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お仕事ふたつ。




「し、失礼。取り乱しました……考えてみれば此処は天上ではありませんでしたね」


 初っ端からかましてくれた女神様だったが、そこは流石というかなんというか。

 俺が魂や精神だけ、みたいな状態ではなく、生身でこの場にいる事を直ぐに察した様だ。


 軽く咳払いすると寝台から身を起こし、無造作に手を一振り。

 熟睡していたベッドが消え、代わりにお洒落な感じの椅子と小さなテーブルが現れ、彼女は優雅な動作で席に着いた。


「貴方も座りますか?」と言ってくれたが、流石に同じ席に着くというのも失礼と言うか不敬な感じがするので、謹んで辞退させてもらう。


「……へんな処で敬意を払おうとしますねぇ……この様な会話をしている時点で今更な気がしますが」


 トークが気安いのは自覚があるけど、まぁ、その辺は多めにみてもらえると助かります、ハイ。

 しかし、思いもよらない場所で思いがけない再会をしたもんだ。


「まぁ、そうですね。まさか此処で貴方に会うことになるとは思いませんでした」


 ふむ……界樹の内部を走る巨大な気脈と同調したときに、強烈に引っ張られた感覚があったんだけど……女神様がなにかした訳では無いみたいだ。まぁ、自分でやったんならあぁやって寝てる筈も無いか。


「あの娘達と共にエルフの郷へと来ていたのは把握していましたが、この樹に接触する為に訪れていたとは……貴方が引っ張られたのは、私が再構成した肉体のせいもあるのでしょう」


 女神様の話によると、彼女のお手製であるマイボディは彼女所縁の聖遺物――今回の場合は界樹だな――と、波長が合い易いらしく、同調した際に界樹の一部だと誤認されて引っ張り込まれたんだろうって話だ。


「それだけならこういった事も起こらなかったのでしょうが……私はここ最近、この樹に滞在していまして……この空間を起点に内部の力を循環させている最中なので、引っ張られた後、肉体を持つ貴方はここに放り出された形になったのでしょうね」


 そんな風に俺の現状を纏める女神様の表情は、ちょっとバツが悪そうだった。

 別になんか危害があったって訳でもないし、そんなに気にすることは無いと思うんですけど。

 というか、何気に界樹の異変とやらの原因も分かっちゃったな。女神様が滞在して内部の聖気を循環オンリーに絞ってたのか。


「えぇ。ようやっと戦後のリソース管理も一段落ついたので、永らく放置気味だった中継点の調整(メンテナンス)を行おうかと……邪神の欠片に汚染されているのは承知してましたし、調整と浄化と、あとはちょっとした贅沢を兼ねての滞在だったんですよね」


 勿論、女神様が実際に手を出せば上位眷属の呪詛だろうが一瞬で浄化も終わるだろう。

 だが、界樹という聖遺物の内部であっても、下界の問題に直接手を出すのは神様的なルールに引っかかるらしい。

 なので、樹の天辺に自身が滞在する為の空間を作って『なんもしてないよ、ただ居るだけだよ』という状態を作り、自身が意識しなくても放出してる莫大な聖気によって勝手に浄化されるのを待っていたのだとか。

 内部の循環については除染には関係の無い『調整』に関する事なのでセーフらしい。さっき界樹を中継点とか言ってたし、この世界の管理に関係する事なんだろうね。


 しかし、最後に言っていた贅沢……神様の贅沢か。

 俺の貧困な想像力では、高級リゾートとかで寛ぐイメージくらいしか思い浮かばんけど……死んでるときに会話したあの天上らしき場所と大差ない真っ白空間で、何を贅沢するってんだろう。ちょっと気になるわ。

 よっぽど顔に出ていたのか、それとも思考を読んだりしたのか。

 女神様はきょとんとした顔になると、ややあって、「あぁ」と納得した様に頷いた。


「貴方達と神性では色々と基準が違いますからね――私の言う贅沢とは、所謂生物でいう処の『睡眠』です」


 すいみん。


「えぇ。あの腐れ外道がこの世界に端末を送り込んでからというもの、そのような嗜好に現を抜かす暇などありませんでしたが……久しぶりに満喫してみようかと」


 照れ臭そうに笑いながら、ちょっと頬を染めるその姿は……ただ『寝る』というだけの行為をマジで至高の贅沢であると確信しているようであった。


「思考を分割も並行化もせず、分霊も扱わずに完全に意識を遮断して休息のみに費やす――久しぶりにやってみると背徳感も手伝って、ちょっと悪い事をしてる気分になりますね」


 おぉ……もう……。

 何故だろう、目頭が熱くなった。


「この世界でも羽毛布団などの寝具はありますが……貴方の居た世界の寝具の進歩具合は素晴らしい……! ウォーターベッドという概念を知ったときは目から鱗でした……!」


 ――もういい……休め……っ! 休めっ……!!


 目を輝かせて力説するその姿に、何故だか最近言ったような言ってないような気もする台詞が、つい口から出てしまう。

 不思議そうな顔で「え、えぇ。だから、さっきまで休んでましたよ?」とか言っちゃう女神様に、猛烈に土下座したくなる。

 貴重な貴重な御休みの時間を今も削らせている事、まっこと申し訳なく……!


「ぅえっ……なんで急に土下座を!? 意味が分からなくて怖いんですが!?」


 床……が存在するのかも怪しい謎空間ではあったが、取り合えず土下座して立っていた場所に額をたたきつける俺の後頭部に、ドン引きしてる女神様の声が突き刺さったのだった。







「えーと……では、貴方達の方で浄化の作業を行ってくれると言う事でよいのですね?」


 はい。こっちで全部片づけるんで、心置きなく予定の日までお休み下さい(迫真

 いつになく気合を入れて返答する俺ではあるが、女神様の顔には『解せぬ』とデカデカ書いてあった。


「まぁ……正直、有難いのは確かです……では、浄化のついでにもう一つお願いしちゃったりしても?」


 シアやリアに負担が掛からず、俺に出来る事ならなんでもやります(即答


「……なんでしょうこれ。真摯な信仰と一緒に何か生暖かくて優しい感情が流れ込んでくる……長らく神性をやってますが初めてなんですけどこの感覚」


 嫌ではないが、複雑。

 そんな表情のまま、女神様はブツクサ言いながら掌に眩い光球を生み出した。

 とんでもねぇ量の聖気を圧縮した塊の様なソレは、ふよふよと浮いて彼女の手から離れると、俺の前に漂ってきてピタリと止まる。

 見る限り光量が激し過ぎて光の玉にしか見えんが……なんぞこれ?


「私の力を大地に巡らせる中継点が、この()だけというのもいい加減効率が悪いと思いまして。ここ最近、循環のみに注力させた成果というやつですね」


 なるべくこの地から離れた場所に埋めて下さい、余程の荒れ地でもなければ何処でもいいので。と仰るお言葉に了解の意を示しながら、取り敢えず目の前の光球を掴むと、腰のポーチの中に押し込んだ。

 しっかりポーチのボタンを留めて、渡されたモンを収めたのをお互いに確認すると、女神様は一つ頷き。


「最後にこの()の浄化作業を行ってくれる我が英雄に、少しばかりの加護を」


 土下座こそ止められたが、彼女の前に正座したままであった俺の額に、その繊手が伸ばされ、指先が触れる。


「この位なら天上の法にも引っ掛からないでしょう。浄化にほぼ使い切るとは思いますが、余った分の使い道は貴方に一任します」


 貴方の武装に溜めておいたので、有効活用するように。という言葉から察するに、おそらくは聖気の類を一時的に俺に宿してくれたっぽい。手伝うと豪語しながら助力してもらうとか情けないやらありがたいやら。

 先程とは立場が逆転した、複雑な表情をしているであろう俺と何処か優しい目付きで此方を眺める女神様ではあるが、切り替える様に彼女はパン、と掌を合わせて叩いた。


「では名残惜しいですが、そろそろ貴方を元居た場所に戻すとしましょう――準備は良いですか?」


 ウッス。任された仕事は二つともきっちりこなすんで、御安心を。

 しっかりと頷いて、お世話になりましたと頭を下げる俺に、彼女は微笑んで。


「またいつか、会いましょう英雄よ。次の再会は貴方が三度目の生を充分に生き抜いてからであることを、願っていますよ」


 最後にそんな言葉と共に手が翳され、眼前に強烈な光が走ると共に俺の意識は暗転した。













 ちょいとキツめの立ち眩みの様な感覚から、一気に意識が通常状態へと覚醒する。

 白んだ視界が色を取り戻し――目の前には俺が掌を押し付けた状態の界樹。


 おぉ、別に女神様の言う事を疑ってた訳でもないが、あっさり戻って来れたな。


 とりあえず、ホッと一息ついた瞬間だった。

 凄まじい勢いで飛びついて来たシアに横っ腹へとタックルを喰らい、その当人と一緒に俺は吹っ飛んで地面に転がる。


 うごっふ!? え、ちょ、何……!?


 戻った直後なのもあって、混乱具合が酷い。転がったまま腰にかじりついているシアの頭頂部を見下ろすと、その顔がガバっと上げられた。

 俺が何か言う前に掌が伸ばされ、肩やら頬やらを触診する様にペタペタと撫でまわされる。


「……無事か!? 身体はなんともないのか! 怪我は!?」


 強いて言うなら、今さっき君に頭突き同然のタックルを喰らった横っ腹が痛いんですけど。


「ッ!? 怪我してるのか!? 見せてみろ! 直ぐに治す!」


 やだこの子。皮肉が通じない。

 ちょっと呆れた気分になったのも一瞬――見慣れた空色の瞳に必死さと……怯えすら宿っているのを見て、即座に意識を切り替える。

 あの空間は女神様謹製の代物で、半分天上に片足突っ込んだ様な場所だ。時間の経過自体にこちらと大きなズレがある。

 おそらく、こっちで俺が消えていた時間は一瞬から数秒といった程度なんだろうが……考えてみると、界樹の聖気を浴びたと思ったら、溶けて消えた。みたいに見えても可笑しくないんだよね。そら心配しますわ。

 ごめん、心配かけたな。大丈夫だから、と。

 脇腹に回復魔法を発動させるシアに声を掛けようとして――同じく駆け寄って来たリアと隊長ちゃんに覆い被さるように飛びつかれ、俺は潰れた蛙みたいな声を上げる羽目になった。


「にぃちゃん! 大丈夫なの!? なんともない!?」

「急に界樹から聖気が放出されたと思ったら、先輩の姿が消えて……! 無事なんですよね!?」


 うぉっぷ、ちょ、待って待って、この体勢は色々当たってよろしくない、一旦待って!?

 そもそも三人に押し潰された様な状態で返事できる訳ねぇだるぉ! 先ずはどいてくれない!?


「――ッ、どこか異常があるかもしれない……調べるぞ、手伝えアリア、ミヤコ!」

「わかった!」

「えぇ!」


 無理にでも返答をしなかったのが選択ミスだったのか。

 シアの焦燥に駆られた声に二人は一も二も無く頷き、三人揃って抜群の連携を発揮して俺の服を剥ぎ取りにかかる。


 わぁ、手際がいい――じゃねぇ! おい、大丈夫だから手を止めてくれ、なんともないから! 怪我も異常もないから! おい待て、ズボンはやめろ! なんでこんな事になってんの!? 

 そもそも魔力で精査すればいいだけの話だろーが!


 何故か背を向けて此方を見ない様にしてる魔族領の夫妻とトニー君に助けを求めながら、シャツとズボンだけになった俺は必死こいてズボンを押さえつけるのだった。どうしてこうなった(白目







 結局、危うく剥かれそうになった俺の窮地を救ってくれたのは、湖の方から俺達の様子を見ていたサルビアだった。

 水滴ほどにも放出されていなかった界樹の聖気がいきなり鉄砲水みたいに発射されたのを見て、何か大きな進展があったのかとハラハラしながら見守って居たら、いきなり女衆三人が野郎一人を押し倒して衣服を剥ぎ始めたんだからね、そら驚くよね。


「界樹の下で何をやらかそうとしているんですか! というかリリィの教育に良くないのでやめて下さい!」


 基本、敬うべき客人、みたいな感じで常に俺達に配慮した言動である開明派の長殿だったが、流石に種族が代々祀って来た御神木の下での強制剥ぎ取りストリップ――しかも男やぞ――にはツッコミを堪えきれなかった様だ。

 続くリリィに関する事も当然すぎて反論の余地が無いので、このときばかりは立場や力関係などぶん投げ、サルビアは俺達を並べて正座させるとプリプリと怒りながら説教を始めた。

 シア達も心配が過ぎて暴走したという自覚があるのか、大人しく正座したまま怒られている。

 なんで俺まで、俺被害者やん。と、思わなくもないが……この手の話題でそれを主張した処で、下手すりゃ相手の怒りに燃料投下するだけだ。沈黙は金というやつである。


 ちなみにリリィに関してはサルビアと同じか、それ以上の反応を示しそうなシグジリアは、今回は目を逸らして明後日の方向を眺めている。

 そらアンタ、ここ数日の間に散々あの娘の前で旦那とイチャコラしてたもんね。寧ろそれがバレたら俺達の隣に参加するハメになるまである。貴公、眼を逸らしてないでこちらに来たまえよ(道連れ


 当のリリィは随伴してきたエルフの一人に掌で目を覆われ、しっかり視界を塞いだ上で手を引かれてやってきた。


「真っ暗です。リリィはいつまでこうしていれば良いのでしょうか」

「そんなに長くはないと思うッスよ? あんまり時間かけるとリリィ嬢の御祖母さんやそのお友達が顔真っ赤にして此処にやってくるッスからねー」


 飴ちゃんいるッスかー、と言って小さな袋に入った蜂蜜飴を取り出すトニーの言葉に食い気味で「欲しいです」と応えるリリィ。

 えぇい、完全に他人事みたいなムーヴで二人並んで飴玉を口でカラコロさせ始めるんじゃない。というかトニー君。リリィに頻繁に飴をやりすぎだって《虎嵐》にこの間注意されてただろうが。


 とはいえ、おそらくは意図的に保守派の事を仄めかしたトニーの言で、サルビアもヒートアップしたテンションが冷却されたみたいだ。

 俺が界樹にブシャーされてから僅かな間、この場から消えていたということをシアの口から説明され、こちらに心配そうな視線を向けて来る。


「何が起きたのかは気になる処ですが……まず、身に異常は無いのですよね?」


 あ、ハイ。なんともないです。というか、界樹の異変に関しては諸々含めて全部判明した感じやで?


「そうですか、それは良かっ……え"っ?」


 彼女が素っ頓狂な声を上げるのと同時、他の皆からも一斉に視線が集中した。


「全部分かったって……さっきお前の姿が一瞬消えた事と何か関係あるのかよ?」


 俺の隣で正座していたシアが、驚きを隠せない様子でこっちの顔を見上げて来る。


 うん、まぁ。なんというか。

 そう言葉を濁して、俺は上方……ここからでは無数の巨大な枝葉に遮られて見えない界樹の天辺を指さした。


 あそこで色々と説明を受けました。あとついでに幾つか頼まれ事も。

 指さしたのとは逆の手で、腰のポーチに触れながらあっさりと言う俺に、シアは訝し気な表情をしていたが――ややあってハッとした様子で目を見開いた。


「説明って……おい、まさか……?」


 おう、大体お前が想像してる通りだと思うぞ。


「マジかよ……いや、お前が帰って来た経緯を考えれば、有り得る話なのか……?」


 唖然としてる友人に向けて大仰に肩をすくめてやると、俺は立ち上がった。

 ついでにシアの手をとって引っ張り、同じように立たせてやりながら、いまいち分からん。といった感じのサルビアに顔を向ける。

 結論からいうと、現在界樹に起こってる『異変』は悪いもんじゃないです。寧ろ長い目でみれば良い事なんじゃないかね? 

 どちらにしろ、もう少し日を置けば元の状態に戻る筈なんで安心してよいと告げる。

 全部が全部信じたという訳でも無いんだろうが、サルビアや一緒にきたエルフ達は安堵した様子で胸を撫で下ろしていた。


 リアと隊長ちゃんも立ち上がったのを確認すると、この場に居る全員をぐるりと見渡し、先程の御説教の間に纏めておいた考えを述べる。




 界樹の異変についてはぶっちゃけ解決したも同然なので、あとは呪詛汚染に関してだけだ。

 シアとリアの精査によれば地中深くの根の部分にある汚染箇所が厄介って話だが……これに関しても()()が出来た。


 女神様から聞いた話と、ウチの聖女二人の精査結果を合わせて考えると、呪詛の中心点は幹の奥深くの方――そこに、界樹の内部へと融けた邪神の眷属達の集合意識の様なものが屯している。

 界樹自体はその宿した聖性と巨大な植物という性質の御蔭で、大地への循環を用いた高い自浄能力を有しているのだが……根の部分に深く潜り込んだ呪詛が、大地との繋がりを鈍くし、除染を遅らせている。

 こんだけデカい樹だ。根っこだって一番下に伸びてるもので地下ウン百メートルってレベルだろう。根を傷つける訳にもいかない事を考えれば、聖女をして厄介といわしめる難易度の解呪なのも納得だ。

 根に干渉するのが面倒。

 なら答えは簡単だ。()に、幹の方に上がってきてもらえば良い。


 追い立てる為の方法はある。根にいられなくなった呪詛は、幹にある汚染の中心点に合流しようと這い上がってくる筈だ。

 そこを叩く。界樹を囲む様に陣取って待ち受け、比較的樹皮に近いであろう幹の表層を移動してくる霊的汚物共を、全員で袋叩きにして消毒する。

 幹の奥深くに隠れ潜んだ呪詛も、眷属の自我が残ってるならそれに焦って出てくる可能性が高いし、残ってないならあとで幹の中心を丁寧に浄化してやればよい。




「……成程、理に沿っている……猟犬殿には根への対処法があるのだな?」


 《虎嵐》の言葉に、俺は力強く頷きを以て返した。

 おう、有効な札が手に入ったのはついさっきだけどね。まぁ、獲物を追い立てるのは猟犬の得意とする処ってな。

 女神様に会ってどうこう、なんて話は口に出すにはあんまりにもぶっ飛んでるので、具体的には話してないんだが……やはり《虎嵐》だけでなく、他の面子にもいまいち分からん部分があるのだろう。なんとなく気付いてそうなのは、女神様との縁が深い聖女たる二人だけだ。

 それでも、俺の言う事ならば信じよう、と言ってくれた皆には頭が上がらない。独特だけど良い奴らばっかりだよ全く。


 提示した作戦が採用されると、簡単な打ち合わせの後、俺達は界樹を取り囲む様に散って各々の配置に着いた。


 湖に面した界樹正面には《虎嵐》とシグジリア夫妻――と、リリィだ。二人がちびっ子を絶対にこの手で護ると強く主張し……喜ばしいことに、リリィが控え目ながらも二人と一緒が良いと主張した結果、正面はこの三人となった。

 彼らの役目は、シグジリアを主体とした大弓による狙撃。根から上がって来た呪詛が無数に分かれていた場合、それを出来るだけ多く撃ち抜く。

 呪詛、と一口に言っても邪神の眷属共の身体の一部だ。反撃が飛んでくる可能性が高いので、《虎嵐》がそれを迎撃し、最後尾のリリィは出来る範囲で良いので魔法で二人をサポート。


《虎嵐》達から見て裏手――界樹背面はサルビアを筆頭とした、開明派のエルフの戦士達。シグジリア程では無いとはいえ、彼らも弓の名手だ。サルビアの支援魔法を受けた状態ならば、心強い戦力として呪詛を射貫いてくれる事だろう。

 迎撃役にはトニー。この役を任された際、彼は「一応持ってきておいて良かったッス」と言って荷物から金属盾(カイトシールド)を取り出して装備していた。

 逆の手にはスタンダートな長剣。斥候や潜入が得意なトニー君ではあるが、武装自体は騎士の王道っぽいな。なんにせよ盾持ちが迎撃役というのは頼もしい。


 そして残った四人――これは界樹の周辺を移動しながら、這い上がって幹の中心を目指してくる呪詛を排除する遊撃役だ。

 俺と隊長ちゃんが樹木の表面を駆け回って直接攻撃を行う近接遊撃。

 シアとリアが飛行魔法で界樹の周囲を旋回しながら、目につく標的に魔法を叩き込んでいく中距離遊撃である。


 以上の配置で女神様から請け負ったお仕事に当たる。最良――と断言までは出来んが、個々の能力や相性も加味したベターな布陣じゃなかろうか。


 さて、まずは根っこに溜まってる呪の塊を引きずりださにゃならん。


 最初は俺の仕事だと、前に進み出ると、背後のシアが何故か悟った様な表情で「大体予想が付くな……」とか呟いてるのが聞こえたが……どういうことじゃろ?

 まぁ女神様と会ってきた事には気付いてるみたいだし、俺が一時的にバフ的なものをもらってきた、くらいは考えつくか。


 そう思い直して湧いた疑問を一旦しまうと、鎧ちゃんを起動する。


起動(イグニッション)


 ――次の瞬間。


 全身から噴き上がった、界樹の全高すら超えそうな勢いで立ち昇る量の聖気に俺は白目を剥いた。

 なぁにこれぇ(呆然







◆◆◆




 うん、知ってた。

 比喩抜きで天まで届きそうな圧倒的な聖気。

 下手をすれば界樹本体のもつソレの総量に匹敵しかねない、聖性を宿した巨大な光の柱に、オレは呆れて視線をやった。

 その視線の先――光柱の発生源である相棒の表情は、全身に纏った魔鎧のせいで窺い知る事は出来ないが……なんとなく呆然としてるのは分かる。

 大方、創造神から界樹を除染する為の聖気を分け与えられた、って処なんだろうけど……コイツの事だから、オレやアリアに強化を施されたときより更に上、くらいを想像していたんだろう。


 知りうる限りの最上の強化(バフ)より数段上の想定――相手が同じ地上の存在ならそう的外れな判断でもないけど……お前に力を注いだのは神様だぞ?

 オレやアリアのみならず、この世界の全ての転移・転生者に加護を与えた、オレ達の力の大本と言える存在だ。スケールが違うのは当然だろうに。


 聖女であるオレですら目を見張る、およそ個が保有しているとは思えない量の聖気。

 それに影響を受けているのか、普段は血みたいな色合いの魔鎧の魔力導線は輝くような金色に変わり、火の粉みたいな光の粒子が溢れて立ち昇っている。

 普通、聖気だろうと、聖性を帯びてないただの魔力だろうと、他者から注がれたこんな膨大な量の力を身体に留めておくなんて出来ない。あっという間に垂れ流しで大気に霧散してしまうだろう。

 それがこの世界の神様なんていう、高次元の存在から齎されたものなら猶更だ。だというのに、相棒と魔鎧に蓄えられた力はこうやって発動するまでしっかりと身に収まっていた。


 ……創造神に身体を再構成してもらってた、というアイツの言葉に嘘偽りは無かった訳だ。いや、元から疑ったりはしていないけどさ。

 神様本人が手ずから作り上げたお手製の肉体だ。そりゃぁその力だって馴染みやすいだろうさ――一緒に戦い続けて来た、傍で相棒を癒し続けて来たオレやアリアの魔力より、更に、ずっと。

 ……不敬というやつなんだろうけど、やっぱり少し面白くないな。魔力の波長という特定のジャンルではあるが、アイツとぶっちぎりで相性の良い女がいるってのは……。


 そんな事を悶々と考えていると、オレ達から見て左手側――サルビア達の後衛陣から殆ど絶叫みたいな悲鳴が上がった。


「アイエエエッ!? 聖者! 始原の聖者ナンデ!?」

「ちょ、落ち着くッスよサルビアさん! 先ずは深呼吸、深呼吸しましょう! ね!? ……あ、駄目だこれ……旦那ァ! 色々その状態についてツッコミはあるんスけどそれよりサルビアさんが泡吹いて失神しましたァ!」


 何故!? じゃねーよ、当たり前だよ馬鹿。エルフの歴史を考えれば当然だろうが。

 サルビアだけでなく、界樹背面に陣取ったエルフの戦士達は揃って混乱し、腰を抜かしたり、跪いて祈り……多分相棒に向かってだなこれ――を、捧げたりと、既に作戦を開始する前から半壊状態だ。


 慌てて彼女達のもとに駆け寄ろうとする馬鹿たれを、オレは押し留める。今のお前が直接近づいて声を掛けたらトドメになりかねないから、やめて差し上げろ。マジで。


「アリア、サルビア達を診てやってくれ」

「分かったー。にしても、予想以上にひどいことになったなぁ……」


 死屍累々だー、なんて言いながら向かう(おとうと)に、思わず苦笑い。縁起でもないからそれもやめてやれよ。

 他の皆もとんでもない状態になった相棒の姿に眼を剥いていたが……ミヤコとシグジリアはやはりその中でもいち早く察した様だ。

 そりゃそうだ。なにせほんの一欠片でさえこの膨大な聖性と魔力。

 その大本である神様に、オレ達、『推薦』の異世界人はこの世界に来る前に一度会ってる訳だしな。

 相棒の言う様に金髪でスタイルの良い美人かどうかなんて定かではない、発光激しい光の人型の様な姿ではあったが……この強烈かつ高純度の聖気は一度知覚したら死ぬまで忘れる訳も無い。


「……こうして見ると、先輩が創造神の御蔭で戻って来たという話がリアルに感じるわね……」


 サルビア達が復帰するまで所在無さげに佇む馬鹿を眺め、ミヤコが呆れた様に呟くが――直ぐにその表情はどこか意地悪気な笑みを浮かべた。


「差し詰め、今の先輩は聖女の猟犬じゃなくて女神の猟犬、という処かしら」

「おう、戦争したいならそう言え。受けて立ってやるぞコラ」


 いつぞやの勝負はシスター・ヒッチンとガンテス司祭に怒られて有耶無耶になったが、再戦したいってんならやってやるぞ。例え神様だろうが譲れないモンは譲れないのだ。

 こっちは色々とミヤコに問い詰めたい事は増えているのだ。必要ならお話(物理)への移行に躊躇いは無い。

 そもそもなんだ、あの簪は。いつの間にあんな物強請ったんだよ、ふざけんなよオレだって貰ったこと無いのに……!


「先輩と私、()()()約束なの。話す気は無いわね」


 極上、と言っても良い笑顔で抜かすミヤコに、オレも同じように飛び切りの笑顔で反撃してやる。


「そうか、じゃぁオレもアイツとプレゼント交換でもするかな。アイツ基礎体温高めだし、薄手の甚平なんか良いだろうなぁ」


 暗にアイツの体温を()()()()ぞ、と。態とらしく煽ってやるとミヤコの顔からストンと笑顔が抜け落ちる。

 数秒程お互いに沈黙すると、全く同時に互いの口から「エ性女」、「エ清純派」と、我が事ながら酷い罵倒が飛び出した。


「……は?」

「……あァ?」


 自分の声が酷く低くなっているのが分かる。

 手持ち無沙汰になったせいで話が妙な方向に進みそうになったが、アリアの「もう大丈夫だってー!」という声に、二人揃って我に返った。

 お互いに舌打ちでもしそうな表情で元の位置に戻るが……まぁ、こんなものはじゃれ合いみたいなものだ。そこはミヤコだって同じ事だろう。


 一応、サルビア達を確認してみれば、アリアの回復魔法によって心身を完全な状態に戻された彼女達は、半ば強制的に意識を取り戻して復活していた。

 アリアか、或いはトニーが何か吹き込みでもしたのか、先程までの混乱は何処へやら、今では凄まじい士気の高さでやる気に満ち満ちている。

 距離があるので仔細は聞き取れないが、上げる気炎の声には『界樹』、『聖者』、『我らの未来が』などと、中々に重々しいワードも混ざっているようだ。

 とはいえ、士気が高い事自体は頼もしい。二人が何を言ったのかは分からないけど、良い方向に焚き付けたと思っておこう。


 相棒の方も、作戦の前から半壊したと思われた後衛陣の片方が、無事復活したのを見て安心したみたいだ。


 改めて界樹に向き直ると、静かに呼気を吐き出し、未だ衰える気配が欠片も無い莫大な聖気を収束させる。

 元々、相棒の魔力に聖性は宿っていない。使い慣れない性質の力で、その量は膨大、という言葉ですら足りない。

 なので、やっぱり少しばかりぎこちないというか、扱いに四苦八苦しているのが見て取れる。


 それでも、アイツの拳は力の流れを把握・操作する事に長けた流派のものだ。

 天へと噴き上がるばかりであった強大な聖気がうねる様に形を変え、大河の如き流れを生み出す。

 流れが向かい、結ばれる一点は握り込まれた拳だ。


 黄金の光を放つ腕が、界樹が根差す大地へと撃ち込まれる。


 音は無い。


 けれど、打ち込んだ一撃の効果は直ぐに顕れた。

 界樹を中心として、オレ達の足元に生い茂っていた草花が光を放ち――動画の早送りみたいな速度で成長し、色鮮やかな花を開かせる。

 季節や時間も関係ない、ありとあらゆる植物が瑞々しく輝き、爆発的な勢いで一面花畑となった。


 美しく、神秘的な光景にそれを為した当人以外、全員が感嘆の籠った歓声を上げる。


「わぁ……こんな広いお花畑、リリィは初めて見ました……!」


 余程衝撃的な光景だったのだろう。

 最近では腹ペコキャラが板に付いて来たリリィだったが、食べ物に関係が無い今回の景色に、どこか興奮した様子で大きな声をあげている。

 瞳をキラキラさせて色とりどりの花々に魅入るその姿は、オレの目から見ても大層に可愛いものだけど……そこの夫婦は前を向け。後ろの娘っ子ばかり見てないで。これから一仕事だぞ。


 にしても、流石は神様印の聖気だ。界樹の根に向かって大地を貫通したソレは、僅かに零れた分だけでも、この辺り一帯の土に浄化を超えた『祝福』をもたらした。


 そして、その聖気を撃ち込まれた根――そこに潜む邪神の眷属の呪詛がどうなるかなど、言うまでも無い。


 遥か地下深くであっても、硝子を擦り合わせるような耳障りな悲鳴が上がり、地上へと届く。


「――来たな」

「えぇ、やはり分裂して昇ってくるみたいね」


 オレは飛行魔法を発動させ、宙に浮かび上がる。

 返答したミヤコも、静かに抜刀すると腰を落として構えた。


「頑張ろうね、にぃちゃん」


 ――無理はせんようにね。怪我しちゃ駄目よ?


 同じく飛行魔法を使い、相棒の肩に留まる様に腰を落ち着けるアリア……お前も以前よりは背が伸びたんだから、いつまでも肩に乗ろうとするなよ、うr……けしからんぞ。


 後衛として配置された面々も弓に矢をつがえ、或いは迎撃の為に武器を構える。


 地下から響く地鳴りの様な音は段々と近づいてきていた。

 いよいよ以て音が地上へと溢れる、その直前に。


 あれだけの聖気を放出したにも関わらず、未だ黄金の燐光衰えぬ魔鎧を纏った相棒の腕が、合図の様に掲げられる。


 全員がその腕を注視して、示し合わせた様に頷くと同時――。


 祝福された大地から逃げ出すように、粘性を湛えた大量の黒い()が界樹の根より溢れ出し、無数に細分化すると一斉に幹の中心へと向かって樹の表皮を走りだす。




 ――作戦開始ィ!




 振り下ろされた腕と共に、相棒の声が聖地へと轟き。


『応!!』


 声に籠った気迫に押される様、オレ達は力強く応じ、一斉に界樹の浄化へと動き出したのだった。










女神様

「これくらいなら神様ルール的にセーフ」容量一杯まで聖気ドバーッ。


駄犬

「聖気で人間ポンプ出来そうなんですけど」





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