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師、師姐、師弟。


 ――俺っ、復・活!


 はい。とりあえず、言っておきました。

 捻りとかも無い。言葉の通り、完治しました! ヤッホィ。

 いやぁ、長く――は無かったね、別に。うん。

 寧ろ魂の損耗の修復なんつー難易度EXな治療が、一ヶ月ちょいで終わったことを考えれば、破格の早さっすわ。

 治療に力を尽くしてくれた聖女姉妹(ブラザーズ)には頭が上がりません。落ち着いたら何かお返しを考えないとな……出費の予定ばかり積み上がっているのが怖いが。


 うむ、しかし。

 健康って素晴らしいね! 飯は美味いし、夜はぐっすりだし、身体のキレが違う感じがするわ。前の二つは治療中の時点で既に達成してた気もするが。

 そうそう、心なしか《三曜》に関する修練の方も進展があった気がする。これはお師匠にドヤりに行く未来も近いかもしれない。フフン。





 なーんて、調子こいていたせいでしょうか。


「構えなさい」


 ドンッ! と訓練用の木棍が中庭の地面へと打ち付けられ、分かりやすく戦意が叩きつけられる。

 仗を片手に仁王立ちしているのは、老年の――だが、老いなんぞ微塵も感じさせない、背中に針金が入ったようにピンと背筋の伸びたシスターだ。

 以前俺がノリで贈った、いつもかけてる三角眼鏡は、訓練の為か外されている。

 きつい雰囲気を助長するアイテムが取り外されたのに、訓練モードのテンションのせいで威圧感はむしろ倍増しになってるんですけどォ!


 シアとリアの両方から完治のお墨付きを頂いて、即日。

 今、ワタクシは敬愛する姉弟子こと、ミラ婆ちゃんにKAWAIGARIを受けようとしています。

 ガンテスのブートキャンプへのお誘いを受けないよう、注意してたらこれだよ。


 誰かたすけて(白目






 ミラ婆ちゃんことシスター・ミラ=ヒッチンは聖教会最古参の聖職者の一人にして、嘗ては教会最高戦力とまで言われ、現役を退くまでの数十年以上、その座を譲らなかった人類圏女傑ランキングで三指に入りそうなお人だ。

 大戦においても、激戦区で大暴れしまくって教会内の昇進? 知るか、そんなもんより敵を殴らせろ。とばかりに延々現地で戦い続けていたせいで、公的な立場は未だに只のいちシスターという意味分かんない婆さんやぞ。

 ガンテスが後ろについて行く形で戦地を共にしてた、という時点であっ(察し ってなる修羅勢だったのは想像に難くない。


 シアやリアが聖女として台頭してきた頃にはとっくに引退していた様だが、ウン十年人類の旗印の一人として戦ってきた武威が早々衰える筈もなく、過去には現教皇の先輩として面倒をみていた事すらあるらしいので、実質の立ち位置は組織の御意見番とか、最高顧問とかそんなポジションだと、個人的には思ってる。


 ただのシスターだと思って舐めた口叩けるやつがいるなら、やってみるといいさ! 教会の一定以上の年齢、もしくは上の立場にいる人間が大体敵に回るけどな!

 枢機卿でも出迎えるときは席を立って折り目正しく腰を折るいちシスターとは一体(哲学


 まぁ、それは外聞的な評価だ。

 俺にとって重要なのは、この御仁が俺の()()()に当たるという事である。




《三曜の拳》の開祖、神代の龍と人との間に生まれたとされる、《半龍姫》。

 永き時を生きた、個としての最高位階に在ると迄いわれる超越者に「最優の弟子」とまで評されたハイパーウーマンなのだ。この人は。

 ちなみに「全弟子でぶっちぎりのドベ」認定されとるのは間違いなく俺や(白目

 口に出してなくてもなぁ! そういうのは伝わるんだヨォ! 「言ったらかわいそうだから止めとこ」みたいな空気は分かるんスよ師匠ォ!




 ……ふーっ、おK、大丈夫、おれはれいせいだ。傷ついたりしてないし(震え声

 まぁ、アレだ。長々と姉弟子について語ったが、要するに、だ。




 この人、普通にやったら何をどうやっても俺では相手にもならん、という事なんです。




 宙を舞いながら、現実逃避気味に考える。

 一秒後には、横倒しになった独楽みたいに回転しながら、地べたに叩きつけられた。


 オッフwwwwもう無理ぽ、勘弁して。


「ふむ……技の精度自体は殆ど変わっていませんね。だがこれは……」


 人の乾坤一擲の一撃を、粗末な木製の棍で余裕綽々で流して脚を払ってくれた姉弟子は、なんか考え込む様に呟いていた。

 用途を基礎的な身体強化のみに縛っているとはいえ、鎧ちゃんを戦闘起動レベルで使用してもコレとか、ホンマ心折れそうになるんですけど。


「おぉう……すげぇ勢いで回ってたな」

「にぃちゃん、がんばれー」


 中庭の隅に転がっている丸太に仲良く並んで腰掛けながら、観戦気分のシアとリアから呑気な声援が飛んでくる。

 軽く言うがねキミタチ、ほんま辛いのよミラ婆ちゃんとの稽古って。


 肉体的な負担や危険度的なものは、ガンテスの修行に同行する方がよっぽど上だ。

 でも、アレはアレで身にはなる。なんだかんだ言って同行者のギリギリ限界を見極めてるとこあるしな、あのオッサン。

 組手するにしてもそうだ。今と同じ条件でやっても、一撃一撃ごとに背筋が粟立ってストレスでゲロ吐きそうになる程ギリッギリのやべー攻防になるが、一応、組手の体にはなるのだ。


 だが、目の前の鬼バ……姉弟子相手になると、なんもできん。


 同じ流派で、相手が技量的に完全な上位互換のせいもあると思うんだが、マジでなんもできずに地面に転がされ続けるからね!


《流天》を使えば掌握した流れを逆に支配され。

《地巡》で強化率を上げようとすれば、踏み込み一発で巡らせた魔力を散らされる。

 結果、練りが半端になった《命結》をあっさりと木の棒で流された挙げ句、打突の勢いを完全に捌かれて地べたと幸せでもなんでもないキスをして終了。


 ホンマ心折れそうになるんですけど(二回目

 地面と仲良しになるだけで、何か身になってる感が5杯目の水割りし続けたカルピスより薄い。土の味ばっかり噛み締め続けていい加減アースソムリエにはなれそうなんですけど。


 戦士としては紛れもなく超一流で、現役を退いた今でもそれは変わらないんだろうけど……教える側としてはイコールじゃないって良く分かる例だよね!(白目


「レティシア様、まだ確認したい事が幾つかありますので、続けても?」

「あぁ。まだそんなに時間も経って無いし、構わないよヒッチンさん」


 地に伏せたまま、益体も無い事を考えていると、ミラ婆ちゃんがシアに向かって稽古続行の可否のお伺いを立てているのが聞こえるが……おかしいだろ! そこは当人に聞けや!


 ……いや、分かってはいるんだよ。鎧ちゃん、というか俺の魂にかな。二人が治療の過程で枷の様なモンを掛けているのは。

 こうやって稽古を見学しているのも、鎧ちゃんを起動してる間の(ロック)がどうなっているのかチェックして、場合によっては稽古が終わったあとに再び掛けなおすか何かするつもりなんだろう。

 そういう意味では、二人が俺以上に俺の体調管理の権限を握っている様なもんなので、ミラ婆ちゃんがシアに判断を仰ぐってのも道理なのだ。


 散々やらかした末の結果なので、それに関してはまぁ、不満とかは無いんだが……。

 なんでやろうな、太い鎖に繋がった首輪を付けられたような、不穏な感じがする。気のせいだと思いたい(願望


「休憩はもう充分でしょう、立ちなさい」


 木棍を一閃させると、柄尻で俺を指してスパルタ姉弟子が稽古の続行を促してくる。

 逃避代わりの思考の時間は終わりみたいだ。

 散々っぱら地面と友好をあたためていたが、切り上げて立ち上がる。


 くっそ、こちとら何度も転がされて土塗れだってのに、向こうは汚れどころか額に汗一つ浮いてねぇ。

 直撃は無理でも掠らせるくらいはしたいものだが、さて、どうするか。


 摺り足で間合いを図りながら、真っすぐに此方に向けられた棍を睨みつける。

 あれが曲者すぎるんだよなぁ。というか、基本無手で使用する筈の《三曜》を長物に適用するって時点でおかしいんだよ。そらお師匠も最優扱いしますわ。


 多分、素手で運用するよりは技の精度は落ちてるんだろう。

 その分、リーチが圧倒的に伸びてるし、単純な破壊力ならもっと頑丈な得物で振るえば上回るまである。

 そもそも、精度が落ちるとかいってもそれでも俺より数段上だからね。

 横薙ぎに払われた木棍を普通に籠手で受けた瞬間、そこを支点に身体が縦にスピンして吹っ飛ぶ理不尽感よ(白目

 見学してる人間からしたら、ハヴ〇ック神に翻弄された謎挙動をしているゲームキャラみたいな動きをしているように見える事だろう。


 何にしても、棍のせいで俺の間合いが遠すぎる。まずは得物をどうにかしてみるかー。


 方針を決めると、取り合えず真っすぐ突っ込んでみた。

 迎撃に繰り出されるのは鋭い横薙ぎだ。

 迂闊に触れると《流天》で荒ぶる物理エンジンの世界に連れ去られてしまうので、地を這う様にして回避する。

 軸足の回転動作に《地巡》を挟むが、案の定、木棍に力の流れが『巻き取られて』不発に終わった。

 まぁ、分かってたからえぇわい。振りぬかれた棍が切り返される前に間合いを詰める。

 ミラ婆ちゃんの手の中で得物がくるりと回ると、柄尻が肉薄する此方に向けられ、捻りを加えた突きが打ち込まれた。返しが早すぎるんですけど(白目


 とはいえ、やっと力の向きが読みやすい攻撃が来た――いや、分かってて打ってくれたのかもしれんけど。

 腰溜めに構えていた掌底を、突きの回転とは逆方向に捻りをかけながら繰り出し、柄尻と打ち合った。

 今までの感触からして、本来なら俺が押し負けて体勢を崩してたんだろうが……今回は踏み留まり、逆に姉弟子殿が僅かに衝撃に押され、靴底が地を抉る。手にした木棍に、細かな亀裂が入った。


 ふはは、これぞなんちゃって寸勁。某格闘漫画で読んだ正拳突きの動作における関節駆動を3カ所抜く的な打ち方を、鎧ちゃんの協力で再現した代物だ。1回成功させれば、あとは反復練習で自力でなんとかなったのでたまに使ってる。

 実際にはこれで正しいのかは分らんが、打撃に貫通力が生まれたのでヨシ!


 やっと相手を間合いに捉えたので、腰を捻りながら足を跳ね上げ、弧を描くように蹴りを打つ。

 顎を狙って放ったそれを、ミラ婆ちゃんは眉一筋動かさずに重心を傾け、首を傾げるような僅かな動作だけで躱してみせた。絶対年寄りのしていい動きじゃねぇ。

 そして当然のように棍で刈られる軸足。

 今日何度目かも分からん、ふわっとした滞空感を一瞬味わうが――いい加減このパターンも慣れるわ!


 全身のバネを使って胴を捩じる。

 後ろ脚を刈られて地面と平行になった背中を、空中で反転させ、変則的な胴回転蹴りを打ち下ろした――当たるとは思ってないが、一回くらい驚かせる程度はしたいね!


「判断の速さは良いですが――荒い」


 身も蓋もない評価と共に、棍が蹴りを打った足首に添えられると――そこを支点に鉄棒で大車輪したみたいに俺の身体は一回転する。

 高速で流れる景色。天地が一瞬でひっくり返り、次の瞬間には地面が視界いっぱいに広がった。


 ホンマ心折れそうなんですけど(三回目


 今回の攻防も大地と不幸せなキスをして終了である。いい加減、地面の好感度がカンストしそう。つらい。

 ダメージはそんなに無いけど、メンタルを削りきられて起き上がりたくない俺を一瞥し、ミラ婆ちゃんは手にした木棍を無造作に地に突き立てた。


「大体は分かりました。次の一手で最後にしましょう――魔鎧を完全に起こしなさい」


 ……はいぃ?

 思わず、ガバッと顔を上げて姉弟子の鉄面皮をまじまじとみつめる。いや、マジで何言ってんのこの人。


「いやいや、ちょっと待ってくれヒッチンさん!? 流石にそれは治療してる側からは許可できないって!」


 ほらぁ、案の定シアからクレーム飛んできたやん。戦闘起動させるのも自分たちの監督付きって条件だした位だし、許可出すとは思えないって。

 あと基本、完全起動はガチの戦闘の時しか使わないので、俺的にもお断り案件です。身内に鎧ちゃんフル起動の拳を向けるとか、隊長ちゃんのときの一回だけで十分だわ。出来れば二度とやりたくねぇ。


 丸太に下ろしていた腰を浮かせて詰め寄るシアに、詰め寄られた当人は微塵も表情を揺らがせずに淡々と完治はしたのでしょう? と問いかける。


「したよ、したけどさ。ちょっとした確認や稽古でこいつに要らない負荷が掛かるのは承諾できない」

「ですから、一手のみです。一度だけの攻防ならそこまでの負担にはならないかと」


 いや、ちょっとちょっと。本人を放置してバチバチした空気出すのやめなさい。こんな事で喧嘩せんでえぇから。

 そもそもシアがゴーサインだしても俺はやらんぞ。なんなら完全起動したらこの場からの逃亡に使用するまであるわ。

 シアとミラ婆ちゃんの意見が割れてる間に、リアが此方に寄ってきて俺の手を取り、黒色の籠手に包まれた腕を触診するように撫でまわした。


「うん、回復魔法は必要ないみたいだ……ねぇ、にぃちゃん。何処か痛い処ある?」


 強いていうなら大地と抱擁を繰り返した事で心が痛いです(真顔 


「なら後でボクが抱っこしてあげるって――やっぱり、今までと違って魔鎧の起動時に出血はしてないんだ」


 おう、どうやらそうみたいです。


 再転生してからの初の起動時こそ、古傷が浮き出るような形であちこちから血が噴き出したが、あの時も稼働していた腕部自体は古傷以外の外傷は無かった。

 今回も同じく、しっかり戦闘レベルでの稼働で四肢が装甲に覆われているのに、特に痛みは感じない。


 基本、今までは装甲上に大量に奔ってる魔力導線が励起すると、宿った攻性魔力が皮膚を突き破って肉に食い込むので出血はデフォルトなトコがあったんだけど……どうも今はそれが無くなってるっぽい。

 なんでやろな、不思議な事もあるもんだ。

 まぁ、標準装備だったスリップダメージが消えたのなら、使い手にはプラス要素にしかならんし、どの道マイラブリーバディとの付き合いは一生モノなので細かいことは気にしない事にしよう(脳死感


「……にぃちゃんって自分の相棒の事になると、結構な大事でも凄いおおらかに受け入れるよね」


 結論出して自己完結していると、リアが何故か不機嫌そうになった。解せぬ。


「いやちょっと待て、その鎧が相棒とかオレは認めてないぞ!」


 おぉっと、ここで(あに)の方が反応してきた。

 ミラ婆ちゃんとの押し問答を放り投げ、鼻息も荒くドスドスと足を踏み鳴らしてやってくるシアの背に、婆ちゃんが「お行儀が悪いですよ」と注意を飛ばす。

 それも聞こえていないのか、腰に手を当てて仁王立ちで俺達の前に立った。


「そもそも、順番的にはオレの方が先に出会ってるんだから、相棒といえばオレだろ。呪い云々を差し引いてもただの武装は適用外、はい論破!」


 いや、なんでやねん。

 ビシッと親指で自分を指して、力強く断言するシアに、思わず平手でツッコミを入れる。

 元から鎧ちゃんに対して知人・友人内でもアタリがきつい奴ではあったが、ここ最近は更に露骨になった。何故だ。

 ちなみに一番はぶっちぎりで隊長ちゃんです。帰る前にも一回話題にしたときに「解呪したら一番に教えてください、巻き藁代わりに丁度いいので」と笑顔で仰ってました。

 大事な相棒を試し斬りの素材にさせる訳にはいかないので、絶対に解呪できん(白目


 鎧ちゃんは俺が守護(まも)らねばならぬ。と、決意を新たにしている脇で、今度はシアとリアが口論らしきものを始めてしまった。


「レティシア。ボクはここで一回、全力使用してもらった方がいいと思う」


 リアが至極真面目な表情で言うと、シアが露骨な渋面を作って首を横に振る。


「現状の使用率で無傷でも、完全な状態で使ったらどうなるかなんて分からないだろ。最悪、揺り戻しとばかりに反動や負荷が上がってる可能性だってあるんだ――こいつがホイホイ気軽に使ってるから忘れがちになるけど、本来《報復(ヴェンジェンス)》は封印処置が当然の特級呪物なんだぞ?」

「だから、だよ。安全な状況で、ボク達二人が揃って直ぐに治療に移れるこの場で、前もって使用状態の確認をしておくべきだ――今より悪い状況で、また無茶な戦い方をして発覚するよりずぅっと良いって」


 アリアさんや、それ暗に俺がまたやらかすって断言してません?

 おい、シアも「確かに…」とか呟くなや。戦争は終わってるんだから、早々無茶する機会なんて無いって……なんだその胡散臭ぇモンを見る眼付きィ! 二人だけじゃなくてミラ婆ちゃんまでそんな眼で見なくてもいいダルルォ!(巻き舌


 三人とも、さっきまで意見の食い違いで言い争ってたくせに、いきなり一致団結した。それ自体はいいけど理由が納得いかねぇ。

 ややあって、此方を残念なモノを見る様な目付きで見ていたシアが大きく息を吐いて。


「……分かった、この様子だと()()やらかすだろうし、消耗度合いの把握は必要だろうしな。どのみち多数決なら2対1だし」


 ただし、なるべく短くな、これは譲れない。そう最後に付け足して、反対意見を引っ込めた。


 おいちょっと待って。俺の意見が欠片も反映されないのは酷いと思うの。

 完全起動だけなら――まぁいいよ。鎧ちゃんがちょっと変になってるのは俺もなんとなく感じてるので、確認作業に否は無い。

 でもそのままミラ婆ちゃんと稽古続けるのは別に必要ないやろ! この一点がある時点で俺は承諾しないぞ。


 なんでただの稽古で敵に向けるのと同じ出力で身内に殴りかからないといかんねん。さっきまでのKAWAIGARIよりよっぽどメンタル削るんやぞ。あれ。

 強弁に反対する俺に、姉弟子殿はちょっと驚いた様に此方を見て「戦いの場で身を心配されるのは……なんというか新鮮ですね」なんて呟いてるが、別に心配はしてねーっス。


 目の前の御老体は虚勢を張るような人で無いので、多分本当に問題無いと判断してるんだろう。実際、腕前の程を嫌になる位味わってる身としては、心配するほうが失礼だろコレとか思ってる。


 単純に俺が嫌なの。俺の10倍強かろうが100倍優れていようが、身内を正真正銘の全力で打つっていうのが嫌なの……あの一回でホンマ身に染みたわ。ほんっとうにどうしようもない理由が無い限り、勘弁して欲しい。


 そう主張すると、シアとリアは「まぁ、そこまで嫌がるなら確認だけでも……」と折れてくれたのだが。

 残る一人は成程、なんて呟いて。


「貴方のそういった甘い部分は個人的には好ましいですが……姉弟子命令です、本気になって打ち込んで来なさい」


 話聞いてたのかBBA!? パワハラには断固として立ち向かうぞコラァ!


 思わずゼロセコンドで突っ込んだ瞬間に、脳天に木棍が炸裂した。


「女性に対して婆はお止しなさい。礼に欠けていますよ」


 おぉぉぉ……め、目から火花が散ったかと思った……。

 蹲って煙をあげてそうな額を抑えて悶絶していると、今の一撃で破損が大きくなった棍を打ち捨てて、ミラ婆ちゃんが指を一本立てて妥協案を告げてくる。


「では貴方が攻手、私が防りの一手のみ。正面から此方の正中線を狙う事……軌道が分かっているのなら、対応はより容易です。多少は安心出来るでしょう?」


 それはそうかもしれんけど、実際の安全度の話じゃなくて俺の気持ちの問題なんスけど……。

 尚もゴネる俺をスルーして、姉弟子は10メートル程離れて間合いを取り、無手のまま静かに構えを取った。


「望む、望まないに関わらず、貴方は紛れもなく邪神討滅を為した戦士なのです――平和が訪れたからこそ、大戦に力の矛先を向けていた強者たちは貴方に目を向けるでしょう」


 言われてみればご尤もな事を指摘され、思わず押し黙る。確かにちょっかい掛けてきそうな戦闘狂とか何人か思い浮かぶわ……。

 稽古から一段上のギアに上げたのか、ミラ婆ちゃんは力強く大地に足を踏み下ろした。

 気合の入った震脚によって大地が揺れ、ビリビリと震える振動が周囲の木々や建物を揺らす。


「再びこの地にやってきた貴方と、貴方の牙たる《報復(ヴェンジェンス)》には変化が起きている。大きな戦いに巻き込まれる前に、此処で自覚しておきなさい」


 そう言って、言葉の締め括りに俺も初めて見る――おそらくは現役時代に見せていた顔なのであろう、不敵な笑みを浮かべた。


「――大業を果たした自慢の弟弟子が拳。交える一番手を他の者に譲る気はありません、姉弟子を信用して存分に打ち込んできなさい」


 ……えぇ……その言い方はずるいなぁ。

 尊敬する人物――同じ生き方がしたいとか、できるとは欠片も思わんけど――に、そうまで言われたら、応えなきゃアカンやろ。

 今回だけね、うん。後は絶対やらんからね。

 溜め息一つ漏らすと、折檻された額を最後に一撫でして、俺も立ち上がって構えを取る。


 ――《起動(イグニッション)》。


 静かに一言、呟いて相棒を完全開放した。


 空気を軋ませる様な甲高い音が響き、頭部からつま先まで、漆黒の装甲が全身を覆う。

 全身鎧としてはシャープな姿形のソレに、展開から一瞬遅れて深紅の魔力導線が奔り抜け、久方振りの完全起動は為った。

 ……使った感じ、やっぱ出血とかはしてないな。痛みも《《前》》と比べると全然弱い。

 変化が起きている、と言っとったな。

 それを確認する意味合いも兼ねたのが今回の稽古だったって事か。


 ――なら、最後の〆くらいは、期待に応えて姉弟子を感心させてやりたいもんだ。


 お互い、同じ構えで向かい合う。


「……なんだかんだ言ってヒッチンさんと、仲良いよな」

「同じ流派の師弟の絆ってやつでしょ――なんか良いよね、こういうの」


 何処かブスっとした様子のシアと、その反対に喜色に満ちたリアの声が横手から聞こえるが、一旦それは脇に置いて。

 丁寧に《地巡》を行使して全身と周囲の魔力を練り上げ、充分に体内で廻したソレを拳で結ぶ。

 完全起動で技の精度は爆発的に上がったとはいえ、ミラ婆ちゃんなら妨害は容易な筈だが――彼女はそれを無粋といわんばかりに、自身も《地巡》で魔力を練って内に撓める。

 互いの《《練り》》が充分になり、最高の一撃への氣炎が昂まると俺は静かに宣言した。




 ――んじゃ、行きます師姐。


「――来なさい」




 真っ直ぐに、踏み出す。

 踏み込んで、地を蹴りだし、半歩で空気の壁にぶち当たり、一歩で音の壁を突き破る。

 先の決め事通り、正面から姉弟子の身体の中心に向かって、可視化するまで魔力を圧縮した《命結》の拳を最速で撃ち出し――。




「《日昇》」




 加速された知覚の中で、ミラ婆ちゃんの口元がそう動いたのを捉え、同時に打った拳が両の手掌をもって捌かれた。


「――見事な一撃でした」


 総身が流され、お互いが交差する一瞬、真摯な賞賛の声が耳朶を掠める。

 その一撃に完璧に対応しておいてよく言うね――まぁ、がっかりはさせなかった様で、何よりです。

 宣言通り、此方の本気の一撃を正面から迎え撃ち、打ち破ってのけた姉弟子に、大きな怪我をさせずに済んだ安堵と多大な敬意、あと出鱈目すぎる武力に対する少しの理不尽を感じつつ。


 突進と打撃の威力を完全に逸らされ、人間砲弾と化した俺は、中庭に隣接している建物の壁へと頭から突き刺さった。













「一度、受けてみて確信しました。技に良い意味で『遊び』が出来ています」


 壁に向かって犬神家になった俺を引っこ抜いて、一応回復魔法を掛けてくれているシアと――何故か此方の頭を抱え込んでだっこしているリアに挟まれたまま地面に座り込んでいると。


 俺の一撃を流した反動で削れた掌の表皮を、自前の回復魔法で癒し終えたミラ婆ちゃんがそのように宣ってきた。


 遊びとな? どういう意味じゃろ。


「切れと精度自体はそう変わってはいませんが、《三曜》の発動が素直になっています――貴方というより魔鎧の反応が変わった、という事でしょう」


 ……あれ? ちょっと待って。ということは進展があった気がしていた修行の成果は……?


「貴方の技量自体は然して変動していませんね」


 オッフwwww成長したと思ってたらただの痛い勘違いでござったwwww死にたいwww


「遊びが出来た、と言ったでしょう――言い換えれば余裕、成長の余地が生まれた、という事です」


 地味に凹んでいる俺に、鉄面皮のままフォローを入れてくる我が姉弟子。不器用な優しさが逆につらい。


「……おい、アリア。なんで抱きしめたままなんだよ、治療はもう終わってるぞ」

「さっき抱っこしてあげるって約束したから、してあげてるだけだよ?」

「おまっ……またかよ! ホント抜け目ないな最近!」


 おいぃ、真面目な話してんのに人の頭を巡って奪い合いを始めるな。バレーボールじゃねーんだぞ。

 きゃいきゃいと騒ぎ出した聖女二人の脳天にペチンと手刀を落とすと、おうぼうだーぼうりょくはんたいだー、なんて二人揃って棒読みで抗議の声を上げるので、立ち上がると二人とも脇に抱え込んでその場でぐるんぐるんと周ってやる。ふはは、黙らないなら黙らせるまでよ。


「…………」


 きゃー、だの、うわー、だの叫んで遊びだした俺達を、ミラ婆ちゃんが目を細めて眺めているのに気付いて、咳払いして二人を下ろし、居住まいを正した。


 ……ん"ん"っ、失礼しました。


「……いえ、怒っている訳では無いのです――寧ろ、もう少し見ていても良かったのですが」


 あ、そう? なら続きやるわ! と言えるほど太い神経はしてないので、お話の続きをしましょう。

 再び咳払いして先を促す俺に、ミラ婆ちゃんは大きく頷いた。


「では、これは提案なのですが……一度、師の元へ足を運ぶべきです」


 ふむん、お師匠のトコに?

 首を傾げる俺の顔を、シアが脇から覗き込んでくる。


「お前らの師匠っていうと……()()龍の御姫様だよな?」


 まぁ、そうなるな。一回くらいは挨拶に行きたいとは思ってたけど、急に機会がやってきたっぽいが。


「確か住んでる場所、北西にある霊峰だろ……完治したばかりの出先としては、遠くないか?」


 うん、それはちょっとそう思う。


 大陸北西にある、峻厳な山々の連なる大地。

 一年通して、殆ど雪の絶える事が無いと言われる一際高い山が、霊峰と呼ばれる――お師匠の在住地だ。

 大戦の戦火も遠いそこは、人が住み着き、根を張るには厳しい環境というのもあるが……。

 単純に、あの辺り一帯がお師匠の『縄張り』認定された地域なのだ。

 神格に匹敵するとさえ云われる超存在の機嫌を損ねてでも、そこでドンパチしたいなんて言うパッパラパーは、人類側は勿論、邪神の勢力にだっていなかったので荒れていた当時の世界情勢からは考えられない位に、あの地域は自然な静謐の保たれた場所だった。

 邪神の放つ悪氣の影響で狂暴化した魔獣やらとは違う、厳しい環境の中で真っ当に進化し、生き残ってきた強力な精霊や霊獣が跋扈する、達人or人外以下はお断りな魔境やぞ。


 お師匠は基本、霊峰に籠ったまま出てこない引き籠りなので、師事した時もミラ婆ちゃんの紹介状を携えて、自力で御山を登頂せねばならんかったのだが、中々大変だった記憶がある。

 当時、山登りに時間を割いている余裕の無かった俺は、割と反則的な方法で大幅なショートカットして山頂へと辿りついたのだが、それでも数日掛かったからね。

 真っ当な修行者にとっては、あそこをゼロから踏破するのも修行の内なんやろなぁ……。

 逆を言えば、本来それが出来るような者でないと半龍姫に教えを乞うに能わず、って事なんだろうが……めっちゃ横着してショトカ使用した身としては申し訳なさを感じる。


「師ならば、貴方の今の状態をより精密に判断できるでしょう。それに、そろそろ接触を行う様にと話が出ていました。師弟の繋がりを以てかの半龍姫との会合を行うと言うなら、私より適任でしょう――師は貴方を大層気に掛けていましたからね」


 それ、ダメな子程可愛い的な奴じゃないですかー。超複雑なんですけど。


 話が出た、と婆ちゃんが言うって事は、少なくとも枢機卿以上の()からって事だから……まぁ、多分あのボードゲーム糞雑魚爺さんの発案なんやろな。

 愉快犯染みた面もあるが、大事な局面で外した行動は取らない爺なので、今回のお師匠へのアプローチも意味がある事なんだろうが。


 しかし、そうなると会いに行くのは俺だけ、って事は無いでしょ? 形式上では俺ってただの傭兵だし。会合っていうならそれなりの地位の人間が向かわんと駄目だろうし。


「そうですね。霊峰に問題なく入れる実力と、教会の重鎮という立場を両立出来る人間……自然、聖女の御二人のどちらかと、追加で護衛が一人、といった処でしょうか」


 ミラ婆ちゃんが言い終えるや否や――シアとリアが凄い勢いで前に出た。


「はいはい! ボクが行くよ! 龍の御姫様とは会ったこと無いから挨拶してみたいです!」

「いや、会合っていうなら顔見知りの方がいいだろ。オレが行くよ、霊峰の登頂ルートもある程度覚えてるし」


 全く同時に猛烈なアピールが始まる。どんだけお師匠に会いたいのキミたち。

 ちなみに、護衛は誰になるのか、もう決まっとるので?


「ガンテスにお願いしようと思っています。師も大人数での来訪は良い顔をしないでしょうから、かの地の麓までになると思われますが」


 お、良い人選。前に霊峰入りした時もあのオッサンと同行したので丁度いいや。


 俺とミラ婆ちゃんがサクサクと今後の予定について話を進めている傍らで、よほど今回の遠出に乗り気なのか、聖女姉妹(きょうだい)は丁々発止とやり合っていた。


「お前はこの間、一日中二人で出かけただろうが! たまには姉貴(アニキ)に譲れよ!」

「北西の霊峰なんて、行きだけで半月以上かかるじゃん! 一日じゃレートが合わないよ! ――っていうかレティシアも出掛ければ良かったでしょ!」

「よし、じゃぁ出発の日になる前にそうする――それはそれとして霊峰にはオレが行く!」

「うわ、なんだよそれきたない! 聖女きたない!」

「お前も聖女だろうが!」


 ギャーギャーと喧しく言い争っているのを横目に、俺はそっと立ち上がった。

 散々地に転がったり壁にめり込んだりしたせいで汚れ塗れなんで、水浴びしてこよ。


「……私が言うのもなんですが、御二人は放っておいて良いのですか?」


 姉弟子殿が、口論では埒が明かないと思ったのか全開で魔力強化した先読み後出しなんでもありの高速ジャンケンを始めた二人をチラリと見やる。


 いーのいーの。これ、俺が嘴突っ込むと、じゃぁお前が決めろ。どっちがいいんだ? とか聞かれちゃうやつなんで。君子危うきに近寄らず、ってやつです。


 ジャンケンしてるんだから恨みっこ無しで結果も出るっしょ。と、気配を殺してこの場から離脱を図る。

 こっそり足音を消して中庭を離れる、俺の背に。


「レティシア様もアリア様も、苦労しますね、コレは。――私の弟弟子は、こういった方面において愚鈍が過ぎる」


 そんな、呆れたように呟かれた、溜息交じりの酷評がぶっ刺さったのだった。解せぬ。












姉弟子


怪我が元で引退したけど、未だに人類最高峰の実力者。

若い頃は、腹黒悪戯小僧と脳筋ゴリラと凄腕冒険者を引き連れて逆ハーみたいなPTで大暴れしていた。

でも本人が鉄の女過ぎるので、浮いた雰囲気には一切なってない。

多分、弟弟子に過去を知られたら、この人に愚鈍とか言われるのクッソ不本意なんですけど、とか言われちゃう。



弟弟子


一ヶ月程度では進歩する訳がなかった。エターナルドベ弟子は伊達じゃない。

本人は変わってなくても相棒に変化があった為、詳細を知るために師の住まう霊峰へ向かう事に。



聖女(金)と聖女(銀)


世界で一番無駄に高等な魔法技術のつぎ込まれたジャンケン中。

ただいま90回目のあいこでしょ!




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