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言うべきか、言わざるべきか。(後編)

 ――あぁ、楽しいな。


 テーブルを挟んで、向かい合う。

 二年ぶりの馬鹿野郎との会話は相変わらず馬鹿なやり取りばかりで、だけど切なくなるほどに懐かしくて。

 まるであの頃に戻ったように。

 或いは、最後のループ前に二人だけで旅をしていたときの続きのように。


 不思議なくらいに自然に、会話が弾み、転がる。

 合間にコイツが注文した料理を摘まんで、それに一々憤慨するのをからかって。


 二年間欠けていたそれを、望んで押し殺して諦めて、それでも忘れられなかった時間を取り戻すように。

 オレは相棒との会話に夢中になっていた。


 まるで記憶が無いなんて嘘みたいに、あの頃のままで。

 余裕を持って異世界での先輩として振る舞ってやろう、なんていうちょっとした悪戯心はとっくに何処かにいってしまって。

 お前がいない間に、こんなことがあったんだ、あんなこともあったんだ。

 そんな風に、二年の空白を埋めるように興奮と歓びを隠して話し続けるオレは、それこそやっと飼い主に再会した迷子のワンコのように見えただろう。

 多分――いや、間違いなくアリアもこんな感じだった筈だ。


 だって仕方ないだろ?

 待ち望んでいた奇跡のような時間が、これからもずっと欠けたままだった筈のオレの宝物が、今ここにあるんだ。


 過去の――こいつにとっては前世の因縁を持ち出して、それにすがるなんて健全じゃないのは分かってる。

 それでも、交わす言葉と過ごす時間が心地良くて、懐かしすぎた。


 だからだろうか。


 打てば響くように相槌を返していたコイツが、ふと神妙な顔になって何かを切りだそうとする度に


「――そうだ。お前、ウチのアリアを泣かせたんだって?」


 遮るように言葉を被せて、次に発せられるであろうソレを遠ざけてしまうのは。


 こちらの言葉を聞いた瞬間、眼を泳がせて挙動不審になった相棒に、席から身を乗り出して覗き込むように顔を寄せる。


「本来ならブン殴ってやる処だけど、正直に経緯を話せば酌量の余地はあるぞ? ん?」


 オレに話してみ? とニヤニヤ笑いながら尋問じみた空気を出してやると、語ろうとしていた『何か』なんて吹っ飛んだように、歯軋りしながらオレを恨めしげに見るその姿に内心で胸を撫で下ろす。


 あぁ、そうだ。オレは怖いんだ。

 こいつの口から「なぜ、自分に構うのか?」とか「どこかで会ったことあるのか?」なんて言葉が飛び出すのが。

 オレの事なんて知らないと、初対面だと言われるのが、怖くて堪らないのだ。

 頭では理解したつもりでも、今のコイツには何の責もないのだと分かっていても。

 相棒だった男の、今だって大切な男の口からそれが出てくるのが、嫌で嫌で仕方ないのだ。


 ――もし、もしも万が一。

 その言葉に、迷惑そうな響きや、拒絶するような意志が含まれていたら。


 自分がどうなってしまうか、どうしてしまうか分からない。

 そんな事を想像するだけで身が凍るようで。

 だから奴が何かを言い淀む度に、咄嗟にそれを飲み込ませるか押し退けて。

 そんな綱渡りみたいな会話をしながら、それでもこの時間が楽しくて話を止められない。


 我ながら重症だ。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。

 あんな風に死別する前に自分の気持ちに素直になっていたら、違う未来もあったんだろうか。

 そんな益体もないことを考えてしまう。


 オレの心中なんて気付く訳もなく、観念して気まずそうな表情のまま語り出した内容は、要約すれば『愛称考えてと言われて呼んだらガチ泣きをはじめた』というものだった。


 ――そうだろうな。

 アリアの奴は最初、コイツがオレを呼ぶ度にどこか面白く無さそうに見ていた。

 その視線が変わっていって、羨ましそうな色が混ざり出したのはいつの頃だったっけ。

 ちょっと可哀想だとは思ったが、オレもなんとなく自分だけが愛称で呼ばれてるのが気分が良くて、ついついそのままにしていたら、ついにアリアが爆発したのだ。

 オレばかりズルいと。自分も愛称で呼べと。

 珍しく我儘をいうアリアに、もう殆ど即答で『じゃあリアでえぇやろ』で終わらせた馬鹿たれを二人掛かりで非難したものだ。

 その後直ぐに、アリアがコイツを『にぃちゃん』と呼び出してオレのほうがちょっと面白くない気分を味わうことになったんだけど。


 なんとなく、想像がつく。

 多分、おんなじ様な感じで『リア』と呼んだのだろう。

 オレの事はこうして対面してる今でも、まともに呼んで無い癖にさ。

 かつての焼き直しって訳じゃないけど、ちょっと面白くないぞ。


「――まぁ、大体の事情は分かった。情状酌量の余地はあり、ってとこだな」


 わざとらしくため息を漏らして、仕方無いと言った感じで言ってやると、馬鹿たれはへへーっ感謝しやす、お代官様! なんて言いながら、献上するように腸詰めにフォークを刺して拝むように両手で差し出してくる。

 うむ、くるしゅうないぞ。なんて返しながらも、俺の目はフォークに釘付けになった。


 これは、アレだ。ひょっとしたらアーンというヤツなのではないだろうか。

 …………。

 ま、まぁ折角こいつが感謝の気持ちとして差し出してきた物だしな。うん、仕方ない。


 ちょっと悩んだけど、思いきってそのままフォークに噛みついて貢ぎ物を一息に頬張ると下降した自分の機嫌が急上昇するのを感じる。

 ……なんだか頬が熱い。オレってこんなにチョロかったっけ。


 保護者のオレからお許しが出た事でホッとしたのか、明らかに緩んだ様子で息を吐いたヤツは自身も上機嫌で腸詰めを刺して頬張る――っておい。 オイ。


 おまっ、何して……あぁ、もう、クソッ。


 頬どころか顔が一気に熱くなって、変な汗が出てくる。咄嗟に額に両手を当ててテーブルに肘をつき、項垂れて考え込むようなポーズをとった。

 ……気付かれてないよな? そんな風に思っているとそのまま呑気そうにボイルされた腸詰めをかじるアホの声が聞こえる。

 眠いの? 朝早く起きすぎじゃね? じゃねーよ。ちげーよ。


 気取られなかった事にホッとする気持ちと、全く気にもしないアホにイラっとする気持ちで、頭の中は大混線渋滞中だ。

 お前ほんっといい加減にしろよ、そういうトコだぞ? しまいには押し倒すぞ?


 視線を合わせられないまま、茹だった思考で目の前のアホに負けないくらいアホなことを考える。

 …………。


「なぁ」


 耳まで赤くなっているであろう顔を上げないまま、努めて平静を装って声を掛けた。

 スープを啜りながら、なんじゃらほい、と応える相棒になんでもないことように続ける。


「アリアには愛称付けたんだろ? ――なら、オレに付けるとしたらどんな感じになるんだ?」


 んぐ、と喉に詰まらせるような声が聞こえた。

 慌てたように水を飲み干す音のあと、えぇ~……と露骨に難色を示した声が尻すぼみに消える。失礼なヤツだな、おい。


 アリアだって以前に不公平だとゴネたんだ。

 ならオレだって、まともに名前も呼ばれていない現状に不満を唱えたっていいだろ。

 そう、これはアレだ。姉妹(きょうだい)間の公平性を保つ為には必要なことなのだ。

 決してオレも『前』と同じ様に呼んでもらいたいとかそういう欲求があってのことでは無い。無いったら無いのだ。


 無言で先を促すオレに根負けしたのか、軽く咳払いが聞こえた。


 ――じゃぁ、レティシアだから『シア』って呼ぶわ。


 ……あぁ。

 白状すると。

 そう呼ばれても、我慢できると思っていた。

 あの頃と同じ呼び名がこいつの口から出てきたとしても、喜んで、浮き足立って、けどそれ以上の感情は押し込めて、話の続きができると思っていた。

 けど、出てきた言葉はいつかの大切な思い出と全く同じで。

 顔を下に向けて、声だけを聞いていたせいで却って強烈にそのときの光景を思い出してしまう。


 ……あぁ……あぁ! 

 そうだ、そうだよ。シアだ。オレはおまえのシアだ。

 やっぱりそうか。そう、呼んでくれるのか。

 あの日々の記憶を失っても、お前は、オレを呼んでくれるのか。


 歓喜と懐古と、ほんの少しの痛みとおおきな愛しさ。

 我慢なんて出来なかった。こらえるなんて、無理だった。

 あぁ、ダメだ。色々な想いが、胸からあふれて止まらない。





◆◆◆






 朝も早よから聖女姉(レティシア)が凸してきたと思ったら、(リア)と同じ様に愛称呼びを要求してきたでござる。

 昨日、迂闊に答えてやらかしたばかりなので出来ればお断りしたい案件だったんですけど。


 両の手で顔隠して俯いたまま、無言で催促するのやめてくれませんかねぇ!

 圧が凄いんですよォ! 怖いんですけど!


 さっきから俺が事情をカミングアウトしようとするたんびにカット掛けてくるわ、リアを泣かせた地雷案件を推してくるわ、何か俺に恨みでもあるのかお前ぇ!

 ……心当たりしかねぇわ! いっぱいあったねごめんなさい!!


 胸中でひとしきり逆ギレしたが、別に愛称呼びが嫌って訳ではないのだ。なんだかんだ言って慣れた呼び方だからそのうち咄嗟に呼んじゃいそうだし。

 ただ、リアの嗚咽が耳に残って思い出すだけでちょっと発作的に死にたくなるだけなんや(白目

 ――まぁ、何か外的原因があるっていうなら、俺が死ぬ前にきっちり消すが。


 それはそれとして、愛称ね。

 昨日と同じく、前からの呼び方しか思い付かんな……というか今さら他の呼び方とか俺が嫌だわ。

 なので、レティシアは自然とシア、という呼称になる。

 シアとリアで語呂も似てるからね、聖女姉妹(金銀ブラザーズ)・二人はシアリア! 今になって変えるとか違和感が凄い。


 お望み通りに呼び名を告げるが、シアは深めのゲ○ドウポーズのまま動かない。

 え、どうしたん? 処理落ちした? CPU足りてる?

 そんな風に話しかけるが、やはり無言。

 こちらの軽口にも反応しないので、流石に心配になって肩に手を伸ばそうとすると――。


 肩口が震え、微かにだが鼻を啜るような音が聞こえた。


 ――お ま え も 泣 く ん か い  。


 その場で白目を剥いて倒れ込みたくなった俺がおかしいんだろうか。

 姉妹(きょうだい)揃って琴線に触れるような要素がどこにあったのか見当もつかないんですけどォ!

 ハンカチは昨日、リアが持っていってしまったので無い。おしぼりなんて気の利いたものが冒険者の宿で出るわけも無い。


 なので、俺に出来るのは震える肩にそっと手を添える位だった。


 おい、大丈夫か? 結局お前も泣いとるやないけ。


「――ないてない」


 そんな鼻声で言っても説得力ゼロやぞ。ハンカチないんか?


「ないてないし」


 分かった分かった、泣いてないから。とりあえず何か顔拭くものみつけんとな。


 なんとなく、出会ったばかりの頃のメンタルボロボロで情緒不安定だったシアを思い出してらしくもなく優しい声が出る。

 席をたってシアの背中を軽くたたいて、撫でてやると昔を思い出して懐かしい気分になるわ。


「――ッ」


 一際大きく、シアが肩を震わせた。


「――フっ、く……かぇ、る」


 うん? なんだって?


「きょうはかえる……また、くる」


 ――唐突ぅ!!


 なんだか昨日見たような流れに既視感を覚えていると、止める間もなくシアが立ち上がって足早に宿の出入り口に歩き出した。

 だんだんとスピードが上がっていって、どんどん扉との距離が近づいてついには小走りに――ってオイまた既視感が・・・・・・。

 ドゴォ! という音と共に、弾け飛ぶ蝶番。吹き飛ぶ扉。


 しってた(諦観


 二人揃ってこの宿のドアになんか恨みでもあるの?

 帰るお前らはいいけど、残される俺が晒される視線を考えてくれよ。どうすんだよ静まり返った酒場の空気。


 半ばから粉砕された扉の残りが、ゴトッっと音を立てて床に落ちるのが嫌に大きく響いた。

 店中の冒険者達から、なんともいえない視線が注がれる。


 もうやだ、お部屋帰って二度寝したーぃ……でも部屋の方のドアも風穴空いたまんまだわ。

 いっそ視線を振り切って俺も宿から飛び出そうか。夜まで時間潰してあとでこっそり戻ってくるんや。


 現実逃避気味にそんなことを考えていると、遠巻きに俺を注視していた人垣の中から数人の冒険者がこちらにやってきて座っている席を取り囲んだ。

 なんやねん、今度は。もう朝からお腹いっぱいやぞ、二重の意味で。


「よう、兄ちゃん。ちっとツラかせや」


 なんで頼まれる側の俺が腰を上げなきゃなんねーんだよ。ここで話せや。


 不機嫌さを隠さずに即答してやると怖面のおっさん共の顔が一斉に引きつり、直ぐにより物騒な表情になる。

 声を掛けてきた中心のスキンヘッドだけは愉快そうに笑うと、シアが座っていた椅子を引いてケツを下ろし、俺と向かい合う。


「とっぽいナリして肝が据わってんな兄ちゃん。その髪の色からして、転移者だからか?」


 知らんがな。扉ぶっ壊した事についてなら直ぐには修理代なんて払えないぞ。ちょっと待ってくださいお願いします。


 そう応えると、いよいよ面白そうに声をあげて笑うスキンヘッド。


「安心しろよ、ソイツはここのマスターの仕事であって俺らにゃ関係の無い話さ。ただ、坊やに教えてやろうと思ってな」


 ギシリ、と椅子に体重をかけてデカい図体を傾かせると、夜に子供がみたら泣き出しそうな凶悪なツラを俺に寄せて下から睨め上げてくる。


「兄ちゃんがさっきまで話し込んでたお嬢さんは、この辺――いや、世界中で有名な人でな。金の聖女なんて呼ばれてるんだ」


 うん、まぁ。知ってるけど。

 首肯すると、まぁ知ってるわな、と禿頭に照明光を反射させてスキンヘッドも頷く。


「お前さんも邪神戦争には参加してたかもしれねぇが、聖女様は長いこと大戦で戦い続けてきたこの国の英雄だ。俺達冒険者だけじゃなくて、国の兵隊や傭兵、街の住人皆に慕われてんだ」


 それも分かるわ。

 本来、複数の司祭以上の高位神官が触媒使って行うような、部位欠損すら癒す範囲回復をボコボコ乱射しながら辻ヒールをかますあいつを時に背に乗せ、時にリアと一緒に大八車に載せ、戦場を駆けずり廻ったこともある。

 シアの魔力制御は魔族や竜、エルフの人外級の連中と比較しても頭一つ抜けているので、混戦になっても敵味方をきっちり分けて回復可能だからな。

 同じ戦場に居れば、即死さえしなけりゃ確実に生き残れるとなればそりゃぁ人望も集まる。


 このオッサンもそれで助かったクチなのか、しみじみと語るその表情には単なる雲の上の立場にいる小娘に向けるモノとは違う、本物の敬意が滲んでいた。


「俺たち一市民にゃ詳細は伝わっちゃこねぇが、最後の戦いで御身内を亡くされたとかで最近まで塞ぎこんでいてなぁ……以前みてぇに街に降りて笑顔をみせてくれたときにゃぁガラにもなくホッとしたもんだ」


 目を瞑って感慨深く言うスキンヘッドに、酒場にいる相当数の人間が同意したように頷くのが見えた。謎の一体感やめーや。ファンクラブか何かか。


「大勢を助けて、あのロクでもねぇ戦争を終わらせたお人だ。そんな方に幸せになってもらいてぇって思うのは当然の人情ってもんだろ?」


 まぁ、そうだね、うん。全面的に同意するわ。


「そんでよ、そんな我らの国が誇る聖女様をよ――泣かせるような野郎がいたら俺達がどう思うかってのも、分かるよな?」


 そうですね、全面的に同意するっていうかその通りですマジすいません。


 特段凄んだりはしてない。

 寧ろこちらに言い聞かせるような口調のおっさんのド正論にぐうの音もでない。

 だが、それも次の言葉を聞くまでだった。


「だからよ、兄ちゃん。聖女様にもう近づかねぇように街を出な」


 ……あ”ぁ”?

 なんだぁ…テメェ(真顔


「兄ちゃんばかりが悪いって訳じゃねぇのかもしれねぇがよ、それが通じねぇくらいには血の気の多い奴等もいる」


 したり顔で続けるスキンヘッドの言葉にイラっとするが、黙って先を促す。


「俺だって今回はこうやって話をしてやってるがよ、次に聖女様を泣かせている野郎をみつけたらどうするか分からねぇ」


 酒場を見渡すと、他の連中も当然といったように頷いている奴等が結構いるようだ。


 ほーん。そんで、街を出ていかないとこの場でリンチにでも掛けられるのかよ?


「そいつは勘繰りってもんだぜ――ただ、お前さんが街を歩いていたら、つい義憤にかられちまう『誰か』はいるかもな?」


 ニヤリと笑って言うスキンヘッドに、追従するように笑う取り巻き連中。

 吊し上げに近い雰囲気に不愉快そうに顔をしかめる奴もいるが、概ね『聖女様をたぶらかす怪しい転移者』に対するスタンスは同じようだ。


 そうか、そうか。

 つまりお前ら、俺に()()()()()()()()オイ。


「だからよ、悪いこたぁ言わねぇ。荷物まとめて直ぐにでも聖都を――」


 オッケー分かったわ。買ったるわい糞が。


 手のひらを卓に叩きつけると、勢いよく立ち上がり。


 ベチャクチャ喋り続けてるハゲを黙らせる為に足を振り上げ、ブーツに包まれた踵を眼の前に叩きつける。

 乾いた音を立ててテーブルは真ん中からへし折れ、載せていた物を派手にぶちまけて木端材にジョブチェンジした。

 俺は唖然としている冒険者共を睨み付けると、卓の残骸に片足を乗せ、中指おっ立てて一言だけ告げてやる。


 ――おウチ帰って糞して寝ろ。



 大乱闘スマッシュ冒険者ズ、勃☆発。







「調子に乗ってんじゃねぇぞ若造がぁぁぁぁぁっ!」


 うるっせぇボケェェェェェェッ!


 掴み掛かってきた奴に逆に踏み込んで顔面に膝をぶち込む。

 鼻血撒き散らして崩れ落ちる男を踏みつけるようにして別の奴が殴りかかってきたので、突きだされた拳を捌いてそのまま一本背負いで床に叩きつける。

 直ぐに後ろから羽交い締めにされると、待ってましたといわんばかりに前から集ってきた連中に殴られた。

 即座に拘束してくる奴の鼻っ柱に後頭部を叩き込んでのけ反らせると、脚を跳ね上げて前の奴らを蹴り飛ばす。

 そいつらが吹っ飛んで他の奴を派手に巻き込んだその先で、新たな怒号と殴り合いが発生する。


 一度乱闘が始まれば後はもう敵も味方もない。お前の肩がぶつかった、俺が殴るのをお前が邪魔したで血の気しかない馬鹿がそこかしこで新たに喧嘩をおっぱじめた。

 それでも最初にカマした挑発のせいか、俺は集中的に狙われていたが。


「おい、こいつ結構やるぞ! 囲め囲め!」

「くそ、転移者は日和見野郎が多いとか嘘じゃねぇか!」


 ピーチクパーチクやかましいわぁ! とっととかかってこいやぁ! タマついてんのか糞ァ!


 手近な一人に飛び蹴りをブチ込んで昏倒させると腰が引けてる奴の脚を払って転倒させ、そのまま全力のジャイアントスイングに移行。


「うおぉぉぉっ!? あぶねぇ!?」

「イカれてんのかこいつ!?」


 誰がイカレだゴラァ!


 そのまま声のした方にブン廻していた奴を投擲する。

 発射された男は前方を薙ぎ払いながらテーブルと椅子も巻き込んでドミノ倒しを作っていった。


 俺だってなぁ! 言われなくても分かってんだよォ!


「転移者だからってこんな若造に舐められたままで・・・・・・ヘブオッ!?」


 アイツらが泣くような原因が俺だってんならなぁ! 俺居ない方がいいんじゃないかとか思ってんだよぉ!


「のし掛かれ! 大勢で押し潰すんだ!」

「いや無理だろ!? こいつはっえゴッフ」


 でも他人に言われるとなんかムカつくんだよぉぉぉぉ!!


 大体なんなんだよアイツらもよぉ!

 リアはあんなにちんまかったのにちょっと背が伸びてるしよぉ!

 もう肩に載せて散歩したりとか出来そうにねぇじゃねぇか残念だけど嬉しいわボケが!


「くそ、正面からはダメだ! テーブルもってこい! 盾にすんぞ!」

「さっき隠れた奴がテーブルぶち抜かれてそこでノびてるっつーの!」


 シアは相変わらず絶壁の癖にますます綺麗になってるしよぉ!

 あとなんでちょっと艶っぽくなってんだよキョドるわ糞が!

 心臓によろしくねぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!


「うぉぉぉっ、ダメだこいつ止まらねぇ!?」

「っていうか速すぎだろ!? まさか噂に聞くNINJA!? NINJAなの!? すげぇ!」


 ジャ○プもねぇし、俺はどうすれば良かったんだよオラァァァァァン!?





◆◆◆





「えー……そんな感じで、私が見に行ったときには宿屋《武器掛け棚亭(ウェポンズ・ラック)》は半壊してました」

「……そうですか。本来の仕事では無いにも関わらず、報告書の作成、ありがとうございます騎士アンナ」


 オレがアイツと話をして、そのまま宿から飛び出してしまって後日。

 執務室でそう厚くもない紙束をめくりながら事の顛末を告げるアンナに、シスター・ヒッチンが頭痛を堪えるように頭を押さえて礼を言う。

 普段は説教する側される側の二人しか見ていないので、珍しい光景だ。

 ――オレとアリアが揃って正座させられている状況も加味すると尚更に。


 今日も聖殿を抜け出して、アイツの宿へと向かおうとしたオレは途中でシスター・ヒッチンに捕まり。

 アンナの報告を聞いて、『にぃちゃんが怪我した!』 と飛び出そうとしたアリアも同じく捕縛された。


「まったく……会いに行くまでは予想していましたが……彼方の建物を壊していたとは聞いていませんよ?」


 宿の店主はなんと? と問うシスターに特に問題ないみたいです、とアンナはヒラヒラと手を振った。


「冒険者が酒場で喧嘩するのなんて日常茶飯事ですから。修理費出してもらえるなら、含むものは何もないって言ってましたよ」

「そうですか……店主にはそのうち礼とお詫びを出さなければいけませんね」


 どうも店が半壊するレベルの乱闘が起こったのは、オレがちょっと取り乱して飛び出してしまったのが切っ掛けのようで非常に居心地が悪い。

 縮こまって大人しく正座しているオレの隣で、そわそわと落ち着かない様子だったアリアが「あの!」と二人の会話に割って入る。


「それで、にぃちゃんは大丈夫だったの? 怪我してない?」

「私が見たときには馬乗りになって殴られてましたけど、全然元気そうでしたよ。むしろ乗ってる相手のほうがボコボコに顔を腫らしてました」


 下にいるのに10倍くらい殴り返してましたし。と続けるアンナだが、アリアは気が気では無い様子でシスター・ヒッチンに懇願の眼差しを向けた。


「あの、シスター。にぃちゃんのお見舞いに……」

「駄目です」

「か、回復魔法をかけるだけでも」

「駄目です」

「……借りたハンカチ、返さないと」

「駄目です」

「う、う”う”う”ぅ”う”ぅ――!」


 涙目になって上目づかいで睨み付けるアリアだが、オレやアイツ、アンナなら一発で降参するその視線にもシスター・ヒッチンは全く動じな……い、訳でもなさそうだ。少しだけ身じろぎしたし。

 シスターの鉄のメンタルを崩したアリアの可愛さに戦慄すべきか、それだけで済ませたシスターが凄いのか。


 少し緩んだ空気を整えるように、シスター・ヒッチンは一つ大きく息を吐いた。


「騎士アンナ。帝国とこちらの共同での調査任務が入ったそうですね」

「え? あ、はい。といっても帝国側からは遠いのでこっちに出向してる私にお鉢が回ってきた、っていうだけの簡単なやつですけど」


 殆ど聞き取り調査みたいなもので、本来騎士の仕事じゃないんですけど……とこぼすアンナに、シスターは大きく頷いた。


「こちらの枠で捩じ込みますので、『彼』を連れて行くことは出来ますか?」

「――うぇ?」


 とんでもないことを言い出したシスターに、アンナが変な声を上げて固まる。

 ちょっと待ってくれ、アイツを騎士の任務に連れて行くだって?


「待て待て、待ってくれ。ヒッチンさん、一体どういうつもりだよ!?」

「そうだよシスター! にぃちゃん怪我したばかりなんだし、何かあったらどうするんだよ!」


 オレとアリアの抗議が飛ぶが、シスター・ヒッチンはやはり全く動じないままだ。


「聖教国としては転移者に対して積極的な取り込みは行わず、自由意思に任せるべき、という方針です。帝国を主導にした共同任務であれば、囲い込む事を各国に危惧されることもありません」


 そういう問題じゃないだろ!

 アリアのいう酒場で負った怪我は軽傷みたいだし、そこまで心配するようなものでもないだろうさ。

 だけど、あいつの身体――厳密には魂は最悪の場合、転生前と同じく酷く損傷している可能性だってある。

 何があるか分からない聖都の外に出すなんで、認められる訳がない。

 今回みたいな人間同士のただの喧嘩程度なら兎も角、強力な魔獣や――それこそ邪神の信奉者のような危険な奴等と相対することになったら……。

 2年前のアイツの最後の姿を思い出して、氷柱を背筋に差し込まれたような感覚に身を竦める。

 無意識に、胸元のペンダントをキツく握りしめた。


「――駄目だ、認めない。聖女としての権限で正式に却下するからな」

「ボクも同感。絶対だめ」


 アリアも同意し、きっぱりと否定する。

 ――本来なら、聖女二人が反対している任務なんてそれでたち消えになる筈なんだけど。


「御二人が反対した場合に()()から『頭を冷やしなさい』と仰る様、言付かっています」


 ――! よりにもよって教皇の差し金かよ! 話が急過ぎると思ったんだ。

 あの昼行灯気取りの爺さん、なんでこんなときに限って嘴突っ込んでくるんだよ!?


「教皇就任以前から、託宣にて創造主と言葉を交わしてきた御方です……我々の及びもつかない深慮があるのかもしれませんね」


 疑問と驚愕がオレの表情に出ていたのか、シスターがそれに応えるように呟くが……彼女自身も心底納得してる訳ではないんだろう。出てきた言葉はいつになく歯切れが悪い。

 背後でアンナが「――あれ? っていうことはこの任務、教皇猊下の勅命みたいなものじゃ……」と呟いて胃の辺りを押さえているが、それを心配してやる余裕はオレ達には無かった。


「そ、それならボクとレティシア――せめてどっちかだけでも同行者に出来ない?」


 教国の聖女が加わる時点で主導権が帝国のモノで無くなってしまうのはアリアも分かっているだろうが、それでも、と食い下がる。


「――仮に、主導権の問題が無くとも御二人の参加は難しいと思われます」

「どうして!?」

「御二人と『彼』を一時的にでも引き離すことが、おそらくは今回の件の要だからです」


 ――やっぱり、か。

 任務自体は、危険度さえ低ければなんでもよかったのだ。

 都市外で、かつ多少なりとも時間の掛かることが重要だった。

 一週間か、十日か。長ければ半月か。

 アイツを聖都から――オレとアリアのいる場所から離すことが目的の、任務同行だった。

 教皇(あの爺さん)が言う『頭を冷やせ』とは、つまりそういう事なんだろう。


 ぐらり、とアリアの頭が揺れたように見えた。

 なん、で。と呟くその顔は驚愕と動揺、少しの恐れで青ざめている。


 シスター・ヒッチンは固く瞼を閉じると、少しの間――本当に珍しいことだけど、躊躇ったように見えた。

 けれど結局は眼を開けて、正面からしっかりとこちらを見据える。


「――別人である、と。そう思えますか?」


 誰が、なんて言うまでも無かった。


「魂を同じくしていても、今の『彼』とは関係の無い話です」

「…………」

「これからも関わるのならば、過去を重ねることをしないと、胸を張って言えますか?」

「……やめて」

「黙っていても、其れを続けてしまえば――何れは『彼』の方が気付くはずです」

「……やめてよ……!!」


 そう、今はそれでいいかもしれない。

 でも、これからずっとアイツと関わりを持つというのなら。

 そのうち気付くだろう。オレ達が、自分を通して過去を見ているのだと。

 そんな奴と、そんな残酷な事をする人間と、誰が仲良くやれると思うのか。


 囁くような、けど悲鳴のような声を漏らして、アリアは執務室から飛び出してしまう。


「騎士アンナ――アリア様をお願いできますか?」

「……分かりました、でも――あんまり憎まれ役ばっかり引き受けるのはどうかと思いますよ?」


 横目でこちらをチラリ、と見ながら最後にそんな言葉を掛けて。

 アンナは走り去っていく小さな背中を追いかけていった。

 無言で立ち尽くすシスター・ヒッチンに、椅子へと座るように促す。

 失礼します、と小さく呟いて力無く椅子へと体重を預けるその姿は、一気に老け込んだようにもみえた。


「……誰かが言わなきゃならない事だった。けど、オレには言えなかった」


 慰める訳ではないが、そんな風に声をかける。


 そう。

 オレに言えるわけが無いのだ。

 ともすれば、アリアよりも今のアイツと過去のアイツを重ねて見ている、オレに。

 会えたことの喜びと、話をしていて感じる心地好さに浸って。

 どうしたってシスターが言ったことから眼を逸らしてしまう、オレに。


 ――なら、もう会わないようにすればいいのか?

 そんなの、尚のこと無理だ。

 一度会って、話をして。

 その想いは益々強く、確信になった。

 だって、覚えてる。オレは覚えてる。

 オレはオレのヒーローを、どうやったって忘れられない。

 記憶がなくたって、その魂はどこまでもアイツのままだった。


 ひどい矛盾だ。過去を重ねて見てはいけないのに、それをすることに心地好さを感じて、それに罪悪感を覚える。


「どうすればいいんだろうな」


 途方に暮れた感情が行き場を失くしたように、唇からこぼれる。

 そっと触れた胸元のアイツの欠片は、答えてはくれなかった。








「なんかジャ○プないとか電波飛んでくるし、見ててじれったいのでなんとかして、どうぞ」神託ペカー


「おかのした」勅命バサー


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