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濃すぎる奴らの挨拶




「じゃ、点呼とるぞ。オレが一!」


 醤油が手に入って上がったテンションを引き摺ったまま、シアが溌溂と手を挙げて宣言する。


「ボクがにーっ!」

「では拙僧が三ですな!」


 同じくテンション高いままでリアが続き、普段から身体に劣らず声のボリュームもデカいガンテスが倣う。

 二人並んで拳を元気よく天に突きあげる様になんか既視感。そういえばいつぞやも三人でやったなコレ。あ、俺は今回四でオナシャス!


「ごー。出発前から元気全開ねぇ」


 平常寄りではあるが、ちょっと楽しみなのは確かなんだろう。副官ちゃんも軽く手を挙げてノってくれる。こういうのは皆でやるのが大事だからね!


 はてさて、出発前に転移・転生組にとって懐かしの調味料をゲットするという喜ばしいサプライズを体験した俺達であるが、いよいよ魔族領に出発のお時間がやってまいりました。

 教国の先発組はシアリアと俺。あとお目付け役でガンテス。途中で一時的に抜ける事もあるかもしれんが、基本最初っから最後まで参加する事になってる。

 総合で十日くらいの日程だが、《門》を用いた日帰りコースなんかの後発組もぼちぼち後から合流する予定との事。

 帝国組も似た様なモンらしい。帝都王城からの一時的な避難も兼ねている隊長ちゃんと副官ちゃんに関しては、今日明日から最終日までほぼ泊りがけで滞在するそうだ。実質長めの休暇やね。


 シアの魔力を注がれて起動した転移の魔導具は、煌々とした光を放ちながら空間を繋げる《門》を開いて俺達の通過を待っている。

 大聖殿に《門》が開かれるなぞ、よっぽど危急の事態でもなければ普通は無い。これまでは、だけど。

 そんな訳で珍しい光景なのは確かだ。通りすがる聖殿内で勤務してる人達は興味深そうに見てる人も多い。

 物見遊山で近寄って来ないのは、見送りとしてミラ婆ちゃんがいるからだろう。


「数日後には猊下が向かう予定ですので、私はお目付けとして同行します。ガンテス、お二人と彼の監督を頼みましたよ」

「お任せを! しかし、ミラ殿も招待状を受け取った身なれば、猊下の目付ではなく参加者として向かってもよろしかったのでは?」

「異世界の言語で言う処のバカンス、でしたか。正直、性に合いません」


 相も変わらず鉄面皮な我が姉弟子殿は、眼鏡を指先でクイッとして、眉一筋動かさずに個人としての参加を「ガラじゃない」と切って捨てた。


「そもそも私は現役時代、魔族領(あちら)の方々に顔が知られ過ぎています。道行く人々に頻繁に手合わせを挑まれては、休暇も何もあったものではないでしょう」

「あー……そういう……」


 シアが理解したとばかりに頷き、俺とリアも納得がいって顔を見合わせて苦笑い。

 住んでる連中がほぼ長命種なので、婆ちゃんが前線で大暴れしてた頃を良く知ってる奴も大勢いるだろうし、確かに注目度は高そうだ。

 シアやリア、ガンテスもそういう意味では大差ないのだが、教会の聖女と司祭っつー偉い肩書がある三人と違って姉弟子様は公的には只のいちシスター(笑)だからね。喧嘩売る為のハードルが低いのだ。

 戦場で戦う一介の戦士、という立場への拘りが魔族領では厄介の種になってる感じか。エンジョイバトル勢にニッコニコで絡まれて、内心で辟易するミラ婆ちゃんとか想像するだけで草。怖いので絶対口にしないけど。


「レティシア様とアリア様におかれましては、あちらの人々の気質に中てられて羽目を外し過ぎぬ様。騎士アンナ、南方は内陸の人間にとって新鮮な驚きと魅力に溢れているでしょうが、同様に面食らう物も多い。注意なさい」


 順繰りに小言を飛ばす婆ちゃんの視線が、最後に俺で固定された。


「貴方が一番心配です。妙な事に巻き込まれたり血の気の多い方々に絡まれない様、注意を払う様に。何かあれば姉妹の御二方かガンテスに報告する事。私がそちらにいる日ならば対応するので直ぐに報せなさい。それと、故郷の調味料を手に入れたからといって食べ過ぎるのにも気を付ける事です。魔族の一部の方達にしか食用に適さない物もありますからね。肥沃ですが危険も多い土地です、興味本位や勢いでの行動は控え目になさい。あとは――」


 ちょっと待って、俺にだけ多くない?(白目

 もう後半になってくるとご飯食べる前にしっかり手を洗えとか、宿に帰ったら手洗いうがいしろとか、既にお泊りに出掛けるお子様への注意事項やんそれ。

 なんか最近、ミラ婆ちゃんがちょっと過保護というか、俺に対するお小言の内容が低年齢向けになってる気がするんですけど。どんだけ信用ないの俺。泣くぞコラ。

 そしてそこの姉妹と騎士、なに笑い堪えてんねん。魔族領にいる間、飲み物口に含んだの見たら即座に変顔芸仕掛け続けるぞオイ。

 ガンテスのおっさんはおっさんで、物凄いニコニコして見てるしよぉ。前に俺が婆ちゃんにKAWAIGARIされたとき並みの満面の笑みだよ、見てて何がそんなに楽しいんですかねぇ!


「ハッハッハッハ! ミラ殿、時間に余裕はあれど、諸注意の喚起はそれ程で留めておいては如何でしょう? 猟犬殿も嘗ては伝令・伝達役として各国間を駆け抜けた事がある身。風土の違う土地における心身を保つ立ち回りはとうに身に着けておられるかと!」

「……確かにそうですね、出発前から気を殺ぐのもよろしくない」


 お、それでも流石に長いとは思ってたみたいだ。

 ガンテスの御蔭で婆ちゃんの長い注意喚起が終わったし、漸く出発できそうだ。

 つーか姉弟子殿自身も、振り返ってみればちょっと話長いとは思ったのだろう。びみょーにバツが悪そうである。

 それを誤魔化すか、或いは切り替える様に、彼女は軽く咳払い一つして。


「では、行ってらっしゃい。本当に色々と気を付けるのですよ」


 えぇ……いうてミラ婆ちゃんも数日後には来るやん。

 でもまぁ――分かりました。ほんじゃ、行ってきます。


 見送りの姉弟子に、代表して俺が返事して片手を挙げ。皆も手を挙げたり頷いたりして「行ってきます」を告げる。

 そうして、俺達は光輝く《門》へと歩き出し、その向こうに拡がる遠い地へと足を踏み出したのだった。







 あの《魔王》の発案だし、《門》を潜った途端にいきなりトンチキな場所にドーン! なんてパターンも考慮してたんだが……意外や意外。

 光を潜った先に待っていたのはそれなりに立派な建物――おそらくは応接間であろう大部屋だった。


「……ちょっと警戒してたんだけど、流石に招待して妙な事はしなかったか」


 拍子抜けした様に呟くシアの言葉も宜なるかな。あの鳥の普段の言動が言動だからね、仕方ないね。


「もう南方なんだよね? この部屋の様式もボクは見た事ないし」


 珍しそうに室内を見渡すリアの言葉に、俺も首肯した。

 魔族領内なのは間違いなさそうやね。部屋の内装や家具がそれっぽいし。

 柱時計の上にハンティングトロフィーとしてバカでかい牙が飾られてるし、暖炉の前に敷いてある毛皮は耐火性の高い大型魔獣のソレだ。

 他にもチラホラと高位の魔獣から取れる素材を用いた物が見える。家具や建築資材にその手の素材を多用してるのは南方方面の特徴だ。特に最初に挙げた牙は竜のやろ、多分。

 サイズからして最上級の品なのはほぼ確定。ファーネス辺りが見たら涎垂らしながら金貨の大袋叩きつけて買い取ろうとする、と言えば多少は素材としての価値が分かるだろうか?

 ただのインテリアとして置いとくとか普通の国はやらん。《災禍の席》の誰かが個人的に狩って深く考えずに飾ったんやろな。


「お、教国の第一陣も来たー」

「お久しぶりです、先輩」


 おんや、この声は。

 俺達が出てきた《門》を挟んだ反対側から言葉を掛けられ、振り返ってみるとそこには既に先客がいた。

 まぁ、言う迄も無いってやつだ。応接間にコの字型に設置されたソファに座っているのは、隊長ちゃんを始めとした《刃衆(エッジス)》の面々である。


「そっちも来てたか。今回はよろしくな」

「お久しぶりです。皆で楽しくやろうねっ」


 シアリアの挨拶を皮切りに、教国と帝国、其々の現行メンバーが口々に挨拶を交わした。


 副官ちゃんもそうだが皆、見慣れた隊服姿だ。まぁ、最初は《災禍》の連中に挨拶から始まるだろうし、正装でって事だろう。

 実際俺達もいつもの格好だし。遊ぶときの着替えは当然持ってきてるけど。


「隊長、こっちに来るのは明日って……」

「代理業務をしてくれてるネイトさんの補佐に、トニー君が入ってくれたの。『気にせず今日行って下さい』って」


 喜色を浮かべつつも不思議そうな副官ちゃんの疑問に、席を立ってこちらに歩み寄って来る隊長ちゃんが応えた。

 それを聞いたアンナ先生、訝し気な表情になって首を捻り。次いで半眼になってソファに座る部下の一人――見た目ギャルっぽいパツキン褐色肌な女騎士へと、じろりと音が聞こえてきそうな視線を向ける。


「トニーの奴は明日隊長と一緒に来る予定だったと思うんだけど……なんで中日から参加予定のアンタが初っ端からいるのかしらねぇ、シャマ?」

「仕事押しつ――変わってもらったから!」

「おいコラ、私と隊長の目を見てもう一回言ってみろ」


 圧のある上司の言葉に怯みもせず、いっそ清々しい程に堂々と胸を張る女騎士ことシャマダハル嬢。肝太過ぎワロタ。


「ちゃんと交換条件出してトニーの奴には了承もらってるし! 御蔭で年越しと年明けの夜間警備を代わりにやる羽目になったけど……後悔はねぇ! 常夏の海があたしを呼んでいるっ!」


 啜っていた紅茶のカップを中身が零れんばかりに勢いよく掲げる彼女は、べらぼうにテンションが高い。

 余程今回のバカンス擬きが楽しみらしいね。まぁ《魔王》主導っつー時点で不安はあるが、俺も楽しみにしてる事は多いので気持ちは分かる。


「若い連中は元気だねぇ……冬も近いし、寒いよりは良いのはまぁ確かだわな」


 暖かいお茶をチビチビと飲みながらしみじみと呟いたのは無精髭生やした壮年の魔法戦士――ローガスだ。

 結構意外な人が来たな。アンタ任務以外では帝都からあんまり出ないタイプだと思ってたんだけど。

 これはローガスが出不精というより、彼らのお膝元である帝都が大陸中の都市で一番の都会だからだ。

 特に飲む・打つ・買うの真ん中以外をこよなく愛する独身満喫おじさんとっては、地元が一番その手の品や店が充実しているのである。


「こっちにゃ珍しい葉巻とかもあるからな。どっちかってぇと土産物を買い込むのが目的だよ、俺は」

「まーたケムリ目的かよこのヤニカスおじさんはー。そろそろ一回くらいレティシア様達に肺を浄化してもらったらー?」

「お前ね? 平時に聖女様に癒しをお願いするとか喜捨に幾ら掛かると思ってんだよ。貯金が根こそぎ吹っ飛ぶわ」


 嫌そうに顔を顰めて文句を飛ばすシャマ嬢に対し、もっと顔を顰めて返すローガス。

 ありがたいことに、俺自身は聖女本人が普段からぽんぽんベホ○ズンしてくれる身なので馴染みが薄いんだが……確か喜捨の額自体は普通よりちょい上、程度やで? 代わりに一定以上の高位僧の推薦状とか認可状とか、必要なモンが滅茶苦茶多いらしいけど。

 それも本人が自発的に診るって言い出したら要らんみたいだしな。どっちかっつーと、不特定大多数の人間が我も我もと聖女様の癒しを求めて押しかけてこない為――要は建前にも近い規則だ。


 しかし土産ねぇ……多分、"買う"のは別のモンもあるんやろなぁ。


 遠い異国――しかも他種族国家の風俗とか、娼館通いが好きな人間には興味津々な話だろう。この場の面子は女性陣の比率が高いので口には出さないし、出せんけど。

 就いてる職的にもそこそこ以上に金持ってるだろうし、安くて変な店とかには行かないだろうが……行くにしてもちゃんとしたトコ選びたまへよ? 旅行先で街歩いてたら身包み剥がされた知り合いがパンツ一丁でゴミの中に埋もれてたとか草も生えんし。

 俺もなぁ、もし一緒に行こうぜとか誘われちゃったらなぁ……正直興味ないとは言えねぇからどうしようかなぁ!(皮算用 

 やっとこ平和になったし、身体も健康に戻った事だし、そろそろ童○という名の呪いの装備外しても良いと思うんだ。彼女いない歴=年齢の男がこれを解呪するのは大変なんだよ察しろ。

 まぁ、いうて皆と遊ぶ方が優先なのでしょうもない冗談というやつだ。

 いや、呪いの装備自体はマジで外したいけど。呪装はラヴリーマイバディだけで十分どす。


 二人のやり取りを眺めつつそんな事を考えていたら、隣のシアがいきなり手を伸ばして頬を抓んで来た。なんやいきなり。

 大した力は籠ってない軽く引っ張る程度のものだが、唐突なのもまた事実。

 なので理由を聞いてみるも、我らが聖女様は半眼で人の頬をむにーっと引っ張る。


「なんだかこうした方が良い気がした。お前今、なんか変な事考えただろ?」


 やだ、この聖女ちょうするどい(戦慄

 や、やっぱりシアさん的には友人が抜け駆けして卒業するのは許し難いんでしょうか? 身体的な性別が変わった以上、ジョンの卒業式は物理的に不可能なので流石に諦めて欲しいんですが!

 そういや、酒の席で馬鹿話として平和になったら生やす魔法を探してみるか、なんて言ってた事あったっけなぁ……。

 とか過去に思いを馳せつつ、頬を伸ばされるが儘の俺である。


 立ったまんま話もなんだと言う事で、隊長ちゃん達が座っていたソファに俺達もケツを下ろそうとしたが……《門》の起動を感知した魔族領の出迎えは直ぐに部屋にやって来た。


「……すまない、補佐殿に定時連絡をする為に場を抜けていた。ようこそ、我らの国へ」


 おぉ、迎えは《虎嵐》だったのか。オッスオッス、お久しぶり。

 現れたのは鍛え上げた体躯の獣人の戦士――以前、界樹絡みの一件で大陸中央の大森林まで向かった際に共に行動した人物である。

 寡黙で無骨、けど嫁さんのシグジリアと義理の娘のリリィを滅茶苦茶大事にしてる良い漢だ。こっちには彼と顔見知りの面子も多いし、今回の案内役として抜擢されたんだろう。

 いやー、元気そうで何よりだ。嫁さんとそのお腹のお子さんはその後のどうなのよ?


「あぁ、医者の見立てでは母子ともに健康、だそうだ」


 口元を引き結んだ厳めしい表情を幾らか緩ませ、嫁と子供について語る彼と再会の握手を交わす。

 シグジリアは流石にはっきりと身重な状態になってきたので、現在は産休って事で魔族領の戦士としてのお仕事も完全にお休み中らしい。まぁ当然だわな。

 ダハルさんの代わりに帝都に残ったトニーがこっちに来れるのかは分からんが、可能ならあの時の男三人で飲みにでも行きたいもんだ。

 俺達の会話を聞いていたリアも満足そうに頷く。大森林から帰るギリギリでシグジリアの妊娠が発覚したので、帰り道は彼女の体調をいっとう心配して気ぃ揉んでたもんなぁ。そーゆー分かりやすい優しいところ、にいちゃん好きよ?


「リリィから近況を聞いてはいたけど、良かったぁ……あ、でも、こっちにいる間に一回くらいは健診しても良い?」

「勿論だ……聖女殿の診断と癒し、こちらから頭を下げて願いでたい」


 (おとうと)分の言葉を力強く頷き返して快諾する《虎嵐》。聖女様のCTスキャンばりの精査と回復魔法なら並の術者なら見逃す箇所もばっちり癒せるしな。旦那・父親としては有難い話だろう。

 先に挙げたトニー君以外はあの時の面子も揃ってるし、一回くらいはシグジリアの顔を見に行きたいとこではあるね。母子に負担掛かりそうなら自重した方が良いだろうけど。


「問題は無い。猟犬殿には(リリィ)が世話になっている、シグジリアも会って改めて礼くらいはしたいと言っていた」


 微かにだが口角を上げて《虎嵐》が言ってくれる。嬉しいやら面映ゆいやら。

 俺も半ばその場の勢いで、シグジリアの赤さんに女神様印の聖気をぶっぱしちゃったからなぁ。

 将来、下手な聖職者以上にそっち方面に適正が生まれるのはほぼ確定してるし、気にはなっていたのよ。エルフの老害連中がいちゃもん付ける隙を欠片も与えない為もあったんで、後悔とかは一切ないんだけどね。

 なんといってもこの世界を作った神様印の祝福だ。普通の子より頑丈になったり回復力も高まったりしてる筈なので、悪い事は無い筈。

 何はともあれ、といった感じで《虎嵐》は再度頷き、教国の面々+副官ちゃん――要は今やって来たばかりの面子をぐるりと見回した。


「……先ずは、上階の大広間に来てもらいたい。我らの頭領もそこで皆を待っている」







 大体予想はしていたが、やはり《門》の接続先は魔族領にある王城の一室だったらしい。

 直接王城に繋ぐとか警備上の安全的に問題ないんだろーかとか思ったが、《魔王》は最初、自分の部屋に繋ごうとした模様。

 なんで国家元首の私室に、下手すりゃ狼藉者が飛び込んでくるかもしれないリスクもある《門》を設置すんねん、って話だが、あの出鱈目バードからすれば「襲撃者がいても自分が相手すれば一番早く被害無く終わる」って認識なんやろな。

 実際本人が熟睡中だろうが油断してようが、《門》から飛び出て初っ端の不意討ち一発で《魔王》に深刻な痛打を与えられそうなのって、多分世界にお師匠しかいねーし。そもそも不意討ち自体を成立可能なのが最低でも人外級からやぞ。

 外観は以前に訪れた記憶とそう変わる事無く、魔族領の中心たる王城は白亜の城というより頑強・剛健な城塞といった風情だ。

 石壁が所々真新しいのは……まぁ、お察しと言うやつだ。毎回幹部連中の喧嘩でぶっ壊れてりゃそらそうなる。

 多分、修繕に関わる人達って城壁の修復とか建物の建築に関しては、帝国の工兵部隊以上に練度高そう。長命種だから大工歴三桁年の人とかゴロゴロいそうだし。


 やっぱり城というより砦っぽい螺旋階段を上り、今回の発起人が待つ上階へと俺達は向かう。

 先頭に立って案内してくれる《虎嵐》によれば、《刃衆(エッジス)》の面々は既に挨拶を終えたとの事。

 自分の部隊がもう面通しを終えてると聞いて副官ちゃんが焦っていたが、《虎嵐》はそれも「頭領が唐突に言い出した事」と言って逆に申し訳なさそうだった。

 フォローとかじゃなくて、多分マジな話だから副官ちゃんは気にせんでも良いと思うぞ。実際、隊長ちゃんだって何も言ってなかったやろ?

 詳細を《虎嵐》から聞くに、どうやら《魔王》が直接応接間にやってきて、そのまま軽い調子で挨拶を済ませてしまったらしい。

 公的なものではないとはいえ、帝国側としてはちゃんとした場所で挨拶したかっただろうに。いきなりやって来た国主にめっちゃバタバタする羽目になった隊長ちゃんの苦労が偲ばれる。

 幾ら平和になったからって、思い付きで行動するパターンが増えすぎやねんあの鳥。《亡霊》はマジでお疲れ様ですとしか言い様がない。


「《魔王》陛下も長きを生きる御方ですからな! かの大戦が大陸に戦火を拡げる以前から、蠢動する邪神の信奉者(あやつら)の影に憂いや憤りを抱いていた御様子。久方ぶりにそれらから解放され、浮き立つ心持となっておられるのでしょう!」


 わっはっはっはと、相変わらずなデカい声量で大笑するガンテスだが、語る視点自体は生来の人の好さが滲み出ている。あのロ○コンバードに関してはもうちょい辛辣でも良いと思うの。

 フリーダムが過ぎるので、多少雑に扱う位が丁度良い。まぁ、本人がそういう立ち位置になる様に意識してる部分もあるのかもしれんが。


「あのバグキャラがそこまで気を廻してるか? 本能の儘に生きてる様に見えるけどなぁ」


 シアの台詞も御尤も。実際、好きに生きてるのは確かだと思うよ。

 ただ、自分がストレスない振る舞いをするにしても、そのやり方を心得てるんだと思う。


 超越者としての処世術、とでも言うべきか。

 並び立つ存在がいない為、《魔王》は本来ならお師匠みたいな孤高・不可侵といった扱いになってもおかしくない出鱈目野郎だ。

 だけど、本人がくだけてるを通り越して粉砕されてつくして粉になってるような言動の為、周囲の連中との距離は近いし、持ってる力に対して抱かれてる警戒感は異様に低い。

 半分以上は素なんだろうが……要は敢えてやってる面もあるにはあるんだろうって事よ。

 生まれついての超越種って訳でも無く、只々アホみたいに才に溢れた突然変異が後天的に超越者に至った、というケースなんで、龍であるお師匠と比べて対人経験が豊富だ。

 自分を押し殺さず、自身の情動一つで洒落にならない甚大な被害を周囲に齎す事もなく、傍迷惑だが頼りになる頭領、という位置で魔族領という群れに混じって今も生きてゆけている。

 この匙加減は結構絶妙だと思う。自発的に霊峰に引き籠ってるお師匠と違ってふっつーに外国に出掛けたりとフットワークも軽いのに、諸国で《魔王》を危険視する声が出てないのがその証拠だ。

 そういう意味では、あの鳥はお師匠に霊峰以外での生き方、過ごし方を教える事が可能な唯一の存在ではあるんだよなぁ……罷り間違って二人が喧嘩とかおっぱじめると被害が洒落にならんので周囲が絶対にさせないだろうけど。


 左右を歩くシアリアに対し、俺なりの超越者二名への考察を頭の中でこねくり回しつつ語る。


「そんなモンかねぇ……それにしたってあの性癖は無い気がするけどな」

「にぃちゃんの予想が当たってても、小さい子が好きって時点で全部台無しになってる気がするんだよなぁ」


 それもまた御尤も。だから扱いは雑でいいっていう最初の結論になるんだよ。とどのつまりは今までと同じでえぇねん。

 最後尾で話は聞いていたんだろう、副官ちゃんがちょっと不思議そうに声を上げた。


「……なんというか、妙に《魔王》陛下の事に詳しいね。アンタそんなに仲良かったっけ?」


 そこまで仲良しこよしって訳では無いよ。ちょーっと個人的に話をする機会を作った事がある感じです。


 二年前、当時の俺が一番始末したいと思ってた邪神(やつ)に単騎で勝ちうる、なんて言われてた男だ。知り会う前から気にはなっていた。

 目的達成までの予定進行(チャート)を組むに当たって、最期の詰めの為の手札を欲していた俺にとって、お師匠と《魔王》――超越者二名と話をするのは必須項目だったのだ。

 結果的には収穫はあったってね。《魔王》本人からでは無いが、話した事を切欠として邪神(クソ)に届く切り札を手に入れる事ができた訳だし。


 これから遊び倒すってときに話す内容でもないので、そこら辺の事は思い返すに留めておいたんだが……シア達は何か察したのか、ちょっと不機嫌になってしまった。


「……いつかきちんと話せよ」

「過ぎた事だから怒ったりはしないけど……だんまりは駄目だよにぃちゃん?」


 ムスっとした顔のシアと、怒ってないという割にはなんだか怖い笑顔なリア。

 サーセン、他人のプライバシーな話題もあるので全部は無理です。

 けど、機会があったら話せる部分は話すよ……そのときは正座とかおしおきとかは勘弁してくれると嬉しいですねぇ!(切実


 わちゃわちゃと話していれば到着はあっという間だ。

 上階の中心部に到着すると、其処には鋼鉄製の立派な大扉があった。

 此処が大広間――所謂謁見の間、というやつだ。以前と同じやな、あっちこっち立て直してるとはいえ、部屋の位置自体は流石に変わってないらしい。

 扉脇で番をしている衛兵が《虎嵐》に敬礼し、頷きが返されると重厚な扉を開きに掛かる。

 重い金属が軋む音と共に大扉が解放され、その向こうにある景色が露わになった。


「……己の案内は此処迄だ。このまま進んで欲しい」


 一礼して脇に避ける《虎嵐》に皆で口々に礼を言いつつ、扉を潜って進む。

 大広間、謁見の間、とは言ったものの、やはり普通の城と比べるとそこまで広々とはしていない。

 左右の壁にある幾つかの窓の御蔭で光源はある程度確保されているが、外壁自体が分厚いのでやや薄暗い。その為か、石壁に沿う様に篝火が焚かれていた。

 分厚く、大きな石材によって形作られた壁と天井に金の縁取りがされた真紅の垂れ幕が掛かり、その全てに魔族領の印章が刻印されている。

 再三言うが、やっぱ王城というより前線にある城塞を雑に飾り付けた感があるわ。個人的には荘厳だったり煌びやかだったりする空間より落ち着くけど。


 俺達の足元――即ち入口から一直線に続く、これまた真紅の絨毯。

 その先にある、玉座というには適当に過ぎる、その辺の部屋から持って来たっぽいゴツくて重量感だけはある椅子に《魔王》は片膝立てて身を預けていた。

 脇を固めるのは魔族領最高幹部、《災禍の席》の戦士達――流石に全員では無く半数程だ。最も傍、頭領たる男の右隣には、筆頭補佐の《亡霊》が控えている。

 てっきり遊びに行くって事で準備万端な格好かと思っていたが、全員がしっかり武装してるな。どいつもこいつも人外級なので圧が酷い。

 玉座(笑)から立ち上がった《魔王》が、生き生きとした表情で声を張り上げる。


「よくぞ此処まで来た! 勇者達よ!」


 誰が勇者やねん。アホか。

 その台詞と本人のメッチャ楽しそうな表情で大体察して、ガンテスを除いた全員が半眼になった。

 気付いてないのか、或いは気付いていても気にしてないのか。

《魔王》はノリノリで謳いあげるように言葉を続ける。


「その勇気に敬意を表し、歓迎しよう! 盛大にな! ――さぁ、戦ろうぜ!」


 玉座の脇に立てかけてあった愛用の大剣を手にし、その切っ先を此方に突き付けた、その瞬間。

 無言の儘、《亡霊》がその後頭部に向けて手にした弩を向けた。

 下部に妙な機構が付いてると思ったが、どうやら弩じゃなくて魔力を圧縮して炸薬代わりにし、小型の杭を打ち出す代物だったらしい。

 ドンッ、という大鎚を叩きつけた様な短い轟音を響き渡らせて、射出された戦杭(パイル)が《魔王》の頭に炸裂する。発生した衝撃がビリビリと大広間の空気を揺らした。

 攻撃までの予備動作は無音にして限りなくゼロ。意も完全に殺した、完璧なる不意討ちだ。呻き声すら上げず、アホウ鳥は前のめりにぶっ倒れた。

 どうやらポンプアクションを取り込んだ連填式らしい。ジャコン、という音と共に魔力を貯めていた薬莢が排出される。浪漫の塊かよ、普通に欲しいんですけどその武器(ソレ)

 薬莢が澄んだ音を立てて床に転がり、《亡霊》が咳払い一つする。

 後頭部から煙を上げて倒れ伏している自分達のボスには目もくれず、何時も通りの黒塗りフルフェイスを此方に向け、柔らかな言葉が兜より零れ落ちた。


「お久しぶりですね、皆さん。ようこそ魔族領へ、今回はお忙しい中、唐突な誘いを受けて下さり感謝します」


 胸に手を当て、優雅な一礼。補佐の方がよっぽど貴族的なマナーを弁えてて草。

 一連の光景にリアは唖然とし、副官ちゃんは絶句している。そういやこの二人、地元での《災禍(コイツら)》のノリは初見か。

 一方で俺とシアは体験済みなので特に動じてない。ガンテスも既知だった様で、驚いた様子も無く《亡霊》に丁寧な一礼を返していた。

 ややあって、むっくりと《魔王》が身を起こす。大型の魔獣の頭蓋でも粉々になる様な一撃だったと思うんだけど、なんで普通に立ってくんのコイツ。


「……なぁ、《亡霊》」

「はい? 何ですか頭領」


 未だに煙を上げている後頭部を擦りながら、魔族の頭領たる男は自身の補佐に向けてのろのろと振り返る。


「いや、何ですかじゃなくて。今、凄い事しなかったお前?」

「気のせいですよ。それより招いた皆さんにキチンと挨拶をして下さい」


 抑揚に欠けた、凍った鉄柱が震動してる様な声色で即答され、「あ、ハイ」と即座に首を前に向け直す《魔王》。普段の力関係が透けて見えるやり取りで草。


「……じゃ、最初からやるか――よくぞ此処まで来た! 勇者たちヨ"ッ"!?」


 天丼ネタは許さねぇとばかりに、今度は側頭部に押し付けられたパイルバンカーが再度炸裂した。

 ズドォン! という着弾の轟音と共に、直立姿勢のまま横倒しにぶっ倒れる《魔王》。ジャコォン! と片手でリロードアクションを行う《亡霊》。


「頭領、私は『キチンとした』挨拶をして下さいと言ったんです」


 ズドォン! ジャコン! と再び音が続く。


「この短期間で各地の皆さんを呼びつけたのですから、それ位の礼儀は通して頂きたい」


 三度目のズドォ! ジャコン! 合間に薬莢が石床を転がる音が、軽やかに鳴る。


「頭領の思い付きを羅列したメモを実際の予定とすり合わせ、実現可能な日程を組んだ私と部下の苦労を汲むと思って。お願いしますから」


 コイツがテメーに"お願い"する態度だぜぇ! と言わんばかりに四回目のズドン。流れる様な排莢からの再装填(リロード)


(ちょっと、アレ大丈夫なの!? 《魔王》陛下の頭、物凄い勢いで跳ねてるんだけど!?)


 俺の服の袖をちょいちょいと引っ張り、ヒソヒソ声で聞いて来る副官ちゃん。

 確かに床に叩きつけたゴム毬みたいな挙動してんなぁ。胴と繋がって無かったらさぞかし高々と宙へ跳ね上がる事だろう。

 普通の生き物だったらとっくに首が捥げて爆散してるだろうに、意味分からんわあの耐久度。

 まぁ全然余裕なんじゃね? 頑丈さも大概だけど、あの鳥の一番エグいところって再生・復元・適応の能力が高すぎて致命傷って概念がほぼ無い事らしいし。

 つーか、これが魔族領における《災禍》の連中の平常運転ですよアンナ先生。いちいち気にしてたら疲れちゃうので慣れましょう。

 他の《災禍》を見てみたまえ。ダルそうに耳ほじって《魔王》がメッタ撃ちにされてるのを眺めてたり、「あれ鍛冶屋の新作?」「いんや、帝国のドワーフの工房で買ってきたらしいぞ」とかのほほんと話してたりと、これが日常の一部ですと言わんばかりの態度やぞ。

 俺に促され、副官ちゃんとリアは眼前のバイオレンス劇場と玉座の後ろで突っ立ってる幹部連中を見比べて、大体言った通りである事に戦慄の表情を浮かべた。


(こ、これが平常……外国の風習とか文化が違うとかそういうレベルじゃない……!)

(レティシアとにぃちゃんから話は聞いてたけど、実際に見ると凄い光景だなぁ……正気が削れそう)


 見てる分にはドエラい暴行現場……というより公開処刑と大差ない絵面だからね。そら初見は衝撃も受けるわ。

 ドン引きしている二人を見ると、自分達が慣れちゃいけないものに慣れてる様な気がしてきて、俺とシアは顔を見合わせて二人でちょっと遠い目付きになった。

 年の功ありきなのかもしれんが、これを眺めながら「ハッハッハッハ! 稚気に溢れつつも壮健な御様子で何よりですな!」とか普通に言えちゃうガンテスのメンタルが強すぎる。無敵かよ。


 で、それから一分ほど経過して。

 何度目かの戦杭(パイル)の発射と排莢が終わると、漸く《亡霊》は自国のトップの頭に向けていた砲口を下げた。


「皆さん、大変お待たせしました――さぁ、頭領。今度こそ真面な挨拶をして下さい。流石に三度目は看過できませんよ?」

「ここまでやっといてこれまでは見逃してたみたいな台詞やめない?」


 再度挨拶を促す《亡霊》の言葉に、当たり前の様に反応があった。

 後半になると床にめり込んで半分埋まってた頭をボコッと地面から引っこ抜き、普通に起き上がる《魔王》。

 流石に無傷とはいかなかったのか、顔のあちこちに擦り傷が出来て鼻血が出ている。それも顔面から煙が吹きあがって一秒で同時に元に戻ったが。

 ほんま理不尽な身体しとるなコイツ。常時秒間5パーセントリジェネみたいな回復能力とか、多分お師匠だって持ってねーよ。


 よっこらせ、と玉座に座り直した《魔王》は、露骨に残念そうな顔をしながら頬杖をつく。


「前に猟犬から聞いた魔王ロールってやつをやってみたかったんだがなぁ……折角皆でフル装備で待ってたのに……」


 おいちょっと待て、何言ってくれてんのアンタ。

 弁明や誤魔化しを行う暇すら無い。

 ボヤきにも近い呟きが聞こえた途端、こっちの面子の視線が一斉に俺に向けて突き刺さった。

 左右と背後から「元凶お前じゃねーか」みたいな目付きで凝視されるが……冤罪でござる! 以前本人の前で、ちょっとこっちの世界の《魔王》って俺の知ってる魔王っぽくないなーとかポロっと零した事があるだけでござる!

 そもそも何年も前にした他愛ない与太話を今になって実行しようとするとか思わねーだろ!? 俺は悪くねぇ! 俺は悪くぬぅぇぃっ!(巻き舌


「アホ犬はこう言ってるけど……レティシア、判定は?」

有罪(ギルティ)で」


 即決かよォ! 再審を要求する!

 副官ちゃんとシアの無慈悲な判定を覆さんと弁護してくれそうなリアに眼を向けるが、(おとうと)分は無言でそっと目を逸らす。ノゾミガタタレター!(白目

 魔族領の連中を尻目にギャーギャーワイワイと騒ぎ出した俺達だが、向こうも向こうで《魔王》の言葉に反応した《亡霊》が発言者当人に詰め寄っている。


「ちょっと待ってください。戦装束で出迎える様に言い出したのは、これが我らの正装が故――各国来賓への礼の為では無かったと?」

「え、うん」

「お前マジでふざけんなよ」


 当然じゃん? みたいな顔で不思議そうに頷いた自国の筆頭へ向け、筆頭補佐からマジトーン罵倒が飛び出た。その指先は背負った杭撃ち機(パイル)に再び伸びている。

 二人のやり取りを見て、他の《災禍》も肩を竦めたり笑ったりと反応は其々だ。


「ぶわっはっはっは! ウチの大将がそんな殊勝なタマかい! 流石に楽観が過ぎるぞ《亡霊》の!」

「ぶっちゃけ俺は予想がついてたけどな」

「あ、終わったんなら着替えても良いですか? 地元とはいえ、折角遊びに行くんだからもっとラフな格好にしたいんですけど」

「なんでもいいから早く現地に《門》開こう。あっちで売ってる麦酒(エール)の為に昨日から禁酒してるんだよあくしろよ」

「貴方達も分かってたなら言って下さいよ!?」


 好き勝手なことをほざく同僚連中の言葉を聞いて、割とお労し度高めな《亡霊》の抗議の叫びが大広間に響き渡る。


「畜生、なんで魔族領(ウチ)は問題児ばっかりなんだ! 人の胃に負担ばっかりかけやがって! 潰瘍で穴が空く前にお前らの額に穴あけてやろうかゴルァ!?」

「お! なんだ喧嘩か! いいぜ、出発前の景気付けだ! 戦ろうぜ!」

「いいからお前は大人しく座ってろ頭領(アホウ鳥)!!」


 キレ気味で叫ぶ筆頭補佐殿は、客人である俺達そっちのけで背に負った得物を手に取った。

 俺は俺で有罪判決を翻すべく悪足掻きの最中だし、シア達はそんな俺に対して呆れながらも楽しそうだ。

 そんな混沌とした場を眺めて、最初っから最後まで平常運転なガンテスが、うんうんと頷きながらバカでかい声量で笑う。


「旅行序盤にして前途多難ですな! ですが、これもまた長き行楽の醍醐味なれば、実に良き哉! 憂いなく友人と戯れる時間は年齢や種族、立場が違えど、同じく輝かしきものであると身に染み入る思いです!」


 このグダグダな状況を見て、心底朗らかな笑みでそう言えるのはマジで凄いと思うの(真顔

 ――が、正直俺の方はそれどころではない。


「《災禍》の連中が落ち着くまで暫くかかるだろうし、こっちもこっちで済ませるか。アリア―、左抑えろー」

「分かったー、にぃちゃん、動かないでねー」

「ふふん。騎士見習いだった頃から『お前のデコピンは洒落にならん』とまで言われたアンナちゃんフィンガーをお披露目するときが来たようね」


 ちょっ、やめっ……ヤメロォ! せめてお手柔らかにお願いします!

 判決は覆らず、副官ちゃんによるマジデコピンの刑を言い渡されて。

 悪戯っぽく笑うシアとリアに左右から頭を挟まれて固定され、これまた楽しそう――というか意地悪気に笑う副官ちゃんが、中指を親指で引っかけてギリギリと力を撓め始める。


 ――手配したっつー魔族領の南部に行けるのは何時になるんやこれ。


 そんな事を考えつつ。

 数秒後に痛撃をもたらすであろうその指先を見つめ、次いで広間の天井を仰いで、俺は白目を剥いたのだった。







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― 新着の感想 ―
解呪が難しい…? 間違いないのが4人 口説き方次第だと思われるのが1人 今は無理だと思うが今後のかかわり方次第なのが1人 …余裕じゃねえか!!
[良い点] 駄犬視点のお話はやっぱり面白いなぁ
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