霊峰へ
――では、点呼を取りまぁす! 俺がいちぃ!
「ボクがにー!」
「ならば拙僧が三ですな!」
聖都入口の城門前で、俺、リア、ガンテスがノリ良く手を振り上げて各々の番号を叫ぶ。
天気は快晴。広がる青空に、刷毛で刷いた様なうっすらとした雲が僅かばかりに白色を付けている程度。絶好のお出かけ日和、というやつだ。
中庭でのミラ婆ちゃんとの稽古から数日。お師匠の住む霊峰へと出発する日がやってきた。
俺は再転生してきた時に着ていた旅装に、関節や急所に軽く革の防具を付け足した格好だ。
リアとガンテスは巡礼者が着る僧服を、動きやすいように個々に改良した物を身に着けている。
おっさんはあんまり変わらん恰好だけど、妹分は普段より結構イメージ変わるな。うん。普段のストレートロングもいいけど、ポニテも良い文化です(断言
遠地への移動に必要な様々な荷物を背負い。準備は万端だった。
ちなみに、熾烈なジャンケン勝負で百回以上のあいこを繰り返した末に敗れ去った金色の聖女様は、ミラ婆ちゃん監督の元、執務室に封じられている。
こっそりか、なし崩しかは知らんが、付いていく気満々で各種お出かけグッズを自室に準備していたからね、仕方無いね。
留守番が確定した直後は、見て分かる程に凹んでいたので、昨日は丸一日、気晴らしに付き合って街で遊び倒した。
幻惑魔法で髪の色まで変えて、普段の聖女と御付きの従者みたいな感じでは無く、ただのシスター見習いとそのダチとしてあっちこっち歩き回ったので、日が暮れる頃には機嫌も回復してたのは幸いだ。
正直、変装して遊びに行くのはその内リアがやると思ってたが、シアの方ももっと気軽に街で遊びたいとは思ってたみたいだね。
現地にこそ来れはしないが、遠話用の魔道具も持たされているので、帰ってくるまで音沙汰無しになる訳でも無し。途中の街でお土産でも買ってくるから妥協してくれ。
さて、いよいよ出発する訳だが。
お師匠こと半龍姫が引き籠ってる霊峰は、聖都から北上して西寄り、大陸の最北端よりやや下程度の場所に聳え立っている。
当然、距離的にも中々の遠出になるので、各種消耗品や食料は北上中に通過する街々で随時補給する事になるだろう。
とはいえ、戦争中に各地を飛び回っていた忙しないスケジュールに比べれば楽なもんだ。差し迫った話でも無いので、三人仲良く楽しんでいこうじゃないの。
「うん、終戦後には遠出した事もなかったから、楽しみだ」
「霊峰が聳えるかの地は、肥沃な魔力と過酷な環境に適応した生命の溢るる地と聞き及んでおります。素晴らしき修練の場となりそうで――いやはや胸が躍りますな!」
「あははっ、先生はいつもそればっかりだね」
厳つい禿頭を片手で撫で擦りながら、目を輝かせるガンテスにリアは楽し気に笑いかけた。
会話から察せられる通り、この二人師弟関係である。勿論、戦いのね。
これから会いに行くのは俺の師匠だし、奇妙に符合が一致する面子になったな。
基本、ゴリッゴリのスデゴロファイターのガンテスだが、本人曰く、『聖職者の嗜み』としてメイスやフレイル、杖棍や旋棍といった打撃武器全般の取り扱いも修めている。
聖女として癒し全般に秀でているが、身体強化も得意なリアが師事する様になったのは、まぁ……本人の希望もあったらしいし、悪いこっちゃない。
だが。見た目、触れれば折れそうな儚げな銀髪美少女が、神器という名の特大鈍器を小枝みたいに振り回して敵を叩き潰す様になったのは間違いなく目の前のゴリラのせいや。
戦争も終わった今、流石に聖殿から神器を持ち出すのは無理があるので、今は荷物と一緒に背負ってるのは特大サイズの鎚鉾だが……本人とのギャップが酷い光景なのは変わってない。
「往く道で友好を暖めるは旅路での醍醐味、そろそろ出発するとしましょう!」
おう、そうですね。んじゃ、行きますか。
「よーし、行こう! ……って思ったけど馬はどうしたの? それとも途中まで飛竜便とか?」
上機嫌に拳を天に突き上げたリアが、思い出したように小首を傾げるが、忘れたかね。俺は騎乗全般が難しいのよアリアさん。
「え、それじゃまさか、歩いていくの!?」
違う違う。あれや。
そう言ってガンテスの方を指さすと、丁度、彼は岩塊を削りだしたような体躯を折り曲げて身を屈めた処だった。
野営道具が詰まった一際大きな荷を背負い、その荷の両脇にはがっちりと括りつけられた背負子が二つ。
――あれに乗って行きます。
「まさかの先生タクシー扱いだった!」
はっはっはっは。人聞きが悪いな。
馬代わりに荷車を曳くどころか、馬の倍の速度で二頭立ての幌を担いだまま丸一日爆走しても平然としてる奴が同行者なんだから、利用しない手はないでしょう。
以前、俺が乗ったときのように、揺れが酷いままだというならリアを乗せるのは躊躇われたが、本人曰く「筋トレしてたら上体を一切ブレさせない走法を編み出した」との事なので、安心してくれていいぞ。
「えぇ……いいのかなぁ」
困惑して背負子を眺めるリアに、背中を向けて屈み込んでいたガンテスが、振り向いて実にいい笑顔を見せた。
「お気になさる事は一切ありませんぞ、強いて言うなら、アリア様と猟犬殿では負荷が少々足りないのが問題なだけですからな!」
「うん、それは問題って言わないよね。長旅でデッドウェイト不足を嘆かれるとか聞いたことないよ」
額に手を当て、頭痛を堪えるような仕草をしているリア。俺はその小さな背から馬鹿みたいなサイズのメイスと荷物を取り外すと、ガンテスの背負う荷へと固定し、括りつけていく。
自分の荷物も上に乗せて紐できつく縛ると、岩の如き巨漢が背負う荷物は、本人に負けない小山のようなサイズになった。
最後に、何処か諦めたような表情のリアを抱えて右の背負子の上に乗せると、俺も反対側に乗り込む。
「よろしいですかな? ――では参りましょう」
特に重さを感じている様子も無く、ひょいっと立ち上がったガンテスだったが、「むぅ」と一言呻くと急に動きを止めた。
なんだなんだ、立った時に腰でもやったのか? 全くそんな感じには見えなかったが。
「いや、御心配には及びませぬぞ。ただ、そうですな……アリア様、予備の鉄棍をあと五本程お持ちになる気はありませんかな?」
いいからはよ出発しろや。
ボッ、ボッ、と規則正しく、空気が破裂するような音が街道に響く。
俺とリアを乗せ、上体を僅かに傾け、真っ直ぐ伸ばしてピタリと固定したまま走る巨漢の脚が発生源だ。
野太い丸太の様な腿を振り上げ、下ろす度に空気の壁を突き破って発生する破裂音は出発してから一切リズムが乱れていない。
景色の流れてゆく速度もまた早い。日本で自動車に乗ってた時と体感的には大差無い気がする。
風防とかは無いので、ダイレクトに風を感じながら特に身体が揺れる事も無く進む様は、下さえ見なければオープンカーに乗ってドライブしている気分になる。エンジン音の代わりにボッ、ボッって聞こえるけどね。
「うむ、良き哉! 穏やかな日の下で鳥の囀りに耳を傾けての旅路も良いものですな。身の引き締まる戦場の空気とは又違い、心洗われるようです!」
「すごいねー、先生。これ、日が落ちる前に最初の街に着いちゃうんじゃないかな」
大気を剛脚でボりながら、ガンテスが呵々大笑し、完全人力オープンカーに慣れてきたリアも目を輝かせて流れていく背景を眺めている。
街道を爆走する大量の荷物と人二人を背負った巨漢の僧に、すれ違う旅人や商人の馬車を引く御者が目を剥いて此方を二度見する度に、恥ずかしそうに顔を伏せていた妹分だったが、開き直ったのか、慣れたのか、今では道行く人に楽しそうに手を振る余裕まであるようだ。何気に順応性高いよねキミ。
これが俺とガンテスだけだったら、目を剥いた後、慌てて距離を取るか下手をすると悲鳴を上げて逃げ出す奴ばっかりだろうけどね。っていうか前はそうだった。
一度だけだが、誰かが通報でもしたのか、馬に乗った巡回の騎士が追いかけてきた事もあったわ。あの時は急いでるから無視しようぜ、って言ったらノリノリになったガンテスがぶっちぎって置き去りにしていったが。
今はリアがいる上に、ご機嫌で笑顔を振りまいているので、擦れ違う人たちの驚愕度はともかく、警戒度は格段に下がってる気がする。
この分なら、今回は追いかけっことかはせずに済みそうだ。美少女が一人加わるだけでコレだもんなー、浮世の遣る瀬無さよ。
まぁ、同じ光景――強面の筋肉達磨と目付きの悪い男が見たらドン引きするような速度で街道を駆けてたら、俺だって通報するか悩むけどね!
街道沿いにある小川のせせらぎと空気をボる音に耳を傾けながら、のんびりと地図を広げる。
このペースならリアの言う通り、余裕で街に着くなー。一旦休憩して昼飯にしない?
「うん! 水場も近いし、実はお弁当持ってきたんだ。そろそろお昼にしよう」
あー、風に靡く銀髪を抑えながら、ニッコニコで同意する妹分に癒されるぅ――それはそれとして、弁当とな?
てっきり保存食食って終わると思ってた昼食に、思わぬ単語が出てきて反応すると、リアは背負子から身を乗り出してちょっとした内緒話をするように口元に掌を寄せた。
「そうそう、早起きしてレティシアと一緒に食堂の厨房を借りたんだ。簡単なものだけど作って持ってけって、レティシアが言い出したんだよ」
最後に少し意地悪気に、悪戯っぽく笑って姉にとって気恥ずかしいであろうエピソードを暴露する。わざわざ早起きしてもらって有難いな。遠話の魔具を使うときに感想を述べておくとしよう。そもそもまだ食ってすらいないが。
「多めに作ってきたから、先生もしっかり食べてね!」なんて頭上から笑顔で話を振られ、ガンテスは角張った厳つい顔を角を削り落としたみたいに柔かくして笑う。
「これはなんとも忝い。御二人が手ずから拵えた物を食せるとは……ミラ殿や猊下に自慢できますな! 霊峰に辿り着く前にこうも心躍る機会が訪れるとは、此度の護衛を任された我が身の幸運を創造神に感謝せねば!」
「大袈裟すぎ、そこまで喜ばれると逆にプレッシャーだってば」
そう言って笑い合う師弟を微笑ましい気分で眺めていた俺だったが、遠目に見えた光景にガンテスの硬い禿頭を軽く叩いた。
二人とも、昼メシの前に厄介事っぽいぞ。右側の方から何かに追われてるっぽい馬車が凄い勢いで走ってきとる。
街道を俺達からみて右前方の緩やかな丘。
その向こうから、馬に出鱈目に鞭を入れながら最大速度で街道に向かってきている馬車と、その奥には馬車を追う巨大な蟲の群れが目に映った。
蜂型の魔蟲の群れかよ。街道から外れた道を強引に突っ切ろうとして巣圏にでも入ったのかね。
「む。このままだと此方と接触は必至……迂回しますかな?」
基本、人当たりの良いガンテスだが、こういった局面での判断はシビアだ。伊達にベッドより戦地の天幕で寝てる回数の方が多い人生を送ってない。
だよなー。ただ襲われてるってだけなら、助けに入るのも吝かじゃないんだが……あんなモン引き連れて街道に向かってきてる時点で擦る気満々やしなぁ。
個人的にはスルーしてしまいたい処だが、さて。
「待って」
凛とした声が響いて、俺とガンテスは一瞬視線を交差させ、苦笑を浮かべた。
「馬車から迎撃してる冒険者の人達、相当深手の怪我してる人もいる――助けよう」
背負子から今にも飛び降りそうな様子で、そう断言したのはリアだ。
平時は割とぽややんとしてる事も多い妹分の、戦場の貌――否、銀麗の聖女としての貌がそこにはあった。
どれどれ……言われて見てみれば、モンスターデリバリーなんぞやらかそうとしてるにしては、護衛らしき連中はガチで抵抗してるな。随分と、御者側の人間とは意見の食い違いがありそうだこと。
「ボク達が迂回で抜けられても、ほかの街道の利用者に被害が出るかもしれない。馬車が街道に近づく前にこっちから迎え撃ちにいこう」
括りつけた荷を解いて、自身の特大鎚鉾を手に取ると、短刀を振るような気軽さで一振りして背に担ぐように構える。
駄目って言っても一人で飛び出して行くだろうし、一人でどうにかできてしまう力量もある。困った人を見捨てられないお人好しってのは、同行してる人間にとってはタチが悪い部類なのかもな。
でもまぁ――。
「では、このまま一気に馬車と大蜂の群れの間に入り、接敵しますぞ! 振り落とされぬ様になされませぃ!!」
「ありがと先生! ――にぃちゃんは、来てくれる?」
そういう魂の持ち主だからこそ、すき好んで傍に居るんですけどね。
仰せのままに、|Dear My Saint《聖女様》、なんつってな!
ちょっとおどけて言って見せると、リアは花が咲く様な笑顔を浮かべて「うん!」と元気よく頷いた。
背負子の骨組みをしっかりと掴むと同時に、グン、と急激な加速が掛かる。
ガンテスの踏みしめた大地が大きく陥没し、小さなクレーターが足跡変わりに次々と街道を穿った。
街道整備の人員がみたら発狂しそうな光景ではあるが、それも数歩分のみだ。
最後の一歩で深く、大きく踏み込み、巨躯が膝を曲げて沈み込む。
「ぬぅうぅぅぅぅぅん!!」
野太い気合の雄叫びと共に、筋肉が宙を飛翔した――自分で言っといてなんだが字面がひでぇ。
弩砲から放たれた大矢の如く、地より発射された俺達は弓なりの軌道を描いて空中を舞い――走り続ける馬車を飛び越え、その背後の魔蟲の群れへと着弾態勢に入る。
「――喝ッツ!!」
文字通りの大喝が、ガンテスの喉から咆哮として飛び出した瞬間、俺とリアが背負子を蹴って飛ぶ。
一秒後、筋肉製の砲弾が群れの中心へと直撃し、耳障りな無数の羽音が爆撃音で消し飛ばされた。
消し飛ばされたのは羽音だけでは無い。着弾点とその周囲にいた魔蟲達が、迫撃砲を食らったように体液と甲殻の破片をまき散らして爆散する。
粉塵と土煙が噴き上がり、群れの中心部は茶色の煙幕を張った様に視界から遮られた。
一気に数が半減した事で、群体として行動している魔蟲の群れの動きが乱れ、その場に停滞して再編成を開始。これで街道には近づけずに済んだ。
「にぃちゃん!」
――応よ。
再度統括されるのを待ってやる必要も無いので、群れの外周部にいる個体を潰して、更に数を削る。
リアの鎚鉾が一閃し、数匹纏めて大蜂が弾け飛ぶ。
俺は鎧ちゃんを右腕だけ起動すると、地面の砂利粒を拾い上げてサイドスローで投擲した。
肩、肘、手首と連動して魔力噴射を行い、身体強化と合わせて動作を加速。投げ放たれた無数の礫は弾丸の様に魔蟲共の甲殻に食い込み、体液をぶち撒けた。
群れの再編が終わり、新たな外敵に対して魔蟲が一斉に威嚇の低い羽音を掻き鳴らす。太い棘の様な牙が生え揃った摂食口からギチギチと嫌な音が漏れて鼓膜に嫌な刺激を与えてくる。
ヴゥゥゥン、と響く、苦手な奴が聞いたら鳥肌を立てそうな無数の重低音を前に、俺は一瞬視線を後ろに飛ばすと動きを止めた馬車を見やった。
リア。ここは俺とガンテスだけでえぇわ、馬車の怪我人を見てきて、どうぞ。
「ヤだ」
即行で帰ってきた拒絶に、思わず敵前でズッコケそうになった。いや、なんでやねん。
「馬車の人たちも心配だけど、にぃちゃんが怪我する方が嫌なの。だから早く一緒に倒して、そのあと治療する」
過保護か! なんぼなんでも只の魔蟲に不覚を取る程、にいちゃん弱くないぞぉ!(沽券感
思わず隣に顔を向けて抗議すると、リアは珍しく――いや本当に珍しく膨れっ面で俺を睨み返した。
「駄目なもんはダメ! ――今度こそ一緒に戦うんだからボクの傍にいてよ」
妹分からの心配が過剰過ぎる。この位の相手なら道具有り、時間制限無しなら素でもやれるんだぞ。泣きたい。
戦闘中だってのに、何処か間の抜けたやり取りをしている俺達に襲い掛かることもせず――それ処か此方を無視するかの様に背を向け、魔蟲の群れは未だに舞う粉塵の中心を包囲する様に飛び回る。
知性と呼べる程の物が無くとも……いや、寧ろ本能で理解したのかもしれない。
少なくとも、この場で一番ヤる気に満ちている危険物が誰なのかを、だ。
「経緯は知らぬ――或いはお主等は巣を不当に荒らされ、故に襲い掛かった身なのやもしれん」
煙の薄まってきた中心部の向こうから、静かな声が届く。
「だとすれば、我らの行いはお主等にとって理不尽なのであろう。節足の類に神への祈りと言葉を届ける事叶わぬは、ひとえに愚僧の未熟よ」
バァン! と、大口径の空砲を鳴らしたような音が響き渡り、発生した衝撃波で残った土煙が一気に吹き払われる。
大地に穿たれた砲撃痕の如きクレーターの中心には、両の掌を打ち合わせ、祈りを捧げて仁王立ちするガンテスの姿があった。
「故に――赦しを請おうとは思わぬ。存分に恨むと良い」
その言葉に反応したのか、単に目の前の危険極まりない外敵を真っ先に狙ったのか。
残った大蜂達は腹部の大きな針を、或いは牙を。目を閉じ、不動のまま祈りの所作を崩さない巨漢へと向け、殺到する。
ガンテスの巨体が、一瞬で黒い雲霞の波に飲まれて消えるが、俺もリアも全く動じなかった。
本人が理不尽と称した通り――気の毒な話だが、魔蟲達の持つ攻撃手段ではどうやってもあのゴリラの筋肉を貫ける可能性が存在しない。
単純な肉体強化&硬化という括りにおいて、人類圏では間違いなくトップのこの男は、戦闘時に比喩でもなんでもなく全身が最低でも鋼鉄以上の強度になる。
表皮どころか、内臓や血管、なんなら金的すら硬度が上がる癖に、生物特有の弾性としなやかさも保つというふざけた強化は、一に鍛錬、二に鍛錬。三四に実戦、五に鍛錬。というネジの外れた人生を送ってきた求道者の修練の結晶だ。
例え相手が蜂じゃなくて飛竜だったとしても、結果は同じ。ただ本能の儘に力を振るう獣の類ではガンテスの防御力は貫けない。
「憤ッ!」
短いが、力の籠った息吹と共に、魔蟲の壁が紙屑の様に千切れ飛ぶ。
剛腕剛脚、此処に極まれり。拳を振るう度、蹴りを放つ度、発生した衝撃波で残った群れは吹き散らされ、攻撃の直撃を喰らった個体に至っては、なんか体液と甲殻の色が混ざった血煙っぽいものに変わって消滅する。
――うん、やる事ねぇや。
アリアさんや、二人で馬車の方見に行こうか。
「……そうだね。先生がこうもやる気になっちゃったら、万が一も無いだろうし」
戦いへの気合をスカされた気分になり、お互い、スン……となった面持ちで筋肉蹂躙劇場から背を向けて馬車へと歩き出した。
大体それと同時に、馬車から何人かが飛び出し、こちらに駆け寄ってくる。
「すまん、助かった! 俺達も手伝う……ってなんだありゃ……」
飛び出してきた数人――先ほど、馬車から迎撃を行っていた冒険者らしきメンバーは、大暴れしているガンテスに気付いて唖然とした表情で硬直した。
うん、まぁ気持ちは分かる。
リアをチラリと見ると、妹分は我が意を得たり、とばかりに頷いた。
「此方はもう大丈夫です。とりあえず、怪我をしてる人がいるなら症状が重い人から治療するので、馬車に戻りましょう」
向こうさんの警戒を和らげる為か、聖女スマイルで対応するリアに、半分見惚れたように冒険者達は首をカクカクと縦に振った。
「いやぁ、助かりました。あの数の魔蟲共に追われ、あわや、という処でしたが、御二方の様な腕利きの巡礼者と偶然出会えるとは、まさに創造神の御導きですね」
にこやかな笑顔を浮かべて抜かすのは、恰幅の良い小奇麗な身なりの男――馬車の持ち主である商人だ。
必死こいて迎撃していた四人の冒険者の一人である魔術師と、馬車内にいた小間使いらしき若者が結構な重症だったので、リアがさっさと治療し、次いで軽傷だった他の冒険者と御者も癒したのだが、それを見ていた唯一無傷だった男は、笑顔を浮かべながら露骨にリアにすり寄りだした。
明らかに街道にいる人間に魔蟲を押し付ける為に馬車を走らせていたのに、よう口が回るね。流石商人――と言ったら真っ当な商売人の人に失礼か。
一応、名乗られはしたのだが、正直《視た》感じからしてもあんまり良い印象を抱けなかったので、耳に入っても右から左に抜けて地べたに落っこちてどっかいった。
リアも一見、如才なく対応している様に見えるが――まぁ、営業スマイルって奴だな。大戦時代からあの手の連中がいなかった訳じゃないし、慣れたモンだろう。適当に流してる感が凄い。
ちなみにこっちも自己紹介したが、向こうも向こうで俺とガンテスの事は殆ど眼中にない――いや、オッサンの方は眼中に無いっていうよりビビって意図的に意識から外してるっぽいが。
妹分の傍には、一緒に話を聞く形でそのガンテスが付いてくれているので、商人も短絡的に妙な考えは起こすまい。
手持ち無沙汰になったので、馬車の近くの木立で荷物の整理をしていると、先ほどリアがささっと癒した冒険者達がやってきた。
「よぅ。さっきはちゃんと礼を言えなかったから改めて言わせてくれ――最悪の対応を取ろうとしたこちらを助けてくれた事、本当に感謝する」
頭目らしきブラウンの髪を短く刈り込んだ剣士の男が、丁寧に腰を折って深々と一礼する。
他の三人――斥候の弓使いの女性と、女魔導士、聖職者の男も一斉に頭を下げてきた。
「ホント、ごめん。冒険者が一般人を巻き込み兼ねない方法を取るとか……我が事ながら最悪だった」
「私に至ってはそっちの小さな女の子に命を救われた様なものだし……リーダーの言う通り心から感謝してる」
「貴方たちが助けてくれなければ、無辜の民に魔獣をけしかけて逃げ出した挙句に、仲間まで喪う処でした……今の私に神に感謝する資格があるかは分かりませんが、それでも神と貴方達に感謝を」
神妙な表情で謝罪を述べる一行に、俺は努めて軽い口調でヒラヒラと手を振って応えた。
気にするな、とは言わないがそう深刻なツラをする必要はないと思うよ。大体予想はついてるし――アンタらもババ引いた様なもんやろ。
「そう言ってくれるとは有り難い……本当は、あんた達三人に礼を言いたいが……あっちの二人は俺達の依頼主につかまってる最中だからな」
剣士はそう言って自身の雇い主に目を向けるが、お世辞にもその視線の温度は高いとは言い辛い。
他の三人も似たようなもんだ――まぁ、必死こいて依頼主を守ろうと迎撃に精を出してたらMPK染みた真似の片棒を担がされそうになったんだから当たり前か。
実際、この冒険者達が商人と一緒になって街道の人間に魔蟲を擦りつけようとしていたのなら、あんなに必死になって矢や魔法を飛ばしてヘイトを稼ぐ必要は無いんだよな。寧ろ街道に近づいたら極力手出ししない方が周囲の人間に狙いも散りやすいだろうし。
寧ろ、どうにかして馬車に引き付けようと悪戦苦闘していた様にしか見えない。
依頼主の無茶な要望と、冒険者としての良識に板挟みになった末の苦渋の行動ってやつじゃなかろうか。
状況証拠のみではあるが、あの商人の独断だろうね――俺個人の視点で言えば、目の前の四人組は大戦で一緒に戦った人達と近いモノを感じるのでどうにも悪印象は抱きにくい。
他の二人も大体同じ意見だと思うぞ。と告げると、四人は幾らか肩の荷が下りた、といった様子で表情を和らげた。
改めてお互いに名乗ると、頭目の剣士――アザルというらしい――と、軽く握手を交わす。
簡単な経緯を聞くと、まぁ、大体予想通り。
二つ程向こうの街から、急いで聖都に荷を運びたい商人の馬車の護衛依頼を引き受け、平原に敷かれた街道ではなく、丘を幾つか超えるショートカットにはなるがやや危険なルートで進む事になったらしい。
その途中で、斥候のお姉さんの発見した巣圏を、依頼主である商人はリスクは承知で突破する様に主張。
その為に通常の護衛より高い料金を出している、と言われてしまえば強弁に反対する事も出来ず、やむなく強行で魔蟲の巣の範囲を走り抜けたそうだ。
巣圏に点在していた大蜂達のコミュニティの大きさが、想定より遥か上だった様で、こういうオチになったみたいだが。
きちんとした手続きは踏んでるようだし、依頼料自体も相場より高めだったようだが……やはり最後の選択が腹に据えかねているらしく、彼らの依頼主を見る目は冷え切っていた。
「……あと二日もあれば聖都も見えてくるし、ここまで来たら最後まで仕事はするさ……正直、途中に休息できる村でもあるなら、違約金払ってでも降りていただろうけどな」
一定以上の安全の確保出来ない場所での依頼の解約は、ともすれば依頼主への脅しにもなってしまうので、それをやらかした冒険者には組合から大きなペナルティが課せられる。
腹も立つし、割り切れもしないが、今回限りの付き合いだと思って我慢するさ、とアザルは苦笑いを浮かべていた。
ファンタジー異世界の定番、といった職業ではあるが、夢と浪漫と冒険に溢れてるのはごく稀。あるいは一握りの高ランクの者達がそれを享受する場合が殆ど。
実際は、荒事関連に比重の寄ったちょっと物騒な何でも屋、といった処か。
冒険者には冒険者なりに、気苦労が多いんやなぁ。
アンタは護衛の冒険者じゃないのか? と驚かれたが、違います。ワタクシ、フリーの傭兵みたいなもんです。いうて、専属契約して長いのでフリーとは言い難いけど。
まぁ、それは良いんだ。それよりなにより――いい加減腹が減った。
おたくらを救助する前に、丁度昼飯を食おうとしてたとこだったんですよ。あの商人、いつまでくっちゃべってんだ。折角のシアとリアの弁当なんだから三人揃って食いたいんだよ。はよ終われ。
リアもガンテスも空腹だろうし、さっさと切り上げてもらうために声を掛けようと腰を上げる。
「あの商人、護衛の傭兵の話なんて聞かないと思うぜ……俺達の方で話題を逸らしてみようか?」
心配顔で提案してくれるアザルやその仲間達に、軽く手を振ってだいじょーぶ、と応えると、揉み手せんばかりの商人と、いい加減笑顔の裏で疲れた感だしてるリアの元に歩み寄った。
「いや、それにしても御美しい。帝国貴族の方々とも懇意にさせて頂いておりますが、貴方程の方はお目に掛かった事がございません――よろしければ、高貴な方々にご紹介する事も可能ですが?」
「いえ、そういうのは結構です。ほんと、通りすがりに偶然助ける事が出来ただけなので」
ぐいぐいと詰め寄ろうとしては、リアの背後に控えるガンテスの視線に気づいて踏みとどまる商人と、げんなりした空気を丁寧に笑顔の裏に畳んで対応しているリアに、空気ガン無視で割って入る。そも、商人が相手にしてない後ろの筋肉ゴリラは一応、教会の司祭やぞ。無知故の無礼とかいうなら向こうも大概なので気にしない。
ここら辺でお話は切り上げませんかー。お礼とかは本人もお断りしてるんだし、いい加減こっちは昼食とりたいんですけどー。
商人は一瞬だけ俺に目を向けるが、直ぐに視線を戻してリアと会話を続けようとする。が、肝心のリアと後ろのガンテスは俺の提案に即座に飛びついた。
「そうだね。予定より大分時間過ぎちゃったし、ボク達はこれで御暇します。あ、御礼とかは本当に結構ですので」
「む、では当初の予定通り、昼餉としましょう。いや、運動の後の食事は身に染み入りますからな!」
二人は慌てて引き留めようとする商人を振り切るように、そそくさとその場を離れて俺が荷物を置いていた木立の下へと向かう。
そこで俺たちのやり取りを心配そうに見ていたアザル一行と改めて挨拶を交わし、一転して和気藹々と会話を始めたのを見て、商人は苛だちを隠そうともせずに振り返って俺を睨みつけた。
「君は余程低ランクの新米冒険者か何かなのかね。依頼人や目上の者同士の会話に割って入るなど、非常識にも程がある。組合への報告は覚悟しておきたまえ」
何言ってんのコイツ。MPKしようとしてた奴が常識語るとか草生えるんですけど。
鼻で嗤って返す俺に、ほんの一瞬怯んだかに見えた商人だったが、太々しい笑みを浮かべて嫌味ったらしく口の端を歪めた。
「先ほどの魔蟲についての事なら酷い誤解だ。私は護衛である彼らの意見に従って街道に向かっただけに過ぎない――下級の冒険者同士、庇い合いの約束でもしたのかね? そんな事をしても私が組合に真実を報告するのは変わらない……君の礼を失した態度も含めてね」
ま、やっぱそういう腹積もりだよね。
街道には俺達以外にもちらほらと人がいた。
遠目からとはいえ、馬車が魔蟲を引き連れて突っ込んでくるのはそれなりの人数の目に止まっただろう。
ようは、理由が欲しい訳だ。あの行いは自分達の本意では無く、冒険者たちの蛮行であるという、商人としての看板に泥が付かないそれらしい理由が。
自信たっぷりの様子から見て、どう報告しても組合に我を通せるコネがあるんだろう。アザル達は本当にババ引いたな、流石に気の毒になるわ。
真っ当とは言えないがやり手、肝が太いといえばそうなんだろうさ。だから聖女と偶然遭遇しても咄嗟に擦り寄るくらいはやってのける。
「……ほう、気付いているとはね。私の雇った連中と違って多少は目端が利くようだ」
聖都に荷を運んでるって時点で、あとはあのリアへの食い付き方を見れば大体想像はつくわ。大方遠目に見たことがあるんやろ。
つまらなそうに鼻を鳴らして言ってやると、商人は笑みの質を蔑む対象から、取引を行う格下、程度のモノに変えた。
「ならば話は早い。君がどういうツテを以てかの銀の聖女に雇われたのかは知らないが、御傍に侍る事を許されただけあって、無能ではない様だ――彼女と私の商会の仲を取り持ってくれたまえ。そうすれば、先ほどの無礼は水に流しても良いし、私の方で君に便宜を図ってやる事も吝かではない」
自信満々で、そちらにとっても悪い話ではないだろう? なんて言ってくる商人に対し――。
――俺は爆笑した。
ゲラゲラと特大のナイスジョークを聞いた笑い上戸の如く、腹を抱えて大笑いする。これは草の草。掌で膝パンパンしたろ!
大声で笑ったせいでリアやアザル達が何事かとこちらを見ているが、それは気にせず、彼らの視線から背を向けるようにして、商人の肩をフレンドリーにたたく。
数秒、呆気にとられていた商人が我に返って不快気に顔を歪め、何かを言おうとするのを遮って、俺は笑いかけた。
まず、勘違い一つ目。俺は冒険者じゃなくて、聖女に雇われたフリーの傭兵だ。
「傭兵……? 組合にすら所属してないならず者擬きが何故、聖女様の護衛など……待て、聖女の、傭兵だと……!?」
何かに気付いた様に、血の気が下に引っ張られて顔色が変わる商人に、さり気なく肩に乗せたままの掌に力を込めながら続ける。
勘違い二つ目、俺がお前さんみたいな類をアイツらに近づける事を良しとしてる人間だと判断してる事――個人的にはコレが一番衝撃だわ。思わず笑って感情を誤魔化しちゃう位には。
殊更にゆっくりと、ベキベキと金属が歪むような音を立てて商人の肩を掴んでいた掌から、肩、頬に掛けて黒い装甲が展開される。
「――ッ!? これ、が《報……》!?」
三つ目。ウチの聖女がお前さん程度の小物の思惑に気付いてねぇ訳ねぇだろ――単に、露払いをするのは傍に控える猟犬の役目ってだけだ。
悲鳴を噛み殺して呟く台詞に被せる様にして、俺は静かに、言い含めるように努めて優しくアドバイスした。
――組合には真実を語る。大いに結構じゃないの。あます事無く、嘘偽りなく全部報告しなよ商人さん。どういう結果になるにせよ、アンタが真実を語ったのかは分かるもんだ――犬は鼻が利く。そういうもんだろ?
――なんて事があったんですよぉ!
『なんで旅の初日から厄介事に首突っ込んでるんだよお前は!』
霊峰に向け、北上するにあたって最初に通過する街の宿にて。
一階の酒場兼食堂で軽く夕飯を済ませて、それぞれの部屋にチェックインすると、俺は早々に寝る準備を整え、最後に一日の報告を兼ねてシアに渡された遠話用の魔道具を取り出して起動させた。
こいつは本来、馬鹿にならない魔力を消費するアイテムで、国家間で使用する場合には専用の発動担当者が付くような代物なのだが、今現在、消耗を担当しているシアにとってはそう大した量ではないので、一日一回は必ず連絡するようにと念を押されている。
なので、起動させた瞬間に反応したシアと挨拶もそこそこに、今日の出来事を語ってたんだけど……怒られてしまった。解せぬ。
『はぁ……普段嫌がってる癖に、《猟犬》の悪名を使うとか……そんなにその冒険者達が気に入ったのか?』
うん、気の良い連中だったしね。あぁいう奴らには壮健で長生きして欲しいよ、やっぱり。
過分な通り名ではあるが《聖女の猟犬》の名は大戦が激化してくると同時に、シアとリアに同行していた俺を見て広まっていった。
といっても、多くの人目に触れる機会は主に戦場で、大抵は鎧ちゃん完全起動モードだったので、中の人たる俺の認知度はそんなに無いんだけど。
ある程度、こちらと親しかったり、俺がメインで活動してた戦場で何度も顔を合わせるような腕利きは《猟犬》の中身を知ってるんだが、大抵の人間には『聖女達の懐刀にして、彼女らに害を与える者に等しく拳を振り下ろす地獄産の魔犬』みたいなキ〇ガイ一歩手前の正体不明なやべー奴として認識されている。
今回の商人の一件もそうだが、シアに粉掛けようとしていた帝国貴族のお坊ちゃんを止めに入った俺が《猟犬》だと知った途端に、顔面蒼白になった父親がお坊ちゃんを張り倒して謝罪してくるなんて事もあった。
あれは御家の為とかいうより、公の場で敢えて殴りつける事で息子を護ろうとする父親の決死の覚悟ってやつを感じたわ……ナンパした位で、いきなり首を刎ねたり脳天から唐竹割りにでもすると思われてるんだろうか。そこまで頭のネジ吹っ飛んでないんですけど。
戦場で首ちょんぱとかひらきとかばっかり作ってるせいだろ、とか言う奴もいるけど、そんなん戦場なんだから当たり前やん、相手は邪神に脳味噌から尻穴まで捧げてる様なウ〇コ共やぞ。シアとリアを筆頭に、俺が身内判定だした連中を悉く苦しめている要因になってる連中とか、ブチ撒けようが引き千切ろうがノーカンやろ、解せぬ。
……まぁ、そんな訳で《聖女の猟犬》は、実態とは懸け離れた危険物扱いの悪名が独り歩きした通り名なのよ。
敵からはまるで死神を見るような目つきで見られる上に、味方からまでドン引きの視線を向けられるのはメンタルにクるので、あんまり声高に主張したい名では無いんだけど――今日の様なケースだとハッタリを利かせるのには丁度良いので、存分に活用させてもらった。
これで、アザル達が不当な悪評を押し付けられるって事も無いだろう。《猟犬》の悪名効果は抜群に効いたらしく、商人も顔を土気色にして首振りこけしになってたから馬鹿な真似はすまい――まぁ一応、後で確認はするが。
『……アンナが以前、全方位トラブルメーカーとか言ってたけど、小さな事に関しては本当にそうだよなお前って』
声のみのやり取りではあるが、頭を押さえて溜息を吐いてるのが目に浮かぶ口調で、シアが言う。酷くない? 今回、俺悪くないよね? 寧ろ周囲の人間に対してファインプレー多かったと思うんだ。
ぶっちゃけ問題なく終わった話ではあるし、俺としては次の話の方が本題なんだけど。
『まだ何かあるのかよ!?』
おう、重要だぞ――なんせお前とリアが何気に初めて持たせてくれた弁当に関してだからな!
ガンテスの大跳躍で少し形崩れしてしまっていたが、箱に詰められた大量のサンドイッチは美味しくいただきました。
もの自体はただのサンドイッチだけど、日本での定番の具材になるべく寄せるように工夫して作られたソレは、丁寧に作ったのであろう事も伺え、素晴らしい出来栄えだった。
辛子マヨとかは聖殿の食堂でもまだ使われてない調味料なので、食した際に非常にテンションあがり申した。
別に料理下手とかそういうイメージは無かったが、予想外に丁寧かつ繊細な気配りが随所に見られるお仕事でした。やるやんけ聖女様。
『そ、そうか。まぁ、ホラ、オレも身体的には女だし? 細かな作業とかは転生前より得意になってる自覚はあったし? ただのサンドイッチでも工夫次第で色々できるからな、うん』
向こうに見える訳では無いが、親指を立ててグッドサインを球体状の魔道具へと向けながら賞賛の感想を届けると、ご機嫌さを押し殺してちょっと上擦った声になりながらシアからの返答が返ってくる。照れるな照れるな、普通に美味かったんで、機会があったらまたオナシャス。
『そ、そっか! お前がそういうならまた作ってやるよ! ――っ、そうだ、帰ってきたらそれ持って今度はオレと二人でどっかいかないか?』
お、いいね。ピクニックのお誘いか――また、この間みたいに変装して公園とかに行っても良いんじゃないか?
『ははっ、悪くないな。その前にこの間話してた、甚平作れるかもしれない店とかを廻ってみるのもいいかもな』
そういえばまだ行ってなかったな! いやぁ、楽しみではあるが財布が軽くなりそうなのが怖ぇなぁ!
『多分、高級店だからなー。財布の中身が心許ないなら、聖女様が奢ってやろうか? ん?』
揶揄う様なトーンで意地悪気に笑いを含んだ声が聞こえてくるが、馬鹿ぬかせ、と同じく笑って返す。弁当まで用意してくれると言ったダチの財布にタカる程、困窮してねーよ。
幸い、前の戦いで得た報奨金とか傭兵として支払われた給金とかは、シアが手つかずのままにして保管しておいてくれたので、単純な資金だけならそこそこ以上にあるのだ……最近は減ってくばかりで増えてない現状に、貧乏性の性が発動して不安になってるだけで。
『あぁ、それじゃレパートリー増やしておかないとな――楽しみだなぁ』
おう、俺も帰ってからのお楽しみにしておくわ。
『――なぁ』
うん?
『なるべく早く――うぅん、遅くなってもいい。無事に帰って来いよ?』
嘗ての別れを思い出したのだろうか。
何処か不安気な声で旅の無事を願うシアに、俺は安心させる様、不敵に笑って応えた。
当たり前やんけ、猟犬は主の元に帰る――そういうもんだろ?
目的地への道程はまだ遠く、辿り着いた先でお師匠との再会がどう転ぶかもまだ分からない。
それでもやるべき事を終わらせたら、皆でちゃんと帰るさ。絶対に。
日が落ち、闇の帳が濃く落ちてきた街並みを窓から眺め。
シアの声に耳を傾け、ときに相槌を打ちながら、霊峰への旅路、その最初の夜は静かに更けていったのだった。
筋肉
デカい蟲の群れ程度だと、ラジオ体操と変わりないノリで蹴散らせる肉弾戦車。
前回までのループでも、大抵の死因は潰走する味方の兵を退却させる為に単身敵軍へと突撃し、相手の陣を突き破り続けて仁王立ちで逝くという、弁慶と真柄を足して二で割ったような死に方ばっかりだった。この世界における脳筋を極めた漢。
聖女(銀)
姉もそうだが、人類の善性を信じている訳では無くとも、根っこの部分で人を見捨てられないお人好し。聖女たる所以でもある。
それ故に降りかかる苦難や悪意も、振り払えるだけの力を持っているが、傷つかない訳でも無し。
尚、実際に危害を与えてしまうと、全身真っ黒の赤い光を放つ死神に常に首を狙われる様になる。
冒険者達
本人達に自覚は無いが、聖女に、猟犬、古参の教会司祭と、実は凄いコネと縁を作ることに成功している。
優秀だが、凡庸かつ善良な冒険者。往く道に幸あれ。
しょうにんさん
阿漕な真似は辞めるし、冒険者を使い捨てるような事も二度としないのでくびをはねるのはやめてくださいおねがいします。