なにも起きないわけがない(前編)
「と、言う訳でアンタは私と同行して近隣の村に行くことになったから」
いや、どういう訳やねん。
盛大に暴れてぶっ壊した宿の片付けを手伝っていると、突然やってきた副官ちゃんに『40秒で支度しな!』されて困惑する。
我ながらもうどうしようもない感じで盛大にキレ散らかした訳だが、流石に落ち着いた。
呪いや精神干渉・精神汚染に対してはちょっと自信あるくらいに耐性高いんだが、アイツら関連で詰まりだすと全部貫通して多大な負荷が掛かるのって我がオツムながらちょっと酷いと思うの。無属性の全耐性貫通魔法か何か喰らったの?
俺のストレス発散くらいしか意味がないと思われた大喧嘩だったが、あの場で乱闘に加わった冒険者達とそこそこに交流ができたのは幸いだった。
喧嘩したら仲直りしてあとはダチ――ってほど単純でもないが、腕っぷしをみせたのが好評価に繋がったようだ。脳筋か。脳筋だったわ。
壁が砕け、床が抜け、天井に椅子の足がぶっ刺さった元酒場だった廃墟みたいな空間で殆どブチ転がした筈の奴等に囲まれて『腕は認めてやるが聖女様を泣かせたのはまた別の話だぞゴラァ』と懇々と説教されたのは一昨日の話です、ハイ。
脳筋理論で行くなら、あの場で最後まで立ってた俺が正座させられるのはおかしいと思うんだが……いやね、絡み方こそ嫌な感じだったけどね、皆シアを心配しての言動だったからどうにも怒りが長続きしなくて。元々半分くらい八つ当たりだったし。
それに混じって一人だけニンジャニンジャ煩いのがいたけど、あれはなんだったんやマジで。
あと、こんだけ自分の宿が酷い有り様になったのに、平然とした顔で 終わったか? なら片付けだ。 とか言っちゃうマスターのメンタルが強すぎる。男前か。いや……慣れてるだけだわコレ。
そのあとは軽口を叩きながら全員で片付けを始めたんだが、皆妙に手際が良くて笑うしかない。普段から何回店ぶっ壊してんねん。
んで、やはり色んな人間から話を聞くのは悪いこっちゃない。
情報に疎い奴は冒険者なんかやれんだろうし、片付けの傍ら様々な情報を耳にいれられたのは掛け値無しに収穫だった。
特に聖都廻りでの噂は重要だ。キナ臭いモノがあるなら探ってみようかと思ったが、今のところはそういった話は無くてなによりだわ。
そんな訳で、数日は宿泊先で片付けに精を出そうと思ってたんだが――。
壁から椅子を引っこ抜いて床に下ろすと雑巾をバケツに浸け、いつもの軽装騎士服に旅装の外套を羽織った副官ちゃんから事情を聞く。
要は、住所不定の転移者へのお仕事斡旋みたいなものらしい。
――対応早いな、まだ俺が聖都入りして三日目やぞ?
近隣の村で発生したちょっとした陳情や村人の嘆願なんかを、聞き取り調査して上に報告するのだとか。
騎士の仕事じゃないだろそれ、連絡員とか派遣された役人のするやつやん。
とはいえ、報酬は悪くない――というか多少遠出して聞き込みするだけの仕事内容としてはかなり良い。
女神様の用意してくれた財布の中身も無限ではないので、ここらで稼いでおくのもアリといっちゃアリなんだが……。
シアがまたくる、って言ってたからなぁ。せめてもう1回来るまでは待っておきたいんですけど。
「レティシア――あー、姉君様もアリア様も、宿が半壊する切っ掛けが自分達の事だって聞いて、暫く自重するらしいよ」
なんか取って付けた感がある台詞だが、まぁアイツらなら言いそうだし、副官ちゃんの言うことだしね。
一度会って話をしたかったんだが……。
わざわざ女神様が聖都に俺を下ろしたというのに、再転生したことを話すこともないまま街を離れるのは抵抗がある。
なんだかんだと先伸ばしにしてるのは事実だしな……。話しづらさに後ろめたさまで加わってもうアカンことになりそうや……そういえばなったわ、一昨日。
が、副官ちゃんに「アンタの身分証明も兼ねた報酬だから、これに限ってはほぼ強制だと思って」とか何時になく真剣に言われちゃうとなぁ。
下手に断ると冒険者達に叩き出される事すらなく、普通に法的に都市外退去とかになったりするかもしれん。
店主に断りを入れると、いいから行ってこい、片付け要員が一人減る位はなにも変わらん。というそっ気ないお答えが帰ってきたので、素直に厚意に甘えようかね。
魔獣の餌にでもなったら、出てきた糞に花くらいは添えてやる。等と抜かす片付け要員共にうるせー、死ぬか馬鹿。と絞った雑巾を投げつけ、準備を行うことにした。
いうても大して荷物も持ってない。2階の部屋に戻って、外套羽織りーの、水と携帯食料が入った袋を担ぎーの。後はさっさと一階に戻って、さぁ準備完了やぞ、と言うとこで副官ちゃんが小振りな短刀を差し出してくる。なんぞこれ?
「聖女様達からのお守りだそうよ。失くさないように持っときなさい」
守り刀的なヤツか。嬉しいやら有り難いやら。
いまいちやる気の出ない話ではあったが、二人からのお守りと聞いてちょっと仕事に前向きになっちゃう。
渡された短刀を手に取ると、鞘から軽く引いてみた。
――ヒェッ、なにこれ。パねぇ。
モノ自体は品質こそ良いが、ありふれた数打ちだ。
でも、込められた聖性があたまおかしい(白目
最低限に彫られた魔力導線に、パンクしないギリギリに聖なる魔力が込められている。
普通、数打ち品の浅い線にこんな量の魔力通したらすぐに駄々漏れになってただの鋼に戻るやろ、どういう精度で注ぎ込んだんだよ。
元がただのナイフだし、流石に半月もすれば魔力だって抜けてしまうだろうが、逆を言えば半月の間は相当な退魔の業物となる。
なんという技術の無駄遣い。注ぎ込んだ聖性にも、使われた魔力制御にもほんの少しでも性能をあげようという執念すら感じるんですけど(戦慄
こんなモン渡される聞き取り調査とか本当に聞き取りだけで終わるんですかねぇ! 不安になってきたんですけどォ!
素直な感想を述べると、副官ちゃんも短刀のエグさは理解しているのか、そっと目を逸らす。
アカン、これぜったいなにかおきるやつや、おれはくわしいんだ(
無茶の出来なくなった身としては、転ばぬ先の杖は欲しい。
――街を出る前に武器屋に寄っていこう。
急ぎだとしても、これだけは副官ちゃんを説得せねば。
財布に多大なダメージを負う覚悟で準備を整えて出発し、はや数日。
巻き進行というなかれ、拍子抜けするくらいに村への移動は順調に進んだ。
スムーズな移動が叶った理由で一番大きかったのは、俺が馬に乗れたことやな。
乗馬の技術がどうこうとかいう以前に、前の俺は殆ど馬に乗れたことがない。
触ると嫌がる程度なら可愛いもので、下手すると暴れだすからね、仕方ないね(血涙
俺が動物にアホ程嫌われている、という事じゃぁない。ホントだぞ?
前に体質と武装がどうこう言った気がするが、同じ理由なのよ。
使ってるメイン装備がちょっと物騒な代物で、その気配を察知した動物には基本避けられるんや。
大丈夫な乗り物といえば、箱モノである馬車か、生物ですらない魔法像か、本能を押さえて行動できるレベルの知性がある幻獣・魔獣くらいだった。
――最後のは乗せてくれはするものの、クッソ嫌そうな空気だしてくるけどね。泣きたい。
おかげで皆が馬や飛竜で移動する際、走って追いかけるかロープで結んだ魔法かけた浮遊板で引っ張られるかの二択だったんですよハハッ。
鞍に股がって視点が高くなっても一秒後に渾身のロデオが始まらないって素晴らしい。素晴らしくない?
久々のまともな騎乗にやや手こずったが、お馬さんがカッポカッポと普通に走ってくれる感動の前には些細な事だった。
幸先がいいね。これならお仕事の方も何事もなく終わるかもしれない(フラグ
馬の背に揺られて着いたのは、帝国と聖教国を繋ぐ街道から少し外れた先にある農村。
四十人弱程の村人が暮らすその村で、さっそく住人に話を聞く事になったんだが――。
「それでさぁ、おれもぼうけんしゃになったらドラゴンをたおすんだよ!」
おう。そうか。夢はでっかくドラゴンスレイヤーか、先は長いな。
「なんだよ、あんただってぼうけんしゃだろ! しってるんだぞ! 黒いかみはてんししゃだって母ちゃんがいってたんだからな!」
転移者、な。それだと死んでんだか女神様の使徒なんだか分からんで。
今の俺だと逆に当たってそうなのがアレだが。
村にいるお子様の一人に絡まれて調査が進まねぇ。普通に困った。
家畜を放牧するための丸太柵に腰掛けながら、元気に話題を振ってくるちっこいのについ生返事を返してしまう。
副官ちゃん相手だと頬を染めて母親の後ろに隠れてしまったチビすけは、何故か俺の後をついて回るようになった。
長閑な村だ、子供の数も少ないみたいだし、外からやってくる転移者と騎士とか、さぞかし刺激のある話相手なんだろうね。
とはいえ、村人への聞き取りを副官ちゃんばかりに任せている現状は如何ともし難い。
俺の同行なんて実質おまけみたいなもんだし、帝国からの随行者が追加でやってくるらしいので本格的な調査は彼らが行うみたいだが。
本来、副官ちゃんは教国に出向してきてる帝国騎士なので、立場的には纏め役――教国に雇われた俺と帝国から来る随行者の人達を仲立ちする役割だったりする。
それでも随行員の到着を待たずに聞き込みを始めているのは、本人の気質によるものだ。
何かしらのトラブルや不安があるってんなら、騎士がきちんと話を聞いて回るっていうのはさぞかし頼もしいことだろう。
その辺分かってるから、手ずから聞き込みに精を出してるんやろな。
すごいちゃんと騎士してて関心するわ。俺はお子様一人に手を焼いてご覧の有り様だけど。
「おい! きいてるのかよ! 人のはなしはきかないとダメなんだぞ!」
おう、聞いとる聞いとる。蜂蜜飴くうか?
「! たべる!」
道中が順調だったので余った保存食の飴ちゃんをやると、チビすけは嬉しそうに口の中で転がしはじめる。
ふはは、ちょろいちょろい。不機嫌そうに膨らませていた頬が既に緩んでおるわ、まぁ子供はこのくらい素直で単純なほうが健全だけどな。
なぁ、坊主。ついでに聞いとくが、最近変わったこととかあるか? 母ちゃんがなんか言ってたとかでもえぇねん。
「ん~? ……森に入ってるおっちゃんがちょっとまえから森にちかづいちゃだめだって。あとかあちゃんは早くかえってきなさいってよくおこる」
そうか。かあちゃんに心配かけんように暗くなる前には帰らんとな。
「ん!」
飴を舐めながら上機嫌に頷くお子様を眺めながら村外れの奥――森の方へと視線を飛ばす。
森ねぇ。野生動物が近づいてきた、程度の話なら楽に終わるんだが。
さて、もっと他にも聞き込みをしたいがこの坊主をどうするか。と悩んでいると、副官ちゃんがやってきた。
よっす、お疲れ。なんぞ進展あった?
「今のところ、具体的なトラブルがどうこうって話は聞かないかな。でも――」
一旦言葉を切ると、副官ちゃんの姿が見えた途端に丸太から飛び降りて俺の後ろに隠れてしまった坊主に、膝を折って優しく話しかける。
「ごめんね、この人とお話があるからちょっとだけ借りていいかな?」
「う、うん。あの、きしさま?」
おう、顔が赤いぞ坊主。さっきまでの元気はどこにお散歩にいったんや。
「うん? なにかな?」
「きしさまも……せんそーにいったの?」
「……うん、そうだね。それがどうかしたの?」
首を傾げる副官ちゃんの返答に、チビは赤らんでいた顔をパッと輝かせた。
「それなら《せいじょさまのきし》となか良い!? おれあってみたいんだ!」
俺が内心でオッフ、と呻くのと副官ちゃんがブフッっと小さく吹き出すのは大体同時だった。
「そ、そうだね。会ったことあるよ」
「ほんと!? やっぱりつよいの!? かっこいい!?」
おいぃ、仕事の話するんちゃうんかい。なんで笑い堪えながら話題に乗ってんねん。
おチビは興奮しながら身振り手振りで、いかに聖女様の騎士()とやらがスゴいのか熱弁をふるいだす。
副官ちゃんは肩を震わせて小刻みに吹き出しながらチラチラ俺を見るのやめーや。気づいてんぞ。
記憶があることを話してないせいで、突っ込むこともできずに黙って話を聞くハメになった。自業自得とはいえ、ひでぇ羞恥プレイを強要された気分だ。
ひとしきり喋って会話を終えると、最初に副官ちゃん相手にモジモジしてた様子はどこへやら、チビすけはニコニコしながらご機嫌で手を振って村の広場の方へと駆け出していった。
そしてあー、と散々腹筋を酷使してご満悦な吐息をもらすアホの子。ロクに聞き込みできんかった俺が言うことでもないが、いい加減話題を戻そうよ。ねぇ。
村のまとめ役にも話を聞いてきたんやろ? 何かトラブルの種はあったんか?
そう問うと、流石に副官ちゃんも顔を引き締めてお仕事のテンションに復帰した。
「村長さんと村の人達の話に食い違いは無かった。具体的な被害は無い、って段階だった」
けど、なんか引っ掛かるんだよね。と呟く。
曰く、夜中に奇妙な影をみた。曰く、陽が落ちると何かに見られているような気がする。曰く、夜が明けるまで不思議な圧迫感のようなものを感じた。
気のせいだと切り捨てることも出来るような内容ばかりだが、先程おチビから聞いた森の一件とも合わせると短絡的な判断はしたくなくなるな。
というか陳情の内容に“夜”が必ず含まれている。絶対なんかあるやつやこれ。
副官ちゃんに森の件についても報告してみるが、難しい顔で頭を振られた。
「村の猟師さんの話だね。森にいる夜行性の猛獣や魔獣が村の近くにきた、っていうなら話は分かりやすいんだけど……実際には“逆”みたい」
なんでも、普段から狩りをしている範囲で獲物が全く取れなくなり、少し奥に入らなければならなくなったとか。
こんなことは今まで無かったので、猟師は念の為に森の入り口近くで遊ぶ子供達や薪や木の実、果物を拾いに行く村の女性達には近づかないように言い広めたらしい。
「森の中で何か異変が起きて、大規模な縄張りの変動とかが起こったっていうならちょっと長丁場になるかもね。森林に慣れた斥候も必要になるし、合流する帝国の随行者にそういった技能持ちがいればいいんだけど」
てっとり早く、村に浄化結界でも張ることが出来ればなぁ……と続ける副官ちゃんだが、森の縄張りの変動が原因だとするなら、村人が夜に見たり聞いたり感じたりしている謎の違和感の説明がつかなくね?
そうなんだよねぇ……とボヤく副官ちゃんと一緒になって頭を捻ろうとして、ふと思い付いた。
いや待て、順序が逆や。異変の中心地が森で、そのせいで村に何か起こったんじゃなくて。
村人が夜に感じると言う“何か”から遠ざかる為に、村近辺を縄張りにしていた動物が一斉に森の奥へと逃げ出した、という事なら辻褄が合うんじゃね?
言った後で、二人してしかめ面になった。森に原因があるほうがまだ楽そうな話だったからしゃーない。
「そっちの方があり得るかも。でもそうなると……思ったより厄介な話になるかもしれない」
だろうね。これが正解だった場合、どう考えてもただの害獣問題とかじゃねぇもん。
案の定、面倒な仕事になりそうだし、もうちょい人手が欲しいな。帝国の連中はいつ頃こっちに着くんや?
「早くて明後日の朝……ちょっと待ってられないわ」
夜の問題は日に日に増えてきているらしい。既に俺らという“ソレ”にとって不都合な存在が来てしまっているし、あと二日あれば“何か”がアクションを起こさないとも限らんなコレ。
実質、副官ちゃんと俺の二人か。戦力的にはそう悪くない気はするが手札が不安だな。村の住人達のガードに廻る事も考えると特に。
「……私が村に結界張ってみる、あんまり得意じゃないけど」
そんな事を言い出した副官ちゃんに、待ったをかける。
いや待って。騎士――バリバリ前衛型の君が小さな村とはいえ丸ごとカバーする結界なんて張ったら消耗半端ないやん。
それを嫌がって出てきた“何か”と戦う事になったら洒落にならんて。
「でも、それなら術者が最初に狙われる筈でしょ。村の人に危害が及ぶ可能性は減らせるし」
副官ちゃんがリスク全被りって時点でちょっと頷けないなぁ。
民を護るべし、という騎士の本懐に準じてるのはふつーに尊敬できるし立派だと思うが、もうちょい周りを頼る道もチョイスすべき。
「ッ、アンタが言う……! あぁ、もうっ。なんでもない――もしかしてアンタが結界張れたりするの?」
一瞬、ちょっと本気で怒った様な気配を感じてビビった(泳ぎ目
あ、ちなみにワタクシ、結界魔法はおろか魔法の類いはまともに扱えるのは自己強化くらいです(キリッ
じゃぁ何で頼れとか言った、といわんばかりにヒエッヒエの視線を向けてくる副官ちゃん。やだ、ここだけ極寒。
まぁ解答はシンプルやで。村丸ごとじゃなくてデカい建物一件なら消耗も押さえられるやろ。
村長宅とか、集会所的な建物とか。大きさによっては寿司詰めになるかもしれんが、帝国の人員と合流する迄の二日――二回だけなら村の住人も納得してくれるんじゃないかね。
“何か”がその状況に我慢できずに現れるなら、本人が言ったように術者の副官ちゃんを狙うだろうから消耗を極力減らした状態で、かつ避難場所から離れたところで迎え撃てる。
警戒して籠るってんなら、二日後に合流してきた面子と協力して本格的な結界を村に構築。封殺するか村に近づけないようにする。
術者スルーして、こっちが妨害する間も無く結界を叩き壊せるような奴が隠れてる、というのは無いと言っていいやろ。そのレベルなら――言いたか無いがこの村は手遅れになってた筈だし。
俺がパッと思い付いたのはこんな感じだけど、どうでしょうねアンナ先生。
少しおどけて先生呼びなんてして見せると、副官ちゃんはちょっと呆れたような目で俺を見た後、
「仕方ないわね、それでいこうか」
なんて言ってニヤリと不敵に笑ってみせた。
おk、なら早速準備を始めよう。
まずは、今から結界強化の為の触媒作りや。幸い材料には事欠かんしな。
出来る限りの準備を整え、あとは日暮れを待つのみとなった。
幸い住民は聞き分けの良い連中ばかりで、大人しく村の集会所になってる大きな平屋に避難してくれている。
祈るようにこちらの武運を願ってくれる姿は、過去にもあちこちで見た光景だ。
全員集まって建物の中に入っていく中、昼間にくっ付いてきていた坊主が、不安そうに母親の腰にしがみついてこちらをみつめていたので、残ってた飴を全部放り投げて食ったら歯ぁ磨いて寝ちまえ、と言っておいた。
今日、事態が動くというなら夜明けには終わっとる。そうしたら何時もの朝や。そのうち森でだってまた遊べるぞー。
触媒作りにギリギリまで時間を割いたので、結界自体は副官ちゃんが短時間かつ突貫で構築することになったけど、ジャブジャブつぎ込んだ高性能触媒のお陰で彼女自身も消耗を殆どせず、より強化されたモノに仕上がった。
昼間に打ち合わせをした放牧用のスペースを借り、火を起こして二人とも静かにその時を待つ。“何か”が動かないなら、このまま月夜の下でキャンプして終わるんだけどね。
「……アンタには村の人達の護衛をしてもらいたかったんだけど」
ポツリ、と火を見つめながら副官ちゃんが呟く。
なんでやねん、散々話したやろ。
事の元凶が動くなら、真っ先に危険に晒されるのはお前さんやぞ。
人手が足りてるならまだしも、戦力が二人しかいない現状、一緒に対処するのが一番ローリスク・ハイリターンだってばYO。
「戦力ねぇ……今更だけどアンタ、この世界に来たばっかりなんでしょ? 戦えるの?」
こ、故郷では空手を嗜んでいたので(震え声
「カラテ……聞いたことあるわ。邪神に魂を穢された狂える巨人の王を打ち倒した古の拳豪が使ってた武術ね……アンタとんでもないもの修めてるんだ」
ごめんなさい、嘘です。体育の授業でちょっとやったことある程度です。
しょーもないホラを吹くな、と睨み付ける副官ちゃんに平身低頭で謝る。
っていうかなんだよ、初耳だよ。巨人殴り倒したって。俺も一回戦った事あるけど、一度は試運転必須だったとはいえクソ邪神に使う切り札を躊躇なく切るハメになった相手やったぞ。
王とか言ってたし、アレの上位互換を素手でやったとか頭おかしすぎて草しか生えない。
この世界での空手家のハードル上がりすぎワロタ。もはやKARATEやろソレ。SUMOUとかも存在しそう。
地球の武術が軒並みBUJYUTUと化した魔界のような環境を想像していると、副官ちゃんの冷たい視線が刺さったままなので慌てて引き抜きにかかる。
まぁ、あれです。KARATEは修めてないけどそこそこはヤれるつもりです。足は引っ張らないんで共闘オナシャス! アンナ先生!
長ぁい溜め息を漏らしながら、副官ちゃんは納得――はしてなさそうだが諦めてくれた。
私にはアンタも護る義務があるんだけどね……なんて小さく愚痴ってるけどなんやそれ、おかしいやろ。
なんで副官ちゃんが俺を守るんだよ。それはアカンやろ。ありえちゃダメなヤツゥ!
どんな約束か誰としたのかはしらんが、普通にダメなのでスルーする。アーキコエナイキコエナーイ。
強引に話題転換しようと口を開こうとして、警戒を続けていた知覚網に《《引っ掛かった》》感触を覚えた。
来ちゃったかー。随行員さん達がくるまでヒキっててくれたら楽だったんだけど。
静かに立ち上がった副官ちゃんに合わせ、俺も立ち上がって最後に武装をささっと目視点検。
焚き火が不自然に揺れ、ボ、ボッ、と消えそうな吐息を吐き出す。
生ぬるい風――いや、これは鬼気か――が吹いて頬を撫で上げて過ぎていった。
やがて、消えかけの炎から延びた影が不自然に伸び上がり――一つの人影を生み出した。
「――貴様らか。あの下らん仕切りを作ってくれたのは」
不機嫌そうに吐き捨てて影の中から立ち上がったのは、ダークブルーの髪を伸ばした青白い顔の男だ。
貴族が着てそうな装いに長いマント、血の気の通ってない顔と口元から伸びる発達した犬歯。
どうみてもきゅ「よりにもよって吸血鬼……!」です副官ちゃんアンサー本当にありがとうございました。
吸血鬼は俺に視線を寄越して0.5秒で通過させると、副官ちゃんにピタリと固定させて「ほう」とか言って笑う。
「中々に見目の良い娘ではないか。こんなひなびた村で餌同然の連中を見繕う必要は無くなったな」
上から下まで舐めるように視線でセクハラして上機嫌に笑う男に、副官ちゃんは心底嫌そうな顔をして腰を落として構えた。
じりじりと距離を図りながら、隙を伺いつつ男に疑問を向ける。
「なんで吸血鬼が人間種の都市圏にいるのか――いや、それよりも魔族領の公爵様はご存じなのか聞きたいんだけど?」
その言葉に一転して不機嫌そうに歯を剥き出すと、男の身体から威嚇するように鬼気が垂れ流された。
「我が身はあのような不遜な女に仕える者ではない、違えるなよ娘。私は尊い御方――真の神に選ばれた真なる貴族よ」
「やっぱり信奉者ね……」
はた目にも分かる自尊心を溢れさせながら傲然と胸を張る吸血鬼に、副官ちゃんは予想通り、と顔を歪める。
まぁ、人間種とそこそこに良好な関係を保ってるあの女公爵の配下なら、わざわざ人間の村で隠れて食料になる人物を物色するわけないわな。
自然、大戦で邪神側についた負け犬共の一人ということになる。
それはそれで疑問が残るけどな。こんなやつ大戦末期の最後の戦いでも見たことないんですけど。
単に俺が見てない、覚えてないという可能性だって無い訳じゃないが、独自で情報あつめた上にシアのコネまで借りて揃えた優先してナイナイすべきリストに載ってた記憶もないんだよなぁ。本人曰く、爵位持ちの吸血鬼なのに。
アレ互いに総力戦だったやろ。爵位級吸血鬼が参加しないとか敵側でも味方側でもありえねーよ。
ふむ……ようは、アレか。窓際族か。
思わず呟いた瞬間にこちらを見ないままに吸血鬼の腕が上がり、手の平がこちらに向けられた。
「意味は分からんが侮辱したのは知れたぞ、羽虫。死ね」
言葉と共にマントから伸びた影がムチのようにしなり、俺の頭に向けて横薙ぎに振るわれる。
切れすぎワロタ。見た目若いのに更年期かな?
魔力の放出動作で動きは読めていたので、軽く屈んで避けると生白いイケメン顔が驚愕と共にはじめてまともに向けられた。
うーん、この実戦経験皆無感。
目の前に臨戦態勢の騎士がおるのに視線を切る阿呆がどこにおんねん、おったわ、目の前に。
月光を受けて煌めく銀髪が翻る。
吸血鬼が自分を視線から外した瞬間に、副官ちゃんは一瞬で距離を潰して肉薄していた。
両の掌には既に愛用のダガーとショートソードが握られ、銀閃を残して敵の首元に振るわれる。
慌てて飛びすざって距離を取ろうとした真の貴族様()の首に、浅い朱線が奔った。
傷をつけられた事に憤怒の表情を見せる吸血鬼が、罵倒でも浴びせようとしたのか口を開き――そこにすらりと伸びた脚が跳ね上り、靴底が顔面にめり込む。相変わらず騎士なのに足癖が悪いね副官ちゃん。
並の魔獣なら頭蓋を砕かれる蹴りを喰らい、ボウリングのピンよろしく撥ね飛ばされた痩躯は丸太柵をへし折って地面に叩きつけられ、数回バウンドしてやっと止まった。
追撃を狙って俺と副官ちゃんが走り寄ろうとすると、鬼気を纏う魔力が吹き荒れて四方八方に伸びた影が男の周囲を薙ぎ払う。
威力だけは大したものなので、脚を止めて回避に専念。その間に立ち上がった吸血鬼の顔は、なんかもう今にも憤死しそうなくらいに歪んでつり上がっていた。
「き、貴様らぁぁぁぁぁぁっ、殺す! 羽虫の方は挽き肉に変えて地虫どもに喰わせてやる! 女ぁ!! 貴様は手足をもいで這いつくばって死を懇願するまで餌として嬲ってやるぞ!!」
頬骨砕けて鼻もひん曲がったまま、ご自慢の牙までへし折れてるのによく流暢に罵倒がでてくるもんだ。言ってる間にみるみる再生してくのは流石吸血鬼って感じだが。
はいはいワロスワロスってなもんで、流してあげる俺だが副官ちゃんは俺ほど優しくなかった。
「――ハッ、だっさ。その体たらくでよく爵位級吸血鬼なんて胸を張って言えたもんね」
辛辣ゥ!
普段の元気溌剌!といった表情とは真逆の、静かな闘志を湛えた面差しのまま、口からは割とえげつない煽りが飛び出した。
面と向かって侮辱された経験が少ないのか、吸血鬼が一瞬呆けた様なツラを見せたあと、凄まじい形相になる。
「――!! 貴さ」
「私は! ――あの大戦で吸血鬼と肩を並べて戦ったこともある」
怒りか、某かの決意か。
相手の罵倒を遮って叩きつけられた言葉には、幾多の戦場を駆け抜けた騎士の重みがあった。
少なくとも、何か喚こうとした生白イケメンが黙る程度には。
「爵位級吸血鬼は高慢ちきが多いって聞いてたけど、その通りだった。傲慢で、鼻っ柱が高くて、偉そうで」
アンナ先生、それ大体全部同じ意味じゃないでしょうか?
「――人の十倍プライドが高くて、人の二十倍の責務を果たそうとする。そんな奴らばかりだったわ」
愚痴のように続いたそれは。
失われた、或いは遠く離れた戦友を称え、悼む、戦士の声だった。
「口を開けば貴族の義務、貴族の義務ばかりで。それに殉じていったあいつらと、こそこそ隠れて罪のない村人を餌扱いして物色してるお前が、同じ? 笑わせないでよ」
両手に携えた刃を握り直し、決然と敵へと向ける姿は凛として、彼女が憧れる彼女の上司を思わせ。
「帝国麾下、対邪神討伐部隊《刃衆》アンナ=エンハウンスよ。叩き潰してやるから掛かってきなさい藪蚊野郎」
……どうにも、俺の周りにはとびっきりの女傑しかいなくて困る。綺麗で、眩しくて――その魂は輝くようで。
直視するのが、やっぱつれぇわ(白目
KARATE家「三日くらいかかった」
多分、カンストヨームをボクシングするような難易度。