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除染完了




「一番槍は貰うとしよう……! リリィ、ちゃんと私の後ろに下がってなさい」

「はい、従姉(ねね)様」


 号砲となったのは、シグジリアの一射だった。

 界樹を傷つける事のないよう、純粋な魔力だけで構成された大矢が得物である大弓へとつがえられ、即座に放たれる。

 ロクに狙いも付けないで撃った様に見えた一撃は、幹を這い上がる呪詛の中でも特に大きな塊へと直撃し、物理的衝撃を伴わない魔力の爆発を引き起こした。

 爆発に巻き込まれた周囲の呪詛――眷属の破片達もいくつかが吹き飛ぶ。

 反射的な動作なのか、被害を受けた中でも無事だった破片から弾丸の様に()の礫が放たれ、シグジリアを襲う。


「……やらせん……」


 それに立ち塞がるは彼女の旦那様、《虎嵐》だ。

 その両腕は渦巻く魔力を纏い、螺旋を描いた小さな嵐の如く。

 鍛え上げられた双腕が振るわれ、礫は腕に纏った嵐に遮られて肌に届くことすらなく、悉くが叩き落とされる。

 危なげない立ち回りが頼もしい。夫婦になる前から共に戦場を駆けて来たというだけあって黄金パターンといえる連携が彼らの中で確立されているっぽい。

 一番、一触即発に近い魔族領からの使者という立場上、そこまでガチになる必要の無い二人なのだが……リリィを背にした事が良い奮起の材料となってるみたいやな。娘に良いとこ見せようとする保護者参加型の運動会のとーちゃんかーちゃん的な。


 その間にも放たれる嫁さんの方からのえげつない射撃に、思考できる様な知能が無い呪詛の群れが、魔力の爆発を避ける為に界樹の反対側へと移動しながら更に上を目指す。


 そこに待ってましたとばかりに矢を撃ち込むのは、サルビアによって強化を施された開明派の戦士達だ。

 一射ごとの威力と精度はシグジリアに大きく劣るとはいえ、人数と軽弓による速射性で勝る彼らは、的確に()を撃ち抜き、浄化させてゆく。

 大きな塊である呪詛塊には無言の連携で全員が集中的に狙いを定め、確実に屠るか、或いは削って弱体化を狙う。

 長であるサルビアが『優れた資質に甘えて鍛錬を怠る事は怠惰である』と強く主張している為か、見た感じ、開明派のエルフ達の練度は保守派のソレより上だ。

 何より、士気の高さがやべぇ。いや、念願の界樹の除染だし、派閥関係なく大森林に住まうエルフとして気合が入るのは分かるっちゃ分かるんだけど。

 全員、一っ言も口を開かないのに眼だけがギラギラと戦意の炎で燃え盛っている。なにあれ怖い。

 自陣の者達に片っ端から全力の補助魔法(バフ)をかけまくるサルビアを筆頭に、後の事なんぞ知るかと言わんばかりの全力全開っぷりが傍目にも伝わってくる。

 なんかたまーに俺を視界にいれる度に燃料追加した様に更に気合が入ってる様な……うん、気のせいだな、きのせいきのせい(白目


 当然、苛烈に攻め立てる彼らにも()の反撃が飛んで来るのだが、それを完璧に迎撃しているのはトニーだ。


「前から飛んで来る敵の攻撃より、後ろの味方の圧の方が怖いってどういうことなんスかね……」


 ガンギマリな目付きで界樹の浄化に取り組むエルフ達の気炎で背中を炙られながら、どこか遠い目をして迎撃を受け持つトニー君ではあるが、ブツブツと愚痴を垂れながらも仕事は完璧だ。

 飛来する呪詛混じりの礫を長剣を操って打ち払い、剣で捌ききれない分を盾でもって受け流し、威力高めの、礫というより破片に近いものは器用に弾き(パリィング)を用いて逸らす。


 後衛陣の圧倒的な面制圧力で、細分化された無数の呪詛は大きく数を減らすが――それでも一定以上の数が矢をすり抜け、弓の有効射程を抜けて更に上にある幹の中心を目指す。

 無数の黒い雲霞の如く樹表を這い登る姿は、粘液に濡れたゴキブリの群れみてーだ。ばっちぃったらねぇや。


「根から叩きだしたら、後は殆ど鴨撃ちだな。数だけは多いけど」

「その量が問題だよ。これが全部纏まったら間違いなく上位眷属化しそうだし……中心に近づけさせないようにしないとね!」


 でも残念、矢の雨を抜けた先に待ち受けるは連中の天敵だ。

 樹高が200を超えた辺りで、枝葉に咲き誇る花のように無数の魔法が乱舞し、這い登る多くの()が一瞬で消し飛ぶ。

 界樹の周りを巡回する衛星の如く飛び回りながら、圧倒的な魔力にものをいわせて広範囲に魔法を撃ち込むのは、我らが麗しの聖女様達である。

 こちらも界樹を傷つけない様に魔法の種類を絞ってはいるものの、看板に偽りなしの聖性を以て他を引き離すスコアを叩きだしていた。


 本来は前衛寄りの能力であるリアも、やる気になれば飛燕の機動力を持った爆撃機と化すことが可能だ。相手が一定レベル以上だと範囲重視の魔法の乱打撃ちは割とあっさり対応されるのだが、今回みたいな数の多さにものを言わせてくるケースには打ってつけの戦術なので問題無い。


 純後衛型といえるシアに至っては正に独壇場、まるで回転式弾倉(リボルバー)の如く背後に魔法を順次装填させ、無詠唱で延々途切れる事の無い魔法を雨あられと降り注がせる。

 しかも一発ごとの狙いの精度がシグジリアの矢に迫るレベルっていうね。必要になったらこれにクッソ硬い障壁まで展開させて、火力は一切落とさないで戦闘を継続できるって、敵からしたらクソゲーにも程があると思うの。


 そんなシアリアの絨毯爆撃を掻い潜り、尚もしぶとく残る呪詛群。

 残ったそいつらを消し飛ばすのは、界樹を蹴ってときに駆け上がり、ときに周回し、ときに一気に駆け下りて縦横無尽に疾走する隊長ちゃん――と俺だ。


「先輩とこうして一緒に戦うのも久しぶりですね!」


 うん、そうだね。やっぱりというかなんというか、強くなったなぁ隊長ちゃん。


大喧嘩(あのとき)みたいな事があれば、今度こそ誰であっても止められるように、なんて思って訓練していたもの、で!」


 シアとリアの魔法が咲き乱れる界樹の表面でも、一切怯む事無く隙間を縫う様に走り抜ける彼女の姿は、ともすれば魔力の炸裂光で足元に伸びる影すらをも置き去りにしそうなほど、速い。

 先の言葉通り、肩を並べて戦うことは久しぶりだ。そのせいなのかは分からんが、テンション高くて御機嫌だった。


 界樹を自在に駆け巡る疾風と化してる隊長ちゃんは、伸びた枝の端から幹へと一足飛びで飛び移り、着地と当時に神速の斬撃を以て周囲の()を切り刻む。

 他の面子と同じく、樹を傷つけないように刀身に纏わせた魔力のみを『中てる』様に立ち回っているみたいだけど……信じられるか? この動きしながらさっき「刃を当てない様に振るからやりづらい」とか言ってたんやで(白目

 いや、本当に強くなってるわ。前に喧嘩しちゃったときは完全起動で一撃で切って落とせたけど、今やったらそんなに簡単にはいかんだろうな。

 そもそも喧嘩する気もないけど。開幕降参余裕ですわ。

 というか、二年足らずで下手すりゃガンテスのオッサンに迫るレベルまで上がってるってどういうことやねん。副官ちゃんも強くなってたが、上司の方がもっとエグイ(戦慄


 一人で槍衾みたいな突きの壁を作って片っ端から呪詛を突き散らしている隊長ちゃんに対して、同じ近接遊撃の俺はというと――。




 ぶっちゃけ、隊長ちゃんどころか、遊撃四人のなかで、一番、役に立ってませぇん!!




 言い訳になるかもしれんが、正直に言おう。

 出力が上がり過ぎて思いっクソ持て余してるんだヨォ!

 最初の根に届かせる為の一撃で、破裂しそうなくらいに身体に詰め込まれた聖気を全力でぶち込んだのに、まだ半分近く残ってるってどういうことなの。

 大分力任せだったから、相当無駄に周囲にバラ撒いたのに。量が多すぎ問題(白目

 いつもの感覚で樹の表面を踏み込んで駆けようとして、幹を粉砕しそうになったり。

 ならばと、威力を絞って放った手刀から、金色の閃光が飛び出して延長上にある呪詛どころか周囲の()まで蒸発したり。

 さっきなんて、やや上の方にある枝に飛ぼうとして、視界がブレたと思ったら界樹の天辺――大森林を遥か上空から見下ろしてたんやぞ! 慌てて戻ろうと魔力吹かしたら幹にめり込むとこだったわ!


 体感としては、切り札を運用したときの身体強化率の半分くらいまで強化幅が上昇してる。

 ただ、切り札使用時と違って、今の状態は知覚や制御能力、諸々全般強化されてる訳じゃない。

 普段の基礎性能(スペック)のまま、保有魔力と出力だけが馬鹿みたいに上がってる状態なので、俺と鎧ちゃんの制御が追っついてない。

 元より《三曜の拳》は魔力全般の流れの操作――その精密性を以て真価を発揮するので、出力に振り回されてる今ではロクに使える気がしない。

 最初にかました一撃みたいに、動かずに大出力をぶっ放すだけならともかく、今は界樹の表面を走り回りながら大量の呪詛塊を撃ち落としている最中だ。尚の事難易度は上がる。


 見た目は金色のオーラばりばりで最終回限定の強化形態みたいな事になってるのに、総合的にみるとめっちゃ使い辛くて弱体化してるまであるってどういうことやねん!

 根っこから呪詛を叩きだすのは確かに楽だったけどさ! ぶっちゃけ渡してくれた聖気の二割もあれば事足りた気がするんですよ女神様。

 なんとか出力を絞っておっかなびっくり繰り出した拳打で呪詛をまとめて消し飛ばす。

 いつもと比べれば千鳥足みたいなヨタヨタした動きで界樹表面を走る俺に、飛行魔法で追随してきたシアが頭上から揶揄う様に声を掛けてくる。


「おーい、どうした。妙に動きづらそうにしてるけど、体調でも悪いのかー?」


 分かってて言ってんだろお前。見ての通り女神様に貰った聖気に振り回されてんだよ!


 今の俺の魔力と、界樹の宿してる聖性が同じ女神様印のものだから多少出力操作をミスっても傷が付かないってだけだ。

 そうじゃなかったら最初の一撃以降、下手すりゃ皆が頑張ってるのを見ながら体育座りしてその辺で待ってるまであった。

 想像するだけでいたたまれない、勘弁してください。


 ぎこちない俺の動きをフォローする様に、シアが狙い辛い位置にいる呪詛を撃ち抜き、薙ぎ払う。

 遠間になるほど制御がシビアになるのでいちいち至近距離に寄って()を消し飛ばす俺に付いて来たまま、シアは「ふむ」なんて呟くと、思案する様なポーズをとった。

 勿論、空飛んだまま、ボコスカ魔法を連射したままである。相変わらず出鱈目な魔力制御すぎて草も生えない――今の俺の状態だと特にな!

 半分でいいからその制御力分けてくれぇ、ホント動きづらい。つらい(無いものねだり感


「……そうだな、この際ここで試しておくのも悪くない、か」


 なにがですかぁ!

 何やら意味深な事を呟くシアさんだったが、あんまり余裕の無い俺には発言について深く考える事は出来ない。

 走る加速のままに()を蹴りつけると、何の手応えもないままに消滅し、勢い余ってつんのめりそうになる。くそっ、これでも力入り過ぎか、加減がマジでムズい。

 お喋りの間にも、ファン〇ルみたいに魔法をばら撒いてる聖女様は、何かを決心した様な表情を浮かべた。

 次いで、ニヤリと笑うと「よかろう!」と、唐突に声を張り上げる。


「神様にちょっと有難迷惑な加護を注がれて四苦八苦してる君に、オレが少しばかり手を貸してやろうではないか!」


 言い方ァ! 流石に不敬じゃないのそれ!? 自分の立場考えろよ聖女!


「まぁ、気にすんな――魔力の相性だの、魂にへばりついてる武装だの、そんなモンに遅れをとるつもりは無いし、いい機会だ」


 そう言って、やや後方の上空を飛翔していたシアは俺の真後ろに回り込み、首に両手を廻してしがみついてきた。

 おい、今はただでさえ動きがおぼつかないんだから、悪ふざけはやめなさい。一緒に巻き込んでスっ転んだら怪我するってばよ。


「……こ、これで良いんだよ、シチュとしてはアレだけど、それもオレ達らしい気もするしな」


 なんのお話……って危なっ、おい、マジで一回離れた方がいいぞ。ほんとに転びそう。

 俺の言葉もなんのその、シアの奴がくっついたまま何故か深呼吸を繰り返していると思った刹那だった。

 その白魚の様な指先が伸びて、掌が俺の頬に触れ――鎧ちゃんの頭部装甲(サレット)が解呪され、引き剥がされる。


 うぉい、何して――!?


 流石に戦闘中に悪ふざけが過ぎると、文句を付けようとした次の瞬間だった。


 首を真横にひん曲げて、首っ玉にしがみついたままのシアを睨みつけようとすると、真っ直ぐに俺を見つめる空色の瞳が、ぐん、と近づいて。


「――――ンッ」


 ――――――!?!??


 重なり合っていた感触が、離れる。

 制御をトチって転倒しなかったのは奇跡に近い。

 それくらい、今の俺は混乱していた。


 ……えっ、ちょっ、おまっ……うぇっ……!?


 樹の側面を走ってる最中なので止まる訳にも行かずに走り続けたまま、シアの顔を見返す俺は、相当にアホ面を晒していたと思う。

 そんな俺に向け――頬どころか耳まで薔薇色に染めた聖女様は、なんとも漢前に唇を親指の腹でピッと擦ると、再度、ニヤリと笑う。


 何かを言葉にしようとしたけど、結局は出てこなかった。

 ただ、パクパクと口だけを開閉させたまま、俺は友人と見つめ合って――。


 飛来した魔力の斬撃を躱す為にシアはあっさりと俺から離れ、上空へと退避した。


「おぉっと! いきなりご挨拶だなぁミヤコ」

「何してんだエ性女ォ!」


 反対からぐるりと樹の外周を駆けて来たらしい隊長ちゃんが、羅刹の如き表情を浮かべながら吠える。こわい(白目

 駆け抜けざまに、進路上の呪詛を全て切って捨てながら一直線に此方に向かってくる隊長ちゃんに、シアは頬の染まった顔のまま、悪戯っぽく笑いかける。


「わはは! 何もクソも、お前が『女神の猟犬』なんて言うから、()()()()()()()コイツが相棒なのか示しただけですけどー!」

「呪詛と一緒に駆除されたいみたいね……!」


 酔っぱらったみたいにテンションの高いシアと、ドラゴンだって土下座して命乞いを始めそうな重圧を放つ隊長ちゃんはそのまま界樹を舞台にした鬼ごっこへと移行した。

 片や飛翔して逃げ、片やそれを疾駆して追いかけながらも、道行く先にある()を片っ端から蹴散らして離れていく二人だったが、シアが思い出した様に動きを止め、くるりと此方を振りむいた。


「お前になら、特別だ! ()()()()()から感謝して使いたまえ!」


 それだけ告げると再び追いかけっこを再開し、二人は伸びる界樹の枝葉の向こうへと消えていった。


 あー…………。


 唖然としたままで黙してそれを見送るしかなかった俺だが、離れた箇所で呪詛を殲滅していたリアがやってきたことで我に返る。


「えぇ……大体除染も済んで来たのは確かだけど、なんであの二人は急に鬼ごっこ始めたの?」


 ……なんでやろうなぁ。


「……何かあったのにぃちゃん? ちょっといつもと違うような気がするんだけど」


 ……いや! なんでもない。なんもないですぞ!

 訝し気に俺の表情を横から覗き込もうとするリアから顔を逸らし、剥がれたままだった頭部装甲(サレット)を再度展開させる。

「ふーん」と何処か不機嫌そうに言うリアの視線が横っ面に刺さるのを感じるが……なんとなく、今の茹ったツラを(おとうと)分に見られるのは憚られた。


 ――とりあえず、呪詛の駆除もあと一息だ。開幕の一撃以外は大して役に立ってない身であるし、もうちょい頑張ってみようかねっ……と!


 誤魔化すように隣を平行に飛翔するリアの髪をかき混ぜてやると、しぶとく生き残って幹の中心部に近づこうとする()の群れに向かい、一息に跳躍する。

 そうして、気付いた。


 ――未だに身に宿る、莫大な聖気の制御が急にスムーズになってる。


 着地までに周囲に散った()の数を残らず知覚すると、俺は幹に掌を押し付け、身体に巡る聖気と界樹の内部のソレとを同調、励起させた。

 瞬間、把握していた全ての呪詛塊どもが弾かれた様に樹の表面から浮き上がり、鋭敏化した感覚の導くままに、俺はそれらの動きを掌握する。

 こちらの掌の動きに合わせて空中に跳ねあげられた()が一塊に纏められる様は、どこぞのただ一つの変わらない吸引力で吸い集められた綿ゴミのようであった。


 練りあげた聖気を拳に結び、軽く小突いてやると大きな塊になった()は灼けた鉄板に落とした水滴みたいな音を立てて消し飛ぶ。

 今度こそ呆気に取られ、俺は()()()()()()()()()()()()()()、黄金の魔力導線走る己の拳をまじまじと眺め、開閉させた。

 ……やっぱり気のせいじゃないな。先程までは樹の表面を破壊したり抉ったりしない様に、走ることにすら四苦八苦していた聖気の制御が、めちゃくちゃ楽になってる。


 ここに来て、漸く気付いた。

 俺の内に掛けられた、シアとリアによって作られたと思われる(ロック)の様なもの。

 おそらくは精神よりもっと深い部分――魂に施されたと思われるソレは、確かに存在するものの、何かしら干渉をしてくる訳でも無し。

 単に、シアとリアが治療の観察と後々の無茶を監視する為に掛けたのであろうと思っていた『枷』が、まるで鎧ちゃんのごとく励起している。

 起動したマイラブリーバディと俺が半ば融合する形で霊的に繋がるのと同じ様に、励起したソレが繋ぐ先は――おそらく、シアだ。


 強引な例えだが……まるで外付けのCPUの如く、シアの魔力制御が俺に貸し出されている。


 世界中の強者――人外級に至った者達の中でも、おそらく魔力制御という一点に関しては最高性能を保有している金色の聖女様の処理能力が、疑似的にだが俺に搭載されているのだ。

 俺ではあっぷあっぷ言っていた女神様印の莫大な聖性を持つ魔力も、アイツの制御・精度があれば凄まじく緻密な操作が可能になる、って事だな。聖女パねぇ。


 ……さっきの()()は『枷』を励起させる為に此方の体内にアイツの一部を送る必要があったって事か。

 納得が行ったような、別に指先を切って、とかでもよかったやん、とか思わないでもないような……或いは……。

 いやまて、力の制御に四苦八苦してた癖に、手助けしてもらって何を不満に思っとるんだ俺は。

 折角制御が容易になったのだ、ここは感謝して借り物を使わせてもらうべきだろう。


 シアの魔力制御に負ぶさる形で女神様の聖気を完全掌握した俺は、水を得た魚よろしく、一気呵成に呪詛の群れに向かって打って出た。

 黄金の燐光を背後へと置き去りにしながら音も無く疾走し、足場である界樹に《地巡》で聖気を流しては励起させ、強制的に樹表からはじき出された()を《流天》で一纏めにしては軽く引っぱたいて消滅させる。

 なんだろうコレ。確かに嘗ての大戦と比べれば大分温い戦況ではあるんだが……曲がりなりにも邪神の呪詛を相手にしてるのに余裕が凄い。

 女神様印の聖気と、それを完全に制御できる術が揃うとこんなに違うのか……ひょっとしたら、俺はこっちの世界に来て初めて俺TUEEEという奴をしているのではなかろうか……!


 ――まぁ、力も技術もよそ様からの借り物だし、そもそも何時もの戦いからして鎧ちゃんありきだからね。俺TUEEEというか皆SUGEEEな気がする(白目

 初撃以降、ほぼ役立たずだった俺の、()の駆除率が一気に上昇した事もあり、界樹の浄化は加速度的に進んだ。




 そして、自身が界樹に張り巡らせていた呪詛がほぼ駆逐された事で、中心部に淀んでいた本体が動き出す。




「――っと。今更おいでなすったか……思ったよりデカいな」

「あれだけの数に呪詛を分裂させておきながら、眷属としての格を保ってるなんて……元がどれだけ高位だったのか、想像したくないわね」


 先程までの塵掃除みたいなノリは出来そうにも無い、明確な《《敵》》の出現に、シアと隊長ちゃんも追いかけっこを辞めて幹の中心に視線を向ける。

 界樹の全身に散らした己の身体を殆ど浄化され尽くした癖に、幹より出て来る呪詛の核――邪神の眷属は未だにその霊格を落とさず、脅威を保ったまま外部に顕現しようとしていた。


 或いは、漸く天辺にいる女神様の存在を察知したのかもしれない――このまま幹の奥に閉じ籠っていても、何もできずに浄化される、ってな。

 ウン十年も聖遺物を汚染しようと、自我を保って頑張っていたのかもしれんが……ご愁傷様だったなクソ野郎。

 それこそ俺達が生まれるより前の話とはいえ、コイツの御蔭でエルフ達は森に引き籠り、そのせいで少なくない混乱が起きて、各方面に被害が出たことだろう。

 保守派のオツムのヤバさも大概だったが……それを実害が出る形に搔きまわしたのはコイツだ――ツケは払ってもらうぞ。


 後衛の面子も、遊撃の三人も、幹の中心から溢れ出て現界しようとする最後の大物の気配を感じ取り、警戒を露わにして注視する。

 ――が、俺は躊躇わずに界樹より半身を乗り出す眷属に向かって一直線に跳んだ。

 登場シーンで隙だらけなのに最後まで見守ってもらえるとか甘え。ちんたら出て来るならその間に殴るんだよぉ!


 残った聖気とシアと共鳴・励起して得た魔力制御、両者をフル稼働させて《三曜の拳》を以て練り上げ。

 我が友人の出鱈目に高いレベルの感覚(センス)に引っ張られ、本来ならどうやっても俺では届かない領域に、引きずり上げられる。

 常に無い感覚。界樹のみならず、周辺一帯の大気に含まれる魔力の粒子、一粒一粒まで捉えている様な全能感が湧き上がった。


 ――おー……なるほど、()()がそうか。


 歴史上、おそらくはお師匠と、ミラ婆ちゃんしか到達していないとされる《三曜》の真価、奥伝と言っても良い領域。

 女神様の聖気と、聖女の魔力制御という、およそ世界中見渡しても他にはないであろう贅沢な補助を受けて、俺はそこに手を掛けようとしていた。

 俺自身が到達したというより、身体の――魂の奥から掘り起こされた様な感覚のそれは、奇妙な程に馴染む感じがする。

 ひょっとしたら、鎧ちゃんの嘗ての使用者が歴史に記される事のない三人目だったのかもね。

 こんなに好条件が揃うことなんぞ、二度とないだろう。下手をしなくても今回限りの奇跡みたいなもんなのかもしれない。

 それでも、生涯届く筈も無いと思っていた高みに、束の間の間ながらも至った事。

 それにらしくもなく昂揚を覚え、黄金の燐光を更に輝かせて加速する。


 長年、生きた聖遺物に寄生していたせいか、表面が融けた様に界樹と癒着している邪神の眷属は、間抜けにも全身を引っこ抜くのに苦労している。

 なんでこれでタコ殴りにされないと思ったの? 馬鹿なの死ぬの?


 雑に繰り出された迎撃の触腕を《流天》――否、《日昇》を以て捌き、ついでに完全に受け流した触腕をUターンさせて放った本人の頭部に炸裂させてやる。


 界樹の幹と周辺の大気から、《月輝》を用いて循環させた聖気が、唸りを上げて全身を巡り、光を放つ。


 俺の練り上げる力が女神様のソレと同質であると気づいたんだろう。

 硝子を擦り合わせる様な不快で甲高い悲鳴を上げて、なんとか逃れようとする間抜けな邪神の破片に向け、容赦なく腰溜めに構えた拳にて狙いを定める。


 以前にも言ったが、俺が普段使っている・使えている技は基礎――言うなれば初伝に相当する《三曜の拳》の入口だ。

 ――三曜とは本来、天・地・命に非ず。

 更なる深奥……日・月・星の三つの要素を指す。

 日は昇り、月が輝き、星は瞬いて、やがて世界は一巡り。




 日月星辰――是、三曜を結びて界を為す。

 その全てを、己が拳に、掌に。

 其れこそが、開祖《半龍姫》が悠久の時を以て練り上げた極意也――!




 残った大部分の聖気を練り上げ、撓め、圧縮し、《星辰》を以て打ち込んだ。


 かくして。

 登場ムービー中に十割ゲージ技を当てられた残念なボスキャラの如く、数十年前からエルフ達と――そこから派生して様々な人類種を引っ搔き回していた元凶は、身動き一つ取れずに消滅したのであった。







 この際、残った聖気も全部突っ込むつもりで放った一撃はオーバーキルにも程があったらしく、そのまま界樹の内部まで走り抜けた。

 対邪神特攻を高めるために、女神様印のパワーを限界まで圧縮した代物だ。

 界樹にとっては呪詛汚染の所為で長年栄養失調気味だった処に、特大の栄養剤をぶち込んだ様なものだったのかね。

 根に溜まっていた()も取り除かれ、本格的に大地との力の循環を再開した古の大樹は、先程にも増して青々と葉を茂らせ、枝の末端に至るまで聖気と生命力に満ち、なんならあちこちに蕾までつけていた。


 シア達が精査する迄も無く、一目瞭然。

 界樹の浄化・除染――完全完了のお知らせである。


 幹を蹴り、軽く跳躍。

 そのまま大地へと落下し、最後に身を捻って軽やかに着地を決めると、同じく仕事の終わりを確信した皆が集まってきた。


「よぉ、お疲れ。最後は派手に決めてみせたな」


 真っ先に俺の側にやってきたシアが、笑いながら此方の胸元を拳でたたいてみせる。

 いつも通りなその笑顔に、あのときのアレを蒸し返すのもなんだか無粋な気がして、俺も何でもない風に笑い返してみせた。

 おう。フォロー助かった。貸してくれた感覚(モン)の御蔭で色々と得る物も多かったよ、マジで。

 これに関しては掛け値なしにそう思う。女神様が預けてくれた力を無駄遣いせずに済んだ事も、本来見れる筈も無い武の領域ってヤツを体感できた事も。ぶっちゃけ、俺的には収穫だらけだ。


「……理由があっての事だというなら、これ以上、この場での追及はやめておきましょう。《《この場》》ではね」

「ふーん、そういう事ね……ボクに何も言わないで『試した』んだレティシアは」


 冷えた口調の隊長ちゃんとリアに半眼で見つめられ、流石に居心地が悪くなったのか、シアは目を逸らして咳払いしている。


「やれやれ、戦力比で見れば当然かもしれないが……あのレベルの眷属相手に誰一人怪我すらせずに終わったのは僥倖だったな」

「……最後に、良き物を見た……我らが頭領の剣に匹敵する、至高の一撃……目の当たりに出来た己の幸運に感謝しよう」


 ちびっ子を真ん中に、三人並んで仲良く手を繋いで発言したのはシグジリアと《虎嵐》だ。

 リリィも良く頑張ったと思う。初めての鉄火場で、邪神の呪詛やら眷属やらを相手にして半狂乱にならんだけ立派だわ。大戦時の一般的な新兵の初陣は、ズボンに染み通り越して味噌つけるのは通過儀礼、みたいなトコあったし。


「そうだろう? エルフとしては幼年と言っても良い年頃で、取り乱すこともなかった。まったく大したものだリリィは」

「然り」


 なんでアンタら夫婦が鼻高々になっとんねん。もう完璧に親バカやんけ。

 つーか何気に《虎嵐》の即答って初めて見たぞ。普段、言葉を吟味してるみたいに落ち着いた喋り方なのに、すげぇ反応早くて草。


「……黒髪の人は聖者様だったのですか?」


 両の手を夫妻に握られたまま、リリィが小首を傾げて個人的にとても不穏に感じるワードで問いかけて来た。

 おいやめろ、眼を逸らしてたのに急に現実を突き付けてくるのはKYやぞリリィ君。

 不思議そうに、ただ事実を確認する様に此方をじっと見つめて来る大きな瞳から目を逸らし、我ながら酷い棒読みで否定の言葉を返した。

 違います。ぼくはただのようへいで、せいじょのりょうけんです。


「……でも、さっきの光と、今も纏ってる黄金の聖気はエルフの言い伝えで……」


 気のせいだから! ただちょっと見た目が似てるだけだから! ハイこの話終わり!

 結局、最後の一撃でも女神様に注入された力は使い切ることが出来ず、未だに全身からは派手に黄金の聖気が立ち上っている。最初よりは大分控え目にはなったけど。

 今は頭部装甲(サレット)だけを任意に解除した状態だ。全部解除すれば光量ももっと絞れるとは思うんだけど……元が呪物という特性上、女神様印の聖気を詰め込まれている状態はマイラブリーバディには窮屈らしく、なんとも言えない感覚が漠然と伝わってきている。

 なので、もうちょっと消費したいところなのだが……どうしよう、何に使えばいいのコレ。


「旦那、いい加減諦めましょうよ。現実を見るついでにこっちも向いて下さい」


 トニー君の声が背後から聞こえるが……嫌でござる! 振り向きたくないでござる! お仕事終わったんだからあとは穏やかに帰りたいでござる!


「……聖者様、幾度となく尊顔を拝しておきながら、気付く事無く不敬を繰り返していた我らの蒙昧……どうか我が首一つで赦意して頂きたく……」


 ヤメロォ! 穏やかに帰りたいって言ってんだろうが!

 サルビアの深刻――を通り越して死を覚悟した静謐さすら宿した謝罪の声に、流石に無視する訳にも行かずに嫌々ながら振り返る。


 そこには、大体予想通りの光景……膝を付いて祈りを捧げるサルビアと、開明派のエルフ達の姿があった(白目

 あと完全な他人事みたいな感じで俺とエルフ達を見比べてるトニー君もな! おかしい、胃痛で苦しむのは彼の担当ではなかったのか(失礼

 俺的な視点だと開明派のエルフさん達は普通に『アリ』な輝きを放ってるので、罪悪感が酷いなんでもんじゃねぇ、ストレスで胃が削れるのでやめて。

 この際ごり押しでもなんでもいいので、頭を上げさせて普通に会話出来るようにならんかと、気の利いた言葉を脳内で検索かけ始めると。


 跪いたサルビア達の向こう――湖を挟んだ、界樹聳えるこの空間の入口が、俺達が入って来たときより更に大きく拓かれる。

 さっきは数人が通れる程度の大きさだった入口は、魔法による効果なのか、より大きく枝葉が湾曲し、幅十メートルを超えそうなサイズにまで広がった。

 そこから雪崩れ込んで来たのは、武装した大人数のエルフ達である。

 わざわざ『視て』判別するまでなく、先頭には見知った顔――コニファがいることから、保守派の集団であることが窺い知れた。

 彼女と並んで立つ老年に差し掛かった男のエルフは……初見だが他の長老衆か? 感じる魔力もコニファやサルビア程では無いが、他のエルフ達より一段抜けてるし。


 鼻息も荒く、ドカドカと地を踏み鳴らしてやってきた連中は、先ずは何が無くとも御神木の無事を確認したかったみたいだ。

 除染が終わって活性化した界樹を真っ先に見上げて安堵……からの感嘆と喜びの声を上げ、次にその根元にいる俺達を指さして怒鳴り声を上げようとして。


 季節を問わずに狂い咲いている一面の花畑と――その中心に居る、八割方消費したというのに、未だアホみたいな量である黄金の聖気を纏ってる俺を見て、全員が石化したみたいに硬直した。


 絶対めんどくさいことにしかならんヤツやん。

 もうやだ、はやくおうちかえりたい(白目








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