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銀麗と白百合と時々駄犬(後編)




 胸を張って無表情でドヤってみせたリリィに、呆気に取られていた俺達は我に返った。


「――いや、ちょっと待って!? なんで聖都にいるのリリィ! シグジリアさんや《虎嵐》さんは!?」


 保護者の姿が見えない事に、驚きと心配が半々の声色でエルフの少女を問い詰めるリア。


義父(とと)様と義母(かか)様はお家です。リリィは一人で聖者様のもとにやって来れました」


 えっへん。なんて言う擬音が聞こえてきそうな、ちょっと自慢気な感じで再度胸を反らすリリィを見て、俺とリアは思わず顔を見合わせる。

 色々と疑問はあるが……先ずシグジリア達がこの娘を一人で遠出――ちょっとした旅と言って良い距離を移動させるとか絶対無いやろ。一体どういうことだってばよ?


 というか、そもそもなんでこの店に俺達がいるって分かったんや。あと一応、この店って高級店扱いだからエルフといえど小さな子供一人を入店させないと思うんだが。


「リリィも始めは聖者様のお家に向かおうと思っていましたが、この建物から聖者様と愛し子様の魔力を感じたので。扉を開けたら、あそこの方が快く招き入れてくれました」


 普段は押さえてるリアの魔力をきっちり感知したのか。魔法全般に秀でているエルフとはいえ、子供であることを考慮すれば普通に凄くね?

 ちなみに俺の魔力は大した量でもないのでわざわざ抑える必要もない(白目


 で、店の出入りの方に関してだが。

 子供らしい遠慮の無さでビシっと指さした先には、すんごぃイイ笑顔の店長がいた。

 ウチの聖女とリリィが並んでいる姿を見て、満ち足りて成仏する浮幽霊みたいな笑顔でサムズアップしている。

 うぉーい、防犯大丈夫なのかこの店。美少女はどんな身形でも無条件許可とか入店基準がガバガバじゃねーか。

 以前来たときには気付かなかったのか、それとも今日は副店長とやらが不在ないせいなのか。

 転生者らしき残念美人が経営する元の世界の服飾を扱うこの店は、中々に色物臭が強い場所だったみたいだ。

 色物感だしてる原因は九割九分九厘店長だが。


「……そうでした、義母(かか)様からお手紙を預かっています」


 思い出した様に鞄を開けてごそごそと中を漁ると、リリィは一通の手紙を差し出してくる。

 その場で開けて、覗き込んでくる隣のリアと共に紙面に眼を通す。


「うわ……量、多いね」


 うむ、多いな。

 結構な枚数の便箋が入ってるが、その全てにびっしりと丁寧な文字が綴られている。

 売り場の真ん中で気軽に読める量でもないので、取り敢えず店の端っこにある長椅子まで移動した。

 真ん中に俺、右にリア、左にリリィ、その隣に何故か店長が座る。

 ――ってなんでやねん、シレっと付いてくるなよ店長。


「あ、お客様のプライベートに踏み込むつもりは毛頭ありませんのでご安心を。ただ、私はエルフの美少女と最推しの片割れが並んでいる光景からしか摂取出来ない栄養を補充しているだけですので、お気になさらず」


 笑顔で言い切った。良い空気吸ってんなこの人。


「今日だけで滅多に見ない素晴らしい美少女が二名も私の店にやってきてくれたのは紛れも無い慶事なんですが、以前に来店して最推しとなったお嬢さんといい、連れて来る男性が共通してるのだけはどうかと思いますけどね。何股だよもげろ!」


 すげぇ笑顔で言い切った! マジで良い空気吸ってんなこの人!?


 落ち着いた雰囲気の店内だが、肝心の経営者が静かな空気をぶち壊すハイテンションで欲望その他諸々に正直すぎる発言を繰り返していると、さっきお会計してくれた店員さんが血相変えてすっ飛んできた。


「何してるんですか店長! お客様に迷惑をかけちゃダメじゃないですか! 申し訳ありません皆様、直ぐに引き取りますので!」

「あっ、ちょっ、待って、折角新たな推しが出来たんだからあと一時間……いや二時間だけ!」

「お客様がお帰りになるまで付きまとうつもりですか!? 良いから縫製室に行きますよ! 副店長にも後で言いつけますからね!」


 あ"~、待ってぇぇ、という声が遠ざかり、プリプリと怒った店員さんに襟首掴んで引き摺られた店長が、店の奥へと消えていく。


 よし! 取り敢えず手紙読もうか。


「やっぱりちょっと似てると思うけどなぁ」

「……? 聖者様は男の人で、さっきの方は女の人ですが……?」

「いや、見た目じゃなくてね? うーん……もう少し外界で過ごしたらリリィも分かる様になると思うよ?」


 えぇい、その評価は不本意だというとろーがアリア君。

 俺を挟んでやり取りする二人であるが、なるべく気にしないことにして再度便箋へと視線を落とした。


 手紙は丁寧な挨拶から始まり、リリィを引き取ってからの近況が……いや細かいな!? 物凄い詳細に書いてあるぞこれ!


「どれどれ……わ、本当だ。これひょっとして、入ってた便箋の殆どがリリィとお腹の赤ちゃんについて書かれてない?」


 再び横から手紙を覗いたリアの声も、流石に少しばかり苦笑が混じっている。

 そらそうやろ。転移・転生者同士ってことで日本語で書かれた文だが、(リリィ)の可愛さについて気合をいれた文章が延々続いていた。原稿用紙にしたら何枚分やねんコレ。

 ざっと見た感じ、七割くらいはそんな感じだ。リリィの情緒面での成長や妊娠中の赤ん坊について、事細かに喜びや感動の感想と共に記されている。

 ちなみに二割くらいは《虎嵐》に関する惚気だ。シグジリアには悪いが、正直目がクッソ滑る(白目

 残り一割――リリィが聖都にやってきた経緯は、最後の一枚の後半にやっとこ書かれていた。


 要は、実際には殆ど建前だけの形になった『聖者の従者』というお役目を少しも果たしていない事を、当人が気にした結果らしい。

 シグジリアの体調も考えるとこの時期に旅に同行するのは難しく、身重の嫁さんを一人に出来る筈もなく《虎嵐》も動けない。

 一年くらいは外界の常識等を学んで、それからでも良いんじゃないかと話し合ったが……その言葉自体には頷いてくれたものの、やはり気に病んだままのリリィに我慢を強いるのは心苦しく、泣く泣く聖都への旅に出す事になったそうだ。

 やはり本心では行かせたくなかったのか、心配する様子が文面からでもありありと伝わってくる。まぁ、以前に見た親馬鹿ムーブから判断すれば当然だわな。

 まるで初めてのお使いだが、リリィとしては初めての一人旅、気合も十分で聖都へやってきたみたいだ。


 ――とはいえ、それはあくまでリリィの認識だ。実際には、魔族領の知人がこっそり護衛に付いていたらしい。


 うん、マジで初めてのお使いだこれ。

 日本語で書かれていて良かったな……今もリアの反対側から真似をするようにリリィも文面を覗いているし。


「……知らない言葉です、義母(かか)様がいたという世界の文字でしょうか?」


 見た事の無い文字列を不思議そうに眺めて首を傾げている。

 うむ。一人で来れたってことで調子に乗る様な子でも無いし、頑張って一人旅してきたっていう思い出に水を差す必要も無いやろ。

 隣のリアに視線をやると心得てるとばかりに頷き、刹那の間だけ探知・感知の魔法を発動させ、すぐに展開した魔力ごと消してみせる。

 店外に魔力で出来た知覚の網を一瞬だけ広げた(おとうと)分は、俺の耳元に顔を寄せてこしょこしょと耳打ちしてきた。


(お店の外で結構な魔力を持った人が待機してる、多分その人が護衛だよ――ボクの探知に反応して一瞬で気配を殺してきたから、相当な腕利きだと思う)


 えぇ……聖女(おまえ)の魔法の展開速度に反応するのかよ。

 どう考えても子供のお使いに張り付く様な人材じゃ無い件。人選がガチ過ぎるだろあの夫婦……。


 具体的な日数はまだ未定だが、長くても十日から半月もあればリリィも最低限、従者として働いたと思える経験が出来るだろう。

 そうなる様になるべく配慮するつもりだし、やっとこ真っ当な家族が出来た少女を長々とその家族と引き離すつもりも無い。

 となると、帰りの護衛も行うというその知人とやらと面通しはしておきたい処だ。


 俺は長椅子から立ち上がると、リリィへと向き直った。


 リリィ隊員、従者としてやってきた君に早速お仕事を与える!


「――! 分かりました、リリィは頑張ってお仕事します」


 尤もらしく頷いてエルフのちびっ子の肩へと手を置いてやると、長旅の疲れもなんのその、気合も十分にふんす、と唇をへの字口にして両拳を胸元で握る。

 うん、良いお返事。して、俺はこれから店の外に用事があるので、少しだけこの場を離れなければならない。

 ――なので、俺が戻って来るまでの間、この店で自分とリアに似合いそうな服を探してみる事! 服選びで困った事があるなら、お店の人達に助言を求めるのも良いぞ!


「お任せください、お店の人の助力を仰ぎつつ、リリィは愛し子様に合うどれすを探してみせます」

「え、ボクもなの? そこはリリィの服だけで良い気が……っていうかドレスだけに絞って来るのは止めようリリィ!?」


 えいえいおー、ってなもんで拳を天に突き上げる俺に合わせ、意外とノリ良く「おー、です」と同じく拳を握って上に突き出すちびっ子に、リアが困った顔でツッコミを入れている。

 うむ。そんな感じで、一旦任せたぞ(おとうと)分よ。


 ちょっとまって、せめてリリィの言うドレス云々は訂正してから、なんて言って此方を引き留めるリアに、健闘を祈る意味も込めてサムズアップで応じると、俺は踵を返して店の出入り口へと向かった。

 すると、「推しのドレス選びと聞いて!」と叫びながら奥の従業員エリアに連行された筈の店長が華麗なダッシュフォームで戻って来る。

 ……まぁ、店の経営者なだけあって、以前に簪を選んだときもアドバイスは的確だったし、ドレスじゃないにしろ良い感じのものを紹介してくれるやろ。


 興奮気味にリアに詰め寄っているらしき残念美人の声と、困惑しながらそれに応じている我らが聖女様の声を背に聞きながら、扉を押し開ける。


 店の外に出ると軽く左右を見回し、隣の店との間にある狭い路地を曲がった。

 角を曲がると直ぐの場所で壁に背を預け、長槍を抱えていた痩身の魔族の男とばっちり眼が合う。


「……あぁ? なんであのガキんちょを置いてこっちに来てんだよ《猟犬》」


 こっちの世界の人類種としては非常に珍しい、俺達日本の転移者と同じ黒髪を長く伸ばし、その隙間から覗く目付きは非常に悪い。

 どこか螳螂染みた物騒な顔つきに肉食獣の獰猛さを同居させたその人物は、この場で再会するとは思ってもみなかった顔見知りだった。


 マジかよ。リリィの護衛ってアンタだったのか《狂槍》。


 魔族領、最高幹部《災禍の席》。その第五席に位置する槍使い。

 基本喧嘩っ早い集団である連中の中でも、一、二を争う程に好戦的な半戦闘狂(バトルジャンキー)な困った男だ。

 いや、正直滅茶苦茶驚いた。国の重鎮や何某かの重要人物って訳でもない、一介のエルフの少女の小旅行みたいな旅路に《災禍》の一人が護衛に付くというだけでも大概ぶっ飛んだ話だが……。

 その中でも一番『子供の護衛』が似合いそうに無い奴が、こっそりリリィの護衛を務めているってのは予想外にも程があった。他の《災禍》だったらシグジリア達の全力すぎる護衛のチョイスに呆れはしただろうが、此処まで衝撃は受けなかっただろう。


「久しぶりに会ったと思ったら発言の端から端まで失礼な野郎だなコラ。護衛なんざやってなけりゃこの場で肩に穴開けてやってる処だぞ犬っコロが」


 発達した犬歯を剥きだして不機嫌丸出しで威嚇してくる《狂槍》。相変わらずめっちゃ口が悪くてワロタ。

 挨拶代わりみたいなノリで殺気やら戦意やらを叩きつけて来るので、そんな部分も血の気の多い戦闘狂扱いされる一因になっているのだろうが……話してみると意外と思慮深い面もあったりするのよ、この人。

 高濃度の殺気混じりの気当たりによって人体の生理的な反応レベルで肌が粟立つが、そこにさえ目を瞑れば寧ろ普通の会話が成り立つんだよね。口はすげー悪いけど。


「チッ……俺を相手に素でその反応かよ、相変わらず螺子が外れてやがるな」


 いうてアンタも大概失礼だと思うんですけど(正論

 まぁ、そりゃえぇねん。でも、マジで予想外だったわ。《不死身》とか《赤剣》あたりなら普通にこんな仕事もやりそうだけど、おたくも護衛なんてするんだね。

 基本、自身の威嚇という名のコミュニケーションが通じない相手には不機嫌になりがちなめんどくせー男だが、さっきも言った通り会話自体は普通に応じてくれる。

 なので、何で似合いもしない護衛の仕事をやってるのか直球で聞いてみた。


 槍を担いだままチンピラみたいにう〇こ座りした《狂槍》は、鬱陶しそうに眉を顰めながら口をへの字にして答える。


「……俺の部下が、嫁が身重でテメェも動きが取れないってのに、娘を遠出させなきゃならんと辛気臭い顔で悩んでたんでな……ただの暇潰しがてらだ」


 あー、《虎嵐》ってあんたの部下だったんか。なるほど、同じ愛妻家としては黙って見ていられなかったって事ね。


「殺すぞクソ犬」


 愛妻家、の辺りで割と本気の殺気が飛んできた。ははっ、このツンデレさんめ(煽り

 今更取り繕うのも誤魔化すのも無理やろ、そもそも《災禍(同僚)》全員に嫁さんと子供大事にしてるのバレバレやんけ。


「部外者のテメェにべらべらと喋った馬鹿は何処のどいつだってんだよ……!」


 え、《魔王》だけど?


「あのアホウドリがぁっ! 帰ったら串刺しにしてやらぁ糞が!!」


 声を荒げた《狂槍》が苛立ち紛れに槍の石突を地に叩きつける。石畳が砕けて衝撃で壁に罅が走った。

 おーい、おちょくった俺が言うのもなんだが、道路と建造物破壊はやめーや。魔族領と違ってそうそう他の国は建物が消し飛んだり更地に変わったりしないんだぞ。

 大股開きで座った体勢のまま、激発を抑え込む様に顔を片手で覆って凄い歯軋り音を立てていた《狂槍》だったが、やがて無理矢理にクールダウンしたのか大きく息を吐きだした。

 そのまますっくと立ちあがると、彼にしては珍しく疲れの滲んだ声色で投げやりに呟く。


「……あのガキがお前と合流出来たなら、帰りの時間まで俺はフリーだ。考えてみればこれ以上此処にいる理由もねぇ」


 ふむ、リリィの滞在が終わるまであんたも聖都に居るんだろ? 俺から言えば聖殿で寝泊まりも出来ると思うけど?


「いらん。ダチの弟子が宿屋を経営してるからな、ついでに顔を見に行く」


 何日かしたら聖殿に顔を出すから、そんときに日程を教えろ、と言い捨てて《狂槍》はどこか気怠そうな足取りで振り返らずに去っていった。

 仕事に関しては見た目のイメージよりずっと真面目な奴だし、フリーといっても帰りの護衛も完遂するまでは自重した行動を取るだろう。

 大聖殿に招いても、ガンテスやミラ婆ちゃんがいるのに手合わせを我慢せにゃいかん状況は辛いだろうし。

 そもそもこっそり護衛してる以上、リリィと顔を会わせる確率が跳ね上がる聖殿は避けるに決まってるやん……迂闊な質問だったなこれ。


 とりあえず、ちびっこの滞在に関して大まかな予定を立てたら、聖殿の門の守衛さんに言伝を頼んでおこう。

 内心でそんな事を考えながら、用も済んだので店の中にとって返すことにしたのだった。







◆◆◆




 にぃちゃんが一旦店の外に出てしまうと、『お仕事』を頼まれて気合十分なリリィとそれ以上に気合の入った店長さんが謎の勢いで意気投合してしまった。


「リリィは外界の装いに関しては知識がありません。なので、愛し子様のどれすに関して助言を頂きたいです」

「お任せ下さい小さなお客様ぁ! 私の持ちうる知識を総動員してこちらのお嬢様に似合う最高の一品を示してご覧にいれましょう!」


 どうしよう、リリィだけなら兎も角、店長さんの勢いはボクでは止められそうに無いよ。

 あーもー……なんでこんな事に……にぃちゃんはボクを放って外で待機してるリリィの護衛の人と話をしに行っちゃったし……。


「淡色でも鮮烈な色合でも似合いそうですが、此処はやはりご本人の儚げで清楚な佇まいに合わせたドレスが良いですね! こちらに見本が展示してあるのでどうぞ!」


 儚げで清楚って何さ。何処のお嬢様の事を言ってるのか分からないよ。

 店長さんに手を引かれ、リリィには背を押されて、逃げる事も難しい状態でドナドナされながらも抵抗を試みた。


「ぼ、ボクは後でいいから、リリィの服を先に選ばない? ほら、こっちに滞在するなら替えの服もあるに越した事は無いし」

「聖者様が自分の分も選べと仰られたとは言え、先に品を選ぶ様では従者としてだめだめです。リリィは後で良いの先ずは愛し子様のどれすを選びましょう」

「――勿論、エルフのお嬢様の方も後でたっっっぷりと愛で――ゲッフン、ゲフン。お似合いの服を探す手伝いをさせて頂きますとも! なんか愛し子とか聖者とかハーフとはいえエルフ的に聞き逃せない単語も聞こえる気もしますがそんなの関係ねぇ! 推しは全てに優先する!」


 リリィも意外に強情というか押しが強いことが判明したけど、それ以上に店長さんが強すぎる……。

 勘弁してよ、このままだと本当にあちこちの国で招待される度にやり過ごしてきたドレスをこの場で着る羽目になる……!

 何が何でも嫌って訳じゃないんだよ? けど、やっぱり抵抗があるというかなんというか……。

 以前に他国で招待側が用意したドレスも、大抵は何処のお姫様だよってくらいに凄いのばっかりだったし、いきなりハードルが高すぎると思うんだ。


 うー……やっぱり遠慮したい。早く戻って来てよ。


 内心でにぃちゃんに助けを求めていると、さっき出て行ったときみたいに笑顔でサムズアップしているイメージが脳裏を過った。


 ――いいかい、アリア君。ハードルは高ければ高い程……下を潜りやすい!


 ……だから何!? 上手い事言った感出してるけどこの場で役に立たないよね!?

 想像の中ですらにぃちゃんはにぃちゃんな事に、ちょっとだけ頭が痛くなった。

 ボクが渋い顔をしたままなので、流石に強引なのは良くないと思ったのか。

 店長さんが手を引くのを止めると、振り向いて考える様な仕草を見せる。


「うぅむ、折角の極上の美少女とはいえ、お客様に無理強いはすべきでは無い……ですが……」


 言葉を切ると、何か思いついた様子で表情を明るくし、ツツーっとボクの傍に寄って来てこそっと耳打ちしてきた。


「当店は『あちら』に寄せた経営スタイルとして、試着が可能となっているのですが……幾つか試してお客様が一番良いと思ったものを、お連れの男性に見て頂くのはどうでしょう? どういうチョイスになるにせよ、そこらの男性ならイチコロだというのは私が保証します。お連れ様が何股もしてるすけこま……ゲェッフン! ……女性慣れした方でも、ドレスで着飾ったお客様を見てクラっとくるかもしれません」


 我ながら現金な事だと思う。

 それを言われた瞬間、思わず間近の店長さんを見上げたボクの顔を見て、彼女は「ふぐぅ! 眩い!」と変な声を上げて仰け反った。

 自分でも分かりやすい反応をしてしまった自覚はあったので、頬が少し熱くなる。


「……? 愛し子様、御耳が赤いです」

「な、なんでもないよ? うん、気のせい気のせい」


 後ろから聞こえて来たリリィの声に、上擦りかけた声でなんともないと強調して。

 店長さんの言葉を噛みしめて、反芻して――悩んだ末に、ボクは気恥ずかしさで目を逸らしながら、小声で彼女に告げる。


「……それじゃ、あんまり派手過ぎない感じので、お願いできますか?」

「フヒッ、お任せください」


 もの凄いだらしない感じに店長さんの顔がニヤけたけど、それも一瞬。

 あっと言う間にキリッとした表情になると、再びボク達を先導して歩き出す。

 向こうの方でさっきの店員さんがハラハラした様子でこっちのやり取りを見ていたけど、ボクが同意を示したのを見て胸を撫で下ろしていた。

 本当に嫌がっていたらさっきみたいに割って入ってくれるつもりだったのかな? お手数御掛けします。


 再び二階に上がると、店長さんが大きめのショーウィンドウの前で止まる。

 っていうか、今更だけど凄い透明度の板ガラスだよね。日本のお店とかにあるのと遜色ない――多分、硝子職人のドワーフに頼んだ高級品だ。強度も相当ありそう。

 でも、当然だけど今見るべきはガラスの方じゃない。

 リリィと並んで見上げた視線の先――ガラスの奥に飾られた品は、《半龍姫》様が着ていた旗袍(チーパオ)に近いデザインの服だった。


 ……いや、もうこれそのまんまチャイナドレスだよ! まさかドレスと言われてこのチョイスが来るとは予想外……!


「わぁ……義父(とと)様が買ってきてくれた絵本に描かれたどれすと全然ちがいます……形はすっきりしていますが、縫い込まれた刺繍が綺麗ですね」

「展示しているのは王道の赤ですが、お客様ならば白か黒地に金糸の刺繍を入れたものが良いかと――御髪(おぐし)が淡い色や薄い色ならば白が良いと思いますが」


 リリィの感嘆の声に自信ありげに頷くと、店長さんはちらりとボクを……正確にはボクの魔法で染色している栗色の髪を見る。

 正確な正体まではバレて無いと思うけど、髪の色が本来のものとは違う、魔法に依るものだとは気付いてるみたいだ。

 こういったお店にはお忍びで身分のある人が来る場合も多いし、隠してある部分に触れるのは無粋扱いされて嫌がられる場合も多いんだけど……そういった店としての暗黙の規則よりも、ボクに一番合う品を選ぶ、という宣言を彼女は優先したみたいだった。


 あぁ、そっか。

 経営者ではあるんだろうけど、その前にこの人は職人なんだろう。

 推しだ、美少女だとテンション高く喜んでいるのに嘘は無いんだろうけど、その対象には自分の渾身の作品を、一番似合う物を手に取って欲しい。後悔はさせない。

 そんな自負と――自身の仕事への矜持が、その瞳からは垣間見えた。

 うん。衣類全般に関しては(あに)であるレティシア共々、大して知識も無いし興味も薄いボクが、この人の作った服に袖を通して良いものか。

 正直、そんな気後れを感じないでもないけど。


「……白にします、試着、出来るんですよね?」

「そちらの突き当りの角に並んだボックスが試着室です、では品をお持ちしますので!」


 再びサムズアップすると、店長さんは意気揚々と従業員エリアの方へとスキップで消えていった。


「……リリィはこういったお店に入るのは初めてですが、服の大きさがぴったりのものがちゃんと用意されているものなのですか?」

「店舗によるとは思うけど、普通は完全な注文制(オーダーメイド)か、量販店でも幾つか大まかなサイズに分けて在庫を用意して、購入したら手直しする感じじゃないかな――というか、コレ、ただの服じゃないっぽいよ?」


 待っている間、リリィと一緒に展示されている真紅のチャイナドレスをしげしげと覗き込む。

 ほら、ここ。刺繍の中に薄っすらとだけど魔力導線らしきものが描かれてる。

 凄いな、普通の魔装みたいに彫り込むんじゃなくて、縫製の段階で針と糸を使って導線を再現する形で縫い込んであるよ。


 間違いない、これ、帝国の首都の工房でしか作れない筈の布製の魔装だ。

 ボクやレティシアの着ている聖女の僧服も帝国に発注して用意されたものだし、《刃衆(エッジス)》の人達が着ている隊服もそうだった筈。

 ……そういえば、国営指定されたときに引退したっていう先代の工房長がハーフエルフだったって聞いた気が……まさかね?


 ちょっと無作法だけど、硝子越しに魔力でチャイナドレスを精査してみる。

 ……衣類としての頑丈さ――言ってしまえば防御力なんかじゃなくて、重視してるのは柔軟性や伸縮性、かな?

 ほんとに凄い。着てる人に併せてある程度は調整要らずでフィットするんじゃないかな、これ。


「外界の装いはすごいです……最長老様が世界の広さを見てきなさい、と仰った意味がわかりました」

「いや、これは上澄みの上澄みだと思うよ? これと同等の衣類を販売してる店とか早々無いって」


 にぃちゃんに貰った装飾品も良い品だけど、衣服はその比じゃない。

 こんなの買ったらにぃちゃんの財布の中身が消し飛ぶんじゃないかと心配になるけど、ショーウィンドウの端っこに小さく示してある金額は、確かに良いお値段だけどあくまで普通の高級店レベルに収まってる。

 ……これ、教国の上――トイルさん辺りに報告した方がいいのかなぁ……技術料と値段の比率が合ってないのもそうだけど、放置してると下手すれば帝国からの技術漏洩云々でゴタゴタ起きない?

 折角にぃちゃんと買い物に来たのに、面倒事の種をボクの方が発見してしまった。此処はボクも解せぬ、って言っておいた方が良いんだろうか。


 ドレスを見上げてうんうん唸ってるボクを、リリィが不思議そうに眺めて――そうこうしている内に店長さんが白い布地の服を抱えて戻って来た。


「お待たせしました! さぁ、此方になっております、本式より簡略化して着替えやすさを優先してはいますが、よろしけばお着換えをてつだ――」

「あ、それは結構です。ありがとうございます、早速試着してみますね」

「(´・ω・`)」


 そんなー、なんて聞こえてきそうなしょんぼりした顔になった店長さんだったけど、肩を落として項垂れた処をリリィが背伸びして頭を撫でて、一瞬で復活する。


義母(かか)様にこうして貰えるとリリィは元気になるのです。魔法のおまじないだって教わりました」

「天使っ……! 圧倒的天使っ……! お客様の親御さん最高ですありがとうございます!」


 むふー、と再会のときにも見たドヤ顔っぽさを感じる無表情で胸を張る少女と、それを凄い勢いで拝んでる女性を眺めて苦笑して、試着室に向かう。

 個室に入ると変装用の普通の修道服を手早く脱いで、渡されたチャイナドレスを手に取って。

 白地に赤い縁取り、控え目にアクセントになってる金の刺繍が、素人目にも綺麗だな、と思う。


「ふむ……ここを、こうで、あ、こっちからか……」


 チャイナドレスの着方なんて知らないけど、簡略化した、と言っていた店長さんの言に偽りなし。

 ちょっと時間は掛かったけど一人でも普通に着替える事が出来た。


「……あとは、髪かぁ……」


 流石に悩むけど……どうしよう。

 ……良いかな、見せちゃっても。店長さんなら言いふらしたりしないだろうし。この店自体も高級店だ、お客のプライバシーは守るだろうしね。


 思い切って髪に掛けた魔法を解除する。


 視界の端に映る栗色が見慣れた銀色に変わったのを指先で摘まみ上げて確認していると、試着室の仕切りの向こうから店長さんの声が聞こえて来た。


「脱いだブーツのお隣に合わせた靴も置いておきますねー」

「あ、はーい」


 返事をしながら仕切りから出て確認すると、ストラップシューズみたいなデザインの白い靴がボクのブーツの隣にちょこんと置いてある。

 こっちも用意してくれたのかぁ、至れり尽くせりでなんだか申し訳ないなぁ。

 そんな風に考えながら、多分このデザインだと素足だろうと判断して靴下を脱いで白い靴に足を通す。

 あ、流石に靴はサイズ調整機能なしか。少し大きいや。

 まぁ、試着するだけだし、歩き回る訳じゃ無いからいっか。


 うーん、どうだろ、少しは似合ってるのかな? なんだか緊張してきたぞ……。


 試着室から出て自分の身体を見回していると、正面にいた店長さんの喉から「ヒユッ」っという音が聞こえて動作が停止した。

 えぇ……その反応は予想外だよ。本当に似合ってる? やっぱりどこか変じゃない?


 不安で眉根を寄せていると、店長さんの隣にいたリリィがほんの少しだけど興奮した様子でボクにずいっと詰め寄って来た。


「すごいです、愛し子様。とても綺麗でリリィは感動しました。本来の御髪(おぐし)だと想像してたよりずっとすごいです」


 表情こそそんなに動いて無いけど、万歳でもしそうな雰囲気で似合うと言ってくれるリリィをみて少しだけ安心する。


「――ハッ!? 尊い(てぇてぇ)の過剰摂取で意識が飛んでいた!? 良くお似合いですお客様眼福どころじゃねぇ光景をありがとうございます!」


 あ、再起動した。

 動き出した店長さんにも褒めちぎられ、気恥ずかしさは残るもののボクも満更でもない気分になった。


「あ、ありがとう。でも、ちょっとスリットが深すぎないですか、コレ」

「そんなことは無いです! 元よりこの手のドレスは脚線美で魅せる為に着られる方も多いので! 戦いでもお洒落でも、武器は生かしてこそですよ!」


 ……そうなのかなぁ、それを加味しても、やっぱりちょっと大胆過ぎる気がするけど。


 腿の付け根近くまで入った深い切れ込みを摘まみ上げ、今更ながらかなり際どいデザインじゃないかと恥ずかしくなってくる。


「オッフ、白いおみ足が……なにこれ私今日しぬの?」

「あはは、店長さん大袈裟」


 少し頬が熱いけど、なんだかにぃちゃんみたいなリアクションの多い店長さんに少しだけ羞恥や緊張が解されて、笑って応えた。 




 ――うむ、凄い眼福。だけど、あんまり裾を持ち上げないようにね。無防備過ぎてにいちゃん心配になっちゃう。




 そんな、聞きなれた、けど此処にはまだいない筈の声が聞こえて、ボクはピシリと固まった。


 錆びついたブリキみたいになった首を動かして、ギギギと真横に視線を向ける。

 言う迄もなく、そこに居たのはにぃちゃんだった。

 何時の間にやらリリィが居なくなっていたみたいだけど、どうやら店に入って来たにぃちゃんを一階から引っ張って来ていたみたいだ。


「如何ですか、聖者様。お店の人に手伝って貰って愛し子様用のこんな素敵な服が見つかりました」


 ――うむ、素晴らしいぞリリィ隊員。花丸をあげよう!


「やりました、花丸です」


 フンス、と幾度目かになる自慢気な様子での鼻息を洩らして、リリィが胸を張る――なんだかさっきからちょっと狡い位に可愛い。

 これは良いものだ! なんて尤もらしく頷いて、にぃちゃんも似合う似合うと言って笑っていた。


 一方で、ボクは軽くパニックになっている。


 店長さんの提案を受けて……にぃちゃんに見てもらいたい、そう、思ったのは事実だけど。

 思ったより唐突にその機会が訪れたのと、なにより、予想よりずっと露出の多いチャイナドレスなんてものを着てるときにそうなったことに、一瞬で思考がオーバーヒートする。


 我ながら間も悪かった――この場に店長さんとリリィしかいないと思って、気軽にドレスの裾を持ち上げて――何もこのタイミングで来なくても良いじゃないか……!


 見られてる、()()()()。いつかの『治療』のときみたいな状態じゃない、ちゃんと起きてるにぃちゃんに。

 顔と身体が、カァッと熱を持って赤く染まるのが分かった。


 ――うぉ!? ちょっ、顔の紅さがヤバいぞリア! 体調がおかしいならはよ自分に回復魔法を掛けなさい!


 慌てた様子で傍に近寄って来て、ボクの額に手を当てて熱を測る彼の顔が、目の、前に。


「ぅ、ひゃぁぁぁぁっ!?」


 ――ブホォァ!?


 羞恥と、混乱と――歓びと。

 ごちゃごちゃになった感情が完全に思考の処理能力を超過してしまったボクは、なんとも情けない悲鳴を上げながらにぃちゃんの顔面にバチーン、と平手を叩きつけてしまったのだった。







◆◆◆




 ――おーい、アリアさんやぁ、いい加減機嫌を直して下さい。


「……怒ってないし」


 ぬぅ、取り付く島もない。どうしてこうなった。


 店から出てた後、無言で先を歩くリアの背に呼びかけるが、反応は芳しくない。

 リリィに引っ張られて見る事が出来たチャイナドレス姿は、とても可愛らしくて俺的には即行で購入確定しちゃう代物だったのだが……「い、いらないから! もう行こう!」と何時になく強い口調で断言したリアに慌ててついていく形で、三人揃って店を出る事となった。


 いや、バタバタしてお店の人には申し訳なかった。リリィにも結局小物らしき物を一点、彼女が帰りがけに選んだものを買っただけになったし。

 でもあのチャイナドレスは良かったな……出来るならもう一回見てみたいです。リアの反応からして難しそうだけど。


「……愛し子様は怒っているのですか? ……リリィのせいでお怒りに触れる様な事になってしまったのでしょうか?」

「リリィに悪かった処なんて無いよ、どっちかというとボクの自業自得というか……うん」


 ――こんなんでリリィが悪いとか言い出したら、俺なんて正座して膝が砕けるまでセルフで膝上に重石を乗せなきゃいけなくなるんですけど。


 肩に掛けた旅行鞄の肩紐をギュウっと握りしめて俯くリリィに、俺とリアから即座に否定の言葉が飛ぶ。

 俺達の言を聞いて、少しだけ安堵した様子でちびっ子の表情から硬さが取れるが……それも直ぐに心配そうな色に染まった。


「では、御二人はケンカをしているのですか? 仲睦まじい聖者様と愛し子様の方が、リリィは好きです」

「……うぅっ、良心に刺さる……ご、ごめんねリリィ? 喧嘩って訳でも無いんだよ……ちょっと説明し辛いけど」


 非常に心苦しそうに呻き声を洩らすリアであるが……喧嘩というか、ホントに怒ってる訳ではないのかコレ? 

 情けない話だが、発端はおそらく本人が恥ずかしいと思っているのにリリィや店長に押されて着替えたのであろう事を知らず、呑気に感想を述べた俺だ。

 怒らせてしまった事の詫びも兼ねての今日の買い物だったというのに、更に別にやらかしてどうすんねん。我ながらアホ過ぎて泣けてくる。


 間違っても険悪だったり、ギスギスした空気では無いのだが……なんとなくギクシャクした感じのまま歩みを進める俺達を、リリィは交互に見比べた。

 そうして、暫し何かを考えるように腕を組んで……やがて妙案を閃いたかの如く、その変化の控え目な表情の瞳だけを輝かせた。

 立ち止まると、いそいそと鞄の中を漁り――先程彼女が選んで購入した小物のケースを取り出す。


「それならこれが一番です。義母(かか)様がどんなときでも義父(とと)様と仲直り出来る魔法の道具だと言っていました」


 自信満々、といった様子でケースから取り出したるは――なんぞこれ、口紅?


「はい。あのお店に義母(かか)様が使っているのと同じ物が置いてあったので。身に着ける衣のお店だと思いましたが、魔法の道具も売っていて驚きました」

「魔法のアイテム……では無いと思うんだけど……」


 うん。リアの言う通り、ただの口紅やな。

 意図がいまいち分からずに訝し気な顔になる俺達二人であるが、手にしたソレを高々と掲げたエルフのちびっ子は『教える』という行為が新鮮なのか、心なしか嬉しそうだ。


「では、従者としてリリィはお仕事をします――先ずは愛し子様がこれをお使い下さい」

「え、ボク? 口紅とかさしたこと無いんだけどなぁ……」

「それならリリィがして差し上げます。何度か強請って義母(かか)様のお口に塗った事がありますので」

「……外界に出たばかりのリリィでもお化粧出来るのかぁ……ボクも覚えた方がいいのかなぁ」


 従者の本懐やぁといった感じで、生き生きとスティックタイプの口紅の蓋をキュポッと抜くちびっ子を見て、リアが何処か遠い目でされるが儘になっている。

 特に何も指示されていない俺がその場で突っ立っていると、手早く聖女様の桜色の唇に朱を差し終えたリリィから「では、聖者様は腰を下ろしてください」と言われたのでその場に素早く正座する。丁度人通りも無いし、えぇやろ。


 向かい合っていたちびっ子が横に逸れると、控え目な色合いの紅が唇に乗った、いつもよりちょっと大人っぽい感じになったリアの姿が現れた。


「ど、どうかな……って、なんで地面に正座してるの?」


 いや、なんとなく。腰下ろせって言われたし。

 照れた様子から一転、呆れた視線になった(おとうと)分の肩を後ろから押して、リリィが次なる指示を出す。


「では、愛し子様は聖者様の斜め後ろに回り込みましょう――はい、それで良いと思います、義母(かか)様も、狙うときは真後ろより角度がある方が良いと言っていました」

「いや、狙うって何するのさ。というか、これ一体なんの儀式な「はいドーン、です」ちょっ、うぇぇっ?」


 先に聞こえた指示通り、俺の死角に廻った二人であるが……リアの言葉をリリィが遮ると同時、慌てたような(おとうと)分の悲鳴が聞こえて俺は思わず振り返る。

 振り向いた先に、目を見開いたリアの顔と、お日様の陽気を受けてきらきらと輝く銀髪の輝きが視界一杯に映り――。


 頬に、なんだか柔らかなものが吸いついた感触があった。


「! △※〇×■※◇◎~~!?!!?」


 言語化させ辛いなんとも滅茶苦茶な悲鳴をあげた(おとうと)分が、物凄い勢いで後ろに飛び退る。


 あ、あー……口紅を使った仲直りってそういう……。


 我ながら遅いにも程がある理解で以て、ようやっとリリィの意図に気が付いた。

 その当人は、一仕事終えたぜ! と言わんばかりのやりきった表情でフンスフンスと鼻息も荒く可愛らしくガッツポーズを取っている。


「成功です、我ながら完璧な再現率でした。いぇーい」

「……小さな子供に何教えてるんだよぅ、あの夫婦は……!!」


 俺に向かってピースサインを向けるちびっ子を見て、リアが顔を真っ赤にしながら乱暴に唇を拭う。

 うむ……シグジリアと《虎嵐》は子供の眼も憚らずにイチャついてるみたいやな……夫婦仲が良いのはとても結構だが、リリィの情操教育的にはちょっと心配にもなる。

 なんとも言えない顔をしている俺を見て、ちびっ子は不思議そうに首を傾げた。


「……効果がありませんでしたか? 頬だとダメなのでしょうか?」


 あー、いや。そういう事じゃなくてね。

 なんというか、リリィが教わった……のか見て覚えたのかは知らんけど、とにかく一連の『おまじない』は、両者の合意が無いと意味が無くてだな。


「――ッ」


 頬の赤みが抜けないまま顔を俯かせていたリアが何かを言いかけたのを横目で捉えたエルフの少女は、申し訳なさそうにおそるおそる、と言った様子で上目遣いに立ち上がった俺を見上げてくる。


「……もしかして御二方にとって、先の行為は不本意だったのでしょうか? だとしたら、リリィは大変申し訳ない事をしてしまいました」 


 いや、こっちは嫌な事は全然無い。無いけど、やっぱり唐突にあぁする羽目になったリアの気持ちは――。


「――嫌じゃ無いよ!」


 遮る様に、リアの紅を落とした唇から否定の言葉が飛び出した。

 珍しく強い口調で叫んだ(おとうと)分に、呆気に取られた気分でリリィと二人でその顔を見つめる。

 リアは口紅を落としたと言うのに、代わりと言わんばかりに頬と耳を真っ赤に染めたままで。

 胸に詰まった言葉を絞り出すように口に載せる様は、どこか一生懸命にすら見えて、俺を真っ直ぐに見据える瞳は少し潤んでいた。


「嫌なんかじゃ、無いよ。いやな訳、ない」


 ……お、おう、そうか。

 なんだか俺も猛烈に気恥ずかしくなって、二人揃ってお見合い状態から顔を伏せて逸らしてしまう。

 なんなのこれ、(おとうと)分がクッソ可愛いんですけど。あの店長の台詞じゃないけどマジ尊死しそうなんですけど。


 先程より更にぎこちない空気になった気もしなくもないが――そこに満たされた暖かな感情を、リリィも汲み取ったのか。


「良かった、魔法の道具は効果があったのですね。御二人のお役に立てたみたいでリリィは誇らしいです」


 安堵に胸を撫で下ろして――やっぱりフンスフンスしているちびっ子を見て、俺とリアは逸らしていた目を合わせて同時に吹き出した。


「うん、気まずい感じだったから助かったよ――ありがとうね、リリィ」


 うむ、これは花丸を与えざるを得ない。ご褒美にリリィ君には聖殿の食堂で花丸ハンバーグを進呈しよう。


「ハンバーグ……! 義母(かか)様が作ってくれるお肉の料理です。リリィも義父(とと)様も大好きです……!」


 はっはっはっは。順調に食いしん坊になっているようで何より、料理長も可愛いお嬢さん相手なら気合を入れて拵えてくれるさね。


 すっかり日も昇った街中には、ちらほらと人通りも増えていて、その多くが俺達に微笑ましいものを見る視線を向けていたけど。

 いつもならこっ恥ずかしくて仕方ないそれも、今は何故か気にならずに三人並んで歩き出す。




 ――ところで俺を聖者様って呼ぶの、いい加減やめない? もっとフランクな感じで良いのよ?


「そうですか? ……うーん……では……(あに)さまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「そ、それはちょっと良くないんじゃないかな! ほ、ホラ、それじゃにぃちゃんまで《虎嵐》さん達の息子みたいに思われちゃうかもだし!」


 全然かまへんで、と返そうとしたら凄い勢いでリアにカットされた。

 いうても、知り合いのお兄さん的な呼称やろ。そこまで大袈裟に捉える必要も無いと思うんだが。


「う、う"ーっ、う"ーっ! でも、でもさ、にぃちゃんはボクのにぃちゃんなのに……!!」

「……ひょっとして、愛し子様も(あね)様と呼んだ方がよろしいのでしょうか?」

「ぐぅっ……!? ぼ、ボクがお姉ちゃん!? なんて悪魔の囁き……! ど、どうすれば良いんだこれ……!」


 アリア君、きみ、あの店長のテンション感染してない?


 とりあえず、リリィ君御所望の花丸ハンバーグを食べる昼飯の時間までは、まだ余裕がある。

 大聖殿に戻る前に三人で何処に寄ろうか、なんて話し合いながら。

 小さな少女を真ん中に、手を繋いで横一列になった俺達はのんびりと歩き出したのであった。












銀の聖女様


簪が自分の分だけ無い事に拗ねていたが、結果として買い物デートに繋がったので思う存分満喫できた子。

色々と恥ずかしい思いもしたが大事な思い出も出来たし、言う事無し。

後でこっそり試着した服を買いに行こうか悩んでいる。



白百合なエルフちゃん


期間限定で従者をしにきたちびっ子。

不自然な程に無垢であった大森林に居た頃と比べ、純真無垢から面白無垢に成長した。

でもまだまだ一般常識に欠けた処があるぞ!

でも出先の従者としてのお仕事で絡む相手は一般常識を知ってはいても沿ってはいないぞ! くれぐれも影響を受けないようにね! 

自覚の無いファインプレーを連発し、その結果、銀の聖女様と御供の猟犬の呼び方が身内に近いものに変わった子。



愛妻家


口が悪くて荒っぽくて喧嘩大好き戦闘民族。他国からの魔族領の野蛮なイメージを体現した様な男。

だが、蓋を開ければ愛妻家で子煩悩で仕事に関しては結構真面目な奴。でも面と向かってそれを指摘すると槍で穴開けられるぞ! 気を付けよう!

現在は友人の弟子が経営する宿屋で宿泊中。帰ったら自国の頭領と殺し合い一歩手前のガチバトルをする気満々。



店長


美少年と美少女に眼が無いハーフエルフの残念美人。

言動から察せられる通り、転生者である。

元は帝国最大の布製品関連の工房を仕切っていたが、本人は可愛い衣裳や綺麗なドレスなんかを作りたいのに国の発注で延々と鎧下のギャベソンだの戦闘用コートだのを作らされ続けてプッツンして辞めた。

とはいえ、技術自体は工房の高弟達にきちんと継承させていた模様。

下手なトコに放流出来ないので、帝国が資金提供して教国で店をやらせる流れになった。実質両国のお抱えに近いが、作りたい物作れてるので本人としては幸せ。

最近、超絶美少女の姉妹が店にやってきて同率一位の推しになる。超幸せ。



猟犬


うっかりキスマーク付けておうちに帰ったら滅茶苦茶笑顔の聖女様(金)に正座&お仕置きのコンボを喰らった。




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