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閑話:長旅前の一日(当日)




 待ち合わせ場所は、聖都中央広場にある噴水前。

 一緒に出ればえぇやん、なんていう馬鹿たれを説き伏せて一足先に聖殿から出たオレは、噴水前にある備え付けのベンチに腰掛けて、待ち人が来るまで時間を潰していた。

 アイツは意外と時間には几帳面な奴なので、待ち合わせの十五分前くらいにはやってくる筈だ。


 朝一から出掛けよう、と約束したのはいいけど……流石にちょっと早かったかもしれない。


 今日は良い天気で、朝から穏やかな日差しが優しく降り注いでいる。

 それでも、まだまだ人通りはまばらで、ここにやってくる前に通り過ぎた店も、軒並み閉まっているか、よくて開店準備中だった。


 うん……やらかしたな。幾ら何でも早すぎだ。

 夜明けと共に目が覚めて、落ち着かない気分のままいそいそと準備を終えて……何かトラブルがあって遅れてもまずいと思っての、早め早めの行動だったけど。

 一時間以上前に来るのは流石に間抜けが過ぎるだろう。どれだけ落ち着き無いんだよオレは。


 我が事ながらちょっと呆れてしまうが、そうと自覚してもそわそわとした気分が落ち着く訳でも無かった。

 ベンチから立ち上がったり、座り直したり、噴水を覗き込んで水面に映った自分の姿をチェックしてみたり。

 ……最初は、思い切ってお洒落をしてみようかと思ったけど、結局こういった形を選んだのはオレだ。

 意外性を狙ったというより、今日のデ……でーとっ、を、心置きなく楽しみたい、という思いからのチョイスだったけど……。


 ……今更ながら不安になってきた。本当にこれで良かったんだろうか。どうせならもうちょっと、こう……せ、攻めた感じの服装の方が良かったんじゃないか?

 でも、あんまり華やかな女の子らしい格好というのも、少しハードルが高いというか……アイツにしか見せないっていうなら全然問題無いんだけど、どうやったって人目には触れるし……。


 既に待ち合わせ場所にいるんだ、今更悩んでも仕方ない事ではある。

 それでも、一度考えだすと止まらない。


 ――でも。


 ごちゃごちゃと悩んで、頭から煙を吹きそうなくらい考えて。

 不安要素ばかり思いついては並べ立てているくせに、どうしたって心が浮き立つ。


 だって、デートだ。


 いつもの一緒に街へと出かける時間と、本質的には変わらないのかもしれない。

 アイツにとっては、特に意識して言った一言ではないのかもしれない。


 それでも。

 アイツがそう言葉にして、オレがそれを受けて、こうして待ち合わせをしている。

 その事実が何処かこそばゆくて、だけど気を抜けば叫びだしたくなる程、嬉しくて。

 あぁ、まだまだ人通りが少なくて助かった。

 そわそわと落ち着き無いかと思えば、頭を抱えて悩みだし、数秒後には笑みくずれそうになるのを我慢して、ベンチの上で手足をバタバタさせたくなるのを堪えて身を揺する。

 傍から見たら、さぞかし不審な人間に見えるだろう。


 そうやって一時間を悶々としながら待つと思ったんだけど、オレが広場来てからニ十分もしない内にアイツはやってきた。


 ――朝飯一緒に食おうと思ったらいねーし、まさかと思って来てみたらマジでいるのかよ。早すぎワロタ。


 ベンチの後ろから首を突き出し、ひょっこり顔を覗かせて笑う様子はいつも通りで。

 いきなり現れた驚きと、変わらない笑顔を見せてくれる喜びで跳ねる胸の鼓動を押し隠して、なんでもない様に返答する。


「なんだよ、いいだろ別に。それに、そういう割にはお前も早かったじゃん」


 もし待たせてる様なら悪いから一応早めに出て来たんだよ、正解だったやろ? と肩を竦めて言う相棒に、オレは肩にかかる()()()()をかきあげながら、答えの分かり切ったちょっとした疑問をぶつけた。


「ふーん……ところで、よく一発でオレだって分かったな。気付かなかったら、こっちからネタばらしして笑ってやろうと思ってたのに」


 ――なんでやねん、髪の色変えたくらいでお前に気付かない訳がねーだろ。


 予想通りの言葉と共に、ビシっと、平手でオレに向けて突っ込みを入れるヤツに、だらしなく緩みそうになる表情へと必死に喝を入れる。

 そうだよな。お前ならそう言うよな。

 欲しかった言葉を違わず与えられ、待ち合わせて合流してから一分もしない内に、気分は最高潮だ。


 今のオレは、簡単な幻惑魔法の一種で髪の色を変えている。

 金色の聖女、なんて肩書が示す通り、世間一般のオレのシンボルカラー……というか分かりやすい特徴は、本来の淡い金髪だ。

 逆を言えば、それを隠してしまえば遠目にオレを見た事のある人達くらいなら、誤魔化す事も可能な筈。

 あとは、栗色になった髪をサイドダウンで垂らして、おさげみたいに編み込んで。

 顔の輪郭を分かりづらくするため、ちょっと野暮ったい大きめの伊達眼鏡をかけてやれば中々立派な変装になる。

 服装も、聖殿にいるシスター見習いの娘達の予備を借りて来たので、どこからどう見てもただの見習いシスター……に、見えると思う。


 もっとお洒落して、着飾って。分かりやすく"女の子"としてのアピールをしたりとかも考えたけど。

 それじゃいつも通りの、『街に視察に来た聖女様と護衛、或いは従者』なんていう空気になってしまうんじゃないかと思って、こういう形に踏み切った。

 折角のデートなんだから、肩書やそれに類するものは極力除けて、ただのレティシア(オレ)大切な相棒(オマエ)として、一日を過ごしてみたい。そう、思ったのだ。

 あとは……まぁ、コイツの事だから、意外とこういうシンプルな何時もと違う服も刺さるんじゃないかなー、なんて淡い期待もあった。


 ――まぁ、変装としては悪くないんじゃね? あと、普段が白基調の服装だから黒いシンプルなシスター服って新鮮。


 ……よしっ!

 眼福眼福ー、なんて軽い口調ではあるけど、悪くない反応に内心でガッツポーズを決める。

 これなら、いけるんじゃないか。

 今の処、思い浮かんだ様々な期待や欲求を元に立てた服装や予定は、相棒から良い反応を引き出し続けている。

 まだデートは始まったばかりだが、この調子なら、最後には。

 最後には、ほんの少しくらい、オレを意識してもらえる感じに……。


 夕暮れの中央広場で噴水を前に、良い雰囲気で指を絡め合う様を想像したりして、多幸感でトリップしそうになる。

 ……っといかんいかん、本番はこれからだっていうのに妄想を捗らせてる場合じゃない。

 気を取り直して、ベンチから立ち上がる。


「それじゃ……散歩がてらブラブラして、露店が開く時間になったら市場の方に顔だしてみようぜ。この恰好なら気軽に行ける場所も多いし、穴場を開拓できそうだし?」


 ――なるほど。見習いシスターと友達って体ね。代わりにちょっとお高めのトコには入り辛そうだが……まぁそれは普段のときでいいか。


「そういうこと。じゃ、いくぞ!」


 本当は、手を繋げれば良かったんだけど。

 気恥ずかしさに躊躇ってしまって、腕を掴むに留めて、その腕をぐいぐいと引っ張りながらオレは歩き出した。











 朝の清々しい空気の中、人通りもまばらな街を連れ立って歩く。


『大まかな予定くらいなら良いけど、練ったプランとか斜め上に吹っ飛んでいくだけだからやめときなさい』


 相手してる男が斜め上上等の生き方してる奴なんだから。と妙に力強く断言していたアンナの言葉に欠片も反論出来なかったので、こうして何となく歩いてるだけになったけど。

 それだけで充分楽しくて、馬鹿を言って笑い合うだけで胸が溢れんばかりに満たされる。

 安上りと言ってしまえばそうなんだろう。

 でも、いいだろ別に。楽しいんだから。幸せなんだから。

 いっそ開き直りにも近い気持ちで、デートというにはあまりにも普段通りの、だけど甘やかな幸福に満たされた時間を甘受する。


 ――シアさんシアさん。あそこのパン屋もう開いてるっぽい。食ってみたい。


「早速か! 朝飯食ってきたんじゃないのかよ」


 ――食い倒れツアーになる可能性も考慮して、軽くつまんで来ただけなのよ。焼きたてのパンの匂いはこの腹具合には凶器っすわ。


「まぁ、良い匂いなのは確かだけどさ……オレもあんまり朝食は食べなかったし、なにか一つ買っていくか」


 正確には、食おうと思ってもロクに喉を通らなかったんだけどさ。

 じゃぁ、行こうぜヤッホーイと、意気揚々と店の扉を開ける相棒と一緒に、通りすがりに見つけたパン屋に立ち寄る。

 転生・転移者が色んな知識や文化を持ち込んだせいか、ファンタジー世界の割には色々と見た覚えのあるものを見かけたりするんだよな。特に食い物――食文化関連は、転移者に日本人が多かった事もあって、それが顕著だ。


「いらっしゃい。おや、見ない顔だねぇ、新しいお客さんは歓迎だよ」


 恰幅の良い店のおばちゃんが、愛想よく声を掛けてくれるのに二人で挨拶を返して、店内を物色する。

 聖殿の食堂は、日本人から持ち込まれた料理の知識や品の再現に熱意を燃やすコック長が厨房を仕切っているので、聖都全域でみてもレベルが高い。

 元は日本人だったオレ達が日々、食事をとっていても不満が発生する事が無い、という時点で相当なんだよ。流石に米だけはどうしようもないけど。

 でも、こうして街の食品店に入って見てみると……結構侮れないな。


 種類こそそこまで豊富では無いが、ソースを絡めた腸詰をブレッドに挟んだ総菜パンみたいな物や、ジャムとバターが切れ込みから覗く菓子パンらしき物など、そこかしこに日本の魔改造ムーヴを感じる品がある。

 うん、興味深さという点でもこの店は当たりかもな。覚えておこう。

 相棒も関心したように商品を見ていたので、二人でもう少し店内を回っても良かったのだが……もう少しすると仕事場に向かう前の人達が大勢やってくるよ、とおばちゃんに言われ、店がごった返すまえに良さそうなパンを一つずつ購入する。


「お嬢ちゃんはこれから大聖殿でお仕事かい? 若いのに立派だねぇ……彼氏さんはちゃんとお嬢ちゃんを送ってやりなよ!」

「うぇっ!?」


 感じのよいおばちゃんだとは思ったが、予想外の言葉(サプライズ)が飛んできてオレは硬直した。

 頼んだ品を手渡して、銅貨を受け取りながらおばちゃんは笑ってバシバシと相棒の肩を叩く。

 うーっす。なんて、特に大きな反応をする事もなくパンを二つ受け取ると、奴は固まったままのオレの手を引いて店を出た。


 ひ、否定しないのかよ、変なトコで面倒くさがりやがって! なんだよもー仕方ねーなコイツはもぅ!


 なんとなく、アンナが「うっわ、この聖女めんどくさ」とか言ってる光景が頭に浮かんだけど、それも直ぐに浮かれた気分で上書きされてしまう。

 そのまま店の外に置いてある木造りの長椅子に座ると、相棒は買ったパンのひとつをこちらに差し出してきた。


 ――変な事言われて驚くのはしゃーないが、変装してる以上、あぁいった事もあるだろ。動揺してたらキリがないぞ?


「わ、分かってるって……つ、次からは余裕だし。なんなら目の前でお前と腕組んだりもできるし」


 というかしてみたい。是非とも次の機会が巡って来てほしい。

 そんな事を考えながらオレも長椅子に腰を下ろすと、二人並んでパンにかぶりつく。


「あ、美味い」


 ――おう、美味いな。


 まだ暖かさの残る出来立て、っていうのもあるだろうけど、パンはかなりの物だった。

 おばちゃんも()()()()良い人だったし、いいなこの店。また来よう。


「もうそろそろ露店も開き始めるだろうし、掘り出し物巡りでもするか?」


 ――いいね、おもしろ魔道具とか売ってたりしねーかな。


「お前、殆どジョークグッズみたいなネタ魔道具たまに買うよな……何に使うんだよアレ」


 ――宴会芸、とか? そもそも作った奴も酔っぱらってんじゃねーかって感じだしな!


 だがそこが良い! と言って笑うお馬鹿に変な無駄遣いは程々にしろよ、と笑い返して買ったジャムサンドをもう一口かじろうとして。

 頬に刺さる視線を感じて、そちらに視線を転じると――やや離れた場所でこちらをジッと見つめる小さな女の子がいた。

 ちょっと古びてるけど、よく洗濯された寝間着の様な恰好で、片手には小さな犬のぬいぐるみが抱え込まれている。


 ――なんだなんだ、あのちびっこは? こんな朝早くに迷子か何か?


 相棒も気付いたらしく、手に持ったパンを大きく上げ下げする。

 それに合わせて女の子の視線も首ごと上下したので、オレ達というより持ってるパンに視線が固定されているみたいだ。

 人通りはまだ少ないままで、周囲に保護者の姿も無し――とりあえずそのままにしておく訳にもいかず、オレは手招きして女の子を呼び寄せた。











 仕事場に向かう人々や、開店を始めた店で活気の生まれて来た街の通りを()()で歩く。

 思いがけず、デートに闖入者が現れてしまった。

 舌足らずな口調で、おふぃり、と名乗った少女はやっぱり迷子だったみたいだ。

 今は相棒に肩車されて、オレ達に半分ずつ渡されたパンを夢中で頬張っている彼女を横目で見ながら歩く。

 最初は目付きの悪い男を怖がってオレの側にくっついてきたオフィリは、能天気な言動の馬鹿にすっかり警戒度を下げたらしく、大人しく肩車されながらジャムパンを攻略している。

 食いこぼしたパンくずやら手についたジャムやらが相棒の頭に付着しまくっているが、奴は気にすることも無く肩の上の幼女に問いかけた。


 ――んで、お嬢ちゃん。とうちゃんかあちゃんはどうした? どこではぐれたん?


「んー……わかんない。しすたーが、ぱぱとままはお空におでかけしちゃったんだって。だからおふぃーはいいこでおるすばんしてる」


 そうかーえらいなー。と返しながらオレに視線を向けてくる奴に、オレは頷き返す。

 返答から推測するに、多分、彼女は教会で運営してる孤児院の子だろうな。

 大戦が終結したのは、ほんの二年前。戦災孤児というのは、決して少なくない。

 遣る瀬無い話ではあるが、長い戦争で下降し続けた人口に歯止めをかける意味も兼ねて、孤児の保護は各国で積極的に行われているのがせめてもの救いか。

 宗教国家であり、慈悲や寛容(ただし邪神とその関連者は除く)を美徳として教義の一部に組み込んでいる教国は、特に力を入れている分野だ。


 こういった施設は、上からの管理が行き届いていないと腐敗の温床になりがちだけど、この世界の場合はソレが驚くほど少ない。

 上も現場も、元は戦場で邪神の軍勢とバチバチにやり合ってた元修羅勢が多いからな。

 戦いを続けるのが難しくなり、一線を退いた者達が、せめて別の形で貢献しようと思い立って選ぶ新たな戦場(しょくば)に、孤児院を望んだ者達が殆どを占める。

 遠く離れた地方ともなれば嫌な例外も存在するかもしれないが……この聖都では無いだろう。というか無理だ。

 万が一、シスター・ヒッチンやガンテス司祭の耳に入ろうものなら、事実確認が取れ次第、あらゆる煩雑な手続きをスッ飛ばして直接殴り込みかねない……というかあの二人は絶対そうする。

 そもそも聖殿内の上層部が、二人を制肘する処か何で自分にも声をかけないんだとキレ散らかしそうな修羅坊主揃いなのだ。腹に一物ある奴がいるとしても、自殺志願者でもない限りは大人しくするだろう。


 それにしても……オフィリはどうしてこんな朝早くから、あの場所で迷子になってたんだ? 時間帯もそうだが、距離的にも孤児院のある区画とは結構離れてると思うんだけど。

 まだまだ幼いと言っていい年頃の子なので説明はいまいち要領を得なかったが、オレと相棒が交互にゆっくりと問いかけていった結果、なんとなくだが事情は分かった。


 どうやら、孤児院で特に兄として懐いてる人物が毎日朝早くに出かけてるので、毎朝いつも一緒にご飯を食べていたのにそれができなくなって寂しいオフィリは、今朝、兄の後をこっそり追いかけたらしい。

 多分、早朝の配達業の手伝いか何かだろう。小走りであちこち駆けまわる兄に幼い彼女では付いていくことも出来ず、いつの間にか姿を見失って、オレ達と出会った場所で途方にくれていた様だ。

 聞き取った内容から咀嚼した、推測混じりの話ではあるけど、本当にただの迷子みたいだな。


「ややこしい話とかも無いみたいで良かったな。これなら普通にオフィリを送り届けるだけで良さそうだ」


 ――だな。いや一安心した。お前と二人で行動してるから、何かデカいゴタゴタの始まりなんじゃないかと構えちゃったわ。


「おい、ふざけんな。そりゃこっちの台詞だろ。どう考えてもトラブルを引き寄せるのはお前の方だろうが」


 ――えぇー、聖女様の方がネームバリュー的に絶対厄介事寄ってくると思うんですけど。


「か・が・み・を見て言えっ」


 自分を棚にあげて失礼な事を宣う馬鹿野郎に、人差し指を突き付けて頬をグリグリしてやる。

 パンを食べ終わって肩車から降りると、手にしていた犬のぬいぐるみを馬鹿から受け取って遊んでいたオフィリが、上機嫌に笑いながらオレと馬鹿の間にぬいぐるみを割り込ませた。


「ケンカはめーなんだよ。おふぃーとわんわんはケンカしたことないの」


 あ、はい。すいません。と素直に幼女に頭を下げる相棒に、吹き出しそうになるのを堪える。

 けれど、続いた言葉に我慢は容易く決壊した。


「だから、おっきいわんわんもおねえちゃんとケンカしたらめーなんだよ?」

「――ブフッ!?」


 顔を背けて、今度こそ吹き出した。

 悪気の欠片も無く、ナチュラルに幼女に犬扱いされてなんとも言えない表情をしている奴を見て腹を抱えて爆笑してない分、まだ我慢してると思うんだよ。こんなの絶対笑うだろ。

 でも――。



「おねえちゃんも、おっきぃわんわんをイジめたらめーなの。パパとママがなかよしだと赤ちゃんのおふぃーもニコニコしてたから、おねえちゃんの赤ちゃんもニコニコしてないとだよ?」

「」




 続くとんでもない追撃に、オレは一瞬で石化した。

 お返しの様に、隣からブフォ!なんて吹き出す声が聞こえる。笑ってんじゃねーよ!

 他人事みたいな反応しやがって、オフィリの言葉をまんま受け取るなら……そ、そういう事になるんだぞ! そこはお前も慌てるくらいしろよ!

 顔がめちゃくちゃ熱い。耳まで熱を持ってるのを感じる。

 相棒を睨みつけるオレの顔は――恥ずかしながら、熟れた林檎みたいな事になってるだろう。


 ――大丈夫だよ、お嬢ちゃん。俺とシアはちゃんと仲良いから。なんならツーカーのマブダチだから。


「ほんと? なかよしならしすたーがいい子だねってほめてくれるんだよ!」


 よし、俺も褒めておこう。いい子だヨーシヨシヨシなんて、三人並んでその真ん中を歩く小さな姿の髪をかき混ぜる相棒と、それにはしゃいだ声をあげて笑うオフィリ。

 ちっとも慌ててくれなかった事に対する不満と、否定を一切せずに仲の良さを主張してくれた事への喜び――そんな相反する感情に挟まれて、顔が真っ赤なままのオレ。

 くそぉ……二人して平然と別の話題に移るなよ……いつまでも動揺してるこっちが馬鹿みたいじゃないか。

 行き交う人々から、微笑ましいものを見る様な視線が向けられるのを感じて、オレは自分の顔の熱が当分は引きそうにない事を確信しながら、孤児院へのある区画へと向かう事を二人に提案した。

 孤児院――オフィリの家族も彼女がいなくなった事を心配してるだろうし、早く送り届けるに越した事はないからな。


 反対意見なんて出る筈もなく、相棒が再び小さな迷子を肩の上に乗せると、オレ達は足早に目的地に向かう。多少は距離もあるし、歩いてる間に頬の熱も引くだろう。

 増えて来た人通りの間を縫うように進み、仕事場へ向かう労働者達の朝の通勤ラッシュを抜け。

 露店通りから暫く歩いて、従来の居住区画からは外れた、外壁近くの住民区。

 戦時中、戦禍に晒された村や街から避難してきた人達の為に突貫で整えた仮の居住地が、そのまま正式な区画として認定された地域だ。

 そこにある、少し旧さの目立つ大きな長屋の様な建物が、オフィリの住む孤児院だった。


 さて、到着したは良いが、どうするか。

 ……特に捻る必要もないな。普通にお邪魔して、迷子を保護したと伝えればいいか。

 相棒も同意見だったらしく、オフィリを連れて皆で孤児院の簡素な門を潜ろうとすると。


「――オフィリ!!」


 大きな声――年若い少年のものだ――に、呼び止められた幼女が、パッとそちらのほうに顔を向けて顔を輝かせる。


「ぺとら!」

「この馬鹿! 散々探させやがって……あぁクソッ、見つかってよかった……!」


 あっという間に飛び出して、建物の角から現れた少年に、オフィリは飛びつく。

 言葉の通り、散々に少女を探し回ったのだろう。息を切らして額に汗を浮かべた少年は、明らかにホッとした様子で帰って来た家族を抱きとめた。


 孤児院の敷地に入る前に事が片付いてしまったので、少しばかり所在なさげに相棒と視線を交わし合うと、お互いに苦笑し、相棒は肩を軽くすくめた。

 オフィリは、ペトラと呼ばれた少年に雷を落とされて半べそをかいている。

 ちょっと可哀想ではあるけど、勝手に孤児院を抜け出して迷子になったのは事実だからな。心配かけた分、おにいさんにたっぷりと怒られるのは仕方ない。

 御説教に夢中でペトラ少年はこっちに気付いて無いみたいだし、静かにフェードアウトしてしまおうか。


「大声を出してどうしたのペトラ? オフィリが見つかったの?」


 アイコンタクトで相棒とやり取りすると、オレ達は静かにその場を後にしようとして……入口の扉を開けて現れた聖職者の装いをした女性と、思いっきり鉢合わせして動きを止めた。

 おぉう……思ってたより大分若いけど、ここの経営を任されているシスターさんかな? タイミングがちょっと悪かったな。


「あら……お客様ですか……? 申し訳ありません、今、少々立て込んでまして」

「あ、いえ。用事はもう解決したので、お気になさらず」


 オレ達を見て軽く目を見開いた女性は、チラリと御説教中のペトラ少年を見やると、言葉の通り申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 此方としても、迷子のオフィリを無事送り届ける事が出来た時点で目的は達成してる。後は、行方の分からなくなった家族を無事見つけた人達の時間だ。

 まぁ、突然のアクシデントではあったけど、これはこれでデートの良い思い出になった。オフィリには感謝しないとな。

 そんな風に結論をだして、再度フェードアウトを試みようとしたんだけど――今度はペトラ少年に叱られていたオフィリが、オレ達の元に走って戻ってきた。


「あっ、おいコラ馬鹿オフィー! まだ話は終わってないぞ!」

「ふんだ、ぺとらのおこりんぼ! おふぃーとゴハンたべてくれないのに、おふぃーにおこってばっかり!」


 そのまま相棒の後ろに隠れると、追って来たペトラ少年に向かって顔だけ覗かせて舌を出す。


「もとはお前が勝手に外を出歩いたせいだろ! 大人の後ろに隠れるなんてズルするなよ! ――っていうか誰だよこの人達!」

「おねえちゃんとおっきいわんわん、おふぃーとゴハン食べてくれたもん。イジワルぺとらよりやさしい」

「――お前な! 知らない人に食べ物貰ったからって簡単についていくなよ! 変な奴だったらどうするんだ!」


 ――わんわんの次は変な奴かぁ……。


 遠い眼をして相棒が小声で呟いているのを聞き取り、ポン、と肩を叩いてやる。


「元気だせよわんわん」


 ニヤニヤしながら慰めてやると、奴はスッっとオレの頭に両手を添えて……痛ダダダッ! 無言でウメボシはやめろよ!?

 ヘッドロックされつつ反撃で頬を引っ張るオレと、頬っぺたを引っ張られながらもこっちのこめかみをグリグリするのを辞めない相棒。

 そしてその足元を挟んで、幼女と少年が子供らしい舌戦を繰り広げている。

 もう大概しっちゃかめっちゃかになった状況を断ち切ったのは、孤児院の運営者である(と思われる)シスターさんだった。


 ペトラ少年とオフィリの頭頂に、ゴツン、という鈍い音と共に拳骨が落とされる。

 二人は揃って口を閉ざすと、無言で頭を押さえて蹲った。


「お客様の前で粗相どころか、足にしがみついて喧嘩をするなんて、お行儀が悪いですよ二人とも」


 細腕に見合わぬ素早い動作で子供達にお仕置きしたシスターは……慈愛に溢れた母の如き笑顔だった。


「失礼しました。ひょっとしたらお二人がオフィリ(この子)を連れて来て下さったのでは……あら、どうかなさいましたか?」


「いえ、なんでもないです」


 ――同じく、なんでもないです。


 何となく、ヒッチンさんに通ずるものを感じる笑顔に、オレと相棒も不毛な争いを即座に中断して、背筋を伸ばして直立する。

 そんなオレ達を見て、彼女はくすりと微笑むと丁寧に腰を折ってこちらに頭を下げた。


「当院の子を保護して頂いた様で、感謝に堪えません。私は此処の運営を任されているブランと申します……よろしければお茶をお出しするので、上がっていかれませんか?」











 カップに淹れられたお茶を頂きながら、オフィリを見つけた経緯を話す。

 院の応接間……というより書類仕事をする部屋に来客用のテーブルと椅子を運び込んだらしき、少しばかり手狭な場所で、オレ達はシスター・ブランの淹れてくれたお茶と茶菓子を御馳走になっていた。

 折角のデートだっていうのに、大まかな予定すら段々と明後日の方向に飛び去って行方不明になってる気がするのは如何ともし難い。

 とはいえ、彼女も純粋に御礼がしたい、という気持ちからお誘いしてくれた訳であって、それを無下にするのも据わりが悪いのだ。オフィリがオレ達が帰ろうとすると涙目になって服の裾を引っ張ってきた、というのもある。


 そんなオレの内心を察したのか、相棒が笑いながら、お前も大概お人好しやなぁ。なんて言って頭を撫でてくれたのは、ちょっと嬉しかったけど。


「なるほど……あの子はペトラに特に懐いていますからね。ペトラも下の子達をよく纏めてくれているのですが……少しでも此処を運営する助けになろうと、背伸びをし過ぎるきらいがあるのです」


 早朝の配達業の手伝いも、駄賃を全て私に預けてしまいますし。と、悩まし気にシスター・ブランは溜息を吐く。

 オレはお茶請けのクッキーを一枚とって齧ると、一旦お茶で口の中を洗い流してから問いかけた。


「……ひょっとして運営費用に困ってたりとかします?」


 多少なら、聖女(オレ)の権限で融通する事も出来るけど、あんまり露骨な贔屓はよろしくないんだよな。孤児院はここだけじゃないし。

 でも少しくらいなら、と考えたオレに対して、彼女は笑いながら(かぶり)を振った。


「決して余裕がある、という訳ではありませんが、教会からは運営するには充分な費用を頂いています。戦禍に焼かれ、親や住む家を失った子供達がいるのは此処だけではないのですから、出来うる限りの自助努力は欠かすべきでは無い」


 ――なるほど、天は自ら助くる者を助く。ってやつですね。


「あら、良い言葉ですね――転移者の世界の用句でしょうか?」


 ――ま、そんな感じです。


 シスターの言葉に少しばかり自慢気に笑って答える相棒。

 ――大勢の子供達にまとわりつかれて顔やら髪の毛やら服やらを好き放題に引っ張られてなけりゃ、格好もついたかもな。


「かみの毛まっくろー、すげー」

「ねぇねぇ、ぼくもくっきー食べていい?」

「にほんじ? ってほかの国の人なんでしょ? なんかおはなししてよ!」

「わたしもおひざにすわりたーい」

「ダメー、おっきいわんわんのおひざはおふいーがすわるの」


 子供特有の遠慮の無さで頬も瞼もぐいぐいと引っ張られて変顔を晒している奴は、肩に膝に両脇にと乗られるわブラ下がられるわ、もう完全にチビっ子達の玩具と化していた。


「……お前って意外と子供に好かれるタイプだったんだなぁ」


 ――これは好かれるっていうか俺()遊んでるだけな気がする。公園の遊具になった気分。


 耳を交互に引っ張られ、ぐいんぐいんと首を左右に傾けて肩に乗る子に操縦されている相棒が、器用にそのままお茶を啜る。

 うん、言われて見れば確かに。大人に遊んでもらってるというより、絶対に噛んだりしない大型犬が自分の家にやってきて鎮座してるから、皆、興味津々で群がってる、って感じだ。


「大変だな、わんわん?」


 ――おう、お前あとで覚えてろよ。


 先程と同じネタで弄ってやると、子供達がへばりついてるせいで身動きのとれない相棒は視線と言葉だけで抗議をぶつけてくる。

 そう怒るなって。オレ的にはお前の知らなかった面が知る事ができて結構ご満悦なんだ。

 お前が子供に好かれる体質や雰囲気だっていうのは、紛れも無くこっちにとって朗報だよ。しょ、将来的なアレやコレやも考えると、こう、さ。色々あるだろ?

 いや、そもそも遥かそれ以前の段階なのは分かってるから、流石に気が早すぎるとは思うけど。


「ほら、お客様が困っていますよ。離れなさい、お菓子は一枚だけなら食べて良いですから」


 シスター・ブランが手慣れた様子で子供たちを相棒から引き剥がし、その口にお茶請けのクッキーを一枚ずつ放り込む。

 おとなしく口を開けてクッキーを待ち受けては、放り込まれた甘味に嬉しそうに頬を綻ばせるチビっ子達。

 親鳥と雛鳥の関係の様な光景に、オレも相棒も和んだ気分でそれを眺める。


 ――こういうの見ると、クソデカいハンバーグとかパンケーキ作って腹が弾けるまで食わせてやりたくなるな。


「どういうチョイスだよ。まぁ、言わんとしてる事は分かるけど」


 そんなやり取りをしながら、二人で椅子から立ち上がる。

 お茶菓子も頂いたし、そろそろお暇しようとすると、チビっ子達からえー! という抗議の声が一斉にあがった。

 懐かれた、というよりお客さんが滅多に来ないので珍しいんだろうな。


 わんわん(笑)だけじゃなくて、オレにまでまとわりついて一緒に遊ぼう、もっと居てよ、と目をキラキラさせてせがんでくる子供達は、非常に強力な拘束力を発揮していた。

 うーん、これは振り切り辛い。普段、聖女なんていう高位の名誉職に就いてるおかげで身内以外からの、過剰な敬意や含みや背後が一切ない、純粋な好意というのは久しぶりだ。シンプルに嬉しい。

 でも、折角のデートの時間が惜しい、という気持ちもある。なんとも悩ましいものだ。


 ――今回は、良いんじゃないか? 予定と大分変わっちまったし……埋め合わせって訳じゃないが、また二人でどっかいこうや。


 オレの悩みを汲み取ったのか、再び子供達に群がられて遊具と化した相棒が笑いながら肩をすくめる。


「わー、にいちゃんとねえちゃん、デートだったのかー?」

「デートだデート! おれしってる! コイビトがいっしょにするやつだろ!」

「おっきぃわんわんとおねえちゃんは、なかよしなんだよ? おふぃーおしえてもらったもん」


 やんややんやと囃し立てるおチビ共の言葉に、頬に熱が集まるのを感じながら、オレは大きく咳払いした。


「――うぉっほん! 仕方ねーな! 今日はオレとそこのわんわんが一緒に遊んでやろう! だけどちゃんとシスターの言う事は聞けよお子ちゃま共!」


 わーっと。提案したこっちが嬉しくなるような、喜びの歓声が上がる。

 わんわんやめーや、と抗議してくる奴に、いい加減諦めろ、と返してシスター・ブランに頭を下げた。


「すみません、勝手に話を決めちゃって……今更ですけど、今日一日、此処の手伝いをしてみたいんですけど……大丈夫ですか?」


 運営しているシスターの頭越しに、子供達と勢いで約束してしまったので、遅ればせながらの許可を恐る恐る問う。

 オレの心配を他所に、シスター・ブランは寧ろ申し訳なさそうな表情を浮かべながら、聖印を切って指を組んだ。


「一日だけでも、大人の手が増えるのはとても有難いお話ですが……よろしかったのですか? 今日は、お隣の彼と逢引の日だったのでは?」

「ブッ――! あ、逢引って程のモンでもないですから! ……今のところは」


 最後の、ゴニョゴニョと口の中で転がした願望混じりの言葉を、彼女だけは耳に拾ったのか。


「では、ご厚意に甘えてさせて頂きます。今日はよろしくお願いしますね。――優しき人達との出会いと、我らの主に感謝を」


 一転して微笑ましいものを見る様な目付きに変わると、笑いながら此方に礼を言ってきたのだった。






◆◆◆




 成り行きで迷子を保護して、お家に送り届けて、送った先の孤児院でガキんちょ共とバタバタと戯れて。

 俺にとっても、シアにとっても予定外・予想外だらけではあったが……まぁ、悪くない一日だったんじゃなかろうか。

 いやー、しかし子供ってパワフルよね。

 俺もシアも振り回されっぱなしだった。年長組は寧ろ下手な大人よりしっかりしてそうな位だったが、年少組はもう一人一人が怪獣だ。エネルギッシュさがしゅごい。

 ペトラ君を筆頭とした年長組が手伝っているとはいえ、あの大騒ぎを毎日上手い事まとめてるブランさんマジパねぇ。


 夕日が聖都を照らし、斜陽の光で緋色に染め上げられた街壁沿いの道を歩きながら、シアと談笑する。


「オフィリは最後、泊まっていけって半泣きだったな……また来るって約束しちゃったし、今度もあそこに行ってみるか?」


 行くのは構わんが、二人で行くのは辞めておこう。体力が保たん。リアや……なんなら副官ちゃんも巻き込んで人海戦術で子供(かいじゅう)達を迎え撃つべき。


「言えてるな。邪神の軍勢と戦うよりよっぽど大変だった」


 全く以て同感なシアの言葉に、二人して笑い合う。

 にしても、めちゃくちゃ大変だったのは確かだが……シアも結構楽しんでいたようだ。

 遊びに誘っておいて職場体験みたいな感じになってしまったので、疲れさせただけだったら申し訳さがハンパ無かったが、楽し気に孤児院での出来事を語る様子からして、杞憂で済みそうだ。


「お前も代わるがわる色んな子達に集られてたじゃねーか。特にペトラ少年に懐かれてたのは予想外だったぞ?」


 あー、アレね。

 ペトラ君、冒険者になりたいらしいのよ。で、見た目ソレっぽい俺に色々と聞いてきた。

 俺はフリーの傭兵擬きなので、彼の望む冒険者のイロハやアドバイスは教えてはやれなかったのだが……代わりにちょっとした投擲のコツとかを教えておいた。

 いうて、投げ物(スローイング)にしろ投石紐(スリング)にしろ、最後にものをいうのは投げた回数――練習量みたいなトコがあるので、あくまで基礎知識と安全な取り扱いについてだけ、だが。

 孤児上がりから冒険者だと、最初は装備を整えるのも維持するのも難しいだろうし、その辺の石ころさえあればお手軽な遠距離攻撃手段になる投擲は、重宝すると思うしね。


「成程なぁ……これで少年が将来冒険者になったら、お前が先生って事になるのかね?」


 馬鹿言え、荒事の手札を一つ増やしてやっただけで師匠面なんて出来るかよ。数日後にはお師匠に会いに行くってのに、恥ずかしくて眼も合わせられなくなるわ。

 悪戯っぽく問いかけてくるシアに、苦笑いして首を横に振る。

 まぁ、あれよ。また会いに行く流れになってるワケだし、次に機会があれば、野営やちょっとした獲物の解体程度なら俺にも教える事ができる――正直、ブランさんが居ればその辺は事足りる気もするが。

 物腰柔らかで、たおやかな美人ではあったが……アレ、間違いなく元・修羅勢(戦場帰り)や。立ち振る舞いに全然隙無いし、最後に握手したときの細腕に似合わない掌のタコは、どう考えても子供の面倒や大量の家事で出来るようなもんじゃなかったし……なんかミラ婆ちゃんと似た空気感じたし!


 思いがけず出来た、新たな知人や小さな友人達への話題は尽きず、街壁を辿る様にして歩き続け――シアが足を止めた頃には、日は殆ど落ちて空の端に星が瞬き始めていた。


「さて、ここだな」


 ここって……ただの街壁やん。周りも普通の住宅区だし、最後に一緒に行きたいって言ってた場所ってコレなのか?


「ンなわけねーだろ。この()だよ()


 シアは魔力を練って――飛行魔法を発動させるとふわりと飛びあがり、街壁の上に着地する。

 ってオイ、都市内で飛行魔法は許可いるやろ。一瞬とはいえ、ふっつーに使うなよ。


「いいからいいから。早くお前も上がって来いよ」


 ニシシ、なんて歯を見せて悪戯小僧みたいに笑うシアにこれ以上文句を言う気にもなれず、溜息を付きながら魔力を足に充填した。さてはしょっちゅうやらかしてるな? この不良聖女め。

 壁を壊さない様に気を付けながら、街壁を蹴って駆けあがる。

 二度、三度と石壁を蹴りつけ、一息にシアの隣へと着地した。

 これ、ミラ婆ちゃんやガンテスに知られたら普通に説教コースなんだろーな……。

 とはいえ、壁の上の光景は中々壮観だ。昼間なら此処から見下ろす都市外に広がる景色は遠くまで良く見えそうだし、特に、遮る物の無い空は完全に日が落ちたなら、さぞかし星が映えるだろう。


「ここの景色も良いけど……オレ達のお目当てはアレだ」


 そう言って、シアが親指でくいっと指さしたのは……壁の直ぐ外に建てられた、今は使われていない、古びた物見塔。

 俺が嘗て、こっそり秘密基地にして出入りしていた場所であり――再転生してきて、シアと本当の意味で再会した、あの場所だった。







 シアは再度、飛行魔法を使って浮き上がると、俺の腕を掴んでぶら下げながら飛翔し、崩れた上層から塔に入る。

 二人で色々な感情をぶちまけて言葉を伝え合ったあの時のまま、幸いにも未だ取り壊されることも無く、物見塔は静かに佇んでいた。

 俺を床に下ろして魔法を解除すると、シアは塔の中をぐるりと見渡し……放置されている木箱の縁を、そっと指で撫でる。


「本当は、さ。お前がたまにここで拳の練習したり、メモ帳と睨めっこしたりしてたの、知ってたんだ」


 オフィリじゃないけど、何してるのか気になって、こっそり後をつけて覗いてたんだよ、と、ちょっと笑いながらカミングアウト。

 マジかー……それ自体は別に構わないけど、全く気付かなかった事がショックだわ。多分、隠蔽の魔法とか使ってたんだろうけど。


「お前は大きな戦いの前には、情報収集だっていってよく居なくなってたけど……帰ってくる前日には、必ず此処で頭を悩ませてたよな」


 オッフ。そこまで知ってるならいっそ声を掛けてくれても良かったのに。もう秘密基地でもなんでもないやん。

 愚痴っぽく今更な文句を垂れる俺に、シアは笑顔のまま、すまんすまん、と謝ってくる。


「何度か声を掛けようとも思ったけど……普段よりずっと真剣な顔で悩んだり、修行したりしてたからさ。なんか勿体なくて、ずっと見てた」


 いや、何時もは手ぇ抜いてるって訳じゃないのよ? 一人になって色々考えてると勝手に顰めっ面になってたってだけで。


「――知ってるよ」


 ふと、真剣な表情になって、シアが真っ直ぐに俺をみつめてくる。


「知ってるんだ、見てたから。お前が、ふざけた態度の裏でどれだけ全力でオレ達を助けようとしていたのか、どれだけ悩んで、その方法を探って、考えていたのか」


 そう言葉を零すと、瞳を閉じて微かに微笑む様は、大事な過去を思い返し、噛みしめているみたいに見えた。


「そんなお前を見ていた理由も、見ていた意味も変わっていった事を、今はちゃんと分かってるんだ」


 なんか滅茶苦茶気になることを言い出したシアさんだったが、茶々を入れられるような雰囲気でも無いので、黙して続きを促す。

 眼を開いて、再び俺を見つめて一つ頷いた友人は――唐突に話題を変えた。


「さて――ここに来た理由だけど、お前に見せたいものがあったんだ」


 急激に明後日の方向に吹っ飛んだ話の内容に、思わずズッコケそうになる。

 えぇ~……凄い気になる前フリしておいてそれは無いんじゃないスかシアさんや。

 まぁまぁ、座れよ。なんて笑う聖女様に半ば押される様に、入って来た大きく崩れた壁面――すっかり陽が落ちて、あの日の様な星空をよく拝める場所に腰を下ろす。

 そして、何を思ったのか――シアは伊達眼鏡を外すと、胡坐をかいた俺の股座の間に、その華奢な身体を乗せた。


 いや、何してんのお前。ホント何してんの。


「まぁまぁまぁまぁ、ちょっと見てろって」


 いやよくねぇよ、近いわ。お前、自分の外身がとんでもねぇレベルの美少女だって自覚ある? この位置、この体勢非常によろしくないんですけど。

 以前は早々に長期休暇を取って引き籠ってしまった我がジョンも、今では元気に社会復帰している。

 なので、過去にはそう気にもならなかった筈の、胡坐の上に乗せられた柔らかな、ちょっと高めの熱源は非常によろしくない(二回目


 さり気なく《地巡》で魔力と併せて血流も操作していると、俺の胡坐の上に座ったまま、シアは魔力を展開・放出し――大規模な構成の魔法を発動させた。




 ――塔から覗く空に、大きな、美しい光の華が咲く。




 発動した広範囲の幻惑魔法で再現されたのは、夜空に咲き誇る、色とりどりの花火だった。

 魔法で再現されたものなので、上がる際の独特の打ち上げ音や、一瞬の火花が散る小気味良い火薬の音はしない。

 画竜点睛を欠く、と言ってしまえばそれまでだが……それでも、久方ぶりに見るその光景は、美しかった。


「お前が居なかった二年の間に、戦勝記念で祭りみたいな事をやったって言っただろ――その時の花火を再現した魔法(モン)だよ」


 感嘆のあまり、大口を開けてアホ面を晒している俺の耳に、シアの何処か自慢げな声が滑り込む。


「そのときはあんまりじっくり見たい気分じゃなくてさ。折角だから、今日お前と見直すのもアリかなって思ったんだ」


 ――そっか。


 視線を下に向けると、これだけの規模の幻惑魔法を使ったせいか自身に掛けた魔法は解除され、様々な光の乱舞に照らされて淡い金髪が輝いている。

 この体勢だと、シアがどんな表情をしているのか見る事は叶わないが。

 なんとなく、とても穏やかな、幸せそうな顔をしているんだろうと、分かった。


 ――綺麗だな。


「うん。前にみたときより、ずっと」


 言葉少なに、空に散る幻で作られた華に魅入る。

 暫し、色とりどりの鮮やかな光景を、二人で静かに眺める時間が続く。

 そして、自身の魔法で生み出した花火を見上げ続けていたシアが、ポツリと呟いた。


「やっぱり、そうだよな、うん」


 うん? 何が?


「別に。ただ、負けないって決めただけだ――ミヤコにも、アンナにも――アリアにだって」


 ……どういう面子だ? え、何、新世代の天下一女傑決定戦?


「ちげーよっ、ははっ……ばーか」


 俺のボケに、いつも通りに突っ込みを入れるシアの声は、とても楽しそうで。

 勢いよく俺の膝の上から立ち上がると、上がり続ける花火の幻を背に、振り向いた。


「――秘密だっ」


 そう言って楽し気に、満面の笑みを浮かべるシアは――その魂の輝きに負けない位に綺麗で。


 一際大きな火花が咲き乱れ、その笑顔を照らした。














ちなみに、都市内でも視認できるレベルの範囲幻惑魔法を使った事で、次の日に中庭説教不可避だった。

でも二人とも、怒られながらもきっと楽しそう。



こいつらこれで付き合ってないとかマ? ボブは訝しんだ。




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