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言うべきか、言わざるべきか。(前編)

 ――どうしようこれ。

 まさか再転生して小一時間で捕獲されるとか完全に予想外なんですけど。


 俺の腕を抱え込んだままの銀髪美少女――アリアと視線を合わせること十数秒。

 見上げてくるその表情は、なんというか親を見つけた迷子の子供のようだ。

 酷く動揺してるのが丸分かりな空色の瞳には、期待やら喜びやらの他にも脅えや不安もぐるぐると渦巻いているように見えた。


 いやどういう感情やねん。ごった煮か。

 ものすごいガン見されてるけど、アレか、にらめっこ的なやつなのか。

 それとも鏡とか見てないので気づいてないだけで、今の俺には脳天から触手でも生えたりしてるんだろうか。

 だとしたら深刻なクレーム案件だ。女神様のでっぱいを左右3回ずつくらいは揉ませてもらわないといけない(決意


 そう思った瞬間、抱え込まれた腕がメキィ! と音を立てた。なんでアームロックにシフトするんですかねぇ!?

 おニューのボディは()の終盤と違って痛覚がちゃんと仕事してるので、久しぶりの感覚に思わず呻き声が漏れる。


「あっ――ご、ごめん!」


 慌ててアリアが手をはな――さねぇのかよ、力緩めるだけかい。

 これは本格的に捕獲ですわ。もう素直に土下座するしかないのか(白目

 とはいえ、何時までもこのままお見合い状態というのも問題ある。ぶっちゃけ周りの視線が痛い。刺さりすぎてハリネズミになりそう。


 どうしたもんかと困惑した視線をアリアに向けると、ほんの少し顔を伏せた後、思い切ったように再びこちらに視線を合わせて口を開いた。


「あ、あの――!」

「アリア様ぁ! 急に走り出さないで下さいよぉー!」


 やや遠間から聞こえた声にそちらに首を向けると、人を掻き分けて一人の少女が飛び出てきた。

 プラチナブロンドの豊かな髪は、アリアと並ぶと普通に姉妹っぽい。これを言うと本物の(アニキ)がむくれそうだが。


 ――副官ちゃん! 副官ちゃんじゃないか!


 教国の同盟国の一つに精強な武力国家があるんだが、そこの対邪神眷属部隊を仕切ってるのが俺達の同郷だったりする。

 まぁー今どき素直な良い子で、聖女姉妹(金銀ブラザーズ)にくっついて戦地を転々としていた俺を先輩扱いしてくれるお嬢さんだった。

 育ちが良いっていうのはあぁいうのを言うんやろな。剣腕のほうは下位のドラゴンくらいなら一秒で頭割ってのけるような人外予備軍だったけど。

 目の前の少女はその娘の副官だった子だ。だから副官ちゃん。

 前に見たまま、騒がしいのと元気印を足して二で割らない感じでなによりだ。


「必要ないかもしれないですけど、一応私は護衛なんです! 急に離れてはぐれでもしたらまた私が鬼シスターに怒られちゃいますよ――って男と手ぇ繋いでる!? 一体だ……れ……」


 慌てたようにアリアに詰めよって俺の腕を抱え込んでいるのに気付き、眦を吊り上げたと思ったらこちらの顔を見て急速に呆気にとられた表情に移行。

 相変わらず百面相すぎる。ワロタ。


「アンタ……」


 それだけ呟くと、あとは絶句したようにお口をパクパクする副官ちゃん。

 どうもお久しぶり。と言いたいが、なんだろうな、これ。二人の様子から見るになんか俺だって気づかれてなくない?

 なんというか、死んだ人間のそっくりさんをみてめっちゃ驚いた、みたいな空気を感じる。


 ということは、だ。

 今からでも誤魔化せるのではなかろうか?


 ……いやいや、女神様も言ってたやん「はよ謝れ」って。

 対面までしちゃったのにこの期に及んで他人のフリとかイカンでしょ。

 なんとか真実を話すタイミングが欲しい。ちょっと話しづらい雰囲気だし。

 あともう周囲の視線がヤバい。転移者の流れ者っぽい男の相手が美少女二人で、片方は世界で知らない奴のほうが少ないであろう聖女様の片割れやぞ。

 視線が針から槍に進化してるわ。視線に攻撃力があるならハリネズミどころじゃなくて惨殺死体だよこれ。


「………」

「………」


 なにこの無言な空間。めっちゃ気不味いんですけど、ここだけボリュームミュートに設定されてない?

 腕を捕獲したまま無言でチラチラと視線を送ってくるアリアに、なんと切り出したものかやはり無言で悩む俺。くっそ、前にはこんな変な空気になったことないから対処の仕方が分からないんですけど。いっそ寄声をあげながら土下座しようか。


「あー……とりあえずアリア様。その……彼、の腕を離してあげてはどうでしょうか?」


 割と真剣に土下座五段(自称)の華麗な所作を披露しようかと検討していると、救いの手は近くから差し出された。

 副官ちゃん! 信じてたよ副官ちゃん!

 控えめに提案された言葉に「でも……」と小さな声で拒絶の意を示すアリアの顔が、今にも泣き出しそうになる。

 おいやめろ、その表情は俺に効く。やめてくれ(懇願


「――では、近くに冒険者がよく利用する宿があるのでそちらに部屋をとってお話をする、というのはどうでしょう? ねぇアンタ。そのまま部屋の宿代は出すし、暫くはそこに宿泊できるように取り計らうわ。だから、少しだけ私達に付き合ってくれない?」


 アリアの表情と、可愛い(おとうと)分の泣き顔にメンタルを抉られてもう一回死にたくなってきている俺を見比べ、副官ちゃんは即座に代案を出してきた。

 やだ頼もしい。普段アホの子っぽいけど地頭の回転はいいのよねこの娘。


 提示された代案に数秒ほど黙考すると、アリアの頭がこっくりと縦にふられた。ついでにと渋々といった感じで腕も解放される。

 勿論俺に否は無い。全く知らない相手となら警戒もする場面なんだろうが、実際は全員親しい人間しかいないしね。

 ――ただ、これだけは聞いておかなくてはならない。


「……何よ?」


 表情を意識的に引き締めて宣言する俺に、副官ちゃんはちょっと警戒したように身構える。


 何、ちょっとした――だが重要な質問が一つあるだけだ。


 ――この世界にジャ○プってあるか?


 女神様のお告げだからね、仕方ないね。






 副官ちゃんの先導で件の宿屋件酒場に着くこと小一時間。

 後に俺が泊まる予定の部屋は、2階の最奥になる一番上等な部屋だった。

 これ、高ランクの冒険者が泊まる部屋じゃない? あとからやっぱ宿代請求とかされるとかないよね? そうなると素寒貧通り越して借金持ち確定なんですけど。


「それでね、女神様の降臨祭っていうのがあるんだけど、転移してきた人たちが色々吹き込んだみたいでクリスマスと混ざってる感じなんだ! ちょっと変なとこもあるけど楽しかった!」


 こっちのイベント魔改造しすぎだろ。これは間違いなく日本人の仕業すぎる。

 最初の躊躇いや怯えのような雰囲気はどこへやら。

 始まりこそおずおすと話しかけ始めたと思ったら、(おとうと)分がめっちゃ上機嫌でグイグイくるでござる。


 ちなみに副官ちゃんは早々に用ができたとか言って、この国の王城にあたる、聖教会の本拠地――大聖殿に戻っていった。護衛がそれでえぇんか……。


 いや護衛の必要が無い、という点ではその通りではあるんだけどね。

 俺が何か聖女に対してよからぬことを考える輩だったとしても、アリアは個人としても最高位の実力者だ。なんならタイマンで(アニキ)よか上かもしれん。

 それこそ魔族領の上位陣や高位のドラゴンでもない限り、普通にぶっ飛ばされて終わる。弱体化(デバフ)とかの搦め手も女神様の直な加護のお陰で基本通りづらいし。

 そこら辺は俺も同じだが、俺の場合は体質と武装が関係してるので弱体化(デバフ)どころか他者強化(バフ)も回復も一律で効きにくいんだけど。

 ベホ○かけてもベ○イミか下手すりゃやくそうくらいしか効果がない有り様なので、大戦中は目の前の聖女様には大変お世話になりました、ハイ。


 ちと話が逸れたが、アリアはとにかくよく喋る。

 まるで会話に飢えていたかのように、ひっきりなしの怒濤の勢いだ。普段ちゃんと話してんのかと姉妹(きょうだい)仲を心配になるね。

 相槌を打ちながら適度に突っ込みを入れてやると、ますます嬉しそうにして次の話題に移るのだ。寂しがりか。

 ……いや結構寂しがり屋だったわ、そういえば。


 話の内容を順に思い返して、“ある事”に気付く。

 一見、過去にあったことを矢継ぎ早に、楽しい思い出と笑えるエピソードごちゃ混ぜで話してるようだが全部俺の知らない内容――この2年足らずの間にあった出来事だ。

 一つ一つ、俺の反応を喜んでいるのは確かなんだろう。だが、それと同時に何かを避けるような、それでいて探るような……。


 じわり、と脇の下に嫌な汗が滲んだ気がした。


 これ、やっぱ俺だって気づかれてるのか? いや、でもなぁ……。

 アリアがあんまり嬉しそうに話すから、ついつい本当の事を告げるのを後回しにしてしまっているが……悪手だったかもしれん。

 しかし、副官ちゃんも一緒だと打ち明けたときの反応が俺のキャパオーバーになる可能性があった、耐久力(殴られる回数)的な意味で。

 ぶっちゃけ前衛型の二人に同時に凹られると、今の俺だとマジで女神様の元にとんぼ返りしかねないので普通に二の足踏んでましたすいません。


「正月と新年祭も変な風に合体してて、今年のパーティーに振り袖姿の人まで見かけたときはびっくりした!」


 振り袖あるんかこの世界……ア――えーと、聖女様が着たらめっちゃ似合いそうだけど、その辺どうなのか詳しく。


「――えぇ? ボクがぁ? きっと似合わないって!」


 見た目、なに着てもファッション雑誌の表紙飾りそうな反則的な超美少女がなにか言っておるわ。

 ころころと鈴を転がすような笑い声をあげるアリアが楽しそうなので、話すにしてももうちょい場をあっためてからでもいいかなーとか思っていると、不意にトーンダウンしてこちらを覗き込むように見上げてくる。


「あの、さ。さっきからボクの事『聖女様』って呼んでるけど、名前でいいよ」


 あー……じゃぁ……アリア様?


「様もいらないって――ッ、そうだ! 愛称とかで呼んでみてよ、いいやつだったら採用で!」


 おい近い近い、ステイ、ステイしなさい。

 最初は備え付けの椅子に座ってたっつーのに、いつの間にやら俺が腰を下ろした寝台の上に同じく座ってジリジリと距離を詰めてくるアリア。

 いうてお前、そんなに長い名前じゃないだろうに。前のときも急に「レティシアばっかりズルい」とか言い出して愛称呼びしろって騒ぎだしたやろ。

 会ったばっかり――形の上では、だが――の奴にアダ名考えろとか、距離感近すぎてにいちゃん心配になるんですけど。

 でも聞いちゃう、お目々を期待に輝かせる(おとうと)分には逆らえないからね、仕方ないね。

 だが俺にセンスあふれるネーミングなど無理なので、結局は前回と同じものになるんですが。ですが。


 じゃぁ、一文字削って『リア』でどや?

 ――ってか前回も全く同じこと言った気がするが、愛称要求から一秒で即答したせいか「適当すぎる」「もうちょっと考えろ」と姉妹(きょうだい)揃ってブーイングをかまされた記憶があるぞ。ちょっと迂闊だったかこれ……ファッ!?


 答えた瞬間、アリア――リアの瞳が見開かれ、大粒の涙が盛り上がってぼろっと零れる。


 何で泣いてんの!? そんなにダメでした!? 捻りもなくてスイマセンでしたマジ勘弁してください!

 ハンカチは無いかと服のポケットを慌てて探っていると、リアは指摘を受けて目を瞬かせ、初めて自分が涙を流してる事に気付いた様で慌てて目元をぬぐう。

 おいぃ、そんな乱暴に目をこするんじゃありません、ハンカチあったからこれ使いなさい。


「ぅ、ぁ……ご……めん……! ちょと……りぃ……きょう、は……!」


 ハンカチを顔に押し当てると、そのまま俯いてしまい、何事かを呟くリア。

 途切れ途切れで押し殺すような声に、嗚咽のようなものが混ざってるのを聞いて俺は呆然となる。

 ガチ泣きじゃねぇか。どうしてこうなった。

 愛称が嫌なだけでこんなにはならんだろ。何があった。

 何か原因があるのか? なら言ってくれ、俺に。――相手が神代の龍だろうが復活した邪神だろうが丹念に丁寧に潰しにいってやる。


 泣き止まないちいさな背中を擦ってやろうと手を伸ばすと、そのまえに立ち上がったリアがハンカチで顔を押さえたまま、何度も謝罪を小さく呟いて部屋の出口に向かって駆け出してしまった。

 そのままドアにぶつかりそうな勢いだったので慌てて制止の声をあげるが、無意識に強化魔法でも使ったのかドアをぶち抜いてそのまま走り去っていく……豪快ィ!!

 普段のリアからは想像もできないダイナミックなフェードアウト方法に、思考がショートした俺はあんぐりと口を開けたまま立ち尽くすしかなかった。


 ……これ、俺が弁償するとかないよね?


 蝶番が外れるどころか人間大サイズで風穴の空いたドアがプラプラ揺れるのを眺めながら、思わず呟いたのは仕方ないと思うんだ(白目






 そのまますっかり風通しのよくなったお部屋で一晩明かして、次の朝。

 一階の酒場に降りると、モヤモヤとした気分を抱えたままではあるが腹ごしらえをすることにする。

 とりあえず朝食はしっかり食わきゃな。飯食って寝る事ができれば人間早々にどうにかなることは無い。

 どうにもならん方法でおっ死んだ奴がいうなと何処からか文句が入りそうだが、知らん知らん。そんな事より朝飯だ。


 落ち着いて食えそうな壁際の端席が空いてたので、そこに座ると根菜たっぷりのスープと腸詰めの盛り合わせに乾酪をトッピングしたものを注文する。

 飯はしっかり食うべきと言った口でどうかと思うが、昨日はどうしても夕飯食うような気分になれなかったんでそのまま寝てしまったから腹ペコなんじゃぁ。


 料理を待つ間にちょいと黙考。

 結局話しそびれた俺の正体、というか経緯をどうやって説明する場にもっていくか。


 真実を話すと言ってもリアがダイナミック退場してしまったので、無職無頼の今の俺では大聖殿に立ち入ることも難しい。

 だからと言ってあんな顔を見たあとでなんもせんというのも無理だ。

 ならば、いっそ忍び込むか?

 ――無いな、いくらなんでも混乱を招きすぎやろ。アイツらには勿論の事、内部の大勢の知人にもクッソ迷惑をかけてしまう。

 リアがもう一度訪ねてきてくれるかは正直、分からん。宿を手配してくれた副官ちゃんあたりが様子を見に来てくれるのを待つしかないんだろうか。


 黙して思考するつもりがいつの間にかウンウンと唸って悩んでいると、注文した品がトレイに載せられてやってきた。


 よし、モヤっとした胸中は一度忘れて飯を食う。食って、万全になってから考えよう。

 スープの入った器を掴むと、浮かんでいる具材にフォークを刺して口に放り込み、汁を啜る。んむ、おいちぃ。

 腸詰めの方もまた、美味い。パキっと弾ける歯応えと乾酪のとろけっぷりが最高だね。

 ――たまに朝食でこいつを食ってると、朝から重いもん食い過ぎだろと必ず突っ込み入れるやつがおったわ、そういえば。

 そんで、朝にタンパク質とるのは身体の理に叶ってるんだよ、ほっとけ、と返して、俺もアイツも笑うのだ。

 定番のやり取りというか、お約束の応酬というか。最後にそんな会話をしたのは何時だったか。


 くたばる直前といい、再度転生してからといい、見るのはなんか泣き顔ばかりだな……。

 笑っていて欲しいだけなんだがなぁ。


 ……アカン、一旦忘れて飯食おうとしたのに思考がマイナス方向に偏りすぎている。これはよろしくない。


 気をとり直してフォークを腸詰めに向けると、横から延びた細指がひょいと摘まんで、俺が食おうとしていたそれを取り上げた。


「ん。美味いけど、朝から食うには重いだろコレ。よくそんなに食えるな」


 おい、横取りしておいてそれか。朝からたんぱく質とるのは理に叶ってるんだぞオォ……ン?


 聞こえた言葉に反射的に返したあとに違和感に気付いて顔を上げると、リアと同じ空色の瞳と眼が合った。

 (リア)に負けず劣らずの美少女っぷりと、女神様のそれとはまた違う、どこか儚さを思わせる金糸の髪。


 此方を見据える眼と浮かべた笑みが、視線が絡まった瞬間に強張ったようにも見えたが……。

 それも一瞬の事で、俺の腸詰めをつまみ食いした指の腹をペロリと一舐めして、すぐに悪戯っぽい笑顔に変わる。


「よう。ここ、相席いいか?」


 いや、朝っぱらから冒険者の酒場(こんなとこ)で何してんねんレティシア(オマエ)





◆◆◆






 アンナからの報告を受けたオレは呆然としたのも束の間、即座に二人がいるという宿に向かおうとした。


 衛兵の声もアンナの声も、聖殿を走り抜ける際に掛けられた様々な声も、全て振りきって一心に屋外を目指す。


「レティシア様! 何処へ向かうおつもりですか!」


 中庭へと飛び出してそのまま飛行魔法を発動させようとすると、鋭い声と共にシスター・ヒッチンが立ち塞がった。

 どいてくれ、今は話を聞いてる余裕がない。


 脇をすり抜けて宙へ飛び立とうとすると、ズン! という音と共に地面が踏み込まれ、飛行の為に展開した魔力が散らされて魔法が不発に終わる。

 一言の詠唱も無しに、脚を振り下ろした振動だけでオレの魔法を散らしたシスターは厳しい表情のままこちらの肩を掴んで固定した。


「落ち着きなさい! 飛行魔法の発動は都市内では許可が必要な筈ですよ!」

「――なら走っていく、離してくれ」

「いいえ、離せません」

「――ッ! シスター!」


 オレをアイツの処へと行かせてくれない彼女に、つい声を荒げてしまう。

 どうしてだよ、オレがアイツに会うのをなんで邪魔するんだよ。


「――件の転移者の事でしたら、私の耳にも入ったばかりです。今朝方に城門脇で発見され、暫くの間詰め所にいたとの報告がありました」

「分かってるなら……!」

「今はアリア様が監視しているのでしょう? ならばレティシア様まで向かう必要はありません」


 監視ってなんだよ!? アリアがそんなつもりで一緒に居る訳がないだろ! オレ達は……!


「まだ『彼』だと決まった訳ではありません!」


 雷鳴の様に轟いた一喝に、息を呑む。


「落ち着いてください、レティシア様。まだ、その転移者の背景の有無すら分からないのです」


 背景――どこかの国の紐付きが、アイツに化けてるってことかよ。

 そんなの、オレやアリアに通じるわけがないだろ。

 ずっと一緒にいたんだ。ずっと見てきたんだ。

 ガワを被っただけの偽物に、オレ達が気付かない訳がないだろ――!


「――正直に言えば、私もお二方が見抜けないとは思いません。ですが、背後に某かの影があった場合――それがもっとおぞましい者達である可能性すらあるのです」


「……邪神の信奉者達の残党だって? それこそあり得ない」


 連中にとってアイツは自身の『神』を滅ぼした最悪の凶人だ。姿を真似るなんていうのは最も忌避される行いで、最大の禁忌の筈だ。


「あの者共が狂信の輩ばかりとは限りません。再びあの混迷の時代を招かない為にも、最悪を想定する必要があります」


 故に御二人が同時に所属不明の不審な転位者と接触するのは看過できません。

 そう、決然と言うシスター・ヒッチンを堪えきれずに睨み付けてしまう。

 彼女だってアイツとは親しかった筈だ。傍目には怒って怒られてばかりの関係だったけど、二人にしか分からない信頼みたいなものがあった筈なんだ。それを見て、ついつい面白くないと感じてしまった事だってあるんだから。

 オレの視線を受けても小揺るぎもしないまま、シスターはそっと眼鏡を押し上げる。


「……あの子が全てを賭けて拓いた平和の始まりを、後の者達に繋げていく。私達にはあらゆる努力を惜しまずに其を行う義務がある」


 噛み締めるように漏らした言葉とその声色には、どこか悔恨が含まれているようで。

 冷や水を浴びせられたように、オレの頭も冷えてしまう。


 ……なんだよ、それ。

 そんなのズルいじゃないか。そんなこと言われたら、オレが我が儘で我慢の効かないガキみたいで、堪えるしかないじゃないか。


「若い者達を大勢見送り、生き残ってしまった老人が、最後に為すべき事でもあると思っています」


 力が抜けて中庭に腰を落としてしまったオレに、シスター・ヒッチンは静かに呟くと膝を折って手を差しのべる。


「本日の執務は一切中止と致しましょう。お休みになりながら、アリア様をお待ちになるとよいかと」


 後でお茶をお持ちします。と、いつもの厳しさからは想像もつかない、ひどく優しい声で告げる彼女の手を握り返しながら、なんとか立ち上がった。


「……分かったよ。でもヒッチンさん、一つだけ言わせてくれ」

「何でしょう?」

「最後とか縁起でも無いことは言わないでくれよ、オレもアリアも、ここの皆だって、教えて欲しいことはまだまだ山程あるんだからさ」

「……そうですね、私としたことが気弱な発言でした」

「それにヒッチンさんがいなけりゃ、誰がアンナを叱りつけるんだよ」

「そうでした。今回のレティシア様への勇み足な報告についても、騎士アンナにはお話をせねばなりませんね」


 そういって、少しだけオレたちは笑い合った。

 親しい相手がいつの間にかいなくなるのは、もう沢山だ。

 それはオレだけじゃなくて、あの大戦を経験した者達の共通の思いのはずだから。






 今にでも飛び出したくなる焦燥と逸る気持ちをなんとか圧し殺して自分の部屋に戻り、暫しの後。

 オレはシスター・ヒッチンが手ずから淹れてくれたハーブティーを口にしていた。


 ……アリアは今ごろ、アイツと好きなだけ喋っているんだろうか。

 それとも、やはりよく似た別人だったのか?

 まさかシスターが想定した最悪が当たった、なんてことは無いと思いたい。


 アリアが羨ましい、けど心配だ、会いたい。不安で仕方ない、どうして最初にオレじゃ、万が一危険な奴だったら、――会いたい。

 会いたい。一目でいい、顔を見たい。一言でもいい、声が聞きたい。

 お茶の味なんて全く分からなくて、ぐるぐると渦を巻いて纏まらない思考は結局同じ場所に戻ってくる。


 だってアイツがいる。いるのかもしれない。もう何処にもいないと思っていたオレの相棒が。もう手が届かない場所に逝ってしまったはずのオレのヒーローが。

 飛び出せば直ぐにでも手が届く場所に。


 なんでこんな処で茶なんて飲んでるんだ。行け、走り出せ。後の事なんて知ったことか、誰が何を言おうが知ったことか。

 今度こそ手の中から零れ落ちないように、今度こそ傍から居なくならないように。

 行って、抱きしめて、捉えて、自分の内に閉じ込めてしまえ。


 無理矢理に押し込めた気持ちが胸の中で暴れ、吠えたてる。

 今こうして我慢を重ねていることが過ちで、直ぐにでもアイツの処へと向かうのが正しい事なのだと。

 ドクン、ドクンと鼓動が早鐘を打ち、動き出さない事に抗議するように身体は熱を放つようで。

 もし、この場にシスター・ヒッチンとアンナがいなければ、《《コレ》》を我慢することが出来ずに結局は飛び出していたかもしれない。


「あのぅ……シスター・ヒッチン?」

「なんですか、騎士アンナ」

「……なんで私はレティシアの部屋で正座させられているんでしょう」

「今、レティシア様を御一人にはできませんので、消去法で御説教の場がここになりました」

「わざわざ聖女の自室で!?」

「おや、ご不満でしたか? ならば仕方ありません。中庭へと移動することにしましょうか」

「アッ、いえ石畳の上は結構です。ふかふかの絨毯最高。わたし絨毯大好き」


 傍らに控えてくれるシスターと、寝台の脇に正座させられたアンナの平常運転なやり取りに、少しだけ気分が落ち着く。

 もしかして、これを見越してわざわざアンナへの説教をここですることにしたのかもな。


「だって、アリア様に頼まれたんですよ!? レティシアだって早く知りたい情報だっただろうし!」

「あのような伝え方をすれば混乱が発生するのは目に見えているでしょう。先に私やガンテスに伝える等して段階を踏みなさい、と言っているのです」

「その人選だとどっちに報告しても御説教されそうじゃないですか!」

「レティシア様、中庭で岩を取ってまいりますので少々席を外してもよろしいでしょうか?」

「岩!? 石ですらなくて!?」


 ――うん。まぁ、あれだ。


「考えすぎかも」


 必死に弁明するアンナと、気のせいか何処かイキイキしてみえるシスター・ヒッチンを見ながら思わず呟いた。


 おかげで腹の底を突き上げるような焦燥と衝動は、幾分もマシになったけど。

 それでも――いつもなら嬉々として混ざる面白愉快な日常の光景に『あぁ、この場にアイツがいたらな』なんて思ってしまう。




 なぁ、おまえに会いたいよ。

 あの日から、ずっと。

 会いたくて、触れたくて、名前を呼んでもらいたくて。

 胸が痛くて苦しくて、堪らないんだ。




 二年間、消えるどころか降り積もるばかりだった想いに。

 もう叶う筈が無い()()から眼を逸らしておかないと、潰れてしまいそうだったから。

 だから見ないように、気付かないようにしていたのに。

 今日の出来事で、それはあっという間にオレの心を埋め尽くしてしまった。

 祈るような気持ちで、オレは胸元のペンダントを握りしめる。

 どうか、アリアが何事も無く戻ってきます様に。会っているという転移者が、本当にアイツでありますように。




 ――あいたいよ。オレのヒーロー(すきなひと)に。










 ――そうして。


 オレ達は、アイツがアイツのまま、だけど嘗てのアイツではないのだと、知ることになった。

 泣き腫らして、取り乱して、要領を得ないまま『あれはにぃちゃんだ』と告げるアリアの言葉に一つの可能性を提示したのはシスター・ヒッチンだった。

 極めて高位の位階に達した魂が、自我を保ったまま転生する伝承がある、と。

 それは最高位のドラゴンであったり、その時代における最優の魔力保持者であったり。

 創造神たる女神のもとへ還った際に、相応しき位階に到達したと認められた魂は新たな生を、かつての姿のままに与えられるのだと。

 しかし人の身でそれが行われたという記録は、少なくとも確認できる歴史上には存在しない、とも。

 けれど、アイツは単騎で邪神を滅ぼした――本人はそう呼ばれるのを嫌がるかもしれないが、正真正銘の英雄だ。

 先に挙げた資格を持ちうる存在が、誰一人として成し得なかった事をやった人間なのだ。

 可能性は十分にあって、寧ろそうでないとおかしいくらいの偉業の持ち主で。


 ――だけど、その魂は邪神を滅ぼす為に殆どが擦り切れ、失われていた。


 大きく欠けた魂のまま、再度この世界へと転生したのか。

 かろうじて輪廻の輪へと乗ったあと、魂に刻まれた自我を保って地球から転位したのか。


 どちらにせよ、この世界で過ごした記憶は存在しない。

 それがオレ達が出した――どれほど認めたくなくても、そうであるとしか思えない、結論だったのだ。

 オレは、気付いてしまったオレの中の渇望(ねがい)が、本当の意味では叶うことがないのだと叩きつけられて。


 ――それなのに、気がつけば聖殿を抜け出してアイツのいる宿へと向かっている。


 会ってどうするんだとか、一体どう話をしようってんだとか、アイツにとっては既に関係の無い前世(過去の話)なのにとか。

 悩んで、考えて、答えなんて出なくて。


 でも、それでも。


 会いたいよ。

 おまえに会いたいんだ。


 おまえが覚えてなくても。

 オレが覚えているから。

 戦いばかりで、だけど輝く様な日々を覚えているから。


 今だって、この扉の向こうにおまえが居るって思うだけで、胸が高鳴るから。


 息を整えて、うるさい心臓に酸素を送ってやる。

 扉越しに聞こえる喧騒がひどく大きく聞こえる。

 朝も早いのに、聖都一の冒険者の宿というだけあって盛況なようだ。


 そっと扉を押し開けて中に入った。


 酒場の中は多くの人がいたけど、探すまでもない。

 端の席が落ち着くと言っていたアイツは、記憶を失ってもやっぱり同じような場所で、難しい顔をして朝食をつついていた。


 オレを初めて庇ったときの額の傷も、最後の別れの時の白灰化の頬傷もなくて。

 終わらない戦いの中で刻み付けられていった、眉間の皺も睨み付けるような相貌もなくて。

 まるで初めて出会った頃のアイツのようだったけど。


 乾酪が好きで、朝から腸詰めにたっぷりとかけて食べてる処なんかはそのままで。

 泣きたくなるような嬉しさと、笑みが零れてしまう胸の痛みで顔が強張ってしまう。


 あぁ、クソ。この馬鹿にとっては初対面なんだから、威厳のある先達(良い女)として振る舞いたいのに。

 それが出来ているのか、自信がない。

 それでも精一杯に、嘗て一緒にそうしたように笑みを浮かべて言った。


「よう。ここ、相席いいか?」











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