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帰り道(中編)



令嬢と転移者、大いに事情を語るの巻。








 森での戦闘から、数刻。

 あそこ迄大規模な襲撃が失敗した以上、次の街から出るまでは問題無いであろうという判断の元、一行は街道に出ると、街への道を移動していた。


 人数が人数なので馬車に全員が乗る事は難しく、女性陣が馬車内、御者台にアザルとコウジと名乗った転移者らしき男性が乗り、馬車を牽く馬の左右にエクソン、巨漢の僧、黒髪の青年が追従する形で歩みを進めている。

 冒険者としては生真面目な性質(タチ)であるアザルの一党は、護衛でありながら車内に留まることに難色を示したが……栗色の髪の少女――()()()の「ボクが軽めの結界を張っておくので、奇襲されても大丈夫ですよ」という言葉と、依頼主であるローレッタの一押しもあってこういった形となった。


 意図的にではないが男女に分かれる形となったので、ローレッタとコウジがそれぞれに旅に同行する事となった三名に自分達の事情を語る。


「なるほど、マメイ殿は転移者としては比較的新しい部類に入るのですな」

「うん、()()殿のいう通りだけど、それでも十年くらいはいるかなぁ……まぁ僕は転移者といっても、『推薦』じゃなくて『遭難』の方だけど」


 カクと呼ばれた巨漢の言葉に頷きながら、照れ臭そうにコウジは笑う。

 転移・転生を経てこの世界にやってきた者達には、創造主である女神が直接見出し、この世界へとやってきた者と、元の世界から零れ落ちる形で偶然やってきた者の二種に分けられる。

 どちらにしても何某かの加護や強化を得ることにはなるのだが……前者である女神の『推薦』によってやってきた者は、かの神によって融通を利かせてもらえる分、ある程度は自身の望みに沿った能力を得る事ができるらしい。

 彼は後者……向こうで事故等に巻き込まれた際に、気が付いたらこの世界へとやってきた『遭難』の転移者であった。


「元から、切った張ったなんて出来そうに無かったからね。得られた加護も後方支援向きだったから細々と街で食糧増産に関わってたんだけど、七、八年くらい前にローレッタの祖父にあたる方に拾われてねぇ……彼女の家庭教師と、元の世界の農法や調味料の再現なんかを研究させてもらえる事になったんだ」


 ――ほう、調味料とな。それは気になる、非常に気になる。


「食いつきが良いな? やっぱり故郷の味の再現ってなると気になるモンなのか?」


 調味料、という単語に反応したのは黒髪の青年だ。

 瞳をきらりと輝かせてコウジに首を向けるその様子に、御者台で馬を操るアザルが少し意外そうに首を傾げる。

 ちなみに、青年は名乗る際にスケと名乗っているが、それよりは単に『傭兵』と呼んで欲しいと希望していたので基本、その通りの呼び方をされている。

 少女の方はありふれた名前であったが、巨漢と傭兵の方は明らかな偽名だ。とはいえ、二度も救われた上にその性根が善良である、と判断した冒険者達は指摘するような野暮はせず、そのまんまの呼び方をしているが。

 コウジに至っては「マリア嬢は、越後のちりめん問屋の御隠居ならぬご息女かなぁ」とかボソッと呟いていた。どうやら元ネタを知っているらしい。

 元日本人なら当然の反応ではあったが、カクと傭兵(スケ)――特に傭兵の方は、バツが悪そうに顔を背けて聞こえないフリをしていた。


「当然でしょうアザル。こちらの世界にて創造神の子となったとはいえ、生まれた地への郷愁は持っていて当然ですよ。界を隔てているとなれば猶更です」

「ふーん、そんなもんなのかねぇ……?」


 聖印を指で切りながら祈りを捧げるエクソンと、いまいち分からん。といった風情のアザルであるが、こればかりは実際に同じ立場にならないと分からない感覚なのだろう。元の世界、と言われても現地の者からすれば思い浮かぶイメージはどうしてもこの世界が基準になるのだから。


 ――まぁ、そういう感情も無くはないけど……それよりね、やっぱり気になるものがね。ソウルフード的な意味でね。


 そう言ってグイグイと……今にも御者台に飛び移りそうな傭兵に、コウジが彼のイメージというか性格的にそぐわない――どこか自慢気な、ニヤリとした笑みを浮かべた。


「フフフ……分かるよ、傭兵クン。僕もお館様……ローレッタの祖父君が喜んでくれると思って手を付けたジャンルではあるけど、やっぱり自分が食べたいっていう気持ちもあっての()()だったからねぇ」


 え、マジで!? と驚愕の表情を浮かべる青年に、コウジは懐から小さな布包を取り出して中身を摘まみ上げる。

 差し出されたソレ……見た目は特に変わった処もない、多少形の悪い暗褐色の飴玉を、期待に満ちた顔で受け取ると傭兵は慎重な手つきで口に運び、丁寧に舌で転がした。


 ――マジだ……味噌飴だコレ……!


「まともな米があれば米味噌を作れたんだろうけど、麹味噌しか選択肢が無くてねぇ。とはいえノウハウは出来たから、資金があれば量産してみたいよ……魚醤があるから後回しにしてたけど、次はたまり醤油が欲しいよね」


 感激の面持ちで飴をカラコロと口内で転がす青年に、のんびりとした口調で更なる展望を語るコウジ。


 一方でミソ? と、冒険者の二人が首を見合わせて聞き覚えのない単語に目をぱちくりとさせ。


「ミソ……拙僧の記憶が確かなれば、料理長が欲していた調味素材の事ですかな?」


 もう一方で聞き覚えのあったらしいカクが、記憶を手繰らせながら傭兵の青年へと問いかける。

 その声が聞こえていないのか、聞こえていてもそれ処ではないのか、傭兵は御者台に飛び乗るとコウジに詰め寄った。


 ――マメイさん! 聖都に行こう! 衣食住も当面の間世話するし、ツテがあるからスポンサーも紹介できる! 研究の続きをしながら、聖都に定住しよう!


 両肩に手を乗せ、心なしか目を血走らせながら唐突な勧誘を始める彼に、コウジは苦笑いしながら首を横に振った。


「そう言ってくれるのは有難いし、同じ日本人として味噌と醤油が食べたいって気持ちも分かる……けど、ローレッタが帝国に行きたがってるからね。申し訳ないけど……」

「帝国とはまた随分遠くになるな……俺達の護衛は聖都までって話だったが、そこから更に移動する予定だったのか」

「しかし、傭兵殿のお話が本当ならばかなり良い条件だと思うのですが、それを蹴ってまで、と言う事は帝国でなければならない理由でも? あ、いえ。依頼主の事情を根掘り葉掘り聞くのも失礼でしたね」


 目的地が帝国である、という言葉に反応してアザルとエクソンが相当な長旅の予定である事に驚くが、エクソンの当然の疑問にも気を悪くする事もなく、馬車の振動でズレてきた眼鏡の位置を直しながら、転移・転生者にとって地味に重要な人物であると評せる男は、教え子との会話を懐かしむ様に思いを馳せる。


「うん。まぁ、僕は武力とかそっち方面はからっきしなんであんまり詳しくないんだけどね。帝国で一番の精鋭部隊への入隊が彼女の夢なんだよ……カッツバルゲル家が実質無くなったも同然の今の状況だからこそ、目指す事が出来る様になったっていうのは皮肉な話だけどね」

「ふむ? 帝国の最精鋭……もしや《刃衆(エッジス)》の事ですかな?」


 あっさりフラれて肩を落とす傭兵を慰めていたカクが、もしやと思って挙げた部隊の名にコウジは「そうそう、そんな名前だったよ」と、自身の曖昧な記憶に少々気恥ずかしそうに笑うが、冒険者二人の方は依頼人の少女が目指す夢の厳しさに、呆れと感嘆が半々といった声を上げた。


「《刃衆(エッジス)》って……確か冒険者(おれたち)からもスカウトされた人がいたよな?」

「不勉強ですよ、リーダー。帝国の特級冒険者であるネイト=サリッサ氏を《刃衆(エッジス)》の隊長殿が直々に引き抜きに来た、というのは有名な話です」

「う"っ、悪い……と、ということは、だ。お嬢さんは実質、冒険者の最高ランクを目指してる様なモンなのか」

「国家の最精鋭部隊と冒険者の頂点では武力以外の求められる能力に相当な違いがありそうですが……道の険しさという点ではどちらも劣らぬモノでしょうね」


 人類圏における戦闘集団でも間違いなく三指に入る、帝国の誇る対邪神部隊。

 大戦が終結したと言ってもその功名と武威は変わらず諸国に轟いており、解体等はされる筈も無く、近衛や帝室特務といった皇帝直属の部隊へとそのままシフトすると言われている。

 貴族――話からすると『元』と付く、実質何の後ろ立てもない少女が、拳一つで乗り越えるにはあまりにも高い壁が乱立している夢であった。


 ――まぁ、あの娘の実力なら門前払いとかは無さそうじゃね? ところで、話が前後しちゃうけどさ、御家が無くなったっていうのとマメイさん達がゴロツキみたいな連中を嗾けられてるのって、やっぱ関係あんの?


 落ち込みモードから復帰した傭兵が、さり気なく味噌飴のお代わりを受け取りながら問いかける。


「そうだね、ちょっと話が逸れていたし……そろそろ恩人に僕達の事情を話すとしようか」


 あまり楽しい話ではないんだけどねぇ、と、自身も飴を口に含みながらコウジは語り出した。





 元々、カッツバルゲル家は北方の小国群におけるありふれた騎士爵の家だったらしい。

 大戦中、功を上げていた一人の転移者を、彼に惚れ込んだ当時の御家の長女が一服盛って入り婿させた(キメた)事から躍進が始まり、男爵の位を得て世襲貴族にまで成り上がった。

 ちなみにその入り婿した御仁がローレッタの祖父――コウジの言う『御館様』だそうだ。夜の晩酌に付き合った際に『女って怖いよな……コウジも女とサシで飲むときは気を付けろよ。いやホントに、マジな話』とグラスに浮かぶ氷を眺めながらしみじみと呟いていた顔は今でも覚えている、と彼は笑った。


「御館様と違って僕は男っぷりが良い訳でも腕っぷしが強い訳でもないからねぇ……無用の心配だと笑い飛ばしても心配してくれる、良い人だったよ」


 そんな御仁であったが、過去の戦いで負った大小様々な怪我が祟ったのか、大戦終結の直前には体調を崩して床に臥せるようになり、邪神討滅・大戦終結の報せが世界中を駆け巡ると何かに満足したようにあっさりと逝ってしまったらしい。


『くたばる前に最高の土産話が出来た。アイツと娘達にローレッタの生きる未来(これから)は明るいと、教えてやらにゃならん』


 ローレッタとコウジに其々、二人っきりで遺言と言えるであろう言葉を残し、昔から仕えてくれる少数の家人達に看取られて、笑顔で眠りについたそうだ。

 涙も見せず、気丈に葬儀と新当主としての引継ぎを行う御令嬢であったが、彼女の父母は両名とも大戦で亡くなっている。

 家人達はそんな少女を全力で支える腹積もりであったし、コウジも自身の研究成果をカッツバルゲル家主導の名産品として売り出せば、上手くすれば新たに転移・転生者を招くことも出来るかもしれない、と彼なりに奮起していた。


 面白くないのはここからだ。

 バリッバリの武闘派だった御館様が亡くなると同時、年端も行かぬ小娘を与し易し、と思ったのかロクに顔を見た事もない親戚筋がしゃしゃり出て来てアレコレと口を出すようになってきたそうだ。

 親戚連中のみであれば、ローレッタと、彼女を支えんとする家人達でガッチリとスクラムを組んで叩きだして終わりであったのだが、連中はどうやったのか、隣接する領地の伯爵を引っ張って来た。


 曰く、年若いローレッタに当主など務まらぬ。成人するまで全権代理として自分達親戚筋から誰かを立てるか、いっそ伯爵に嫁入りして将来の両家の跡継ぎを作ることに専念し、カッツバルゲル家は自分達に任せるべきだ、と。


 暴論ですらない、戯言の類だ。実際ローレッタも一蹴して終わらせるつもりであった。

 運が悪かったのか、巡り合わせが良くなかったのか。

 ローレッタの祖母や母の面影を色濃く受け継ぐ美貌に、件の伯爵が強い執着を示したのが、不運であった。

 元より、あまり良い噂を聞かない――嘗ては武門の家柄でありながら、大戦に参列する事もなく、さりとて後方支援を受け持つでも無く。祖先の功名と遺産を食い潰している悪徳貴族などと囃し立てられていた男だ。

 噂は真実であったらしく、伯爵は有形無形の様々な干渉を以てカッツバルゲル家の切り崩しに掛かった。

 こうなると真面な爵位も持たない親戚連中など、ローレッタも伯爵も眼中に無く。

 頭越しですらない。蚊帳の外に置かれた木偶となって、二年で見る影もなく没落した寄生先を眺めているのみであった。


 祖父母の遺した家を護るには、親戚連中の当初の要求通り、伯爵に頭を垂れて嫁入り――相手の性根を考えれば立場の低い妾にも等しかったが――するしかないと、若き当主が、祖父の葬儀でも零さなかった涙を弱音と共に見せたときの、コウジや家人達の心中の荒れ様は如何ほどであったのか。


 伯爵領に出向いて、要求を呑む――実質の白旗を挙げる行為である会談の前日。

 流れが変わった……というより、ローレッタが変な方向に吹っ切れたのはその日の夜であった。


 夜も更けた月明かりが屋敷に差し込む時間に、コウジの居室を訪れた彼女は、幼い頃から恩師と慕ってきた彼と、最後になるかもしれない穏やかな時間を、と望み。

 コウジも己の無力を嘆く気持ちを押し殺し、笑顔でそれに応じて、二人きりでワインを酌み交わす時間が始まった。

 酒で舌を滑らかにするまでもない。語るべき事と、語りたい思い出は山とあった。

 その最中、久しぶりに過ごしたアルコールのせいか、妙に酔いが早く回ったコウジは、うっかり漏らしてしまったのだ。




「――伯爵にとっても、転移者が食い付く故郷の調味料っていうのは興味を惹く代物だったらしくてねぇ。嫁入りさせるときに研究成果を全部寄越せと、直接僕に手紙が来たよ」


 ちょっとその伯爵をスパってくる、と馬車から離れようとした傭兵とそれを押さえつけるカクを愉快そうな面持ちで眺めながら、コウジは口の中で小さくなった飴玉を噛み砕く。

 そして新たに味噌飴を取り出すと傭兵に向かって放り、オヤツを与えられてそれまでの憤慨を忘れたアホな犬の様に一瞬で食い付いて傭兵(アホ)は大人しくなった。

 再び恩人が話を聞く態勢に入ってくれたのを見届けると、彼は改めて続きを語る。




 それを聞いた――聞いてしまったローレッタは激怒した。

 己の身だけならばまだ良い、先生が心血を注いで進めた研究まであの豚野郎に盗られるなど、我慢が出来ない。何のために自分が嫁入りすると思っているのか。

 そんな風に怒り狂った彼女は、飲みかけであったワインの瓶を床に叩きつけ、怒りと決意の炎を瞳に燃え上がらせながら立ち上がり――深夜にも関わらず家人達を叩き起こし、屋敷の広間に集めて宣言したのだ。


「――帝国に行きます。当家の屋敷は手放し、残った私財は貴方達へと分配しますわ。スピード勝負です、あの伯爵(ブタヤロウ)に気取られる前に最速で事に移る為に協力して下さいませ」


 元より、祖父の武名を買われて得た爵位だ。彼らの土地といっても通常の地方貴族が治める様な領民が住む領地ではなく、屋敷とその周辺のみ。

 実質は官職のみについた、やや特殊な法衣貴族の様な立場であった事も幸いして、夜逃げ――もとい、ローレッタ曰く帝国に向けた一時転進は滞りなく進んだ。

 家人達が全力で事を為してくれた事も、成功の要因だろう。

 彼ら彼女らからしても、小さい屋敷ながらも仕え甲斐のあった御館様。その当主と亡くなった娘夫婦が唯一残した宝物であり、幼い頃から成長してゆく様を見ていた可愛いお嬢様を糞みたいな豚野郎にくれてやるなど、不本意を通り越して真剣に伯爵(ブタ)の暗殺を考えるレベルで有り得ない選択肢だったのだ。

 本音を言えば、ローレッタにとっても思い出深いこの屋敷を手放す事になってでも、彼女には違う選択を取って欲しい。

 そんな風に内心で考えていた彼らにとって、可愛いお嬢様が下してくれた最後の命令は、文字通り身命を賭けても成し遂げるべき一事であった。


 かくして速やかなる身辺整理を終えたローレッタ=カッツバルゲルは、住み慣れた小さな自分の世界を飛び出し、帝国へ向けて一路、馬車を進める事となったのである。

 戦時中、音に聞こえた《刃衆(エッジス)》への、これを機に再燃した憧れと、己の恩師を傍らに。




「そうして、馬車で隣の街まで移動して、そこでアザル君達を雇ったって訳さ……道中の襲撃は、まず間違いなく伯爵の追手だろうね。あの男は、気持ち悪いくらいにローレッタに執着してたから」


 大まかにではあったが、事情を語り終えたコウジの表情は嘆く様な、自重する様な、複雑なものであった。


「彼女がおよそ最悪な相手との婚姻を結ばずにすんだのは、本当に嬉しいんだよ……でも、僕のせいで御館様の遺した屋敷と、貴族としての立場を捨てさせてしまったんじゃないか、なんて考えも頭から離れなくてね」

「寧ろ誇るべきであると、拙僧は思いますぞ。大切に思う物を手放さぬ為に悪徳に慈悲を乞うのではなく、愛し、愛される者達の心を護る為に困難な道を選ぶ。これを見事と言わずして何を賞賛すればよいのやら」


 感じ入った、という表情で深く頷く巨漢と、やっぱり女傑(そっち)系のお嬢さんだったかー。と納得した様に腕を組む傭兵。

 冒険者二人も、肝の据わった御令嬢の言動が痛快であったのか、感心することしきり、といった様子である。


「なるほどなぁ……依頼を受けたときに訳アリだとは思ってたが……うん、悪くないな。アンタ達の為に仕事が出来て光栄だよ」

「全く以て同感ですね。マメイ氏とカッツバルゲル嬢の征く道に、創造神の加護があらんことを」


 野郎五人で華やかさには欠けるものの、そこに在るのは間違いなく真摯な――敬意と幸福を祈る、暖かな感情であった。

 照れ臭さと嬉しさを誤魔化す様に、頭を掻きながらコウジは「ありがとう」と呟いてぎこちなく笑う。


「勝手な話だけど、ローレッタが僕の為に其処まで怒ってくれた、というのも嬉しかったんだよ……男やもめですらない、独り身の僕がこんな事をいうのも可笑しいけど……あの子は僕にとって大事な教え子で、いや、彼女の御両親には本当に申し訳ないけど……娘みたいに思ったりしてるんだ」


 ――いいんじゃね? 件の御館様だって、最後の遺言を遺したのはお嬢さんとマメイさんの二人なんだろ?


 歯切れ悪く、まるで罪を告白するようにローレッタへの親愛を語るコウジに、あっさりと、至極当然といった感じでその感情を肯定したのは傭兵の青年だ。


 ――だったらさ、マメイさんにとってお嬢さんが娘みたいな子である様に、御館様にとって、マメイさんが()()だったんじゃねーの? 寧ろマメイさんの考えを草葉の陰で喜んでると思うけど。


 その言葉に、コウジは息を呑んだ様に見えた。


「そう、かな。 そうだと、いいな……」


 彼がそう言って思い返したのは、この世界で己を拾い上げてくれた恩人であり、仕えていた主人でもあり――或いは父の様な人でもあったのかもしれない人だった。

 顔を伏せて、絞り出すように口にした言葉が少しばかり震えていたのを、傭兵は気付かないフリをして進行方向へと視線を向ける。


 少々しんみりした空気になった様に思えたが、残る三人がさり気なくアイコンタクトでやり取りを始めた。


(……娘みたいに思ってるって話だけど、どう思う……?)

(私個人としては、話を聞く限りだとカッツバルゲル嬢はその限りではないと思いましたね。道中でも親代わりというには……その、少しばかりマメイ氏に向ける視線が)

(拙僧が思うに、御令嬢は祖母にあたる方の血を良く引いていらっしゃる様ですな! 強敵を攻め落とす手管などは特に色濃く似通っておられるようで!)

(あ、やっぱり御坊さんもそう思うか? ……二人で飲んだ酒って絶対ただのワインじゃないよな、話を聞くだけでも分かった)

(……傭兵殿は全く気付いていない様に見えますね。この手の話題は得手では無いのでしょうか)

(私見を忌憚なく述べるなれば、りょ……スケ殿は年季入った朴念仁というやつでありますからな! マリア様も気苦労が絶えぬ様で、微笑ましいやらなにやら……)


 台無しだった。色々と。












「――と、いう訳で。今頃(わたくし)の事を娘扱いして事情を語っているに違いありませんわ、あのニブちんは」


 場所は変わって、扉のもげた馬車内。

 マリアの張った魔力障壁によって、外敵からの奇襲だけでなく音声の遮断も可能であると知ったローレッタは、事情を話す傍ら、ガールズトークというには漢前すぎる持論を展開していた。


「今思えば、帝国に向かうことを決意した夜。怒りのあまり即座に家人達を叩き起こして回ったのは失態でしたわね――あと二時間くらい遅くとも、後の身辺整理に影響は無かったでしょうし」


 初手から既に生娘の発想ではない。その恋愛観は紛れもなく彼女の祖母の血によるものだ。歴史は繰り返すのである。


「折角の()()したワインも無駄になりましたわ。あのときキメておけば長年の本懐と伯爵(ブタ)への意趣返しを両方遂げられて、一石二鳥でしたのに」

「悪徳貴族の手から逃れた旅の御令嬢が、ロックにも程がある漢女(おとめ)だった件」


 呆れか、感嘆か。

 どう反応していいのか困る、といった表情で言葉を溢す栗色の髪の少女――マリアは、なんだか話題に取り残された気持ちになって、ちいさく「いたたまれない。たすけて、にぃちゃん」と呟いた。


「長年かぁ……マメイさんが家庭教師になって直ぐだったの?」

「いえ。恥ずかしながら当時の(わたくし)は評価の価値基準が腕っぷしのみのクソガキでしたの――蒙を拓いてくださった先生を意識するようになったのは二年程あとですわね」

「大体五年越しって訳ね。今のお嬢ちゃんの年から考えても淡い初恋で終わりそうな話だけど……当時十歳をちょっと過ぎた程度の頃から父親みたいな男の貞操を虎視眈々と狙ってたとか、凄いわね」

「カッツバルゲル家の家訓は『先手必勝、やられる前にやれ』ですわ! 御家を護る闘争で敗北した上に、狙い定めた殿方まで取り逃すなど愚の骨頂!」


 イルルァとウェンディも交え、直球に過ぎる会話が続く。

 マリアは再度、「たすけて、にぃちゃん。つらい」と居辛さのあまり呟いた。

 ちなみに、彼女の姉がこの場にいれば「今更だろ、オレ達も限りなく似たようなことやってるじゃねーか」と、開き直って話に参加するだろう。マリアにはそこまで出来る思い切りの良さが無いため、馬車の中で身を縮こまらせて所在無さげに座ってるだけになっているが。


「年の差カップルってやつだねぇ。まぁ、いいんじゃないの? あたし的には応援してあげたいけど……今の逃避行みたいな状況じゃ進展も難しいんじゃない?」

「流石に現状では下手を打てませんわ。事の済んだあとは動きづらいとも聞きますし、それではいざというとき、先生を護れませんもの」


 普通に考えればローレッタの言は男女逆であるが……《刃衆(エッジス)》入りを目指すだけあって、彼女の拳闘術は一級品だ。荒事に対する適正は一切ないと言い切っていたコウジとは、そういった意味でもお似合いなのかもしれない。


「とはいえ、延々と先延ばしにしてしまうのは悪手。帝国に無事辿り着いたならば、初日の宿は奮発してキメにかかりますわ」

「わぉ、大胆。朴念仁の学者先生もとうとう年貢の納め時ってやつね」


 キラリ、というかギラリとした――獲物を定めた肉食獣の如き気配を垣間見せるローレッタの気炎に、ウェンディが煽る様に薪を追加している。

 相も変わらず、タフな女性陣の会話についていけてないマリアではあるが。

 それでも、色々とド直球の渾身ストレートにも程があるけれど、『先生』のことを語るときのローレッタの表情はとても綺麗で、幸せそうで。

 思いの丈を誰憚る事なく語り、彼を自分のモノにすると豪語する彼女が、少しだけ羨ましく感じるのも確かであった。




 悲喜交々、様々な事情と数奇な恋愛模様の各者を乗せて、馬車は進む。

 前途は多難であり、まだまだトラブルが待ち受けること必至であろう事は、全員が予感していた事ではあったが。

 きっと、その結末は良いものであるだろうと。

 そんな確信を皆で抱きつつ、逃避行中のご令嬢と愉快な仲間達は、日暮れ前に次なる街へと辿り着く為に先を急ぐのであった。














草葉の陰の御老人

「息子みたいに思ってた部下の貞操を狙ってるのが可愛い孫娘なんだけど、こんなときどんな顔をすればいいのか分からない、ふくざつ!」





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