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祭りの準備 帝国へ




 トイルから祭りについて聞かされて数日後。


 送られる人材や物資に混じる形で、俺とシアも早々に帝国へと向かう事となった。

 当然というか、あちらの騎士である副官ちゃんもね。

 なんでも、既に現地で開催時の総合的な警備に関わる大規模な魔法を構築しているズィオロ枢機卿――スカラのおっさんに協力する為に、その手の魔法にぶっちぎりで強い金色の聖女様に最初にお呼びが掛かったらしい。

 この辺りは帝国と教国の其々の人材の方向性の差ってやつだ。大戦中もそうだったが、互いの得意な分野で補完し合うというか、差異が良い具合に噛み合うんだよな。

 ちなみに俺はシアの護衛。それと雑用その他諸々係だ。帝国から受けた仕事の方は開催されてからだからね。

 ぶっちゃけ祭りの準備を皆でワイワイやるのも面白そうだというのもあって手を挙げたというのもある。

 少し遅れてリアやガンテス、シルヴィーさんなんかも帝国入りしてくるだろうし、帝国(あっち)の知り合いも含めて激励会とかやりてぇなぁ。大手を振って酒飲めるし、話題として出せば酔いどれ枢機卿殿が協力してくれねーかしら。


 今回は聖女様が同行するって事で、対外的なものもあってシアと護衛の俺は貴人用の豪華な馬車に乗り込んでいる。っていうか俺は元から馬には乗れないんだけど。鎧ちゃん的な意味で。

 貴族とかも乗るような代物だからこれはこれで乗り心地は悪くないんだが、ぶっちゃけ界樹に向かったときの馬車のほうが快適性は上なんだよな。あっちはデザインこそシンプルだったけどリクライニング機能とかもあったし。

 懸架装置(サスペンション)に似た機構がある時点で上等――おそらくドワーフ製なんだろうが、流石にマイン氏族監修のものと比べると振動緩和とかが甘い。

 贅沢を言い出せばキリが無いんだろうが、長旅で馬車に揺られるならケツに負担が掛からない方が良いに決まってるやろ(確信


 とはいえ、乗り合い馬車なんかと比べれば雲泥の差な訳で。

 幾ら見た目分かり易く色んな物資を満載しているといっても、フル武装の教国の僧と帝国の騎士が多数いる集団なんかを襲って来る自殺志願者みたいな野盗なぞいる訳も無く、道行きは実に平和だった。

 両国の間に敷かれた大街道を、和やかですらある空気でガタゴトと馬車は進む。


 順調ではある。あるが、結構な人数プラス各種物資を積んだ馬車群でえっちらおっちら移動しているので、到着するまでそれなりの日数が掛かる。

 なので多少なりとも暇を潰せるように、トランプだの盤上遊戯だの何かしらの本だの、シアは色々と馬車内に持ち込んでいた。

 まぁ立場のせいで暇になったから外にでて徒歩やら騎馬で移動する、とか出来ないしな。少人数での任務とかならともかく、今回みたいに外交の側面が強いときは特に。

 副官ちゃんなんて本来は馬に騎乗して移動なんだが、長い移動時間で暇を持て余すのは目に見えてるので、しょっちゅうシアが馬車に招いて話相手にしている。

 呼ばれた当人も馬車にいる間は楽に過ごせるので、特に否は無いみたいだ。元よりこの団体における有事の際の最優先護衛対象がウチの聖女様なので、実力者が近くにいるって事自体も護衛の観点から言えば悪いこっちゃ無いし。


 ちなみに今も副官ちゃんが馬車内に居る。なにやら帝国首都の名所や良い店なんかが載ってる帝都案内みたいな本を広げて、二人であれこれとお喋りに興じていた。


「おー……流石は帝国。こうやって文章だけの情報を見ても教国(こっち)にもない施設や店が結構あるな」

「ちょっと、何時までも最初の方の頁見てないで後ろの方をチェックしなさいって。私も知らない店が増えてるかもしれないし」

「ん、後ろな。まぁ、これ今年発行された最新版だからな。出向中のアンナが知らない情報も載ってそうだ……って後ろの方は飲食関連ばっかりじゃねーか、後でいいだろ後で」


 国で発行されてるらしい上等な革張りのソレを顔を並べて覗き込み、あーだこーだと仲良く帝国の名所名店を調べている。

 女の子って情報誌とかでお勧めの店とか調べるの好きよね――非モテ特有の偏見とか思った奴はちょっと前に出ろ。


 俺としてもただ馬車に揺られてるだけというのは退屈なので、座ったままでも出来る《三曜》の訓練――主に周囲の魔力の知覚と流動への干渉なんかを行っていたのだが、目の前の二人には不評で中断せざるを得なかった。


「同じく暇を味わうオレを放って訓練に集中とかひどいぞー、お前はもう少しオレに構えー」

「こんな美少女二人と同席しておいて修行とかないわー。アンタどんだけ贅沢な状況にいるか少しは自覚しなさいよね」


 なんて口々に言ってた癖に、発言からいくらもしない内に俺そっちのけで二人で本を広げてきゃいきゃいと観光予定を立てだした。おう、同性だったら即行でヘッドロックの刑だぞ君たち。

 釈然としない気持ちが無い訳でも無いが……まぁシアも副官ちゃんも楽しそうだから良いか。

 そんな風に考えつつ、緩やかに流れていく窓からの景色を眺める。

 街道脇には大きな運河が広がり、そこから南部に向けての道を繋ぐように石造りの大橋が掛かっているのが見えた。


 ……あー、もう直ったのかあの橋。


 俺が思わず呟いてしまった一言を拾い、副官ちゃんの視線が本の頁から上がる。


「あぁ、ここね。大戦が佳境に入った辺りで壊されたんだっけ……少し前にやっと修復作業が終わったみたいだね。派手に落とされた御蔭で修復というより殆ど最初から橋を掛けなおしたらしいけど」


刃衆(ウチ)》からも何人か作業中の警備に駆り出されたのよねー、なんて愚痴っぽく零しながら、彼女はロングブーツに包まれた脚を組んで膝の上で頬杖を付く。

 修復作業とやらが戦後に着手されたのだとしても、どう考えても《刃衆(エッジス)》がやるような仕事じゃない。

 なので、副官ちゃんがちょっと不服そうな反応なのも仕方ないっちゃ仕方ないんだが……許したって、多分、君の上司が請け負った話だから。


 ――言う迄も無く、窓越しに見える石造りの橋はあの雨の日、俺と隊長ちゃんが大喧嘩してぶっ壊したやつである。

 かつて輪切りにされて運河にド派手な水柱をぶち上げた事が幻であったかの様に、以前と変わらぬ見目で堅牢なる大橋は運河を跨いで岸と岸を繋いでいた。

 正直、下手人の片割れである俺としては話題を振られるだけで変な汗が出て来るので、なるべく淡泊な反応でそうなのかー、と返すことしか出来ない。

 隊長ちゃんが事の経緯を皇帝陛下に一切話してない、とは考えづらいので、多分陛下の判断で信奉者連中のテロ行為で破壊されたとかそんな感じになったんだろう。でなきゃ副官ちゃんが知らない筈が無いし。

 邪神との戦いも大詰めに近づいている、という予感を各国人類種がひしひしと予感している最中、帝国と教国の主戦力がガチ目の私闘をやらかしました、なんて外聞悪い通り越して士気にも影響が出かねないからね、仕方ないね――その節は大変ご迷惑を御掛けしましたぁ!(迫真


 一方で、俺が大体の経緯を話してあるシアさんはなんとなく察したのか、呆れを含んだ視線で窓から顔を逸らした俺を眺めている。

 此処で副官ちゃんに真相をぶちまけないだけまだありがたいので、馬鹿を見る目付きで見られるくらいは甘受しよう、うん。


 相変わらず何が起こるという事も無く、一定の落ち着いたペースで馬車は進む。

 過去に何度も足早に駆け抜けた街道を、急ぐ事無く、ゆっくりと。

 或いは、こういう時間を何の気負いも無く過ごせるようになったのも、平和になった証の一つってやつなのかもなー、なんて思いながら。


 帝国へと続く道もまだ半ば――目的地に到着するその間、どう過ごそうかと、のんびりと考えたりするのだった。







◆◆◆




 道中、何事も無く、オレ達は帝国の領内へと無事に入国を果たしていた。


 精々はぐれの魔獣が食料を狙って襲ってきた、程度の事はあったけど、同行している人員が多い上に皆、実戦経験も豊富な腕利き揃いだ。

 馬車に居たオレ達に話が伝わる頃にはほぼ片付け終わっていた、という状況だったし、怪我人すらいないので有事にカウントしなくてもいいだろ。


 楽と言えば楽だったんだけど、流石に数日間もそんな感じだと、暇過ぎて時間を持て余していた。

 食事ですら馬車の中、なんて事にもなりかけたけど、流石に到着までの間それでは逆に身体に良くない、と相棒とアンナが主張してくれた事で、飯時だけは外の空気を吸えたのには感謝だ。

 平和になったからといって、今になってお姫様よろしく過保護な移動方法をチョイスされてもなぁ。少人数であちこち飛び回って戦場を駆けずり回ったりしてた身としては、窮屈さしか感じないんだよ。

 遠話の魔道具も持ってきてあるし、後続のアリアが同じような目に合わない様に、同行するシルヴィーさんやグラッブス司祭に頼んでおこうかな。


 そんな訳で、だ。


 もう首都も目前。馬車の窓から覗いてみれば、遠目ではあるが発展した美しい街並みが見えて来た。

 あと一時間もしない内に帝都に到着するともなれば、やっと馬車での缶詰状態から解放される事も相まって否が応でも気分が高揚する。


 聖女としての立場上、完全に遊興目的とはいかないけど……戦時中に訪れたときと比べれば、目的自体が和やかだからな。

 終戦後は初めての帝都――この世界で最も発展してる国の首都に来た訳だし、祭りの間は是非ともあちこち見て回りたい処である。


 移動中に一通り目を通した帝都案内書は、お堅い施設や歴史ある名所ばかりじゃなくて最近出来た娯楽関連の店なんかも紹介してたので非常に参考になった。

 杓子定規な役人やコッテコテの伝統派貴族が手を入れてる本だと、内容も画一的で正直読んでてあんまり興味をそそられないんだけど……編纂者が柔軟だったのかセンスあるのか、読んでいて実際にその場に訪れたくなる書物だったな。良いお値段だったけど、その価値はあったってやつだ。


 チラリと、向かいの席に座る相棒の顔を見やる。

 うん、コイツが気に入りそうな店なんかも記載されてたし、なんとか時間を捻りだして城下に出たいな。出来れば二人で。


 でも、アリアも直ぐに合流してくる上に、あちらにはミヤコもいる。

 祭りが始まってしまえばイベント目白押しで、二人で出掛ける機会なんて早々訪れないだろう。

 やっぱりチャンスがあるとすれば準備期間の間だな。お互いの休みが合う様に調整したい処だ。


 あれこれと到着後の予定を考えている間に、帝都に大分近づいてきた。


 結局は護衛という名目で大半馬車の中に居ることになったアンナが、窓から身を乗り出して大きく深呼吸する。


「んー! やっと着いたぁ。のんびりした移動も悪くないって思ってたけど、やっぱ早馬や走って行く方が性に合ってるって再確認したわ……素晴らしきかな我が故郷、麗しの帝都よただいま! って感じ?」


 それなー、と相棒がしみじみとした口調で同意を示して頷く。

 アンナは性格的に見てもまぁそうだろうな、と思うが、忙しない時間もゆったりとした時間も満遍なく楽しむタイプのこいつが今回大分暇を持て余してたのは、過去に何度も自身の最速で駆け抜けた道行きだからだろう。景色なんかも散々見慣れてる訳だ。


「戦争終盤、お前は伝令と言うか飛脚というか、しょっちゅう脚を使って帝国と教国の間を行き来してたもんなぁ」


 オレの言葉に、猟犬印の宅急便。常時速達で敵に凶報、味方に吉報をお届けしてました。なんて相棒は戯けて言うけれど、実際そう的外れでも無いんだよな、その台詞。


 あの鎧を使用した際の機動力と速度を生かした情報伝達は、邪神の信奉者達が遠話の魔法や魔具をジャミングしても極めて短い時間で直接情報を届ける事が可能だった為、オレ達人類側には相当に有用だった。

 逆に敵方には凄まじく目障りだったろう――が、そのときには既に信奉者達から死神扱いされてた相棒を腕づくでどうこうするのは、向こうからしたら不可能に近かった訳で。

 連中をおちょくる為なのか、単に何時もの悪ふざけなのか。配達に行ってくる! なんて言いながら、元居た世界のポストをそのまま引っこ抜いた様なデザインの鈍器を担いで伝令先へと赴いたときもあった。

 色だけは普通の鍛造された鋼そのまんまの色だったけど、帰ってきたら赤黒くなってたな。曰く、"塗料が向こうからやって来たので染色した"らしい。

 傭兵という形で一緒に居た為に、アホみたいな量の功績に伴って相当な量の報酬も貰っていたのは分かるけど……定期的に意味の分からない悪ノリみたいな事に金を突っ込むのだけは今でもどうかと思う。

 見た目は完全にポストだったけど、丁寧に鍛えられた鉄鎚としても中々の良品だったのは一目で分かったしな。無駄遣いしないで普通に貯蓄しとけよ。


 今思えばコイツが《聖女の猟犬》として過剰に恐れられたりしたのはそういう一面のせいなんだと思う。

 普段と変わらないふざけた言動の中にも、邪神とその配下関連に対する殺意の高さが透けて見えるというか……そのせいであまり親しくない人間はドン引きしてしまうのである。

 そういった人達には魔鎧の影響を受けているのかも、なんて勘ぐられていたのかもしれないけど……完全に素でやってんだよなぁコイツ……。


 そうと理解してるオレとしても、最初は呆れと頼もしさが半々だったんだけど。

 その殺意の高さ、容赦の無さの理由――その根底にある感情が、オレを、オレとアリアを苦しめている元凶に対する怒りだと気づいてからは、こう、なんというか、うん……。

 我ながら現金なもので、その容赦ない戦いぶりにも胸が高鳴るというか、普通に恰好いいと思ってしまうときがあるというか。

 べ、別にオレだけじゃねーし! アリアなんて眼を輝かせて熱っぽく溜息ついてたりしてたし! いいだろ別に!


 って、誰に言い訳してるんだオレは。

 流石に頭の中だけで盛り上がり過ぎだと我に返る。




 既に帝国の中心地である帝都は目前。堅牢さと威風を兼ね備えた首都入口の城門が、オレ達の到着に併せてゆっくりと開門していくのが見て取れる。

 先行した人員が一足先に諸々の入国手続きは済ませている筈だ。

 なので、開いた門をそのまま馬車の集団は通過してゆく。


 うん、やっぱ門の規模や広さ一つとっても流石の最大国家、といった感じだ。大型の馬車同士がすれ違っても余裕の横幅って聖都の城門より更に一回りはデカいぞ。


 巨大な城門を抜けた先に広がるのは、整然とした――だけど活気に溢れた、石造りの美しい街並みだ。

 城門から続く大通りの先には見事な彫刻が彫りこまれた噴水が緩やかに水音を立てているのが見え、中央の広場らしき憩いの空間に清涼感を齎している。

 更にその奥の景色に見えるのは、街中から見ても未だ霞んで見える荘厳かつ剛健な王城。今回の終点でもある。


 大通りを進む教国の馬車の集団に道行く人々が歓声を上げ、通りに面した家々や店舗の上階からは可愛らしい薄桃の花びらが撒かれ、風に乗ってひらひらと舞い踊った。


「いらっしゃーい、聖女さまー!」

「帝都へようこそー!」


 老若男女、様々な人達が笑顔で歓迎の声を馬車に向かって掛けて来る。

 分かっちゃいたが、やっぱりオレを呼ぶ声が圧倒的に多い。分かり易い教国の看板の自覚はあるので、それなりに慣れたもんではあるんだが……うーん、やっぱり気恥ずかしさや面映ゆさと言ったものは完全には無くならないものだ。


「窓から顔出して手でも振ってあげたら? 聖女様?」

「楽しそうに言いやがって……行動としては間違っちゃいないのがまた腹立つなぁ!」


 ニヤニヤと揶揄いを含んだ悪い笑顔でアンナが小首を傾げる。

 両国の友好をアピールするのも今回の目的だ。業腹だが、ここはアンナの言う通りにしておくべきだろう。

 これが面倒な貴族や他国のお偉いさん相手なら、完全に割り切って営業スマイルで対応も出来るんだが……キラキラした眼で見て来る一般の人達相手だと作り笑いも少し申し訳ない気がしてなぁ。どうにも引き攣りがちになってしまうのだ。

 窓から顔を覗かせ、口角を上に向けながら民衆に向かってぎこちなく手を振る。

 オレの下手糞な愛想笑いでも、帝都の人達は『聖女を近くで見る事が出来た』という事実を以て満足してくれたのか、歓声は益々大きくなった。


 ゆっくりとしたペースで馬車の一団が進む中、ひたすらに笑顔を振りまいて手を振る仕事に従事していると、相棒がフラワーシャワー役、孤児が多くね? と、ボソリと呟く。

 言われて見れば建物の屋上や大通りから一生懸命に花びらを撒いている子供達は、少しばかり服がボロっちかったり汚れてたり、或いは着ている当人が痩せ気味だったりと、孤児と思わしき要素が多い。

 これに関してはアンナが肩を竦めてあっさりと答えてくれた。


「へんな処で目敏いわねアンタ――お察しの通り、こういった子供向きのサクラ(盛り上げ役)みたいなのは、国の方で身寄りの無い子に斡旋する場合が多いのよ。孤児院の子ならちょっとしたお小遣いや院での費用の足しになるし、孤児院に入りたがらない、路地裏なんかでグループ作ってる悪ガキの類には貴重な銅貨を稼ぐ機会ってワケ」


 祭事の頻度や規模、後は資金なんかの問題で、実践出来ているのは帝都だけらしいが、戦災孤児を保護・支援する政策の一環らしい。

 特にアンナのいう『悪ガキ』――無事に大人になれたとしてもゴロツキの類になりかねない日陰暮らしの子供達が、まともな仕事で食い扶持を稼ぐ為のさわりにでもなればよい、という事だ。

 仕事ではあるが、楽しそうにフラワーシャワーを舞い散らせる孤児達を見つめるその碧眼が、懐かしいものを見る様に細められる。


「お金を稼げるってだけじゃなくて……こういった行事に自分達でも胸を張って参加できる、っていう特別感が嬉しいのよ――私も孤児だったからね、あの子達の今の気分は何となく分かる」

「……うん、そっか」


 珍しく静かな、だけれど決して暗いモノでは無い懐古の情を滲ませて呟く友人の姿に、オレもなんとなくしんみりとした気分になって、言葉短かに返す。

 そんな馬車内の空気を変えようとしたのか、相棒がうんうんと頷きながら腕を組んで笑った。


 ――それが今じゃ帝国精鋭部隊の副隊長だもんなー、凄い立身出世じゃね?


 何も考えて無さそうな感心顔で発言する馬鹿に、アンナも常の態度を取り戻して軽く笑い返して肩を竦める。


「ま、その辺りは陛下の実力重視な采配に素直に感謝、って感じよねー。一昔前の帝国だったら有り得ない抜擢だって話は、年配の人達からはよく聞く話だし」


 一昔前――現皇帝であるスヴェリア陛下が実権を握る前の時代の話、って事だろう。

 彼が帝国をきっちり掌握したからこそ人類種の覇権国家といえる今の立ち位置を手に入れた、ってのは間違いないだろうしな。《刃衆(エッジス)》もその前提あってこそ創設されたんだろうし。


 人に歴史あり。

 誰にだって言える事だ。それは、目の前の友人だってそうなのだろう。


 そんな風に想いを馳せて、笑顔で花びらを降らせる子供達へと、自然と浮かんだ笑みを向けて手を振るオレなのであった。






 城下町を抜けて馬車の一団が王城入りすると、オレと相棒は早々に来客用の貴賓室に通される事となった。

 長距離の移動の後だ。先ずは旅の埃を落として皇帝への謁見は後日、というのが本来の流れなんだろうけど……案内してくれる文官曰く、皇帝自身が「午後には時間取れそうだからちょっと待っとけ」と言い出した事でオレ達二人はそのまま顔合わせの為に客間で待機する事となったらしい。


「急に言い出したのは陛下の方ですので、気にせずお寛ぎ下さい」


 そう言って申し訳なさそうに頭を下げる彼もまた、振り回された側なのだろう。付けてくれた使用人(メイド)だけでなく、人員を采配したであろう当人も来て直接説明してくれたのはこちらへの誠意というやつだ。

 有能だけどフリーダムな偉い人に仕えるってのは大変だよな。教国(ウチ)もトップがあの昼行燈気取りの爺さんだから良く分かるよ、うん。


 今は昼に差し掛かる時間帯だ、午後と言う事は昼食の時間を跨いで待つことになるので、軽食にサンドイッチが用意された。

 これから皇帝陛下と顔を合わせるというのに、食事が喉を通る訳も無い――なんていう繊細な神経はオレも相棒も持ち合わせていないので、一緒に出された紅茶と共に美味しくいただく事にする。


 ――うん、美味い美味い。流石は帝国の宮廷料理人、馴染みの薄い具材もあるけどこれはこれで良いね!


 早速サンドイッチに手を付けると、メイドさんの完璧な作法(ゴールデンルール)によって淹れられた紅茶に知ったこっちゃねぇぜといわんばかりに備え付けのミルクをドバドバ継ぎ足した相棒が満足そうに笑う。

 お世辞にも品のある飲み方とは言えないんだけど、全く動じずに恐縮です、と微笑むメイドさんの瀟洒な事よ……まぁ、お持て成し側は相手が満足してくれるのが第一の目的だ。この程度の事で眉を顰めるような人材は王城の使用人なんて出来ないだろうけどさ。

 オレはというと、聖殿で飲んでるものと飲み比べる意味もあって、そのままいただく――うん、普段飲み慣れてるやつとは茶葉の種類も違うけど、やっぱり『技能』って言えるレベルまで磨いた人の品は凄いな。

 香りの芳醇さとか、その他色々と素人が淹れるものとは段違いなんだろうけど、蘊蓄を捻りだせるほど茶に詳しい訳でも無い。素直にただ美味いと喜んでおこう。


「陛下も昼飯食ってから来るのかねぇ……急遽捻じ込まれた顔合わせだから、そう長い話にはならないだろうけど」


 ――どうやろなぁ、正直今日は逗留先の屋敷に案内されて終わりだと思ってたし、はよふかふかのベッドにダイヴしたい。その前に水浴びだけど。


 オレ達の会話を耳にして、御二人が滞在なさるお屋敷には大きめの浴場がありますよ、と教えてくれるメイドさん。

 その言葉に、マジで!? と目を輝かせる相棒を眺めつつ、新たなサンドイッチに手を伸ばしたときだった。


 何やら貴賓室に向けて荒々しい足音が近づいて来たと思えば、扉の前でそれは止まり、今度は何かを言い争うような囁き声が微かにドア越しに届く。




「――――! ――ッ、――――!!」

「……、……!」




 僅かに聞こえる声のトーンからして、やってきた誰かは貴賓室前に立つ衛兵と口論している様だ。

 扉越しでも容易に察せる穏やかとは言い難い雰囲気に、オレと相棒が顔を見合わせて互いに首を傾げていると、足音に劣らぬ荒々しさで以て唐突に貴賓室の扉が開かれる。


 大股でズカスカと部屋に入って来たのは、重装の騎士鎧を着こんだ若者だった。

 ストロベリーブロンド、というには赤みの強い豪奢な金髪に、彫りの深い整った顔立ち。

 白色の板金鎧は金の縁取りで装飾され、その質の高さからしても中々に高位の騎士である事が伺える。


 突然の闖入者は部屋にいる人間をぐるりと見回して、まず真っ先にオレに視線を留めると胸に手を当てて簡易な騎士の礼をとった。


「お初にお目に掛かります、金色の聖女よ――この様な形での顔合わせとなりました事、真に心苦しく思いますが、どうかご容赦を」


 真摯に、ともすればその場に跪きそうなくらいの生真面目さで一礼した彼は、次に相棒に眼を向けて……烈火の如き強い感情をその青い目に灯した。


「……君が聖女殿と同郷ということ託け、付きまとっているという傭兵か……! よもやこの国の王城にまで付いてくるとは厚顔も甚だしい――だが、此処で私と遭遇したのが運の尽きだ!」


 ……あ"ぁ"?

 なんだよ()()。どこの世間知らずのボンボンだ?

 初遭遇から二十秒弱で印象最悪となった騎士の小僧は、怒りに燃える視線で相棒を睨み付け、今にも腰の得物を抜剣しそうな空気のまま、切っ先の代わりとばかりに伸ばした指先を突き付ける。




(おもて)に出るがいい卑劣漢! 救世の聖女の威光に縋りついてその栄光を食む輩に、帝国の土を踏む資格など無いと教えてやる!!」 


 ――祭りのときくらい変なトラブルが舞い込んでくるのはヤメロォ!?




 男二人の、怒声と悲鳴が帝都王城の一角に響き渡ったのだった。







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