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『前』の約束(後編)

 



 魔族領最高幹部《災禍の席》。

 その三番目――三席にして、魔族領でも最も古株だと言われている男、《万器》。

 詳細は流石に聞いてないが、《魔王》が魔族を纏めて街を、延いては国を興す前からの付き合いがあるらしい。

 なんなら《魔王》や女公爵の子供時代まで知ってるとか本人が笑って言ってたな。酒の席でふざけ半分だったので本当なのかは微妙に怪しいけど。

 傍迷惑だけど、顔が広くて頼りになる事もある愉快なオヤジ、といった風情の人物ではあるが……俺個人にとっては、大戦時に割と重要な役処となった相手でもある。


 端的に言えば、あのおっさんは《《恩人》》なのだ。

 二年前――いや、再転生して結構経つし、そろそろ三年になるか。

 当時の俺の最終目的だった邪神(クソ)のソロ討伐。

 それを可能にする為の切り札を生み出せたのは、《万器》の助力あってこそだった。


 当時、お師匠と《魔王》、二名の超越者と面識を得て。

 邪神を単騎で討つには一時でもこの二人の領域に踏み込まなければならない、と理解し。

 シアの記憶や邪神の眷属との実戦経験、それまでに得た情報と擦り合わせ――今の儘ではどうやっても俺では邪神(ヤツ)に勝てない、という結論に至って頭を抱えた。

 鎧ちゃん込みで人外級に踏み込めるとはいえ、所詮俺は無才凡骨の身だ。

 相棒たる魔鎧の力を引き出す、という点でも当時は既に限界が見えていたし、そのまま挑めば多少は戦いになっても、最終的には純粋な力の差で磨り潰されるのは眼に見えていた。


 ならば、ソロは諦めてシアの構想どおりに各国最上位、人外級のみで構成されたパーティーで挑むのか。

 少しばかり頭の中で案を転がしたが、これも直ぐに却下。


 先ず、前提としてあの腐れ臆病者(チキン)はお師匠や《魔王》が近づけば、絶対に遁走する。

 自身の根城にしてた閉鎖空間すら放棄し、なんなら付き従う信奉者共を全て囮にしてでも逃げ延び、深く隠れ、潜み……時を経て再び蠢動を始めるだろう。


 シアや各国お偉いさんが考えた少数精鋭の討伐メンバーならば、まだその可能性は低い。

 が、低いっつーだけだ。実際に自分に届き得る総合戦力だと判断すれば、自分の構築した空間である事を利用して接敵前に十重二十重に逃走手段を用意するだろう。

 何より、そのやり方ではこっちに多数の被害が出るのは確実。

 大戦に参加した戦士・兵士は皆、覚悟なんてとっくに完了してるんだろうけど……俺にとっては、シアが仲間を喪ってその魂を曇らせる事を厭って始めた戦いだ。

 折角シアの周囲に居る奴らの取りこぼしを限りなくゼロに抑えてここまで進めてきたのに、最後の最後で犠牲を許容? 馬鹿言ってんじゃねーって話ですよ。

 あと俺個人――魂フェチ的視点から見ても、推せる友人達がごっそり欠ける可能性を認められる筈も無かった。


 要は状況と、手札が必要だったのだ。

 邪神が逃亡する事無く、戯れに捻り潰せる相手だと、そう判断して根城に留まるであろう状況と――相対する段階になって、正解であろう邪神(ヤツ)の判断を引っ繰り返せる隠し札が。


 いやね、言い訳をさせてもらうならね? 一応は俺もどうにか死なずに済む方法は探したのよ? 努力はしたの、ほんと。

 でも、どんな糞ったれの汚物扱いしようが、相手は神格の端末だ。俺が多少無理をした程度で勝てる様な算段はつけられなかった。

 なので、()()()()()()方法を選ぶしか無かったのだ。つまり不可抗力なんです、ハイ証明終了! 

 シアとリア――なんなら他の色んな奴らにもめっちゃ怒られるから、絶対この主張は口に出せないけどね(白目

 んで、条件から俺の生存を削除して改めて探した結果。

 注目したのはこの世界でキッチーの使うメガ○テみたいな扱いをされてる、魔力の根本的発生源――魂そのものを燃料として行う超級の強化法だった。

 この強化法だが、ガンギマリな修羅勢の多いこの世界でも、使って死んだ奴は実はあんまりいないらしい。

 なんせ、一定以上の実力者じゃないとそもそも使えない手段な上、制御に失敗すると何も出来ずに初手で即死する。

 同じ命をかけるにしても、生命力を魔力に混ぜ合わせて体内で高速循環させる魔力暴走(オーバーロード)の方が使い勝手が良いのだ。

 そっちはあくまで生命力だから、尽きる前に戦いが終わればワンチャン助かる可能性もあるしね。消耗度合いによっちゃ寿命もゴリッと削れるんだろうけど。


 一方、魂を用いた方法はとんでもなくハイリスク且つ高難度だが、齎す強化率は膨大だ。文字通り段違いと言って良い。


 只でさえ使う事を選択をする人間が僅かで、実際の使用例を記した資料は更に少ないが、その僅かな資料からでもぶっ飛んだ強化倍率は推し量る事が出来た。

 代わりに使えば何をどうやっても死亡が確定するけどな! 使用後、戦いを即座に終わらせたとしても、発動時点で魂の外殻が欠損してるので早晩、衰弱して死ぬ。

 更に使い過ぎれば死んだ後に女神様の御許にすら行けず、魂の残滓すら霧散して消えてなくなるなんて言われてるせいで、創造神への信仰篤い人間の多いこの世界では、割と忌避される手段でもある訳だ。

 だがまぁ、俺には関係ない。

 いや、女神様に会って色々とお礼が言えるならそうしたいが、シアが延々ループして苦労する羽目になってる元凶を消す方が重要だった。なので、忌避感とかは特に無く、手段見つけて普通に喜びました。


 そんな訳で、俺の切り札はこの強化法がベースになってる。

 ただ、発動直前の肉体・魔力操作までを何度か試したりした結果、効率悪すぎィ! ってなったのよ。

 第一に、持続時間が短すぎる。

 魂っつー生物の霊的根幹となるモノを焚べてるせいか、肉体面での中心である心臓、もしくはそれに相当する核部分が真っ先に崩壊するのだ。

 流石に一分も保たずに死にます、は論外。その程度の時間なら、強化状態の俺がどんなに猛攻を仕掛けようがお師匠や《魔王》なら普通に凌ぎきるだろうし、大枠ではこの二人と同じ領域にいる邪神も同じく耐え切るだろう。

 第二、強化倍率は確かに高いが、これにもまだ無駄、ムラが目立った。

 こっちに関しては実際に()()()段になるまで断言は出来なかったが、同じ薪にするにしても適切な焚べ方がある、と感じたのよ。

 乱暴な例えだけど……ほら、焚火とかキャンプファイヤーだって火力を上げつつ満遍なく綺麗に薪を消費しきる組み方ってあるやん? あんな感じ。

 使えば死ぬ。だから使い手たちの研鑽による技術の蓄積が無い……ほぼ洗練される事の無い技なので、粗があるのはしゃーない。これもより効率良く改良する必要があった。


 先ずはこの二つの大きな問題点が立ち塞がった感じだ。

 これを自分なりにブラッシュアップする必要があったんだが……幸いな事にその為の札は既に手元にあったんだよね。

 一つ目に関しては、ラブリーマイバディこと鎧ちゃん。

 二つ目は、俺が女神様に与えられた加護で。

 これらを以て問題点を改善し、切り札の完成は一気に近づいた。

 あとは最後の部分――本当の意味での切り札の深奥部分を弄る。

 その一点さえってとこまで来て……そこで詰まった。


 もうその頃には戦争も後半に差し掛かってたし、我ながら結構焦ってたと思う。

 切り札の完成を目指しつつ、総力戦に向けて各国の飛脚要員みたいな事をしたりして。

 エルフの聖地でのゴタゴタのせいでハブられ気味だった魔族を、改めて人類種の連携に組み込む為に魔族領に訪れ。

 まぁ、そこで会った訳だ。あのゲラゲラとよく笑うおっさんに。


 当時の俺が欲しかったのは『体験談』。

 切り札の完成――その最後の詰めにあたって、実際に使用した者の感覚や意見をどうしても取り入れる必要があった。

 使えば死ぬ技の体験談を求める、という時点で矛盾してる。当然ながら難航してたんだが……転機は《魔王》との会話だったな。

 具体的な事は言わなかったし、大分ボカしてたが……古株の部下――《万器》が、昔とんでもない無茶をやったのだと。

 アイツだから生きてるが、普通だったら絶対死んでたと、そう言ったのである。

 基本、アホ鳥だのロ○コンだの言われてる《魔王》だが、魔族の頭領だけあって根っこの部分は生粋の戦士だ。

 自他問わず、戦う者に対する死生観が割とガンギマってるのは言う迄もないんだが、そんな男が苦々しい顔つきになって溢したを聞いて、よっぽど滅茶苦茶をやったんやなぁ、と呆れて相槌を打ったのを覚えてる。同席してた面子には一斉にお前が言うなよ、って言われたけど(白目

 で、《万器》に会って、その時の会話をふと思い出して、なんとはなしに俺の加護を使って『視た』訳だ。


 ――正直、クッソ驚いた。


 視覚に近い感覚で魂の輪郭や輝き、色を捉える事が出来る俺の転生特典。

 それで『視た』眼前のおっさんの魂は、一廉以上の戦士に相応しい見事な輝きだったが、それ以上に歪だった。

 歪、と言っても、マイナス的なもんじゃない。悪党外道、邪神の信奉者みたいなのは歪というより不快汚い臭い、って感じだし。

 なんというか、見事な輝きではあるが一部欠損してる、そんな風に『視える』魂だったのだ。

 例えるなら、高火力の炉にぶち込んでから引き上げたせいで、部分的に焦げ付いてガワも歪んだような、そんなイメージを与える輪郭(カタチ)をしていたのである。

 あの《魔王》が嫌そうにいう程の『普通なら絶対に死んでる無茶』。そして、なんで今も生きてるのか不思議な位の傷痕を残す魂の輪郭。

 この二点から、《万器》のおっさんが俺の求める"体験談"の持ち主であると察するのは容易だった訳で。

 あれは本当にビックリした。どうやって生き残った!? とか、その方法が再現できるなら俺も生存ワンチャンあるんじゃないか、とか。色々と電光石火で脳内会議が開催されたわい。

 あとはもう必死だったね。予定は詰まってたけど、無理くり時間を捻り出して《万器》と二人で話す時間を作った。

 おっさんからすれば、忌避される強化法まで使った――使うだけの必要があった過去をほじくり返されるのだ。嫌がる可能性も高かったが……色んな意味で時間が押してたせいもあって、かなり直球で話を切り出した記憶がある。今考えると、ちゃんと話を聞いてもらえたのは運が良かったのもあると思う。

 ちなみにその際、俺の目的や考えた邪神殺害進行表(チャート)もぶちまけ済みだ。

 助力や助言を仰ぐなら、どうしたってその過程で当時の俺が目指した結末、俺が望んだモンは語る必要がある。というか、強引に頼み込む以上は話すのが筋だし。

 再三述べたが、魂を用いた強化法はこの世界の人間にとって忌避感の強い行いだ。

 諫めるか、止められるか――最悪、シア達に報告されるリスクだってあったが……有難い事におっさんはそれをしなかった。

 流石に茶化す内容じゃないので、珍しくマジになって話す俺に、ただ一言「死ぬぞ?」とだけ問うて。

 とっくに腹は括ってたので、知ってる、とだけ返したら、これまた珍しくむっつりとした顰めっ面になりながら、協力を約束してくれたのだ。


 後はまぁ、知っての通り、ってやつだな。

 切り札は完成し、俺はあの邪神(ウンコクズ)を殺処分する事に成功した訳です、ハイ。






 陽も殆ど落ち、すっかり暗くなった砂浜へと俺はやってきた。


 ゆーても季節的には冬に近いから、この土地でも陽が落ちるのは早い。気温は夏のソレに近いんだけどね。

《万器》のおっさんとの"約束"がどの程度時間を食うかにも依るが、上手い事いけばお夕飯までには宿に戻れる……と、良いなぁ(願望


 約束、と言っても、実は面と向かってしっかり交わしたって訳でも無い。

 それでも、無下にするのは気が引けた。


『全部終わって、また魔族領に来る事があったら……そんときゃ邪神の首を獲ったお前さんの戦武を見せてみろ』


 三年前、最後に《万器》と交わした言葉だ。

 切り札が完成して、これで準備万端! と意気込む俺におっさんが掛けた言葉が、偶々約束の形になった、そんな感じだね。

 それを俺も苦笑いしながら快諾した覚えがある。


 ……ぶっちゃけ、お互いに意味の無い会話だとは理解してた。

 だって全部予定通りに終わったら、俺死んでるし。

 果たされることの無い約束だと、別れを確信した再会への言葉を交わして、魔族領を後にした筈だった。


 ところがどっこい、女神様のご褒美による再転生なんつー反則手段で、今もこうして元気に毎日エンジョイしてますけどね!


 こうなったのは互いにとって予想外にも程があった筈だし、別れ際の約束も無かったことになった……なったといいなぁ! なーんて思ってたんだが……ハイ、現実は非常です。


 まぁでも、なんだ。


 さっき言った通り、俺にとっては恩人だ。

 ついでに言うなら、互いに頭おかしい奴が使うと言われてる自爆技を使って、結果生き延びてる代わり者同士でもある。

 馬鹿笑いはうるせぇし、傍迷惑な自由人だし、長命種の中でも相当な年長の癖に《魔王》に次いで悪ガキみたいな行動するが。

 おっさんがあの軽口じみた約束を果たせと言うのなら、嫌とは言えないわな。

 そんな風に結論付けて、《魔王》と女公爵のド突き合いであちこちにクレーターの刻まれた砂浜で、相手の登場を待つ。


 それから十分か、十五分か。

 砂浜から見える水平線に夕焼けが完全に沈み、星が空に瞬き始めた頃、そのときは訪れた。


 星明りの下、上空に魔力の反応。

 月の光が陰ると夜の砂浜に幾つもの影が生まれ、俺は空を振り仰ぐ。

 鋭い風切り音を立てて落下して来たのは無数の武器だった。

 長剣、短剣、手斧、槍、斧槍。武器屋の在庫を引っ繰り返したのかと思う様な様々な武具が降り注ぎ――一つとして俺の身に掠めることなく、周囲の砂地に突き刺さる。

 さっきの魔力反応はこの武具を引っ張り出す為の召喚系の魔法だった様だ。

 最後に一際大きな影――人影が、足元の砂を蹴立てて着地する。


 ……《万器》のおっさんじゃねぇな。誰だアンタ。


 警戒を込めた俺の誰何の声には応じず、謎の人物は着地の態勢からゆっくりと立ち上がった。

 やはり別人だ。魔獣の革を使った軽装の鎧を身に纏ってる。

 大柄だし、巌の如く鍛えられた体躯ではあるけど……単純な身長(タッパ)だけならガンテスに近い《万器》と違って、体格の方は人間として常識的なレベルだった。

 何より、その顔――というか頭だ。

 その辺にあるズタ袋に目穴だけ空けました、みたいな代物を被り、がっつり隠されている。


 いや、マジで誰やねん! というか何だその袋! おっさん何処いった!?


 俺の叫びには答えず、ズタ袋被った不審人物は砂浜に刺さった無数の武器……その一つである手近な剣を無造作に引っこ抜き、一振りする。

 見た目も登場した状況もこれ以上なく怪しいのだが、奇妙な事に男に殺気は無い、なんなら害意すら感じ無い。

 ただ、ズタ袋越しに見定める様な静かな瞳で俺を見据え。


「――行くぞ」


 袋のせいでくぐもった、だが錆の浮いた低い声で呟き、真っ直ぐに突っ込んできた。







起動(イグニッション)》――!


 咄嗟に鎧ちゃんを戦闘レベルで起動。低い姿勢から跳ね上がる軌道で振るわれた剣を、展開した腕部の装甲で受け止める。

 微かな、だが鋭い痛み。

 突進の勢いがあったとはいえ、踏ん張りもしないで片手で振った剣がふっつーに装甲を断って喰い込んで来とる。

 アカン、今の一太刀だけで理解出来た――このズタ袋マン、人外級や。

 牽制レベルの一撃であっさり鎧ちゃんの装甲を抜いて来るって時点で、半端な出力・稼働率で対応できる相手ではない。

 即座に完全起動に移行、全身に魔鎧を纏って反撃に移る。

 相対する謎の男は強烈な戦意こそ発してるが、やはり殺気は全くない。

 どうにもこっちを図ろうとしてる様に見えるな。真意は読めんが、俺も出力以外の狙いや使う技は非殺系にしておく。

 つーかこのズタ袋マン、多分《万器》のおっさんの関係者だろう。なんで自分じゃなくて知らん奴を嗾けて来てんのあのオヤジ。

 根拠は簡単。再三言うけど殺気が無いし、不審者が襲い掛かって来たにしてはあまりにも前後の状況が不自然だ。

 というか、ガチで通り魔や辻斬りの類だったら《万器》が対応してるだろうし、そもそも《災禍》の№3をこんな短時間でどうこうして待ち伏せしてる人外級の不審者なんぞいてたまるか。


 魔力噴射による高速機動で横手に回りつつ、手刀を振るう。

 狙いは腕。斬り飛ばすまでは行かんでも、当たれば人外級の戦士でも肉が潰れて骨がへし折れる位はする威力調整だったのだが、刀身を斜めにして受けた剣によって逸らされる。

 そのまま手首の返しと捻りだけで突きが飛んで来た。防御から攻撃への連動速度が速すぎやろオイ! タイムラグ無しとかミラ婆ちゃんかよ!

 手の甲の装甲を削られつつも、負けじと迫る切っ先を逸らす。そのまま《流天》で切っ先の運動エネルギーを掌握しようとするが、発動前に電光石火で切っ先が引かれて今度は足元に突き込まれた。

 軸足を入れ替える形でこれを回避。砂浜に突き立った剣をへし折ってやろうと縦拳を叩きつける。

 瞬間、軋む様な音を立てて握り込まれる剣の柄。だが俺の方が早い。

 何をさせる間も与えず、拳は剣の横腹に吸い込まれ――甲高い金属音と火花と共に、受け止められた。

 硬っ!? ちょっと待て、あの角度で剣の腹打ってこの手応えはおかしいだろ! 魔装の武器だって普通にへし折れる筈やぞ!?

 鎧ちゃん完全起動でブン殴ったのに強度だけでそれを受けきった剣は、一瞬後に思い出した様に刀身に亀裂を走らせて砕け散った。

 その僅かな時間の間にズタ袋マンは跳び退き、着地点に刺さった槍を引っこ抜いて再度突っ込んでくる。


 チッ……眼には入らないように気を付けろよ!


 サイドスローのフォームで振りかぶる。

 切り離した破片状の装甲を魔力噴射を併用して投擲、散弾となって飛び散った。

 流石に全力じゃないので皮膚を貫く程度だろう。人外級の前衛なら直撃しても肉を抉る前に止まる。

 とはいえ、制圧力と衝撃力は結構なものだ。カウンター気味だし、突撃して来るズタ袋も回避なり足を止めて弾を打ち落すなりすると思ったんだが――。

 男は踏み出す足を止めず、次の歩を大股にして振りかぶる。

 やった事は単純だ。強化した爪先で足元の砂浜を蹴りつけた。

 ドバァッ! と蹴り上げられた砂が前方に向けて吹き飛び、散弾は全て飲み込まれて叩き落とされる。

 ちょっとぉ! だからおかしいだろ!? ガンテスばりのパワーで砂の津波を生み出したってんなら分かるが、ちょっと派手な砂の壁程度でなんで鎧ちゃん使った投擲を相殺できるんだよ!?

 というか俺の気のせいじゃなかったら、今()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 ……ってか、今更だけど更に気付いちゃったぞ。

 最初に砂浜のあちこちにぶっ刺さった大量の武器。良品ではあるけど、どれも魔装の武具じゃない、普通の鋼じゃねぇか。

 再び迎撃を行いつつ、謎の男の手にある槍も観察するが、やはりこれも魔装処理無し、ましてや霊具なんかでもない普通の鉄槍だ。


 魔装の武具と比べれば、ロクに魔力が通らない筈の鋼の武器で鎧ちゃんと打ちあい、一瞬とはいえ上回る程の硬度を叩きだす、異質な魔力強化。

 その上、魔装処理どころか武器ですらない地べたの砂を自身の魔力で強化した異常性。


 うん、やっぱこの不審者、《万器》の関係者だわ。

 これまでの攻防で確信した。あのおっさんとこのズタ袋マン、同じ()()である。


 正式な学名なんぞ無いが、強いていうのなら『浸透魔力体質』とでもいうべきか。

 今更言う迄もないが、生物の有する魔力には個々に波長があり、神羅万象、あらゆる物質にそれぞれ通りやすい波長の相性、というものがある。

 一番通りやすいのは当然自分の身体で、別の生き物や無機物なんかには基本流すのが難しい。回復や他者強化(バフ)の類が魔力を対象に"流す"のではなく、"包む"なのはこの辺りの法則が関係してる。

 シアやリアはじっくり腰を落ち着けた状態ならふっつーに回復魔法を"流す"けどな! 聖女様ってしゅごい(小並感

 "流す"――即ち自己強化の延長感覚で物質の魔力強化を可能にするのが魔装処理であり、彫りこまれる魔力導線なのだが……この『魔力浸透体質』にはその常識が当てはまらない。

 鋼、革、石――それこそ水やそこらに落ちてる砂利だの土だの葉っぱまで。

 あらゆる物質に自身の魔力を容易に浸透させ、肉体とほぼ同倍率の強化を行なえる、そんなふざけた体質なのだ。

 なんなら本来、自身の身体だったら負担が掛かるレベルの強引な強化を行っても、負荷が掛かるのはあくまで手にした強化対象物だ。

 過負荷でぶっ壊れるのが前提・且つ短時間だが、一級品の魔装すら上回る魔力強化が可能なのである。

 この特異体質を鍛え、極めたのが《万器》のおっさんだ。

 本人に聞いた訳じゃないが、例の強化法を使っても死なずに済んだのはこの特異体質を鍛えた先にある技術が関係してると睨んでいる。


 ちと話が逸れたな……正直、こんなトンチキな身体してる人類が二人もいた事が驚きだ。

 このズタ袋、おっさんの弟子か、或いは兄弟か何かだろうか?

 聞いてみたくはあるが、男の雰囲気からして答えるとは思えない。

 今も黙って戦えといわんばかりに苛烈に攻め掛かって来るしね。《万器》と違って戦闘スタイルに遊びが一切無くて怖ぇよこの不審者(白目


 長槍の間合いを生かして繰り出される高速の薙ぎ払い。軽く下がって回避した瞬間に男の手の中で槍がくるりと回り、薙ぎ払いの勢いを殺さずに突きへと転じた。

 突きの速度も大概だが、それ以上に引く動作が早すぎる。掌で掴む、或いは《流天》で突きの力を掌握する、といったほんの僅かでも溜めが要る動作・行動が出来ん。

 ……というか、もしかしてこのズタ袋、《三曜の拳》相手の戦闘に慣れてない? さっきから《流天》や《命結》を絡めた動きに対して対応がクソ速い上に的確過ぎるんですけど!

 刺突に向けて踏み込み、頭部装甲(サレット)を削られながらもギリギリで躱す。

 切っ先が引かれるより先にクロスカウンターに近い形で槍を握る指へと拳を打ち込むが、読まれていたのかアッサリと槍は手放され、即座に砂浜に半ばまで突き刺さった別の長剣の柄が握られた。


 正直に言おう、メッチャやり辛ぇ……!

 圧されてる――というより、手玉に取られてる、が正しいか。


 ぶっちゃけ、『魔力浸透体質』や《三曜》に対する対応力()()ならここまで苦戦しない。

 俺もそこそこ色んな戦いを経験したという自覚くらいはある。邪神の上位眷属ともなると、クッソめんどくさいヘンテコ能力とか持ってるのザラだったしね。

 相手のアドバンテージが二つ、程度なら楽な部類だ。攻防の中で流れを取り返す方法なんぞ幾つも思い浮かぶ。

 ただ、その流れを取り戻す切欠そのものが掴めないのだ。


 ……眼前の男は人外級に至った戦士としては珍しく、その体質以外だと突出した特技(ぶき)が無い様に思える。

 勿論、平均値は高い。総合力は言う迄もなく超一流だ。

 けど、(パワー)はガンテスに到底及ばず。

 速さは隊長ちゃんに五歩も六歩も劣り。

 体術・体捌きはミラ婆ちゃんが圧勝していて。

 そして、攻撃の要となってる剣を中心とした武器術は――あの名無しの剣鬼に届かない。

 バランス型、と言えば聞こえは良いが、突き抜けた一点を持つ者が多い人外級の中では、一発で全てを引っ繰り返してくるという"怖さ"に欠ける部類。そう評せる。


 だが、()()


 距離の詰め方、外し方。

 攻防に混ぜ込む虚実とそのタイミング。

 動きや戦術を切り替える際の呼吸。その刹那の隙間に差し込んでくる牽制。

 些細なものから厄介なものまで、様々にこっちが不利になる、或いは嫌がる動きと"間"の取り方をしてくるのだ。

 一つ一つはちょっと鬱陶しい、程度。

 だが何手も延々と続けば、それはこっちの動きを封殺する見えない檻となる。

 戦いの最適解というのは、相手の嫌がる事をし続ける事――さて、誰の言葉だったかね。

 何処のヤバい肉屋ですかとツッコミたくなる様なアホな被り物とは裏腹に、男の戦い方はその最適解を体現した様な巧み(クレバー)極まったものだった。


 本当の実戦なら、取れる手段はある。

 それこそ周りの砂自体を吹っ飛せば、周囲に刺さった武器くらいは破壊したり海にポチャンする事も容易だろう。

 が、ほぼ100%《万器》の関係者であるズタ袋マンにはやはり殺気・害意の類は無く、この攻防の中で何かを見定めようとする意志の光だけが強く双眸に浮かんでいる。

 ……多分、あのおっさんもどっかで見てるんだろう。この戦いがあの時の約束にあたるというのなら、普段やってるメタな戦法はあんまり使う気がしなかった。

 こっちが明確に上であろう火力・攻撃力も、あくまで試合みたいなケンカ擬きである以上、全力で振るう気は無い。


 そういった要素もあって、圧され続けるジリ貧感があるな。さて、どうするべ。


 剣と短槍の変則的な二刀流を捌きながら、思案する。

 拳の届く距離が俺の本来の間合いではあるが……ちと距離を離してみるか。

 体勢は一切動かさず、短い魔力噴射で後退する――が、噴射自体の予兆を読んでいたのか、男は剣の間合いを維持したままピタリと追従して来た。我ながら大分突飛な選択したと思ったんですがねぇ! エスパーか何かですか(白目

 ならばと前に出て蹴りを打つも、これまた即座に下がって回避される。

 ここまでは俺も読んでいた。相手の後退に合わせて蹴り足の速度を利用して爪先から装甲を散弾化させて飛ばす。

 瞬時に閃く剣と槍。不意を打った形とはいえ、散弾飛ばしたくらいじゃ流石にこの男相手にヒットはしなかった。残らず叩き落とされる。


 けど、やっと脚を止めてくれたなオイ。暫くはへばり付かせてもらうぞ。


 相手が飛び道具の迎撃を行う刹那に、がっつり懐に飛び込む。

 左胴打ち――届く前に剣の柄が叩きつけられ、不発。

 正面には拘泥しない。徒手の距離は保ったまま魔力噴射で右手に回り込みつつ、こめかみに手打ちの左。

 お、クリーンヒット。けど硬い。

 ボロ布に目穴があるだけのズタ袋の癖に、異様に分厚い巻き藁殴った様な手応えが返って来た。一瞬だけ強化したみたいだな。

 浸透魔力で強化された品に、腰を入れない手打ちはあんまり意味が無い。ワンツーの連撃で右を顔面に捩じり込む。

 槍も剣も、振るうには間合い近すぎる。ズタ袋マンは僅かに首を傾けて最小限の動作でこっちの右ストレートを躱した。

 俺は密着距離を維持しようと前に出ようとして――とっさに踏み止まる。

 踏み込んでいたら鳩尾があったであろう場所に、ボッ、という鈍い風切り音を立てて男の膝が跳ね上がった。

 膝蹴りが戻される前に軸足を刈ってやろうと、すかさず身を低くして間合いを詰める。

 詰めて――跳ね上がった脚の下に、鎖が伸びていることに気が付いた。

 男の足首に引っかけた鎖が蹴りを引き戻す動作で引かれ、砂地を抉り飛ばしながら鎖と繋がっていた斧槍が俺の()()からスッ飛んで来る。


 うおぉぉぉ!? ちょっ、器用だなマジで!


 これも鎖を通じて浸透魔力で強化されていた。当たったら普通に背中にめりこむので、身を低くして躱す。

 当然、斧槍はその先……鎖で引き寄せた本人へと肉薄したんだが――。


「――シィッ!」


 鋭い呼気と共に、剣の横腹がスッ飛んで来る斧槍に向けて叩きつけられる。

 力づくで打ち返された長物は、ブーメランみたいに回転しながら再び俺に向かって来た。

 戦巧者っぷりを散々に披露してくれたズタ袋マンの、いきなりな強引な立ち回りにいっそ感心すら覚える。

 これも攻めの緩急への布石――巧さを押し出した立ち回りに慣れさせてからのパワープレイか。マジで(ケンカ)上手ですねこの不審者ァ!

 咄嗟に回転する斧槍を左手で打ち払い――そこに剣と短槍の連撃が殺到した。

 弧を描く剣閃を右手で弾き、突き込まれる槍の一閃を身を捌いて回避。


 あ、やっべ。間に合わんコレ。


 体勢を立て直す暇を与えて貰えず、だが次々と襲い来る二閃を凌ぎ続け七撃目でついに防御の為の動作が一瞬、出遅れた。

 五撃目で弾いた剣が翻って銀光となり、俺の肩口へと吸い込まれ――。


 ――《銘名(リネーム)》。


 瞬間、爆発的に上がった鎧ちゃんの出力と強化率にモノを言わせて長剣を叩き折る。

 変化した鎧ちゃんの姿――それを見てズタ袋に空いた穴から覗く眼が見開かれ、男は大きく背後へと跳躍した。


 いやー、ビックリだわ……《銘名(リネーム)》を無理矢理に()()()()()

 色々と縛ってたとはいえ、鎧ちゃんを完全起動した状態でこうまで手玉に取られるとか初めての経験だ。

 うーむ、対人戦の妙、ってやつかねぇ。

 人間相手の技の引き出しって点なら同等の相手と帝国で戦りあったばかりだが……あっちは戦いそのものに愉しみを見出す人種だったので、寧ろこっちの全力を引き出そうとする部分があった。

 対して、眼前の謎のズタ袋マンはそういう"遊び"の一切ない、効率的な詰め将棋みたいな戦い方だ。

 うむ。正直、勉強になるな。相手が手練れでも何もさせずに勝つ、ってのは俺としても理想的な戦い方だと思うし。

 戦争は終わったし、学んだとしてもどんだけ使う機会があるかは分からんけどね。


 さて、ここからどうしようか、と考えた処で……男が構えを解いた。


 さっきまであった強烈な戦意が幻だった様に消え失せ、その手に残った短槍の穂先がダラリと地面に向けられる。


「……そう、か」


 ぼそっと、独り言に近い感じでズタ袋から言葉が漏れ落ちた。


「アイツらの言う事を疑う訳じゃなかったが……そうか、()()んだな、チビスケ」


 ……んん? なんのお話? 

 首を傾げる俺だったが、なんだろう。

 星明りだけの砂浜だし、今は距離あるし、ハッキリ見えた訳じゃないんだが……。

 ズタ袋に空いた穴から覗く双眸が、ひどく穏やかに細められた――そんな風に見えた気がした。


「なんじゃい、こっからが本番かと思ったが、もうえぇのか?」


 背後から砂浜を踏みしめる音が聞える。

 ちょっと離れた岩場の陰からひょっこり現れたのは《万器》だ。

 やっぱ見てたか……ちょっとおっさーん、約束したのはアンタ本人だろうに。

 どんな関りがあるか知らんけど、他の人間嗾けるってどういう事よー。

 俺が抗議の声をあげると、《万器》は自分の頭をバシンと叩いて馬鹿笑い。


「うははは! お前さんの力を見せろ、とは言ったがワシと戦え、とは言うとらんぞ!」


 おう、居直りみたいな理屈やめーや。

 ……ま、でもこれで約束は果たした、って事でいいのかね? 正直、終始圧されっぱなしで良いトコ殆ど無かった気もするけど。


「おうおう、最後にお前さんの本領がちょいと見れたしな! ワシとしては、まぁ満足よ――で、お前は?」


 おっさんは満足そうに柏手を打つ。最後に付け足した台詞は、隣のズタ袋マンに向けたものだった。

 水を向けられた正体不詳の人物は、「あぁ」と短く返答して軽く頷く。


「見たいものは見れた。帰る」

「そうかぃ。なら送るぞ」

「ガキじゃあるまいし、いらん」


 嫌そうな声色で突っぱねるズタ袋の言葉はガン無視し、《万器》は俺の方へ身体ごと向き直った。


「バカンス初日に悪かったのぅ猟犬の。礼と言っちゃぁなんだが、この旅行の間くらいは同僚がお前さんと戦り合いたいと言い出したらフォローくらいはしちゃる」


 マジですか(真顔

 いやそれは是非ともお願いしたいですねぇ! 具体的にはおたくの処のチンピラとかチンピラとかチンピラとかあとロ○コンとか酒カスとか! しっかり抑えて頂きたい!


 棚ぼたというかなんというか。

 実にありがたい《万器》の提案に、一も二も無く頷く。

 いやー良かった。知らない凄腕と野試合擬きとか、しんどい時間だったけどやっただけの価値はあったな!

 完全に、とは行かないだろうけど女公爵が意見を聞き入れるくらいだし、俺が考えてる以上に《万器》は魔族領の古株として発言力があるっぽい。

 戦闘狂染みた面もあれど、逆に言えば戦いの絡まない部分だと割と常識人寄りな《狂槍》なら今回は諦めてくれそうな可能性が大だ。

 あのチンピラが合流してくる日まで戦々恐々と過ごす羽目になるかと思ったが……なんとかなりそうでホッと胸を撫で下ろす俺である。


「さて、そろそろ宿で飯が出る時間だわな。お前さんは一足先に戻るとえぇ」


 お、そうなのか。じゃぁ駆け足で戻るとしますかね。

 んで、おたくらはどうするの?


「ワシはこいつとちぃと話がある。宿の(モン)に飯をとっといてくれる様に頼んどいてくれ」


 親指で隣の不審者を指し示しながら告げられた言葉に、おk、と軽く返答して俺は頷いた。

 結局、おっさんとズタ袋マンがどういう関係なのかは分からなかったな。

 まぁ、後で聞けばよいか。《万器》を見るに別に秘密にしてる事って訳でもなさそうだし。

 さて、急いで戻れば皆と一緒に夕飯が食えそうだ。宿に戻るとしよう。


 そんな感じで、面倒だが破る事も出来ない約束をどうにか果たし。

 厳つい体格の野郎二人に手を振ると、俺は夜の砂浜を後にしたのだった。







◆◆◆




「行ったか――さて」


 星空の下、スキップでもしそうな軽い足取りで町へと戻る青年の背を見送った《万器》は、隣で黙したままの男に声を掛ける。


「ラック、戦友の弟弟子はどうだった?」

「どうも何も無いな。あの小僧、火付きが悪すぎる。そもそも戦い自体を好まんのだろうよ」


 ぶっきらぼうに返すと、男は被っている麻の袋を乱雑に脱ぎ捨てた。

 雑にも程がある作りの覆面の下から現れたのは、古傷が幾つも走る古強者然とした厳めしい顔だ。

 額や顎下の汗を手の甲で無造作に拭うと、ラックと呼ばれた男は青年が歩き去った方角へと呆れた視線を向け、顰め面で腕を組む。


「あの類が真価を見せるのは実戦だけだ。『敵』以外の相手にはロクに実力を出さんし、試し合いや腕比べで負けても気にも留めんだろう」

「ま、合っとるな。あそこまで闘争を手段と割り切っとるのも、中々に極端だがの」


 肩を竦める《万器》の言葉に、ラックはその凶悪な面相に劣らぬ強い視線を向ける。


「……で、いきなり店にまでやってきて、俺を魔族領に引っ張って来たのは何でだ。あの小僧が試合の類に火の付かん性根だとしても、態々《門》まで使って代理を用意する意味が何処にある?」

「かーっ、可愛げがないやっちゃな! 気にしとる若いのと、一手交える場を用意してくれた師匠の心尽くしだぞ? もっと素直に受け取らんかい!」

「……ハッ」

「うわ、鼻で嗤いおったコイツ」


 ガタイの良いおっさん同士で子供みたいなやり取りをしつつ、二人は歩き出す。

 ラックは転移魔法の魔導具を使って、拉致同然に魔族領に引き摺られてきた身だ。聖都で経営している自分の宿も閉めていないので、さっさと戻る必要があった。


「まぁ、なんだ。スッキリした顔を見るに、見たいモンを見れたっちゅーのは本当みたいだのう」


 しみじみとした口調で呟き、何度も頷く師に向けて、隣を歩く弟子が嫌そうに横目を向ける。


「……アンタにその辺りの話をした記憶は無いんだがな」

「分かるわ。こちとらお前が鼻っ垂れのガキの頃からお前の師匠やっとるんだぞ」


 ジロリ、と音が聞こえてきそうなラックの目付きは、そこそこ腕の立つ冒険者であっても即行で目を逸らして一心不乱に地を見つめるであろう眼力を発していた。

 その視線で横顔を突き刺されても全く怯まず、寧ろ楽しそうな表情で《万器》は飄々と笑う。


「あの魔鎧の……確か先代だったか? 一戦やらかした後、態々魔族領(ウチ)に鍛え直しに来たっつー時点で、悔いを残しとるのは馬鹿でも分かるわい」


 会話からするに、どうやら《万器》は青年の武装たる魔鎧に関して苦い記憶のある弟子に対し、その解消も兼ねて腕比べの機会を譲ったらしい。当の弟子からすれば、譲ったと言うより押し付けられたに近いが。

 ……だが、結果的には引き受けて良かったのだろう。そこは認めざるを得ない。

 相も変わらず、傍迷惑だが怒るに怒れない程度の利もしっかり用意してくる師であった。

 明け透けな言葉で指摘を受け、苦虫を嚙み潰した顔となってラックは舌打ちする。


「……礼は言わんぞ」

「ま、ワシが勝手にやっただけだしのぅ――それはそれとして、今度お前の宿にある品を何か奢れ! そうさな……三番目くらいに高い酒でえぇぞ!」

「クソ師匠(ジジイ)め」


 楽し気な声と、それに律儀にそれに応じる罵りが交互に夜の砂浜に響く。

 旅行に参加する当人達以外の、様々な人間模様も入り乱れつつ。

 聖女様を筆頭とした一行の、バカンス初日の夜は更けていくのだった。










駄犬

戦闘はあくまで目的達成の為の手段。

なので、基本的には駆除もしくは打倒すべきだと判断した『敵』以外にはギアの上がらない男。

歴戦の古強者相手にローギアのままで対応しきれる筈も無く、終始圧されたまま試合終了した。

でも全然気にしてないし、なんなら礼代わりに《万器》がフォローしてくれるっていう事の方が遥かに大事。約束は果たしたのですっきりした気分で宿に帰ってご飯食べてる。



ズタ袋マン(ラック)

覆面は制作時間5秒の力作。

いきなりやってきた外国在住の師匠に拉致られ、一度腕を見たいと思っていた若造と試合させられる。当然、入国許可とか諸々ガン無視なので一応顔を隠した。

戦友である女傑が全盛期の姿に戻った事に驚愕し、魔鎧の中に嘗て自身が取りこぼした少女がいると聞いて更にその三倍驚いた人。

片鱗でも良いので少女の存在を確認したい、と思っていたので、傍迷惑な糞師匠のお節介ムーブをウザがりつつも感謝もしている。ふくざつ!

なお、教えてくれた当の女傑自身は未だ《銘名》を確認出来てない。抜け駆けしたのがバレたら多分凄い目で見られる。



《万器》

傍迷惑なのは自国の頭領と同じだけど、騒ぎを起こす際にはある程度の利益も提供してくるので本気では怒りづらい厄介なオヤジ。

宿屋の店主の師匠だったり、猟犬の切り札作成を手伝ったりと、実は色々と関りが多かった人。

常時死兵に近いメンタルだった拗らせ野郎が腹に仕舞ってた思惑を、全部聞いていた唯一の人物でもある。

駄犬的には切り札を完成させるのを手伝ってくれた第二の師匠ポジに近い。尚、どこぞの龍姫様が知れば《万器》は凄い目で見られる。

猟犬に協力し、背中を押した理由は魔族らしく極シンプル。

「男が腹を括って突き進む道を決めた以上、外野がグダグダ言うのは無粋」とかそんなん。

尚、その結果聖女が盛大に曇り散らかしたので、立ち直れない様なら魔族領の所属を抜けて遺書書いて「自分が猟犬の背中を押した」と伝えに行く気だった。

立場を捨てた上で「恨んで良いし、なんなら殺しに来い」的な発破をかけるつもりだったが、犬がひょっこり戻って来たので格好つけたイケオジムーヴもご破算になる。遺書は爆笑しながらキャンプファイヤーで燃やした。



???

顔を会わせると気マズい、そんなときには丸くなってガードが最適解……!(本人談

今回も目を瞑って耳を塞いでしゃがんでた娘。嘗て親しかった人達に対して逃げ癖がついてるので、その内逃げ場のない包囲網が敷かれそうではある。


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