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祭りの準備 侯爵親子




 ――突然部屋にやってきた闖入者が突っかかってきた事で、俺が着いて早々かよ! とばかりに悲鳴をあげた直後。

 再び部屋の扉が勢いよく開け放たれ、室内にいた全員がそちらを注視する事となった。


 そこに居たのは、俺の顔に指先を突き付けている少年騎士によく似た少女だ。


 少し長めの赤毛に近い金髪に、青い瞳も同じ。男女の差はあるが目鼻立ちなども非常に似通っている。

 服装は真逆というか、純後衛仕様――何かの保護の魔法が掛かった質の良いローブに、これまた中々の逸品であろう魔装の杖が片手に握られていた。

 少女は少年騎士より更に荒々しい足取りでズンズンと進むと、躊躇うことなく彼の前に立ってやや上の位置にあるそっくりな顔を見上げる。

 自身と同じ青い瞳に睨み上げられて、つい先程までの怒りも忘れて呆気に取られた顔のまま、少年騎士の口が開かれた。


「――イ……」

「ぬぅわにをしてくれやがってるんですかこの愚兄はぁぁぁっ!!」


 その口から少女の名前、だろうか? ソレが零れ落ちる前に怒声をあげた当人の雄叫びによって遮られ、両の手でしっかりと握り直された杖がフルスイングされる。

 ゴギンッと首と顎辺りから出ちゃうとマズい音を発生させた少年は、そのまま白目を剥いて一瞬で意識を飛ばした。

 膝を折って崩れ落ちようとする彼を、鈍器として使用した杖をペイッと放り捨てた少女が胸倉を掴み上げて力づくで立たせる。


「友好国から国賓として招いた方々に無礼を通り越して気狂いみたいな真似をして! 猪だの脳筋だの呼ばれているからと言って本当の猪以下の行動を取る必要は無いでしょう!? 寝てる間に耳から脳味噌が流れ落ちでもしたんですかこの馬鹿!!」


 髪色に負けない位、怒りで顔を真っ赤に染めた魔導士姿の少女は、白目を剥いた鎧姿の騎士一人を吊り上げたままガクガクと掴んだ首元を揺さぶって吠え立てる。

 おぉう……ヒートアップするあまり、最初の一発で綺麗に意識を刈った事にも気づいてないみたいや。顎に罅でも入ったのか、意識がお空の彼方へ飛んだままの少年の口から一筋のドロっとした赤い液体が伝っとる。


 唖然として血縁らしき少年少女を見つめる俺とシアの視線に気付いたのか、彼女はハッとした表情になって慌てて頭を下げて来た。


「も、申し訳ありません! 身内の無礼のみならず、聖女様方にご挨拶すら欠くなんて……って何立ってるんですか早く頭下げてください兄さん! 深く! 膝を着いて!」


 いや、さっきからそこの彼……君のお兄さん意識無いから。君が腕力で吊ってるだけだからね?

 兄を下ろして膝裏にやたらとキレの良い蹴りを叩き込んで強引に膝を曲げて床に着けさせると、その頭を鷲掴みにして下げさせると言うより床に叩きつけ、赤金の髪の少女は自身も深々と膝を着いて頭を垂れた。


「重ね重ね申し訳ありません! 私の名は……」


 あー。

 ――イヴ。イヴ=ケントゥリオやろ。


 俺の言葉に、驚いた様子で顔を上げ、「御存知でしたか」とバツが悪そうに呟く少女、イヴ。

 レッドブロンドとでもいうべき特徴的な髪に、双子っぽい男女つーたらそらね。


 帝国の武力の象徴といえば、対邪神を想定して組織された少数精鋭の《刃衆(エッジス)》の他にもう一つ。

 軍部を統括する将軍にして、《赤獅子》と名高いレーヴェ=ケントゥリオ侯爵が率いる帝国騎士団だ。

 なんか厳密には《刃衆(エッジス)》も帝国騎士団の部隊の一つ、って扱いらしいんだが、括りとしてはレーヴェ将軍の纏める騎士団の中に入りつつ、彼の頭を飛び越して皇帝の命を直に受けて動く直属部隊でもあるとかなんとか。

 帝国の組織図にはそんなに明るい訳では無いので、詳しい事は良く分からんが。


 まぁ、とにかく。今話題に上げた将軍閣下とは戦場と帝国での軍議の場で何度か顔を合わせた事がある訳で。

 あの人に双子の兄妹のお子さんがいる事は割と有名だし、なんなら本人と会話したときに話題に出た事だってある。


 ノエル=ケントゥリオ。

 イヴ=ケントゥリオ。


 少々猪武者のきらいがあるが、帝国三指に入ると謳われる父親の剣才をしっかり受け継いだとされる兄と、優れた魔力資質とそれを磨く事を惜しまぬ気質によって、若くして宮廷魔導士の見習いになった妹。

 先程の発言からして、イヴが今も貴賓室の絨毯にゴリゴリと頭を押し付けているこの少年が、ノエル=ケントゥリオという事なのだろう。


「あぁ、言われて見れば特徴的だもんな、レーヴェ将軍の髪色って。そうか、この二人が……」


 俺の発言に、隣に座っていたシアが得心が行った、と言った感じで頷く。

 だが、二人の素性に納得は言っても先の発言については全く納得してないようで、たちまちその顔が厳しくなる。


「そこの小僧は曲がりなりにも侯爵家の後継ぎだろ。それが教国からの国賓に対して暴言ってのは割と深刻な問題なんだがな?」

「はい……仰る通りです、返す言葉もありません」


 表情に負けず劣らず厳しい声色に、イヴが力無く項垂れてそのまま深々と頭を下げる。

 体勢的にはもう殆ど土下座に近い。相変わらず意識の無いお兄ちゃんの頭を鷲掴みで床に押し付けたままなんだが、そのノエル君の額が更に深く絨毯に埋まり、ゴリッと痛そうな音を立てた。


 シアは表面的な態度こそ厳しいままだが、間に合いこそしなかったものの兄貴の狼藉を止めに来て、その後の態度もしっかりと弁えたものである少女にはそう悪い感情を抱いていない。

 それでも互いの立場ってものがある。不機嫌です、というポーズを分かり易く見せる為か、座ったまま腕組みして軽く脚なんて組んじゃったりする聖女様。僧服姿でそれは品が無いからやめんさい。

 直ぐにイヴが飛び込んできてノエル少年の顎を割って鎮圧した事もあって、さっき見せていた個人的な怒りは鎮火したみたいだが……今回は聖女としての立場からの公式な来訪やねん、流石にこれで無かった事にってのは難しいだろう。

 正確にはノエルが突っかかって来たのは国賓待遇のシアでは無く、あくまで護衛でしかない俺ではあるんだが……それにしたって発言・行動共に問題が多すぎた。口だけじゃなくて手も出す気満々だったし。

 両国の関係や今回は招待されたのを受けた側である事とか諸々加味すれば、ぶっちゃけこの後やってくる皇帝陛下に「お宅のトコの侯爵の倅が馬鹿やらかしたぞ、どういうことやねん、お?」と詰問しても許されるレベルのやらかしやぞ。


 当事者の俺としては、何か勝手に入って来て喚いたと思ったらそっこーで気絶させられるという出オチ芸を見た様な気分なので、其処まで大袈裟にはして欲しくないのだが……発言は問題だったが『視た』感じ父親である将軍に似てるのでどうにも悪感情を抱き辛いしなぁ。


 さて、どうするか、どうなるのか。


 悩む俺と難しい顔で腕組みしたままのシア。沙汰を待つ罪人の如きイヴ嬢に、事の元凶なのに失神したまんまのノエル少年。

 気まずいってレベルじゃねぇ重い空気が貴賓室に満ち始めると、その空気を入れ替えに掛かったのは兄妹が登場してから黙したままであったメイドさんだった。


「おそれながら、ノエル様の今回の行動はどう言い繕っても国際問題レベルです――この場限りで収めるのは不可能ですので、もう直ぐいらっしゃる陛下にお話を通すべきだと思われます」

「……ま、そうなるよな」


 彼女の言葉に、大体同じ結論に達していたらしきシアが吐息一つ漏らして肩を竦める。

 そのまま組んでいた腕を解いてソファーの背もたれに体重を預けると、床に正座したままのイヴに少しだけ柔らかくなったトーンで告げた。


「イヴ、取り敢えず兄貴を医務官に見せてやったらどうだ? オレがこの場で治療して一緒に陛下を待つって選択肢もない訳じゃ無いが……正直、目を覚ましてまたこっちに嚙みついてくる可能性もあると思うし、やらかした事の沙汰は陛下からレーヴェ将軍経由で伝わるだろうから、此処はキミとそこの小僧は退席すべきだと思う」

「はい……兄にはよく言って聞かせたあと、改めて謝罪に伺わせて頂きます」


 元よりこちらの意見には全面的に従うつもりだったのだろう。項垂れて悄然とした様子で立ち上がると、少女はもう一度深く頭を下げた。


「本当に申し訳ありませんでした……ほら、行きますよ兄さん」


 此方に対するしおらしい態度とは裏腹に、イヴは兄の足首を雑に掴んで芋袋みたいにずるずると引きずって部屋を出てゆく。

 残当ではあるけどね。再三言う様だがやった事が事だ、話がでかくなってしまえば帝国の屋台骨の一つたるケントゥリオ侯爵家の長男とはいえ、下手すりゃ将来の当主の座が妹さんの方にスライド移動するかもしれん。


「……挨拶だけして終わりだと思ってたんだけどなぁ……何時になったらオレ達は逗留先の屋敷に入れるんだかな」


 ソファに身を預けて天井を仰ぎ、ボヤく我が友人のお言葉には全く以て同感である。

 二人揃って天井を見上げ、次に何とは無しに顔を見合わせると……揃って溜息が漏れた。


 メイドさんがもう一度淹れてくれた紅茶が変わらず美味しかったのがせめてもの慰めだ……何事も無ければもっと美味かったというのは言ってはいけない(白目











「あー……久しぶりだな。色々と言いたい事もあるが……先ず正式なものは後日としても、この場で謝罪しておこう。余としても挨拶して軽く雑談だけして終わらせるつもりだったんだが、こうなるとは予想外に過ぎた」

「……いえ、つい先程起こった問題にこうして即座に対応・謝罪して頂けている時点で、そちらの誠意は充分に。苦労してますね、陛下」


 台風の如き騒動と火種を起こしていった双子――厳密にはその兄の方だけどね――が、貴賓室を退出してから暫し後。


 やってきた豪奢な衣裳と円套を纏った、灰色の髪の偉丈夫……帝国の主たるスヴェリア=ヴィアード=アーセナル皇帝陛下は、対面の席について挨拶もそこそこに謝罪を切り出した。

 それを受けて、ウチの聖女様の方も取り敢えずの謝罪を受け取る。

 どうやらノエル少年のアレは、小一時間も経っていないというのに早々に陛下の耳に入ったらしい。なんでも、貴賓室の守衛が血相変えて執務室に飛び込んで来たそうだ。

 察するに、扉前に立ってる衛兵さんも力尽くで侯爵家の跡取りを押さえるのは立場的に難しかったんだろう。というか、ノエルが評判通りに親父さんばりの才能の持ち主だとしたら衛兵一人じゃどうやっても止められんだろうし。代わりに即座に報告に走ったのはまぁ、悪くない判断だと思う。


 なので、事の経緯を把握している以上、皇帝が取り敢えず謝罪から入るのは別段おかしな事ではないんだが……俺とシアとしては、彼が連れて来たもう一人の御仁の方が気になっている処ではあった。


 年の頃は陛下と同じくらいの壮年の男性だ。

 先程見ていたものと同じ、赤金の髪に鍛え上げられた大柄な体躯。特に髪と髭は豊かに蓄えられ、さながら獅子のたてがみを思わせる。

 流石に教国製肉弾戦車のガンテス程では無いが、少なくとも比較対象に出来るくらいには見事な恵体だ。サイズや立場など諸々から、当然の如く特注であろう軍服に包まれたその上からでも、凄まじく練磨された肉体である事が見て取れた。

 最後に顔を合わせて会話したのは三年近く前になるが……元気そうで何よりやね。

 尤も、以前見た豪放磊落なその雰囲気は鳴りを潜め、少しばかり肩身が狭そうにして皇帝の座るソファの後ろに控えているが。


「お久しぶりですな、金色の聖女殿。猟犬殿も女神の御許より帰還為されたと聞き及んでいたが、こうして再び言葉を交わす事が出来るとは喜ばしい……本来なら再会の折には喝采を上げたい処ではあったのだが」


 自分がこの場にいる理由を考えると、それも憚られる。

 何処かしょんぼりとした空気を背負って、彼は普段と比べれば格段に大人しい声量で以て挨拶の言葉を述べて来た。


 帝国軍部統括する将軍、《赤獅子》レーヴェ=ケントゥリオ。


 隊長ちゃん率いる《刃衆(エッジス)》が皇帝の懐剣だとするならば、こちらは帝国という大陸最大国家の軍事的な象徴と言える人物だ。

 最前線で切った張ったは滅多に出来ない地位ではあるが、個人としての武勇も間違いなくこの国で三指に入るであろう超一流の剣士だったりする。

 というかぶっちゃけ、二年前までならこの人か《刃衆(エッジス)》顧問のネイトが帝国で最強だろうとは個人的に思ってた。今だと三番手にいたであろう隊長ちゃんがトップに躍り出てる可能性が大だけど。


 まぁ俺の勝手な脳内ランキングなんぞこの際どうでもえぇねん、気になるのは今この場にレーヴェ将軍が同席してるって事だ。

 当たり前だが、なんぼ相手が皇帝だといってもただの護衛や付き添いで後ろに控えるような立場の人間じゃない――間違いなく、つい先程起こった身内のやらかしのせいでこの場に急遽同席する事になったんだろう。

 俺達の視線が頻繁に自分の背後の人物に向けられている事は皇帝も気付いていたのか、ちらりと後ろに視線をやるとメイドさんが用意した紅茶を怠そうに啜る。


「この場にレーヴェがいるのは大体察しの通りの理由だ。というか、執務室で《大豊穣祭》の警備についての確認がてらこいつと話をしていたら……まぁ、一報飛び込んで来てな」


 お前達とこの場で会話するのは休憩も兼ねてたんだがなぁ、と少しばかり疲れの見える様子でボヤく自国の王の言葉に、将軍がその巨体を益々縮こまらせながら申し訳なさそうに頭を下げた。


「は……陛下のお手を煩わせる事となった今回の愚息の蛮行、聖女殿と猟犬殿になんとお詫びすれば良いのやら……」

「本当にな。お前の家の長男は若い頃のお前に輪を掛けて猪気味な処もあるとは思ってたが……帝国と教国の共同で行う最大規模の祝祭の一歩目で、初手から外交問題を起こしてくれるとは思わなかったぞオイ」


 長い、ながぁい溜息を肺から吐き出し尽くすと、あっという間に飲み干したカップの中身をメイドさんに再び淹れさせながら、ソファの上でふんぞり返る……というにはやや脱力した感じで身を反らす皇帝陛下。

 実際、寝耳に水だったのだろう。俺達との挨拶は気晴らし・休憩時間も兼ねていたというのに、強制的に今回の一件のせいでひどく面倒な厄介事(しごと)に早変わり、という訳だ。お疲れさんですマジで。


「正直、本来の大祭に向けての準備に注力したいからな、腹芸は抜きで行くぞ――先ず、そこらの木っ端貴族なら兎も角、軍部を纏めているケントゥリオ侯爵家自体に責任を問わせるのは、現状、余としては難しいと思っている。あくまで侯爵家嫡子のノエル=ケントゥリオ個人の暴走に依るものだという形にしたい」


 勿論、正式に帝国として謝罪も行うし、不足分は別の対価を用意する。とはっきりと言い切ってこちらの反応を待つ彼に、シアも大枠では不満は無いのか軽く頷いた。

「まぁ、将軍閣下には教国としても何度も戦場でお世話になってますから。過去の恩義を考えても御家自体に責を問う事はあまりしたくないです……けど、肝心の暴走した当人については"どこまで"の処罰をお考えで?」

「最低でも、嫡男としての家督相続の立場は一時的に取り上げる。当然、永続になる可能性も十分にありだ。幸い、妹の方も将来有望だしな。そのまま嫡子に移し替えても問題あるまい――それだけで済むのか、或いは侯爵家から放逐するのか、それとも葡萄酒(ワイン)を呷らせるのか、そこら辺はお前達と話して今から決める」


 要は正式な謝罪とそれに伴う責任の取り方や賠償、何より問題起こした張本人の処遇をこの場でざっくり決めてしまいたい、という事なんだろう。

 双子は見た感じ、リアより少し下くらい――年齢的には帝国の法でも成人したばかりかギリギリ未成年かといった処だが……こちらとの話し合いが拗れる様ならノエル君に末期の酒を飲ませると断言する皇帝の言葉に、レーヴェ将軍の顔が暗澹とした色に染まった。

 不満は無い、どう考えても息子が悪い。そんな感情はあってはいけない。だが、それはそれとして最悪の場合は息子が女神の御許へ若くして旅立つ事となるのは身を裂かれる思いである。

 極力感情を殺しているであろう状態でも、そんな想いがありありと伝わってくる表情だった。


 ちょっと待って、一ついい?

 なんか はなしが おおげさに なっとる (白目


 なんやねん、侯爵家に責を問うだの、成人したかも怪しい小僧に自裁させるだの。

 ぶっちゃけ当事者側の俺としてはそういう重いの求めてないんですけど。そういうの嫌だから未だにフリーの傭兵とかやってるですけど。


 そう主張すると、隣に座るシアが半眼になってこっちを見ながら口を開こうとして――それより先に皇帝が言い聞かせる様なトーンで言葉を被せて来た。


「猟犬。お前のそういう処は余的にも嫌いじゃないが――お前がどれだけ自身をただの傭兵だと主張した処で、それが通る段階は二年前にぶっちぎりで過ぎてると自覚しろ。お前の功績と、何よりお前の周囲の人間が、お前が只の無位無官の無頼である事を許さんのだ」


 とはいえ、背後に控える自身の右腕と言って良い男の心痛を、見る事もなく察していたのか。

 皇帝陛下は膝の上に肘を乗せて頬杖をつくと、普段の不敵な笑い顔を浮かべて最後に付け足す。


「――なんでな? 余としてはお前達が結論を出すに当たって、参考になるであろう情報を幾つか用意してきた」

「……というと?」


 打って変わって悪い笑みを浮かべて言われたその言葉に、シアは訝し気に問い返し、レーヴェ将軍は自らが仕える王の発した予想だにしない台詞に、驚いた様子でその横顔を注視する。


「そうだな、まず大前提として……ノエル=ケントゥリオはお前達()()共に、悪い感情は抱いていない」

「いや、流石にそれは無理があるでしょう陛下。実際にうちの犬は見当違いにも程がある言い掛かりを付けられてます――イヴが飛び込んでこなければそのまま実力行使に及んでもおかしくない位には敵意バリバリでしたって」


 シアさんシアさん、どうでいいけどうちの犬って呼び方やめてくれない?

 普通に我が家のペット、みたいな扱いで呼ばれた事に横から異議を申し立てるが、二人からは視線すら向けられずにスルーされた。なにこれ泣きたい。


 とはいえ、我が麗しの聖女様の御言葉もご尤も。あれで悪感情無いです、ってのはあんまり重い処分は止めて欲しい俺でも素直に頷きづらい話だ。

 だが皇帝陛下は、頬杖をついたまま平然と言葉を続ける。どうやら根拠というか明確な理由がある模様。


「まぁ、実際の言動を向けられたお前達からすれば納得はし難い話だろう。だが、事実だ。《金色の聖女》と《聖女の猟犬》。この両名に対して、件の小僧に悪意隔意の類は無い――ただ、()()()()という点においては間違いないだろうよ、二重の意味で、だが」


 そうだな、レーヴェ。と、水を向けられると、息子の進退が掛かっている将軍は力強く頷いて同意を示した。

 上司であるこの国のトップがノエル君を擁護する様なポジに回ってくれた事が余程心強かったのだろう。

 先程までのしょぼくれた様子から一転、なんとか息子の末期の酒(ワイン一気飲み)を回避すべしと、ここぞとばかりに前のめりに語りだす。


「はい、この場で発言しても言い訳にもならんと飲み下しておりましたが……以前、御二人について倅はこう評しておりました――曰く、『姫君に忠を尽くす騎士』その理想形であると」


 過大評価ァ!

 いや待って、それ本当にノエル君が言ったの? さっきの態度と違い過ぎて人物像が端っこすら重ならないんですけど!

 実際に言われた言葉とレーヴェ将軍が聞いたと言う高評価。あんまりにも乖離してるので思わずツッコミを入れてしまうのも宜なるかな。

 けれど、俺の隣で同じく噓くせぇ! といわんばかりの表情だったシアは直ぐに何かに気付いてハッとした顔になった。


「……ひょっとして、あの小僧――ノエルは、相棒が……《猟犬》が帰って来た事を知らない?」

「まぁ、帝国では一応緘口令を敷いてある話だからな――今回の祭りでそれも解禁する予定ではあったんだが」

「陛下から息子達には一足早く話す許可を頂いたので、今回の登城に併せて御二人に紹介しようと連れて来たのですが……それがこの様な結果になってしまい、我が子への監督の甘さを恥じ入るばかりです」


 我が友人の呟きに、あっさりと頷く皇帝と、それに追従して更なる経緯の補足を入れる将軍。


 あー……うん、そういう事ね。

 此処まで来ると流石に全体の流れというか真相が把握できるぞ。


 実際の処はどうであれ、ノエル君にとって理想の『姫とその騎士』だったシアと俺だが、俺の方は公の発表では二年前、聖女を筆頭とした各国主力で挑んだ邪神との戦いで戦死、もしくは生死不明・行方不明という扱いになっていたらしい。

 で、現在。世界を救い、代わりに騎士を喪ったお姫様の隣には転移者らしき来歴不明の男がひょっこり現れて、何故か騎士が居た場所に収まっていた、と。


 それが面白くなかったっつー事なんだろうかね?


 俺が現在、聖殿で暮らしてる事自体は把握しているけど、それが正真正銘、ノエル君のいう処の『騎士』であるという事までは知らなかった、みたいな。

 なので、彼からして見れば最後の最期までお姫様に仕えた騎士の後釜に、碌に名も知られてないぽっと出が我が物顔で居座ってる様に見えたのかもしれない。

 情報がひどく断片的な上に、直接の面識が無い事も今回の騒動に拍車を掛けたんだろう。

 二年前では彼の立場と年齢的にも戦場に出させてもらえるとは思えんし、遠目から見る機会すら無かったのなら猶更だ。

 更に言うなら、将軍がサプライズのつもりだったのか、紹介するそのときになるまで俺の事を伏せていたのも要因の一つだろう。登城の前に軽く説明だけでもしておけば起こらなかった話なワケだし、息子を良い意味で驚かせてやりたい、という心遣いが裏目に出た形だ。


 正直に言えば、それにしたって今回の彼の態度は敵意過剰だろう、と思わなくもないけどね。

 仮に俺がくたばったまんまで、シアの護衛に知らん奴がついていたとしても、そいつに悪意が無くてシアリアも傍に居る事に納得してるなら他人がどうこういう様な話でも無いだろうし。

 いや、マジでノエル君が言ってたような奴が二人の側でうろちょろしてんなら亡者でも亡霊にでもなって現世に戻ってナイナイしに行くが、そもそもそんな奴を侍らせるような奴らじゃないし。当人も、周りの連中も。


 まぁ、とにかくだ。蓋を開ければ間の悪さ、すれ違い、勘違いの重なりで起こった話だった訳で。


 なんかもう俺としては、責任取って丸坊主にでもさせてそれで終わりでいいんじゃね? くらいの気分にはなってる。

 でも外交って視点で見ると、ノエル君がとんでもない無礼を友好国の来賓に働いたって事実だけは変わらんのだよなぁ。


 酌量の余地あり、という形には出来るだろうが、今後も彼が家族関係に変な亀裂を生まずに過ごしていくには、教国側――正確には現場に居合わせているシアの妥協というか、口裏合わせがある程度必要になってくる。

 ノエル君の乱入の理由が俺達への敵意処かその逆に類する感情が故だった、という事を知ってシアの態度も大分軟化しているので不可能では無いだろう。

 皇帝陛下とレーヴェ将軍は、死罪コースを回避出来ただろうからもう十分、これ以上は友好国に対して不義理、といった様子だったが、俺的にはあと一押し欲しい処だ。


 ――先にも言ったが、将軍とその息子の『視た』在り方は非常によく似ている。


 だから、変に拗らせたり歪んだりしなければ、彼もまた父親みたいにその魂を輝かせる漢となるだろうと期待感を抱いたりするのだ。フェチ的には是非ともそうなって欲しいですハイ。

 なので追加情報があるなら、もっと出して良いのよ?


 そんな期待と目力を込めて皇帝陛下をじーっと見つめると、大体察してくれたのか苦笑を浮かべて顎をしゃくる。

 その先に居たのは――皇帝と聖女の対談が始まってからも静かに、影の如く控えていたメイドさんである。


 彼女は皇帝の合図を受けて音も立てずに卓の側に歩み寄り、後ろに手を廻してニュッとばかりに唐突に一冊の本を取り出した。

 それをシアに手渡すと、一礼して定位置に戻る。

 ……って、ちょっと待って。今どっからその本出したの? 背中や懐に隠しておけるサイズじゃないと思うんですけど。


「メイドの嗜みです」


 アッ、ハイ。

 上品かつ完璧なアルカイックスマイルで対応されてしまい、即座に疑問を引っ込める俺。

 いやだってさぁ、これ追及したらアカン笑顔(やつ)やぞ。おれはくわしいんだ(白目


「――! これは……」


 む、なんだシア。どうした?


 驚きと――気のせいでなければ僅かに喜色の混ざったその声に。

 メイドさんへの消えない疑問は押さえつけて、友人が食い入るように見ている本の表紙を、俺も脇から覗き込む。


 サイズとしては大判に近いが、本の質としてはそう上等なものではない。

 厚手の頑丈な紙で綴られたソレは、格調高い王城にある書物としては異色の、大衆向けの絵本だった。

 表紙には可愛らしい絵柄で、白い衣をまとった淡い金髪の女の子と黒い鎧姿の騎士が描かれている。

 互いに手を伸ばして触れるか触れないか、といったもどかしい距離を子供向けながらに感じさせる気合の入った表紙絵の上部には、絵本らしくデカデカと分かり易いタイトルが印字されていた。


『金色の少女と黒い騎士』


 oh……。

 色々な意味でそのまんま過ぎるそれを見て、絶句していると。


「ノエルのやつが個人的に出資者(パトロン)となっている作家と絵師の作だ。というか、城下でこの本を見つけて小遣いをはたいて支援をするようになったらしい」


 アウトォォッ!

 笑いを多く含んだ陛下の台詞に、思わず叫んでしまう。

 どう見てもシアと俺じゃねーか! ふざけんな意義を申し立てるぞ! 肖像権の侵害だルルォ!

 回収だ! かーいっしゅう! かーいっしゅう! と強く遺憾の意を示すが、こっちの気も知らずに滅茶苦茶楽しそうな笑顔の皇帝様はニヤニヤと笑みを深くして肩を竦めた。 


「そうは言っても、国内の施設……孤児院なんかを中心に既に結構な量が出回っているぞ? 主な読者層である子供を中心に、中々に評判が良いらしい。余としては多くの幼子の笑顔を取り上げるのは心が痛むんだがなぁ?」

「……陛下、吾輩はこの様な話は倅から聞いておらんのですが……」

「商売っ気も何もない、ただドハマりしてる趣味を採算度外視で布教してるだけだからな。父親には言い辛かろうよ――別件の調査で偶々引っ掛かった話でなければ、余とて把握しとらんわこんな情報(モン)


 よし、レーヴェ将軍! 今回のやらかしの罰として息子へのお小遣いやら彼の使用できる資産を凍結しよう、全部! 資金源が絶たれれば本が増刷される事も無いやろ!


「帝都の中でも大手の商会が目を付けたらしくてな。近々教国や北方にも輸出される話が出てるから、余程の大ゴケをするまでは増刷と各国への流入は止まらんと思うぞ?」


 |嫌《イ"ェ"》ァ"ァ"ァ"ァァア"ッ!?


 頭を抱えて叫ぶ俺、事のついでに本来の目的であった気晴らしが出来た御蔭でご満悦な皇帝、なんか今回の件を振り返って、ムスッコと色々コミュ不足だったと思い悩む将軍。

 男三人の会話を悉くスルーして、子供向けであるが故に大してページ数も多くない筈の絵本をじっくり丁寧に読み終えたシアがパタン、と静かに本を閉じる。


「――うん、どうやらオレはノエル君の事を見誤っていたみたいだ。彼には見所がある」


 チョッッロ!? いや、厳罰とかにならんように融通利かせるのは俺としても望む処ではあるんだけど、それでえぇんか聖女!?


 良く分からんが、今のシアはなんだか凄い機嫌が良い。厳しい対応をする、という建前上のポーズすら崩れ去る位には。

 絵本の出来がそんなに良かったんだろうか? もしくは意外と自分をモデルにした本とか出ちゃうと、こそばゆいながらも喜ぶタイプ?


「完全に無かった事に、ってのは流石に出来ませんけど、オレの裁量の範囲ではノエル=ケントゥリオの問題行動についてある程度酌量するとここで約束しますよ――それはそれとして、この本は何処で売ってるのかお聞きしても?」

「あぁ、帝国としても侯爵家の跡取りを処刑だの追放だのにするよりは余程有難い。今回の一件は必ず別の形で対価を払うと余も約束しておこう――絵本に関してはそのままくれてやる、以前に調査の一環で参考資料として部下が持って来たもんだしな」

「我が息子の愚かな行動、重ね重ね謝罪致します聖女殿に猟犬殿……そして、寛大な処置に感謝を」


 話聞けや、そろそろ泣くぞ。いい年した男が恥も外聞も無く泣き喚いて回収回収連呼しだすぞオイ。

 我ながら情けない脅しの言葉に、シアは悪い悪い、なんて言って軽く笑いながら、手の中の絵本をこっちに向けて翳して見せる。


「目を通してみて良く分かったよ。これを大枚はたいて色んな人に広めようとする奴が、オレとお前に悪い感情を持ってるとは思えない――お前もちょっと読んでみたらどうだ?」


 お前さんがそこまでいう内容か。

 興味が無い訳じゃないが……やっぱやめとくわ。読んでる途中でぜったいはずかしさでもんぜつするみらいしかみえない(断言


「ははっ。ま、お前ならそう言うだろうとは思った」


 精神的ダメージが確約された読書のお誘いを固辞する俺に、シアは楽しそうに笑い返して……両手に持った絵本を大切そうに抱きしめたのだった。









◆◆◆




 教国の賓客たる聖女と、その相棒たる青年が退出した貴賓室にて。


 幾つか予想していたよりは遥かに穏便な形で問題が決着した事で、帝国の主たるスヴェリア=ヴィアード=アーセナルは安堵と疲労が混ぜ込まれた溜息を大きく吐き出し、改めてソファの背もたれへと体重を預けた。

 魔獣の素材もふんだんに使用した最高級の家具が自身の身を受け止める心地よい感触を暫し楽しむと、ややあって天井を見上げてボソリと呟く。


「やれやれ、最初に報告を聞いたときはどうなるかと思ったが……なんとかなったか」

「……今回はまことに申し訳ありませんでした陛下。全ては吾輩の監督不行き届きに依るものです」


 背後に控えたままの己が右腕――即位する以前から、帝国を強固に纏め上げるまで共に駆け抜けて来た二十年来の部下の謝罪に、軽くひらひらと手を振って返すだけに留める。


「お前もこの一時間程度で随分と心労が嵩んだだろう――この場には余しか居ない、座っとけ」

「む……では、御言葉に甘えて」


 王と臣下という関係ではあるが、同時に若い頃からの友人でもある。

 言外に休憩がてらオフの時間扱いにしろというスヴェリアの意を汲んで、《赤獅子》レーヴェ=ケントゥリオは先程よりは多少砕けた所作で客人たちが座っていた対面の席へと腰を下ろした。

 人目のある場所では到底出来そうにない、だらけた態勢で深く、ゆっくりと息を吐き出す帝国の主と重鎮。


「――お茶のお代わりはご用意致しますか?」

「いや、余はいい。あいつらと対談中に結構な量を飲んだからな。後ろに立ちっぱなしだったレーヴェにだけ淹れてやれ」

「うむ、お気遣い、感謝しますぞ」


 この場に唯一控える使用人の女性――スヴェリアがこういった私的な場においても侍ることを許している唯一のメイドが、手早く準備を整えているのを横目で眺めつつ、彼は再び呟く様な声量で言葉を洩らした。


「ノエルの処遇については、悪かったと思っている――が、あれが最適解だった。教国との関係が悪化する可能性があるのなら、死んでもらうつもりだったのは本当だ」

「いえ、教国の御両人との話の最中、再三にも渡って申し上げましたが……愚息の短絡的な行動が齎した結果です。アレ一人の身の上のみで話が済むのであれば、ケントゥリオ侯爵家の当主として異議を唱える筈もありませぬ」


 責められるべき者がいるとすれば、息子を諫められぬ不出来な父親でしょう、と。自虐を織り交ぜて語られるレーヴェの言葉に、身を乗り出して「それだ」と返すスヴェリア。


「今回の一件、確かにノエルの短慮によって起こった事ではあるが……少々前後の状況が不自然だ」

「……と、申されますと?」

「行動に移す前に、その根拠となったノエルのもとに届いた情報に、作為的なモノがあるように思えてな」


 聖女の相棒――猟犬と呼ばれる青年が再度転生し、再び聖殿で過ごす様になって数ヵ月。

 国内では緘口令を敷いたとはいえ、教国が特に秘匿などを行っていない以上、耳聡い者なら情報を得ていても不思議ではない。

 今回、国賓として最初にやってきたあの二人に対し、並々ならぬ憧れや敬意を向けているノエルならばなるほど、既に何らかの形で聖女の現状を断片的にでも手に入れていても不自然ではなかった。


 だが実際にはどうだ。彼が得ていた情報は、数か月前から転移者の男が聖女達の周りをうろちょろとして行動を共にしている、という酷くフィルターの掛かった内容である。

 彼女達が満更でも無い態度である、などというのは一目見れば分かる話ではあるし、先程も言ったが《聖女の猟犬》の正体の周知が薄いというだけであって、その帰還自体は特に教国では秘匿されてはいないのだ。

 スヴェリアが引っ掛かるのはそこだ。どういう伝手にしろ、ノエルに届いた情報に意図的な選出があるように感じてならなかった。


「……倅が短慮を起こすように糸を引いたものがいる、と?」

「まぁいたとしても、此処まで大事になりかけるとは流石に予想の外だろうが、な」


 帝国と教国の関係に罅が入って喜ぶ者など、それこそ邪神の信奉者の残党くらいのものだろう。

 或いは平和な時代が永く続けば、安定した北方諸国などが強大な二大国家の強固な友好関係を疎ましく感じる様になる可能性は高いが……各地に復興支援を行う両国間に緊張が走る事は、現状、小国群にとっては寧ろ悪報でしかない。


 最悪の場合、息子を失っていたであろう帝国でも最強の一角である武人が、獅子の威嚇の如き低い唸り声で喉を鳴らす。

 物騒な威圧混じりの空気を垂れ流し始めた将軍の前に、鼻腔を擽る茶葉の香りと共に満たされたカップの乗ったソーサーが置かれた。


「む、これは忝い……淑女(レディ)の前で頭に血を昇らせるとは、吾輩もまだまだ未熟」

「いえ、お気になさらず。閣下がノエル様とイヴ様を大層大事に思っていらっしゃる事は存じ上げております」


 顔を顰めて自戒と共に口をへの字に曲げるレーヴェとそれを見て微笑むメイドの女性を眺めながら、スヴェリアは一人黙して更に思考を続ける。


 少なくとも、国内に帝国と教国の関係悪化を望む者は、現状ではいない。

 ――だが、皇帝たる己と教国の関係、という事であれば、また話は別だ。


 嘗てこの国を纏め上げた際、度を越した害悪や愚物の類は苛烈な粛清で以て切り捨てたが、それに怖気づいて慌てて頭を垂れた者や上辺だけの忠誠を謡い、極力大戦へと関わらぬように立ち回った者。

 人類種側が勝利を収めた今となっては、帝国内でも所領や影響力を削られて肩身の狭い思いをしているであろう者達。

 スヴェリアが即位する以前の、旧態依然とした纏まりの無い大国であった時代にこそ幅を利かせていた『旧貴族派』とでもいうべき連中にとっては、彼の求心力や国内の支持が低下する事はさぞ喜ばしいことだろう。

 証拠や確信がある訳では無いが、現状で王党派筆頭たるケントゥリオ侯爵家にちょっかいを掛けて来るとすれば、彼らである可能性が高かった。


「国の威信をかけた催しの準備期間に、随分と舐めた真似をしてくれる……旧黴共の頭とは大祭の最中は協力し合うと話を纏めた筈なんだがな」

「おそれながら陛下、あの三枚舌がこちらの示した条件を唯々諾々と飲むとは思えませんぞ。ましてや、あれの下にいる連中ならば尚の事です」


 心底嫌そうに眉を顰めるレーヴェに対して、同じく渋面を作ってスヴェリアが「分かっている」と吐き捨てる。

 旧い貴族達を言葉巧みに得意の口八丁で纏め上げ、だがそれを理由に粛清や排除という選択を取らせない程度には国に益を齎し――それ以上に自身の懐と領地を富ませる。

 なまじその辺りのバランス感覚に秀でているだけに、部下や臣下としては最悪に厄介な蛇の様な男の顔を思い出して、帝国最高位の権力者達の顔が揃って素足で犬の糞でも踏んづけた様な面構えになった。


「……取り敢えず、お前の家と最近接触した者の中で古黴共と繋がりのありそうな者を洗い出せ。特にノエルとイヴの近辺は重点的にな」

「心得ました――吾輩としても、息子達にこれ以上の害が及ぶともなれば堪えが利くか怪しいですからな、全力を尽くすとしましょう」

「いやそこは我慢しろよ、お前にまでミヤコや猟犬みたいな若い連中と同じハジけ方をされたらいい加減禿げ上がるわ」


 終戦以降、大陸最大規模となるであろう祭典、《大豊穣祭》。

 各国様々な者達が集い、同時に同じ数だけの思惑も入り乱れるであろう祭りの時間は、刻一刻と近づいているのであった。










ノエル=ケントゥリオ


かませ役かと思いきや、聖女(金)と猟犬ガチ勢だった。

持ち得る個人的な資産をほぼブッパして金と犬のカップリング布教に励む猪突猛進ボーイ。

ちなみに布教は最大で帝国圏内のギリギリ外くらいにまで地味に広がっている模様。帰還編で登場した村なんかにもきっと何冊かある。

あとで父ちゃんにお前が突っかかったのは犬本人やで、と教えられてその場でエクストリーム切腹をかまそうとした。尚、普通に父に腕づくで鎮圧された。



イヴ=ケントゥリオ


常識枠の妹。

でも兄がやらかした際の辛辣さはやや常識を投げ捨てている。

初手で顎を割ったが普段の兄妹仲は良好。

兄がワインイッキや追放にならなくて人知れず安堵の涙を流した。

それはそれとしてまた何かやらかしたら顎は割る。自重しろ愚兄。



レーヴェ=ケントゥリオ


赤い鬣の糞強ライオン丸おじさん。

帝国の軍事面でのトップ。同じ様な図体のどっかの筋肉とは地味に仲が良い。でも二人並ぶと暑苦しい。

ムスッコがやらかした御蔭で登場回である今回はやや大人しめの立ち振る舞いだったが、普段はもっと豪快で声がデカい人種。

祭りの準備で忙殺されている間に、子供に変なちょっかいを掛けられていたと知って激おこぷんぷん丸。下手人候補筆頭である三枚舌の貴族がいたらその場で両断しちゃってたかもしれない。それをやると陛下のお髭どころか御髪が抜け落ちるのでやめて差し上げろ。





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