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デートだよ、サルビアさん!(中編)

 



 空模様は変わる事無く快晴。照り付ける日差しは中天に差し掛かり、段々と気温も上がって来た。

 とはいえ、海が近いこともあって町には涼やかな潮風が頻繁に吹き抜ける。常夏の気候でありながら存外に過ごしやすい。


 暫くの間、町の各所を見て廻っていたサルビアとガンテスだが、休憩がてら食事を摂るようだ。

 通りに並ぶ露店と屋台から商品を幾つか購入すると、二人は店の側に設置された小さな丸卓(テーブル)付きの椅子へと腰を下ろす。


「やはりここまで気候が違うと、見た事のない果実や野菜も多いですね」

「はっはっは! 購入された品を見るに、中々に冒険なされたようで」


 南国の果物を中心に早めの昼食を買い揃えたサルビアを見て、ガンテスが快活に笑いながら自分の料理が載せられた皿を卓の上に置いた。

 暫く行動を共にして多少は緊張も解れたのか、物珍しさも手伝ってアレコレと多めに買ってしまった事に恥じらいを見せつつもエルフの最長老は微笑む。


「折角の遠い異国の地ですから。《大豊穣祭》で帝国を訪れた際も、色々と初挑戦させていただきました」

「未知を恐れず、率先して触れてみんとする。郷でお作りになられたという派閥の意を体現しておられますな。拙僧も肖りたいものです」

「い、いえ、まだまだ外界で学ぶ事も多い不肖の身です」


 飾り気の無い感嘆と敬意を滲ませて何度も頷く筋肉に、サルビアは言葉を詰まらせてうっすらと頬を染めた。

 帝国滞在中に随分と磨かれた外面を取り繕う所作も手伝い、一見は穏やかに、和やかに二人の時間を楽しんでいる様に見える。


(ガンテス様と二人でお食事二人で食事はやはり逢引アーンとか交換とか行けるでしょうかいやいやいや!流石にはしたないというか無理悶死するだけど正直やってみたいあぁぁぁあぁぁぁああ御身体は物凄く逞しくて硬そうなのに笑顔は柔らかぁぁぁぃ)


 が、脳内は幸せホルモンの過剰摂取(オーバードーズ)で鼻血を噴きそうであった。

 胃痛や頭痛と無縁の、ただ只管に心地良い多幸感にどっぷり浸かってトリップしそうな最長老の脳味噌はさておき。

 実際、彼女の理念と行動は先に話題に上がった《大豊穣祭》――その開催地である帝国でも評判が良かったりする。


『本人もその部下も、余の知る大森林のエルフと同族だとは思えん。外界での経験不足はあれど、あの何事にも柔軟であろうという気構えと思考があれば直ぐに適応するだろうよ』


 帝国の主たる皇帝の言だ。


 長く続いた戦争が終わった今、外交面から大森林のエルフ達の評価は下降の一途を辿る。

 将来的には、人類種全体でエルフと言う種そのものが隔意の対象になる可能性すらある……その予測を引っ繰り返された、と。

 嘗て大森林のエルフ達と交渉を行なおうとして、その頑迷さと自種族至上主義とも言える高慢さに触れ、以降毛嫌いしていた男が「あの御婦人が代表の椅子に座ったのは、連中にとって幸運だったな」と溢す程度には、高く評価されているのだ。

 勿論、彼女も帝国滞在中には種族の代表として不足無い、毅然とした態度を以て各国の代表や貴族達と交流していた。

 が……各国各人との異文化交流において、あんまりにもカルチャーギャップが酷い場合は内心でおっかなびっくりだったり、モノによっては「これ無理なやつぅ!」と胸中で悲鳴をあげたりと、中々に忙しなかったのである。

 ついでに言うのなら、闘技大会でガンテスと共に行った実況解説も、彼女の為人を周知させるのに一役買っていた。

 とにかく、初めて本格的に触れる外界の文化にあっぷあっぷしていたサルビアなのだが、その心境を皇帝を筆頭に一部の者達に見抜かれ、「まぁ、あれくらいなら可愛げの内」と、苦笑を交えて一定の信用を得たのは、彼女の苦労人気質と人徳の合わせ技――その賜物だろう。


 とはいえ、サルビア自身にその自覚は無い。

 既に《大豊穣祭》にて交流の機会があった凡その国々の要人から、まともな交渉や会話が出来るだけ保守派(前の連中)より遥かに上等、というプラス寄りの評価と感情を持たれているのだが、当人は嘗ての自分達のトップ――長老衆が外界に向かって積み上げた悪感情という名の負債を返済せんと、日々頭を悩ませ、胃を痛める日々である。

 開明派のエルフ達が状況に気付いていれば指摘もしてやれるのだが、彼らも同じく同胞の老人達のやらかしはまだまだ清算しきれていない、という認識なのでそれも不可能だ。

 まぁその結果、自分達の最長老のストレスフルな生活で削れた心身を癒してもらおうと若いエルフ達が協力し合い、今回の二人きりの観光時間が生まれたのだから、世の中何が吉となるか分からないものである。


「ガンテス様は豆がお好きなのですね」

「いやはや、お恥ずかしい限り。食事は好悪無く様々な品を口にしておりますが、選べる場であれば、ついつい一品は加えてしまうのです」


 自身の後頭部を掻く筋肉武僧の照れが混じった笑みと仕草を見て、ほんの一瞬、気持ちよくなるお薬を動脈にぶち込んだ様な表情を浮かべそうになるサルビア。

 ギリギリだったがなんとか堪えた。眼前の僧を前に、緩んだ顔で涎を垂らすなど自害ものの醜態である。

 彼女は若干蕩けている理性を無理矢理固め直して表情をキリッとした形に補強すると、意中の相手の好みをより深く知るべく、あくまでさり気なく質問を切り出す。


「……その、参考までに、豆を使った料理でお好き――ゲッフン! 好みのタイ――ゲェッフォン!! お、お勧めの品などお聞きしても?」


 さりげなく処か、かなり不自然で若干欲望まで漏れかけていた。補強した筈なのに水漏れの酷い理性である。

 大人の対応で言い淀んだ部分には触れず、純粋に質問の内容だけを受け取ったガンテスが、顎下を撫で擦りながら思案するように首を捻った。


「む、拙僧が口にするのは、変哲ない汁物に豆を浮かべたものばかりですが……そうですな、勧めの品とは少々異なりますが、猟犬殿が仰っていたトーフなるものを一度口にしてみたく」

「……トーフ。異界の料理でしょうか?」

「そのようですな。なんでも海水が材料の一つだと――故に、此度の旅行にてかの品についても進展があるやもと、手前勝手に期待を抱いております」


 街路樹の木陰の下、穏やかに談笑しながら二人は買ったばかりの品々を摘まむ。

 男女のアレコレという空気には遠いが、それでもなんだかんだで悪くない雰囲気の二人。

 それを眺め、やや離れた位置の丸卓(テーブル)を囲んだミラ達が、額を突き合わせ声を潜めて話し合っていた。


「健全だねぇ」

「相手があの筋肉馬鹿だからな。エルフの方の攻め気が足りん」

「サルビア殿の方も、現状で満ち足りてしまっている様に見受けられますね」


 擬きとはいえ逢引の実績は出来たが、今回はそれ以上の進展は難しいかもしれない。

 尾行対象の二人が選んだ店とは別の露店で適当に選んだサンドイッチを頬張りながら、友人のデートを好き勝手に論評する老兵達である。楽しそうに話す彼・彼女らも全員独り身だろうというツッコミはしてはいけない。


「お、会話しながら自然に座る位置を変えたぞ」

「良い間合いの詰め方です」

「立ち合いじゃないんだから……でもまぁ、確かにね。あれならガンテスも身を引き辛い」


 そこだ、いけ、もっとくっつけ。なんならアーンとかしとけ。

 食事中にさり気なく距離を詰めだしたサルビアを小声で応援しつつ、三人は思わず、といった様子で僅かに身を乗り出す。


「…………む?」

「……! ど、どうかなさいましたか?」


 唐突に不思議そうに太い首を捻って視線を廻らせたガンテス。こっそり身を寄せていたサルビアがビクリと震え、ずっと高い位置にある角張った厳つい顔を見上げた。


「何やら視線を感じた様な……いえ、サルビア殿なればいざ知らず、一介の愚僧が熱ある視線など浴びる筈も無し。失礼致しました」


 軽く頭を振ると一つ頷き、笑顔で談笑に戻った巨漢の姿に、咄嗟に明後日の方向を向いて飯にかぶり付いていたヴェネディエが胸を撫で下ろす。


「ング……いやぁ、危ない危ない。割と本気の魔法で隠しているんだけど……流石はガンテスだ」

「彼のアレは、勘働きの類とは別種の何かですからね」


 口の中のサンドイッチを飲み下して更に声を潜めて笑う老人に、瞬時に帽子を目深に被り直して顔を伏せていたミラがやはり小声で同意し、同じく一瞬でガンテス達に背を向けていたラックも姿勢を戻して頷く。


「背だの肩だの二の腕だの、筋肉が震えたと抜かしては隠れた敵を看破してたからな……今でもワケが分からん。あいつ、一応は混じりの無い人間だよな?」

「家系図的には、紛れもなく純粋な只人なんだよねぇ……御先祖に魔族や異世界人の血が、って事もないみたいだし」

「今更でしょう。血筋がどうこうというより、彼個人――ガンテスだから、というのが最も説得力がある」


 言わずもがなの結論を述べるミラに、全くだとばかりに首肯する男二人である。

 再び和やかに食事を再開した筋肉とエルフを眺めていたラックだが、手の中のサンドイッチを口内に押し込むと一息で呑み込み、目線を横にスライドさせて隣の女傑へと向けた。


「……で、だ。アレは良いのか?」

「…………」


 無言で指先を額に這わせ、頭痛を堪える様な仕草を見せるミラ。

 彼女の視線の先には、ガンテス達が食事を購入した屋台の脇に置かれた木箱――そこから顔を半分覗かせる黒髪の青年の姿があった。

 最近、何かとミラの口から話題として上ることの多い、彼女の弟弟子たる転移者の青年。

 彼は箱の使用料金がわりに屋台で購入した料理をモッシャモッシャ平らげながら、実にウキウキとした表情で筋肉とエルフの最長老の並んだ光景を見つめている。

 青年単独の隠密技能では、あの距離でガンテスの知覚網をやり過ごせる筈も無い。おそらくは一緒に行動している聖女の魔法による支援を受けているのだろう。

 偶に虚空に向かって何かを話しかけているのを見るに、どうやら遠話魔法の送受信も補助してもらっている様だ。

 ミラ達からは普通に認識出来る青年の姿だが、尾行対象である二人は気付いていない……これは通常の認識阻害や隠蔽の魔法ではなく、時間や対象者を絞ることで効果性能を高める形に構成を弄った術が行使されていると思われる。

 ただの出歯亀に、聖女二人掛かりの本気の魔法支援が盛り沢山である。大陸中見渡しても中々類を見ない魔力と魔法技術の無駄遣いであった。

 あれだけの魔法の補助があれば、単純にガンテス達にほど近い椅子やベンチに座れば済む。大人しくしていれば、それだけで気付かれる可能性は低くなるだろう。

 それを分かってない筈が無いだろうに、わざわざ木箱に隠れて飯をガチ喰いしている弟弟子の姿に、ミラは溜息交じりで呆れた声を漏らした。


「……あの子は、また珍妙な悪ふざけを」


 周辺の何処かに隠れているのだろう金銀姉妹に向け、屋台飯おいしいです。けど尾行なのでアンパン欲しいですオーバー、などと遠話で声を送っている箱入り駄犬を見て、立ち上がって注意しに行こうかと悩む。


「まぁまぁ、良いじゃないかミラ。今回ばかりは僕達もお小言を言える立場じゃないし」

「……まぁ、さっきから筋肉馬鹿に絡もうとする連中を何人か掃除してるみたいだしな。こっちが楽になってるのは確かだ」


 友人二人から放置しても良いだろう、という意見を向けられるも女傑の表情は納得し難いとばかりに渋面気味であり、何処か落ち着かない様子だった。


「確かそうですが……あれでは屋台を開いてる方にも迷惑でしょう。童でもあるまいし」

「構いたがりかよ」

「そもそも僕の魔法だと、あの距離まで近づいたらガンテスには見破られてしまう。そうでなくともサルビア殿が近距離での発動状態の魔法に気付く。彼らのデートも中断しかねないよ?」


 何かにつけ弟弟子をかまいたがるミラだが、自分の行動が原因で戦友の人生初な逢引(無自覚)が台無しになりかねない、と言われてしまえば引き下がるしかない。

 渋々と椅子に座り直す彼女を前に、ヴェネディエとラックは懐かしいものを見るように微かに目を細め、次いで顔を見合わせると苦笑した。

 ついでに言っておくと、屋台の店主は注文した品をバクバク食ってお代わりまでしてくる青年を見て「なんか面白い事やってんな、この兄ちゃん」という感じで笑いながらお代わりを渡してやっている。血の気も多いが、同じ位におおらかで良い意味で大雑把でもあるのは、魔族領の住人達の美点であった。

 数を増やしつつある見物人(ギャラリー)達が其々に楽しんだり感慨に耽ったり思い悩んではいるが、尾行されている当人達は食事を摂りながら順調に会話を重ねている。


「なるほど、サルビア殿は海鮮の類はあまり得意ではないと」

「はい、帝国に滞在していた折に、あちらで出回っているものを少しだけ口にしたのですが……お恥ずかしいことにちょっと苦手かなー、と」

「森深き地が故郷ともなれば、海の幸に馴染みが薄いのは道理。ましてや食の好みなど千差万別です、お気に病む事などありませぬ」

(がんてすさま、やさしい。■■■■い。◎※■▽§■¶Φω■し■ω……!)


 厳つ過ぎる見た目とは対極とすら言える、如才ない人柄が滲み出る言葉と笑み。

 それを近距離で摂取し続けるサルビアの脳内は、視覚化するとちょっと大部分がお見せ出来ない状態になっていた。

 具体的には薄い本でしか見ないような、きたない濁音が混じってそうな歓声が常に上がっている。ガワはなんとか制御しているので、エルフの最長老に相応しい態度なのだが。

 ちなみに一番近い距離でデバガメしてる青年(だけん)は、外面の隙間から若干漏れたサルビアの表情に唯一気付いた人間である。彼はオホ声フェイスクソワロタとか言いながら空にした皿を屋台の店主に返していた。


「あ、ありがとうございます……帝国と魔族領(こちら)では鮮度に差が出る、という事でしたので、もう一回くらいは挑戦してみたいですね」

「ふむ。ならばこの町の魚市場を見て廻るのは如何でしょう? 拙僧もつい先日に巡ったばかりですが、興味深いものは数多く」

「はい、是非とも」


 時折漏れそうになる精神状態を如実に映した表情を意識して引き締め、サルビアは切り分けた黄色い果実を口に運び、軽く眼を見開く。


「うわ……これは甘いですね。香りも……正直、果実に関してだけは界樹近辺で採れるものが一番だと思っていたのですが……これほどに甘味が強いものは初めてです」

「おぉ、確かそちらは、レティシア様と猟犬殿が"ぱてぃしえ殺し"と称していた品ですな」

「ず、随分と物騒な呼び名ですね……店売りしていたとはいえ、本当に食べても大丈夫な果物(モノ)なんでしょうか?」

「はっはっは、ご心配なく! なんでも御二方の嘗ての故郷にて、同種の果実がそれ一つで菓子職人泣かせの完成度を誇るが故に付けられた別称との事です」

「なるほど……確かに下手に手を加えるよりは、そのままの方が美味な気がします」


 何やら果物の話で盛り上がっている両者だが、その様子を見ていた青年が虚空に何事かを呟くと、ミラ達の更に背後から「え、マンゴーあるんだ!」という小さな歓声があがる。

 振り向けばやや離れた位置、街路の曲がり角に置かれたベンチに腰掛けた二人の少女の姿があった。

 二人共に常夏の町に相応しい服装に揃いの麦わら帽子を被っているが、帽子から覗く美しい金髪と銀髪を見間違える筈もない。教国にて聖女の称号を持つ姉妹に相違なかった。

 声を上げた銀髪の少女――アリアは、慌てて口を抑えている。ミラとばっちり目が合った事もあって、バツが悪そうな表情であった。

 お互いに悪ノリの延長とも言える行為(デバガメ)の最中だ。若干気不味い気分でミラが軽く黙礼すると、隣に座る(レティシア)共々、アリアも慌てて黙礼を返してくる。


 一方で、青年は木箱から低い姿勢で這い出し、サルビアが買った果実を同じ店で購入していた。

 後で食べたそうな反応を見せたアリアに渡すつもりなのだろう。相も変わらず金銀姉妹に関する事柄には目敏い上にマメな男である。

 カサカサと音を立てそうな動作で再び木箱に戻る駄犬(アホ)を見て、ミラとレティシアが揃って額を抑えた。互いの位置は離れ、視線すら交わしていないが、確かに二人の心境が重なった瞬間である。

 見物人(ギャラリー)が何やらワチャワチャしている事など露知らず、食事を終えたガンテスとサルビアが、ゆったりとした調子で椅子から立ち上がった。


「では、この後は市場に向かいますかな?」

「はい。まだ時間はありますし、今からでも……」


 穏やかに後の予定を語る二人であるが……元よりこの町は大陸南端、辺境の端も端に位置する。立地的にもそう大きい町では無い。

 これまでは偶々顔見知りと出会う事もなかったが、現在は三国共同でバカンス計画の真っ只中。それなりの人数が町に訪れているので、見知った誰かと遭遇する可能性は高いのだ。

 再び歩き出した二人に、喧嘩を吹っ掛けて来る腕自慢以外の声がかかるのは必然ですらあった。


「やはり司祭殿か。遠目からで目を惹く故、よもや見間違う筈もないとは思ったが」

「フハハハハ! レーヴェ殿に加えてグラッブス君もか! 今日は良き筋肉(バルク)と出会える日だな!!」


 自身を呼ぶ声にガンテスとサルビアが振り返ると、そこに並んでいたのは彼に匹敵する筋骨隆々の偉丈夫と巨漢。

 かたや見事な赤金(レッドブロンド)の鬣の如き髪を持ち、かたや黒光りする上半身裸にフルフェイスの兜を被った変人じみた姿。

 誰かなど、今更確認するまでもないだろう。


《赤獅子》レーヴェ=ケントゥリオ。

《災禍》の八席、《漢槌》。


 其々に帝国と魔族領の筋肉担当とでも呼ぶべき剛力恵体の漢達である。


「おぉ! 閣下に《漢槌》殿ではありませぬか!」


 戦友兼類友の二人の登場に、ガンテスも破顔して歓声を上げた。

 彼らは互いに歩み寄ると一定の距離で足を止め、暫し見つめ合う。

 大陸でも平均身長の高い魔族領にあっても、更に頭二つ分以上は目立っている巨躯の三者が、黙したまま数秒ほど視線を交わし合い――。


「フンッ!」

「ぬぉっ!」

「ふぬっ!」


 唐突に上衣を(はだ)け、岩か鋼を思わせる逞し過ぎる肉体を晒しながら各々にポージングを決めた。

 三者三様、其々に見事な肉体美である。

 だが、ミチミチと音を立てて隆起する三人分の筋肉は、夏場の真昼間に視界に入れるには凄まじく暑苦しい。視覚的効果も手伝い、その場だけ体感温度が三度くらい上がった。

 実際、彼らを観察している出歯亀(ギャラリー)一同は、手元にある水を飲んだり微妙に目を逸らしたりと、視界に迫りくる肉の熱量に対して一斉に回避行動を選んでいる。サルビアだけは隣の岩の如き筋肉を瞬きすらしないでガン見し続けていたが。


「御二方で共に町巡りですかな?」

「あぁ、久方ぶりに気軽な散策を堪能している。ついでに留守を任せている者達への土産を探していたのだ」


 類友のみに通じる謎のコミュニケーションは終わったらしい。

 何事も無かったかのように上衣を整え、三体の筋肉はごく普通の挨拶を改めて行った。尚、その直ぐ脇で、「あっ……」という滅茶苦茶名残惜しそうな小さな声が上がったのはご愛敬である。

 丁寧に一礼する岩の如き筋肉に、獅子を思わせる筋肉が気さくに笑顔を返しながら挨拶代わりに軽く胸板を叩き、ついでに黒鉄色の筋肉が補足とばかりに経緯を語った。


「なんでも、レーヴェ殿の御息女が欲しがっていた品がこの町にあるらしくてな! いまいち詳細が分からんと首を捻っている処に、私が偶々通りかかったという訳だ!」

「うむ……以前、魔族領で流通している衣類が欲しいと言っていたのを思い出したのだ。この際、帰ったら驚かせてやろうと、な。この地に関わり深い《漢槌》殿に会えたのは僥倖だった」

「ハッハッハッハッハ! 成程、"さぷらいず"ですな! 父君からの贈り物に喜ぶイヴ嬢の御顔が目に浮かぶようです!」


 ガンテスの呵々大笑につられた様に、レーヴェ達も朗らかに笑う。和気藹々なのは確かだが、一人でも大音声であるのに三重奏となったことで空気がビリビリと震えた。帝都や聖都の様な硝子窓の建物が多い都会であったなら、周囲で罅の被害が発生していたことだろう。


「おい、あの三人……」

「どうした? ――って、《漢槌》の旦那の隣にいるのは……まさか帝国の《赤獅子》か!?」

「と、いう事は……エルフと一緒にいる御坊も……やはりグラッブス司祭?」

「うひょーっ、飯食ってる場合じゃねぇ!」


 単品でもクソほど目立つ人物が三人も揃ったせいで、再びガンテス達をロックオンした腕自慢や喧嘩大好き勢が嬉々として立ち上がる。


 ――が、この状況で大勢が押しかければ本当に二人のデートが中断されかねない、そう判断した青年が、ウッキウキな領民に駆け抜けざまのおそろしく早い手刀(通り魔アタック)で首トンを決行。


 聖女二人の魔法で無音且つ物理的・魔力的に極めて認識困難になった忍び寄る魔鎧に強襲(アンブッシュ)されるという、割と無法なクソ戦法である。対応できる者がいるはずもなく、筋肉トリオへの挑戦者達は人知れず白目を剥いてその場に膝を着くか座り込む事となった。


「――む? やはり何やら……」

「司祭殿も感じたか。一瞬だが闘争の気配に近い違和感があったな」


 反則的な隠形の奇襲、遠巻きに行われた筈のソレを感じ取った二人が訝し気に首を捻る。

 人外級の戦士であってもかなりの近距離か、或いは襲撃が自身に向けられぬ限りは察知は困難な筈なのだが……どうやらレーヴェも謎の筋肉センサーを搭載しているらしい。魔鎧を解除してそそくさと聖女達の側に戻った青年が、なんで分かるんだよこえーよ、とボヤきながらアリアに先程買った果物を渡していた。

 なんにせよ、仕事がアホみたいに早いのは青年が猟犬と呼ばれる所以でもある。速攻で事を終らせたのを見た他のデバガメしている面子も、彼に親指を立てて無言の賛辞を送った。


「フハハハハ、深謝! どうやら手間をかけさせてしまった様だ! あとで礼を述べねばな!」


 一方で《漢槌》だが、地元民な事もあってなんとなく何があったか察した様だ。ウンウンとばかりに腕を組んでしきりに頷いている。

 その言葉に対してレーヴェは仔細を問いたくなるものの、己が感覚に引っかかった気配自体に嫌なものは感じなかった事と、先に優先すべき事柄があったので疑問を棚上げした。


「一旦、そちらは置くとしよう――サルビア殿、お久しぶりです。ご挨拶が遅れた事、謝罪させていただきたい」

「お気になさらず、大変に結構なモノォゲッフン! ……不勉強の身ではありますが、親交深い殿方同士の挨拶に不満を覚える様な無粋は持ち合わせていませんので」


 赤毛の獅子が行う帝国式の貴婦人への礼に、サルビアも丁寧に一礼を返す。

 《大豊穣祭》にて既に知人となっていた両者の挨拶を見て、この場において唯一人、彼女と初対面である《漢槌》が興味深そうに(ヘルム)に包まれた顎を指先で撫で擦った。


「成程、貴女が大森林の新しい代表の御婦人か。お初にお目にかかる」

「えぇ、始めまして。サルビア=エルダと申します。魔族領の方々に対し、友好的であったとは口が裂けても言えぬ我らですが、これより先の時代は襟元を開いた良好な交流を行なえれば、と」

「おぉ……これはなんとも……確かに、あの御老人達とは違う道を征かれるおつもりの様だ」


 以前の大森林のエルフ――保守派と呼ばれる長老衆が仕切っていた時代の言動に覚えがあるのか、《漢槌》はサルビアの台詞を聞いてなんとも感慨深そうな声色と共に頷く。


「では、改めて名乗らせていただこう。魔族領南部を活動域にしている《漢槌》だ。中央には滅多に寄り付かない出無精者だが、過分にも《災禍》の八席を与えられている――折角の機会だ、今回の旅行企画とやらが、両種族(われら)にとって実り多きものとならん事を」


 厳かですらある口調で胸に手を当て、真摯に祈りの言葉を口にする黒鉄色の巨漢。

 その言葉に虚飾は一切無く、他の幹部と比較して圧倒的な紳士ムーブであったが、彼の普段着(デフォ)がフルフェイス兜に半裸だ。絵面としては冗談みたいな光景にしかなっていない。

 魔族領全体どころか、この地方だけで見てもその出で立ちは相当に頭おかしい――が、まだまだ外界ついて知らぬ事も多いサルビアは「凄い格好だけど、多分この地域特有のものなんだろう」と判断してスルーを選んだ。他の者が知れば総ツッコミ不可避なひでぇ勘違いである。


「我らはこのまま魚市場まで足を伸ばす予定でありますが、閣下と《漢槌》殿はどちらに?」

「うむ、どうやら娘が欲しているという衣裳は、海辺で開かれている店でのみ取り扱っているらしくてな。これから案内してもらう」


 四人の面通しが終わり、お互いの行き先を話し合う。

 道行きが同じならば同道しても良かったのだろうが、生憎と方向的には真逆だ。ガンテスの角張った厳つい顔が、少しばかり残念そうに眉根を寄せた。


「むぅ……残念ですな。御二方とご一緒出来れば実に国際色豊か。サルビア殿の理念にも沿ったものとなったのですが」

「フハハハハ、言われて見れば! この四人であれば良い具合に出自がバラけるな!」

「はははっ、確かに中々に魅力ある提案だ――だが」


 レーヴェは豪快に笑い合う戦友達を順繰りに眺め――最期に、最長老という肩書に相応しい淡い微笑み――所謂、余所行きの笑顔を浮かべたままのエルフへと視線を転じる。


「――今回は遠慮させてもらおう。吾輩は好んで馬に蹴られる趣味は無いのでな」

「むっ?」

「……ふぁっ!?」


 苦笑と共に告げられた言葉にガンテスが野太い首を不思議そうに傾げ、サルビアは素っ頓狂な叫び声を漏らして頬を染め、小さく仰け反った。


「……成程! これは声をかけた此方が無粋だったか!」

「そういう事だ。ではな、御両人。旅館にてまた会おう」


 直ぐに察した《漢槌》が楽し気に声を上げ、レーヴェもその肩を叩いて踵を返す。

 それを見送る筋肉だが、言葉の意味が分からずに本気で怪訝そうである。

 こうまで分り易いサルビアの反応を見れば、気配り上手と言って良いガンテスならば何か気付きそうなものなのだが……これは鈍い聡いの以前に、"己が色恋沙汰の当事者になる筈も無し"という強固に過ぎる固定観念がある為だろう。

 その固さたるや、長年激戦死線を潜り抜け、積み上げた鍛錬にて練磨された彼の五体に匹敵する強度である。

ある意味では、今も二人を観察している面子の一人である聖女の駄犬(クソボケ)以上の攻略難易度だ。そんな難攻不落な筋肉要塞に挑むエルフの最長老に、有形無形のお節介や応援が多々付くのも宜なるかな。


 さておき、レーヴェと共に町の出入り口へと歩を進めていた《漢槌》の足が、唐突に止まった。

(ヘルム)に覆われた頭が、ガンテス達へと振り返る。


「……と、そうだった! 同僚がもう一人、この地に来ているが……会う事があれば私が『問題無い』と言っていたと伝えてくれ! では!」

「……えぇと……はい。お、お元気で?」


 想い人たる筋肉との二人きりの時間が終わる事を惜しんでいた胸中を見抜かれ、更には謎の伝言まで頼まれ。

 少々混乱中な最長老が、今度こそ遠ざかってゆく二つの大きな背中に手を振り返して小さく一礼する。


「御一緒出来なかったのは残念ですな。とはいえ、今暫くはこの町に留まる者同士、再びの機会は巡って来るでしょう」

「そう、ですね……ところで、《漢槌》殿がお話になった同僚とは何方の事なんでしょう?」

「おそらく七席である《烈光》殿の事かと。言葉の意味自体は拙僧にも分かりかねますが……はて?」


 少しの間、言伝がどういう意味を持つのかと不思議そうな二人だったが、そもそもが対象である《烈光》に会えると決まった訳でも無い。

 取り敢えずは観光を続けよう、という事になり、連れ立って移動を再開したのだった。




 岩と獅子と黒鉄――剛力を誇る筋肉トリオが挨拶だけを交わして別れたのを見て、事の成り行きを見守っていた老兵達が胸を撫で下ろす。


「ふーっ……あのまま四人行動、なんて事にならなくて良かったよ。流石にサルビア殿が気の毒だ」

「えぇ、レーヴェ将軍の心遣いに救われましたね」

「あの筋肉馬鹿の同類の中でも、唯一の妻子持ちなだけはあるって事か」


 観光を再開した二人の後を追う為、彼ら三人も席を立った。

 腰の革帯(ベルト)に括りつけた水筒を手に取り、一息に呷って喉を潤したラックが口元を拭いながら呟く。


「しかし最後に頼まれた伝言……あれはどういう意味だ?」

「確かに。御自身の方が遥かに親交あるでしょうに、わざわざあの二人に頼む理由が不明ですね」

「あぁ、それはね」


ミラも同調し、言伝を頼まれた二人がそうであった様に疑問に首を捻っていると、意外な事にヴェネディエから答えが提示された。


「界樹の一件の折、《亡霊》殿から聞いた話だけど……どうも《烈光》殿は、あのときに特に過激な対応を主張していた御仁らしくてねぇ」

「そこまでか? 売られた喧嘩を買う、ってのは魔族領(ココ)の連中の基本姿勢だと思うが……」

「過激な対応、というと《魔王》陛下か《狂槍》殿が思い浮かびますが、それ以上だったと?」


 当然と言えば当然な友人達の反応に、老人は自身の真っ白な顎髭をしごきながら珍しく苦笑いの形に唇を歪ませて頷いた。


「基本、殲滅。生き残った者達を集めて、目の前で界樹を伐採して薪に変えよう、と提案してきたそうだ。ミラが挙げた二人も賛成してしまって、宥めるのに相当に苦労したらしい」

「あの《魔王(デタラメ)》が乗り気だったって時点で、本当に滅亡一歩手前だったんじゃねぇか。大森林の連中は《亡霊》を聖者認定でもしてやれよ」


 物理的に土舐めさせるのは当然として、エルフ達の驕った精神を根本からへし折った上で、その傲慢の拠り所ごと、丁寧に丹念に焼き潰すべき。

 《烈光》はそんな風に、《災禍》の幹部達の中でも一番物騒な主張をしたらしい。

 呆れと皮肉が滲んだラックの反応だが、彼の言葉はあながち間違っていないから困る。

 あの何かと気苦労の多い筆頭補佐が、困った上司と同僚達の手綱を握る事を放棄していれば、今頃エルフは絶滅危惧種として大陸に散り散りになって暮らしていたかもしれない。

 少なくとも侮辱同然の文を送りつけた長老衆とその一派はほぼ死に絶えていただろう。


「……そもそもが侮辱に対する報復と考えても、かなり過剰な気がしますね。七席殿はかのエルフの方々と関わった事が?」

「本人も私怨混じりなのは認めていたみたいだね――なんでも以前、大陸を旅していた時期に大森林の近くでエルフ達と揉めたらしい。同行していた友人がそれで怪我をしたとか」


 ミラの疑問にやはりヴェネディエが答え、それを聞いてラックも納得した様に頷く。


「悪感情の土台があって、そこから更にってワケか」


 ほぼ皆殺しを提案しておいて、殺り過ぎ注意を窘められても「うるせぇ分かってるいいから殺ろう!」と躊躇なく主張している辺り、相当根に持っているのは確かだ。

 以前は頭領たる《魔王》を筆頭に、良くも悪くもエルフという種そのものに対して興味が薄かった魔族領幹部達だが……《烈光》は例外――元から遺恨たっぷりだったのである。

 《漢槌》の伝言も、サルビアが《烈光》と遭遇してしまった場合のトラブル予防措置という訳だ。意味としては"開明派(かのじょたち)はまともだから区別しておけ"といった処か。


「魔族領にはエルフやハーフエルフの住人もいる。かの七席殿も、外界で暮らしているエルフには特に思う処は無いらしいからね。サルビア殿と会話すれば"違う"と気付くのは容易だろうし、問題無いとは思うよ」


 老人の言葉に同意見であるのか、友人二人も同時に首肯してみせた。

 《漢槌》の残した伝言も、あくまで念の為のものだろう。逆を言えば、《烈光》が今も大森林から出る事を拒んでいる者達――長老衆を筆頭とした保守派の中核と遭遇するような事があれば、次の瞬間には普通にぶっ殺している可能性が高いのだが。


「僕は直接的な親交はないけど……精霊種に近い御仁らしいからねぇ」

「……種の性質として、交友関係が狭く、容易に心を開かず――その分、信を置いた相手には強く心傾ける方が多い、でしたか」

「物は言い様だな。とどのつまり《《重い》》奴ばかり、って事だろう」


 そのような種族の血を色濃く引いているので、自身が"友人"と認めた者を傷付けた相手を、許す事無く今でも覚えているのは当然なのかもしれない。

 仲立ちとしてガンテスが付いている以上、万が一何かあったとしても流血沙汰になる様な事態には発展しないだろうが……最後まで平和に、文句なしに良い思い出のみでデートを終えて欲しいデバガメ集団からすれば、予防線は張っておきたい処である。


「……あの子達にも共有しておいた方が良いでしょう」

「そうだね。万が一に備えて手が多い方が安心できる」


 二人の言葉に、ラックも軽く肩を竦める動作で賛同の意を示す。

 満場一致の決が出るとヴェネディエも一つ頷き、ガンテス達を追おうとしている聖女姉妹とその猟犬たる青年に向け、手招きしてみせたのだった。








獅子&黒鉄

帝国産と魔族領産の筋肉。

気候も手伝って、教国産と一緒に並ぶと見た目非常に暑苦しいが、中身は揃って紳士的。

なので、サルビアが類友に向ける熱視線の意味を早々に察し、お邪魔虫はさっさと退散しようとお別れした。デバガメしてる連中は見習うべき。

尚、帝国産筋肉の娘が欲しがっているのは、某店長制作の水着である。

まだまだこの世界の一般的な視点ではお洒落なデザインの下着でしかないので「こんな格好で娘が外歩くとかありねぇ!?」と頭抱えたパパは、家帰ってから久しぶりに娘に説教。反論されて口喧嘩する羽目になった。


《烈光》

知り合いの多くがアイドル名の方で呼んでくれない事に悩む《災禍》の七席。

ドルオタ友人と和食の食材探しで旅をしていた時期、大陸で屈指のシンボルマークである界樹を遠目からでも友達に見せてあげたい、と思って大森林に近づく。

あくまで界樹が見える場所まで近づいただけなのだが、当時最高にピリピリしてたエルフの保守派が森の外まで巡回員を出してた。問答無用で矢を射られて友人が負傷。

以降、機会があったら射った奴とそのお仲間を全員ぶっ殺してやりたいとか思ってる。

界樹の一件では、一番ゴネて最後まで大森林焼きに行こうと主張してた人。



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