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駄犬の一日・旅行編 午前




……あぁ、ひっでぇ目にあった。


 ガンテスとレーヴェ将軍のガチぶつかり稽古とかいう、とんでもないモンにあわや巻き込まれ掛けたが、なんとか離脱に成功。俺は宿に戻って来た。

 先ずは宿の従業員に釣った魚を預け、その後は風呂場に直行。

 頭から思いっきり海水被ったまんまだからね。そろそろ乾いてガビガビになってきたので、鴉の行水で全身ささっと洗い流した。


 朝食にはちょっと早い時間だと思ったんだが、どうやら皆、既に済ませてしまったらしい。

 まぁ、砂浜の反対にある岩礁地帯まで行った上、帰って来て先ず風呂入ったし。思ったより時間食ったからね、仕方ないね。

 俺もさっさと朝飯食うかぁ、なんて考えつつ、部屋から持って来たTシャツとズボンにささっと着替え、髪を拭きながら脱衣所を後にする。

 ちなみに本日のダサTは砂肝だったんだが、即行で着替えた所為でぼんじりにメニューチェンジしますた。いや、どうでもいいと言われたらその通りなんだが。


 そのままシアとリアの部屋に向かってみたが、不在である。

 丁度廊下で鉢合わせたダハルさんに聞いてみた処、二人は朝風呂の最中らしい。昨日、女性陣は全員で入浴してたけど、今回は二人で露天風呂に向かったみたいだ。

 昨日はシアの奴、「良い湯だったけど、見たくも無い丘と峰が多すぎた」とか死んだ魚みたいな目付きで言ってたからな。今度は姉妹(きょうだい)水入らずで懐かしい日本風の風呂を堪能してるんやろ。

 丘だの峰だのはよ―知らん。知らないんだよそういうことにしとけ(護身発動


 タオルを俺に割り当てられた部屋の窓際に干して、あとはシア達が風呂から出て来るまで時間を潰そうと宿の中をブラつく。

 うむ、こうしてじっくり観察すると、やっぱり和風というか、日本的な建物だよなぁ……畳とかは流石に再現が難しかったのか、無いけど。

 というかあったら欲しい。この際、敷畳とかでも良いから欲しいわ。毎日畳に寝転がれるなら、この際金貨でも出せるぞ!


 あっちをフラフラこっちをフラフラと、広い宿の中を見て回る。

 んで、玄関口に足を向けると隊長ちゃんの後ろ姿が見えた。

 今日は白いノースリーブのYシャツとジーンズっぽい膝丈のパンツか。うん可愛い。

 声を掛けようとして――遅まきながら、彼女がなにやら複数の人間に絡まれているのに気付く。

 んん? ……格好からして冒険者か? 魔族領らしく、種族は様々だけど……。

 なんじゃろ、あの娘なら強引なナンパとかだったら毅然とした態度で対応すると思うんだが……なんか困ってる様に見えるな。

 可愛い後輩兼、俺の癒し枠である隊長ちゃんがお困りなのに、見て見ぬフリを出来よう筈も無い。

 気持ち歩を速めて冒険者らしき連中に囲まれている彼女の傍に向かう。


「なぁいいだろ? 少しだけ! ほんのちょっとだけだから!」

「いえ、ですから……」


 む? 正面から詰め寄っている冒険者、革鎧がっつり着込んでるし、短髪だから男だと思ったが……声は普通に高くて女の人っぽい。というか、後ろの仲間も全員女性かコレ。

 となると、やっぱりナンパの類じゃないのかね? いや、単に同性がイケるっていうだけかもしれんけど。

 何はともあれ、声を掛けてみるか……おーい、どうしたん隊長ちゃん。


「あ、先輩」


 やっぱり困ってたみたいだ。こっちを振り返った隊長ちゃんの表情が露骨に明るくなった。

 見た感じ、絡んでる冒険者も悪い連中ではなさそうなんだが……一応、彼女らと隊長ちゃんを遮る様に割って入る。

 ヘイヘイ、俺の後輩に何か用かねアンタら。

 ナンパなら副官ちゃん――彼女の部下であるミヤコニウム中毒者の許可を得てから挑戦するんだな! 絶対許可なんて下りないと思うが!


「……いやいや、そんなんじゃないって!」


 短髪で額にバンダナを巻いた冒険者が、ちょっと慌てた様に顔の前で掌を振る。

 お仲間らしき後ろの面子も同じような反応だ。隊長ちゃんを困らせているという自覚はあったのか、俺の横入りに気分を害する事もなく、寧ろ若干バツが悪そうにしている。

 それでも退く気自体は無いらしい。バンダナの女性は、若干鼻息を荒くして勢い込んで半歩前に出てきた。


「ちょっとだけ手合わせしてくれないかなー、ってお願いしてただけなんだ。帝国の《戦乙女》がこんな田舎にやってくるなんて、もう二度と無いかもしれないだろう?」


 あっ(察し

 そういう事ね……ハイハイ、理解しました。


 血の気の多い連中ばっかな魔族領だし、こういう事は起こるかもとは思ってたが……二日目の朝からか。思ってたより早いな。

 ぶっちゃけ、現時点で旅行に参加してる面子って有名人ばっかりだし、遠目にでも顔や姿を見た事がある、っていうパターンはまぁ、あるんやろなぁ。

 案の定、彼女達も大戦時に大陸中央まで行った事があって、そこで帝国軍――ひいては《刃衆(エッジス)》の戦いぶりを眼にした事があるのだそうだ。

 そっかー。隊長ちゃんが困ってたのも理解できるってもんだね、うん。

 だってさぁ……色眼鏡無しに改めて眼前の冒険者達の顔をしっかり見てみると……うん、なんで今まで気付かなかったって位に目ェキラキラしてるんだもんよ。

 リスペクトしてる人に出会えてテンション上がってます、って感じの雰囲気を分かりやすく出してる。

 隊長ちゃんの性格的にも、無下にするのは難しそうだ……強請ってるのが握手とかサインじゃなくて、手合わせなのが凄い魔族領だけど。


 うむ、お姉さん方の主張は理解した。

 だがしかし、だ。


 見ての通り、隊長ちゃんは団体で旅行中――要はオフなのよ。滅多に取れない長期休みだし、ここは諦めて欲しい。

 つーか今現在、この宿には《魔王》を筆頭に《災禍の席》も何人か泊まってますよ? 手合わせ挑むにしても、アイツらの方が引き受けてくれる確率はずっと高いと思う。


「勿論、頭領にも後でお願いしにいくさ。けど、やっぱり最初は《戦乙女》と戦りあってみたいんだよ、ウチの徒党は見ての通り、女所帯だからさ」


 バンダナのねーちゃん曰く、彼女達は女性中心の冒険者チームでは滅多に見ない、徒党としての一級認定を目指しているらしい。

 自国の頂点である《災禍》に対する敬意や憧れはあるが、やはり同じ女性の身で帝国最強の一画なんて言われてる隊長ちゃんへのリスペクトが先ず先に来るのだとか。

 うーむ……その言葉に偽り無し、って感じだな。熱量が凄い。

 でも、隊長ちゃん的にはあんまり乗り気じゃないみたいなんだよなぁ。

 背後に庇った彼女をチラ見すると、やっぱり困った顔でちょっと苦笑する。


「その……敬意や好意からのお願いだとは分かるんですが……やっぱり野試合とかはちょっと」


 ですよねー、知ってた。

 負けず嫌いなトコもあるし、剣を抜くべき状況だと判断すれば、思い切り良く振るうけど……特段戦いが好きって訳じゃないからなぁ、俺の後輩は。

 剣を構えた立ち姿なんかは見惚れる位にカッコいい。

 しかし、その気質は控え目で優しい、穏やかな娘なのだ。シア相手には結構バチバチしてるときも多いけど。

 まぁ、戦いに関するスタンスは転移・転生者には似た様な傾向が多いらしいけどね。

 少し前までどんだけ腕がたってもあっさり死にかねない生存戦争やってた世界だし、女神様の加護パワーで俺TUEEEとかやって喜べる感性は、早々に擦り切れてなくなるんよ。

 そっから魔族みたいに戦いに愉しみを見出すタイプも居ない訳じゃないけど……それはあくまで例外、少数派だ。

 あと単純に、魔族領で迂闊に立ち合いの所望とか聞き入れたら、我も我もと他のおかわりが来そうなのも怖い(白目


 どうにか食い下がって手合わせをしてみたい女性冒険者達と、どうしても気分が乗らない隊長ちゃん。

 堂々巡りになりそうなので、気の毒だが俺からスパっとお断りしちゃうかー、なんて思った、そのときだった。


「あ、あのっ……」


 彼女達の徒党の最後尾。

 熱量高い仲間達から一歩下がって事の成り行きを見ていた魔導士らしき娘が、なにやら思い切った様子で進み出る。

 耳がちょっとだけ伸びて尖ってるのを見るに、魔族と言ってもハーフかクォーターなんだろう。八重歯っぽく伸びた犬歯を見るに、獣人か吸血鬼(ヴァンパイア)かね?

 霊木の枝から作られた長杖を握りしめ、交渉を行っていたバンダナさんの隣までやってくると、彼女は何故か隊長ちゃんではなく俺をジーッと凝視した。

 妙に熱心なその視線に、俺はなんじゃらほいと首を傾げる。


「黒髪黒目で、《戦乙女》様が先輩と……それに……」


 なにやら緊張した面持ちで、彼女は唾を飲み込んだ。

 続く言葉は端的な問いかけだ。


「も、もしかして、貴方はかの《猟犬》様なのでしょうか?」


 ちょっと自信無さ気な問いかけに超速で反応したのは、俺じゃ無くて魔導士の娘の仲間達だった。

 不思議そうに彼女を見ていた冒険者達の眼が見開かれ、次に一斉に俺を注視する。

 え、なにこの反応。というか怖っ。

 無数の視線に圧を感じて思わず仰け反る。

 彼女達は素早く目配せしたと思うと、俺と隊長ちゃんに背を向けて若干声を潜めた会話を始めた。


「……え、マジで? このおにーさんが? その割には魔力をあんまり感じないけど」

「おバカ、制御してるに決まってるでしょ……! 頭領や《災禍》の人達だって普段はある程度は抑えてるじゃない!」

「本当に中の人がいたのだな……私は聖女が魔鎧を調伏して使役しているという説を聞いて以来、そちらが正しいと思ってたが……」

「し、失礼ですよ。私、ちゃんとお声を聴いた事があるって何度も言ったじゃないですか……!」


 なんか色々言ってるなぁ……自分の事なのに、なんか初めて聞く噂話も混じってるわ。

 ちなみに特に魔力を抑えたりはしていない。これが素です、泣くぞコラ。

 いまいちヒソヒソ話になってないおぜうさん達の会話を、なるべく聞き流す様に心掛けて精神を平坦にする。

 ぼくしってる、このパターンだと最終的には死神を見る様な目でドン引きされるんでしょ。

 だから今の内に耳に入る言葉を右から左に垂れ流して、脳に留めない様にするんや。そうすればメンタルダメージは最小限で済む(護心発動

 この後の展開を察して遠い目付きになっていると、同じくオチを予想したのか……背後の隊長ちゃんがそっと俺の背に掌を当てて擦ってくれた。後輩の優しさに涙がでそう。

 暫く仲間内で話し合っていた冒険者達だが……話がまとまったのか、会話の先頭に立っていたバンダナのねーちゃんが「よし!」と気合を入れて再びこっちを振り返る。


「急に話を中断してごめんよ! それで、その……おにーさんは本当に()()《聖女の猟犬》なのかい?」


 ()()()()も知らんが、一応、そう呼ばれてるのは確かですねハイ。

 なんか魔導士の娘は俺の事知ってるっぽいし、誤魔化しても意味は無さそうだ。躊躇いがちな再度の問い掛けを素直に肯定する。

 シアやリアに接触しようとした貴族や商人だと、ここから顔を引き攣らせて一歩下がるのはよく見るパターンなんだよなぁ……。

 魔族領の冒険者がそこまで弱腰だとは思わない。

 が、ちょっと引かれる位の反応は覚悟して――。




「うわマジか! それならアンタが手合わせしておくれよ! お礼にこの娘が今晩アンタの部屋にいくから!」




 ごめん、なんて???(真顔

 ちょっと何言ってるか分からないんですけど、主に後半。

 バンダナさんはさっきまで隊長ちゃんに向けてたのと同質のキラッキラした笑顔と共に、傍らの魔導士の肩を抱いて前に押し出す。

 きょとんとした顔になって押し出された当人――八重歯の娘は、きっかり二秒後にぶわっと音が聞こえてきそうな勢いで顔を真っ赤に染め上げた。


「ちょっとぉぉぉ!? 何言ってるんですか! 一手ご指導をお願いするって今決めたばかりでしょう!?」

「だからこうしてお願いしてるだろ、引き受けてもらう為の報酬だよ報酬」

「一言の相談も無しに人の貞操を商談に使わないで下さい!」


 親指立ててイイ笑顔で笑うバンダナさんに対し、杖の柄尻で宿の床をガンガンぶっ叩きながらキレ気味に叫ぶ八重歯ちゃん。


「なんだよう、別に良いじゃないか。前からお礼がしたいって言ってただろ?」

「報酬になってる時点でお礼でもなんでもないでしょう! 前から思っていましたが、貴女はソッチ方面で奔放すぎます!」

「えぇー……分かったよ、それなら私がいっぱt「べ、別に嫌とも言ってないんですけど!?」……なんだよもう、どっちなんだよ」


 なんかもう俺と隊長ちゃんをそっちのけにして、姦しく騒ぎ出す二人。

 あんまりにも意味不明な超展開についてゆけず、アホ面晒してそれを眺めてる俺へと、彼女達のお仲間――戦斧を担いだ獣人の戦士が補足説明を入れてきた。


「すまない、どうもウチの後衛は内陸で貴公に助けられた事があるらしくてな。機会があれば礼をしたいと偶に話していたんだ」


 ……派手に動いていた戦場では、顕現した眷属を優先して狩った事で結構な人数の兵を助けた形になった事もある。

 ちょっと申し訳ないが、俺的にはガチで八重歯ちゃんに見覚えがない。

 なので、そういった『結果助けた感じなった人』って事なんだろう。

 礼云々ってのは理解したけど……それがなんであんな話に飛ぶんですかねぇ。意味分からないよ。


「……? 命の恩人、しかも大陸中に名を轟かす強者だ。胤を貰っておきたいと思うのは当然なのでは?」


 一般常識を態々聞かれた、みたいな顔で小首を傾げる斧使いのねーちゃん。

 それも僅かな間だ。直ぐに妙案を思いついた、といった表情で両掌を打ち合わせて深く頷いた。


「うむ、そうだな。《猟犬》が使い魔の類ではなく肉身を持った戦士だというのであれば、これ以上は頭領以外に見当たらん。私も貴公の部屋に伺おう」


 いみが わからないよ(二度目

 話が噛み合わねぇ……! 文化が違う……!!


 いや、魔族が基本、ぶっ飛んだ価値観持ってる奴が多いってのは知ってるよ?

 腕力主義というか、強いがエライがデフォ。

 それに加え、武でも知でも技術でも、突出した才覚・実績を示した『強者』は、より多く血を遺すべき、だの。惚れた腫れたも生きてる内が華、拙速こそ妙手、だの。他の人類種と比べて武力以外の文化的思想とかでも脳筋感が透けて見える連中なのだ。

 特に後者は大戦中に強く根付いた価値観らしい。

 要は、自分も相手も何時死ぬかもわかんねーんだから、気になる相手や気に入った奴がいるならとっととヤることヤっとけ、って事やろ。

 言わんとしてる事は分かるが、それは肉食獣の理屈なんだよなぁ……結構広く受け入れられて魔族領以外にも波及したらしいけど。

 前者の考えの前半――腕っぷしだけでなく、オツムの回転とか特殊な技能とか職人の技とか、人の持ちえる様々な強みを『強さ』として称えるって考え方は、素直に好感が持てる。

 だが、血を遺す云々だの気に入った奴は押し倒しとけだの、リア獣御用達の肉食獣ルールは、元・日本人からすると違和感が凄い。ダビ〇タやってんじゃねーんだぞ。

 気に入った、奢るから今夜一杯飲もう、みたいなノリで今夜一発ヤろうはおかしいだろ。そうはならんやろ。

 鼻の下が伸びるより先に怯みが先に来るわ。こちとら彼女いない歴=年齢の真性童貞だぞなめんな!(逆ギレ

 そもそも俺の戦歴なんて全部鎧ちゃんありきなんやぞ。

 血だの何だのに遺す必要のある凄い価値とか探したって見つからないんですけど! 肉食獣の対象外の筈なんですけど!

 混乱した頭の中で、そんな益体も無い考えをぐるぐると廻していると。


 ギチィ、という厚い布地が捻り上げられて軋む音が直ぐ背後から聞えた。

 当然、いま俺の後ろにいるのは一人だけだ。


 振り返るなという本能の叫びと、今振り返らないと後がヤバいという理性の叫びに挟まれて、身体が硬直する。


「…………」


 隊長ちゃんは無言だった。

 しかし、さっきまでは優しく俺の背に触れていた指先は、俺のTシャツの生地を捻り上げているみたいだ。見なくてもよじられたシャツの感触が伝わって来る。

 ……なんかミシィとかメキィッとか布から出る訳のねぇ音が聞こえてくるんですけど!

 これはTシャツからというより、それだけ彼女が指先に力を込めてるという事だと思われる。

 シャツの生地だけで良かった……背中の肉が巻き込まれてたらブチンってとれちゃーう(白目


 流石にこれは気付く――隊長ちゃんは、現在ひどくご立腹だ。


 問題は怒ってる理由が分かんないって事なんですけどねぇ! 

 ……ひょっとしたらアレか、先のバンダナさんと八重歯ちゃんの台詞に、実はちょっとだけ喜んでしまったのがバレてたか……!

 そ、その点については弁明をさせて欲しいですぞ。

 俺だってね、一応は男な訳ですよ。

 自分の視点から見ると完璧に初対面とはいえ、女の子に明け透けに好意からのお誘いを受けたりすると、ちょっとくらいは浮かれた気持ちも出たりするんですよ。

 交際経験すらゼロのピュアボーイだからね、仕方ないね。

 でもホント、ちょっとだけです! ホイホイ乗って旅先で女の子を食い散らかす節操無しの下半身野郎みたいなムーヴは全く考えてないです! というか出来ません! とらすとみー!


 脳内でしょーもない言い訳を垂れ流しながら、ギクシャクとなんとか振り返る。

 俺のシャツの端っこをちょこんと抓んだ隊長ちゃんは――笑顔だった。

 弓なりに弧を描く双眸、緩やかに口角の上がった口元。

 お人形さんみたいに整ったお顔に相応しき、完璧な笑顔(アルカイックスマイル)である。


 ――だが、こわい(白目


 微動だにせず、静止した状態で笑顔を浮かべる隊長ちゃん。

 指先だけに凄まじい力が込められ、摘まんだ俺のシャツの生地を捻り潰さんばかりだった。

 寧ろTシャツで良かったと思うべきなんやろなぁ……いつも来てる旅装だったら革帯(ベルト)部分とか金具部分が捩じ切れてたわ、ハハッ(逃避感


 このままではよろしくない。

 何か言わなくてはならない。けど、何を言えばいいのか分からない。

 走馬灯の如く高速で思考が回転するが、この場を無事に切り抜ける為の有効な案は何一つ出てはこなかった。

 嫌な汗が背中や額に滲む。おふろはったばっかりなんですけど。


 前門の冒険者達、後門の隊長ちゃん。

 進退窮まったかに見えたが、救いの手は唐突に現れた。


「なーにやってんだか、この駄犬は」


 淡色のキャミにショートパンツ。サンダルを突っ掛けたリラックススタイルの副官ちゃん、ご登場である。

 アンナ先生! 来てくれたんですか助けて下さいお願いします!(迫真

 片手になんかアイスキャンディーっぽいの持ってるな。売店の品だろうか? 俺も食いたい、後で買おう。


「おー? たいちょーとわんこ君と……そこのおねーさん達は?」

「まぁなんであれ、宿の入口で騒がん方が良いと思うがねぇ」


 彼女の後ろにはダハルさんとローガスもいる。一緒に行動してるというより、宿の玄関近くで俺達が騒いでるので様子を見に来たって感じか。

 アイスを味わいながら半眼で俺の面を眺めていた副官ちゃんは、隊長ちゃんと冒険者達に順繰りに視線を向け、全てを察した顔で溜息を漏らした。


「まぁ、魔族領だしね。こういうのもあるか」


 咥えていたアイスを口から引っこ抜くと、溶けかかったソレの先端を、剣の如く冒険者のねーちゃん達に突き付ける。


「隊長は勿論の事、そこの馬鹿も一応は聖女の懐刀って立場よ。手合わせの類がしたいなら段階を踏みなさい」

「段階、って?」


 バンダナさんがオウム返しに問い返すと、副官ちゃんが再びアイスキャンデーを咥え、噛み砕く。

 そのまま一息に飲み込んで――流石に無理があったのか、軽く顔を顰めて額を抑えた。頭キーンってなった模様。


「……帝都でも腕自慢の類が隊長に突っかかって来たことが何回かあったけど、露払いは部下がやってたって事よ。隊長と手合わせしたいなら、先ず《刃衆(わたしたち)》を越えてみせろ」


 頭痛から復帰し、不敵な笑みと共に告げられる言葉。

 一瞬呆気に取られた冒険者達だったが、直ぐにやる気を漲らせて獰猛に笑う。


「いいね、上等だ!」

「銀髪の女性騎士……貴公は《銀牙》か。《戦乙女》と並ぶ我らの目標だ、願っても無い」


 そんな彼女達の反応に、副官ちゃんも満足そうに一つ頷き。


「よし。ローガス、シャマ、行け」

「知ってた」

「えぇーっ、これから市場で夏服と小物見ようと思ってたんですけどー!」


 君に決めた! と言わんばかりに背後の部下を嗾けようとするも、当の二人からは諦観と抗議という嫌そうな反応が返って来る。

 部下二人の態度には頓着せず、副官ちゃんは無言で視線を転じ、俺の背後――即ちご機嫌ナナメな隊長ちゃんを視界に収めた。

 ローガスとダハルさんも部隊の隊長殿の凍った笑顔に気付いたみたいだ。その瞬間に怠そうな顔が引き締まり……っていうか引き攣り、背筋が伸びる。


「隊長の休暇を余計な事で消費させない為よ、手伝いなさい」

「「了解」」


 有無を言わせない上官の御言葉に、今度は即答で応じる帝国最精鋭の騎士達。

 話は纏まったらしい。この場はどうにかなりそうな気配に、俺は胸を撫で下ろす。

 いや助かった……マジでにっちもさっちもいかない状況だったからどうしようかと思ったよ。

 冒険者達は実戦に近い形式で戦いたかったみたいだが、こっちがそれを却下した場合も考えて木剣の類を数本持ち込んでいたらしい。

 それを使って手合わせしよう、って事で、彼女達は早速宿の裏手にある林へと移動を開始した。

 ホンっトありがとう副官ちゃん。変わってもらっといて何だけど、怪我とかしない様に気を付けてね。

 両手を合わせて拝む俺に対し、副官ちゃんはヒラヒラと手を振って背を向ける。


「はいはい、今度なんか奢ってよね――それと、いつまでも隊長にそんな表情(カオ)をさせるな駄犬」


 軽い口調だったのに、最後の釘刺しだけはガチトーンだった。ミヤコニウム中毒者こわい(白目

 とはいえ、助けてもらったのは確かだし、俺自身も隊長ちゃんをこのままにするつもりは無い。

 宿の玄関扉を開けて外に向かう《刃衆(エッジス)》三名と冒険者達の背を見送ると、改めて隊長ちゃんの方へと向き直る。

 状況が変わった御蔭か、彼女からさっきまでのおっかない笑顔は引っ込んでいた。

 その代わり今度は不機嫌……というか拗ねた様な顔だ。

 ご機嫌ナナメなのは継続中みたいだが、さっきより状況はマシだ。綺麗だけど恐ろしいスマイルと比べれば幾分幼く見えて可愛らしいくらいである。


「……先輩」


 はい、なんでしょう。


「たいへん、おモテになるようで」


 あれはモテにカウントして良いんでしょうか(真顔

 そもそも教国や帝国で名の知れた戦士の腕っぷしを体感するのが彼女達の主目的であって、部屋に来る云々は後付けみたいなモンだと思う。

 強けりゃ誰でも良い、って程軽い訳でもないんだろうが……こう、俺の思う男女間の好意とは激しくズレを感じてならない。

 童貞臭い意見とか思った奴は表出ろ。サッカーしようぜ、お前ボールな!

 そんな風に自分の意見を主張してみるものの、隊長ちゃんは呆れとご機嫌ナナメが同居した複雑なお顔になってしまう。何故だ。


「…………」


 彼女はそのまま口元に手を当て、なにやら考え込む。


「少しくらい、攻めに……」


 やたら真剣な顔で呟きが漏れる。はて、どういう意味じゃろ?

 俺が一人で首を捻っていると、深く思考して俯きがちになっていた隊長ちゃんの顔がパッと上がる。


「先輩」


 はいはい、なんでしょう。


「このあと、何かご予定はありますか?」


 いんや、決まった予定は無いね。強いて言うなら、シア達が風呂あがったら町の観光に一緒に出てみようと誘う気だった、くらいかな。

 そう返すと、彼女の表情が明るいものに変わった。


「……そ、それなら、今日の午前中は、私に付き合って頂いても良いでしょうかっ」


 ん? それくらい全然おkよ。

 原因がいまいち分かってないのは我ながら情けない限りだが、隊長ちゃんに嫌な思いをさせてしまったというのは事実だ。

 埋め合わせって訳でも無いが、何か予定があるというなら荷物持ちでもなんでもやるぞい。


「よしっ……では早速行きましょう!」


 なんか小さくガッツポーズしたかと思ったら、笑顔になる隊長ちゃん。

 機嫌が良くなったというのなら幸いだ。可愛い後輩が笑顔になる。この時点で既に俺的には様々な収支がプラスと言えるのだ。

 こちらの手を取り、彼女は言葉の通りに早々に出発しようと引っ張って来る。

 ちょっと待って、えーと財布は……あるな、大丈夫か。

 それじゃ、後はシアとリアに伝言を残していこう。丁度、あそこに宿の従業員さんがいるし。

 大量のシーツをカートに乗せて運んでる人に、言伝を頼もうと声を掛けようとして――そこで、ぐいっとやや強引に腕を引かれた。


「大丈夫です、午前中だけですから! お邪魔む……レティシアには後で《《二人で》》出掛けただけだと伝えれば問題無いと思いますっ」


 む、そうかな? でも一応は……あ、ちょっ、分かった直ぐ行くって、さっきは背中側の生地で、今度は袖まで引っ張られたら俺のぼんじりTシャツが伸びちゃうってばよ。


 そんな感じで。

 珍しくちょっと強引な隊長ちゃんに引っ張られ、彼女と二人でお出掛けする事になったのである。


 そういえば朝飯食ってなかったな、今更だけど。







 青い海に白い雲、眩しい太陽。

 昨日、皆で遊んだ砂浜に、俺と隊長ちゃんは再び訪れていた。

 時刻はまだかろうじて朝と呼べるものだが、そこは常夏である南方南部。

 早々に気温は上がり始め、遮る物のない砂浜だと普通に暑い。

 打ち寄せる波に足元を洗われながら、海を眺めて串焼きを齧る。

 海鮮をぶつ切りにして焼いて塩ふっただけのシンプルなものだが、素材が新鮮なのもあって美味いなコレ。

 うむ、今度同じ店に寄ったら塩なしで頼んで醤油塗って食いたい。きっと合う。

 旅行中の屋台開拓も兼ねて小さ目な物を買ったので、空きっ腹にこの量は全然足りない。

 が、ここはこれだけで堪えておくべきだろう。なにせ――。


「先輩、お待たせしましたっ」


 これからちーっと長めの距離をひと泳ぎする訳だからね。

 弾む声と足取りで現れた水着姿の隊長ちゃんに、俺は軽く手を挙げて応えた。




 どっかの傍迷惑な鳥と公爵様の激突痕がやや残る浜ではあるが、あの二人が早々に沖に向かって移動したのもあって、思ったよりは荒れてない。

 あの場にあった唯一の建築物――店長の経営してる海の家だけは、流石に衝撃波とかであちこちボロくなってるけどな!

 とはいえ、ガワこそ結構なダメージ具合だが、商品を保存する為に内部は魔法で保護してるので、店内は割と無事だ。

 早々に人を雇って外装の修繕作業を行っていたが、営業自体は普通にやってると言うので再びお世話になった次第である。


 んで、ここに俺を引っ張って来た隊長ちゃんだが。

 てっきり町で買い物でもするのかと思ってたが、初日に約束した一緒に泳ぐって話。それを早々に希望して来た。

 泳ぐのは得意って言ってたし、楽しみにしてたんやろなぁ……何せ、昨日の時点で水着をレンタルじゃなくて購入してたみたいだし。

 俺が昨日と同じ海パンを借りた隣で、いきなり服脱ぎ始めたときはキョドって変な声上げそうになったわ。既に下に水着を着てたからなんだけどね。

 しかし、なんぼ水着を装着済みとは言っても、美人でスタイルも良い後輩の生着替えとか視覚的に大変よろしくない。

 慌てて先に店を出たんだが、何故か店長から「えっ、そこで即時撤退を選ぶんですか? マジで?」とかあり得ないモノを見る目付きで言われた。どういう意味やねん。

 世の中、アンタみたいに性癖と欲望に素直な変態ばっかりだと思うなよ! というか野郎がアンタと同じムーヴしてたら即座に『お巡りさんこっちです』案件なんだヨォ! 

 そんな感じのやり取りを挟みつつ、着替え終わった隊長ちゃんと合流したのがついさっきの話である。




 段々と熱されてきた砂浜の上、二人でえっちらおっちらと柔軟体操に励みつつ、今回の遠泳について話し合う。


「昨日、宿の人に話を聞いてみたんです。なんでも、あそこに見える小さな島を目標に泳いだり小舟を出す人達が結構いるみたいで」


 身体を左右に捩じって解す隊長ちゃんが、海の向こうを指し示す。

 隣で屈伸運動しながら白くほっそりした指の先を視線で追うと、水平線を塞ぐように浮かぶ緑で覆われた島があった。

 なんでも、地元民が遠泳したりボートで遊ぶときのゴール地点らしい。危険な動物なんかもいないらしいので、数少ない旅人や観光客も立ち寄ってみる事のある場所なのだとか。

 結構離れてるなぁ……2kmは無いかな。1、5くらい?


「そうですね、多分その位だと思います」


 俺の適当な目算に、隊長ちゃんも頷く。

 彼女の情報収集によれば、この時期、この時間は追い風なのもあって島に向かうのは楽らしい。

 逆に帰りは向かい風のせいで、ちょっと大変かもしれない、との事だった。

 まぁ、これも魔力縛って身体強化抜きで泳いだ場合の話だ。

 帰りが思ったより大変そうなら、魔力使用を解禁して帰れば良いだけだからね。

 取り敢えず、行きは素で泳いでみるって事でえぇかな?


「はい。途中でトラブルが起こったら、そのときも魔力を解禁しましょう」


 砂浜に座り、足を伸ばした姿勢でべったりと上体を倒している隊長ちゃんが、俺を見上げて微笑む。

 身体やわらけー……前屈とかやったら腕の長さの限界値まで記録出るやつやん。


「そうですか? 先輩も相当に柔軟だと思いますけど……」


 まぁ、俺の場合は《三曜の拳》の延長で身体操作とかもするからね。

 純粋に身体が柔らかいというより、その気になればあちこちの関節外して可動域を上げる、とか出来るってだけよ。


「関節って……なんだかビックリ人間みたいですね」


 所詮俺のは付け焼刃だけど、その位はね。ミラ婆ちゃんとかだと、身体の柔軟性自体もヨガマスターみたいな事になってるんじゃないかな? 

 最近、全盛期に若返り可能とか意味の分からん事になったから尚更にな! あの姿で稽古すると鎧ちゃんが動作不良起こして出て来てくれないから勘弁して欲しいです!


 二人並んで和やかに雑談しつつ、しっかり身体を解し続ける事、数分。

 立ち上がった隊長ちゃんが、自身の黒髪を纏めて後ろで縛る。

 柔軟の〆に手首足首をプラプラと揺らしてる俺と目が合い、なんとなくお互いに笑った。


「先輩、ちょっと競争してみませんか?」


 ん? 構わんけど……強化抜きだと多分体力的に俺が有利だと思うよ?


「あ、言いましたね。それなら私が勝ったら何か一つお願いをしても?」


 おう、かまへんかまへん、なんでも……は、流石に無理だけど、聞ける範囲でなら可愛い後輩のお願いだ、聞いちゃうぜよ。


 悪戯っぽい笑顔を浮かべる隊長ちゃんの提案を、特に拒む理由もないので承諾。

 ほんじゃ……俺が勝ったらどうしようか。そうだな……いっそ膝枕でもしてもらおうか! 美少女の膝枕とか男の夢だからね!


「えっ」


 いや冗談です。ジョークだってばよ。

 そんなセクハラ発言された、みたいに目を見開かないで。先輩地味に傷付いちゃう(白目


「あ、いえ! 違うんですっ。驚いただけで! ……どうしよう、予定が……いっそ負けるのも……」


 なんか隊長ちゃんがスタート直前になって挙動不審になってしまった。俺の迂闊な発言が原因ですねスイマセン。

 一分ほど何やらワタワタしていた隊長ちゃんであるが、なんとか気分を入れ替えた様だ。

 首にかけていたゴーグル擬きを装着し、穏やかな海原へと真っ直ぐに視線を向ける。


「と、取り敢えず行きましょう! お願い云々は勝敗が決まってからという事で!」


 訂正。彼女のテンションは変な儘だった。

 いや本当にゴメン。直前に馬鹿な事言うもんじゃないね。

 動揺丸出しな姿を見せた気恥しさを振り切る様に、波を蹴ってザブザブと駆けだす隊長ちゃんの後を追い、俺も青い海へと走り出した。







 穏やかな波を指先で掻き分け、前に進む。

 久しぶりの本格的な水泳だが、記憶にある感覚より大分良いペースだった。

 まー俺にしろ隊長ちゃんにしろ、日本に居た頃より基礎体力とか筋量なんかもずっと上がってるだろうしね。魔力抜きでも以前よりずっと早く泳げるのは当然か。

 マイペースに平泳ぎ(ブレスト)で小島を目指す俺の前を往くのは、隊長ちゃんだ。

 長距離用の穏やかなペースだが、その肢体は綺麗なクロールのフォームを崩す事無く、長い脚でしっかり水を蹴る様は人魚を思わせる。

 有耶無耶になった感じのある競争の件だが、実際に泳ぐ段階になると隊長ちゃんの負けず嫌いな面がちょっと出てきたらしい。

 ガチ泳ぎで俺を突き離そうとするも、途中で体力回復の為に背泳ぎに切り替え、その間に特にペースを変えない俺が距離を詰める。

 さっきからこの繰り返しで、隊長ちゃんが常に前にいるものの、俺との距離は付かず離れずといあった感じだった。

 あんまりムキになっちゃ駄目だぞー、と声をかけたのだが、聞こえているのかいないのか。

 流石に顔が見えないのでどういう表情なのかは知り得ないのだが……クロール時のペースを見るに、なんとか逃げ切ろうと頑張ってる感じがする。

 しっかり柔軟したし、足が攣ったりしないとは思うが無理はせんようにね。

 俺の方は自分にとって程々のペースで進んでいるので、そうきつい事も無い。

 穏やかな波間にときに揺られ、ときに掻き分け、青い海の透明度を堪能しながら海面を進んでいる。

 うむ、今更言う迄も無いが、空も海も素晴らしい青さだ。

 シアかリアに頼んで、球状の魔力障壁を張って海中に飛び込んだら、超絶優雅な水中散歩とか出来ないだろうか? それだと酸素の問題があるから厳しいか?

 透明度の高いブルーオーシャンを、常夏の日差しが強く照らす。

 海面から下を見下ろせば、やや離れた場所で魚の群れが回遊しているのが見えた。

 いやー、マジで沖縄かハワイか、って感じだなぁ……これを見れただけでも来た甲斐はあったってモンだ。

 柄にもなく美しい海に感動を覚えるも……問題点が一つだけある。


 海上には空と雲、透き通った海面の下には、豊かで色とりどりな海洋環境。

 それらに特にマズイ点は無い。寧ろ目に焼き付けるべき美しい景色だ。

 問題なのは、数メートル先を泳ぐ隊長ちゃんの姿だった。


 ――正直に言おう、この距離は色々よろしくねぇ……!


 空と海、上下の景色には感動するが、こと前方に拡がる光景に関しては水の透明度が高すぎるのも考え物である。

 敢えて助かってる点を挙げれば……隊長ちゃん、クロールと背泳ぎにしてくれて良かったなぁって! 

 俺と同じ平泳ぎだったら色々と不味かった……口に出すと先刻の膝枕云々どころじゃねぇセクハラになるので絶対言えないですけどねぇ!

 頑張って追い抜かすか、いっそペース落として距離を取ろうかと悩む。

 でも、俺が気持ちペースあげると隊長ちゃんも負けじと早くなるんだよなぁ……彼女がムキになり過ぎてオーバーペースになるのが心配なので、追い抜くのは諦めた。

 かといって、あんまり露骨にこっちのペース落とすのもなぁ。隊長ちゃんはちゃんと競争して勝つ気満々だし、ハッキリと手抜きをする様な真似はしたくない。

 結局、極力前を往く隊長ちゃんを後ろ姿を見ないようにして、且つペースを変えずに泳ぎ続けるしかなかった。

 幸い、水中の綺麗な景色に集中すれば、少し前方にある長く艶めかしい脚とそれを動かす大きな桃からは眼を逸らしやすい。

 俺の技量じゃ水中で《地巡》使えないからね、頑張って紳士的ムーヴを務めるとしよう。




 天国にも苦界にも思える、なんとも言い難い状況。

 でも、見えたモンは()()綺麗だったと心から断言出来る、複雑な時間は終わりを迎える。

 軽く息を切らして浜辺に上陸する隊長ちゃんに遅れる事、数秒。

 俺も海から上がり、数十分前に目指した小島へと二人で到着した。

 いや頑張ったわ、色々な意味で。色々な意味で。大事な事だから二回言いました。


「ハァ、ハッ……ハァー……私の勝ちです、ねっ、先輩?」


 おう、負けた負けた。完敗どす。

 両手を膝について暫く息を整え、ややあって頤を上げた隊長ちゃん。

 少し色付いた頬を緩ませて勝利宣言をするものの、言葉を返した俺が特に息切れしてなかったのに気付いたのか、ちょっと不満そうに眉根が寄った。


「むぅ……余裕がありますね? 競争なんですから、ちゃんと本気で泳いでもらいたかったです」


 そんな風に拗ねた顔で溢すと同時、こっちに振り向いて――俺の顔を見てブフッっと吹き出した。

 まぁ、当然だ。 ――何せ今の俺は頭からでっかいワカメを被ってるからな!

 良い具合にロンゲのヅラみたいになったワカメの隙間から真顔で隊長ちゃんを見つめると、彼女は肩を震わせながら目を逸らした。


「えっ……ちょっ……なんですかソレっ……っプ、ふ……!」


 うむ。なんか泳いでたら横からベシャってしてきた(キリッ

 いや、これに関してはマジです。

 なるべく前を見ずに海の中を見る様に心掛けてたら、海面を漂うデカいワカメの束に気付かずにこうなった。

 自然と前は見づらくなるし、ちょっと動きにくいし、けど長すぎて肩周りに絡まったせいでうまく取れず、結局このまま泳いできた訳よ。

 期せずして手加減なんかしなくとも自然に負けた形だ。

 とはいえ、これの御蔭で絶妙に視界が塞がれたので助かった。俺的には勝負に負けたが己に勝った感じなのである。


 笑いを堪えている隊長ちゃんを尻目に、身体に絡まったワカメを解いて身体から引き剥がす。

 長距離を泳いで疲労があるのは確かなので、手近な流木に二人で腰掛けて軽くお喋りする事にした。

 いや、久々にガッツリ泳いだね。結構疲れたけど、帰りは大丈夫そう?

 俺の問いに、纏めていた髪を解いた隊長ちゃんが濡れた黒髪を指先で拡げながら微笑んだ。


「思ったより疲れたかもしれません――競争だと思って、ちょっとムキになっちゃいました」


 軽く舌を出して、案の定オーバーペースだった事を白状する。

 無茶はあかんて言うたやろー。念入りに柔軟したとはいえ、万が一どっか攣ったりしたらどうすんの。

 かるーく額をチョップしてやると、隊長ちゃんは何故か嬉しそうに「ごめんなさい、気を付けます」と軽く頭を下げた。

 とにかく、そういう事なら帰りは魔力強化有りにした方がいいかもしれんな。

 頭に張り付いていたワカメの束をズルリと引っ張り、その辺にペイッと放ると、俺は本来の広さを取り戻した視界で辺りを見回す。


 ふーむ、確かに樹々は結構茂ってるけど、離れ小島なのにそんなに鬱蒼とした感じじゃないな。

 というか、あっちの方に密林に向かって若干整備された道ない? え、なにか建物でもあるの?


 木板を等間隔で埋め込んだだけの簡易な道を見つけた俺に対し、隊長ちゃんが答え合わせをしてくれた。


「建物なんかは無いみたいですけど、あの道の先に洞窟があるそうなんです。その……此処まで来た町の若い人達が、よく()()に利用する、とか」


 へぇ、天然の休憩所か。

 よく使われるって事は蝙蝠の糞とかで汚い、なんて事もなさそうだな。ちょっと見てみたいかもしれん。


「――! せ、先輩も興味がありますか? それなら……」


 隣に座った隊長ちゃんが、ずいっと距離を詰めて来る。

 やっぱ結構無理したペースで泳いでたんやなぁこの娘。

 だって若干息も切れたまんまだし、頬の赤みもとれてない。

 小一時間くらいはその洞窟で休んだ方が良いのかもしれん。午前中には帰れないかもしれんが、隊長ちゃんが調子崩すよりは全然良い。


「ちょっと見に行ってみませんか? これも聞いた話ですが、立ち寄った子達が洞窟内に自生した茸をよく食べてるそうなんです」


 ほほう、キノコとな。

 一応聞くけど、それは魔族以外の人類種が食っても大丈夫なやつなんでしょうか?


 珍味っぽい食い物の話が出て来たので俺がすかさず喰い付くと、隊長ちゃんは我が意を得たりとばかりに熱心に語り出した。


「はい! 火を通すと癖があるけど良い香りがするみたいですっ。滋養強壮の効果もあるみたいで、洞窟で口にするのに()()()()って」


 おー、なるほどなぁ。

 遠泳して疲れた身を休めつつ、強壮効果のあるキノコをつついてスタミナを回復。

 元気を取り戻して、また泳いで帰る訳だ。自然に出来た物や場所で良い塩梅に条件が整ってるんやね。

 いや、そうなるとなんとかして醤油もってくるべきだったなぁ! 焼いたキノコに醤油は大体合うし! 

 隊長ちゃんも事前に言ってくれれば良いのに……そうだ、幾つか持って帰ったら駄目かね? なんなら皆と一緒に食おうず!


「――!? そ、それはやめた方が良いと思います。この小島でだけ口にするのが暗黙の了解、らしいので……!」


 名案だと思ったのだが、隊長ちゃんから却下されてしまった。

 慌てた様子を見るに、勝手にそのキノコを持ち帰るのは地元民のローカルルールに抵触してしまうのだろう。

 観光客だからってそういうのを無視すると、後で手痛いしっぺ返しを喰らう事もありそうだからね。諦めとくのが無難か……うーむ、残念。

 まぁ、今回は現地に来た人間の特権って事で。取り敢えず二人だけで頂く事にしよう!


「……そ、そうですね、私と先輩の、二人の秘密です」


 ……気のせいだろうか? さっきから隊長ちゃんが微妙に落ち着きが無い気がする。

 なんかソワソワしてるというか……ほら、今だって頻繁に手を膝に置いたり、かと思えば髪を手櫛で梳いたり、俺をチラチラ見たと思ったら目を逸らしたりしてるし。

 洞窟探検と珍味(キノコ)の味見がそんなに楽しみなのかね? ……いや、流石にそれは無いか、うん。

 ……あ、単純にお花を摘みたいとかそっち方面か? ここってちゃんとした厠とかあるんだろうか。

 だとしても、女の子に直接それを問うのはあんまりにもノンデリ極まってる。どうにか自然な感じで一旦離れてみるか……。


 そこまで考え、流木から腰を浮かせると。


「…………」


 無言で隊長ちゃんの手が伸ばされ、俺の海パンの端っこをそっと摘まむ。

 宿のときみたいな布の厚みを限りなくゼロに圧縮しそうなエグいピンチ力じゃない。何処かおずおずとした、躊躇いがちなものだった。

 ……えーと、どうかしたんかね?


「…………」


 問い掛けるも、やっぱり隊長ちゃんは無言の儘だ。

 流木の腰掛けたまま、ちょっと俯いて何やら口をもごもごとさせている。

 何か言いたそうなのは確かなので、取り敢えず浮かせた腰を再び下ろす。

 穏やかな波が何度か砂浜に寄せては引いて……やがて、意を決した様に彼女は口を開いた。


「さっきの競争のお願い、なんですが……ど、洞窟に入ったら……!」


 うんうん、入ったら?

 続きを促す俺であるが、視界の端――出発地点の方向に、何かが見えた気がして動きを止めた。


「……先輩?」


 不思議そうな隊長ちゃんの声は一旦脇に置かせてもらって、掌で庇を作り、向かいに見える陸を注視。

 遥か向こうに見えた豆粒より小さかったソレは、秒を追うごとに段々とデカくなっていく。

 隊長ちゃんも気付いたみたいだ。二人で立ち上がり、一瞬顔を見合わせた後、見つめ続ける。

 やがてそれははっきりとした人影になり、分厚くて厳つくてデカい形に像を結んだ。

 呆気に取られた「あ」と言う声は、俺と隊長ちゃん、二人の口から同時に零れたものだと思う。




「御二方ぁぁぁぁっ、御無事でありますかぁぁぁぁっ!!」




 ドドドドドド、という重低音が耳に届く。

 地鳴りにも似た轟音とモーターボートみたいな水飛沫を背後にぶちまけ、海の上を爆走しているのはガンテスだった。

 既にこっちを視認したのか、元気いっぱいにブンブンと手を振っている。

 更にその肩には、サマードレスに短パン姿のシアが乗っていた。

 こっちは物凄い眼力で正面――即ち俺達のいる方角を睨み付けていたが、距離が詰まった事で俺と隊長ちゃんに気付くと半眼になり、すぐにフッとばかりに皮肉気な感じで口元が吊り上がる。


「――――――チッ」


 気のせいかな、今、隣から凄い忌々しそうな舌打ちが聞こえた気がしたんですけど(震え声

 その間にも、海上を爆走する筋肉はみるみる近づいていた。

 俺達のいる小島――その砂浜まで100メートルを切ったあたりで、岩みたいな筋骨隆々の巨体が宙を舞う。

 大砲から放たれた砲弾よろしく山なりに宙を跳んだガンテスは、砂地を抉って二本のブレーキ痕を長々と刻み込みながら小島へと着弾する。

 水飛沫と砂煙を巻き上げながら停止するガチムチゴリラの背から颯爽と飛び降りるシア。

 自分を乗せていた筋肉戦車とは対照的に、音も無く砂浜に降り立つ。

 なんともド派手な登場を決めた我が友人は、軽く息を吐き出すと陽光を反射して輝く金髪を片手でかき上げ――ニヤリと笑って見せた。


「ようミヤコォ……随分と遠い場所にお出掛けしたもんだなぁ……!」


 にこやかな表情のまま、その唇から飛び出た声はとんでもなくドスが利いている。俺は反射的に背筋を伸ばしてその場に直立した。


「そっちこそ随分と早い御到着ね、私と先輩が戻るまで、ずぅぅぅっとお風呂を堪能してくれて良かったのよ?」


 応じる隊長ちゃんもまた笑顔だ。

 同じ様に黒髪をかき上げ、真っ直ぐにシアに向かって歩み寄ると、頭一つ高い位置から空色の瞳と真っ向睨み合う。俺は反射的に砂浜の上に膝を着き、正座の体勢をとった。


「あぁ、苦労したよ……漁の海域に引っかかるってんで飛行魔法も使用許可が要るとかでさぁ……! グラッブス司祭が居なかったら危うく法を犯すところだったつーの……!!」

「そう、ご苦労様。私と先輩は()()()()()()泳いできたけどね」

「……そうかよ、ならお疲れだろうから司祭に乗せてもらって帰れよ。オレは相棒に抱っこしてもらって戻るから」

「御冗談。貴女こそ司祭様を巻き込んで来たのだから、頭を下げてもう一度送って貰えば? お帰りはあちらよ?」


 わー、ふたりともすごいバチバチしてる(白目

 仲良く喧嘩しな、みたいなノリでじゃれ合う事も多い二人だが、今回は割とガチ目だった。

 なんでや、一体何があったんや。この空気ポンポンに凄く優しくないんですけど!

 二人が発する圧に負けたのか、さっきまで腰かけていた流木に渇いた音を立てて亀裂が走る。

 ソレになんとなく五分後くらいの自分の姿が重なって見えて、俺は天を仰いで白目を剥いた。


「むぅ……どうやら拙僧は、若人の逢瀬に無粋な横やりを入れてしまった様ですな。まっこと申し訳なく」


 言葉に反省を強く滲ませながら隣に正座したのはガンテスだ。

 右手で禿頭の後頭部を掻き、心底申し訳なさそうに縮こまっている巨躯を横目に、俺は天を仰いだままフォローを入れる。

 ……逢瀬云々の勘違いは一旦置いておくとして、オッサンもシアに頼まれて来たんやろ? さっきこっちの安否確認とかしてたし。


「然り。猟犬殿とミヤコ殿がこの小島にて立ち往生してると聞きましてな。以前、霊峰に向かった際の小道具を用意して急遽駆けつけた次第です」


 なら、オッサンが悪い事とかなんもないでしょ。

 どっちかというと変な事吹き込んでガンテスを足代わりにしたシアが悪い。

 友人として後で叱ってやらねばなるまいよ――今は怖いから後でな! 出来ればリアも一緒だと尚良し!(弱腰

 ちなみにガンテスだが、霊峰に向かう際に俺とリアが座席代わりに使っていた様な背負子が背中に括りつけられている。これで俺達三人を背負って帰るつもりだったらしい。

 ……いや、うん。今回旅行に参加した面子だけでも、水の上を走るくらいなら出来る奴も多いんだけどさぁ……。

 オッサン自身が最低でも300キロ近くはあるだろうに、更に三人担いで海面を走れるという異常性は指摘してはいけない。今更の話なので。


「コツを掴めば存外滑らかに進むものですぞ! 右足を踏み込み、水面の抵抗が消える前に左足を踏み込む、これを繰り返すのです!」


 漫画でよく見るトンデモ理論をマジで実践するのやめない??


 男二人で正座しながらアホな会話を続ける間にも、聖女様と侍ガールの睨み合いは更にヒートアップして次の段階に移っていた。


「ふん、狡すっからい真似してこんな場所まで来たみたいけど、残念だったな。相棒が何処に居るのか把握するのはオレ達には簡単なんだよ」

「……例の『枷』ね。失念していたのは迂闊だけど……そもそも、その『枷』についての質疑応答が済んでいないのを忘れたのかしら、この残念聖女は」

「ハッ、今更だなオイ。帝都のカップルフェアのときいい、こっそり抜け駆けばかりする奴に対して説明の義務はありませーん」

「エ性女」

「エ清楚」

「「あ"ぁ……?」」


 ここが獄界だ、間違いない(確信

 二人の間で無意識に放射される攻性魔力の放射で大気が小さくスパークし、物理的に火花を散らす。

 額をゴリゴリと圧し付け合う距離でメンチを切り合う両者の迫力は、邪神の眷属でも「あ、すいません出直します」と一瞬で180度ターンを決めるであろうレベルに到達していた。こわい、おしっこもれそう(白目


「はっはっはっは! レティシア様もミヤコ殿も並外れた戦武の持ち主でありますが、それ以前にうら若き乙女という事ですな! 若人の青き春に中てられ、我が身にも活力が満ちる思いです!」


 正座して震えるばかりの俺の隣で、ガンテスが自身の禿頭をバシンと叩いて呵々大笑。快活な笑い声と伴った大音声がビリビリと大気を震わせる。

 何時ぞやも言った気がするが、肝が太すぎるやろこのオッサン。この空気の中で出て来る感想がソレかよ。

 空間が軋むようなプレッシャーを垂れ流しつつ、無言で睨み合っていたシアと隊長ちゃんだが……やがて唐突に視線を外し、並んで砂浜を歩き出す。

 同時に足を止めたのは、浜辺の波打ち際だった。

 シアが襟元のボタンを乱雑に外し、上衣であるサマードレスを脱ぎ捨てる。

 ドレスの下は昨日と同じ水着姿だ。よく喧嘩するけど、そういうとこは隊長ちゃんと同じやんお前。

 お互いにその場で軽く跳び跳ねたり、身を捻ったりと身体を解す動作を行いつつ、端的にやり取り。


「条件は?」

「負けた方は旅行中、抜け駆け一切禁止。決められたローテに従う事」


 どうやら水泳……この小島から元いた砂浜に帰るまでを競争とし、その勝敗で決着を付ける事になったらしい。あの睨み合いの中でどういうアイコンタクト(やりとり)があったんや……。

 とはいえ、良かった。どうなる事かと思ったが、話し合い(物理)よりはずっと穏便な方法だ。

 悲鳴じみた生存本能の訴えが収まった事に、俺はこっそりと胸を撫で下ろす。

 あのまま激突して人外級キャットファイトが始まったら、絶対巻き込まれていたという確信がある。そうなると生命のきけんがあぶないのです。


 再び黒髪を後ろで纏めて紐で留めると、隊長ちゃんが不敵に笑った。


「昨日はそっちの得意な卓球(ジャンル)だったけれど……今回は私が有利ね。ハンデが欲しいかしら?」

「ふん、そっちこそ此処まで泳いできて消耗してるだろうが。負けた言い訳にするなよ」


 昨日みたいに蹴散らしてやる、と続けたシアが、首を捻ってコキコキと音を鳴らす。

 友人と後輩の、バッチバチに火花散らす雰囲気に口を挟める筈も無く。

 半ば蚊帳の外になりつつある俺とガンテスが彼女達の背を黙して見送ると、二人は海に脛が浸った辺りで同時に立ち止まり、振り返った。


「先輩」

「相棒」


 あ、ハイ。なんでしょう。

 唐突に呼びかけられ、慌てて居住まいを正す。


「勝ちます。そうしたら、もう一度ここに来ましょう」

「勝つ。今度はオレと一緒に出掛けるからな」


 異口異音。けれど、タイミングと言葉に込められた必勝の意思は違うことなく。

 互いに一瞬だけ視線を交差させ、負けん気を剝きだして続けた言葉は、やはり同時だ。


「「だから」」


 常夏の青空の下、透き通る海を背景にして。

 二人は降り注ぐ日差しにも負けない、とびっきりに綺麗な輝く笑みを浮かべた。


「応援、してくださいね?」

「応援、頼むぞ」


 oh……。

 究極の二択を突きつけられて絶句する俺を尻目に、二人は前を向くと眼前に広がる海原に向かって駆け出した。

 陽光に煌めく黒髪と金髪が海に飛び込むのを見届け――頭を抱える。


 どないせーっちゅーんじゃコレぇ……どっちを応援しても角が立つやつぅ!

 ちょっとサバイバルしたくなってきたんですけど。三日間くらい人気の無い別の小島とかで過ごしたいんですけど。


「はっはっはっは! お薦めは致しません! 小火が燃え盛る大火に変ずるは確実ですからな!」


 ですよねー。知ってた。

 ぐったりと項垂れる俺を、ガンテスがひょいっと持ち上げて背中の背負子に乗せる。


「おそらく、御二人は決着の瞬間を猟犬殿に見届けて頂きたいのでしょう。障りとならぬ様に迂回し、先んじて浜にて待つがよろしいかと」


 オッサンからすると若いのがワチャワチャやって楽しく騒いでる、という認識なんだろう。

 俺を背負って振り返り、問い掛けて来る表情は、微笑ましいものを見ている様に穏やかだった。

 抗弁したりツッコんだりする気も起きず、ノロノロと首を縦に振る俺。

 首肯すると同時、溌溂とした「では行きますぞ!」という言葉と共に、2メートルを優に超える巨体がジェットスキーみたいな水飛沫を上げながら海上を走り出した。

 風防も無けりゃ魔力障壁も張れない身なので、強烈な風圧に煽られて変顔を晒しながら背負子にしっかりとしがみ付く。


 あー……そう言えば未だに飯をちゃんと食ってないな、今更だけど(二度目


 選び難い二択を迫られようが、その所為で現実逃避してようが、腹は減るらしい。

 確かな空腹感と、それに相反するような『もうお腹いっぱい』という感覚を同時に味わいつつ。

 海上を走るガンテスの背に揺られる俺は、深々と溜息をついたのだった。




 なお、聖女と戦乙女の遠泳レースの結果だが。

 完全同着、両者到着と同時にぶっ倒れてドローだった、とだけ言っておく。





駄犬

魂フェチを拗らせた童貞という、どうしようもない生物。

馴染みの無い魔族領の流儀によるお誘いとはいえ、ちょっと嬉しいとは思っても欠片もグラっと来てないあたり真性感が伺える。

可愛い後輩が思い切って攻め手を打ったのもあって、今回は何気に際どい処まで話が進んでいたのだが、案の定その事に気付いてすらいない。


隊長ちゃん

休憩(意味深

恥ずかしかったけど、頑張って相当攻めた手段にでた娘。

聖女(姉)の脅威のインターセプトがなければ、なし崩しに念願成就の可能性は結構あった。

洞窟に入ったら、競争で手にした『お願い』を行使するつもりだったが、不発に終わる。

先輩はこの手の事は忘れないので、ここぞという時まで『お願い』をとっておくのもありかな、なんて思ってる。


ガンテス

オチ・ギャグ要員としても、頼りになる大人としても優秀な汎用型筋肉要塞。

旅行中、水練は捗るし自分と力比べが出来る帝国の将軍とも鍛錬出来るし若者達の平和な青春模様を傍で見守れるし、ご満悦で筋肉もツヤツヤしてる。


聖女(姉)

『枷』の御蔭でギリギリでカットが間に合った。

到着時こそ怒り一色でバチバチしてたが、小島の浜辺にいた二人を見つけるまでは気が気では無かった模様。

隊長ちゃんとの競争は本来ならば相当に不利だったのだが、気合と根性でドローに持ち込んだ。


???

「二番三番共、弁えろ(しゃきーんの構え)」


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― 新着の感想 ―
[良い点] シアさんはそろそろ焦った方がよろしいかもしれないw
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