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帰り道(前編)




 ――街道より外れた鬱蒼とした森林の中。


 冒険者らしき装いの四人の男女が、頑丈な作りの馬車を必死に手繰り、先を急いでいた。


「ちょっとアザル! もっとスピード出ないの!? いい加減こっちも魔力切れ起こしそうなんだけど!」

「リーダー、こちらも同じく余裕があるとは言えません! このまま障壁を維持し続けると万が一の際の回復魔法に割く余裕がなくなります!」


 仲間である魔導士と聖職者の怒鳴り声に、御者である、アザルと呼ばれた腰に剣を佩いた青年は「やってるわ! これで精一杯だよチクショウ!」と同じく叫んで返す。


 鞭を入れられ、整備されているとは到底言い難い荒い道を馬が必死に走り抜ける。

 小石も地面の凹凸も踏み放題だ。乗り心地は控え目に言っても最悪だろう。

 しかし、それを気にしている余裕は馬車に乗っている者達には無かった。


 御者席に乗った斥候(スカウト)の女性が、横手へと身を乗り出して《《追手》》への迎撃を行う仲間二人の背を不安気な様子で見つめ、次いで、隣にいる自身のパーティーの頭目であるアザルへと視線を転じた。


「リーダー、流石にこれ不味いんじゃない? 残りの矢は少ないけど、やっぱりあたしも……」

「いや、あと数本じゃ迎撃の足しにもならん。お前の早射ちは咄嗟のときの保険として取っておきたい」


 俺の剣じゃ届かない状況も、お前の弓なら届くだろ? と全力で馬を操りながらも、アザルが冷静に仲間の案を却下する。


「それより、イルルァ。依頼人達の様子を見てやってくれ、学者さんや貴族のお嬢さんにはこの鉄火場の空気はキツイだろ」

「いや、御者やってるアザルが一番無防備じゃん。連中もお嬢さんがいる馬車自体は狙ってきてないし、今はそんな場合じゃないって」

「俺なら大丈夫だ。だから――」


 アザルの言葉を無視して、斥候(スカウト)の女性――イルルァは腰のダガーを抜き放つと、彼に向かって飛来した石片を叩き落とす。


「で、誰が大丈夫だって?」

「……返す言葉もねぇ!」


 何処か得意気なイルルァに、顔を顰めて応じたアザルが馬の手綱を引くと、急減速を掛けた。

 急制動に馬車が横に勢いよく振られ、車体を傾かせながら横滑りする。


 馬車後部で追ってきている者達への迎撃を行っていた女魔導士と聖職者の青年から、慌てる様な悲鳴が上がった。


「あっぶなっ!? なんでいきなり止まってんのよ!?」

「待ち伏せだ! 伏兵のいる場所に誘い込まれてた!」


 女魔導士の悲鳴混じりの抗議に端的に状況を伝えると、アザルは剣を抜いて御者台から飛び降りる。


「中々対応が早いっスねぇ。思ったより良い腕をしてるみたいで」


 声と共に樹々の影や藪の中から出て来た部下を引き連れ、現れたのは年若い暗金の髪を短く刈り込んだ男だった。


「とはいえ、これで『詰み』っスよ。ただの雇われた冒険者にあんまり無体な真似をするのも忍びないんで、さっさと馬車の中のお嬢さん達渡してくれると助かるンスけどねぇ」


 何処か狐を思わせる細目を更に薄め、男が物騒な空気に満ちたこの場に似つかわしくない、気の抜けた声で要求を告げる。

 追いすがって来ていた男の仲間達が馬車の背面を囲む様に陣取り、完全に挟まれた状況を作り上げられ、冒険者――アザル達は歯噛みした。


「こっちの雇い主には見当ついてるンスよね? なら話は早い。大人しく渡すモン渡してくれたらギルドの評価に影響でないように処理するんで――」


 男が言い終える前にその脳天へと吸い込まれる様に矢が撃ち込まれ、それを彼はいつの間にか抜き放ったダガーの腹で受けて見せた。


「これが返事よ、おととい来なさい糸目野郎」

「完璧に頭射貫く軌道だったじゃないスか。おととい来る処か即死コース」


 御者台の上から早射ちで男を狙ったイルルァが、不発に終わった一射に舌打ちしながら次の矢をつがえる。

 罵られた糸目野郎は「殺意高ぇ……」とボヤきながら天を仰ぐが、配下の男達がそれをみて気色ばんだ。


「イフェクさん、もういいでしょう。コイツらは慈悲を掛けてやろうとしたアンタを真っ先に狙ったんだ、ちょいとばかり痛い眼みてもらいましょうや」

「あの弓使いも悪くねぇが、後ろの女魔導士もイイ身体してやがったからな……ちょーっと楽しむくらいは見逃してくれよイフェクの旦那」

「狙われた当人をダシにして強盗働きを正当化してんじゃねーッスよ馬鹿ども。敵が仁義に溢れた冒険者達でこっちの部下はならず者擬き(こんなん)ばっかとか萎えるってレベルじゃねぇ、つらい」


 溜息をつきながら、イフェクと呼ばれた、追手側のまとめ役らしき男が軽く手をあげる。


「一応、聞いておくッスよ。やっぱり馬車の中の人間を渡す気は無いと?」

「ウチの斥候が既に答えただろ? ――依頼人をアンタ達みたいな一目で分かるロクデナシ共に売るなんて、冗談じゃないね」


 アザルが剣を構え、腹を括った表情で敵方の最後通牒を切って捨てる。

 その言葉に「うわぁ……マジやりづれぇ」と顔を顰めてイフェクが呟き……そのまま苦虫を噛み潰した様な表情で、宣言と同時に腕を振り下ろした。


「んじゃ、腕づくって事で。各員、できれば殺さない様にするッスよ」


 その号に、多少身形の良い野盗やならず者、といった風情の男達が、暴力と滾る欲望で喜悦に顔を歪めながら、それぞれに既に手に取っていた武器を構える。


「わぁーってらぁ、男は殺すけど、女は用があるからよ。努力するって」

「顔は傷つけんなよ、使うときに萎えちまう」

「バッカ、多少痛めつけてやった方がイイだろ。顔を腫らして睨み付けてくる女をヤったことねーのかお前?」

「絶対分かって無い。マジで糞みたいな部下しかいない。つらい」


 何処か間の抜けたやり取りをする追手側の者達ではあったが、その殺意と暴力性は紛れも無く本物であり、そこに冗談は一切無かった。


「反吐が出るわ、この屑野郎共。まとめて去勢してやるっての」

「ウチの斥候も魔導士も、お前らみたいな連中には勿体ないんだよ、生まれ変わって出直してこい」


 アザルとイルルァも武器を握り直し――恐らくは馬車の背後の仲間達もそうであろう――いざ、戦いが始まろうとした瞬間。




「――お待ちなさい!」




 馬車の中から凛とした声が響き渡り、双方、動きを止める。

 一拍おいて、馬車の扉が開け放たれ……ようとして鈍い音と共に途中で止まった。どうやら、散々にデコボコ道を走った上に最後の無茶な急制動がトドメになったのか、何処か壊れたらしい。


「あ、あら? ちょっ、開きませんわコレ……なんて間の悪い……えいっ……むぅっ、このっ………………ッシャオラァ!!」


 可愛らしい試行錯誤する声がしたと思いきや、最後にとんでもなく気合の入った腹の底からの雄叫びが聞こえると同時、歪んでつっかえていた扉が、くの字に折れ曲がって蝶番を弾き飛ばしながら吹き飛んだ。

 樹々の枝葉をへし折り、幹に突き刺さってようやく止まった扉の残骸を尻目に、馬車の中から優雅にブーツのつま先が現れ、緑の大地へと着地する。

 指先で髪をかきあげ、現れたのは一人の少女だった。

 渦を巻いた特徴的な金髪と、シンプルながらもお嬢様然としたドレス――一見して貴族と分かるであろう容姿と立ち振る舞いだ。

 碧眼に強い意志の炎を揺らめかせ、彼女は唯一、その出で立ちに似つかわしくない両の手……鋲拳(ナックルダスター)に包まれた拳を打ち合わせると、決然と告げる。


(わたくし)も助太刀いたしますわ!」

「「「いや、なんでだよ!!」」」


 即座に突っ込みをいれたのは、冒険者達――唖然として声の出なかったらしい聖職者の青年以外の三名だった。


「なんで護衛任務の依頼人が前にでて戦おうとしてんのさ! 危ないからあたしたちに任せて馬車にいてよ!」

「というかもう一人の学者さんの方はどうしたのよ! あのオッサン教え子を止めなさいよ!」

「先生なら、此処を出ていくのなら自分を腕づくでどかしてゆけ、とおっしゃったので、少々眠っていただきましたわ」

「躊躇なくブン殴ったのか……学者先生が気の毒すぎる……!」

「……学士殿に回復魔法を施したほうが良いでしょうか」


 思わず、と言った様子で零したアザルと聖職者の青年に向け、貴族の令嬢らしきは少女は憤慨した様子で抗議の声をあげる。


「まぁ、アザルさんにエクソンさん!(わたくし)が先生に怪我をさせる訳が無いでしょう! ちゃんと正面から抱き着いて絞め落としましたわ!」


 ちがう、そうじゃねぇ。

 元より結束に優れた一党ではあったが、この瞬間、四人の心は一つになった。


「今はそれ処ではありませんわ! 悪漢共にこの拳を打ち下ろす事こそが先決――(わたくし)がアザルさんと前に出ますので、イルルァさんは援護を! ウェンディさんとエクソンさんは馬車の扉前で後衛兼先生の護衛をお願いします!」

「なんでアンタが仕切ってんの!? しかも対応としては間違ってないのが腹立つ!」


 そもそも扉ぶっ壊したのお嬢ちゃんでしょう! と女魔導士――ウェンディが文句を言いながらも聖職の青年(エクソン)と共に扉の無くなった馬車の前に立ち塞がり、イルルァが御者台から飛び降り、その傍へ。

 最後に先頭のアザルと並んで金髪の令嬢が並び立ち、再度拳を撃ち合わせた。


「いい加減、逃げてばかりも飽き飽きしていた処ですの。貴方達を思う存分ブチのめしてから、悠々と次の街に向かう事にしますわ」

「……何処がかよわい手弱女なんスか……メチャクチャ武闘派じゃないスか」


 剣を打ち付けたくらいではビクともしないであろう馬車の扉を、薄っぺらいボロ板と変わらないノリで粉砕した少女は、どうみても素人ではない。構えも堂に入り過ぎている。

 己の上司か、或いは雇い主にか。

 与えられたあんまりにも適当な情報と現実との乖離に、イフェクが苦々しい表情を隠しもせずに愚痴を溢す。


「うぉ……すげぇイイ女」

「……どうせあの豚のオモチャになるんだろ、なら少しくれぇ、よ?」


 上司が上司なら、部下もこれである。

 野盗と殆ど変わらない品性なのは最悪、目を瞑るにしても、無傷で連れてこいと厳命された御令嬢にまで手を出そうと相談している部下達の声を耳に拾い、いい加減うんざりした気分になってきた。

 油断することなく、戦意を漲らせて此方を見据える五人の男女達をいっそ羨まし気な気分で見つめる。


(あっちは良いっスねぇ……華やかな上に、今どき珍しいくらいの筋の通った冒険者……ホント、やり辛いったらねぇや)


 取り合えず、さっきアホな相談をしてた部下はこの戦いのどさくさに紛れて殺しておこう。後の『仕事』にも障りしかないし。

 そう決めて、改めて号令を下す。


「お嬢さんと――出来れば馬車のもう一人を確保するのが優先ッスよ。下らない"お楽しみ"に気を取られて下手を踏むってんなら……後で処分されると思え」


 最後に平坦な、感情を削ぎ落した声で付け足すと、男達が怯えた様に肩を震わせ、女性陣に向けられていた下卑た視線も殆どが収まり、代わりに暴力の気配がより一層、濃厚に満ちた。


 ――でもなー、すげぇじゃんあの御令嬢。少しくらいは良いと思うんだ。


 喉元過ぎれば、というには聊か以上に早く、懲りない声が上がる。


「――ッ、そうだよな、俺達もちっとくらい良い思いする権利くらいあるってもんだ」

「イフェクの旦那、仕事は真面目にやるからよ、少しくらいはいいだろ? なぁ?」


 誰かの上げた声に、学習能力の低さを露呈する様にあっさりと男達の何人かが乗っかった。


 ――だよな! あんなスゲェ縦ロール見た事ねぇもん! 是非とも触ってみたいわぁ。


「そうそう! あの縦ロールが……え、誰?」


 声の主に同意するように、更に自らの、欠片も存在しない正当性を主張しようとして……男達は漸く、その場にいる闖入者に気が付いた。

 イフェクとその配下達の最後尾にいつの間にか現れた、黒髪の男――やたらと目付きの悪い青年は、にっこりと、威嚇してる様にしか見えない凶悪な笑顔を浮かべる。


 ポン、と。青年の掌が手近な男二人の腰に添えられた。


「……え? うぎゃぃぁぁあっ!?!?」


 男達――先程、イフェクに処分確定の判断を下されていた連中は、白目を剥いて絶叫しながら地べたを転がり、のたうちまわって泡を吹く。

 その手は武器を放り出し、自らの下腹と股間を押さえつける様にしてズボンの生地を握りしめていた。


 ――〇斗無情、去勢拳! 股間の気脈は破壊した! もはや貴様らのジョンは老後の余生を送る終活間際の老人のソレよ!


 顔を掌で半分隠しながら、ビシィ! と音が鳴りそうなポーズで、気絶して地面に横たわる男達を空いたもう片方の手で指さす。


「な、なんだコイツ!?」

「どっから現れた! 何しやがったてめぇ!?」


 慌てふためいた男達に誰何の声と武器を向けられながらも、それには全く頓着せず、青年は彼らの相対してる冒険者――アザル達に向かって軽く手を挙げた。


 ――よっす、アザルだっけ? こんなところで奇遇だな!


「あ、あんたは……街道での」

「……お知り合いですの?」


 呆気に取られるアザルと、訝し気な令嬢に対して、青年は俺だけじゃないぞー、となんでもない事のように告げる。

 その言葉が切欠――というわけでもないだろうが、馬車の背面から包囲を狭めていた追手側の男達が、冗談の様に吹き飛んだ。


「悪漢共への折檻(せっぽう)を行うも僧の務め! さぁ、来るがよい! 拙僧は逃げも隠れもせぬ!」

「あ、先生がやりすぎたらボクが回復魔法かけてあげるから、安心して空を舞ってください、野盗の皆さん」


 青年と同じく唐突に乱入してきたのは、凄まじく筋骨隆々な僧服の巨漢と、その肩に乗った《《栗色》》の髪の少女だ。

 狼狽しながらも流石に荒事慣れしている男達が、直ぐに反撃に転じているが……巨漢の岩塊の如き肉体にあっさりと阻まれ、抵抗むなしく空を強制的に飛翔させられる者が後を絶たない。

 アザル達がいつぞやの不本意な仕事で助けられたときと同じ、圧倒的な筋肉蹂躙劇が繰り広げられていた。


「相変わらず、あの坊さんは出鱈目な強さだな……二度も案山子のまんまじゃ俺達の立つ瀬が無い、いくぞ!」

「よく分かりませんが、味方と思って良さそうですわね! 勝機は逃さず、ですわ!」


 巨漢の大暴れを見て、出会いの衝撃の光景を思い出す冒険者達だったが、青年が襲い掛かって来た男達を迎撃しているのを見て我に返り、戦闘に加わる。令嬢も細かいことは脇に置いて、手近な相手に殴り掛かった。

 剣戟の音が響き、鋭い打撃音が風を切り、矢と魔法が戦場を駆け抜け、強化と回復が施される。


「こりゃ駄目ッスね。撤退で」


 一連の流れをみて、イフェクは即座に決断した。


「い、良いのかよイフェクさん! あの雇い主様が成果なしを許すとは思えねぇぜ!」

「少なくとも此処にいたらぶちのめされて地面に転がるか、最悪死ぬだけッスよ。助太刀にきた三人、知り合いっぽいし――なにより腕が立つってレベルじゃねぇ」


 無理無理、絶対無理、と肩を竦めて撤退に移ろうとする彼に、声を上げた男が食い下がる様に未練がましく言葉を掛ける。


「で、でもよ! あのデカいのの肩に乗ったガキ! とんでもねぇ上玉だぜ! あれなら俺達が楽しんでもいいし、あの豚にでもどっかの奴隷市にでも売っぱらうだけでも一山どころじゃ――」


 この期に及んで馬鹿な事を言い出す部下に、冷え冷えとした視線をイフェクが向けようとした瞬間だった。


 フタエノキワミアーッ! と謎の呪文を叫びながら敵を殴り倒していた黒髪の青年の首が、ぐりんっと音を立てて此方に振り向く。

 いや首の骨どうなってんねん、と思う程にほぼ真後ろに向けて、先ほどの発言をした男を注視したその表情は――瞳孔が収縮し、何より恐ろしい程に真顔だった。

 直接その眼を向けられた訳でもないイフェクの全身が、総毛立つ。


 ――判断は一瞬だ。


 彼は竜の尾を踏み抜いたらしい馬鹿の背中を、力いっぱい青年に向けて蹴りだす。

 魔力強化までして蹴り飛ばされた男が悲鳴を上げながら吹き飛んでいくと、青年はゆらりとした、むしろ緩慢な動作でそれを迎え撃ち。

《《獲物》》が射程に入った瞬間に、目にも止まらぬ速さで捻りを加えた両の掌底でその頭部を挟み込む。

 耳から小さな赤い噴水を吹き出して崩れ落ちる男の顔面を鷲掴みにして、躊躇なく曲げた自分の膝へと叩きつけた。

 肉と骨が潰れる音が、喧噪激しい鉄火場の中において、奇妙な程に響き渡る。

 半死半生を通り越して死体になる寸前といった風情で、今度こそ地面に転がる男を、青年は冷え切った目で見下ろし――最後にその股間を無造作に踏み砕いた。


 シン……と、その一帯のみが戦闘中とは思えない静けさに包まれる。


 路傍の石ころを見る様な瞳で、自身が破壊した痙攣を始める人体を眺める青年を見て、イフェクは顔を引き攣らせて後ずさりしながら、再度、口を開いた。


「撤退で。残りたい奴は置いてくんで、好きにして、どうぞ」


 反対の声は一切上がらず、森の一角で始まった戦いは速やかに終わりを告げた。













「ありがとう、また助けられちまったな」


 静けさを取り戻した森の中で、アザルが乱入してきた三人へと頭を下げる。


「いえいえ、気にしないで下さい。森でちょっと食料を獲ろうとしたら偶然、争ってるのをみつけただけなんで」


 以前もそうだったが、一番年若い少女がこの奇妙な三人連れの代表なのか、手をパタパタと横に振りながら礼を述べるアザルへと気軽に応じた。

 ウェンディが記憶とは違う、艶やかではあるがありふれた色の少女の髪に視線を当て――そこに高度な幻惑魔法が施されているのを見て取り、思わず、といった様子で問いかける。


「相変わらず、凄い腕前だったけど……その髪はトラブル避けか何かかしら?」

「そんな感じです。行く道も帰り道も、ちょっと予想以上にボクのせいで絡まれる事が多かったんで」

「うわ。それなのにあたし達に助太刀してくれたんだ……なんかゴメンね、ホントに」


 イルルァも加わって女性三人で和気藹々とした会話が始まるが、エクソンが軽く咳払いをしてそれを一旦止める。


「淑女達の談笑を遮るのは心苦しいのですが……御三方とは初対面の淑女が、御挨拶をしたい様ですよ」


 そう言って視線で促された金髪の令嬢が、一つ頷いて前に進み出た。


「お初にお目にかかりますわ。(わたくし)はローレッタ=カッツバルゲルと申します。先程は助かりました――あなた方の義勇と武勇に、心からの感謝を」


 スカートの裾をつまみ上げ、軽く膝を曲げての屈膝礼(カーテシー)を行う気品ある所作は、彼女が見目だけではなく貴族としての教育を受けた出自である事を伺わせる。

 この様な場所で冒険者に護衛されながらの移動、という時点で訳アリなのは明白であったが、それを危惧するのであればそもそも窮地に助太刀したりしていない。


 なので、三人ともその辺りは気にした様子も見せず。丁寧な、謝意と敬意の籠ったローレッタの礼に好意的な感情を抱いた。


「いやはや、御令嬢の危機に駆けつけるなど、物語の騎士の如き振る舞いは拙僧の様な無骨者には過ぎた栄誉ではありましたが……先程の戦いぶりを見る限り、御自身と冒険者の方々のみであってもあの場を切り抜けられたやもしれませんな! 見事な格闘術でしたぞ!」

「まぁ、嬉しい! 御坊様程の益荒男にそう言っていただけるのなら、(わたくし)の拳も捨てたものではありませんわね」


 豪快に笑いながら、先刻の戦闘での令嬢の立ち回りを賞賛する巨漢に、彼女は世辞抜きでその表情を輝かせる。

 まるでお気に入りのドレスや美しく整えた髪を褒められたかの様に、無邪気に喜ぶ御令嬢を見て、なんか違くね? といった風な、なんとも言えない表情で雇い主を眺める冒険者達。

 一方、黒髪の青年は彼女の笑顔を見て、この()も修羅勢かー……俺の周りこの手の人種多くね? と、何かを察したように遠い眼をしていた。


 そのまま各々が談笑に移りそうな流れではあったが、此処はまだ森の中――打倒した野盗くずれの如き男達が、そこかしこに転がっている元戦場真っ只中である。


「とりあえず、この場を離れないか? もう少しで次の街だし、今から向かえば日暮れにはたどり着けそうだしな」


 アザルが軽く手をたたきながら注目を集め、一同に向けて提案した。

 栗色の髪の少女とエクソンの回復魔法によって死者だけは出ていないが……それ以上をしてやる義理もなく、下手にこの場で時間を過ごして血の匂いにつられた獣がやって来ても面倒だった。

 襲われた側からすれば、命はあるんだから後はなんとか動ける奴等で、勝手にどうにかしろ、といった処である。


「そうですわね、幸い馬車も扉以外は無事ですし……(わたくし)の連れもそろそろ目を覚ます頃合いだと思います。彼を、御恩人の御三方に紹介したら、直ぐに移動を――」


 ローレッタが同意を示したのとほぼ同じくして、馬車の中から声が洩れ出てくる。


「あぁ、ひどい目にあった……なにもノータイムで絞め落としにかかることは無いじゃないかローレッタ」


 どこかのんびりとした言葉と共に、よろよろと馬車から降りて来たのは黒髪黒目のひょろりとした壮年期の男性だった。

 適当に撫でつけた髪と、この世界における学者然とした、動きやすさを重視したローブ姿のその男は、顔から半ばずり落ちた眼鏡のつるを指先で元の位置に戻すと、辺りの戦闘痕を見回して目を見張る。


「こりゃ凄い。対人戦の痕というより、まるで大型の魔獣が暴れまわったみたいだ……えぇと」


 襲撃者以外の、初めて見る人間を視界に認めた男は暫しの間黙考すると、やがて結論が出たのか、軽く頭を掻きながら一同の元に歩み寄ってくる。


「――察するに、貴方達が僕らを助けてくれたのかな? だとしたら、御礼を言わせてもらいたいよ……僕は豆井――コウジ=マメイ。見ての通り、ニホンからの転移者ってやつだよ」


 穏やかに愛想笑いらしき、ぎこちない笑顔を浮かべながら、彼はそう名乗ったのだった。











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