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界樹へ




 さて、我らが聖女様による自重無しの魔力全開ムーヴで、鼻の伸びた連中に格の差を強制分からせしてから、はや数日。

 あの場に様子を見に来たエルフも、距離的にそれが難しかった者達も、嫌でも理解したことであろう。

 特に保守派はね。『女神に愛されながらも人間なぞに産まれた哀れな愛し子を、エルフの同胞として迎え入れてやろう』なんつー頭ハッピーセットな思考も、シアの本気モードをみて粉微塵になったやろ。

 山猫の群れが、上から目線で猫を群れに加えてやろうとしたら猫じゃなくて超大型の剣歯虎(サーベルタイガー)だったでござる(白目

 感覚としては、そんな感じではなかろうか。


 あの場に駆けつけて半ば自爆するように色々と叫んでしまったサルビアも、後の説明でなんとか落ち着くことが出来た。

 デカい声で処女だなんだと大騒ぎした件については気の毒としか言い様がないが、保守派の動きが緩慢になるであろう今が好機と、気持ちを切り替えて事に臨んでいる。

 ざっと聖地に住む者達を見た感じでも、コニファとサルビアが突出して優れた魔力と聖気を保有しているのは事実だ。

 その片方であり、現長老衆の一人であり、バリバリの保守派であるコニファが部下諸共シアに秒でぶっとばされて昏倒させられたという事実は、『いざとなれば腕付くで』という選択肢が保守派の中から消し飛んだ事を意味する。

 なんともお花畑ではあると思うが、立場も種族も実力も上であるという前提で動くのが当たり前であった者達からすれば、今の状況は非常に息苦しいもんだろうね。


 逆に開明派のエルフ達は、ここぞとばかりに精力的に動き出した。

 俺と《虎嵐》、トニーの男三人衆を危険に晒した(実際には危ない状況でもなんでもなかったが)事を丁寧に詫びた後、保守派との交渉をすっ飛ばして使者の面々を最速で界樹の下へと連れて行く計画を練っている。

 動きの鈍い保守派の隙を突く様に、速やか且つ静かに派閥内の連絡を密とし、近い内に大規模に人員を動かす予定みたいだ。

 これ以上、客人である俺達に妙な真似をさせない為、それによって俺達が激昂するのを避ける為。

 シアの全力を見て、聖女二人の助力があれば界樹の異変とやらも解決――そうでなくとも大幅な改善が見込めると確信したのもあるだろう。

 とにかく、保守派の反応に配慮した充分な根回しなどよりスピード重視。聖女の協力を得て界樹を癒したのが開明派であるという実績をもぎ取る。


 同族からの文句だの突き上げは後で対応する、この数日の動きにエルフの未来が掛かってんだよぉ!


 そんな鬼気迫る様子であった。


 で、俺達はというと。

 現在、開明派が準備を進めている最中なので、それを待ってる――つまり特にやる事は無い。

 なので、保守派の干渉を跳ねつけるために此方を護衛してくれているエルフの案内の下、ちょこっと郷の中を見回って見たり、逆にエルフにカードゲームやボードゲームを教えてみたり。

 つーても、やはり郷の中を見て回ると俺や《虎嵐》なんかは嫌な目付きで見られることも多いし、なんなら出自が普通の人間であるトニーもあまり良い目で見られない。

 この間の強制分からせで格の違いを見せつけたシアやその同格であるリア、森をさっくり大伐採してのけた隊長ちゃんに向けられるのは、畏敬交じりの視線なんだけどね。

 男性陣が下げた眼で見られると、女性陣がイライラする。

 なんだかこのパターンが多いので、自然と揉め事を避ける為に、拠点にしてる宿泊施設近辺でのんびり過ごす感じになった。

 拠点周辺は開明派が中心となって在住してる場なので、嫌な眼も無し。無難に過ごし易い。エルフの郷をロクに観光出来ないのは残念だが、まぁ森林浴しにきたと思えばえぇやろ。


 そう思っていたんだが、馬鹿は打たれ強いというかなんというか。


 一日に一回か二回。保守派のエルフがやって来て、シア達に何某かの話を持ちかけようとする。

 シアが大爆発した次の日に別の長老筋の血族とやらが来たのには半笑いになったわ。普通もっと間を置こうとするやろ。

 丁度ログハウス前の丸太に腰掛け、トランプを使ったゲームを護衛のエルフに教えていた俺は真っ先に連中の眼に止まり、お約束の穢れ者うんたらというお言葉を浴びせられ――罵倒を聞きつけてログハウスから出て来たシアによって保守派のお偉いさんはまたもや揃って犬神家になった。

 次の日は別のお偉いさんが何事もなく建物の中に入って来て、ウチの聖女達に話しかけようとして――やっぱり俺と《虎嵐》がその場にいるのが気に食わず、うっかり口にだしてテラスから放り出される。


 日替わりで身体を張ったコントでもしにきてんのかね?

 とはいえ、連中がエルフをして圧倒的と言わしめる魔力と聖性を有する聖女二人に眼を惹かれ、開明派の動きに対して察知が鈍くなっているのは好都合ではあるんだが。

 意図せず囮みたいな扱いになってしまったことをサルビアは土下座せんばかりに謝罪していたが、気にしなくていいからその分手早く事を進めてくれとウチの面子から言われ、頑張って日程の調整に奔走している。


 三日目に至ってはリアも交えて護衛のエルフ達と外の広場でババ抜きしてたんだけど、ズカズカと無遠慮に近づいてくる見た事無い顔の集団を見つけた瞬間、リアが問答無用で魔力障壁ホームランを決めていた。

 最初は族長筋の者ということでぶっ飛ばされた相手を丁寧に掘り起こして馬車に載せ、元居た場所に送り返していた開明派のエルフ達も今では変に慣れてしまったのか、単に愛想も尽きたのか。

 溜息を付きながら大根抜くみたいに足を掴んで保守派連中を収穫し、まとめて大八車に載せて運んで放り捨ててくる有様である。


 で、送った奴らが悉くノータイムで作物・大根エルフになって送り返されて来たことでやっと学習したのか。


 四日目。早くもオセロで護衛のあんちゃん達に勝てなくなってきた俺が、四隅の内二つを取られた局面をどうしようかと頭を捻っていたときだった。


「――遊戯の最中に失礼します。愛し子様に取り次いでいただけませんか」


 もはやお決まりの場所となったログハウス前の広場で声を掛けられ、その場でオセロに興じていた面々が振り向くと……そこに居たのはエルフの少女であった。

 見た目の年の頃はリアより更に三つ四つ下、いった処か。エルフの年齢なんて見た目からは全く推測できんのでアテにならんが。

 おそらく保守派の使いであろうその娘は、供を連れる事も無く、この場にいる穢れ者()に特に反応する事も無く。非常にフラットな態度のままで。


「リリィはリリィ=エルダと申します。長老(祖母)様の使いで愛し子様達にお言葉を伝えに参りました」


 ピンクブロンドの髪をポニーテールにしたちびっ子エルフは、表情に乏しい顔のまま、丁寧に開明派のエルフ達に頭を下げた。







「――成程、散々に失敗して漸く老人達も学習して来た、という事ですね……初手から性質の悪い手段ですが」


 計画の進行状況を伝えに来たサルビアが、複雑そうな表情のままエルフの少女――リリィを横目で視界に収めて唸り声を洩らす。

 淡々というか、機械的というか……感情の起伏が少ない少女は、今の処は特に問題のある言動を取っていないということで、お望み通りシアとリアが相手をしている。

 他の面子は、サルビアを加えたメンバーで大広間のやや離れた場所で円を描いて座り込み、本日やってきた小さな保守派の使いについて話あっていた。

 シグジリアが伯母に負けず劣らず複雑な顔で、躊躇いがちに問いかける。


「伯母上、あのリリィとかいう娘……エルダの氏族らしいが……」

「えぇ。あの子は貴女が森を出たあとに産まれた、貴女の従妹にあたる者です」


 古い氏族だけあって、血族図は相当に広いエルダであるが、シグジリアとリリィは特に近い血縁にあたるらしい。

 転生者では無いが、リリィもまたエルフの中でかなり強い魔力を持って生まれた娘であり――出奔したシグジリアの二の舞をおそれた長老衆は、父を大戦で失い、母は自身を産み落とす際に亡くなった彼女を文字通り籠の鳥として『教育』していた様だ。

 リリィの母と親交のあったサルビアとしては、自分が引き取る事も視野に動いていた様だが……長老衆の一人であり、エルダの氏族の纏め役であるコニファが手ずから引き取ると主張してしまえばそれも難しく、結局はリリィが保守派の意向を受けたまま育てられている様を眺めるしかない、という嫌な状況だったらしい。


「……あの子の情緒が未発達であるのは、おそらく老人達の意向によるものでしょう。自己の欲求や認識が薄い状態のまま、ある程度成長した後に自分達の信じる『始原の民たるエルフ』の在り方で染める……派閥だのなんだのと言う前に、二親を失くした幼子に行って良い行為では無い」

「……あの娘が()()なったのは、私が森を出たせい、か……」


 淡々と、感情の起伏少なくシアとリアの質問に応えるちびっ子を見て、思う処があるのか。

 苦々しい表情で呟くシグジリアに、サルビアは姪っ子の肩に手を置き、力強く否定の言葉を唱える。


「貴女とリリィ。どちらかが我慢すれば良い、犠牲になれば良い、という話ではありません――そうであることが最善で、最もエルフにとって幸せな生き方である。そんな風に疑っていない老人達の思考こそ、是正されなければならないのです」

「同感です。あんな小さい子に洗脳教育みたいな真似を……やっぱり斬った方がいいのかしら」

「隊長、落ち着いて下さい。お願いですから落ち着いて下さい」


 据わった目付きで湾刀の鍔を押し上げてる隊長ちゃんを、トニー君が割とマジな必死さ加減で押し留めている。

 隊長ちゃんは前っから戦災孤児とかに対して思う処があったみたいだしね。教国の孤児の保護を主張する動きにも積極的に賛成してるらしいし。

 やっぱ、転移・転生組の価値観からするとリリィの置かれた現状はかなり不快に感じるよなぁ。肉体的に傷つけられてないってだけで虐待のカテゴリに充分入るやろ。

 貴族教育などでも厳しい育て方とかはあるだろうし、世界観が違い過ぎる異世界同士でどっちかだけの意見を殊更に振りかざすのはよろしくない事なんだろうが……個人的に腹が立つのはどうしようも無い。

 特に近しい血縁であり、自身が森を出た事が一因となっているシグジリアには忸怩たる思いがあるんだろう。

 やや俯きがちになった嫁さんに、《虎嵐》がそっと寄り添ってその手を握っている。

 無言で嫁さんが旦那の肩に頭を乗せ、更に密着する魔族領の夫婦だったが、流石にここで薬草茶をイッキできる程、俺もトニー君も図太くなかった。


 サルビアは俺達を順繰りに見回し、居住まいを正すと深々と頭を下げた。


「皆さんには現状、保守派の目を引いて頂くような役柄を押し付けている状態ですが……この上恥知らずにもお願いします。どうか、あの子を。リリィを受け入れるという旨を、老人達に伝えて頂けないでしょうか」


 おぉっと、みなまで言うない。

 どうにか自分達の派閥の者を聖女の側に潜り込ませたい保守派と、自身の手から離れた血族の幼子を、再び保護出来るかもしれない機会が巡って来たサルビア。

 奇しくも両者の思惑が一致した、という訳だ。

 保守派にしても、今まで送った面子が残らずぶっ飛ばされて返却されたが故の苦肉の策、というやつなんだろう。単純に子供なら手を挙げられないだろうとか考えた可能性もあるが。

 どちらにせよ、リリィなら傍に置いてやる。とシア達が言えば、これ幸いと滞在許可を出してくる可能性が高ぇ。


 ならば、後は簡単だ。


 此処にいる間に俺達が散々にリリィに構い倒し、あの無表情・無感情な綾〇系キャラを崩してやれば良いんダヨォ!

 情緒なんてもんは一度生えちまえば取り消すことなんて出来ないからね。芽吹かせるだけでも出来ればこっちの勝ちよ。

 幸いといって良いのか分からんが、使者としてやってきた奴らはどいつもこいつも濃ゆい面子ばっかりだ。

 あっさり薄味な人間関係だけで育てられてきたお嬢さんに、濃厚濃口の色物による情感の発達という物を味わってもらおうじゃないか皆の衆。


 俺がドヤ顔で一席打ってやると、概ね賛成であったのか、皆も頷いてくれた。


「そうですね。どの道、開明派の準備が終わるまでは私達も時間を持て余す訳ですし、その間にリリィちゃんとお話をしてみましょう――それはそれとして一番キャラが濃いのは先輩だと思います」

「私にとっては寧ろこっちからお願いしたいくらいの話だ……リリィを受け入れてくれた事、皆に感謝するよ。それはそれとして猟犬殿に色物扱いされるのは不本意だが」

「……妻が気に掛ける従妹なれば、我が身内も同然……猟犬殿ほど強烈な印象を持たぬ我が身ではあるが、力を尽くそう……」

「なんか言いたい事は大体皆サンが言ってくれたッスけど、取り敢えず自分も言っとくっスね。旦那、アンタが言うな」


 賛成で纏まったはずなのにフルボッコにされた気分。解せぬ(白目







 さて、日も傾き、エルフの郷たる聖地にも夕焼けと、その向こうに夜の帳が下りて来る時間となった。

 リリィに関して纏まった意見を、当人であるリリィを相手にしていたシアとリアにも伝えてみた処、言うまでも無く二人ともOKを出してくれた。

 単純に、リリィが留まることで他の保守派がやってくることも無くなる……最低でも頻度が下がると考えれば、こっちからすれば渡りに船な話だしね。


「他のお花畑共と違って不快な言動は無いけど、酷く大人しいというか、気配が希薄な子だと思ってたらそういう事情があったのか」

「……なんだか嫌な話だね。あんまり言いたくないけど、やっぱりボクは保守派の人達って好きになれそうにないや」


 安心したまえアリア君、この場にいる全員、好きな奴なんていねーから。


 本日から追加された拠点の人員――リリィがシグジリアに構われているのを見ながら、夕飯の準備にとりかかる。

 これまたエルフのお約束というかなんというか、種族的にあまり肉や魚を好まない者が多い様だが、完全に食わない、という訳でも無いらしい。

 食わなくても平気な身体らしいが、食った方がやはり血肉を効率よく育てる事ができる。なので戦士達は食事に取り入れる事も多い。少数ではあるが好む者もいる。との事。

 使者として来た俺達に、サルビア達がこの土地独自の料理などを振舞ってくれるのは有難い。

 豆や野菜メインで全体的に薄味気味だが、独自の工夫が凝らされた、森の滋養豊かな食事は旅先で食うものとしては物珍しさも手伝い、中々に美味い。

 けど、やはり肉気が足りない。

 それは向こうさんも察してくれていたのか、狩りで獲って来てくれた新鮮な獲物を精肉して届けてくれるのは大変に有難かった。特に《虎嵐》なんかは種族的にエルフの正反対――肉メインの食生活だろうし。


「……リリィの家族は祖母様だけだと聞いていました。(とと)様と(かか)様が亡くなって、リリィを引き取ってくれたと」

「……エルダの氏族はエルフ内でも特に数が多い。私は血縁関係としてはお前の従姉に当たるし、伯母上――サルビアだってお前にとっては遠縁だがエルダの氏族だ。なにより、伯母上はお前の母と友人だった」


 相変わらず淡泊な反応のちびっ子に手を焼いているのか、どうにか会話から親しくなる切り口を掴もうとシグジリアは奮闘しているみたいだ。

 ま、お話の方は今日は彼女に任せておこう。俺は飯の用意だ。

 サルビアの部下が届けてくれた肉の塊を抱えると、外に出る為に立ち上がる。

 シアー、これ丸ごと炙り焼きにしたいから手伝ってくれー。


「昼間に塩擦り込んでたやつか。ここ最近は野菜メインの食生活だったから楽しみだな」


 だよな。《虎嵐》なんかも顔だけは平静保ってたけど、尻尾が忙しなく動いてたし。


「あ、じゃぁボクは盛り付ける大皿とか出してくるね。葉物を敷いて彩りもつけよう!」


 おうおう、よろしく頼む。

 リアがパタパタと食器棚の方へと向かい、俺とシアはそのまま外にでると、ログハウスの横手にある炊事場に向かった。

 そこで俺達の食事を準備してくれている開明派のエルフ達に軽く挨拶し、彼女たちの邪魔にならない様に隅っこの方で肉を焼く準備を整える。


 某狩猟ゲームの肉焼きよろしく、肉塊から突き出た骨を軸に乗せ、取っ手付きの器具で骨を挟み込めば、準備は完了である。

 よし、シアさん。火力調整よろしく。


「はいよ。こうしてお前と肉焼くのも久しぶりだなぁ」


 そのぶっ飛んだ魔力制御を存分に生かし、表面を焦げない様にぱりっと焼き上げつつ、中にもしっかりと火を通すという、世界でも最高クラスに無駄で贅沢な火魔法の使い方をしている聖女様が、懐かしそうに眼を細める。

 ()の周――リアを封印から引っ張り出すより以前の旅の最中は、こうして二人で飯をこさえてたりしたな、そういえば。

 あの頃のシアはループの繰り返しで色々と限界だったのに加え、いきなり現れて(おとうと)をどうにか助けられるかもしれんと宣った胡散臭い転移者――俺の事も半信半疑で扱っていたので、結構な塩対応だったのだが。

 こと飯に関してはお互い元・日本人だった事もあって、妥協できない点が多くてなぁ。

 飯に関してだけは、微妙にあった壁や不信感も忘れた様に、日々改善案を出し合った。

 ループ前に揃えなければならない、いくつかの条件や要素――時空凍結に封じられてたリアの救助なんかその最重要の一つだ――を満たす過程での旅で。

 二人揃って変な凝り性を発揮して、魔法を用いた美味い肉の焼き方とかいう、戦時中になにやってんのお前らと突っ込みが来そうな事を熱心に話し合ったりしたのだ。

 リアを無事に引っ張り出して、二人旅が三人旅になった後で、完成した俺達の肉焼きに関する魔法理論を披露して、(おとうと)分に馬鹿を見る目付きで見られたのも懐かしい思い出だ。


 といっても実行の際には俺はテンポ良く、ぐるぐると肉を廻してるだけで良い。

 あとは肉に対する熱の貫通性とかを調整してるシアが良い感じに焼いてくれるからね。


 例のゲームの肉焼き歌でも歌おうかと思ったが、炊事場にいるエルフ達の視線もあるし、大人しく肉を廻し続ける。

 十分程そうしていると、シアさんが「そろそろ良い具合だな」と仰ったので軸から肉をあげて、焼き上がりだ。

 うむ、美味そう。理想のマンガ肉って感じ。

 かぶりつきたくなるのを堪え、葉物野菜で彩りをつけた大皿をリアが持ってきてくれたので、その真ん中にでんっと肉塊を載せる。

 そして最後にっ、取り出しますはコレ。乾酪であります!


「うわ、小さめだけどホールじゃん。こんなの荷物にあったっけ?」


 小首を傾げるリアに胸を張って応える。

 俺の私物です。ちょっとお高めのモッツァレラ系やで。


「トニーに氷出してもらってなんか冷やしてもらってるとは思ったけど……お前乾酪好きだよなぁ」


 仮にトニー君がいなくとも、キミタチがおる時点で保存は楽勝だと踏んだので思い切って持ってきました。持つべきものは魔法に秀でた友人だね!

 呆れを含んだ聖女姉妹(ブラザーズ)の視線を華麗に受け流しつつ、切り分けた欠片(ピース)を削ぎ切りにしてじゅうじゅうと音を立てるお肉に振りかける。

 俺は好きだけど、苦手な人がいるかもしれないから半分だけね。唐揚げにレモン。キノコタケノコ戦争に類する凄惨な争いは身内で起こしてはならない(戒め


 炊事場で調理するエルフ達の用意も大体終わったみたいだ。

 グッドタイミングってな、さぁ、飯にしよう!




 新たに加わったリリィの歓迎会、という訳でも無いんだろうが。

 サルビアが気を利かせてくれたのか、エルフ達が用意してくれた食事もいつもよりちょっと豪華な気がした。いや、お客様用ってことで元からかなり手の込んでる品々ではあったんだけどね。

 ログハウスの広間にある卓に彩り豊かな食事が並び、最後に真ん中に俺達の焼いた肉の皿が置かれる。


「さぁさ、今日のメインディッシュはオレと相棒の合作だ。心して味わい給え諸君」

「合作って……お肉を焼いただけでしょう。確かに美味しそうだけど」

「ふふん。そうでもないぞミヤコ? なにせ、火の通し方や表面の食感まで()()()()()()()()()()()()()()話し合って生み出したモンだ。焼き肉の妙ってやつだな」

「……へぇ、そう」


 ヘイ、そこの二人。飯時に謎のバチバチした感じを出すのはやめたまへよ。折角の出来立ての飯を諍いで冷ますなぞ、食に対する冒涜やぞ?


 二人とも元・日本人だ。食に関する俺の理屈は理解できるようで。

 お互いに穏やかならぬ視線を交わしあったままではあるが、大人しく食卓の席に着く。


「やぁ、やっぱ真ん中に肉がドカンと鎮座してると食卓の幸福度が上がる気がするッスねぇ。今までの飯も美味かったッスけど、やっぱ人間、肉を食わないと」

「……同意する……肉は、良い……」


 トニーも嬉しそうだが、この場で最も肉食に近い種族である《虎嵐》の喜びっぷりは顕著だ。

 いや、顔には出さないように努めてるのか、表面上はいつも通りなんだけど尻尾が凄い。動いて埃を立てない様に、席に着くと尻の下に尾を挟み込んで荒ぶる喜びを押さえている。


「さぁ、食事にしようリリィ。何か苦手な物はあるか?」

「……特に無い筈です。ありがとうございます、従姉(ねね)様」


 最後に座ったのは、シグジリアとリリィだ。

 手を引いて《虎嵐》と自分の間の席に少女を導いたシグジリアの声と表情は、ひどく優しい。

 従姉(ねね)様、なんて呼ばれてる処をみるに、初日ではあるが良い感じに距離を詰めてるっぽいな、うむ、良き哉。

 魔族である《虎嵐》の隣に座っても、特に反応を示さない辺り、リリィに保守派としての本格的な『教育』が施されていないのは確実だ。

 真っ白なキャンパスってやつかね。いい年した大人達が子供を自分達の色に染め上げる為に、無垢に保つってのもゾッとしねぇ話だよ、遣る瀬無いったらねぇ。


 気が滅入る話ばかりしても仕方ないな。飯だ飯。


 一応、代表と言う事でシアが祈りの言葉を手短に済ませる。

 というか日々短くなってきてない? 今日に至っては「全略! いただきます!」だったんですけど。祈り何処にいった?

 それでいいのか聖女。と思わなくも無いが、この場にガンテスやミラ婆ちゃんみたいに信心深かったりマナーに厳しい人はいないので、普通にスルーされて皆で「いただきます」と唱和して、本日の夕餉は始まった。


「にぃちゃん、箸削ってみたりしたんだけど、使う?」


 お、マジか。使う使う。


 隣に座ったリアからお手製の箸を受け取りつつ、やはり気になるのは本日からの拠点の新顔――リリィの様子だ。

 彼女は普段の自分の食生活には無いのであろう、今夜のメインディッシュ……でっかいマンガ肉みたいな炙り焼きの肉塊を興味深そうに眺めていた。


「これはお肉ですか……? 上に何か掛かってるみたいですが……」

「こいつは乾酪(チーズ)と言ってな。羊や牛の乳なんかを加工した食材だよ――エルフにはこの匂いが駄目だという奴も多いんだが……食べれそうか?」

「はい、リリィは大丈夫だと思います。嫌な感じはしないです……初めて見る大きさのお肉なので気になりました」


 じゃぁ取り分けてやろう、と嬉しそうに言うシグジリアに、小さく礼をいうリリィの目線は、相変わらず肉に固定されている。

 ふっ――やはり俺の目に狂いは無かった。


(えぇ……何か目算があってお肉焼いたの?)


 ヒソヒソと小声で左隣のリアと会話しつつ、言葉を続ける俺は我ながらドヤ顔だったと思う。

 いやね、初めてリリィを見たときになんとなく……本当に何となくだけど、思ったのよ。


 あれ? なんかこの娘、副官ちゃんに似てね? って。


(アンナに……? 特に共通点なんて見受けられないと思うけど。見た目も、性格的な部分も)


 会話に加わって来た右隣のシアの疑問も尤もだ。確かに外見や内面、リリィと副官ちゃんに類似する点を探すのは難しい。強いてあげるなら二人とも結構な美少女だという事くらいか。

 何故だか二人の視線の温度が下がった気もしたが、変な事をいった記憶もないので、気のせいだろう。気にせずに続ける。

 そこでピンと来たのだ。おそらく、俺が二人を似ていると感じたのは――嗜好の面なんじゃなかろうかと。


 綺麗に小皿に盛り付けられた肉に、リリィが躊躇うことなくフォークを突き刺し、持ち上げる。


「……わぁ」


 トロリと伸びる乾酪(チーズ)とジューシーに焼けた肉の断面を見て、小さく声をあげる姿は今までになく感情が色付いて見えるように思えた。

 その小さな口が開かれ、えいやとばかりに肉にかぶりつく。


「…………!」


 はっきりと、驚きを映した様に目が見開かれた。


 そう、彼女達の共通点。それは――。


「……おいふぃいれす」


 二人とも食いしん坊の気――即ち腹ペコキャラの素養があるという点である!


 発言からして、肉を食った事が無い、という訳では無いだろう。

 だがそれは、なまぐさ全般を苦手とするスタンダートなエルフの味覚に合わせた、極力脂や肉汁を落とした物だった筈だ。

 副官ちゃんの如く、リリィが実は健啖であるのなら、シアの反則的な手法で作られた日本の大型低温調理器顔負けの魔法のお肉は強烈なインパクトを齎すであろう。

 そこに初めて口にする乾酪(チーズ)によるブースト効果も相まって、破壊力倍増しドン! 未成熟な少女の味覚を濃厚な口当たりと風味で蹂躙すること間違いなし! 


 いや、散々ドヤったけど、普通に外れて肉を嫌がる可能性も無かった訳じゃない。

 でも別に問題ないやん? それならそれで俺達が美味しく頂けばいいだけだし。

 予想が外れようが外れまいが、俺に良し! リリィに良し! 誰も損しないなら全ブッパするのは当然だよなぁ?


 とはいえ、その心配も杞憂だった。


 リリィは口いっぱいに肉と乾酪(チーズ)を頬張ると、眼を輝かせて一生懸命に顎を動かしている。

 どことなく、その姿に頬袋に食料をため込んだ栗鼠(リス)が思い浮かんだ。

 シグジリアはそんな少女を見て、相好を崩して彼女の頭を撫でているし、他の面子もほっこりとした表情でリリィを眺めている。


 ふはは、賭け……というほど博打の要素も無かったが、俺達の勝ちだな。これで保守派の処に帰ってもリリィは今夜の強烈な記憶を忘れられず、出される食事に不満を覚えるに違いない。

 人間――というか人類種全般、飯がマズけりゃ心も荒む。そうなりゃどんなご高説も思想もストンと胸に落ちる筈も無しってなぁ!

 なんなら開明派の方に肉焼き魔法のノウハウや乾酪(チーズ)の仕入れ先を教えておいても良いな。

 用途の割に難易度が無駄に高いのだが、サルビアなら習得も可能だろう。彼女もリリィを引っ張り込める可能性があるとなれば習得を躊躇いはしないだろうし。

 完全に飼い慣らしたと思っていたチビっ子に、飯を理由にそっぽ向かれる保守派とか想像しただけでクッソ笑えるんですけど。


 暫くは夢中で初めての味覚の暴力を味わっていたリリィだが、幾らか胃に収めて落ち着いたようだ。

 口端に付いた食べかすを優しく拭うシグジリアに、彼女は困惑した様子で問いかける。


「……従姉(ねね)様、このお肉を作った人はあの黒髪の人なのですか?」

「あぁ、そうだ。上に掛かってる乾酪も彼の持ち込み品だと聞いた」

「……困りました。リリィは祖母様に魔族の方と黒髪の男性の方とはお話をしないよう、言い含められているのです……美味しい物を作ってくれたお礼が言えません」


 それを聞いたシグジリアの顔が、なんか凄い事になった。

 口汚く罵り声を上げたいのに、それを我慢してるような、可愛らしいものを見て喜びを覚えている様な……矛盾が同居する、なんとも複雑怪奇な面相である。

 メンタルがガタつくと《虎嵐》にくっ付いていた彼女だが、リリィを間に挟んだ状況ではそれも躊躇われるようで「うぐぅ」という珍妙な鳴き声を上げていた。


 俺はそんな二人を見て苦笑すると、チラリとシアの方を見やる。

 我が友人はこちらの意図を即座に察した様だ。食事の手を止めて軽く咳払いすると、シアはリリィに向けて話しかけた。


「あ~……リリィ? 君は長老連中から、出来るだけオレやアリアの機嫌を損ねないように指示を受けている――そうだったな?」


 その問いに、チビっ子も食事を一時中断し、フォークを置いてこっくりと頷く。


「はい、愛し子様。リリィはこちらに伺う際、くれぐれも御二人の怒気に触れぬようにと、祖母様や他の長老衆の方から再三言い含められています」

「うむ。言いつけられた内容は、それが最重要な訳だ――ここで少し意地悪な言い方をさせてもらうけど、リリィが《虎嵐》やオレの相棒とお話をしないというのは、オレ達にとって大変に面白くない状況と言える」

「――! 困りました……それではリリィは祖母様の言いつけを破ってしまう事になります」


 途方に暮れた様に、従姉とシアの顔を交互に眺める少女に、金の聖女様は顰めっ面を作って尤もらしく頷いた。


「うんうん。なんでな? 一番大事な言いつけを守るために、三番目、四番目に廻るようなこの二人とお話をしない、なんていう内容は……棚上げしてしまっても問題無いんだよ。なにせ一番大事な事を優先する為なんだから」


 ハッとして、まるで天啓を得たかの如く自分を見つめるリリィに、優しく微笑みかけるシア。


「そういう訳で、言いたい事があるなら遠慮せずに二人に話しかけると良い。そうすればオレとアリアも嬉しいし、リリィも気兼ねなくお礼が言えて嬉しい。誰も損しない素敵な『仕方がない』というやつだ」


(誰も損しないっていう処で、さり気なく保守派を省いてる時点で詭弁の類ッスけどね)

(あら、トニー君は彼らに配慮すべきだって意見なのかしら?)

(御冗談を。とはいえ、リリィ嬢。将来的にはそこに気付いて突っ込み入れられるくらいにはなって欲しいもんっスね)

(……そうね。誰かの意思を挟まずに、自分だけの意思で、自分の言葉を伝えられる。そんな当たり前の事すら制限されてきたんですもの)


 帝国の二人が先程の俺達の様にヒソヒソと会話しているが、それは一旦置いといて。

 リリィは少しだけ迷っていたが、直ぐに答えは出たみたいだ。

 俺に視線を向けると、何度か息を吸って、吐いてを繰り返し、思い切った様に口を開く。


「……美味しいご飯を作ってくれてありがとうございます。こんなお肉を食べたのは初めてでした」


 あいよー。そう言って貰えると嬉しいね。まだまだあるから、食べ過ぎない程度に食うと良いさね。

 手を振って返してやりながら、努めて軽い調子で言ってやると、長老連中の言いつけとやらを『仕方なく』とはいえ、破る形となったリリィの肩から、力が抜けた。

 そのままの勢いでと言わんばかりに、次いで隣の《虎嵐》に向き直り、お話をしても良いかと問いかける。

 元より、保守派に拉致られた際に子供に甘いことが発覚した男だ。断る筈も無かった。

 反射的にリリィの頭に手を伸ばした《虎嵐》が気付いた様に動きを止め、「……触れても良いだろうか?」と、慎重に質問を返すと、リリィは不思議そうに「リリィにですか? ……どうぞ?」と返し。

 どこかぎこちない動作で少女の頭を撫でる虎の獣人と、反対側から手を伸ばして同じように撫でる笑顔のエルフ。両者に挟まれて頭を撫でられながら、よく分かって無い感じのちびっ子エルフという、奇妙だが心温まる光景が展開された。


「……なんだか家族みたいだね」


 リアがそんな風に呟くのが聞こえるが……いや、家族やろ。夫婦の間にいるのが親戚の子ってだけで、身内なのには変わりないやん。確かな情があるなら猶更に。


「そっか……そうだよね」


 何処か感慨深い様子のリアだが、お前さんの場合は聖都に家族に近いノリのおっさんや年寄り連中がゴロゴロいるじゃないの。姉貴(アニキ)も含め、ほぼ全員人外級というひでぇ戦力過多なファミリーになりそうだけど。

 しかし、なんだな。

 末っ子ポジで猫っ可愛がりされてるリアだが、将来誰かと付き合う事とかになったら、その相手は魔力カンストの(あに)と技量カンストの婆ちゃん、筋力カンストのゴリラと腹黒カンストの爺の壁を越えねばならんのか。

 無理ゲーすぎワロタ、まだ見ぬ相手に同情するわ。

 ……それはそれとして俺も壁として参加するけどな! 理想を言うなら、切り札込みの俺くらい超えて貰わないと安心して(おとうと)分を任せられんし。


 割としょーもない事を考えつつ、止まっていた食事の手を再開させる。

 ついつい肉ばかりにフォークを伸ばしてシグジリアにやんわりと怒られているリリィを眺めながら、さて、明日の朝食はどうしてやろうかと考えたり。

 ……取り敢えず、朝一で山羊のミルクを貰って羊酪(バター)でも作ってみるか。鎧ちゃんを起動して本来攻撃に使うレベルの高振動をミルクに与えてやれば直ぐよ直ぐ(体験済み)。

 蜂蜜も保存食として持ってきてるし、たっぷりのバターと合わせたパンケーキ(もどき)とか良いかもしれんな。


 食いしん坊な小動物への餌付けを計画してる気分になりつつ、俺は夕食に舌鼓を打って箸を進めるのだった。







 ちびっ子への更なる食いしん坊化計画を進めたり、やたらオセロに強くなった護衛のあんちゃんに一度も勝てなくなったり。

 隊長ちゃんが簪を眺めてニコニコしているのに気づいたシアとリアが、大騒ぎしてひと悶着あったり。

 あわや金の聖女と黒髪侍ガールの大激突になりかけ、巻き込まれたトニー君が「自分は石自分は石自分は石自分は石」とか呟きだしていきなりその場で死んだフリ始めたり。

《虎嵐》とシグジリア夫妻がどうにかしてリリィを引き取れないかと真剣に相談を始めたりと。

 細々とした――というにはお腹いっぱいになりそうなイベントが発生しつつ、更に数日が経過した。


 再びサルビアが拠点となっている宿泊地を訪れ、準備が整ったと、告げる。

 いよいよ今回の一件の肝、界樹の異常についての調査と相成った訳だ。


 開明派に所属している者達をほぼ全て動員して、今回の事に当たる、と。サルビアは腹を括った様子で話していた。

 なんでも、邪神の信奉者達の手によって界樹が汚染を受けてからというもの、長老衆を筆頭に優れた魔力を持つエルフ達の手によって、界樹の周辺や到着するまでの道程に十重二十重に結界や警報代わりの魔法が多数仕込まれているらしい。

 ウチの聖女達なら突破は容易だろうが、エルフ以外が解けば即座に察知され、保守派が大挙してやってくるとのこと。

 なので、道中の仕掛けられた魔法はサルビアが解き、物理的な罠や警報はシグジリアを筆頭に随伴するエルフの戦士達が解除に当たる。

 それで時間は稼げるだろうが、ある程度経てば保守派に気取られるのは必至だ。全員で行く訳だから拠点だって空になってるしね。

 界樹の除染や浄化中になりふり構わず雪崩れ込まれて失敗しては元の木阿弥。

 なので、俺達の行き先に気付いた保守派連中が追いすがってくるのを、開明派の人員を持って足止めする。殆どの者達はこれに専念するらしい。

 できれば同胞の血を見る様な事は避けたかったらしいが、今回の一件を長引かせる方が色々エルフの未来的にヤバいと判断したみたいだ。

 全て終わった後、派閥を問わずに治療を行うとシアとリアが明言したのも彼らを後押しする一因だろう。聖女が治療に当たる=腕が捥げようが脚が千切れようが眼球が零れ落ちようが死んでさえいなきゃどうとでもなる。って事だしな。


 一応、立場的には保守派から派遣された事になってるリリィも連れて行く事になっている。というか、置いていくのを魔族領の夫婦が嫌がった。まぁ、反対意見も無かったんだけど。

 これに関しては、寧ろ好都合だとサルビアも頷いていたし。

 何かをさせる、という訳では無いが、開明派が主導となって行った界樹の浄化に一応保守派であるリリィが立ち会っていた、ということで最低限の面子は長老衆に持たせることが出来るだろう、との事だ。

 一から十まで蚊帳の外で面目丸つぶれ、引くに引けない、なんて状況に追い込むよりはマシだという判断らしい。種の存続と、派閥の長としての立場。板挟みで大変そうだね。


 そんな訳で、ほぼ夜明けと同時に俺達はひっそりと拠点を抜け出し、界樹の聳える大森林の中央へと歩みを進めていた。

 開明派のエルフ達はこっちよりやや遅れてなるべく不自然にならん様に郷を抜け出し、界樹への到達経路を遮る箇所に配置されるらしい。

 三国の使者に同行しているのは、サルビアと初日に俺達を出迎えた青年エルフを含めた数人のみである。


「しっかし、こうやって根本に近づいていくとぶっとんだサイズがより実感できる様になるッスね」


 人間にとっちゃ鬱蒼とした道なき道も同然な森のなか、特に苦戦している様子も無くひょいひょいと進みながら、トニーがぐるりと周囲を見渡す。

 この場にいる面子で森の中を歩くのに苦労する奴なんていないのだが、それは基礎スペックの高さだったり、身体強化の恩恵在りきだ。彼の場合は、単純にエルフに見劣りしないレベルで森林地帯での移動法を心得ているのだろう。

 分かってはいたが、多芸だねトニー君。伊達に《刃衆(エッジス)》で単独の潜入任務に従事してないってことか。

 実際、言う通りだ。森の中心に進むにつれて、段々と樹々の背丈が高くなってきている。

 女神様が直接降りて来たのが界樹だが、その周辺の樹もいくらか恩恵的なものを受けたという事だろう。幹の太さからして樹齢何千年だよってレベルの大木が、森を形成するレベルで生え揃ってる訳だし。

 既に朝日が昇り切った時間帯とはいえ、こうも巨大な樹木に囲まれた緑の天井の下では、日の光はまだまだ届かない。

 あちこちに生える光を放つ苔や植物、樹々自体が放つ聖気混じりの薄っすらとした光のおかげで、意外と暗くはないんだけどね。


「肝心の界樹は、除染や浄化自体は殆ど終わってるって話だよな?」


 シアの確認の声に、眼前にあった人除けの結界を解除し終えたサルビアが振り向き、首肯した。


「はい。完全な浄化まであと一息、という処まで来ているのですが……根や幹の中心部分といった物理的に距離のある箇所は難航しているのが現状です。或いは界樹自体が呪詛を特定の箇所に集中させることで、本体の大部分を護っているのかもしれませんが」


 話を聞く限り、おそらく上位眷属が直接内部に潜り込む事で大規模な汚染を引き起こしたようだが……腐り落ちたり瘴気をまき散らす魔樹の類にもならず、時間こそ掛かっているが持ち直しているってのは凄いよな。流石は女神様印の古木だ。

 完治にはまだ掛かるとはいえ、古来からそうであった様に、薄っすらと消える事の無い聖気を放出し続けていた界樹だが。

 ある日を境に突如として光を失い、聖なる気の波動が止まったらしい。

 大慌てで派閥も何も関係なく、エルフ総出で状態を確認したところ、本体そのものには以前と変わった処は無し。

 聖性自体も喪われた訳ではなく、ただ周囲への放出が止まり、樹の体内で奇妙な循環をみせているそうだ。


 呪詛汚染を受けた直後ですらこんな状態にはならなかったらしく、内側のみで聖気が巡っているために干渉が難しくなり、残った浄化も更に難易度が上がるという悪循環。

 大戦を終結に導き、大本の邪神を討滅したとされる聖女に合力を願うのは、ある意味では既定路線だったのかもしれんね。頼み方に問題があって散々ゴタゴタした訳だけど。


「何にせよ、樹木自体に何かが干渉して異常を引き起こしている、という事で無いのなら、《刃衆(わたしたち)》に出来ることはあまりなさそうですね。レティシアとアリアちゃんにお任せすることになりそうです」

「……帝国に限らず、我ら魔族領としても同じ事……歯がゆいが、聖女殿に委ねるが最善だろう」

「自分は楽に終わるならソレに越した事は無いと思うッスけどねぇ……」


 隊長ちゃんと《虎嵐》が不甲斐なさを恥じる様に、眉を顰めて言うが……トニー君の言う通り、適材適所って奴やろ。それを言うなら俺だってただのにぎやかし要員で終わる可能性大やぞ。

 そんでも、未だに界樹に残留している呪詛……内部に融けた上位眷属の一部が悪さをしないとも限らない。

 シアとリアが除染・浄化にかかりきりになるのなら、万が一の為に二人をカバーする位置に控えてるのが俺達の仕事になるやろ。油断せずに行こう。


 そんな風に、各々が改めて気合を入れ直して進み続け、二時間ほど経っただろうか。


 界樹に近づいたせいか、デカい日陰に入ったようで高く上った日も全く差し込まぬ森の中を進んでいると。

 先導役のエルフ達が幾つ目かの罠を解除すると同時に、俺達の先頭を行くシグジリアとサルビアが顔を見合わせ、頷いた。


「伯母上」

「えぇ――皆さん、到着しましたよ。あれが、界樹です」


 まるで壁の様に無数の枝葉が絡み合う、魔法によって作られたのであろう最後の防壁は、サルビアが手を翳すと意思を持っているかのように動き、道を開けた。


 その先に広がっていたのは、開けた空間。そして大きな湖だ。


 遠目からでも分かる程、おそろしく透明度の高い水で満たされたそのほとりには、大森林に棲む動物達が集い、穏やかな憩いの場を形成している。

 更にその奥、広々とした湖が小さく見えるようなサイズ比で、界樹は天に向かって屹立していた。


 当たり前だが、ここまで近づくと首を真上に向けたって天辺は見えない。

 本体の太さ自体が広場いっぱいだしな。ざっとみても幅200メートル以下って事はあるまい。高さに関しては言わずもがな、というやつだ。

 遠目から――それこそ大森林の外からみてもその威容は大したもんだったが……こうやって目の前にするとすげぇな。もうすげぇしか出てこないわ。すげぇ。


「おぉう……ふぁんたじー……」

「レティシア、語彙力が死んでる。気持ちは分かるけどさ」


 俺と並んで界樹を見上げていたシアの口からアホっぽい言葉が零れ、同じく上を見上げているリアが即座に突っ込みを入れる。

 ぶっちゃけ、エルフ以外は皆同じようなリアクションだ。揃って口を半開きにして、この世界最大の超ド級の大樹を見上げ、感嘆の声を上げていた。


「……私も此処のエルフですから、皆さんが界樹を見て感動して下さるのは、正直、誇らしい気持ちがあります」


 サルビアがちょっと自慢気に微笑んで、ちらりと《虎嵐》が背負ったリリィに眼を向ける。

 軽く手招きされると、彼女は素直に《虎嵐》の背から降りてサルビアの下に歩み寄った。


「リリィ。これからこの方達は、ここで大きな仕事を為さねばなりません。私達は案内役なので、あとは邪魔にならない様に下がって応援しましょうね?」

「……分かりました、リリィは皆さんがお仕事を終えるのを、待っています……頑張ってください」


 ペコリと頭を下げて、サルビアに手を引かれて二人は湖の方へと移動してゆく。

 最後に開明派の長殿が「御武運を」と、祈る様に呟くと、随伴してきたエルフ達も口々に激励の言葉を残し、同じく湖のほとりへと向かった。


 残された俺達は顔を見合わせ、誰ともなく一斉に頷く。


「さて、先ずはオレとアリアが界樹に魔力を走らせてみるか……こんだけデカいと精査に全振りしないと時間掛かるし、フォローは任せた」


 おう、任された。

 今回は、聖女様以外の面子はそれがお仕事になるからね。


 シアの言葉に皆が力強く応え、俺も同じく応じながら静かに鎧ちゃんを起動したのだった。




 界樹の根本へと移動し、シアとリアが二人がかりで精査を始める事、ニ十分。

 事前情報の通り、やはり本体の幹――中心部分と地中深くの根の部分に汚染が残っている様だ。

 調査の結果、根は時間がかかりそうだが、幹の方はなるべく近くに二人が回復魔法をたたきこめば、分厚い樹皮と幹を貫通して届く可能性が高い、との事。


 呪詛汚染の方は前もって立てていた予想とそう大差ない結果が出た、と言える。

 問題は、界樹に発生したという異常の方だ。


「分からない? 貴女達が?」


 予想外の言葉を聞いた、という表情で、やや呆気に取られた隊長ちゃんが二人に聞き返す。

 シアの方も歯切れ悪く、どうにも明確な答えが出ないとばかりに頭をかいた。


「あぁ。ここからだと距離があるせいかもしれないけど……界樹の天辺あたりにかな? 何か空白みたいなものがあるというか……嫌な感じはしないんだけど、判然としないというか」

「なんとなくだけど、その空白が界樹の異変に関係してるんだと思う。でも、ボクにもレティシアにも、害あるものとは思えないんだよね……どういう事なんだろう」


 (あに)の言葉を引き継いで、リアが漠然とした予想を立てるが……この二人が精査しても分からんって時点で十分に異常なのは間違いないんだよなぁ。

 ふむ……天辺か。いっそ二人を抱えて俺が登ってみるか? 近くで調べれば詳細も分かるかもしれんが……リスクが未知数過ぎるな。俺だけなら兎も角、二人にリスクが降りかかる可能性がある。却下却下。


 手詰まり、という訳ではないが、異常とやらに対して明確な解決法が出て来ていないのも確かだ。

 どうしたもんかと、全員で首を捻っていると、シアが俺を見つめて一つ、案を上げた。


「……お前なら別の切り口で調べられるんじゃないか? 確か、気脈や地脈に干渉する技術があったよな?」


 ……《地巡》の事か? まぁ、確かに。そのままだと身体に流せない魔力とかを地脈に循環させたりするけど……。

 正直、干渉という点だけで見るとこんなデカいモン、まともに接続できる気がしないぞ。鎧ちゃんを完全起動したって焼け石に水だ。

 ミラ婆ちゃんならワンチャン可能だったかもしれんが、俺の《三曜》の精度じゃなぁ……。


「現状、明確な精査が難しいってんなら、なんでも試してみるのもアリじゃないッスか? 別に駄目だったら駄目で、次々試して行けば良いってことで」

「……だな。手をこまねいているよりはトライ&エラーを繰り返した方が進展もある筈だ」


 トニーとシグジリアが特に気負うこともなく「まずは試してみたら?」といった感じで俺に調査をする様、勧めてくる。

 ……そうだなぁ。結果が出る処か、そもそも上手く調べられるかも分からんが、とりあえず、やるだけやってみるか。

 なんか進展でもあったらめっけもの、って事で。


 ――《起動(イグニッション)》。


 鎧ちゃんを完全起動し、界樹の前へと立つ。

 その場で腰を落とし、深く息を吸い、吐き。気息を整える。

 軽く掌を樹の表面へと当て――知覚を開始。


 ……うん、植物だからか、人や動物、邪神の眷属なんかよりは大分素直で魔力を通しやすい。

 けど、やっぱでけぇよ。デカすぎ(白目

 どう考えても俺の《三曜の拳》で聖気の流れを知覚し切れるサイズじゃねぇ。ここから天辺までとか無理だろコレ。

 早々に音を上げたくなるが、取り敢えずいけるとこまで頑張ってみようと、更に感覚を尖らせ、樹の表面から微かに漏れて来た聖気を多少なりとも足しにしようと身体に循環させて――。


 ……あれ? そういえば界樹って聖気が全く放出されなくなったって言ってなかったっけ?


 そんな風に思い立った瞬間だった。


 水道管が破裂したみたいに、ドパァ。と音すら立てて莫大な聖性が掌が触れた部分から溢れ出す。

 何か反応する暇すら無い。

 頭からひっかぶるように界樹の聖気を浴びた俺の意識が、()()()()()()

 瞼が明滅し、視界が白んで、気が遠くなって。




 最後にシアとリアの叫び声を聞いた気がしたが、声を返すことすら出来ず、俺の意識はブラックアウトした。













 ――で、だ。


 気が付いたら、酷く既視感のある謎空間にひっくり返っていたでござる。

 身を起こし、先ずは自身の状態をチェック。

 いつの間にやら、鎧ちゃんも解除されている……逆を言えば、それ以外に異常や負傷なんかは無いみたいだが。


 次いで、辺りをぐるりと見回してみた。

 ……やっぱ見覚えがあるな、この真っ白過ぎて距離感も糞も無い不思議空間。


 嫌な予感がして、腰に括りつけていたポーチを漁ると……非常食として入れておいた干し肉が出て来た。

 取り敢えず齧ってみる。うむ、塩気がきつい。

 食い物まできちんと持ってきてるということは、今の俺はちゃんと肉体が在るって事だ。以前似たような場所にいた状況とは違う。怖い予想は外れてくれたみたいで何よりだわ。


 ガジガジと干し肉を齧りながら、方角も分からん純白の空間を適当に歩き出す。

 完全に当てずっぽうではあるが、なんとなく予感があった。


 程なくして、俺はお目当ての人物――否、()()を見つける。


 久しぶりにみたその人は、相変わらずのナイスバディで、シアリアに匹敵するレベルの超美人だった。

 癖の無いサラッサラの金髪に、白い絹をベースにしたっぽい装束。

 以前お会いしたときに見た、不思議な光彩を宿した瞳は今は閉じられ、桜色の唇からは静かな吐息が漏れている。


 ……うん、取り繕う表現は止めよう。


 目の前の御方は寝てた。それもかなりガッツリ。

 真っ白謎空間に不釣り合いな位に生活感のある、しっかりとした寝台と、やわらかそうなお布団に包まれて、スピースピーと寝息を立てて爆睡していた。


 ……えぇ(困惑


 どうしよう、話を聞きたいけど起こして良いものなんだろうかコレ。

 悩むが答えは出ず、とりあえず干し肉をお代わりしてかじってみる。


 半ば現実逃避代わりにガジガジしていると、あちらの方から反応があった。


「うぅ~ん……なんだかお肉の匂いが……んん……ぇ、アレ?」


 眼を擦りながら起き上がった御方と、ばっちり目線が合う。

 寝起きで眠た気だった目が、一瞬で見開かれ、やっぱり何度見ても不思議な光彩の瞳が驚愕の光を宿して煌めく。




「……えぇ!? なんで此処にいるっ……まさかもう死んだんですか!? 今度はどんな無茶をしたんです貴方は!?」




 初手からいきなりご挨拶ぅ!?


 思ってたより大分早いものとなった、大恩ある女神様との再会は。

 初っ端からひでぇ勘違いで叫び声をあげる女神様に、俺がビシィッ! と平手でツッコミを入れるというグダグダな始まりであった。








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