゃんと帝都散策を楽しむのが最善だ。


 シアに付き添わないなら、適当に誰かの雑用手伝うつもりだったから問題無いなー、じゃぁ二人で出掛けるかー。なんて言ってくれるその言葉が嬉しくて、昨日みたいに抱き着きたくなる。

 レティシアは長いとか言ってたけど、一週間以上会ってなかったんだから丸二日くらいは抱き着いたままでも良いと思うんだよね。

 時間と状況が許すなら一回くらいはやってみたいな……お願いしたら聞いてくれないかなぁ。

 ふと、朝から幸せ気分で我ながら変な方向に思考が飛んでいるのを自覚する。

《大豊穣祭》……この世界に転生して初めてと言って良い、気兼ねなく楽しめる一大イベントが近づいてるせいか、気が緩んでるよ。気を付けないと。

 そもそも朝食だってまだ食べて無いし、ここでくっついたってレティシアが直ぐに引っぺがしに来る。にぃちゃんとは今日一日はずっと一緒なんだ、機会を待とう。


「……そういえば先生は? てっきり庭で朝の鍛錬とかしてるものと思ってたけど」

「グラッブス司祭は王城に行くってよ。知り合いに挨拶しに行くのと、例の闘技会の解説だかの仕事について、向こうとの擦り合わせもしてくるってさ」

「こんな朝早くからかぁ……この時間からでも打ち合わせ出来るってことは、王城勤めの人達は殆ど徹夜みたいになってそうだね」


 ボクの疑問にレティシアが応え、既に先生が不在な事を知る。

 朝の挨拶くらいはしておきたかったな、もう少し早く起きれば良かった……何日も馬車に閉じ籠っての移動も意外と疲労が溜まるみたいで、ちょっと寝過ごしちゃったんだよなぁ。

 前に大森林に向かったときみたいに、馬車に飽きたら外を歩いたり、御者をしてみたり、馬車の屋根に上がって《虎嵐》さんやにぃちゃんと一緒になって空を眺めてみたりと、そういった気分転換が全然出来ない移動時間だったからね。

 今回の帝都への移動で思ったけど、食事と寝る時の天幕以外はずっと馬車で缶詰って苦行のレベルだよ。貴族のお嬢様とかはこれが普通とか凄いな。

 飛行魔法で飛ぶ気楽さや、飛竜便での移動の快適さを知ってる人間の贅沢な意見なんだろうけどさ。徒歩よりはずっと楽なんだろうし。


 ――そういえば副官ちゃんも夜明けと同時に仕事とか言っとったな。手伝いに来たとはいえ、客分でもあるからゆったりスケジュールのこっちは何だか申し訳なくなる。


 思い出した様に言うにぃちゃんの言葉には同意出来るけど、その御蔭で祭りが始まる前から帝都観光が出来るのも確かだ。

 来年か再来年、開催地が交換されて教国になれば忙しくなるのはボク達の方だし。そのときの分って事で。


 給仕さんが暖かいパンとスープを運んできてくれたので、スプーンを手に取って食前の祈りの言葉を口にする。


「それじゃ、いただきまーす……あ、にぃちゃん燻製肉(ベーコン)食べてる。一口もらっていい?」

「おいっ、お前もかアリア。なんでどいつもこいつも気軽にこう……!」


 なんだかレティシアが文句を言って来るけど気にしない。昨日のドヤ顔の自慢は忘れてないもんね。

 あいよー、一口なら全然おk、なんて言って、香ばしく焼けた豚肉を切り分けてフォークに刺して向けてくれるにぃちゃんに。

 ボクはとびきりの笑顔でお礼を言うと、雛鳥みたいに大きく口を開けて燻製肉(ベーコン)を入れてもらったのだった。あーん。







 さて、朝食を終えると今日はお仕事であるレティシアと別れて、ボクとにぃちゃんで帝都の観光……というか散策に繰り出した。

 戦争中はすぐに王城入りしてそのまま会議やら合同作戦の戦力の顔合わせやらで、城下は全然見て廻ってない。回数だけなら結構訪れてるんだけど、土地勘やお店の知識なんて殆ど無いに等しい。

 にぃちゃんが地図を、ボクが最新の観光案内書をそれぞれ片手に、祭りに向けて旗や花の飾り付けなんかで華やかさが増している街中を歩く。


「流石にお店の数とかは多いねー。帝都中を見て回るのは一日二日じゃ不可能だよこれ」


 大まかに方角で区切りを入れるとして、今日は一旦中央広場に向かった後に、東区の方を見て廻るのはどうじゃろ? という言葉に、特に反対意見も無いので頷く。

 ボクは手元の案内書をめくって、帝都東区の頁の概要を改めて確認した。

 えーと、東区は……王城方面とその周辺だからお店とかは少ないけど、歴史的な名所とか、昔から帝都に居を構える貴族様のお屋敷とかが多くある地区みたいだ。

 その貴族様が古い屋敷から移り住んで、残されたそこを美術館とか歴史博物館みたいな形で一般に開放してる場所なんかもあるみたい。

 うん、良いんじゃないかな。お腹が減ってきたら中央に戻って屋台を物色すればいいしね。


 今日の行動範囲をざっくりと決めると、まずは中央区にある噴水広場に二人並んで移動する事にした。

 直接東区に向かうより、中央から向かった方が地理の把握がしやすいんだよね。土地勘が無いボクらは特に。

 万が一迷っても、取り敢えず街の中心部分に戻ればこんがらがった方向感覚もリセットできる。その辺りは聖都と変わらない。


 それに、広場は充分に観光名所の一つとして挙げることの出来る場所だ。

 大きな女神様の像が噴水の真ん中に置かれ、その掌から清涼感のある音と共に水が零れ落ちている様は……なんというか、流石帝国って感じだよ。

 像の大きさといい、見事な出来栄えといい、分かり易い名所兼、街の中心部分のシンボルマークとして惜しみなく資金を掛けました、っていう感じがする。

 一応、清貧を良しとしている教国(ウチ)では中々出来ないお金の掛け方だ。教会関連の施設の中でも、この広場の女神像に匹敵する立派なものってなると限られてくると思う。

 って、折角観光してるのに風情の無い事を考えちゃ駄目だよね。そんな事に思考を割くより楽しまなきゃ。


「立派な像だねぇ。奥ノ院にあるやつの方がサイズ的には大きいけど、噴水も兼ねてるのがいいね。水音も併せて綺麗だし」


 ――だな。女神様の像って結構デザインに地域差があるイメージだが、これは聖殿にあるのとよく似とるな。教国の比較的偉い人が監修したのかもしれん。


 二人並んで、水を溢れさせる像を関心して見上げる。

 デザイン的には正解に近いが、流石に本物には及ばんな……なんてボソッと呟くにぃちゃんだけど、無茶を言いなさる、ってやつだ。

 多分この世界でそれを確認できたのは、にぃちゃんだけだよ。ボクも転生のときに見たのは真っ白な空間に浮かぶ人型の発光体だったし。


 そういう意味では、各地にある女神様の像を一番正確に採点出来るのはにぃちゃんなのかもしれない。

 でもさぁ……あとおっぱいが小さい、本物は2カップは上だったっていう情報いる? 本物の女神様と会って一体何処を見てたのさ?

 ボクが隣にいるのに、神様とはいえ別の女の人の身体について語るとかちょっとデリカシーに欠けると思うんだ。


 そっと隣のにぃちゃんの手をとって、腕を絡める。

 それだけで少し胸の鼓動が跳ねて、くすぐったさを伴った暖かさが湧き上がるけど……取り敢えず今はその感覚には蓋をして、そのまま腕を捻って締め上げた。


 ――オイィ、なんでアームロックされてるんですかねぇ! つーかこのやり取りなんか既視感!


 言われて見ればそうかもしれない。けど、いつかのときとは違って敢えてやってるからね、止めてあげない。

 ……ボクだって成長してるんだぞ。この間だって、アンナと一緒に下着を新調しにいったんだからな。


 ぐりぐりと腕を極める傍ら、成長の証を思い切って押し付けてやる。

 ア痛ダダダダ!? ちょっ、やめっ、なんて悲鳴混じりの声をあげて身を捩ってるにぃちゃんだけど……単に痛みを堪えてる以外にも、腕から伝わる感触に困っているが故の大袈裟なリアクションだっていうのはボクには簡単に分かった。


 正直に言えば、かなり恥ずかしい。顔から火が出そうだ。

 でも、動揺して百面相を晒している彼の顔が可笑しくて。

 そしてそれ以上に嬉しくて、ついつい意地悪な気分が湧いて続けてしまう。

 もうとっくにアームロックなんてしてない。ただ、にぃちゃんの腕を抱え込んで自分の望むままにくっついた。


 街の中央広場は待ち合わせなんかにも使われるのはお約束だ。同時に色んな人の憩いの場でもあるので、多くの人達が行き交っている。

 いつもの白い僧服じゃなくて、ボク個人の私服だから聖女だってことは気付かれていないとは思うけど……それでもこうやって二人で仲良くしてるせいか、結構な視線を集めてしまっていた。

 大半は微笑ましいものを見る視線だけど、中には舌打ちなんかしてくる人もいる。

「チッ、リア充が爆発しろ」とか呪詛でも籠ってそうな声色で呟く人は転生者なのかな。帝国は結構昔から転移・転生者を国に取り入れたりしてるので、その子供とか孫っていう可能性もありそうだけど。

 ……こうやってにぃちゃんと二人でいると、ボクと見比べて『釣り合ってない』といわんばかりの嫌な眼でにぃちゃんを見る人もいるけど、見る眼が無い気の毒な人なんだな、って思えば腹も立たない。

 ボクは知ってるもんね。優しいトコも、格好良いトコも。かわいいところだって。

 なので、周囲の眼はあんまり気にしないようにしてるのだ。


 わぁ、腕の痛みが無くなったのに今度は視線がイターイ。と、天を仰いで嘆くにぃちゃんを引っ張って、二人で噴水の説明が刻まれているプレートを覗き込む。ほらほら、最初の名所なんだから、ちゃんと眼を通しておこうよ。


「……えーと、後ろ向きに銅貨を投げて、女神像の掌に乗ると良い事があるっていうジンクスがあるみたいだね」


 ――元の世界でたまに見る、硬貨が沈んでる噴水とかと同じやな。掌オンリーとか難易度がちと高い気もするが。


 ちなみに銅貨の方は定期的に回収して噴水の修繕費用に充てている、と明記してあった。ちょっと風情が無い様な気がするけど、使い道に関してきちんと周知しておくのは良い事だよね。

 そして、こういった投げ物――言ってしまえば投擲に近い行為はにぃちゃんの得意分野だ。


 お財布から銅貨を一枚取り出して、にぃちゃんに手渡す。


「はい、ボクの分。お願いね」


 ――あいよ。代理でやるのはOKなんかねコレ?


 軽く肩を竦めて請け負ってくれたにぃちゃんは、噴水の縁に腰掛けた。

 女神様の像に背を向けて座る形になると、自分の分も含めた両掌の硬貨を軽く握り、そのままあっさりと親指で弾く。

 同時に弾かれた二枚の銅貨は悠々とにぃちゃんの頭を飛び越え、女神像の頭部よりさらに高く舞う。

 空中でくるくると回って陽光を鈍く反射させながら山なりの軌道を描いて飛んで――そのまま水を溢れさせる像の掌に、二つとも小さな飛沫を上げて飛び込んだ。


「うん、流石!」


 はしゃいで拍手するボクに、ま、これくらいはな。なんて、何でもない事の様に笑いかけてくるにぃちゃん。

 あーもう、偶に見せるかっこいい処がズルい。

 あとボクに幸運が訪れるって部分をボクより喜んでるのがもっとズルい。なんだよボクのにぃちゃん最高かよ。ちゅーしたくなっちゃうぞ。いや、したくても出来ないけど。


 ……やっぱり浮かれた気分になっちゃうなぁ。

 お祭りが楽しみで、今のこの時間も楽しくて、抑えるのが難しいや。

 少し前に気を付けよう、なんて思ったばかりだというのに、自分が相当ハッピーな思考になってるのに気が付いて苦笑が漏れた。

 ちょっと羽目を外すくらいならいいかな、と思わなくも無いけど、帝国外からも色んな人間が流入してくる以上、完全に気を抜くのは駄目だよね。


 曲芸染みたコインシュートを噴水周辺の人達も見ていたのか、視線が集まっている。

 にぃちゃんが感嘆や関心の眼で見られていてボクも少し良い気分だ。ふふん、どうだ、ボクのにぃちゃんは本当はもっともっと凄いんだぞ。


 自分でも自慢気だと思う表情のまま、座るにぃちゃんの隣に腰掛けようとした処で、広場に出ている屋台のおじさんがこっちを手招きしているのに気が付いた。


「そこのお二人さん、俺の奢りだからこいつを飲んでいきな!」


 ニコニコと笑顔でそう言ったおじさんは、木のコップに満たされた飲み物――屋台の看板からしてフルーツジュースかな? それを両手に持って差し出している。


 唐突な申し出に、目をぱちくりさせてにぃちゃんと顔を見合わせた。


「……くれるって言ってるけど、どうしようか?」


 ――押し売りって訳でも無いだろうし、いいんじゃね?


 あっさりと結論を出して、二人で屋台に歩み寄る。

 おじさんは笑顔のまま、ボク達にコップを手渡してきた。


「一発で像の御手にお布施を乗せた奴にゃ、ウチの商品を一杯御馳走する事にしてんのさ。これぞ女神様の齎した幸運ってな?」


 ここで店出してるときだけではあるけどな、と愛想良く理由を語ってくれるおじさんの台詞に、納得が行く。


「そうなんだ、ありがとうおじさん。御馳走になるね!」

「おう、飲み終わったらコップだけ返してくれよ――良い一日を、おふたりさん!」


 お礼を言うと屋台から離れて、元の場所へと戻る。


「ジュース、得したねー。最初の観光場所から幸先が良いや」


 ――少なくとも、一発成功させた奴にはジュース一杯分の幸運は約束されてる訳だ。こういうジンクスを嘘にしない気配りは良いね。


「うん、そうだね――あ、ボクのはリンゴジュースだ」


 ――俺のはブドウ。本業は果物売りとかなのかもしれんな。


 二人でジュースの味見をしながら噴水の側に戻るけど、離れた僅かな間にさっきにぃちゃんが座っていた場所には別の人が腰を下ろしてしまっていた。

 ありゃりゃ、残念……でもないか。噴水は大きくて、必然その外周縁部分も広い。ちょっと横にずれて座れば良いだけだし。


 にぃちゃんと一緒に先客の隣にずれて腰を下ろす。

 座っているのは年配のお婆さんだ。こっちに背を向けてお婆さんとやり取りをしているのは、髪を剃り上げた騎士の人だった。


「ここが噴水広場ですよ御婦人。確認しますが、迷った際はこの場で落ち合う、と御家族も言っていたという事でしたが、間違いないでしょうか?」

「えぇ、街の真ん中にある女神様の像のある場所、と息子も言ってましたからねぇ。ここで合ってると思いますよぉ……助かりました騎士様、何分、帝都に来るのは初めての田舎者でしてねぇ」

「いえ、お役に立てたのなら幸いです。本来なら御家族と合流出来るまでお付き合いするのが筋なのでしょうが――申し訳ありません、早く戻らねばなりませんので自分はこれで」


 どうやら、白い鎧の彼は迷ったお婆さんに道案内をしていた帝国騎士らしい。こういった迷う人は観光客の数に比例して増えるだろうし、大変だね。お勤めご苦労様です。


 声からして、まだまだ若手であろう騎士の人が足元の荷を拾い上げると肩に掛け、お婆さんに丁寧に一礼して踵を返す。

 そして、ジュースを飲みながらそれを眺めていたボク達――正確には、何故かお隣の会話を聞いて首をひねっていたにぃちゃんと、ばっちり目が合った。


「あ」


 ――あ。


 赤毛を赤いごましお頭になるまできっちり剃り上げた、ボクより年下らしき少年騎士と、にいちゃんの口から異口同音で言葉が漏れる。


 え、なに? 知り合いなの?


 驚愕に見開かれる青い瞳と、絶妙な気不味さに染まった黒い瞳。

 両方を見比べて、ボクは首を傾げる事となったのだった。







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