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各国各々(教国、帝国)




 聖都西区画。

 主に冒険者や傭兵などといった、国家に所属しない武力を持った荒っぽい者達が主に集う様な場所は、聖教会お膝元であるこの都市にも存在していた。


 とはいえ、他国のソレと比べれば聖都の冒険者達は相当に『お上品』な部類に入る、というのは同業者の共通認識ではある。

 半分は皮肉ではあるが、それが腕力・武力をリスペクトする傾向にある彼らをして侮りには至らないのは、此処を拠点とする冒険者には帝国首都に次ぐレベルで腕の良い者達が揃っている事が、理由として挙げられるだろう。

 宗教国家とはいえ、そうガチガチの教義では無い事、なんだかんだ言って大都市である事などもあって、一定数の有望株が聖都の冒険者組合には流入して来る。


 更に組合の歴史上、二十にも満たない特級冒険者であった者が、引退後に宿を構えているというのも大きな要素ではあったりするのだ。

 何分、昔の話だ。知らない者も多くなってきたが、逆を言えば少し調べれば分かる事ではある。

 情報収集などを確り行う者や将来性の高い新人などには、元とは言え自分達の最高位にあった人物の宿を拠点にするというのは、中々に心惹かれる話なのだろう。


 そんな宿屋、《武器掛け棚亭(ウェポンズ・ラック)》では現在、店主の古馴染みが訪れ、バーカウンターを挟んで雑談に興じていた。


「……祭りだと?」


 厳めしい面相に古傷が幾つも走った強面の店主が、訝し気に聞き返す。ついでに、磨き終わったグラスを静かに奥の棚へと並べ直した。


「うん、帝国との共同でね。戦後は勿論だけど、多分戦前でも見なかったであろう規模になる筈だ」


 手の中のグラスに満たされた琥珀色の液体をちびちびと舐めながら返したのは、小柄な男性だ。

 この街ではよく見かける僧服を身に纏い、真っ白な顎髭を伸ばした老年に差し掛かっている男は、聖職者の身でありながら実に慣れた様子で冒険者達が好んで飲む酒精の強い酒を味わっている。

 荒くれ者が集う冒険者酒場でグラスを傾けていれば即行で絡まれそうな人物ではあったが、この宿を拠点とする冒険者達にはある意味で馴染みの人物だ。

 時折ふらりとやって来ては店主と昔話に花を咲かせて酒を嗜み、満足したら帰っていくこの不良坊主が、おっかない店主にとっての『友人』にカテゴライズされる人物であるという事を、彼らは骨身に染みて知っている。

 絡もうとした馬鹿が容赦なく畳まれ、宿から放り出されて一ヵ月出禁になった事もあるのだ。

 友人との語らいに水を差された店主が暫くの間不機嫌になるので、誰かが同じ馬鹿をやろうとしたらその場にいる奴が全員で制止にかかるのが暗黙の了解であった。


 幸いな事に今日はそういった困った新顔の類もおらず、年経た男達の静かな会話は中断される事なく進む。


「開催地は帝国か……ウチの客も足を延ばす奴が出てきそうだな」

「そうだね、あと数日もしたら大々的に告知されるから、開催期間の間は仕入れを絞った方が良いと思うよ」


 空になったグラスを静かにカウンターに置く友人を見て、店主は無言で中身を注ぎ足してやる。

 なみなみと満たされたソレを、少し慌てた様子で老人が啜った。


「おっとっと……ふぅ。まぁ、今回は試験的な部分も多いけどね。恙無く終われば年毎の行事化して、来年か再来年には教国(ウチ)が開催国になるかもねぇ」

「そうなれば今年とは逆に、俺は忙しくなる訳か。帝国程人手が多い訳でもないだろうに、祭りの間の治安はどうするんだ」

「帝国は催し物の警備に『彼』を使う事で血気の多い子達を押さえる腹積もりみたいだよ。こっちも真似をしたい処ではあるけど……」

「お前の処の聖女が御執心の相手だろう。示威の為に延々警備員なんぞやらせていたら臍を曲げるんじゃないのか?」


 下手をすれば彼らの共通の友人である女性も良い顔をしない可能性がある。

 そう指摘され、全く以て悩ましいと言わんばかりに老人は溜息をついた。


「そうなんだよねぇ……元から彼とあの娘達には甘い処があったけど、彼に関しては最近は特にそうだよ。ちょっと揶揄ったり男の夜遊びについて助言してあげただけでスッ飛んで来るのには困ったものさ」

「……ハッ、アイツがそんな過保護っぷりを見せるとはな。アレ以来か」


 奇妙な事にかたや困り顔、かたや皮肉気な表情であるにも関わらず、彼らの間には安堵にも似た穏やかな空気が漂う。


 ――長年の付き合いある友人が、生涯背負い続ける筈であった重荷を下ろす事が出来た。


 言葉にはせずとも、男達もなんとなくそれを察していたのかもしれない。


 少々しんみりとした空気を入れ替える様に、店主がカウンター下から小さなショットグラスを取り出し、老人の杯に注いだ酒を満たすと自身も一息に呷る。

 そこそこに酒に強い老人が少しずつ干しているソレを、水を飲む様に胃に流し込んだ彼は平然とした顔で一息ついた。


「――で、その当人は今回の祭りとやらには関わるのか? アイツの性格からして留守を預かる、なんて言い出しそうなモンだが」

「それがねぇ、意外な事に帝国に行く予定を立ててるみたいなんだよ――ほら、共同開催国の教国(ウチ)の関係者からは、祭りの期間中、帝国も入国や通行諸々で税を取らないって聞いてね。子供達を祭りに連れて行けそうだって」

「あぁ、例の孤児院の……アイツの懐具合なら、ガキの十人やそこら、いつでも旅行くらい連れて行けるだろうに」


 口ではそう言っても大体経緯は察しているのか。

 店主の声色は呆れと――僅かにではあるが笑いを含んでいた。

 老人の方もどことなく楽し気に頷き、何かを思い出す様に目を細める。


「そこは運営に携わっているあの娘が固辞していたらしいよ。過度に自分の院ばかり贔屓されるのは道理が通らない、だそうだ。僕の方でも、何度か運営資金について融通を利かせられるって話も出したんだけどねぇ……その度に正論で突っぱねられてしまう」

「アイツの薫陶が生きてるな。そのせいで何くれと構っても断られる様になったのは皮肉だが」


 二人の脳裏を過ったのは、彼らの友人である女傑と特に親交のある孤児院の運営者――エルフの血を引くシスターの女性だった。


「全くね。この間も、『天は自ら助くる者を助く』なんて言われてしまった位さ、いやはや……」

「ほう? 中々含蓄のある言葉だな。聞き覚えは無いが……」

()()()の言葉らしいねぇ。最近出来た友人に教わったと言っていたよ」


 時折グラスを傾けると、互いの言葉に耳を傾け、相槌を打ち。

 大戦を生き抜いた古強者達は、嘗て望み、夢にすら見た穏やかな時間を噛みしめる様に、現在(いま)過去(むかし)、両方から溢れる思い出話に華を咲かせる。


 じきに開かれるであろう大きな祭りの話を皮切りに、嘗ての思い出に触れ、近況について語り。

 今此処には居ない、もう一人の巨漢の友人が、その大祭で少しばかり変わった仕事を引き受けた事などについても触れる。


 どれ程そうしていただろうか。

 やがてグラスの中身が何度目かの底を見せると、老人が少々億劫そうに立ち上がった。


「さて、今日はこの辺にしておくよ……いや、ここ最近は楽しい話が多くて困るね。つい杯が進んでしまう」

「酒を出してる側の俺が言うのもなんだが、程々にしておけ。頻繁に抜け出してばかりだと、トイル坊がまた発狂するぞ」

「嫌な事を言わないでおくれよ。どうにも、最近のトイルは怖くてねぇ……ルヴィならお酒を飲みに行ったって言えば大目に見てくれるんだけど」

「比較対象がおかしいだろうが」


 嘗て彼らが青年であった頃、そうした様に。

 各々の立場が変わっても、決して短くはない年を経ても、その関係だけは変わる事無く。

 男達は、其々に何処か人を食った様な、ニヤリとした笑みを交わし合う。


「――それじゃぁまた、ラック。今度はミラとガンテスも誘って来るよ」

「ふん。それなら次は営業時間外に来いヴェティ。客には出さんとっておきを飲ませてやる」


 今ではこの世界最大の宗教組織の教皇などという立場に収まってしまった戦友に向け、店主はそんな言葉を掛け。

 それは楽しみだね、と。飄々とした態度で応えた老人は、少しばかり酔いの廻った足取りで宿を後にしたのだった。






◆◆◆




 大陸最大の国家である帝国の首都。


 この世界における最も洗練さえた街並み、と称されるその都市において、一際目を惹くのはやはり帝国の主たる皇帝スヴェリア=ヴィアード=アーセナルが居を構える王城であろう。

 都市内ではやや古い作りの建造物ではあるものの、荘厳さと威容を兼ね備え聳えて立つそれは、帝国という国の強大さと盤石さを表している様であった。


 その城内を軽い足取りで進む女性が、一人。


 特徴的な金髪の巻き毛をした美しい少女だ。

 少々着慣れない様子の帝国騎士服を身に纏った彼女は、何か喜ばしい事でもあったのか、はたまた機嫌が良いのか。

 小さく鼻歌など歌いながら、陽気が差し込む長い石作りの廊下を進む。


 少女の名はローレッタ=カッツバルゲル。


 北方の小国において男爵位を持つカッツバルゲル家の当主であったが、紆余曲折を経て念願叶い、憧れの帝国生え抜きの部隊に所属する事となった腕利きの拳士だ。

 とは言ってもまだまだ見習い。先任の者達と比べればあらゆる意味でひよっこもいい処である。

 自分を招き入れる為に母国と交渉を行ってくれた皇帝陛下に恩を返す為にも、将来、良人(おっと)となる恩師の為にも、只管に精進あるのみ。とローレッタは意気込みを新たにした。


 とはいえ、外は秋口とは思えぬ小春日和。

 訓練の成果も良く、恩師との関係も()()()()調()である彼女としては、やはり浮き立つ様な気分になるのは抑え難い訳で。


 緩んでいる、等と言われてしまうと否定はし辛い、ほわほわとした花が飛びそうな雰囲気のまま、ローレッタは今回自分を呼び出した上司の仕事部屋の前へと辿り着いた。

 流石に今の調子では不味いと思ったか、軽く頬を叩いて気合を入れ直す。

 深呼吸一つして、改めて目の前の扉を見据えると控え目にノックを行った。


「失礼します、隊長。お呼びと聞いて伺いました」


 扉の向こうから穏やかな声で「えぇ、入って頂戴」と返って来たのを確認し、ローレッタは静かにノブを捻るとそのまま入室した。


「お待たせ致しましたミヤコ隊長。ローレッタ=カッツバルゲル、参上いたしましたわ」

「いらっしゃい、ローレッタさん。時間通りだから待たせた、なんて事はないわよ」

「来ましたか。時間に正確なのは良いことですね」


 扉の向こう――少女が所属する部隊に割り当てられた執務室には、二人の人物が彼女を待っていた。


 執務机に座る一人は、この部屋の主である、美しい黒髪黒瞳の女性。

 帝国最強との呼び声高い、嘗ては対邪神部隊として名を馳せた《刃衆(エッジス)》の長であり、個人としても帝国三指に入ると言われる武力を誇るミヤコ=タナヅカ。

 諸国からは《黒髪の戦乙女》などと称される、ローレッタが故郷に居た頃からの憧れの人物である。


 もう一人、ミヤコの脇に控える形の穏やかな雰囲気の男性はネイト=サリッサ。

 嘗ては帝国所属の冒険者で、その等級はなんと、現役では大陸に数人もいないとされる特級。

 現在は《刃衆(エッジス)》の特別顧問を務めている練達の槍使いだ。


 ローレッタはそこまで詳しい話を聞かされていないのだが、同僚になった先輩方の話によれば、なんでも彼女の恩師と同じ転移者であるミヤコが、初めてこの世界に降り立った際に世話をしてくれたのが、この元・冒険者らしからぬ柔らかな物腰の男性らしい。

 後にミヤコが皇帝にその剣才を見出され、直属の護衛として帝国騎士となり、更にその後《刃衆(エッジス)》を創設する話が上がった際に、ネイトの事を隊長として推したとかなんとか。

 結果的にはミヤコが隊長となり、ネイトは顧問という形に落ち着いたが……ローレッタとしてはどちらも上司として敬意を払うに不足無く、戦士としても遥か高みにある尊敬すべき先達だ。細かな事情や詳細はそこまで気になる程のものでもない。


 現在教国に出向している副隊長を除けば、実質部隊のトップが揃っているという状況である。

 はて、この二方が見習いに過ぎない自分を呼びつける用件とはなんであろうか? と、彼女としては首を捻らざるを得ない話であった。

 そんなローレッタの心情を察したのか、処理している最中であった手元の書類に手早く判を押し、ミヤコはそれを机の脇に寄せて少しばかり身を乗り出した。


「訓練の最中に呼び出してごめんなさいね? でも、ちょっと急ぎで伝えておきたい話があって」

「いえ、見習いといえど(わたくし)も部隊の一人。隊長のお呼びに不満を覚える筈もありませんわ」

「ローレッタ君は訓練に対してもとても熱心に打ち込んでいますからね。戦後直ぐにこれだけの有望株が入って来るのは嬉しい誤算だ」

「恐縮ですわ、サリッサ顧問」


 挨拶代わりの形式的な会話ではあるが、お互いに言葉に嘘は無く、社交辞令だけではない穏やかな雰囲気で話は続く。


「それで、本題なのだけれど……再来月に行われるお祭りの話は聞いてるわよね?」

「はい、勿論。《大豊穣祭》……戦後最大の戦勝記念を兼ねた慶事、つい二日前に公式に告知されたばかりですが、(わたくし)も今から楽しみにしていますの!」

「騎士団と協力してローテを組む予定ではありますが、《刃衆(ウチ)》も警備に駆りだされるでしょう。なんとか開催期間中に全員に休日を取れるようにしたい処です」


 人類種の二大国家が協力して開く催しだ。大祭の名に相応しい壮大で華やかなものになるだろう。

 其々に思い描く過ごし方はあるだろうが、多くの者が大なり小なり楽しみにしている一大イベントである事は確かであった。


「それで、その《大豊穣祭》だけど……闘技大会――要は勝ち抜き式の腕比べね。それが催しの一つとして開催されるの。出場者が多すぎても少なすぎても問題だから、一般参加枠の処理をどうするか今もゴタついている最中だけど、大会自体は開くのが確定みたい」


 ミヤコの言葉に、当然の事ながらローレッタは目を輝かせて食い付いた。

 闘技大会! なんと心躍る響きだろう。これに興味を示さねば彼女の生家たるカッツバルゲルの者では無い。


「そのような催しがありますの……! それでは、隊長やサリッサ顧問、各国精鋭や益荒男の戦武の競い合いを間近で見る機会がありますのね! 俄然楽しみになってきましたわ!」


 大戦で武名を馳せた一騎当千の猛者。

 人類種の到達点たる彼・彼女らの戦いにまかり間違っても自分如きが加われるとは思わないが、それだけにその武力を眼前にする事が出来ると聞かされれば、否が応でもボルテージは上がる。

 鼻息も荒く胸元で拳を揃えて握るローレッタなのだが、話の中の一人として挙げられたネイトが苦笑して頭を横に振った。


「ローレッタ君の期待を肩透かしさせる様ですが、今回の闘技大会は試験的な意味合いも強い。会場の保全や観客の安全も考慮して、各国最高戦力やそれに準ずる実力者は規定として参加不可になっているんですよ」

「あ、そうなんですの……早とちりでしたわね、お恥ずかしいですわ」


 見るからにしょんぼりとした顔になった見習い隊員の少女に、顧問と同じくその面差しに苦笑を浮かべながら、ミヤコは肝心の『本題』を切り出した。


「ネイトさんの言う通り、私達には参加資格が無いけど……ローレッタさん、闘技会に出場してみない?」

「……ふぇ? わ、(わたくし)が、ですか?」


 呆気に取られた表情で自身の顔を指さす少女に、《刃衆(エッジス)》の長と顧問は揃って頷く。


「ウチの部隊からニ、三人出場者を選ぶようにと通達が来たの。多分陛下の案だから、拒否は難しいのよね」

「特段無茶な命令でも無いですからね。資料を見た限りでは待機している医療班も充実させているようですし、出場者の治療や安全面にも配慮しています。なので、隊長殿と協議した結果、ローレッタ君が候補に挙がりました」


 二人から交互に説明を受けて、驚きの余り困惑していたローレッタの顔にも理解の色が浮かぶ。

 そして、理解が及べば掛けられた言葉に喜びと闘志が湧いてくるのは、彼女の気質的に至極当然の事であった。


「優勝しろ、なんて無茶は言わないわ。新米の隊員として予選だけは勝ち抜いて本戦に出てくれれば、見習いっていう扱いも早々に卒業できると思うし……どうかしら?」


 とはいえ全くのノーリスク、という訳でも無い。

 ミヤコが言及した通り、本戦に出る程度の実力を示せば、《刃衆(エッジス)》見習いという現在のローレッタの立場としては妥当以上の結果を残した形になるだろう。

 だが、逆を言えば予選落ちなどしてしまえば彼女の後々の評価にも響くし、最悪、《刃衆(エッジス)》自体が侮られる事になりかねなかった。

 尤も、ミヤコもネイトも後者については問題視していない。仮にそういった声が上がっても実力と成果で黙らせれば良い、と思っているが故に。

 そうなると、受ける事によってリスク&リターンの可能性を負う事になるのはあくまでローレッタ本人のみ、ということになるのだが……当然というか、その当人はそれで怯む様な根性の持ち主では無かった。


「――分かりましたわ。その話、お受け致します。各国の真の強者たる方々が不参加の中、殊更に威を張るのも少々情けないですが……どうせなら気合と根性で優勝目指してみますの!」


 意気高く気炎と共に天井に向かって拳を突き上げる少女に、彼女の上司二名もその心意気を評価して笑顔で頷く。


「その意気です。大会までの間、出来うる限り部隊の皆でローレッタ君をサポートしますよ。なるべく時間を見つけて指導も行うので、頑張って下さい」

「アンナちゃんも承諾したみたいだし、大会当日が楽しみね。ひょっとしたら、決勝は《刃衆(エッジス)》隊員同士の対決、なんてことになるのかしら? フフッ」


 ネイトが発破をかけ、次にミヤコが冗談めかした発言をして笑いを零した瞬間。

 闘志の炎を燃やしていたローレッタの表情が一瞬で真顔になり、凍り付いた闘志の欠片がバラバラと砕け散って床に落ちた。


「……お待ちを。アンナ副隊長も出場なさるんですの?」

「……えぇ、そうよ? 二、三名って話ですもの。といっても、アンナちゃんについてはほぼ名指しでの指名だったのだけれど」

「」


 なんだか唐突に静かになった部下に黒髪の戦乙女は怪訝な顔をして、僅かに俯いてしまったその表情を伺おうとする。


「えーと……ローレッタさん?」

「む、これは……」


 同じく少女の態度の変化に訝し気な顔をしていたネイトが、何かに気付いた様子で彼女の側に歩み寄った。

 眼前に立つと、その長身を折り曲げてローレッタの表情を下から覗き込み、顔の前で掌を振ってみる。


 やがて一つの確信を抱いた彼は、一つ頷いて真顔のままでミヤコの方へと振り返った。


「――気絶してます」

「えぇっ何故!? しかも立ったまま!?」


 顧問の言葉通り、少女は立ったまま意識を飛ばしていた。しかも白目を剥いて。

 慌てたミヤコは席を立ち、急ぎローレッタの側に駆け寄ると、その華奢な肩を掴んで強く揺さぶる。


「ちょっ、ローレッタさん!? どうしたの急に! 何があったの!?」

「……………ハッ!?」


 心配そうな――いや、実際心配しているのだろう。困惑と驚きがブレンドされた表情で眉根を寄せるミヤコの声に、ローレッタの意識が再起動を果たす。

 意識を取り戻して直ぐ、上司二人に気遣いを向けられながら顔を覗き込まれている事に気付いた彼女は、慌てた様に居住まいを正した。


「も、申し訳ありません、お騒がせ致しましたわ――ちょっと最近の恐怖体験が刺激されたみたいですの」

「アンナちゃん絡みで何があったの……?」


 額に浮いた脂汗を拭う部下の言葉に、ミヤコが困惑のままに呟く。

 そんな二人の様子を見て、ネイトが「そういえば」と、何かを思い出した様に手をポンと打ち合わせた。


「ローレッタ君が《刃衆(ウチ)》に入ったばかりの頃、隊長殿は他国の方々と大森林に遠征任務で出掛けたでしょう。入れ替わりで副長殿が戻って来ていましたが……どうもその際に隊員達を相当きつくしごいたようで。酷い日には何人かが次の日まで白目を剥いて使い物にならなくなったので、流石に顧問として少しばかり注意した記憶があります」


 先任ですらあぁなったのだから、新入りのローレッタにはさぞかし堪えただろう。と宣う顧問殿の言を裏付けるように、体験とやらを刺激されたらしき少女が再度白目を剥いてプルプルと震えだす。


「あっあっあっ……やめっ、やめてくださいまし、副長。にんげんはいわをせおってうまよりはやくはしったりできませんの……あ、おとうさまとおかあさま……」

「か、完全にトラウマになってる……何したのアンナちゃん……」


 ミヤコの知る副官の少女は、確かに訓練に関してはストイックな処がある。特に二年前からはその傾向が強くなった。

 だが、仮にも帝国最精鋭たる《刃衆(エッジス)》の隊員達が揃って白目を剥いたり精神的ダメージを負ったりする様なドギツい訓練を普通に行う程ぶっ飛んではいなかった……はずだ。

 そんな疑問に答えたのは、この場の最年長にして元腕利きの冒険者――様々な知識・経験共に豊富なネイトである。


「副長殿は既に一年以上、大聖殿にお世話になっていますからね。あそこにはシスター・ミラやグラッブス司祭がおられますし、特に後者の御仁の訓練に頻度高く付き合っていれば、色々と基準がぶっ壊れる可能性は高いかと」

「……司祭様とは何度か肩を並べて戦った事があるけれど、そんなにおかしい人だったかしら? 物凄く紳士的で気さくな方だと記憶してるんだけど……」

「その認識で間違っていないと思いますよ? 実際とても温厚で人柄良い方です――鍛錬に関して頭おかしいだけで」


 基本、その話題にあがった司祭様に負けず劣らず人当たりの良い筈のネイトが、真顔で『頭おかしい』と評する時点で相当だ。

 そういえば自身が先輩と呼び慕う青年も、似たような事を愚痴っていた事がある、と、ミヤコは今更ながらに思い出した。


「いやぁ、副長殿の成長が頼もしくも恐ろしくありますね。私もうかうかしてはいられないかもしれません」

「それに関しては同感だけど……ローレッタさんの闘技会出場に関しては、別の人員にした方が良い気がしてきたわ……」


 ミヤコとネイト以外が全員アンナのしごきで恐怖体験している以上、誰に変わっても同じかもしれないが。

 そんな嫌な予想からは目を逸らしつつ、さてどうしたものかと思案していると、意識が父母のいる彼岸から帰還を果たしたらしいローレッタが、己の肩に乗せられたままであった上司の手をぐわしっとばかりに掴んだ。


「――お待ちを! 少々取り乱しましたが、(わたくし)ならば問題ありませんわ! 人員の再考は無しにして頂きたいですの!」


 立ったまま気絶するのは少々とは言わないとミヤコは思うのだが、何やら最初の気合の入りっぷりを上回る気迫で瞳を燃え上がらせるローレッタに気圧され、思わずこくこくと頷いてしまう。


「考えてみれば、(わたくし)達を拷……しごく傍ら、副長も同じ訓練を熟して平然としておられましたわ! 己が未熟を棚に上げて真摯に鍛錬に臨む方に畏れを抱くなど、カッツバルゲルの女にあるまじき惰弱! お母さまにも叱られてしまいましたの!」

「それ恐怖体験を通り越して臨死体験してない!?」


 以前、両親は他界していると聞かされている。

 にも関わらずローレッタの口から飛び出た発言に、流石に堪え切れずに叫んでしまった。

 どう考えても大丈夫ではない筈なのだが、寧ろこの金髪縦ロールの少女は、意識を飛ばした先で両親から掛けられたらしき発破で心身共に好調となっているっぽい。

 ちょっと疲労感を覚えて、ミヤコは小さく溜息をついた。


「うん……取り敢えず、人選の変更は無しで。それじゃ、当日まで体調管理には気を配るようにしてね?」

「了解ですわ! 折角推薦して頂いたというのに、怪我や風邪の類で不戦敗になどなれば笑えもしませんもの!」


 医務室に向かえと言った処で、肝心の医官の方から「忙しいのに冷やかしにくんな」と叩きだされそうな位には元気なローレッタに、遠回しに一回診て貰えと告げてみるのだが、正直伝わった様には見えない。

 用件は済んでしまったので、これ以上留める事も不自然だ。激励の言葉と共に退出を促すと、彼女は一礼して来た時より軽い足取りで去っていった。

 なんだか疲れた。

 そんな端的な想いと共に、ミヤコは身体から力を抜いて執務机の上に突っ伏す。


「お疲れ様です、隊長殿。いや、ただの報告と確認で予想外に騒がしくなりましたね」

「……こういうのって、先輩がよく巻き込まれてるパターンだと思うの」


 机にぐったりと体重を預けたまま、割と自身の慕う相手に対して遠慮のない事を言っている《刃衆(エッジス)》の長に対し、現在他国に出向している副官の代わりに補佐についてる顧問が笑いを堪えた声を掛けた。


「その先輩――猟犬殿に関しては、なんとか同日に休暇を捻じ込める様に予定を調整しておきますよ。例の報酬の件、上手く行くと良いですね?」


 先程までは部下の手前、一定の距離と敬意を持った態度で接していたネイトであったが、今は口調こそ変わらないが声にたっぷりと揶揄いが籠っている。同じ程度に、親しみも。

 この世界に転移してきた当初、家族ぐるみで世話を焼いてくれた恩人の言葉に、ミヤコは机に突っ伏したままの無言で応じた。


 ――せっかく先輩が帝都に来てくれるのだから、デートがしたい。あわよくば同じ装い(ペアルック)とかを揃えてみたい。


 そんな、企みというには余りにもささやかな計画を気付かれていた事に羞恥は覚えていたのか。

 俯せたままの姿から覗ける耳元や首筋は赤らんでいる。

 そのままの体勢で、なんとなく以前から気になっていた事を聞いてみた。


「――ネイトさんは」

「うん、なんですか?」

「ネイトさんは、以前から私の事を応援してくれますよね。レティシアから……救世の聖女から彼女の猟犬を奪おうとしている、私を」


 普段は零す事の無い、どこか自虐的な言い回しを含んだミヤコの言葉に、ネイトは笑いながらあっさりと答える。


「奪うも何も、知り合ったのは君が先で――好きになったのだって君が先でしょう? こういった事は先着順という訳でもないですが、私と妻は君が彼の事をこの世界に来る前から気にしていたと、何度も話を聞いていますからね」


 交流が深い分、そりゃあ君を応援する方を選びますよ。と肩を竦める彼に、色々とぶっちゃけた指摘をされて更に顔の赤みが増したミヤコが視線を逸らしたままのろのろと顔を上げ、小さな声で礼を言う。


「……ありがとう、ございます。この世界に来て、初めにお世話になったのがネイトさんで、本当に幸運でした」

「どういたしまして、と言いたい処ですが、それならば今度礼代わりに家に遊びに来て下さい。ついこの間、娘に暫く君と会えていないと、文句を言われてしまったので」

「はい、是非」


 未だ頬は熱く、照れ臭さも相まって少々目を合わせづらい。

 そんな、何とも言えない気恥ずかしさと面映ゆさを堪えながら、それでもしっかりと顔を見合わせて、ミヤコは笑顔を浮かべたのだった。




「――お祭り、絶対に成功させましょうね」

「そうですね、頑張りましょうか。トラブルが起きればデートも儘ならないでしょうし、ね?」

「それは今言わなくても良いんですっ」




 ――《大豊穣祭》まで、あと二ヵ月弱。













店主と老人


嘗ては元冒険者の傭兵と大司教。

現在は冒険者酒場の店主と聖教会の教皇。


長い戦いを生き抜いた戦友同士。

互いの立場も変わったとはいえ、元から身分差という点では大差ないので気にしない。


今も昔も不良坊主な爺さんは定期的に店主の元を訪れるが、彼に誘われる形で滅多に酒を嗜まない他二人の友人も偶に顔を出す。


次に四人が揃う際、初めて見る浮足立った様子で深酒する女傑を見て皆滅茶苦茶驚く。



《刃衆》の三名


鉄拳お嬢様は無事、憧れの部隊に見習い入隊出来た。

思慕を寄せる恩師との関係も非常に良好(意味深


顧問は良心枠。そして妻子持ちの妻帯者。

転移してきたばかりの黒髪の少女を保護して、暫く面倒を見てあげていた。

基礎的な剣の手ほどきもしたりしてた。そのせいか、もう殆ど年の離れた妹か姪っ子みたいな認識。

犬が少女を無碍にするとニコニコ笑顔で抉りに来るかもしれない。


隊長ちゃん、頑張ってデートを実現させようとするも、既に聖女の謎センサーで察知されている件。

聖女と犬の間に、自分が入る隙間なんて無いんじゃないかと偶にフッと不安になったりもする。

けど一瞬後にはスパっと切り替える。諦める気が無いからね、仕方ないね。


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