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嘗ての邂逅 魔族領(後編)




「――まぁ、条件としてはこんなものでよかろう。件のはぐれ共とエルフの争乱以降、教国には一貫した友好国の立場を表明されていたでな。魔族領(我ら)としてもお前達には借りがある」


 貴賓室で向かい合わせに座った女公爵が自身の長い髪を指先で弄びながら出した結論に、オレは内心で胸を撫で下ろした。


 正直に言ってしまえば、オレはこの女が苦手だ。


 流石に昨今の状勢での友好国の協力要請に対して、えげつない対価を吹っかけて来るような悪辣な奴では無い、と『知っている』とはいえ、それでも相手は長い事為政者をやってる長命種だ。

 正直、交渉事で一対一では良い様に翻弄される未来しか見えないので、変な条件やこいつの好きな"お遊び"を挟んだ内容に発展しなかったのは幸いである。


「あとで配下に書面に起こさせる。夜が明ける前には終わるだろうが、お前達人間には眠りの時間であろう。今宵は城に留まれ」

「あぁ、予定としても一泊なら全然問題無い。世話になるよ」


 これで公的な時間は終了、とでも言わんばかりに女公爵は手を打ち合わせた。

 すると貴賓室の扉が静かに開かれ、ワインボトルとグラスの載ったカートを押した給仕が入室して来る。


「……酒の用意させてたのかよ、さっさと仕事終わらせて飲む気満々じゃねーかアンタ」

「教国と歩調を合わせる事は既に結が出ていた。ならば対外的な交渉(つまらん些事)は早々に終わらせるに限る」


 オレが呆れを隠さずに言ってやると、悪びれもせずに先の交渉を些事であると嘯いた女公爵は、良い酒の肴もある事だしな、と持ち上げたグラスに葡萄酒を注がせて薄っすらと笑う。

 ……言う迄も無く、肴ってのはオレの事なんだろうな。二重の意味で。


「では、献上せよ」

「やっぱり血を御所望かよ……まさかとは思うが、この為に広間から貴賓室に移動したんじゃないだろうな?」


 当然の様に此方にグラスを傾けて、中に満たされた芳醇な香りのする酒をオレに向けて突き出すのを見て、思わず溜息が漏れた。

 一瞬だけ風の魔法を発動させて、自分の親指の先に針でつついた程度の傷をつける。

 拳を握る様にして軽く指に圧を掛けてやると傷から小さな赤い滴が膨らみ、差し出されたグラスに一滴だけ落ちた。

 女公爵はそれを見て満足気に頷くと、軽くグラスを廻す。

 美酒の類なんて飲み飽きる程に飲んでいるだろうに、まるで幻の銘酒を鑑賞するみたいに杯を照明に透かして目を細め……やがて勿体付けた仕草で口をつけた。

 たっぷりと時間を掛けて口内に含んだソレを味わい、ゆっくりと喉に落とし込むと、ほぅ、と熱っぽい感嘆混じりの吐息を洩らす。


「――うむ、良き哉。飲み慣れた銘柄ではあるが、貴様の一滴が加わるだけでこうも変わるのはいっそ愉快ですらある」

「あぁそうかい、喜んでもらえて何よりだ」


 我ながら適当にも程がある返答だったのだが、上機嫌に笑う目の前の女王様はグラスの中身に舌鼓を打つのに忙しいらしく、気にした様子も無い。

 赤い液体をそれ以上に赤い唇が含み、嚥下する様を眺めておかわりとか言われないだろうな、なんて考えていると、公爵に酒を注いでからは彼女の座るソファーの後ろに控えていた給仕から小さく喉が鳴る音が聞こえた。

 オレの視線に気付いたのか、上品なデザインのメイド服を来た給仕さんはハッとした表情になると頬を染め、「申し訳ありません」と深々と頭を下げる。

 そんな部下の言葉にも振り向く事無く、グラスの中身を見つめたまま彼女の主は珍しく苦笑らしきものを浮かべた。


「あぁ、お前を下がらせずにいたのは我が身の落ち度であったな……久方ぶりの稀少な美酒を味わう機会に、少々気が急いていたようだ、許せ」

「勿体ない御言葉です、主様」


 再び頭を下げる給仕に手振りだけで退出を促すと、公爵はグラスに残った僅かな葡萄酒の残りを飲み干した。


「……吸血鬼(ヴァンパイア)にとって高い魔力持ちの血は御馳走なのは知ってるけど、一滴でそんなに変わるもんなのか?」

「優れている、程度ならばこうまで劇的に変わりはせぬ。貴様のふざけた魔力量と莫大な聖性あってこそよ」


 オレの疑問の声に褒めてるのか貶しているのか分からない言葉が帰ってくる。

 一杯で満足したのか特にお代わりを要求する事も無く、腹立つくらいにスラリと長い脚を組んで女公爵はソファーの上でふんぞり返った。


「尤も、貴様の神子としての性質は日輪。有した聖気の量も考慮すれば多くの吸血鬼(ヴァンパイア)にとっては並ぶ物無き至高の美酒と毒酒を兼ねる劇物であろうな。憂い無く嗜めるのはこの身だけであろう」


 そこで言葉を切ると、何かを思案する様子で「ふむ」と呟きが漏れる。


「或いは、貴様の妹が対極――月の性質を有しているのやもな。元より今代の神子は異例の二名。創造神の陰陽二面を其々に司っていると考えた方が自然か」

「色々と気になる単語が出て来た処ではあるけど……だからってアリアの血を寄越せなんて要求は認められないぞ? 断固拒否するからな」


 神子――聖女としての性質か。何気に今までの『繰り返し』の中でも聞いた事の無い話だ。

 今の言葉から推測するに、(おとうと)の血液が吸血鬼(ヴァンパイア)にとってリスクの低い最上級な逸品である可能性は高い。

 だからといって、文字通り食い物にさせる気なんてゼロだけどな。この女が頭目である限りそんな未来はほぼ確実に来ないだろうが、もしそうなったら同盟・友好関係を投げ捨てる事も辞さない。

 そんな決意と、少しの警戒を込めて言ってやると、女公爵はそれで機嫌を損ねる処か楽しそうに喉の奥で笑う。


「戯けめ、その様な物乞い染みた真似などするか――何より、この場で()()を要求すればあの男が黙ってはおるまいよ」


 あの男――言う迄も無く、アイツの事だろう。

 先程の初対面のやり取りでも思い出しているのか、紅い双眸を細めて足を組み替える。


「アレは一種の狂人――貴様ら神子に害を為そうとすれば、そうと知れた瞬間にこの身とて()()の対象に入れるであろう。アレはそういう男だ……よくもまぁ、あの様に螺子の外れた人間を拾ったものよ」

「……ついさっき会ったばかりだろ、随分と分かった様に言うじゃねーか」


 何でもない風に皮肉ろうとしたけど、無理だった。意図せずに声が低くなっていたと思う。

 広間で押さえた苛立ちが、公爵の発言によってぶり返した様に胸の裡に湧いてくる。

 凡庸だの狂人だの、随分な言い様だなオイ。アンタがアイツの何をそんなに知ってるってんだよ。


 ……どうにも最近、アイツの――()の最後に出会ったあの同郷の友人の事に関する事となると、自分の感情の制御が覚束なくなってるな。

 入れ込んでいる自覚はある。何せオレにとってやっと出来た『繰り返し』の知識や記憶を共有出来る相手なのだ。

 アリアだってアイツの御蔭で助かった……いや、アリアの件を皮切りとして三人で始めた『今回』は、突如紛れ込んで来た変わり者の友人が色々とやらかしてくれた結果、記憶にあるモノと比べて冗談みたいな被害の少なさで済んでいる。

 今までだったら、オレがどう立ち回っても状況はもっと悪かった。

 それがどうだ。現在、帝国は首都に痛打を受けておらず、教国も聖都を始めとして各都市が健在。現在も奮戦して皆、士気も高く気炎を吐いて戦っている。

『繰り返し』の初めの頃だと、この時期、手遅れになる前に聖都を脱する様にとシスター・ヒッチンや教皇の爺さんに説得された事だってあったのだ。

 そんな最悪の状況がまるでただの質の悪い悪夢か何かだったみたいに、多くの事が上手く進んだ状況が続いている。


 アイツだ。

 アイツがこの、奇跡みたいな"今"を引っ張り寄せてくれたんだ。


 この世界で出来た、立場とか出自とか置かれてる現状とか、そういうのを全て込みで、世界を回帰させても傍にいてくれる、オレの友達。

 あんな滅茶苦茶なヤバい呪物を使って、その度に毎回傷だらけになって。

 それでもいつもヘラヘラと笑って、何でもない事みたいに茶化して、オレが何度『繰り返し』てでも望んだ未来を届けてくれる大馬鹿野郎。


 あぁ、そうだ。感謝してる。恩人だと、親友だと思ってる。

 執着? してるよ。それの何が悪い。これで入れ込まない奴の方がおかしいだろ。


 色々と溢れ返りそうになる感情を、開き直りにも似た結論で補強した蓋で丁寧に押し込める。

 オレとしたことが迂闊だった。他国のお偉いさん――しかもよりによって女公爵の前でこんな個人的な感情を発露させるのは不味い。

 とはいえ、この女も伊達に長生きしていない。先程うっかり出てしまった低い声から、多くを汲み取られてしまったみたいだ。

 顔を会わせてから終始機嫌の良いその表情に、更に愉悦の成分が混ざる。


「くくっ、気に障ったか? なんとも()()()なったものよ」

「……なんだよ、らしくって」

「ふむ、さりとて自覚は無し、か」


 人の面白くなさそうな表情を肴にして手酌でワインを注ぎ足した公爵は、オレの血なんて無くとも相当な高級品であろうソレを安酒を呷るみたいに一気に飲み干す。


「――ふぅ……秀麗な見目、圧倒的な魔力量、そして年の頃を考えればいっそ不自然な程に練磨された魔力制御。成程、貴様は聖女となるべくしてなった器だが……以前会ったときには、その身に宿る精神(在り方)は夢の様な未来を追い求める、尻の青い小僧の其れであった」


 魔力制御の下りの辺りで、一瞬探る様な真紅の視線が向けられて少しだけ心臓が跳ねた。

 ……確信を抱いてる、って訳でも無さそうだけど……この女の事だ、ひょっとしたらオレが『繰り返してる』事をなんとなく察しているのかもしれない。

 いっそ明言出来れば楽なのかもしれないけれど、それをやって起こった混乱とか、変動し過ぎて未来が変わる――最悪、邪神側から『繰り返し』への妨害をされる事を考えると迂闊に他人に話せないんだよな……昔、教皇(ジイさん)もジャミング染みた真似をされたことがあるって言ってたし。

 やっぱりこの女王様気質な公爵は油断出来ない奴なのである。けど、一応は味方な事が頼もしくもあった。


 でも、そんな風に多少は余裕を取り戻して考えていられたのも、次の発言を聞くまでだ。


「其れが一番に適する形とはいえ、異なる性に転生させるとは女神も中々に愉快な真似をなさると思うていたが……久方ぶりに顔を見てみれば、(つがい)を見つけて外身と内の整合も取れているではないか。偉大なる創造神の先見の明たるや、といった処か?」


 ………………ぅえ?


「……何だって?」


 多分、オレの顔はキョトンとしたものになっていたと思う。

 向けられた言葉の意味が分からなくて、呆気に取られて目の前の腹黒い美女の顔を見てついつい聞き返すと、当の本人は堪えきれない、といった感じでとうとう声を上げて笑い出した。


「く、はははは。なんだ、此処迄言われて尚気付かぬか――先の謁見でもそうだったが、貴様が己の猟犬に関する事で剥き出す感情は、友愛やそれに類する執着などでは無い。番うと定めた(あいて)を奪われる事は勿論、侮られるすら拒む(オンナ)情念(ソレ)よ」


 ……ぇ。

 つが……お、ん……。

 ………………。

 ……………………は、


「はぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!? な、なに、なにナニ何言ってんだアンタそんな事ある訳ねーだろバカじゃねーの!?!?」

「ほほ、語るに落ちるとはこの事よ。頬が熟れた林檎の様に色付いておるぞ」


 半ば裏返ったみっともない怒鳴り声をあげてしまう。

 思わずソファーを蹴倒す様に立ち上がるけど、女公爵はオレの怒りもどこ吹く風と言わんばかりの余裕の表情だ。

 逆に腹を抱えて上品に笑うという器用な真似をしながら指摘されて、思わずバッと両掌を上げて自分の頬っぺたを隠すように覆う。


 あぁクソっ、本当に熱くなってやがる……! なんだよコレ、熱病じゃあるまいし、どんだけ真っ赤になってんだオレは……!!


 鏡を見るまでもなく、顔が熱を持っているのが分かる。思考が変な風に暴走を起こして上手く纏まってくれない。

 なにいきなり妙な事口走ってくれてんだよこの女は……!


 そもそも公爵自身が今さっき口にしたばかりだろ!

 オレの前世は、男だったんだぞ!

 そりゃ、『繰り返し』も含めた主観的な年数を考えればこの身体になった月日の方がもう長くなってるけど……。

 でも、それでも、最初に培った自己認識は簡単に崩れるようなもんじゃない、無い筈、だ。


 アイツは仲間で、恩人で……そして友達だ。

 いつも一緒にいるし、家族であるアリアを除けば単に傍にいて一番居心地が良いっていうだけだ。

 馬鹿な事だって言い合えるし、なんならしょーもない猥談だってした事もある。

 最近になってちょっとシモの話題はこう、気恥ずかしいというかどうかと思ってしてないだけだし、傷だらけですっかり歴戦の猛者みたいになった身体とか見ると何かムラっとする気がしないでもないけどそれは多分気のせいだし以前にその手の店に行ったときのアイツの締まりのない馬鹿面を思い出すとなんかムカつくから二度と行かないって決めたばかりだけどそれはそれで何もおかしい事は無いし普通だフツー。


 ……うん、良し。やっぱり女公爵が言う様な事は無いよな。

 全く、変な事言いやがって。今回は流石に性質(タチ)が悪いぞ。


「く、は、ふ、ふふっ……! 成程、腹が捩れるというのは此の様な感触なのだな。腹に痛みを感じるなどあのアホウドリに穴を空けられたとき以来よ」

「ふん、御機嫌なとこ悪いけど、今回ばかりはアンタの大層な観察眼もスカを引いたって言わせてもらうからな。オレの友達(ダチ)を揶揄いのネタにするのも程々にしろ、いい加減怒るぞ」


 もう惑わされない。そんな意思を込めて、腕を組みながら語気を強めて忠告してやったというのに、笑いの吐息を吐き出し過ぎて苦しそうな目の前の女はニヤニヤとした愉悦の顔を崩さない。ホンっとイイ性格してるよなアンタ。


「くふっ、そうか。まぁ当人が否定するというのであれば、それが真実なのであろうな――ならば今の流れは渡りに船という事よ」


 珍しくあっさりと自分の意見を引っ込めたと思ったら、意地の悪さが透けて見える表情でなにやら不穏な事を言い出した。

 身構えるオレに対し「何、そう大したことでも無い」と、言って彼女はその濃藍の髪をゆったりとかき上げた。


「貴様と対談している間、あの男も暇を持て余すだろうと思うてな。側仕えに相手をしてやる様に命じておったのよ」

「……広間でアンタの側に控えてた、あのイケメンか?」

「いけめん、と言う異界の言葉は知らんが、まぁそやつよ。アレも中々に苦労人でな、半吸血鬼(ダンピール)ということで母と肩身の狭い思いをしながら北方で暮らしていたらしい」


 ……それが、今じゃ女公爵の側仕えか。

 大抜擢じゃねーか。そんな苦労人で頑張り屋なのであろう青年なら、アイツとの相性だって悪くないだろ。余程明確に喧嘩を売られない限り、問題は起こらなそうだけど……。


「拾ったのはつい一年程前でな。故郷の村が汚泥共に焼かれたと言う事で、母共々難民として魔族領に流れて来たのを見出したのよ。我が事ながら、良い拾い物をしたと思うている」


 そこで言葉を一旦切ると、女公爵はさっきの意見と共にひっこめた笑顔を取り出して、ニヤリとした形で口の端に乗せた。


「素養も高いが、それよりも意気の強さが良い。曰く、『母と己を救ってくれた英雄と、何れ肩を並べて戦いたい――叶うのなら、寵を授かりたい』だ、そうだ。健気であろう?」


 ……おい、おい。

 ちょっと待て。話の流れからして不穏な予感がしてきたぞ。


「猟犬の相手を命じたのは確かだが、それ以前に当人からの強い希望があってこそよ。恋焦がれる英雄が目の前に現れたのだ、それもまた当然の反応だとは思わんか、なぁ?」


 待てって言ってるだろ! つまり、なんだ――!


「――あのイケメンは男装……女の子だったって事か!?」

「我が側仕えが男であると明言した記憶は無いな」


 白々しい事言いやがって、ふざっけんなよお前……!!

 ということは、今、アイツはそういう感情を向けてくる女と二人っきりって事だ。


 なんだ、それ。

 駄目だ。

 そう思う理由なんて知らない、相手の経緯もこの際どうでもいい。

 とにかく駄目だ、嫌だ。

 くそ、なんだよコレ。なんで此処までイラついてんだオレは。


「アレも己の出自や身体の面で悩んでいるでな、貴様の友人に受け入れるだけの度量があるというならば、この身としても側仕えの番となるのを認めるに吝かでは無い」


 自分の感情に困惑していた処に耳朶へと滑り込んで来た、その言葉に。

 思考が一瞬で白熱した。

 カッとなって、先程よりも荒々しく立ち上がる。激情に伴って漏れ出た魔力は、先の広間で放出されたものの比じゃない。


「駄目に決まってんだろ! アンタが認めてもオレは良くねーんだよ!!」

「ほう、何故だ? よもや『友人』の慶事を祝福出来ぬほど狭量ではあるまいに」


 ……ッ! 此処でさっきのやり取りを言質として取り出してくるのかよ、本当に厄介な女だな……!!

 聖女の聖気混じりの魔力の放射を間近で受けても、微風を受ける様に涼し気に眼を細めた吸血鬼(ヴァンパイア)の女王には欠片も動揺した気配は無い。

 苛立ち混じりの感情に押され、抗弁を続けたくなるが……今はそれよりも、アイツの処に向かうべきだ。

 女公爵とこうやって話している間にも、アイツがあの側仕えの娘と良い感じになってるかもしれない。そう思うと、腹の底から経験した事の無い焦燥感とドロっとした何がが溢れそうになる。


 オレは無言で公爵に背を向けた。

 自分でも制御できない苛立ちに、自然と歩みも荒々しくなる。

 特使として交渉すべき相手に対して悪手にも程がある対応だけど、この女の事だ、全部理解した上でやってる事だろう。なら、こっちも相応の態度で返しても問題無い筈だ。

 ジリジリと色々な感情で焦げ付いた頭で、屁理屈にもならない理論武装で行動を正当化して。

 足取りに負けない位に荒っぽく貴賓室の扉を開けたオレの背に、最後まで楽しそうな女公爵の声が掛けられた。


「アレはこの城に勤め始めた際、中庭の薔薇園を見て酷く感激してな――自身の英雄にも是非見て貰いたいと夢見心地で語っておった」


 何でもない事の様に、シレっとした声色で告げられた言葉には反応せず、ドアに八つ当たりする様にして扉を閉める。


 ――やっぱり、オレはあの女が苦手だ。


 言わずもがなの結論を出して、以前の記憶を頼りに足早に中庭へと歩き出したのだった。







◆◆◆




 ――《起動(イグニッション)


 相棒を戦闘レベルまで起動すると、両腕に漆黒の装甲が展開され、その表面を魔力導線が赤光を伴って走り抜ける。


「あぁ、その恐ろしき呪装……! やはり、君は……!」


 構えを取った青年と静かに向かい合うと、酷く感激した様子の視線が鎧ちゃん――だけでなく俺にも突き刺さって若干困惑する。

 初対面って話なんだが……マジで俺達って会ったことないの? 明らか見知ったモンを見た反応なんですけど。 

 実際、俺には見覚えが無いし、彼が嘘を付く意味も無いだろう。俺の外聞とか鎧ちゃんの逸話だけ知ってる感じなのかも。

 しっかし、シアやリアにこの類の視線が向けられてるのはしょっちゅう見かけるが、自分にこう、キラキラした眼を向けられるのは新鮮な体験だ。ちょっとむず痒い物があるねコレ。


 悪い気はしないが、はよ始めるとしよう。鎧ちゃん使うと地味に出血系スリップダメージが入るので、長く使えば使う程、後でシアに怒られる時間が伸びるの(白目


「そ、そうだね、強請った身でありながら待たせてしまった」


 構えも解いてしまって乙女みたいに両の手を組み合わせていたイケメンは、我に返った様子で慌てて再度構えた。

 向かい合った状態で、最後に確認を行う。


 互いに攻防一手のみ、広範囲や貫通力のある攻撃は中庭が荒れかねないので無し。以上でおk?


「うん、それで構わない……かの猟犬に挑む身だ、僕から行かせてもらうよ」


 どこか緩んだ表情で此方を見ていた先程と違い、貴公子然としたキリッとした感じになると青年は僅かに前傾姿勢になり――放たれた矢の如く向かってきた。

 身に纏うケープが翻り、足元に長く伸びる影と一体化して曲線を描いた軌道で強襲してくる。


 影使いか。吸血鬼(ヴァンパイア)としてはスタンダートな能力だわな。

 影の刃が此方の肩口を狙って伸び、半テンポずらす様に伸ばした指先が手刀の形を作って槍の如く撃ち込まれた。


 おぉ? 影の方も結構な鋭さだけど、肉弾戦の方は更にキレてるな。

 自慢じゃないが、普段ガンテスやミラ婆ちゃんの技をしょっちゅう見てるので、技の練度・精度を見る眼だけは無駄に肥えている。その俺から見ても丁寧に積み上げた修練が伺える一撃だ。

 でも、ちょっと粗いな。勢いが良いのは買いだが、多分、本格的な訓練を初めて何年も経って無いんじゃね?


 まぁ戦力の殆どが鎧ちゃん頼りの借り物野郎が何偉そうに能書き垂れてんだ、って言われると全くその通りで反論不可能なんですがね!


 そんな自虐を挟みつつ、強化された知覚で捉えた影を《流天》で捌き、彼の手刀の軌道の前に置いてやる感じで逸らす。

 青年は驚愕の表情を浮かべるも、ギリギリのタイミングで逸らしてやった影を咄嗟に切り返す事も出来ず、二種の時間差攻撃は互いに激突する結果となった。

 彼が自身のケープに一瞬視界を塞がれたのを見逃さず、潜り抜ける様にして斜め下から踏み込む。

 後方に跳躍して距離を取ろうとした様だが、一瞬だけ加速用に両肘から魔力噴射してその跳躍にピタリと張り付いていくと、その細く、白い(おとがい)に向けてコンパクトに右のフックを打った。


 ――ホイ、終わり。


 驚いた儘の顔に触れる直前で拳を止めて、終了だ。

 きっちり当てる必要も無いので寸止めで済ませたけど……えぇやろ? このイケメン君、穏やかで良い奴っぽいし、しっかり振り抜いてないからノーカンとか言い出す戦闘民族じゃ無いだろうし。

 あっさりと決着がついてしまった事が余程ショックだったのか、青年は呆気に取られた様子だ。内股でペタンと座り込んでしまった。


「――やっぱりだ、あのときと、同じ……僕の……」


 ……大丈夫か? 俯いてなんか呟いてるし、ひょっとしてガチで落ち込んでたりする? 

 顔を覗き込みながら装甲を纏ったままの手を差し出しだしてやると、我に返った様子で慌てて俺の手を掴んでくる。


「だ、大丈夫だよ。すまない、少し呆けてしまったみたいだ」


 おう、そうか。それなら良いんだが。

 もうちょいお前さんが弱かったら少しは手加減できて、良い勝負が出来たのかもしれんけど……基本、俺ってば素だと雑魚なので手を抜くっていう行為が苦手でなぁ。

 鎧ちゃんの起動率などを絞って出力に制限を掛ける事自体は可能だが、実際に動くときはその範囲で全力だったり本気になりがちだ。油断と縁遠いという点だけは数少ない長所だとは思うんだが。


 青年を引っ張り起こして、手を引いて噴水の縁に二人で腰掛けた。

 涼やかな水音に耳を傾けながら、穏やかに会話は進む――といっても、青年のほうが少し興奮した様子だ。


「いや見事だったよ、主に仕える様になって一年、僕なりに鍛錬を積んで来たつもりだったが……やはり教国の誇る英雄殿が相手では手合わせの体にもなっていないね……少々歯がゆいよ」


 英雄って誰やねん、一緒に来た聖女様の事やろソレ……っていうか訓練初めて一年かよ、それであの腕前とか女公爵様が目を掛けるだけあるな。隊長ちゃん――知り合いの転移者に匹敵するレベルの才能かもしれん。

 将来性も加味すれば、大きな戦いが起こった際に頼もしい味方になってくれそうだ。そんときゃ宜しく頼むよ。


「――ッ、あぁ、そのとき迄にもっともっと強くなっておくよ、そうなったら共に戦おう!」


 おうおう、良いね。一緒に邪神とその腰巾着共をぶっ飛ばしてやろうず。


 相手は半吸血鬼(ダンピール)――半分とはいえ、長命種だ。見た目は同年代だが、実際の処、年齢的に同じとは限らないだろう。

 それでも、外見と話した感じからして年の近い世代に感じるのは確かだ。考えてみると、この世界じゃ同性の友人は年上の奴が結構多いんだよね。ウチの聖女様達は色々と例外なので除くとして。

 同年代(と感じる)男友達は貴重だ、多少所属してる御国が離れてはいるが、これからも仲良くやりたいものである。


「そ、そうかい? 君がそう言ってくれるなら僕としても嬉しいよ」


 蜂蜜色の髪の一房をくるくると指先で弄び、頬を染めてはにかむ青年は、先刻も思ったが貴公子風のイケメンっぷりとのギャップでえらく可愛らしい。元の世界の高校(ガッコ)にいたら女子の人気を総ナメにしそうやな……一部男からも人気出そうだけど。

 噴水を背景に、互いについて軽く語り合う。

 出来たばかりの友人との会話は、終始和やかに進み――ややあって、青年の方が思い切った様子で切り出してきた。


「……その、良ければ僕の事はクイン、と呼んでくれないか? 魔族の一員として通称は主から与えられたのだけれど、どうにもそちらは慣れていなくてね」


 ……いや、えぇんか? 魔族って本名めっちゃ重視してるやん。親と兄弟姉妹以外だと、余程親しい奴以外には教えないって聞いてるんだけど。


「君になら構わないよ――それに、今しがた語ったばかりだろう? 以前は魔族領では無く北方に住んでいたんだ。その頃は魔族の名に関する風習には馴染みが薄くてね、今更さ」


 そっか。まぁ、本人がそう言うなら俺に否は無いわ――よろしく、クイン。


「――うん! よろしく!」


 半吸血鬼(ダンピール)の彼をこう評するのもなんだが……まるで向日葵みたいな笑顔を咲かせて、クインが改めて掌を差し出して握手を求めて来る。

 俺はそれに快く応じて、互いにしっかりと握手を交わし――そこで未だに俺が両の手に魔鎧の装甲を纏わせたままなのを、新たな友人は訝し気に問いかけて来た。


「……君の武装は召喚型だろう? どうして身に着けたままなんだい?」


 あ、これね。

 うん、最初に言ったけど、鎧ちゃん使うと出血がデフォルトだからさ、解除するとその場を結構な量の血で汚しかねないのよ。

 後でシアに合流して回復&浄化してもらうまで、このままでいいかなーって。魔力導線の励起は切ってるし、装甲展開してるだけならダメージの悪化は無いから。


「……つまり怪我を放置してるって事じゃないか、駄目だよそれは! 今すぐ解除しておくれよ、止血くらいなら僕がするから!」


 む? クインは半吸血鬼(ダンピール)なのに治癒系の魔法を修めてたりするのか? 種族的に相性が悪くて消耗デカそうだが……。


「回復魔法は習得していないけど、"血"に関する事なら吸血鬼(ヴァンパイア)に連なるものなら色々と小技が利くものさ――とにかく、早く傷を見せて」


 心配そうに眉根を寄せて、グイグイと押してくる彼に押される形で。

 俺は一つ頷くと、鎧ちゃんの装甲を解除したのだった。









◆◆◆




 中庭にある薔薇園に向かう途中、抑え目ではあるが攻性に特化した魔力の波動を感じ取ったオレは、急ぎ足を小走りに変えて城内を急いでいた。


 なんで外交相手のお膝元であの鎧を使ってんだよあの馬鹿は……!


 目を離すと直ぐにこれだ。無茶をしない様に見張るという意味でも、トラブルを招き寄せない様に監視するという意味でも、やっぱりオレが見ててやらないと駄目だわアイツ。

 ともあれ、アレを使ったのなら何時もみたいに装甲を纏った部位は傷だらけだろう。さっさと合流して癒してやらないと……。


 そんな風に考えながら、擦れ違う城の者達と会釈を交わしつつ進み……見事な庭園となっている中庭へと辿り着いた。

 ……()にも何度か見た事があるけど、見事なもんだよな。練武場染みた聖殿(ウチ)の中庭とは大違いだ。

 あとで改めてじっくりと鑑賞したいけど、今は後回しだ。色とりどりの薔薇が咲き誇る美しい園の中を、見慣れた姿を探しながら歩く。


 やがて薔薇園の中心にある小さな噴水が見えてくると同時、そこの縁に腰掛けた何だか仲睦まじい様子のアイツと男装の麗人――女公爵の従者の姿が見える。


 ……ッ、ちょっと近くないか、なんであんなにくっ付いて……って、何してんだオイ!?

 アイツが差し出した腕に、従者の娘が静かに顔を、唇を寄せる。

 向かい合って座っているとはいえ、まるで貴公子が貴人の手の甲に口付ける様な光景だったが、相手はウチの駄犬である。

 従者の唇とアイツの指の間で、何かを舐めとる様に彼女の舌が蠢いたのを見て、ここに来る間に多少は冷えた筈の感情に再び火が付いた。


「――おい、もう会談は終わったんだ、部屋に戻るぞ!」


 この場での自然な会話の切り出しも、従者の娘への挨拶もすっ飛ばして、何はともあれ二人を引き剥がす様に馬鹿たれを引っ張る。

 おぉ? 何時の間に来たんだお前、なんていうすっとぼけた友人の言葉と、「あ……」なんて呆けた声を出して名残惜しそうに唇に指を這わせる従者の姿に、なんとも言い辛いモヤっとした気持ちが募った。

 広間のときにも注意したけど、吸血鬼(ヴァンパイア)の口周りに対してもっと注意して対応しろよお前は!? 腕からとはいえ、なんであっさり直に血を飲ませてんだ!


「悪いけど、コイツの腕の治療をしなきゃならないんだ、後でまた挨拶させてもらうよ」

「あ、はい……分かりました聖女殿……じゃ、また後でね?」


 どこか夢心地、といった風情で柔らかく笑う彼女に、おう、後でな。なんて呑気に返答する馬鹿を引き摺って、さっさと中庭を後にする。


「……随分と仲良くなったな……此処であの鎧を使った件も含めて、色々と聞きたい話があるんだが?」


 気持ち低くなったオレの声に、やや怪訝そうな顔をしつつも馬鹿野郎は朗らかに応えてきた。


 ――おう、ちょとだけ手合わせをな……まぁアレよ、新たな友人って奴よ。お前が来るまでに腕の傷も止血してもらったし、イケメンだけど良い奴だから仲良くできそう。元の世界で見かけたら腹立つくらいのイケメンだけど。


 ……距離が近いとは思ったけど、案の定、相手が女の子だって気付いてねーのかよコイツは。

 さっきまでの行為も止血の為だって疑っていないみたいだけど、あの娘の様子からしてどう見てもそれだけじゃ無かっただろうに。

 勝手に苛立って引き離した立場ではあるが、未だオレとは自己紹介も済ませていない彼女の事が気の毒になった。


 いやでも、逆にこれは好都合なのか……?

 って待て、そもそも何の都合が良いってんだ、女公爵が変なことを言うから思考が妙な方向に引き摺られてるぞオレ、しっかりしろ。


 胸のモヤモヤは薄れても、結局別の悩みで煩悶しながら、朴念仁で馬鹿ったれで――けれど頼りになる友達の腕を引っ張って進む。

 繋いだ掌は、転生前の自分と比べても厚くて、ゴツゴツしていて……なにより傷痕だらけだった。

 止血してもらったと言っていたが、処置の終わっていない傷を一つ見つけ……なんとなく、回復魔法をかける前に、かみつく様にして唇を這わせてみる。


「……別に美味くもなんともないな、当たり前だけど」


 いや、何してんのお前。なんて呆れた様子で聞いてくる鈍ちんに、「良いだろ別に。なんとなくだよ、なんとなく」なんて、オレは笑い返した。

 今度こそ魔法で傷を癒すと、唇に微かに残る血の味を一舐めして。

 繋いだままの手を再び引いて、歩き出したのだった。











聖女様


メス堕ち前。

ただし自覚が無いだけで既に手遅れ感が半端無い。

あとは坂道を転げ落ちるが如く、親友認識から変わってゆく。




駄犬


平常運転。

大体いつも通りだったけど、友達が出来た事に喜んだのはいいがその性別を誤認するという痛恨のミスをやらかす。

結局、現在に至るまでその事に気付いて無い。




公爵の従者ことクインちゃん。


はい、魔族領枠のヒロインでございます。

吸血鬼のパパンと獣人系魔族のママンとのハーフ。多分、ママンのケモ要素はハイエナとかそんなん。

見た目はほぼ人間と変わらず――即ち、吸血鬼寄りだが、一部獣人寄りの特徴も受け継いでいる。

身体能力の高さとかもその一つ。吸血鬼としての能力も問題無く使え、獣人の身体能力を持ち、日光にも高い耐性あり。女公爵もホクホクの逸材。

北方の寒村で村八分とまではいかなくとも、村人達から微妙に距離を置かれた生活をしていた。

村が戦場になり巻き込まれ、親子ともどもあわや、といった処で邪神勢絶対ぶっ殺すマンの乱入によって九死に一生を得る。

以降、助けに入った形となった馬鹿を自身の英雄として定めているが、その当人は彼女の事を怪我が無いかチラ見しただけで覚えてない。

明確に想いを向ける相手が出来た事で、出自とそれによる身体的特徴のせいで中性的であった在り方に変化が訪れている。




《宵闇の君》こと女公爵


傲岸系女王様。愉悦枠。

親友()とか言っちゃってるどう見ても手遅れな聖女様に自覚を促した人。

長生きしてるし、弁も立つ。頭の回転や洞察力も高いというボスキャラムーヴが似合う暗黒系美人。

だが幼馴染のロリコンフェニックスに「よっすBBA!」とか挨拶されただけで知能が半減化して殺し合いを始める。

クインを側仕えに引き立てた際に、純血や血統を重視する一部の爵位級から反発の声が上がったが普通に粛清して黙らせた。

逃げ伸びた奴が恨み骨髄で信奉者側に寝返ったりもしたが、大体はどっかの駄犬の手でサヨナラバイバイされている。最後の一人も大戦終結後に狩られた(六話参照)。


貴族足る者、足り得る為の練磨を怠るな、出来ないなら市井に下れ、嫌なら死ね。のドン引き理論の持ち主。





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