ぽんこつ聖女の日記
〇月×日 晴れ時々曇り
日記、というより記録と言ったほうが良いのか? そう大仰なものでも無い気もするけど。
内容的に毎日つけるような物でもないだろうけど、他にどう言い表すのかも悩むので便宜上日記ということで良いだろう。
早いもので、アイツが帰って来てから半年以上の月日が経過している。
……その間に起こった出来事を考えれば、『もう』では無く『まだ』と言うべきなのかもしれないけどな。
治療中の大小様々なトラブルに始まり、オレは留守番だったとはいえ霊峰でのゴタゴタ、最近だとエルフの聖地に関する問題。
大枠で三つに並べてみたけど、実際に起きた事を細かに並べるとキリが無い。イベント目白押し過ぎるだろ。
平和な時代が訪れたというのに、アイツが帰って来てから短期間で色々な事が起こり過ぎな気もする。大戦時並みの過密スケジュールだ。
良い意味で退屈しない、といえばその通りなんだけどな。
少し話の趣旨が逸れてるので、軌道修正しよう。
今回、オレが日記をつけようと思い至った経緯は、言う迄も無く昨日アリアと一緒に風呂に入った際に受けた衝撃が原因だ。
本人は気付いているのかいないのか、それは分からないけど。
間違いない、妹と入浴するのは久しぶりだったけど、見間違う筈も無い。
――アリアの胸部が、成長、している。
明確にカップが変動したって程じゃない。
けど、以前より育っているのは確実だ。
気付いた瞬間に本人に問い詰めたい衝動に駆られたけど、なんとか堪える事が出来たのは我が自制心ながら良く仕事をしたと思う。
元が相当小柄だったというのもあるが、単純な背丈だけでもアリアはこの二年で結構伸びた。
体格が変わった以上、色々な処が育つのは当然なのかもしれない。
……じゃぁオレは?
身長は妹程じゃないが、確かに伸びたと思う。
しっかり測った事が無いからなんとも言えないけど、腰つきや全体的な身体のラインだって性別に準じたものになっている、とは思う。
だがバストだけフラットのままだ。もうこれに至っては測るまでも無い。着替えや入浴の際に見ただけで分かる……。
なんでだよ!? 妹が緩やかながらも成長してるのに姉のオレが状態固定って納得いくかコラ!
おかしい こんなりふじんは ゆるされない。
〇月△日 雨のち晴れ
昨日は取り乱してそのまま日記を閉じて不貞寝してしまった。
……そもそも、以前は胸の大小なんて気にして無かったんだよな。
デカいと肩が凝るとか聞くし、転生前の性別を考えれば寧ろ小さい方が精神的にも楽でいいや、なんて思ってたし。
気にするようになったのは、まぁ……言う迄も無いというか、うん。
大きさに貴賤は無い、なんて言ってもそれはそれとして大きいとやっぱり目を惹かれるのは、男の性だ。これに関しては俺も元は男だったから否定はし辛い。
あくまで理屈ではな! 実際にあの馬鹿がミヤコあたりの胸部に視線を向けて気不味そうに視線を逸らすの見ると、どうしたって感情の面でこう、納得のいかない、腹立たしい気持ちが湧き上がって止まらなくなる。
このままでは良くない。
これでもしアリアが成長を続けて――もし万が一、穏やかなる平原から富める丘になってしまえば、並んだ時の絵面が想像するだけで恐ろしいことになる。
それで将来、まな板聖女なんて呼ばれて見ろ、オレは呼んだ奴を消し炭に変えない自信はないぞ。
やはり、どうにかしてバストアップを目指すしかない。
元よりそのつもりでこの日記をつけ始めたのだ。
誰も見ない文章の中だけの話とはいえ、我ながら頭の悪い決意表明だとは思うが……姉としての沽券もあるしな。
それに、それに、だ。
やっぱり、大きくなればアイツとこう、良い感じになったときに色々と便利そうというか、喜んでもらえそうというか……。
まだまだそんな関係には遠いとはいえ、そうなったときに前世のオレの性別が今と逆なのはいっそ強みだと思う。
男なら感じるであろう浪漫とか、されたら喜ぶ事とか、こればっかりは嘗て同じ視点を持っていたからこそ理解る事があるものなのだよ。
も、もし将来きょ、巨乳になれちゃったりしたら、アイツの■は■■■■■■■■て
〇月◎日 晴れ
自分で書いた妄想で鼻血出すとか中学生かオレは。
昨日、日記に垂らしてしまった部分は赤く滲んでしまっている。後で頁同士がくっついたり擦れたりするようなら、浄化魔法で落としてしまおう。
浄化したらインクも消えるだろうからな。おかしなテンションのままで書いた部分を改めて書き直すのもアレだし、可能ならそのままってことでいこう。
さて、三日目にしてやっと本題というか、主旨に触れる訳だが。
世の穏やかなる平原の持ち主たる女性が共通してもつ悩みを、そんな簡単にパパッと解決するような夢の様な方法なぞある訳も無い。
……魔法があるこの世界なら、ワンチャンそういった都合の良い方法が存在する可能性もゼロでは無いと思うけど、ついこの間まで生存競争に近い戦争やっていたのだ。
魔法に限らず、こういった『余裕』があるからこそ生まれる悩みに関する事はこれから様々な手法が模索・発見されていくものなんだろう。
なので、現状出来る事は昔から言われている豊胸に繋がる行いを地道に実践していくことだ。
結果が出るのに時間が掛かりそうなのはなんとも歯がゆいが、この際だ、贅沢は言えない。
そう大したものでもないが、オレには前世の世界の知識もある。この世界の他の悩める淑女の皆様に比べればまだ選べる手段も多いだろう。
差し当っては……女性ホルモンの分泌を意識するのが良いだろうか?
所詮は聞きかじりではあるが、胸のみならず女性らしい肉体的成長にはこれが不可欠であるという事くらいは知っている。
食事や運動、方法も多岐に渡るとは思うのだが……前世ではそれが必要な年齢でも性別でも無かったせいで詳細はさっぱりなんだけど。
……まぁ、うん。
とりあえず、知ってる方法で今から自室でも出来る事も無くはない。ちょっと実践してみよう。
……アイツのシャツでもこっそりかっぱらってくれば良かったな……。
〇月※日 曇り
思ったより捗った。本来の目的を忘れそうで怖い。
……この世界にも写真とかあればなお良いんだけど。
〇月§日 快晴
今日は陽も高い内から、相棒の元気な悲鳴が中庭に響いていた。
どうやら、グラッブス司祭に捕まって鍛錬に付き合う羽目になったみたいだ。
普段からそれを嫌がって、今日だって"嫌ァァァァァッ!? 死ぬぅぅぅぅっ!?"なんて悲鳴を上げながら組手と筋トレでひぃひぃ言ってた癖に、司祭に何度も誘われると結局断り切れないんだよな、アイツ。
お人好しというより、なんだかんだ言ってグラッブス司祭を尊敬してるからこそ、って事なんだろう。普段はゴリラだ脳筋だと言いたい放題に言ってる癖にその辺は分かりやすい奴だ。
ちなみにアンナも巻き込まれる形で鍛錬していた。といっても、アイツみたいにがっつり稽古付けられる形じゃなくて、普段やってる訓練の延長みたいな感じだったが。
汗だくで白目を剥きながら大の字になってひっくり返ってた相棒と違い、いい汗かいた、といった表情で充実した様子だった。
……この日記をつけているせいか、普段は気に留めない友人のお胸の膨らみに目が行ってしまう。
訓練用の動きやすいシャツとハーフズボンといった服装だったが、シャツを押し上げる中々にご立派な双丘である。汗をかいて上気した頬と相まって健康的な色気、というやつを感じた。
真に遺憾ではあるが、今のオレでは胸部装甲の厚みが足りないので再現は難しいと言わざるを得ない。やはり胸か。ふぁっきん。
で、結局その日は丸一日グラッブス司祭の鍛錬に付き合った相棒は、疲れ切ってゾンビみたいになった足取りでロクに飯も食わずに部屋に戻っていた。
……問題は、今オレの手の中にある相棒のシャツである。
司祭と共に滝の様な汗を流していたせいで、途中から二人揃って上半身裸で鍛錬に精を出していたみたいだが、慣れてる司祭と違って途中で脱ぎ捨てたシャツの事なんて頭から抜け落ちてたみたいだ。
どうしよう、図らずも以前の日記に書いた事が実現してしまった。
……いやいや、流石に汗臭い使用済みを持ち帰るとかないわ、変態じゃねーか。
浄化魔法でパパっと洗浄するか、大聖堂裏手の洗濯スペースに放り投げておこう、そうしよう。
〇月ω日 曇り……だと思う
……お、オレは変態じゃないし、ちょっと興味があっただけだし!
折角の休日だというのに、一日中部屋から出ないで終わった。
正直、こうやって日記を書いてる今も色々と茹ってる。
〇月¶日 晴れ
昨日は『治療』のとき並に捗ってしまった……。
なんなら初めてアイツで勤しんだときくらい……自覚は無いけど、オレって匂いフェチとかだったんだろうか?
もう完全に当初の目的そっちのけになってるぞコレ。自分でいうのもなんだが、夢中になりすぎだ。
……別の方法を探す事にしよう、暫くはこっちの方法は封印で。ハマりすぎて猿になる未来しか見えない。
と、取り敢えずシャツの方は浄化魔法で完璧に綺麗にしたし、そのうち返すことにしよう、うん、そのうち。
●月※日 曇りのち晴れ
やや日が空いてしまったが、進展が無かったんだから仕方ないよな。
いや、今回もあったとは言い難いんだけど。
理想の体型を手に入れられる魔法薬とかいう非常に胡散臭い触れ込みで商売をしている商人の元に、ダメ元で向かってみたんだけど……案の定、口からでまかせで魔法薬ですらない味付きの水を売ってる連中だった。
平和な時代になったことで、そういった悩みを抱える女性――いや、極少数だけど男もいたけど――を騙して阿漕な商売をする様な奴らも出て来たってことか。
良くも悪くも人の心に余裕が出来たが故、って事なんだろうな。
ちなみにその商人共だが、大勢の客の目の前で指摘してやったら、どうみてもゴロツキにしか見えない従業員とやらを嗾けてきたので普通にぶっ飛ばして警邏隊に突き出した。
魔法で念入りに変装して行って良かったよ、オレの身元がバレたら大騒ぎだもんな。
徒労に終わったと言ってしまえばその通りなんだけど、元から大して期待もしていなかったし、騙された人達がこれ以上の被害を受けずに済んだ事で良しとしておこう。
●月Θ日 晴れ
男のチラ見は女のガン見、という言葉が『あちら』にあるけど、どうやらこの世界でも意味は伝わるらしい。
具体的には、アンナと話してるときに聞いた……対象は以前のオレだけど。
曰く、「前はたまーに胸に向けて来る視線が男連中と同じで色々と分かりやすかった」との事。黒歴史、という程でも無いが恥ずかしい過去を躊躇なく抉って来るのは止めてくれ。
しかし、アンナの言が事実ならオレもそういった視線を感じても良い筈だよな。一応、聖女なんていう人気職みたいな看板背負ってるし。
その辺りは、前世が男だったせいでそういった視線に鈍いという事なんだろうか?
……あぁ、アレか。単にオレの胸元を注視するような奴もいないってことか、ハハハ(ここからペン先が潰れた様にインクが飛び散っている)
●月Π日 雨
うむ、昨日は取り乱した。
替えのペンは頑丈なやつに変えたし、柄ごとへし折れるなんてことはもう無いだろう。
しかし、なんだ。
なんだか読み返すと自分がダメージを受ける様な内容ばかりというか、日記を記す意味をあんまり感じなくなってきた。
肝心の目的も空振りだったりいまいち成果が出なかったりと芳しくないし。
なんて、ちょっとヘコんだ気分で今日を過ごしていたら、相棒がいつもの謎センサーでオレの気分の低調を察したらしく、ずっと一緒にいてくれた。
外は生憎の天気で、どこかに出掛ける事こそ出来なかったけど……気晴らしになる話を振ってきたり、くだらない事を言い合って二人で悪ふざけをしたりして。
我が事ながら現金が過ぎるが、こうやって一日の〆に日記を書いてる今の時点で悪くない気分になってる。
今日のアイツの話によると、オレが最近ちょっと悩んだり考え事をしているとアリアも気にしていた、と言っていたので明日になったら謝りにいかないとな。
オレが勝手に悩んでいる――しかも内容的には切実でも深刻でも無い事で、だ。それで妹に心配をかけるなんてのは姉にあるまじき事だ。少し反省せねば。
●月Φ日 曇りのち快晴
アリアだけじゃなくてアンナのおっぱいもおおきくなってた。
今までのだとしたぎがきついから、ふたりでよいさいずのをさがしにでかけよう、ってはなしてた。
おかしい、こんなふじょうりは ゆるされない。ふぁっく。
◆◆◆
今日は予定も無いので聖殿内を適当にフラフラと散歩していると、食堂裏の水場の近くでシアが焚火をしているのを見つけた。
なんだなんだ、珍しいなおい。
確かに豊穣祭も近いこの季節、たまに冷たい秋風が吹きすさぶようになってきたから、時期的なイベントとしては間違っちゃいないんだけどね。
なんだかスン……とした表情で枯葉と落ちた枝で出来た小山を見つめている聖女様に、声を掛けてみる。
「……あぁ、お前か。うん、ちょっと要らない物を処分がてら、焼き芋でもしてみようと思ってな」
そう答えてシアが手にした枝で煙を上げる落ち葉の小山をつつくと、さつまいもやら栗やらが熱された葉の奥に見える。
おー、いいね。良ければ俺もご相伴に預かっても?
「うん、元から一人で食うには多い量だからさ。余る様なら食堂の厨房スタッフにお裾分けするつもりだったし」
そっか、なら遠慮なく。
こういった時の為か、食堂の外に置きっぱなしになってる椅子に腰かけて小さく上がる火の粉を眺めているシアの隣に、しゃがみ込む。
今更気づいたけど、これ、枯葉だけじゃないな。なんかちょっとインクと紙が焦げる匂いもする。
ついでに古本でも処分したのか? 要らない書なら書庫に寄付しちゃえば良いだろうに。
「あー……良いんだよ、これで。うん、下手な考え休むに似たり、ってやつだ」
気にし過ぎは良く無いよな、なんて呟いて、我が友人は何か妙に凪いだ笑みを浮かべる。
なんだろうこれ、落ち込んでる……訳じゃ無いな。かといって平時のテンションとも程遠い……何かあったのか?
この間も少し元気が無かったし、心配になって問いかけてみるが……シアは笑って頭を振ると、枝を使って破かれた本の頁に包まれている芋をかきだした。
「……なんでもない! さ、そろそろ良い具合だし、食おうぜ。こうして秋の味覚を楽しむのに使ってやれば、日記にも少しは意味があったってモンだ」
お、おう? それじゃ、まぁ……頂きます。
何かを吹っ切った様にいつもの調子に戻った聖女様が、よーく火の通ったさつまいも――正確にはソレっぽい異世界産の芋だが――を、二つに割って片方を差し出してくる。
シアの笑顔と、美味そうな黄金色の芋の断面を見比べて。
なんとなく釈然としない思いを抱きつつも、俺はソレを受け取ってかぶりついたのだった。