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人類種首脳会談(後編)


 エルフの聖地、ねぇ。

 彼らについては、俺はそんなに詳しくない。

 いや、他の種族に関してだって造詣が深いって訳では無いんだけど、単純に関わる事が少なかった為、特に知ってる事の少ない種族だと言って良いだろう。


 なにせ俺――というか近年にこの世界にやってきた転移・転生者にとっては、『偶に個人で戦争に加わってるのは見るけど、集団としては昔から引き籠ってるらしい連中』って感じの認識だからね。


 なんでも、彼らが自分達の聖地たる大森林に籠ったのはウン十年も前――ミラ婆ちゃんがバリバリ現役だった頃の話らしい。当人が以前そう言ってた。

 元から種族を越えた連携や、遠地への助力に消極的だったらしいが、ある一件を切欠に参戦していた森林周辺の戦地からまで兵を退いて、種族的、組織的な繋がりはほぼ完全に途切れたそうだ。


 今では、大森林から個人的に出て来た者や、外でお相手を作った者の子孫であるハーフエルフなどをたまーに見かける程度である。


『議論に入る前に言っておくぞ。余はぶっちゃけ無視するべきだと思ってるからな』

「ふむ、スヴェリア殿はエルフ(かれら)への助力は反対、と――一応理由を聞いてもよいかな?」


 議題自体は、各代表ともに周知済みだったみたいだが、それでも嫌な事を聞いた、と言わんばかりの顰めっ面で皇帝が拒絶の意を示す。


『ハッ、分かり切ったことを聞くなよ教皇。ロクでもない生存競争が終わって、やっと内政に注力を始めた時期に、あんな面倒くさい連中と関わっていられるか。時間の無駄だ』

『まぁ、アタイも消極的反対、ってやつだねぇ。というか、連中だってアタイらドワーフを自分のお膝元に招くのは嫌がるだろうしね。助けに向かって別の火種を撒いてくるなんてオチはごめんだよ』


 エルフとドワーフの仲がよろしくない、というのはファンタジーではお約束なところだが……この世界でもそれは適用されるらしい。

 露骨に嫌そうな皇帝と違って、興味が薄いと言うか、関わりを持ちたがらないというか……ファーネスの態度は酷く冷めたものですらあった。


『連中が戦線を放棄したせいで、当時、ドワーフは大分しんどい思いをしたからね。ヴェティ坊が教国から人員を追加で送ってくれなかったらどうなっていたことやら……今更困ってます、なんて言われても『だから?』 で終わっちまうよ』

「なるほどねぇ……まぁ、ファーネス殿は立場上、反対するのは当然と言えるね……して、魔族領はどういった意見なのか伺ってもよろしいかな?」


 教皇に水を向けられ、《亡霊》が思案する様に腕を組んだ。


『我らとしては、嘗ての一件に同族が関わっていたという負い目もありますからね。あちらが受け入れる度量があるというのであれば、協力も吝かでは無い、とだけ』

『連中に一番毛嫌いされているのは魔族(オマエたち)だろうに。律儀も過ぎると弱腰と取られかねんぞ?』


 意外にも、消極的ながらも助力に賛成の意を示した《亡霊》に、呆れと忠告をブレンドした言葉を差し挟む皇帝陛下。


 シアさん、シアさん。

 俺はシアの僧服の裾をちょいちょいと引っ張って耳打ちする。

 エルフ達が引き籠った一件って、魔族が関わってたの? 何気に初耳なんですけど。

 声量を押さえた内緒話っぽく問いかけると、シアも同じように声を押さえて教えてくれる。


「あぁ、お前は知らないのか。その一件に関しての詳細は、魔族への風評被害が酷くなるって事で、ある程度伏せられてるらしいんだよ。オレも人づてに聞いただけなんだけどさ」


 俺の知ってる内容だと、エルフの御神木的なものが、邪神の軍勢の工作で酷い汚染を受けたとかなんとか。それで除染と解呪に全ブッパしようとしたエルフが、前フリも事前の連絡も無しにいきなり投入してた人員を引き上げたって聞いてるけど……。


「うん、その御神木が今回の議題にも上がった"界樹"だな。で、当時、大森林に襲撃をかけた邪神の信奉者達を主導したのが、魔族領に属さない野良やはぐれの魔族の集団だったらしい」


 俺達は当事者では無いが、その後の時代の人間としてゴタゴタの皺寄せを喰った側だ。苦々しい過去でも思い出したのか、此方の耳元に口を寄せて囁くシアの顔は、どこか遠い眼をしていた。


「その一件が尾を引いて、結局大戦が終わるまで魔族領が殆ど孤立してたんだから、情報規制とやらもあんまり意味無かったよなぁ……」


 以前俺達が魔族領に向かったのも、総力戦に向けての協力依頼以外に、各国との連携を復活させる狙いもあったって事か。教国が仲立ちして聖女が主導したともなれば、他の国も多少なりとも襟元を開くだろうしね。納得のいく話だ。

 シアの言う通り孤立しているにも関わらず、何十年もの間、同族の信奉者達の手によって散発的なテロや内乱じみたゴダゴタをひっきりなしに起こされていたらしい嘗ての魔族領の惨状を思い返す。


 魔族領は人口という点で見れば、北方に無数にある小国と大差無いが、種族として人間より魔力体力に秀でている者が多い為、戦力という点では決して侮れない。

 というか、最高幹部の連中が全員人外級というぶっ壊れ集団だ。侮れない処の話じゃないんだよね。

 だからこそ、という事なんだろう。

 邪神の上位眷属とだって単騎で戦える奴を多く抱え込む集団は、邪神の軍勢にとってはさぞ目障りで、警戒すべき脅威だったに違いない。

 なので、様々な手を打って人類種の連合から、魔族を切り離しにかかった。

 更に領内を適度に荒れさせる事で、治安と国力の維持の為に最大戦力を自陣から動けなくさせる――嫌らしいが、有効な手ではある。


 邪神と直接対峙し、戦った今なら分かる。


 おそらく、奴は《魔王》にフリーハンドを与えるのを徹底的に避けたのだ。

 終わってるレベルのロリ〇ン野郎ではあるが、自身の縄張りであると認識した領内と、そこに住む民の為ならばどんな相手であれ叩き斬る、という気概を持ち合わせた男であるのも確かである。ロ〇コンだけど。

 自分の住処とその周辺がちょっかいを出されたのなら、なんだかんだといってそれを治める為に奔走するだろう。

 一方で、あの邪神(クソ)は神格の癖に、お師匠との争いを避ける為に人間が作り出した不可侵ルールに乗っかって、霊峰周辺を非戦区域としたような臆病者だ。

 師、《半龍姫》と同じく、()()()()()()()()()()()突出した力を持つ超越者(そんざい)を知り、ソレと自分が相対する事になる可能性を念入りに排除した、といった処だろう。


 企み通り、警戒対象の二人を自身から遠ざける事に成功した邪神も、或いは安堵してたのかもしれんね。

 結果的には、警戒どころか道端の雑草程度にも認識してなかった凡骨()に唐突に殺られたけどな! ざまぁ(笑)。


 ……話が逸れたな、うん。


 大体の事情は分かった。要は魔族領は元は同族って以外は特に関りもない連中のやらかしのせいで、つい最近まで各国からハブられてた上に、エルフには下手人共といっしょくたの最悪の戦犯扱いされてるって訳だ。

 ……どっちかというと被害者側じゃね? これを叩くのは無理があると思う。

 そもそも、信奉者の大部分は人間だぞ。同じ理屈で言うなら人間が他の種族から敬遠される事になる。

 人類種で一番数が多いのが人間だから、排除されるマイノリティ側にはならないってだけやろ。


 やや長考になったが、考えを纏めきってシアに伝えてみると「だよなぁ、オレもそう思う」というお言葉と共に我が友人もこっくりと頷いてくれた。


『おーい、そこでくっついてる三人。仲良く内緒話するのは結構だが、少しはこっちも気にしろ。後ろで余の部下の機嫌が悪くてかなわん』


 皇帝陛下の呆れた様な声で、シアとこそこそ話に興じてる間に、リアが背中側にぴたりとくっついてるのに漸く気が付いた。いや、なにしてんのアリアさん。


「うん? 二人だけ仲良くおしゃべりしてるから、ずるいなーって。なのでにぃちゃんにくっついてみました」

「い、いつの間に……お前ほんっと抜け目なくなったよな」


 シアのツッコミもなんのその、えっへんと何故か胸を張る(おとうと)分はとても可愛らしくて結構なんですが……周りの目も気にしようね!

 会談が始まった最初のうちこそ緊張した様子をみせていたリアだったが、全員顔見知りな上に、割とくだけた雰囲気であると判断して身内ノリに戻ったらしい。相変わらず順応性タカァイ!


『別に良いじゃないか帝国の。こいつらは三人揃うといつもこんな感じだろ? 初々しくて微笑ましいじゃないか』

『和気藹々としたボディタッチ程度で済むのなら何も問題ないのでは? 会議・会合というと会場が消し飛んで数回、場が変わることも多いですし』

『国内でも三指に入る腕っこき部下の不機嫌丸出しのプレッシャーを、背中に浴び続ける余の身にもなれって話だよ。あと《亡霊》、お前の言うそれは絶対会議じゃない』


 皇帝陛下の言うことも御尤もなんだが、危険物扱いされてる隊長ちゃんの機嫌が更に下降してるのは指摘してやったほうがいいんだろうか。

 声にこそだしてないが、唇の動きからして「両側……」って呟いたよね絶対。

 各種族の代表者三名による漫才染みたやり取りが交わされている訳だが、相変わらずの胡散臭いスマイルで眺めていた爺様が、改めて逸れた話を修正した。


「教国としては《亡霊》殿の意見に近い。なので、賛成と反対が二票ずつとなった訳だけど……少々切り口を変えてみようか。一同、エルフからの親書に対する反応は()()()に対するもの、ということで宜しいのかな?」


 理由は分からんが、教皇の問いかけは劇薬の類だったらしい。

 全員、一斉に無言になった。

 皇帝陛下は半笑いだが、その笑みの質は物騒な類のソレだし、ファーネスに至っては普段の快活な姉御肌といった雰囲気が完全に行方不明――怒りを押し殺した無表情になっとる。

 助力に賛成した《亡霊》ですら、兜越しでも分かる苦々しさを堪えた空気を出して、頭を振っていた。


 めっちゃ空気悪い。なぁにこれぇ。


 俺と同じ気持ちだったのか、困惑した声色でリアがおそるおそる切り出した。


「えぇと……二通目ってことは、一通目もあるってことですよね……? そんなに内容に差があったんですか?」

「まぁ、ユニークというか、独創的な内容だったのは確かだねぇ」


 唯一、笑顔のままであった教皇がのんびりとした口調で応えるが……これ、微妙に爺さんも不機嫌になってない? 自分から切り出した話題でセルフでキレはじめるって何書いてあったらそうなるんだよ。


『少なくとも一通目が親書と呼べる類では無かったのは確かだな。訂正と謝罪の文面が載った二通目が即座に送られてこなければ、そもそもこの会談自体が開かれていないだろうよ』


 半笑いのまま言葉を吐き捨てるという器用な真似をしてのけた皇帝に、無言のままではあるが他の二名も同意している様だ。

 玉座に勢いよく背を預けるとその一通目の親書とやらの内容を思い出していたのか、虚空を睨みつけながら彼は再度口を開く。


『どうせ最初の親書もこの場に持ち込んでいるんだろう? この際だ、アンタのトコの聖女とその猟犬にも見せてやったらどうだ?』


 初見は笑えるぞ。少なくとも余は笑った。と、たっぷりの皮肉が籠った笑みを浮かべて言う皇帝の言に、爺さんがちょっと考え込んで動きを止めた。

 答えは割かし直ぐに出た様だ。


「そうだね。どちらの書状にせよ、彼女達には関りのある話だ。エルフ達の現状をこれ以上無く示してる良い例でもあるしね」


 そういうと、懐から別の書状――一通目の親書とやらを取り出して、こちらに差し出してくる。

 代表してシアが受け取り、何が書いてあるのかと首を傾げながら俺達は揃って書かれている内容を覗き込んだ。


 ――各種族代表者三名に倣うが如く、思わず無言になる。


 ざっと目を通すと、俺達三人は何度も瞬きし、目頭を軽く揉み解して再度書面に眼をやって……絶句した。するしかなかったと言い替えてもいい。


 まず文体からして、困窮しているが故の懇願や嘆願ではなく、要請。ともすれば命令に近い上から目線だった。

 もうこの時点で曲がりなりにも国相手に送る書状としては0点なんだが、書かれてる内容も凄い。

 彼ら曰く、偉大なる界樹の浄化という崇高な使命に協力『させてやる』為の代償として、以下のような条件が挙げられていた。


 ・教国はエルフ陣営へ聖女二人を移籍させる事。

 ・帝国には只の人間を聖地に招きいれる対価として、森では入手困難な物資の融通と、大森林及びその周辺での邪神の軍勢の残党狩りを要求する。

 ・ドワーフを聖地に入れるなど有り得ないので、潤沢に揃えた武具を用意して供出すべし。

 ・魔族領は過去の同族のやらかしの責任を問い、最高幹部全員の首級を以て贖いとする。


 あ か ん (白目

 物凄く控え目に、かつオブラートに十重二十重に包んで、なるべく穏便な感想を言わせてもらう。


 馬鹿じゃねーの?(真顔


 親書じゃなくて全力で中指立てた宣戦布告だろこれ。え、マジでこれを送って来たの? ドッキリとかじゃなくて?


『マジなんだよ、これがエルフの――とりわけ、森に籠って外に出た事の無い奴らの基本姿勢(デフォルト)なんだ――笑えるだろ?』


 笑えねーよ、欠片も。

 皇帝の濃度高すぎて結晶化すら起こしそうな高密度の皮肉の籠った言葉に、思わず素で返してしまった。

 我ながら流石に礼に欠けていた態度だと思ったんだが、寧ろ彼はその気持ちは分かるぞ、と言わんばかりに大きく頷いて過去に思いを馳せる。


『外に出て来たエルフは、多少鼻っ柱が高いが至極まともなのばっかりだからな。それを基準にすると痛い目を見る』


 一瞬、懐かし気に細められた双眸は、直ぐに不快な記憶で塗り潰されたのか険しいものに変わった。


『余が国内を纏める際に、協力を得ようと大森林の連中と交渉を持ったこともあったが……言葉が通じているのに会話が成立しないという摩訶不思議を味わうハメになったぞ』

魔族領(ウチ)に至っては、一通目を読んだ筆頭どころか幹部の殆どがウッキウキで「よっしゃ、次はエルフと喧嘩だな! これから毎日大森林を焼こうぜ!」とか言い出してフル武装で出撃しようとしましたよ……』

『もしアンタのトコが真っ先に連中と事を構えだしたら、アタイ達は魔族領に武器を『供出』していただろうねぇ』


 魔族領といい、ドワーフといい、対応がガチだけどエルフの行いが残当過ぎて何も言えない。

 ドワーフから武装全般の支援を受けた、超越者の領域に片足突っ込んだロリコンが率いる十人近い人外級とか、数日とかけずにエルフが森ごと消滅する未来しか見えないんですけど。

 此処で会談してるってことは、火の付いた幹部連中を何とか止めたってことだよな? 頑張ったんだな《亡霊》ェ……。


「まぁ、最初はこんな感じでね。教国としても無視しようとしたんだけど、数日としない内に二通目の親書が届いてねぇ……最初の書状の非礼を丁寧に詫びると共に、ごく真っ当な文と内容だったから、こうして同じモノが届いた国同士で会談と相成った訳さ」


 爺様が珍しく苦味を含んだ笑いで締めくくるが……交渉テクの一環として敢えて時間差で二通送って来たって訳ではないんだよな? こう言っちゃなんだが、一通目は馬鹿のフリしてるだけのまともな人間には書けない真性感が滲み出てたし。

 親書を眺めたまま、考え込んでいた様子のシアがポツリと零した。


「……察するに、派閥の違いってヤツか?」

「うん、御明察」


 あっさりと、教皇――否、彼だけでなく他の首脳陣も答えをとうに知っていたのか、揃って頷いた。


 その後に語られた事をざっくりと纏めると――現在、エルフ達は二つの派閥に分かれている。

 考えや行動方針の大きな違いにより、少なからず軋轢が生じているらしい。


 一通目を送ってきた、所謂、古からのしきたりや思想を受け継ぐ保守派。

 界樹を中心とする聖地こそが世界の始まりであり、創造神にかの地の管理を任されたエルフが最も神に愛された種である。という思想の下に、大森林を生誕と終の場所としてそこで生き続ける者達。

 尤も、保守派と呼ばれる現在のエルフの長老衆の考え自体に相当偏りがあるらしく、しきたりや掟自体には選民思想の類は無いらしい。老害ェ……。


 んで、一通目が送られると、慌てて二通目のまっとうな親書を送って来たのが開明派。

 これは森の外にでた経験のあるエルフや、外界に出た事がなくとも入ってくる知識や情報、自身の知見を以て外の人類種に近い感性を有するに至った者達――比較的若い集団によって形成された派閥としては近年形成されたばかりの集団だ。


 当初は派閥と呼べるような人数では無かった様だが、件の信奉者による大森林襲撃の後、森に引き籠る間に急速に数を増やしたのだそうだ。

 界樹が邪気によって汚染される前は、保守派も消極的ではあったが一応大戦に参加していた。

 そこで派遣されることになった保守派のエルフの戦士達が、近隣ではあるが森の外に出て、外の世界に触れ、其処に生きる者達を知り、ときとして共に戦ったことで長老衆の主張に違和感を覚え、開明派に迎合。

 結果として、両派閥が互いを無視できない程度には危うい力関係を持つに至った、ってね。


 ……正直に言わせてもらおう、面倒くさっ。


 保守派はまともな外交感覚を有していないので論外としても、開明派とやらも今回の一件を利用してエルフ内でのパワーバランスを自分達に傾けようとする思惑が透けて見える。

 いや、人類種を代表するお歴々にとっては、それなり以上に重要な議題だろうよ。個々のエルフに向ける感情は置いておくとして。

 ――そんじゃ、俺とシアリアが呼ばれた理由は何だよって話だ。まさか俺が再転生してきたのを今回の首脳陣三人に確認させる為だけじゃあるまいに。


「今回の一件で、エルフ――正確には開明派の彼らに力を貸す事になった場合、教国からはキミ達を派遣しようと思ってたからね。現状、賛成二と反対二で膠着してるけど」


 俺が渋い顔をしていたことで察したのか、あっさりと教皇が俺達三人を今回の会談に巻き込んだ理由を告げてくる。


『そこの珍しく仕事をしてる昼行燈は、これを機にエルフの老害連中にテコ入れしたいんだろうが――余はまっぴらごめんだ。界樹に関しては神代から存在する天然の貴重な遺物だ、助力してやらんこともないが……それも連中の内輪揉めが、自分達の手で片付いたらの話だな』

『ドワーフの意見は最初にいったまんまさ。協力するって決が出たってんなら、派遣される人員の装備の面倒くらいは見るけど、直接参加する気は無いよ』


 魔族領が連中に喧嘩売るってんなら尻馬に乗るまである、と言ってのける皇帝陛下と、火も金気も無い場所に長期遠征なぞごめんだしね、と肩をすくめるファーネス。

 一方で、その喧嘩の勃発を必死こいて止めたと思われる《亡霊》が「売らないから。唆すような言動やめてくださいね? お願いですからマジでやめろよ、フリじゃねぇからな!?」と、ちょっとキャラが崩れるレベルのガチトーンで叫んでいる。


 経緯も語り終え、各自の意見もしっかりと示された。

 教皇の爺さんは、その上で、と前置きし。


「うん。各国、皆々の立場も思惑もあるとは思う。だけど、敢えて言わせて貰おう――今回の一件、エルフに、開明派に協力すべきだ、とね」


 胸に手をあて、珍しく真面目な表情を以て紡がれた言葉に、特に驚きの声や反発する声は上がらなかった。

 寧ろ予想が付いていた、といわんばかりに皇帝が鼻を鳴らす。


『ハッ、珍しくアンタが音頭を取ると言い出した時点で、察しはついていたとも――一つだけ、聞かせろ。未来視した(なにかみた)のか?』


 その問いかけに、最初からこの会談の結果を予期していたのであろう狸爺は、いつもの腹の底の読めない笑顔ではなく、ニヤリと、特大の悪戯をしかける小僧っ子の如き笑みを浮かべて応えた。


「そうだね、スヴェリア殿が好みそうな言葉でいうのなら……最高にスカっとする絵面ではあったよ」

『――なら、決まりだな』


 同じくニヤリと悪い笑みを返して、皇帝陛下が力強く頷き返す。


帝国(ウチ)からは《刃衆(エッジス)》を何振りか出そう。いけるな?』


 最後の問いかけに答え、背後に控えていた隊長ちゃんが頷いた。


『了解しました陛下。人選はこちらで判断しても?』

『一応、有用な人材を送ったと対外的に示す必要がある。お前は確定だ、あとは好きにしろ』


 あっさりと賛成に乗り換えたらしき帝国を見て、ドワーフ代表たるファーネスは苦笑いと共にそれを受け入れる。


『ま、これで三対一。決が出たってんならアタイに文句はないさ――全員、無事に戻って来れるようにしっかり武具を整備してやるから気張りなよ』

『……魔族領は《災禍の席(幹部連中)》から人員を出すと、保守派の神経を逆撫でしかねませんからね。向こうがある程度受け入れ易いであろう人員を選出しますよ』


 おそらく、会談の結果如何によっては困った身内共による大森林カチコミパーティーが開催される可能性もあったのだろう。

 界樹に関する一件の助力を兼ねた使者を送る事が決まると、《亡霊》は露骨に安堵した様子で肩から力を抜いていた。


「では、先程言った通り。教国からはキミ達三人が使者と助力の為の人員として送られることになる……引き受けて貰えるかな? 《金色の聖女》殿に《銀麗の聖女》殿。そして《聖女の猟犬》よ」


 会談の〆とばかりに順繰りに此方の顔を見渡して、相変わらずの人をくった笑みを浮かべている教皇(ジイさん)に、俺達は顔を見合わせて苦笑し、応えた。


「あぁ、分かりましたよ、これも聖女のお勤めってね」

「三人で遠出も久しぶりだね、正直、ボクは楽しみ!」


 ――仕事だっていうなら報酬出してください、現状俺ってヒモかプー太郎に近いんで。




 そんなこんなで。

 霊峰から戻ってそう日も置かぬ内ではあるが、俺達は大陸中央にあるエルフ達の聖地へと向かうことになったのである。








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