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白百合の水練 前編



影の地に入り浸ってたのでドチャクソに更新遅れました。

ぼちぼち再開します。






 本日のお天気も快晴、朝から常夏と呼ばれる気候に相応しいお出掛け日和です。


 リリィは現在、初日に皆さんと過ごした場所から少々離れた浜辺に来ています。

 午前は海に、午後は(あに)様や愛し子様御姉妹と一緒に漁場近くで開かれている市に向かう予定となっていますが、午前中はこうして皆様と離れた場にやってきたのは理由があるのでした。


 それはズバリ、水練――泳ぎの練習の為です。


 事前に皆様には話してありますが、リリィは泳法の類は未収得です。

 泳げない、という事はないのですが、浮かんで手足で水を掻く程度のものなのです。

 義父(とと)様をはじめとして水練を指導してくれる方は多く、海に面したこの地は練習にはもってこいという訳ですね。

 泳げない方の一番の難関は水に浮く事。

 既にそれが出来ているリリィは、後はちゃんとした水中での泳法の形を知り、体感すれば直ぐにモノになるだろう、というのが義父(とと)様の言です。


 ならば、今日の内にしっかりと泳法を習得。

 後に(あに)様や他の皆様と過ごす際にお披露目しましょう。

 そんな野望が生まれたリリィは、こうしてひっそりと別の場所で水練に勤しむ事にしたのでした。


 ちなみにその(あに)様ですが、現在は《狂槍》様と鬼ごっこの最中です。

 なんとも唐突な話だと思うかもしれませんが……当然理由というか、経緯はあります。

 あれは、今回の旅行参加者全員で食堂にて朝食を済ませた直後の事でした。







「あの万器(オヤジ)に頼んで、俺との立ち合いをバックレようたぁ良い度胸じゃねぇか犬ッコロが、勝負じゃなくて槍投げの的になりてぇのか? あ"ぁ"?」


 本日からこちらに合流してきた《狂槍》様の第一声です。

 お越しになって早々、額に青筋を浮かばせながら愛用の魔槍片手に歩み寄って来る長身痩躯のお姿を見て、(あに)様のお顔は引き攣っていました。

 どうやら《狂槍》様は、以前帝国で交わした試合の約束を早速果たさんと、気合十分で今回の旅行に合流してきたようです。

 御子息と奥様にも『勝ってこい』と応援されて送り出されたらしく、勝負をとっても楽しみにしていたと義父(とと)様からも聞いていました。


 いざ、とばかりに気炎万丈で向かった旅行先での、唐突な「やっぱり無し」の申し渡し。


 (あに)様には申し訳ないのですが、これは少々腹が立っても仕方のない状況なのでしょう。

 魔族の中でも特に好戦的な方ですが、その戦いへの嗜好に反して理性的な方でもあります。

 ですが、今回は準備万端で余程楽しみにしていたのか、急な中止要請にご立腹でした。


 言語を用いた説得が不可能だと判断したのか、魔鎧を起動させて遁走を開始した(あに)様と、槍を振り回してその背を追う《狂槍》様。


「待てやコラァ! 逃げんなブチ殺すぞ! 追いついても殺すがなぁ!」


 背中に叩きつけられる殺気混じりの咆哮に、全力疾走する(あに)様がそれどっちみち死ぬやつじゃないですかヤダァ!? と悲鳴を上げたのでした。


 凄まじい速度の鬼ごっこを開始した御二人ですが、ここでリリィ側にも少々問題が発生します。


「……上司殿が少々熱くなり過ぎているな。長くかかるかもしれん」


 少し困ったお顔で隣の義父(とと)様が呟きました。

 リリィの義父(とと)様は、立場的には《狂槍》様の副官――幹部の皆様が直接率いる部隊の一つ、その次席にあたる方です。凄い人なのです、ふふん。

 ともあれ、そんな立場もあって幹部の方達が関わる喧嘩や騒乱の際には、提言を行なったり事後処理に関わる事も多いとの話です。

 役職柄、額に青筋を浮かべて(あに)様を追い回す《狂槍》様の事が気にかかるのでしょう。

 そこまで判断したリリィは、ちょっとだけ見栄をはってしまいました。


「それなら《狂槍》様を止めに行って下さい。少しくらいならリリィは一人でも問題ないのです」

「それは駄目だ」


 胸を張って宣言したのですが、義父(とと)様は即答で却下してしまいます。


「水場……ましてや慣れない海では事故が起こる可能性もある。猟犬殿も、人は膝の高さまで水深があれば溺れる事がある、と言っていた」


 むぅ……いつもならリリィの言う事をもっとしっかり聞いてくれるのですが、今回は安全面での話なので反応が厳しいです。

 皆様と比べれば未熟とは言え、ある程度は魔法も修めていますし、郷の湖で水遊びをしていた際も一人で問題はなかったのですが……。

 ならば義父(とと)様がお仕事をしている間、教国や帝国の皆様と一緒にいるべきでしょうか?

 そうなるとリリィの野望――こっそり習得した泳法を後でお披露目して、(あに)様や愛し子様に出来る従者として褒めて頂くという目標が自然と頓挫する事になります。なんとも悩ましい話です。

 かといって義父(とと)様が職務を果たす為のお邪魔となるのは、もっと本意ではありません。

 リリィが腕を組んで小さく唸っていると、背後から声がかけられます。


「あれ? リリィちゃんに《虎嵐》さん、アイツと一緒にいたんじゃ?」


 不思議そうな声色に振り向けば、そこには綺麗な銀髪を横で括った女性の姿がありました。

 帝国の騎士様であり、リリィの食に関する好敵手(ライバル)であるアンナ様です。

 活動的な方なのですが、今日は夏らしい白のサマードレス姿ですね。

 寝起きしているのは同室です。なので、今日は上司であるミヤコ様と色違いの御揃いという事で、嬉々として今の服を手に取っていたのを覚えています。

 先日も食べ歩きに同道する形でご一緒しました。屋台の選択や食べる種類の順序など、中々に納得のいく知識や拘りがあるようで、流石は我が好敵手であると改めて手強さを実感したものです。

 初日の顔合わせで互いに名乗りは済ませていますが、リリィとしてはいつかご飯に関する事で彼女を『ぎゃふん』と言わせてから改めて名を呼びたい、と思っています。

 なので、実際に呼ぶ際は銀髪の人です。流石に本人が嫌がる様であれば変える必要もありましたが、気にしてなさそうなので当面はこの呼称とします。

 義父(とと)様から一連の流れを聞いたアンナ様は、呆れの色を表情に乗せて肩を竦めました。


「なーにやってんだかあの馬鹿は。どうせ魔族領に行く機会なんか当分無いと思って安請け合いして、こっちに来るまで忘れてたとかそんなんでしょ」

「うむ……おそらくはそうだ。上司殿も口約束を履行させる良い機会だと言っていた」


 どうやら旅行前の勤務中にもお話に上げる位には、《狂槍》様も楽しみにしていた様です。

 その結果が《万器》様による『待て』なのですから、やはり腹を立てるのは仕方のないことなのかもしれません。武器を振り回して追い掛ける荒っぽさは、魔族領に住む方々特有のものだと思いますが。


「やれやれ……ま、朝から全力追いかけっことか、ある意味ではあの駄犬らしいか」


 むむっ……?

 何度か見た、程度の頻度ですが……(あに)様の事を口にしているアンナ様は呆れや怒りを含ませた語り口が殆どなのです。

 ですが、何故でしょう。

 今回もそうですが、本当に怒ったり呆れている様には思えません。寧ろ楽しそうに見えるのはリリィの気のせいなのでしょうか?

 会話や表情から機微を察する、といった対人能力において自分がまだまだ未熟である、という自覚はあります。

 ですので、気のせいと言われてしまえばその通りなのですが。


 そんな風にリリィが内心で首を傾げている間にも、義父(とと)様とアンナ様はなにやらトントン拍子に話を進めていました。


「それじゃ、代わりに私が暫くリリィちゃんの泳ぎの練習に付き合うって事で」

「……有難い話だが……そちらは良いのか? 教国と帝国の面々は浜に皆で集まるようだが」

「あー……その、公爵様の提案でまたびーちばれーとかいう球技の勝負話が出てるし、参加者は水着必須とか楽しそうに言ってたんで……」


 目を逸らして気不味そうなアンナ様の言葉に、義父(とと)様のお顔にも苦笑が浮かびます。


「……成程。審判役や観戦に徹しようにも……いつの間にか参加者側。そうなりそうでは、ある」

「まぁ、そういう事です」


 リリィにはよく分からないのですが、アンナ様がリリィの水練を監督してくださるのは、彼女にとっても『避難』に該当する行動であるとの事です。

 お世話になるのは確かですが、アンナ様にとっても利のある行動と言う事で、義父(とと)様も納得して「では、暫く義娘を頼む」と頷いたのでした。

 当然、リリィにとっても願っても無いお話です。義父(とと)様のお仕事の邪魔をせず、リリィ自身の秘密の水練も行える。言う事無しなのです。

 この時間で多少なりとも泳法をモノにしたいものですね、頑張ります。







 以上が朝の回想でした。

 では、今回のリリィの水練に集った面子を紹介します。

 (あに)様風に言うなれば、イカしためんばーを紹介するぜ! というやつですね、いぇーぃ。


 先ずは、義父(とと)様の代理として一時的にリリィの水練を監督してくださる事になった我が好敵手(ライバル)、アンナ様です。


「よろしくー。というかリリィちゃん、誰に解説してるの?」

(あに)様曰く、これが様式美というものらしいので」


 おやくそく、というモノは外さない方が良いらしいので早速実践です。リリィは出来る従者にしておねぇちゃんなのです、ふふん。


「こ、こんな小さな娘に駄犬の影響が……あンのアホ犬ぅ……」


 なにやら口の端を引き攣らせて呟いている彼女は一旦置いて、次です。


「よく分かんないけど、泳ぎを覚えたいっていうのは良いことだと思うぜ」

「ぼ、僕はそんなに得意じゃないけどね……」

「……得意、不得意は、ある。気にしない」


 急遽追加されたメンバーは、宿を経営している獣人の御夫婦の御子息と、そのお友達の二人です。

 年の頃はリリィよりやや上、といった処でしょうか? 三名とも獣人ではありますが、其々に犬人、兎人、牛人と思われる特徴を備えています。

 びーちばれーに興じている皆様とはやや離れた場所にやってきたリリィとアンナ様ですが、最初に選んだ場所は海中に岩礁や海月(クラゲ)さんが多いらしく、泳ぐのは止めた方が良いと声を掛けて来たのが彼らでした。

 その後、波も穏やかで泳ぐのに適した場所へと案内してもらえたのは非常に助かりました。こういったときに地元の方がいると心強いですね。


「……ま、俺たちも今日はここで遊ぶつもりだったからさ。ついでだよ、ついで」


 三名のリーダーらしき犬さんが、鼻の下を人差し指で擦って少々ぶっきらぼうな口調で言い捨てました。


「凄い強そうだったり美人だったりする人達が大勢だから、気後れして声かけられなかったもんねぇ」

「二人だけなら、いける。そんな風に、意気込んでた」

「う、うるせーぞお前ら!?」


 間髪入れずに続いた兎さんと牛さんの言葉に、遮る様に大きな声が被せられます。

 種族年齢的にはリリィより年上ではありますが、お顔を赤くしてキャンキャンと叫ぶ様は可愛らしいですね。世にはネコ派とイヌ派という二大派閥があると聞き及んでいますが、義父(とと)様の義娘であり、(あに)様の従者でもあるリリィはどうすればよいのか、悩む処です。

 場の空気切り替える為か、この場の年長であるアンナ様が掌を打ち合わせ、パァンという快音が砂浜に鳴り響きました。


「ハイ、ちゅーもく! それじゃ一応は私がこの面子の監督役って事で進めます。そこの三人(キミたち)には海は慣れたものだろうけど、この娘のお父さんから任されてるからね、それで良い?」


 四人分の「はーい」という声が唱和されます。

 各々、手を挙げてアンナ様の言葉を肯定したリリィ達でしたが、犬さんがふと思い出した様子で掲げた手を更にピンと伸ばしました。


「あ、そういえば、今日から暫く沖の方に出るなって話は?」

「聞いてる。ちょっと危険な魔獣が出てるんだってね――まぁ、浜辺に近い場所なら全然問題無いって話だし、波に流されたりしないようにだけ気を付ける様に」


 一応の確認、といった感じの言葉にアンナ様も軽く頷き、応じます。

 リリィも聞いています。というか朝食の時間、宿の方が説明を行って下さったのです。

 なんでも、別の海域から流れてきた魔獣の群れが近海を回遊しているとか。

 といっても陸で活動できる種ではないので、沖の方に出なければ問題無いというお話ですね。(あに)様が昨日行った様な遠泳は出来なくなりましたが、普通に浜辺近くで泳ぐ分には特に変わる事はないとの事でした。


「漁も魔獣を狩れる人達以外は沖に出れなくなってるみたいだし、そのうち狩猟の依頼とかが出るんじゃないかなぁ……群れの主が結構な暴れん坊みたいだし、町の方でどうこうする前に近海の主が動いて終わるかもしれないけど」


 兎さんによる補足が行われます。

 近海の主というと、あのとっても大きなタコさん……オクト君の事でしょうか?

 一時期は漁場を意図せず荒らしてしまった事で町の皆さんから警戒されていた様ですが、今は穏やか且つ人類種に友好的な主級という事で、好意的に周知されているというお話でした。

 公爵様によれば、種族年齢的にはかなりの若年との事ですが……近隣一帯の海域の主として、しっかりお仕事を熟しているという事ですね。リリィも見習いたいものです。


「さて、私とリリィちゃんは準備運動ね。そっちの三人も付き合う?」

「らじゃー、です」


 何はともあれ、水に入る前には身体をしっかり解すべし、ですね。

 海に関しては初心者であるリリィ達は尚の事です。

 軽く伸びをしながらのアンナ様の問いに、御三方もほぼ同時に頷きを返しました。


「やるよ。父ちゃんからもちゃんと毎回やれって言われてるし」

「うん。帝国の騎士様の、きちんとした運動法。興味、ある」

「今までの我流より効果は高そうだよね。覚えたら周りに教えても良いですか?」


 最後の兎さんの言葉に、アンナ様は軽く笑って肩を竦めます。


「ん。別に秘密にするようなものでもないし、構わないよ」


 そんな訳で、手足や腰回りをじっくりと伸ばす運動を皆で行います。

 ときたま二人組になったりして座った態勢からの屈伸を手伝ったりと、和気藹々と準備運動は進みました。

 現役の騎士であるアンナ様は、流石の柔軟性です。やや運動には向かないサマードレス姿なので控え目な動きですが、それでも身体の各部可動域がリリィ達とは段違いです。

 犬さんと兎さんも、獣人故か身体が柔らかいですね。牛さんは大柄で力が強い特性を持つ種族なので、その分少々身体が硬いらしく、やや苦労していますが。


 数分ほど経ったでしょうか。

 アンナ様の指導による帝国式の柔軟運動を一通り終え……では、いざ海に、という段階になった、そのときでした。


「ふーん、随分とちまちまとした事をしてるわね。そんなに海が怖いのかしら?」


 背後から掛けられた、何やら含むものが多そうな甲高い声に、皆で振り返ります。

 そこにいたのは数名の地元の方達でした。

 声を発したのはその中心にいる魔族の女の子です。

 種族も違いますし、正確な年齢は分からないのですが……リリィとほぼ同じ年頃でしょうか?

 長い髪を両サイドで括って垂らした可愛らしい娘なのですが、釣り目がちな瞳と勝ち気な態度が相まって、少々尊大に見えてしまいます。

 年上の少年達をまるで部下の様に従えるその娘は、腰に手を当てて胸を反らし、鼻で笑う様に吐息を吐き出しました。


「観光客二人はともかく、この町に住んでいる癖に臆病な事ね! 宿屋の子倅とその子分に相応しい肝の小ささだわ! アハハハハッ!」

「またお前らかよ……」


 楽しそうに高い声で笑う女の子に対し、犬さんの反応は淡泊です。

 闊達な雰囲気の少年、といった印象は鳴りを潜め、ひどく面倒、といった表情で眉を顰めます。

 座っていた状態から腰をあげ、お尻についた砂を払うと、気怠そうに立ち上がりました。


宿(ウチ)のお客さん達と、これから一緒に泳ぐ練習をするんだよ。暇なときに相手してやるから今日は絡んでくるなよ七光り娘」

「だ、誰が七光りよ! 失礼なワン公ね!」


 雑な所作で手を振って「あっちいけよ」という犬さんの言葉に、女の子は顔を真っ赤にして高い声色を更に高く叫びたてました。


「そもそもお前の兄貴、この間ウチの浴場を覗こうとして、罰として吊るされてションベンもらしてたんだぞ。それを助けたのは俺達だ、先に礼くらい言えよ」

「に、兄さんの事は関係ないでしょ! あと女の子(レディ)に対してションベンとか言うな!」

「関係あるだろ、兄妹の癖に薄情な奴だな」


 なにやら一方は面倒くさそうに、もう一方は感情を剥き出しにして。

 舌戦というには少々温度差のある会話の応酬が始まってしまいました。

 彼らと初対面であるリリィとアンナ様は困惑して顔を見合わせるばかりなのですが……その他の方々――犬さんのお友達二人と、女の子の後ろに侍っている少年達は見慣れた光景だと言わんばかりに平然とした様子で二人の口論を眺めています。


「えーと……知り合いよね? 当然」

「うん、まぁ。ちょっとややこしい関係なんですけど」


 アンナ様が兎さんに問うと、彼は苦笑いして小さく肩を竦めました。


「親同士の仲が悪いというか……この町の上役が公爵様の出資を受けている宿に対して、腹に一物あるみたいで」

「成程……で、あのお子様はその上役とやらの娘、と」


 喧々囂々、というには些か迫力に欠ける二人の言い争いを横目に、アンナ様のお顔にちょっと面倒くさそうな表情が浮かびます。

 兎さん曰く、女の子だけでなく、彼女のお兄さんなども時折絡んでくるそうです。少々素行の悪い取り巻きの様な人達もいるので、喧嘩になった事もあるのだとか。

 一時の旅行客に過ぎないリリィ達は、迂闊に口を挟むべき問題では無いのでしょう……が、聞いていると中々に大変そうです。せめて公爵様に口添えくらいはするべきでしょうか?


 そんな思考が、多少なりとも表情に出ていたのかもしれません。

 リリィの顔を見ると兎さんと牛さんは揃って苦笑し、顔の前で軽く手を横に振ってみせます。


「取り敢えず、今は問題無いよ――相手があの娘だしねぇ」

「うん。上の兄二人だと、ちょっと面倒だった。けど、末っ子とその取り巻きは、大丈夫」


 むむっ、どういう事でしょうか?

 小首を傾げていると、彼らは口論する二人を挟んで女の子の取り巻きらしき少年達に視線を向けます。

 彼らはリリィ達子供組と、アンナ様の中間位の年齢層に見えますね。

 先程聞いた通り、この町ではあまり見掛けない――行ってしまえば少々ガラの悪い風体なのですが……。

 絡んできては嫌味や嫌がらせを行って来る、と言っていた筈の少年達は、特に何か行動を起こす事も無く、その場で二人の言い争いを眺めています。

 怠そうに頭をかいたり、その場にしゃがんでボーッとしている彼らは、兎さん達と視線が合うと軽く手を挙げて挨拶らしきものをしてきました。こちらの二人も同じく手を挙げてそれに返します。

 言葉こそ交わしませんが……なんというか、どちらも「お互い大変だな」という言葉が透けて見えそうな、奇妙な親しみを感じさせる表情ですね。本当に仲が悪いのでしょうか?

 その間にも、犬さんと女の子の言い争いは続いています。


「ふん、都会から来ただけの連中に鼻の下を伸ばして! 生意気なのよエロ犬!」

「の、のばしてねーよ! お客さん達が誤解しちゃうだろ! あと生意気はお前だろーが!」


 冷静だった犬さんも、いつの間にかひーとあっぷしてしますね。既に両者とも額を突き合わせるような距離と、かなりの声量になっています。町中であれば相当に注目を集めていたでしょう。

 口論しているのは確かなのですが、不思議な事に険悪さは全く感じません。

 特に女の子の方は少々キツイ言葉も多いのですが……嫌な空気になっていないのは何とも不思議ですね。


 ジッと目を向けていたのを感じ取ったのでしょうか、女の子がこちらへと視線を転じ、アンナ様とリリィを上から下まで強い視線で睨め付けました。


「……ぐっ、な、なによ! ちょっとスタイル良くて綺麗な銀髪で美人なだけじゃない! そっちのエルフだってお人形みたいにちいさくて可愛いだけでしょ! よそ者が調子に乗らないでよ!」


 彼女は何故か気圧された様に仰け反り、ですがそのまま胸を張って指を突きつけてきます。怯みつつも居丈高な態度とは中々に器用ですね。

 しかし、リリィ達が余所者なのは確かなのですが……唐突に賞賛混じりの罵倒という謎な台詞を向けられるのは何故でしょう?


「あー……そーゆーことか」


 ここはひとつ、(あに)様の真似をして「解せぬ」と呟くべきか検討していると、アンナ様が何やら察したようです。そのまま兎さんに問い掛けました。


「やっぱ君たちのリーダーは気付いてないの?」

「みたいですねぇ。あの娘もあの娘で、自分で分かってるかも怪しい感じがします」

「自覚無しか。なんとも微笑ましいこと……って、なんで魔法使ってるのリリィちゃん?」

「いえ、なんとなく『やらなければいけない』という使命感が湧いて来まして」


 言葉通り、今も口論中の二人に微笑ましいものを見る視線を向けるアンナ様に、リリィは即座に魔法を発動。部分的な平面を持つ水球――すなわち水鏡を向けます。

 愛し子様のような本当の鏡を思わせるものは生成できませんが、水面に映るものよりは鮮明な筈です。若干困惑したお顔で水鏡を眺めているアンナ様を見て、とりあえずは胸の内に湧いた謎の衝動は収まりました。


 本当になんだったのでしょう。我が事ながら意味が分かりません。


 ただ、こう……なんというか『何かを指摘したいのにその何かがよく分からない』という、何とも言えないもどかしさでした。

 具体的な言語化が難しいのはおそらくリリィの未熟が故でしょう。やはりまだまだ未熟――要精進ですね。


「……素直が、一番。だと思う」

「だよねぇ。変に拗れてギクシャクしちゃう前に、自覚くらいはした方が良いと思うんだけどなぁ」


 牛さんと兎さんが腕を組んでしみじみと呟くと、聞こえていたらしいあちら側の少年達までウンウンと頷いているのが見えました。


「ちょっとそこのデカ牛とチビ兎! アタシの子分達に何を吹き込んでるのよ!」

「……飛び火した」

「うわぁ、藪蛇だったかぁ……」


 見学に徹していた周りの子達も巻き込み、少年少女の集団は更に騒がしさを増してゆきます。

 やや蚊帳の外に置かれているリリィとアンナ様は、木陰に入って並んで座るとその騒がしいやり取りをのんびりと眺める態勢に入りました。

 三角座りとなったアンナ様が、手荷物から取り出した水筒で喉を潤しつつ、楽し気に目を細めます。


「ま、あの娘は中々素直になれないタイプだろうし、自覚するのも一苦労でしょ。気長に優しく見守ってあげるのが正解ってね――やー、初々しい青春って感じで、見てる分には退屈しないわ」

「おまいう」

「リリィちゃん、なんて??」

「……いえ、何か唐突に言葉が下りて来まして」


 本当にさっきから何なのでしょう。リリィに託宣や神託に類する技能や才は無い筈なのですが。

 同時に未だ判然としない、胸に閊えるもどかしさが再燃します。

 義父(とと)様か(あに)様がいらっしゃれば聞くことも……いえ、(あに)様は違いますね。

 なんというか、聞くべきでは無いというか、聞いてもあまり意味がなさそうというか……そんな予感がします。

 とりあえず、現時点で分かった事は――。


「銀髪の人は、ややポンコツな部分があるという事ですね」

「う"ぇっ!? なんで急に罵倒されてるの私?」

「そういう処です――多分」

「多分なんだ……」


 何はともあれ、柔軟運動のやり直しになる前に水練を開始したいものです。

 何れはばっちりと泳ぎを習得し……将来的には、生まれて来る義弟か義妹にリリィが泳法を教えてあげられると、とっても嬉しいですね。


 そんな風に思いを馳せつつ。

 常夏の日差しに備えてリリィも水筒の蓋を開け、冷たいお水を口に含んだのでした。








おまいう(唱和)

リリィさん、第四の壁の向こうからなんか受信する。



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