夏だ、海だ、水着だ!(前編)
「よっしゃ、それじゃ行くか! 先ずは点呼とr「あ、それオレ達が先にやってるから省略で」あ、そう……」
勢い込んで拳を振り上げた《魔王》の発言をオレがさっくりと却下すると、膨らみきって破裂しそうに高いテンションだった奴の調子が少しだけトーンダウンした。
挨拶、というにはやたらとドタバタとバイオレンスが混じっていた顔合わせが漸く終わり、初日のメンバーが集って現地に出発する時間がやってきた。
教国、帝国、魔族領の各面子は、城の門前へ移動して各々の荷物を手にすっかり準備を終えている。
大森林――サルビア達からも一応参加するという旨は届いたらしいが、流石に初日からは無理らしい。予定を組んで数名が順次日替わりになるそうだ。
魔族領からは言い出しっぺの《魔王》は勿論、《災禍の席》からブレーキ役として《万器》と《赤剣》も同行するらしい。
確か《亡霊》や《狂槍》みたいな比較的常識枠とは違って、この二人は《魔王》寄りの我が道を行くタイプだったと記憶してる。ブレーキ役として機能するのかよこれ。
せめて《不死身》が居ればまだマシだったのかもしれないけど、参加は午後から。しかも現地周辺を巡回してる幹部と連絡を取りに行くという事で、単独行動との事だ。
あとは、何人かの彼らの部下にあたる人達が参加するんだけど……。
「わ、義父様。この水筒、お水が殆ど凍ったままです。冬にこの冷たさはお腹が冷えてしまいます」
「南部はこの時期でも気温はほぼ夏に近い……あちらではこれが適温だろう。飲むのもそうだが、日差しがきつい様であれば水筒を首筋にあてるようにしなさい」
その中に《虎嵐》とリリィまで含まれているのは、まぁお察しというやつだ。あの変態不死鳥がリリィを誘わない訳が無い。
魔法瓶――こっちの世界の場合は本当に魔法で中身の温度保護がされてる物だな――を、父親から手渡されたエルフの少女は、その冷たさにびっくりして水筒を眺め廻している。
そんな彼女の頭部に、《虎嵐》はそっと麦わら帽子を被せてやっていた。寡黙で顰めっ面、巌の様な戦士、というイメージの強い男なんだが、義娘を見るその目はひどく柔らかく、優し気だ。
以前に行動を共にしたときは、見た事が無かったくらいに目尻も下がってる。良い親子関係を築けているみたいで何よりだよ。
そんな《虎嵐》だが、流石に今回の義娘の泊りがけ旅行は嫁のシグジリアと共に相当に渋ったみたいだ。結局は同伴し続けるって条件で折れたみたいだけど。
そうでなくともリリィはついこの間まで祭り中の帝国に滞在してたし、定期的に教国にだって来てる。義娘を目に入れても痛くないレベルで可愛がってる二人からすれば、外泊ばかりさせている状況は不本意なのかもな。
当たり前だが、今から普通に移動では南部に着く前に日が暮れる。現地へは《門》を使って移動する事になっていた。
泊まり組は向こうにある宿泊施設に、日帰り組は夕方にもう一度《門》を起動させるので其々の出身都市に帰還する事になっているらしい。
初手の挨拶も相当にグダったし、最初から現地に繋いどけ、と思わなくも無かったけど……相棒から聞いたっていう"由緒正しい魔王ごっこ"をやってみたかったんだろうな。
詳細を聞かなくてもなんとなく想像はつく。『玉座の間で勇者を待ち受ける』『決死を予感させる圧倒的な戦力を見せつける』『世界の半分をやるから手を組めとか言う』――相棒が言いそうなのはこの辺りか。
それを自分なりのスタイルに弄ってごっこ遊びに転用したという処だろう。戦争終わってから本当にフリーダム過ぎるだろこの鳥。
何はともあれ、ようやっと目的地に出発だ。
「忘れ物はねぇな? 小遣いは持ったか? ――ちなみに俺はカットされすぎて銅貨三枚しかねぇ! 誰か向こうで飯奢ってくれても良いのヨ!」
堂々とタカるなよ、魔族領筆頭。
切実だが情けない宣言に「ヤなこった」「えぇからはよ《門》開け」といった笑い交じりの野次が飛び、声を上げない面々も苦笑したり肩を竦めたりと反応は芳しくない。
奢ってくれそうな反応が誰からも返ってこない事にもめげず、元気一杯の《魔王》が城の前に設置した魔道具に向けて魔力を注ぎ込む。
――って、多いわ! 量が多すぎてオーバーフローしかけてる。あんな雑に注いでおいて、なんで魔力を馬鹿喰いする《門》に過剰供給現象が起こるんだよ。
使用されてるのは転移の魔導具のタイプとしては一番多い、縦横の幅が2メートル程度の《門》が展開される物だ。今はその5割増しぐらいのデカさになってるが。
過剰供給は魔導具自体に負荷が掛かるから、次からは気を付けて欲しいものである。数回でどうこうなるような強度はしてないだろうが、もし貴重な代物を雑な使い方で壊したら《亡霊》が怒るぞ。
「いよいよかぁ……向こうに行ったらビーチバレーとかしようね、にぃちゃん。ボク、革張りのボール買ったんだ!」
肩に引っかけた荷物の入った袋を掌で叩きながら、アリアが笑う。
こっちの世界にも、本格的なサッカーやバレーに使えそうな品質のボールがあるにはある。大量生産品じゃなくて革製の手作りだから大分値が張るけどな。
普段はほぼ散財する事の無い妹であるが、珍しく奮発して良い物を買ったらしい。それだけ楽しみって事なんだろう。
――バレーも良いけど釣りもな。大物が俺を呼んでいる……!
うんうんと頷きながらまだ見ぬ海を夢想しているのは相棒だ。
内陸部じゃ需要の関係で海釣り用の竿なんて見掛けないから、向こうで一式揃えると息巻いている。
はしゃぎ過ぎるな、と普段なら釘を刺すところなんだけど……今回は出発直前に醤油が手に入ったからな!
是非とも相棒には刺身に適した大物をゲットしてもらいたい。生で喰う文化が無い土地だと、店売りは加熱が前提なので鮮度が心配なのだ。漁場が近いなら捕れたてを買い取るなんて事も出来そうだけどさ。
こうなると知ってたら、せめて山わさび位は買っておきたかったな……本山葵は見た事ないから無理だが、代替品くらいは欲しい……あっちで売ってるだろうか?
玉葱や生姜といった他の薬味になり得る食材は普通にこの世界にも普及してるし、容易に手に入るだろう。それで今回は妥協しておくか。
「もうちょっと量があれば色々な料理に使えたんだけどねー」
「まぁ、マメイ氏も突貫で用意してくれたみたいだし、届けてくれただけでも心底感謝しないとな」
――だな。今回の旅行に縦ロールちゃんと一緒に来たりしないのかねぇ。
相棒とアリアも交えてこれからの食事情について語り合いつつ、光溢れる《門》を潜る。
白んだ光がオレ達を包み、一瞬眩しさに眼を閉じて。
通り抜けた先にあったのは、青い空と、刷毛で佩いた様な白い雲――そして、久しぶりに鼻腔を擽る潮の香り。
季節柄、そろそろ冬も近いというのに《門》を越えた途端にカラリとした強い日差しが全員に等しく降り注ぐ。
ほぼ常夏と言ってよい気候の御蔭か、暑さに強い植生が青々と生い茂り、ヤシ科らしき樹々があちこちで旺盛に背を伸ばしていて。
綺麗な砂浜に押し寄せるのは白い波と、空に負けない程に青く、美しい海。
ざざーん、と穏やかな水しぶきを上げる広大な海と、その圧倒的なスケールに初見の連中から感嘆混じりの歓声が上がったのであった。
今回の目的地、魔族領南部に到着である。
この世界の自然やそこに棲む生物は旺盛な生命力に満ちている。
その所為か、眼前の海は転生前に肉眼で見たそれより遥かに綺麗で透明度が高い。
単純に環境汚染なんかとは無縁というのもあるんだろうな。将来的には流石になんとも言えないけど、少なくとも今の時代では。
――うーみぃぃぃぃぃっ!
「うーみぃぃぃぃー」
相棒とアリアが手を取り合って青い海に向かって万歳しつつ叫んでいる。どういうノリだよ。
「む、御二人が行うは何かの作法ですかな? で、あれば拙僧も……」
「いや、アレはしゃいでるだけだから。グラッブス司祭は真似しなくていいから」
万歳しようと荷物を下ろした司祭を止める。
というか、こんな近距離でこの人の渾身の叫びとか聞きたくない。耳が痛くなるというのもあるけど下手すりゃ音圧で吹っ飛ぶ。
偶に自前で障壁張って、大音声の叫びでそれを叩き割る訓練とかしてるんだよなぁ司祭。相棒じゃないけど、初見は意味が分からんと唖然としたものだ。
遮音性を高めた障壁でも普通に声が貫通するレベルなので、あんまり頻繁だとヒッチンさんに怒られるから頻度は高くないんだけどな。
なんでも昔、音を利用した攻撃で痛打を受けた事があるらしい。それで仲間の足を引っ張った事があるので、今でも対処法を鍛錬してるんだそうだ。
同種の攻撃を相殺する為に編み出した方法が只の全力咆哮ってのは、実にグラッブス司祭らしいけど……やっぱり意味が分からない。普通魔法とかで防ぐだろ。
ちょっと話が逸れたな。教国のメンバーはこんな感じだが、帝国のミヤコ以下《刃衆》の面々も、殆どが初めて見る広大な海原に呆気に取られていた。
「うわぁ……これが海かぁ……なんというか、自然の景色で感動するのって久しぶりな気がする」
「凄い……レティシアが沖縄かハワイか、なんて言うのも納得したわ。昔テレビで見た様なブルーオーシャンそのものだし」
アンナとミヤコの隊長格コンビも、海を見た事ある無しに関係なく眼前の空と海の青に圧倒されている。
「うっひょぉぉぉっ! 砂浜もちょー綺麗で砂金みたいだし、海の青さもヤッバ! 北方とかだともうちょっと暗かったり黒っぽいのに! ここで暫く遊べるとかマジ凄くない!?」
「落ち着けシャマ。海を見たことあるお前が、なんで《刃衆》で一番はしゃいでんだ」
「あたしもワンコ君とアリア様と一緒に叫んで来る! ――うーみぃぃぃぃぃっ!」
「聞けよ」
同僚の諫めの言葉もなんのその。
ひゃっほーいとばかりにシャマの奴が万歳してる二人の元に飛び込み、間を置かず海に向かって叫んでるのがトリオに変わった。
子供っぽいと言ってしまえばそれまでだが、旅行なんて楽しんだもの勝ちなんだからある意味ではアレも正しいのかもしれない。
あっ! あの馬鹿テンション上がり過ぎてアリアを抱き上げてぐるぐる回り出しやがった! ズルいぞ、オレも混ざっておけばよかった……!
楽しそうに回る奴と、それを上回る満面の笑顔で抱き上げられて回転している妹。
シャマが背後から相棒の両肩を掴んで、奴の生み出す遠心力を利用して同じくグルグルと回っている……最初にちょっと恥ずかしがらずに一緒にやっておけば、最低でもあそこのポジションはオレだったのに。不覚だ……!
「いや、まるっきりはしゃいでる子供でしょうが。アレに嫉妬するとかやべぇこの聖女」
「拗ら聖女」
えぇい喧しいぞ、そこの騎士共! 特にミヤコ、お前今鼻で笑っただろ!?
ギャーギャーと騒ぐオレ達を尻目に、ある程度の歳か長命種の面々はそれなりに落ち着いた様子でこれからの予定を語り合ってるみたいだった。
「流石にこっちゃぁ暑いのぅ。なんで常夏地方にフル装備で来てんのワシら」
「頭領の思い付きに付き合ったらコレだよ。無視しておけば良かった……」
「それな。ごっこ遊びが終わったら流石に着替える時間くらいは欲しかったっちゅーの」
首筋や顎下に早くも浮かんできた汗を拭いつつ、《万器》と《赤剣》がボヤいている。
「ふむ。先の顔合わせもあり、皆々様共に正装に近い出で立ちです――先ずは着替えと荷物を置く為に、宿へ向かうのですかな?」
顎先に拳を添えて思案するグラッブス司祭の言葉に、この場で一、二を争う年長の癖に唯一全然落ち着いてない男が元気よく手を挙げた。
「宿も勿論手配してるが、このまま遊ぶ為に一旦荷物置く休憩所みたいな場所も当然あるぜ! さぁさ、俺について来な皆の衆!」
自信有り気に先頭を歩く《魔王》だけど、基本どんなアホな言動でも自信満々で発する男なので皆微妙に警戒して後を着いていく。
直ぐそこ、という言葉自体に偽りは無かったらしい。程なくして『休憩所』とやらが見えてきた。
「……ぇえ?」
「まぁ……」
アリアとミヤコの口から呆れと――だけど紛れも無く感嘆も含まれた呟きが漏れる。
設置された《門》のある砂浜から少しだけ歩いた場所。
元より手つかずの南国の海、といった感じの場所ではあったが、そこは岩や流木なんかも殆ど無く、広々とした砂浜の背後にはちょっとした密林にも見える樹々が広がる、絶好のロケーションだった。
けれど、驚くべきはそこじゃない。
アリア達だけじゃない、オレと相棒――即ち転移・転生組の受けた衝撃は結構なものだった。
一際大きなヤシの木が庇を作るその下に、一軒の建物があったのだ。
建物自体は風通しの良さそうな木造り。荷物を置くだけじゃなくてちょっとした飲食が可能なスペースなんかもあるみたいだ。
嘗て元居た世界でよーく見た事のある、赤で『氷』と書かれた青と白ののぼりや垂れ幕が掛かっている。
時折吹く潮風に揺られ、ちりーんと鳴る涼やかな音は――間違いない、風鈴だ。
ここまで言えば、もう大体分かると思う。
眼前の建物は、オレたち日本人がイメージする海水浴には付き物な場所――所謂『海の家』、そのまんまだったのである。
いやどういう事だよ。《魔王》の思い付きで作ったにしても時間が足りなすぎるだろ?
何より再現度が地味に高い。元日本人の監修がなければ不可能なレベルだ。
「ようこそいらっしゃいました皆様ぁ! この日を一日千秋の思いで待ち侘びていましたとも!」
唖然として海の家を見上げていると、店の奥から《魔王》に匹敵するテンションの高さでスキップしながら出てきた人物が、一人。
それを見て、オレ達は更なる衝撃を受ける事となった。
「「店長さん!?」」
「「工房長!?」」
二種の叫びは前者がオレとアリア、後者がミヤコとアンナだ。
そう、既視感激しい海の家から出てきたのは、聖都にある日本由来の品も扱う高級服飾店――そこの経営者であるハーフエルフの女性だったのである。
確か元は帝国で一番デカい服飾系工房で責任者やってたんだったか? 今は双子の妹だという人が後を引き継いでいたみたいだけど……ミヤコ達は工房時代に面識があったって事か。
流石に場所が場所なので店で見た様なパンツスーツは着ていない。上はシンプルな黒のビキニらしきものに、丈の短いYシャツみたいなトップス。下はゆったり目のハーフパンツにサンダルを履いていた。
「――って、ちょっと待った! ビキニ……水着だって!?」
「そこに直ぐ気付くとはお目が高い! 流石は我が店に燦然と輝く一位の推したるお客様です!!」
驚愕して再び叫んだオレに、店長さんが顔に掌を押し当てながら腰に捻りと角度を付けてビシィッ! と指を突きつけて来る。
「以前から、美女と美少女に着せるありとあらゆる服を作り続けていた私ですが、残念ながらご時世も手伝って水着の類は売れ行き絶無。泣く泣く保管庫の肥しにするばかりでした」
「帝国の服飾工房にあった水着みたいなのって、やっぱり店長さんの作った物だったんだ……」
荷物を両の手に抱えて呟いたアリアの声を聞き逃さず、謎ポーズから更に身を仰け反らせて今度はそちらに向けて指が向けられた。
首の角度とかちょっとおかしいレベルで回ってないかアレ……アリアもそう思ったのか、僅かに頬を引き攣らせてビクリと震えて一歩下がる。
「いぐざくとりぃ! 戦争が終わり、聖都で店を構えてからも文化の違いからやはり販売数は伸びず……そこで私は考えたのです! "なら需要のある場所で布教すれば良いじゃない"と!!」
クワッ、とばかりに見開かれた眼は、若干血走っていた。
元が美人せいか、形相の齎す迫力が酷い。オレもあの眼を直に向けられたらビビると思う。
そんな事を考えてる間にも、店長の独白じみた語りは続く。
「偶の休みにはこの地方を訪れ、海水浴と言えば基本全裸! 漁は褌擬きを締めているだけな魔族領の皆さん――その中でも美人な方々をたっぷりと視か――ゲッフン! ゲェッフン!! 目の保養をしつつ、地道に水着の布教を行う日々っ……ついに転機は訪れました……!」
ここは店長の布教の拠点なんか……という相棒の台詞に納得がいった。
なるほど、今回のバカンスに併せて急遽拵えたものではなく、水着の布教とやらの為に前々から此処に造られていた建物だったのか。
身も蓋も無く言えば行動力のある変人って感じだしな店長……。
そこまで交流がある訳でもないので失礼な物言いかもしれないが、変態と言わないだけまだオブラートに包んでいるのではないだろうか。
そんな彼女の視線が再度、首の向きごと転じられる。
その先にいたのは、何だか後方理解者面で腕組みして頷いているロ○コンだった。
「こんな美女美少女だらけの一団をねっとり鑑賞――もとい、各国でも著名な皆様に水着というものに触れて頂ける機会を頂けたこと、感謝します同志よ!」
「気にすることはねぇよ店長。なんか面白そうだったしな! 何より、俺も姫や画伯の可愛らしい水着姿は見てみたい。脳髄と魂に焼き込みたいっ……!」
「その糞みたいな欲望、実にイエスですね!」
グッ、ガシッ、パシーン。と。
互いにサムズアップから腕を軽くぶつけ、最後に高々と掲げた掌をイェーイとばかりに打ち付け合う。
どう考えても水面下でひっそり事を進められるような二人じゃない。出会ったのは最近――《魔王》の奴がこっそり聖都に遊びにきていたときに出会ったんだろう。
――混ぜちゃいけない連中が出会っちまった……変態と変態の価値観悪魔合体っ……!
戦慄を滲ませて呟く相棒の言も宜なるかな。
眼前の二人を知る者達が同感だとばかりに一斉に頷く。なんでこんなどうでもいい処で心を一つにしてんだよオレ達は。
完全に危険物を見られる目付きを向けられているのだが、それを物ともせず、店長さんは生き生きと眼を輝かせて胸を張った。
「そんな訳で! さぁ皆様、よろしければ私の手掛けた水着達を是非ご利用ください。常夏のアバンチュールを彩る華々を更に美しく! 正しく服屋の本懐ですとも!」
店長は間違いなく《魔王》の同類に近い人種だけど、その仕事が超一流の職人のものである事も疑いが無い。
水着の販売兼レンタルなんかもやってるらしい海の家擬き。
その店奥から引っ張り出されたハンガーラックとそこに下がった水着や夏服の数は相当なものだ。ラックの数は優に十を超えていた。
男用のはラック二つ分で、あとは全部女性用だったけどな。店長の嗜好が透けて見える比率である。
とはいえ実際、この場の男連中にも細かなデザインを気にする様な奴はいなかった。
皆、適当に好みの色の水着やアロハシャツなんかを選んで荷物だけ置いて外に出てゆく。女性陣が店内で試着と着替えを行うので、外で着替えて待つのだそうだ。
ちなみにリリィは一旦保留。本人は興味ありそうだし、《魔王》が是非にと推していたが、保護者である《虎嵐》が水着に関して知識が無いので、OKを出して良い物か一旦嫁さんに連絡を取るらしい。
店長と《魔王》――特に後者が露骨に肩を落としていたのを見る限り、その判断は正解だろうと言わざるを得ない。大変そうだがオレ達もリリィのガードには協力するので頑張って欲しいところだ。
店の貸し出し品だというビーチパラソルを数本担いで海辺に向かう男衆+エルフの少女を見送りつつ、オレ達はオレ達で大量にある水着や海辺に適した衣類を物色する事にした。
「品揃えは流石だねぇ……こんなにあるなら着替え持ってこなくても良かったかもね」
「《門》で移動距離は最低限とはいえ、手荷物が増えすぎるのもな。先に言っとけよこういうのは」
サプライズ優先なのは生きたビックリ箱な《魔王》らしいので、今更な話ではあるんだけどな。
アリアと一緒に適当なハンガーラックから水着を選んで手に取る。
うーむ……しかし水着、か。
女の子女の子した可愛らしい格好、というのには今でもちょっと抵抗があるのだが……帝国でドレスだの文学少女風の私服だのに袖を通す機会があった事で、昔より心理的な敷居が下がった自覚はある。
それでも、流石にあんまり派手だったり際どいのはな。なんせ水着だ、単純な露出面積は普通の衣類よりずっと多いし。
いや、ここで良い感じのを選んで相棒にアピールするのは良いんだよ、全然。寧ろバッチコイというやつだ。
ただ、やっぱり見るのはアイツだけじゃないからさ。アイツ以外の衆目に触れる以上、やっぱり塩梅というものは大事なのだ。
手に取ったのはパレオが付いてるタイプだ。というか、今更だけどこれ全部が布製魔装か? 相変わらず店長の作る衣類は品質がバグってる。
「市場価格はさておき、作る側としては同種で各サイズを揃えるよりも、魔力による伸縮である程度のサイズ調整を自動で行える布製魔装一着の方が楽なんですよねー。それを言ったら妹と陛下は頭を抱えていましたが」
「うぉっ、ビックリした!?」
ニュッと背後から突然湧いて出てきた作り手本人に、思わず仰け反って叫ぶ。
教国の店でもそうだったけど、なんでか全く気配を感じ取れないんだよな……どうやってるんだか。
「どの様な水着が良いか、お悩みですかお客様。よろしければ私めが全霊を以て選ばせて頂きますが。フヒッ」
キリッとした顔で言う店長さんだが、最後まで保てていない。語尾に漏れちゃ駄目な気配が表情と一緒に緩んで垂れ下がった。
それでもドン引きする程では無いのは元が美人だからだろうか? エルフの血を引く整った容姿を言動の相殺に使うというのも中々酷い話だが。
「……それじゃ、アドバイスだけもらおうかな」
「そうだね。参考だけ聞いて、もうちょっと自分で選んでみます」
アリアと顔を見合わせ、取り敢えずは店長の意見を聞いてみる事にする。
言動はアレだが、聖都の一等地で店を構えてるだけあってその目利きはこれ以上無い程に頼りになる。何より此処にある水着や夏服の制作者だ、お勧めがあるなら聞いておくのも良いだろう。
二人でお願いすると、彼女は何故かその場でクルッと一回転してキメ顔で謎の構えを取る。
「お任せ下さい! では先ず――基本的にお二人共に肌も白く、髪の色も美しく淡い色合いです。濃色の生地でお肌とのコントラストを狙うのもよろしいですが、その場合はスタイルを強調するのがセオリーになります。お客様方の儚げな雰囲気を生かす為に、此処は淡色系がよろしいかと」
さり気なくスタイル――胸元を強調するのは不可能だと言われた気もしたが、一切の含みないソレはあくまで似合うものを選ぶ為の選別・区別として語られたものだ。なのでオレもアリアも頷くに留め、それに対しては特に反応を示す事は無い。
要は持ち味を生かせ、って事だよな。聞く側としては参考になるアドバイスなので有難く耳を傾け続ける。
「パレオに関してはある無しは好みですが、付けるのならば膝上程度のこちらがオススメです」
隣のハンガーラックから店長さんが取り上げたのは、薄手のやや丈が短めの織布だった。
「裾に近い部分や腿の辺りは生地を薄く仕上げていまして。水着ですので元来パレオの下を見られても問題は無く、ですが腰に巻いた生地越しにうっすら透ける太腿。どうしても目が吸い寄せられてしまう……!」
そんなコンセプトで作りました。という彼女の言葉に、感心した顔で店長からパレオを受け取り、しげしげと眺めるアリア。
「へぇ~……そう言われるとなんだか凄そうな品に見えてくるから不思議だなぁ……」
しかし肝心の発言者が「あとシースルーって良いですよね! 心のジョンに栄養が注がれる!」なんて続けたせいで台無しである。
なんというか、癖は《魔王》に近いと感じる店長だけど……所々、相棒に似た部分もあるな。とぼけてたりアホっぽかったりする言葉のチョイスが特に。
「まぁ、なんだ。アドバイス自体は本当にためになるよ、参考にさせてもらいます」
「だね。ありがとう店長さん!」
「あ"ぁ"~、推しの眩い笑顔から豊潤な滋養が供給されるんじゃぁ~」
そのキャラの濃さはともかくとして、彼女の助言が非常に有用だったのは確かだ。
姉妹で礼を言うと、変なお薬をキメた様な恍惚とした表情で宙を見上げてビクビクと震え始める店長。
水着の布教、その為の販売と貸し出しという目的があるとはいえ、趣味丸出しの半ばプライベートという状況の所為もあるんだろう。
聖都の店舗での言動も高級店の経営・責任者としては大概だったが、今は輪を掛けてぶっ飛んでいる。開放的な土地で弾けてるというより、箍が外れてる感があるな……。
取り敢えずは助言の通りにパレオ付きの淡色系から選んでみよう、という事でアリアと二人で色とりどりの水着達を再度物色していると……少し離れた場所で別のハンガーラックを漁っていた《刃衆》女性陣から、なにやら悲鳴やら笑い声やらが同時に上がる。
「ンほーっ! あちらでも素晴らしい光景が見れそうな気配!」
オレ達がそっちに視線を向けるのと、店長が奇声を上げながら華麗なダッシュフォームで走り出すのは同時だった。
声からするに、悲鳴っぽいのはアンナだな。笑ってるのはシャマか?
見てみれば、スタンダードなタイプのビキニを手にぐいぐいと迫るシャマと、その顔面を掌で押し退けているアンナの姿がある。
珍しい事に普段の二人の力関係とは真逆――ニヤニヤとめちゃくちゃ楽しそうに笑っているのは金髪褐色肌の部下の方で、銀髪サイドテールな上司は引き攣った顔で後退りしていた。
ミヤコは傍観……というより、焦ってるアンナを見て少し楽しんでるなあれ。珍しく自分の右腕である副隊長に対して悪戯っぽい笑顔を向けている。
「これとか良くない? ふくちょー結構スタイル良いし、絶対映えるっしょ!」
「いや無理無理ムリむり! こんなの着れるか!?」
「アンナちゃんの髪と肌ならこっちのターコイズカラーの方が良いんじゃないかしら? 瞳の色との併せにもなるし」
「隊長まで!?」
敬愛してやまない上司ですら味方では無い事を知り、アンナの喉から再度悲鳴染みた声が飛び出た。
一瞬その碧色の視線を彷徨わせ、直ぐにオレ達に固定されて「助けてくれ」と眼力だけで訴えて来る。
しかし、助けると言ってもなぁ……正直、状況が良く分からないぞ?
アリアも同感だったのか、小首を傾げて不思議そうだ。
「見た感じ、普通の水着に見えるけど……アンナは何がそんなに嫌なのさ? 変な処に切れ目でも入ってるとか?」
「アリア、それはもう水着というより特定の状況でしか使わない特殊な衣裳だぞ」
オレの言葉に、アリアの奴は益々不思議そうな顔になった。
どうやら適当な冗談だったみたいで、分かっていて口にした訳では無いようだ。妹がソッチ方面の知識については初心過ぎて眩しい。なのに以前の『治療』の際とのギャップが酷い。
今のやり取りを聞いて、なんとかシャマを押し返している最中のアンナが迫る相手の手の中にあるビキニを指さして叫ぶ。
「いやいやいやちょっと待って下さいアリア様! そもそもこれが普通ってのがおかしいですよ!? この水着とやら、デザイン的には殆ど下着と同じじゃないですか!」
「「あー……そういう……」」
オレもアリアも納得がいって、思わずといった感じで頷く。ミヤコは気付いていたらしく、口元に手を当てて小さく笑っていた。
異世界ギャップ、というやつか。こっちでも元の世界由来の文化や物品は結構見るし、何だかんだとそれも馴染んでる場合が多いし。すっかり失念していたな。
質に差こそあるが、衣類のデザインなんかは結構日本のものが浸透していると思うんだけど……最近まで海水浴や水遊びが流行る様な状況じゃなかったこの世界では、水着の概念は流石に馴染み難いものだった様である。
「下着姿で人前に出るのと大差ないっての! ドレスなんかよりよっぽどでしょ!? アリア様もレティシアもなんで普通に選び始めてるんですか!?」
「なんで、と言われても……」
「水着ってそういう物だしなぁ」
「あ、駄目だコレ文化が違う……これが異世界の価値観……!!」
可愛らしい水着を着る事に少しばかり躊躇いがあっても、水着自体に特に思う処は無いオレ達の台詞に、アンナが空いた手で頭を抱えて天を仰ぐ。
「ひっひっひ。さぁ、観念してふくちょーも水着デビューするのだ! 大丈夫、あたしちゃんも初めてだから!」
「逆になんでシャマは普通に着ようとしてるの。アンタ生まれも育ちもこの世界でしょーが!」
頬に掌でつっかえ棒をされながらもアンナへとにじり寄るシャマは、普段とは立場が逆な事にご満悦だ。現状、アンナに共感する奴がいない事が更に拍車をかけている。
「別にこの位の衣裳ならアリじゃね? てか、あたしの古巣の座長とか、若い頃は踊り子だったからいつもこんな感じの恰好だったし」
「そういえばアンタ元は流浪の民の出だっけ……み、味方がホントにいない」
再度周りの面子を見廻し、途方に暮れた様子でジリジリと後退してゆくアンナ。そのうち壁に背が付くのも時間の問題だろう。
登場時から常時イイ空気吸ってる店長なんて、その様子を見て恍惚とした顔で小刻みに痙攣している。
「普段は勝ち気な少女騎士が未知の文化に面食らって羞恥に頬を染める……これもまた素晴らしい光景ですね本当にありがとうございます!」
漸く戦争が終わり、やっと望む道や生き方を歩み始めた人達も大勢見て来たけど……その中でもぶっちぎりで人生エンジョイしてる感があるなこの人。
身をくねらせてシャマに追い詰められるアンナを見つめ続ける店長は、絶好調といわんばかりのテンション最大値である。
自分の店でやらかしたらそれだけで客足が三割減しそうな動きを続ける彼女の言に、一部ではあるが賛同を示したのはミヤコだ。
「工房長……今は店長、って呼んだ方が良いのかしら? とにかく、彼女の言葉も一理あるとは思うわ――今の恥ずかしがってるアンナちゃんは可愛いもの」
「否定はしないけどさ……お前意外とSっ気あるよな」
うんうんと頷く最近はまたロングヘア―に戻りつつある恋敵に向かい、オレは呆れた目を向けてやった。
ミヤコが仲の良い相手が困ってるのを見て、助け舟を出さないのは珍しいと思っていたが……コイツ、実は結構いい性格してる部分もあるんだよ。今回は珍しくその面が出てきた様だ。
相棒を相手にしてるときはめちゃくちゃしおらしいけどな! そんなんだからエ清楚だのエ清純派だの言いたくなるんだよ。
そんなやり取りをしている間にも、シャマとアンナの攻防は続いている。
「ふはははは! 良いではないか良いではないかー!」
「良くないっての!? ちょ、やめっ……ってどさくさに紛れて何処触ってんだコラ!」
「あ"痛でででッ!?」
悪代官みたいな台詞を吐いて上司の服を剥ぎ取ろうとするシャマだが、悪ノリで胸を鷲掴みにしたせいで、押し退けるだけだったアンナの掌がアイアンクローに変化して悲鳴を上げていた。
ぶっちゃけ強引に服を脱がせようとしても、アンナが本気になって抵抗を始めたら上手くいく訳も無い――シャマの奴だけなら、という前提だけど。
見てるだけだったミヤコがツツーッと滑る様な動作で二人に近づいてゆく。手にした青緑系の水着からして、どちらに味方するつもりなのかは一目瞭然だ。
彼女達の部隊の長が動いたことでほぼほぼ確定したであろう結末を最後まで見届ける事もなく、アリアとオレは互いに顔を見合わせて肩を竦める。
「アンナは御愁傷様……って程でも無いか。海で泳ぐなら普通の服より絶対水着の方が良いし」
「ま、そうだな。あんまり相棒たちを待たせるのもなんだし、さっさと自分のを選ぶとしよう」
姦しいやり取りを続ける《刃衆》女性陣から視線を切って、手近な水着のつるされたラックへと視線を戻す。
またアンナの悲鳴が上がった気もするが、後だ後。先ずはこう……相棒にクリティカルヒットする感じで且つそんなに大胆じゃない水着をチョイスせねば。
姉妹揃ってそれなり以上に真剣な気持ちで色とりどりの水着を手に取り、眺めていると店の中に小走りで駆けこんでくる小柄な影が一つ。
「条件付きですが、義母様から許可が出ました。リリィもこちらでお着換えするのです。イェーィ」
ふんす、と自慢気に吐息を漏らして胸を張り、ピースサインを決めたのはリリィだ。
遠話でシグジリアと連絡とるとは言っていたが、思ったより早く結論が出たみたいだな。先にも言ったが本人が興味ある素振りだし、悪い事じゃないだろう。
あのロ○コンバードに関しては、皆でスクラム組んでがっちりガードしてやるさ――ぶっちゃけ《魔王》は幼女好きではあるけど、同時に子供に無体を働く奴でもないので、深刻な警戒とかは必要ないしな。言動がひたすらにリリィの情操教育に悪そうっていうだけで。
何はともあれ、先ずはリリィも加わって水着選びだ。
「OKでたか。なら丁度良い、オレ達もまだ選んでる途中だから、一緒に見るとしようか」
「うん。こっちにおいでリリィ。あ、でも子供用はこれとは別のハンガーラックかな? ……店長さーん、この娘に合う水着ってどれくらいありそうですかー?」
オレが手招きして幼いエルフの少女を傍に来させ、アリアが喜色混じりの奇声を上げている店長を再度召喚する。
海の家、という性質上、それ大きな店では無いとはいえ、シュバッと瞬きの間に眼前にやってきた店長が両手の指を胸元で絡み合わせて鼻息も荒く咆哮した。
「お任せくださいちいさなお客様ぁッ! 同志の最推しでもある以上、手抜かりなく様々な水着や夏服を用意してございますとも!」
感極まった様に天を仰いだ彼女の顔から、透明な雫が零れ落ちる。歓喜の涙だったらまだ良かったが、口の端から垂れた涎だ。台無しである。
「あぁ、右も見ても左を見ても美女と美少女……! しかも帝国の推しと教国の推しが居並ぶ天国っ……! やっべアガり過ぎて暫く下がらないですコレ!!」
……今更だけど、何気にこの人もハーフとはいえエルフにあるまじきスタイルの持ち主だ。
胸前で組んだ腕にぐにぐにと潰されて割とボリュームのあるバストが変形しているのだが――凄いな、言動のせいか全く羨ましくもなければ妬む気持ちも起きないぞ。実際、この段階になるまで気づきもしなかった。
「みずぎ、という物を着用するにあたって、義母様が選んでは駄目な物がある、と。それらに沿った品を選びたいのですが……」
「では、先ずお母様から提示された条件の細部を! 完璧にクリアしつつも、ちいさなお客様の魅力をしっかり引き出す組み合わせを導き出してみせましょう! いちお針子としての誇りに掛けて!」
「あ、これ同じデザインで色違いだ……レティシア、カラー違いの御揃いにしても良さそうじゃない?」
「ふむ、それも有りだな。富める丘が多い以上、姉妹という点も活かしたツープラトンも考慮にいれるべきか?」
そんな感じで、和気藹々とこの旅行の手始め、急遽始まった買い物の時間は続く。
背後でとうとう剥かれ始めたアンナの何度目かの悲鳴が響くが、リリィの教育に悪いので後ろは見ない様に言い含めつつ。
あーでもないこーでもないと、オレ達はこの旅行で着る機会が多くなるであろう品の吟味を行うのであった。
で、ニ十分後。皆の準備が粗方終わった。
着替えた衣服の整頓も一段落ついたのを見計らい、軽く手を叩いて告げる。
「さて、そろそろ行こうぜ、あんまり男連中を待たせるのもなんだしな」
「そうね。全日程でみれば長い旅行だけど、日帰りの人達もいる訳だし」
オレの言葉に自分の鞄の傍に屈みこんでいたミヤコも首肯し、手荷物の中から浜辺で使用しそうな物だけを取り出して立ち上がった。
「リリィ、これ。店長さんが浮き輪貸してくれたよ。確かしっかり泳いだ経験はないよね?」
「水浴びの際に湖で浮いていた程度でした。泳法の類は未収得ですので、リリィは今回の旅行でしっかりと泳げるようになるのが目標なのです」
アリアの奴がリリィの胴に浮き輪を通してやり、水着姿に麦わら帽子、浮き輪と完全装備になったエルフの少女は、気合も十分とばかりにフンス、と両拳を胸元で握っている。
転移・転生組のオレ達は言うに及ばす、軍属のアンナ達も河で水練くらいは経験した事がある。泳ぎを教えられる人は多いだろうし、頑張れよリリィ。
「よっしゃー、いよいよ本格的なバカンスの開始ってやつ? ちょー楽しみ! あとふくちょーはいい加減あきらめろし」
「無理。ぜったいむり。なんで皆そんなに平然としてるの……」
まぁ、泳ぐところか、水着に着替えてから頑なに大きなタオルを肩から被って頑として脱がない奴もいるが。
本人の価値観とかもあるしな。水着を着ただけでもアンナとしては限界まで譲歩したのだろう。ミヤコとシャマの手による半ば強引なお着換えではあったが。
各々、選んだ水着を身に着け、必要な小物だけを持って相棒たちの待つ砂浜へと向かう。
いや、アンナじゃないけど、やっぱり実際に着てみると少し恥ずかしいものがあるな。
デザインとしてはそんなに際どいものじゃないんだけど、やっぱり前世の意識が羞恥心を喚起してくるのだ。
下着なんかはとっくに割り切ってるんだけど、見えない部分だしな。こうして人目につきやすい形となると未だに完全には開き直れないらしい。
帝都の舞踏会でノリと勢いのままドレス着たときも、アリアと二人でちょっと後悔したもんなぁ……その後に相棒が本当にダンスに付き合ってくれた御蔭で、メンタルの収支的には圧倒的にプラスだったんだけど。
大きな木陰の下に建てられた店から出ると、やはり冬とは思えない強い日差しと気温が出迎えて来る。
普通なら日焼けなんかも心配しなきゃいけないんだろうけど、あれも大きな枠でみれば肌の火傷みたいなもんだ。ぶっちゃけちょっとした回復魔法が使えるなら、数時間に一回行使しとけば気にしなくて良い。
……いや、うん。こう、お約束というか、アイツにサンオイルとか塗ってもらうシチュに心惹かれるものはあるんだけど……。
今さっき言った通り『回復魔法使えよ』で終わる話だからな。こればっかりは仕方ない。塗った後に海に入るのもあまり良くないと元の世界でも言われていたし、そこら辺の問題をクリアしてる分良しとしておこうか。
女性の服選びは時間が掛かる――今更だけど、自分達もその御多分に漏れなかったらしい。
アリアとどんな水着を選ぶか話し合ったのもそうだけど、リリィの物も選んでやったりしたせいで思ったより時間を食ってしまった。
五分と掛からずサイズだけ調べて適当な品を購入していった男連中は暇を持て余しているかと思ったけど、意外とそうでもなかった様だ。
等間隔に並べられた数本のビーチパラソルの下に、魔法で防水処理をしたシートが拡げられている。
更にグラッブス司祭が其々のシートの隣に一つずつビーチチェアを設置している最中だった。その脇には小さなサイドテーブルまである。
「うわ、凄い。準備バッチリになってる……」
隣でアリアが驚きと感嘆混じりの呟きを漏らすのが聞こえた。
だな。相棒と二人で店から色々レンタルしていたのは見たが、予想以上にきっちりと場を整えていて驚いた。
アイツはこういうの意外とマメだし、司祭もこういった方面では細やかな気遣いが出来る人だからなぁ……二人揃って準備したらそりゃこうなるか。一番凄いのはコレを事前に用意してる店長なんだけど。
どうやらビーチチェアで全てのセットが完了らしい。相棒の方は既に手遊びとして《魔王》と一緒になって砂の城を作成していた。
「右の塔作仕上げとくぞ。そっちは?」
――門のアーチやるわ。曲線ムズいからちょっと掛かり切りになる。
「おう。じゃ、窓部分の削り出しは俺がやっとく」
二人は砂で出来た城を挟んで真剣な顔でやり取りしつつ、合作の完成に励んでいる。
相棒が小器用な奴であるのは既に言うまでもないが、《魔王》がこの手の細やかな作業が得意なのは意外だな。素人目に見る限りだと二人とも相当に手際が良い。
にしても地味に上手いなおい。既に砂遊びのレベルじゃないぞ。
サイズはそうでもないが、その細かさと精巧さは既にサンドアートの一種と言えるのではないだろうか?
ディティールの細かさも凄いが、早さもおかしい。ほぼ完成間近じゃねーか。
水着選びに時間を掛けたとはいえ、流石に一時間も二時間も掛かった訳じゃない。数十分でこのレベルの砂の城を作るとか普通にそっち方面の才能ないか?
「わぁ……凄いです、砂で出来たお城なのです」
「あー、リリィ。今は話しかけない方が良いよ。《魔王》陛下が今のリリィを見たら興奮して手元が狂いかねないし」
瞳をキラキラと輝かせたリリィが早速傍に行こうとするも、アリアに止められていた。
実際、詰めというか最後の仕上げに入ったのか、二人とも結構な集中具合だ。下手に声を掛けたらグシャっとやってしまう可能性はありそうだな。
他の皆も、アートにも近いレベルのガチの"砂遊び"を見て感嘆の表情をしている。そりゃそうだ、普通に写真とかにとっておきたいぞコレ。
初っ端は女性陣の水着のお披露目になるかと思いきや、ウチの犬と《魔王》によるちょっとした芸術作品のお披露目になってしまった。
とはいえ、文句のある奴はいないみたいだ。もうちょっとで完成しそうなので皆その瞬間をジッと注視している。
「え、アレマジで全部砂なの? ヤバくない?」
「普通に精巧な模型に見える……器用だね、《魔王》陛下もアイツも」
「うむ。猟犬殿が砂山を削り始めた際、陛下が興味を示されましてな。簡単な説明と手法の見取りを経て、後はあれよあれよという間でありました」
シャマとアンナが小声でやり取りし、各種レジャーアイテムの設置を終えたグラッブス司祭も常より声量を抑えて会話に加わり、深く頷いていた。
《災禍の席》の二名も素直に感心し、茶々を入れる事なく眺めてる、といえば凄さが伝わるだろうか?
時代背景や最近までの情勢もあって、砂遊びといえば子供が砂山にトンネル開通させる、位のものだしな、この世界。
サンドアートの概念自体が無いので、初見の衝撃は相当なものだったらしい。生まれも育ちもこの世界の奴にとっては、立派な模型にしか見えない城が全部砂、というのはちょっとした感動を覚える新鮮な体験だったみたいだ。
一方で、ある程度はそういった物への知識のある転移・転生組――オレ、アリア、ミヤコであるが、それでも生でこうった物が見れる機会はそうそう無いし、十分に感嘆に値した。
が、オレ達にとって重要なのはそこじゃない。
物作りには集中する性質なのか、相棒がとても真剣な顔をしている事が大事なのだ。
普段はあんな感じの奴だし、偶にこの表情を見る機会があるのは、戦場とか戦いに関する事柄ばかりだった。
命の危険や差し迫った状況の無い――有り体に言えば、じっくりたっぷり心置きなくその表情を眺める事ができる機会は極稀、レアなのである。
流石に有事の際とは真剣の度合いが違うとはいえ、いつものとぼけた表情を引き締めて砂山と向かい合う横顔は、大変に結構なお点前というやつなのだ。もう直ぐ城が完成してしまうのが残念なくらいに。
オレ達三人は誰ともなく頷き合い、相棒の邪魔にならない程度に距離をとりつつもその横顔がバッチリ眺められる位置に並んで陣取る。
うん、良いな。いつもの騒がしいのも相棒らしくて良いが、真面目な顔はレア度も手伝って更に良い。何より心配や杞憂もなくそれを眺められるこの状況が良い。
……あー、なんかもうまだるっこしいのは抜きにして押し倒してーな、コイツ。
砂浜か……汚れるのもそうだけど、砂入ると痛いとか聞いた事あるしな……シチュとしては良いんだけど。
ジッと見てるとこの日差しにやられたのか、思考の方も大分茹って来る。
……『水着姿で悩殺しちゃったりして!』なんてアホな想像もしてたんだけどな。予定外に良い物が見れているせいで、悩殺どころかカウンターを喰らった気分だぞ。
とはいえ、内心で文句を飛ばしても、自分の顔がちょっと締りのないものになっているのが分かる。
うん、相棒の格好が下は長丈トランクスタイプの水着と、上は帝国で買ったらしい"とりかわ"とデカデカ書かれたダッサいTシャツ姿で良かった。
これで水着一丁、上半身裸とかだったら色々と危険なのだ。店長風に言うなれば『心のジョンへの栄養過多』というやつである。
もう暫く眺めていても良かったのだが、さっき言った通りもう砂の城は出来上がる寸前だ。
数分とかからず最後の仕上げを終えて完成した作品を前に、《魔王》と相棒が満足気に一息ついて立ち上がる。
バカンス始まって早々に、やり切った様な顔で額の汗を腕で拭った馬鹿たれは、鼻歌混じりでこっちを振り向いて――そこで漸く全員の視線が集まってる事に気付いて、ビクリと身じろぎして仰け反った。
――うぉっ……ビックリした! なんだよ、来たなら声掛けておくれやす!
何時も通りのすっ呆けた表情に戻ってそんな事をいう奴に、緩んだ表情を悟られない様に敢えて意地悪そうに口の端を吊り上げ、答える。
「誰かさんが全力で砂遊びに没頭してるから、完成まで待とうと思って見てたんだよ。それより、デコが砂でコーティングされてるぞ?」
オレが見てたのは、作ってるもんじゃなくてお前だけどな――別に今回に限らず。
砂まみれの手で汗を拭って額が横一文字で愉快な事になってる相棒に向け、笑いかける。
さて、相棒と《魔王》の合作の完成を待ったせいでちょっと変なタイミングとなったが、いよいよ皆の水着のお披露目となりそうだ。
男連中も着替えてはいるんだよな。帝国と魔族領の面々は思い思いにアロハを着たりサングラスなんかを掛けていて、鍛えた体躯も相まってその筋の集団に見える。皆、中身はその百倍超えの武闘派なんだけど。
逆に教国――相棒は先に挙げた焼き鳥ダサTと海パンだし、グラッブス司祭に至っては普段の僧服の上衣をはだけて腰で結んでいるだけだ。
尤も司祭の場合は単純にサイズが無かったのかもしれない。店長も魔族は大柄な種族が多い事を考慮して品を作ってはいるんだろうけど、10Lとか12Lなんてサイズは流石に拵えてないだろう。と言うか、そのサイズは既製品じゃなくて特注品の域だ。布製魔装がある程度の自動サイズ調整可能だとは言っても、やはり限度はある。
「はっはっはっは! お気になさらず! 元より拙僧はレティシア様とアリア様の警護兼目付ですからな! 旅の良き想い出となる皆様の装い、眼に映すは既に過分な程の光栄と喜びを頂いておりますとも!」
相も変わらず豪快な声量で「あろは、とやらも少々鍛錬には不向きな衣裳ですからな!」なんて付け足しながら自身の禿頭をバシンと叩いて大笑するグラッブス司祭。やっぱりこっちでも筋トレを欠かす気はないらしい。
「いやはや、しかし女衆の皆様がたは実に華やか! 此度の"ばかんす"なるを彩るに相応しき可憐さかと!」
そのままさり気なく相棒の方を見ながら「何か感想を述べてはどうか?」と言った感じに首を傾げる。ナイスパスです司祭。
水を向けられた当人は、え、俺? 女の子の水着褒めるとかハードルが……なんて尻込みしてるが、他の男連中はニヤニヤしたり苦笑するばかりで助け舟を出す気は無いみたいだ。
「なら俺が最初に言うぞ! 姫ぇ! 大変におうぐぶふっ!?」
「うははっ、まーワシらも礼儀として感想は言うべきなんだろうが……こっちはあくまでおまけよ、最初に口火を切るのはお前さんっちゅーこっちゃ」
「そうそう、着飾った女子を褒める甲斐性くらいは見せなってね。終わったら遊び始める前に麦酒買いに行くから、はよ」
空気読まずに真っ先にリリィに向けて超反応を示した変態を抑え込みながら、《万器》と《赤剣》が口々に言い募る。
ちなみに《虎嵐》は即座に義娘の傍に寄り添ってガード。動作こそさり気ないが、その双眸は自国の頭領だろうがいざとなればブン殴るという気迫に満ちている。なんとも頼もしい父親だ。
で、口を塞がれて当然の様に抵抗する《魔王》だが、抑えてる二人が無言で銅貨を一枚ずつ渡すと、いそいそとそれを着ているアロハのポケットにしまって一旦は大人しくなった。素寒貧に近いのは出発前に聞いたが、それでいいのか魔族領筆頭。
この場で発言しなかったローガスは、素知らぬ顔で煙草をふかしている。口にこそ出さないだけで、その眼は「さっさと隊長達にリアクションしてやれよ」と相棒に訴えかけていた。
オレ達にとってはナイスアシストなんだけど、自分とっては薄情であろう態度な男達をみて、鈍ちん野郎は唸り声を上げる。
サラっと似合う、可愛いくらいは言う奴だけど、やはり水着となると勝手が違うらしい。なんというか、こっちをじっくり見る事への気不味さみたいなものを感じた。
それだけ視覚効果はあった、という事だ。
勿論、それは嬉しい。なんならガッツポーズしたくなる位に嬉しい――でも、折角こっちも転生してからの初水着だ。もうひとこえ欲しい。
そんな我儘と期待を込めて奴の顔を見つめてやると、相棒は若干眼を泳がせながら後頭部をボリボリとかいて、躊躇いがちではあるが口を開いた。
◆◆◆
おっふ……シアさんの期待の眼がプレッシャーナリィ……。
白眼を剥いて天を仰ぎたいところではあるが、金色の聖女様を筆頭に、水着に着替えた女性陣は殆どが俺の方をみてリアクションを求めているっぽい。
なんで俺が男性陣代表で感想述べるみたいなポジになってんですかねぇ! 女の子の水着を的確に褒めるべき部分をピックアップして賞賛する、なんて高等技能は脳みそに搭載してねぇんだよぉ! シンヤ君連れてこい!(偏見
似合ってる、可愛い。
俺に言えるのなんぞ、その程度だ。馬鹿でも脳死で出力される言葉くらいしか出て来ないんですけど。どーすんのこれ。
とはいえ、ウチの聖女様が感想を御所望である。精々足りない語彙を絞って求めているであろう言葉を捻り出すしかない。
「……で、どうだ! 自分で言うのもなんだけど、結構似合ってるだろ」
「ちょっとだけ恥ずかしいけど……折角の海だしね! どうかな、にぃちゃん?」
……まぁ、なんだ。皆、美人さんで更に華やかな装いになったのは確かなんだが、やっぱり俺が最初に眼を惹かれたのはシアとリアなんですよねぇ。
腰に手を当てて仁王立ちになる姉と、持って来たボールを両手に抱えて上目遣いで見て来る妹は、やはりこの集団の中でも特に目立つ。
ドレスのときもそうだったが、二人とも戦争が終わってちょっとした女の子らしいお洒落な格好にも手を出す様になってきた。御蔭様で視覚情報からの幸福度合いは最近上がりっぱなしである。
強い陽の下で見る二人の髪はそれ自体が淡く光を放っているようで、もうそれだけで滅茶苦茶目を惹く上にドエラい神秘的だ。でも日差しの強さが気になるので、後で二人にもリリィみたいな麦わら帽子を買わねば(使命感
あと姉妹で併せたのか、水着が同じデザインやね。上はホルタ―トップ、下はパレオを巻いている。
シアがライトブルー系でリアが薄いオレンジ――蜜柑色だ。イメージカラー的には逆な気もするが、髪色とのコントラストで寧ろ見栄えしとる……気がする。素人意見だけどな!
ハイビスカスっぽい花の髪留めも南国、って感じで良い。流石にこれは生花じゃなくて造花みたいだけど、これから海で遊ぶことを考えればその方がえぇやろ。
うむ、写真に一枚くらいは残したいな、マジで。味噌も醤油も水着も出来たんだからカメラ誰か作ってくれよ、金なら出すぞ! 貯金の四割くらいまでなら大放出してやらぁ!(他力本願
「ははっ、服や食い物みたいな文化方面とは別ジャンルだろー、それ」
「でもあったら良いよね。思い出の記念撮影とか、出来るならしたいし」
眼福過ぎて割と真剣にカメラ欲しい……と無い物強請りしただけなんだが、シアとリアは顔を見合わせてハイタッチしている。何処に喜ぶ要素があったのかはさっぱり分からんが、ご機嫌なのは確かだから失敗ではなかった模様。
で、その隣にいる《刃衆》の女性陣なんだが……先頭に立つ隊長ちゃんはワンピースタイプ――ただし、競泳用に近いシルエットの水着だった。
デザイン自体もエッジが利いてるというか、鋭い流線みたいなデザインが模様として入っとる感じだ。
少しだけ照れの入った表情で耳元に掛かる髪をかき上げる彼女の声色には、何処となく懐古が滲んでいる。
「泳ぎは昔から得意なんです……転移前に持っていた水着に似ていたし、懐かしくてこれにしました」
大分以前に近い長さになってきた黒髪をアップにして纏めた隊長ちゃんは、首にはゴーグルらしきものも下げていた。
なるほど、確かに砂浜や波打ち際で遊ぶというよりバリバリ泳ぐ気満々なスタイルだ。女性としては長身なのもあって実にかっちょいい。
あと、身体のシルエットラインがモロに出るから、別のスタイルの良さが際立っとる。近距離で見上げられると実によろしくない。こっそり《地巡》使わなきゃ(隠密感
こればかりは聖女様二人に無いものだ。隊長ちゃん本人にもシア達にもセクハラになるので絶対言わないけど。
しかし、水泳か。浜辺でわいわい遊ぶイメージが漠然とあったが、そういう事なら一回隊長ちゃんとガチで泳ぐのもいいかもな。
魔力強化ありだと開始一秒でぶっちぎられる未来しか見えないが、素なら俺も泳ぎは得意な部類なのよ。ゆーても競泳じゃくて遠泳――距離を泳ぐ方だけど。
「良いですね。それなら波の穏やかなときに一緒に遠泳してみませんか?」
おー、それもえぇね。ぶっちゃけ、波荒れたり途中でトラブルおこったら魔力強化解禁すればいいだけだし。
その時は是非、と笑顔になる隊長ちゃんに頷きを返す。個人的に釣りもしたいし、いやぁ、やりたい事目白押しで日程が忙しいことになりそうだ!
同じ過密スケジュールでも戦時と違って神経削る要素が全くないけどな! やっぱり平和って素晴らしいですハイ。
「兄様、兄様、リリィもお着替えしました。このうきわ、という遊泳用の道具も早く試してみたいです」
ピシッと手を挙げて背伸びまでしてアピールしたのはリリィだ。
青地に白い水玉模様のワンピースか。うむ、似合ってる。あしらわれた小さなフリルも相まって実に可愛らしい。
水着もそうだが麦わら帽子と浮き輪、水筒や各種小物を入れたちいさな肩掛け鞄と海辺のフル装備。隙がないな、花丸をやろうリリィ君。
「やりました義父様、花丸です」
「……うむ、今のお前は大変に愛らしい。それも当然だ」
力強く頷く《虎嵐》が義娘の頭に手を伸ばし、褒める様に帽子ごと頭を撫でてやっている。
親バカムーヴがすっかり板についとるなぁ……とはいえ、見ていて和むので悪いことは全くない。寧ろガンガンやってくれてよいぞ。
「大変にお似合いです姫! 全くイイ仕事をしてくれるぜ店長も! 控え目にいって最高かよ!」
あー、変態がとうとう我慢できなくなったか。
《万器》のオッサンと《赤剣》の拘束を振り切った《魔王》が、リリィの前にスライディング土下座で滑り込む。
そのまま眼前にあるちびっこの脚に手でも伸ばせばこの場の全員で袋叩きが始まるのだが、変態という名の紳士を地で行く男なのでそこら辺の一線は越えないという信用はあった。
それはそれとしてお子様の教育に悪い言動なのは確かなので、監視も必須だけどな!
感動と興奮でキッショいテンションになってる《魔王》を見て、保護者である《虎嵐》は勿論の事、《万器》達も奴の吐き出す台詞によっては再度拘束を試みようと微妙に重心が低くなっている。
「あの興奮の仕方を見るに、リリィの水着を選び直したのは正解だったな……」
うん? 最初は別のやつだったんか?
ポツリと呟かれたシアの言葉に、首を捻って聞き返す。
自身の髪をかき上げる我が友人の声色には、多分に苦笑の色が滲んでいた。
「店長がオススメした水着は幾つかあったけど……リリィが手に取ったのってスク水だったんだよ」
「素っ気ないデザインだけど機能美を感じる、って言ってたね、リリィ。流石にアレを着させるのは不味い気がしてレティシアと一緒に今の水着を勧めたんだ」
続く妹分の台詞も苦笑い混じりだった。そら正解だわ、お疲れさんだな二人とも。
シアによると旧スク水だったらしい。胸の部分にもしっかり白地の氏名記載する布地がついてたとか。《魔王》とジャンルは違えど、やっぱあの店長も変態だわ(確信
ちなみにその店長だが、流石に店を無人にするつもりはないのか憑いてきてはいない。いや、店自体がすぐそこだし、今もオペラグラスみたいなの使ってこっちガン見してるけど。
「……わぁ、本当に全部砂ですね。どうやったらお砂でこんなに立派な模型が造れるのでしょう。魔法より魔法です」
リリィは俺と鳥の合作である砂の城に興味があるみたいで、近くでマジマジと見つめている。含みの無い素直な賞賛は嬉しいね。
ゆーても短時間でこさえる為、砂を固めるのにちょっとだけ《三曜》を使ったりしたので純粋なサンドアートって訳でもなかったりする。物としては反則品って感じだ。
推しの幼女からキラキラした敬意の視線を向けられた《魔王》は昇天しそうな表情で喜んでるけどな。アロハに海パンの筋肉質の男が歓喜で身を捩っている姿は普通にキッショ! ってなるからやめて欲しい。
さて、お次は副官ちゃんとダハルさんなんだが……。
うん、何で君はてるてる坊主なん?
「やかましい駄犬」
かなり大きめのタオルを肩からしっかり被ってがっちり前を閉じている副官ちゃんが、半眼で唸り声をあげる。
「せめてリリィちゃんや隊長みたいな臍が出ないタイプならまだマシだったのに……」
「ふくちょーも往生際がわるーい。男連中も皆普通に水着穿いてるじゃん、この場じゃ普通だってフツー」
「無理だって言ってんでしょーが。手をわきわきさせんな、それ以上近寄ったら本気でぶっ飛ばすわよ」
ケラケラと笑いながらタオルを剥ぎ取りたそうにしてるダハルさんに対し、副官ちゃんはマジトーンで警告して一歩後退る。
あー……察するに水着が無理って事か。
まぁ、普及率から見てもそう考える人の方が多いわな。バリバリこの世界育ちなのに普通に着てるダハルさんの方が順応性高すぎってのはあるかも。
副官ちゃんは先にも述べた通り、タオルで膝まで隠したてるてる坊主だが、ノリノリで楽しそうなパツキンギャル騎士様の方は白のビキニで腰に長丈のパレオだ。褐色の肌に白地の水着が映えてこちらも非常に似合っている。
「このパレオっていうのも最初はいらないかなー、って思ったんだけどね。昔めんどー見てくれてた人がこんな感じのをよく腰に巻いてたから付けた感じ」
ほう、成程。流浪の民の民族衣装的なもんかね? 思い出に寄せたってんなら水着に抵抗がないのも納得だわ。
あんまり関わった事ないから詳しくはないんだよね。大分昔に大陸外から来た人達の子孫だっつーのは聞いた事あるんだけど。
ちなみに聞いた処によれば、流浪の民の踊り子衣裳なんかはこの世界基準では結構過激なデザインらしい。各地の劇場とかで見れる場合もあるらしいので、機会があればちょっと一回見て見たくは、ある……!
「やめた方が良いし。最高級になるとお貴族様相手の娼妃みたいな位置に収まる娘もいるけど、地位とか財力とか住んでる地域の社会的な信用とか、そーゆーの高い男も十分狙い目にされるよ?」
なら俺には関係ないじゃないですか。なんでその話題だしたんですか(真顔
何故か急に呆れた目付きになったダハルさんだったが、ちょっと思案する様に視線を彷徨わせ――直ぐにニヤリと悪戯っぽい笑顔になった。
なんとなく嫌な予感を覚えたが、俺が何かリアクションを取る前に彼女は腰に巻いたパレオを摘まみ上げ、その下にある脚の膝を曲げて突き出す。
褐色の健康的な脚線美が腿の付け根まで露わになり、下の水着もチラ見えしてしまう。
……あ、結構レッグカットの角度が凄いの着とる。
隊長ちゃんの水着も競泳用っぽいデザインなので少し大胆な腰回りだったが、こっちは更に際どかった。
ぶっちゃけ男としては非常に嬉しい光景ではある。それは否定できない。
――が、それに何かの反応をする前に俺の背筋に電流が如き寒気が走る。アカンやつやこれ(白目
判断は一瞬、電光石火で首を真横にひん曲げようとしたが、隣にいたシアの方が早い。
ベチィン! という掌というより鞭の打撃みたいな良い音と共に、俺の視界が聖女様の平手で塞がれた。
ほ、ホアアアアッ!? め、眼がぁぁっ!?
め、眼に火花が散った気がした……!
地味に痛いやつを喰らい、思わず悲鳴をあげて顔面抑えて仰け反る。
「あっ……わ、悪い。つい反射的に」
幸いな事にシアの慌てた声と共に俺の顔面に回復魔法が飛び、痛みは直ぐに消えてなくなった。
何してくれはるんダハルさん! やめてよこういうの! おめめどころかいのちのきけんがあぶないでしょ!!(錯乱
迂闊に眼を開くと同じ事の繰り返しな可能性があるので、顔を掌で抑えたまま抗議の声を上げる。
それに対し、声からして悪びれてないギャル系騎士様はやはりケラケラと笑いながら言葉を返して来た。
「ほれこうなったー。もし行ったら行ったで今より痛い目見るのは確実だゾ☆ やめとけーワンコくん」
「おまっ、それなら口で言えばいいだろシャマ! なんでわざわざ下を見せてんだよ! つーかハイレグかよ!? なんてもん穿いてんだ!」
「フッ……実はあたしちゃん、何をかくそう脚にはちょっと自身がある!」
「開き直んな!? この手のエグいのを躊躇なく着れるとか本気で順応性高いなコイツ!」
掌で封じた視界の中、シアが詰め寄り、けどダハルさんにサラっと流されてる声が耳に届く。
ちょっと長引きそうなのでそのまま右脚の踵を回転させて身体を反転。身体ごと視界を逸らしてようやっと顔を覆っていた手を下ろす。
そうなると自然、俺達のやり取りを眺めていた連中と眼が合うことになる。なんか皆、全体的に視線が温かった。《万器》のおっさんだけは腹を抱えて爆笑してるけど。
「ぶっははははっ、はははは! うははっ! ゲホッ、ヒー……ブフゥッ!! いやぁ青春っちゅーやつだのう! ウチの大将とは別種に見てて飽きんわ!」
おいコラおっさん、笑い過ぎやろ。どこにえずくほどツボに入る要素あった。
奇妙に柔らかいトーンな隊長ちゃんの声と、彼女の声を聴いてさっきまでの余裕が剥ぎ取られたダハルさんの声をBGMにしながら笑い上戸みたいにゲラゲラと声を上げ続けるおっさんにツッコむ。
リリィに砂で像や建物を作るコツを教え始めた《魔王》と、それを見張っている《虎嵐》は置いておくとして……他の連中もなんでそんな目やねん、そんな視線を向けてくれるなら最初からフォロー入れて、どうぞ。
「まぁ頭領と違って主に自分で被害を被ってるしね。笑って見ていられるのは良い事だよ――辛口の酒が欲しくなるけど」
「実に穏やか、心温まる光景ですな! この様な時間が永く続かんと、創造神への祈りと鍛錬に益々熱が入る思いです!」
ブレないアル中と楽しそうと言うより嬉しそうな筋肉ゴリラ。こちらも二人並んで妙に生暖かい視線と共に頷いている。顔面に鞭打喰らうのは穏やかと言わないと思うんですけど!
ローガスだけは魔法で生成したらしき氷をタオルで包み、俺に手渡してくれた。
「ホレ、一応やるよ。レティシア様が癒したみたいだが……」
うん、痛みとかヒリヒリ感は綺麗さっぱり消えたけど、その心遣いは嬉しい。ありがたく受け取っておきます。
「おう、持っとけ持っとけ。なんとなく、この一回で終わらない気がするしな」
うぉい、不吉な事言うのやめてくれません!?
実は俺もちょっとそんな予感がしてるけどね! 杞憂で済ませたいのに予感を補強してくるのやめてくだしぁ!!
実際、何時の間にやら自分以外の女性陣に囲まれ、もう完璧に引き攣った感じになってるダハルさんの声が背後から聞こえてくる。
絶対振り向かんぞ、迂闊に振り返ろうものなら予感が現実になる未来しか見えん(確信
だが、この手の予感というのは、何をどうしようが向こうの方から強引に視界に入って来るものらしい。
「――ほう? この時期に観光客の類などなんとも珍しいと思うたが……随分と愉快な一団よ、各国剛の者が揃い踏みではないか」
妙にヒートアップしてる女性陣が一旦落ち着くまで、極力そっちを見ないようにして会話をしていた俺含む男共は、海の家の方向から唐突にかけられた声に驚く事となった。
砂浜を優雅に歩いて来たのは、従者に大きな日傘を翳させた長身の女性だ。
従者の娘の方は、その役柄のせいか、このクソ暑い中でも正装に近い格好をしている。流石に上着は脱いで白い襟高のシャツではあるけど。
以前に見た時にも陽の下が似合うと思った蜂蜜色の髪は、快晴の日差しの下だと思った通りにキラキラと輝いて綺麗だ。とはいえ、彼女の種族的にこの陽光の強さは大丈夫なのかとちょっと心配になる。
――で、主である女性の方だが……その服装は以前に見たワインレッドの豪奢なドレスじゃ無い。場に合わせたのか、身軽そうな白いサマードレスだった。
濃藍の髪は足首に届きそうな程に長く、豊かで、同時にこの日差しですら吸い込みそうな程に色濃く、艶やか。
肌は白い。いっそ病的な程に。だというのに不健康なイメージは全く受けず、髪色とのコントラストが鮮烈ですらあった。
切れ長の紅い瞳と、黄金比という単語をそのまま顔面に変えたような白皙の美貌――と、蠱惑的な笑みを浮かべる口の端から覗く牙。
人外染みたレベルで整った容姿と、それに見合うだけの傲然とした女王の如き立ち振る舞い。
まぁ、此処まで言えば分かるだろう。唐突に現れたやべぇレベルの美人とその従者の少女は、俺の知り合いだ――そしてほぼ間違いなく、魔族領の面々にとっても。
「久方ぶり、と言うべきであろうな《聖女の猟犬》よ。我が従僕から壮健であったとは聞いたが、死出の旅の終着先より還った者を見るは、此の身をして初めての経験よ」
ゆっくりと見せつける様に片手で長髪をかき上げ、女性――吸血鬼の長にして魔族領西部を統括する公爵様は、空いた手を腰に当ててふんぞり返ったのである。
店長
水着を布教すべく、魔族領南部に偶に出没していた模様。その甲斐あって多少は認知される様になってるし、実は去年、魔族領におけるパトロンもゲットしている。
店を構えている教国からは頻繁に行ける距離ではないのだが、個人用の《門》の魔法を習得しているのでそれで行き来していたらしい。
職人としての技量、最高位に近い魔法の習得とマルチな天才。その代償とばかりに常識と自重が脳からオミットされている人種でもある。
規模やレベルが違えど、その性質は分類的には《魔王》の同類に近いので、出会えば意気投合するのは必然であった。
駄犬のいう通り、その邂逅は混ぜるな危険。教皇は苦笑いし、帝国皇帝は頭痛を覚え、《亡霊》の胃は絞った雑巾みたいな事になる。
聖女姉妹&エルフ幼女
どっかの犬がグラっと来るような水着を選ぶべく、相談中。
姉の方は他人の目も気にして選んでるが、妹は姉がいなかったらかなり攻めたものをチョイスした可能性があった。でも着た後で「そういえばにぃちゃん以外も見るじゃんコレ!」と気付いて羞恥で悶絶する。
エルフ娘は様々な経験をして、好奇心強めな子になりつつある。自分もお着換えの許可をもらって御機嫌。《魔王》は親御さんと女神に感謝の五体投地を捧げた。
《刃衆》女性陣
鬼の副隊長がなんだか初心い反応をしているぞ! 面白いからイジっとけ!
そんな感じで戯れている最中。尚、隊長の方はともかく部下は帰ったら地獄の訓練に連行される事に思い至っていない。
非常時や戦闘時のスイッチが入ってれば下着姿で大立ち回りもしてのける副隊長だが、どうやらプライベートでは下着レベルに露出の多い格好とか絶対無理、という認識だったらしい。
ちなみに共感してくれる相手はその場にいなかったものの、現時点だと異世界現地人としては彼女の意見の方がまだまだ多数派である。
女公爵様
何故この場にいるのかは次回語られる。
尚、旅行の面子にはバチクソに仲の悪い鳥がいるのでド修羅場になるのは確定であった。