表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/134

いざ、南方へ



「と、いう訳でね。《魔王》殿から各国の知人・友人に向けて文が送られたらしい」


 教皇のみが座る事を許された座――では無く、プライベートでもっぱら愛用している揺り椅子に揺られながら、爺さんが苦笑する。

 急過ぎて意味が分からんねん。何やってんのあの鳥は。


 聖都大聖殿は奥ノ院。教皇の爺様に呼び出された俺とシアリアは、いきなり渡された手紙について一通り説明を受けて絶賛困惑中だ。


「あー……つまり、『《門》を開く魔道具が複数手に入ったし、皆で集まって遊ぶのに使おう』って事か?」


 自身の淡い金髪をくしゃくしゃと指でかき混ぜながら、呆れを隠さない声色でシアが確認とばかりに問いかける。

 公的なお話や任に繋がる場であればもーちょいTPOを弁えた口調にもなるのだろうが、爺様から「ほぼ私用・私情の手紙だから」というお言葉を頂いている。そのせいもあって手にした手紙の扱いも態度も雑というか適当だった。

 あのロ○コンの思い付きから送られた手紙とか、もうそれだけでめんどくせー話にしか思えないからね、仕方ないね。

 気持ちは分かるとばかりに教皇(じいさん)が頷き、左手で伸ばした真っ白な顎髭をしごきながら逆の手で自分の分らしき手紙をひらひらと振る。


「まぁ、そうなるかな。発案はかの国の筆頭殿だが、補佐殿が各国に手紙を送る前に体裁を整えたらしくてねぇ……形式上では、あの一件で三国に分配された転移の魔導具の運用試験、という体になった様だよ」


 前にリリィが来た時の《門》の使い方を大規模にした感じか。

 アレも発案は《魔王》らしいし、流れとしちゃ不自然じゃないんだろうが……それにしたって始まり方が強引かつ残念過ぎて建前が息してないやんけ。

《亡霊》にしてはちょい仕事が粗いので、話が出たのが唐突過ぎたのかもしれん。

 一応はその建前を説明する手紙も届いたらしい。爺さんが「見るかい?」なんて差し出して来たので、代表してリアが受け取り、三人で手紙を広げて紙面を覗き込む。

 ……うん、大体聞いた通りの事が書いてあるな。

 発案は《魔王》だが、予定やプラン自体のブラッシュアップは《亡霊》や文官が行ったらしい。文面を見る限りではそこそこ普通な観光・小旅行的な感じに思える。


 尤も、あの鳥を知ってる奴ならこれを鵜呑みにするのが何人いるんだよ、って話だがな!


 あとやっぱり時間がなかったのか、直接的な表現は避けてるけど建前に関しては"そーゆー事にしといてください"的なお願い感が文面から滲んどる。平和になったのに相変わらず苦労してるな筆頭補佐。

 説明文自体は書面に起こしたのは部下なんだろうが、最後に《亡霊》の直筆と思われる文字で謝罪が書いてあった。


 曰く、『止められませんでした、申し訳ない』だそうだ。マジでお労しくて草も生えない。


 あのフルフェイスマンは、ワープロかタイプライターでも使ってんじゃねーかって位に滅茶苦茶綺麗な字を書く。

 なので、本来なら見れば一発で誰の字か分かるんだが……今回は妙に歪んでのたくり気味な文字なので最初、書いた人物が分からなかった。最後に本人のサインがなきゃ他の《災禍》が書いたと勘違いしたかもしれん。

 なんつーか、微妙にペンが震えた状態で書いた様な字というか……例えばだけど、腕や指が何カ所も折れてんのに無理くりに頑張って文字書いたらこんな感じになるんじゃね?


「……なんか《亡霊》さんに回復魔法かけるためだけに行ってみても良い気がしてきた……」


 同じ推論に至ったのか、めっちゃ同情してる表情(カオ)でリアが呟く。

 他の幹部連中にも出会い頭に辻ヒールしたれよ。多分いつもの喧嘩だろうから、同程度の負傷はしてるだろうし……まぁ、予定してある日付は十日近く先だから、俺達が向かった頃にはほぼ完治してるだろうけど。


猊下(ジイさん)、各国って言ってたけど他の面子は?」

「教国と帝国、大森林――要はあの一件で解決に協力した国だねぇ。教国(ウチ)だとトイル達とミラ、ガンテス。後はブランやチェルシーなんかにも届いたらしい」


 シアの質問に応じる爺様の言によると、他は帝国の皇帝陛下やレーヴェ将軍、第一騎士団や宮廷魔導士団の一部、《刃衆(エッジス)》の面々。

 サルビアを筆頭とした何人かのエルフにも送られたとの事。そーいや一個だけ教国の分をあの最長老殿にも渡したって話だっけ……全部合わせりゃ合計で何十人になんねん。


「全員参加、というのは現実的ではないだろうが……《門》を経由する事で移動時間なんかは極力削れるだろうからねぇ。日をずらして日帰りの予定で参加するという事も可能だと思うよ。実際、スヴェリア殿はそれで予定を組んでいるらしい」


 一応、僕も一日だけ参加する予定ではあるよ。と楽しそうな顔で続ける爺様。どうやら唐突に送られてきた文の事で帝国の皇帝陛下と遠話で連絡を取り合った模様。

 にしても、陛下も参加するってマジか。予想外だな。

 あの人も面白い事とか好きな人種なんだろうけど……あの大捕り物の事後処理もあって相当に忙しい筈だ。《大豊穣祭》は終えたとはいえ、他国に休暇とって遊びに行くとか難しそうだが……。


「遠話の際も捻り出せた時間は数分だけだったよ。忙しいのは確かなのだろうが……『自分が休まないとレーヴェが休まない』と苦笑いしていたからね。参加は其れが理由だろう」


 あー……そういう……。

 あの一件の真相やら黒幕に関しては、現段階だと緘口令が敷かれている。

 とはいえ、一応俺もあちこち奔走して問題の解決に多少なりとも貢献した身だ。真相に関しては口外しない事を条件に聞いとる。

 レーヴェ将軍にとっては身内の特大のやらかしと不始末だ。あの人の性格的に、後始末には粉骨砕身の心持で当たっているのは簡単に想像がつく。

 陛下が《魔王》の思い付きに乗ったのは将軍に気晴らしさせる為って訳やね。まぁ、自分も祭りの運営とその間のゴタゴタへの対応で忙しかっただろうし、リフレッシュしたいってのもあるのかもしれんが。

 爺さんの話を聞く限りでは、どうやら陛下を筆頭に、帝国側もぼちぼち乗り気な面子が多い様だ。所属とか役職の忙しさとかで日帰りか泊りがけか、個々に違うみたいだが。

 彼らは《大豊穣祭》を楽しむより開催・運営側として仕事してる時間の方が圧倒的に長かったし、ご褒美的な扱いで参加許可出したのかもしれんね。


「魔族領……南方の更に南部ってボク行ったこと無いなぁ……にぃちゃんは?」


 場所のイメージが上手い事湧かないのか、銀の聖女様が手紙を眺めて首を傾げる。

 そもそもリアは魔族領自体に殆ど馴染みが無い。いや、俺とシアが(おとうと)分が《魔王》にロックオンされるのを危惧して連れて行くの渋ってたせいなんだけど。


 てか、南部に関しては俺も足を踏み入れた事無いぞ。魔族領に関しては王都と西部の女公爵の根城以外は滞在してないし……シアはどうなん?


「あぁ、オレはちょっとだけなら……まぁ、なんだ。場所柄としてはファンタジー版の沖縄かハワイか、って感じだな。大陸でも南端に近いし、周囲に火山に繋がる地脈が多いのもあって年中気温が高い場所なんだ」


 若干言い淀んだのを見るに、()……何度目かは知らんが以前のループでの話なんだろう。

 単独でループしてた頃は行楽や余暇に時間を割く余裕なんてなかったらしいし、当時の状況をなんとか変えようと試行錯誤の一環で足を伸ばしたって事があるっつー感じか。

 現在は結果オーライな形に収まってるとはいえ、シアにとっちゃしんどかった時期の話だ。過去の記憶を脳裏から掘り返しているその姿は、いつもより若干テンションが低い。


 俺的にはスルーは難しいお顔だ。なので手を伸ばし、金の聖女様の柔らかな両ほっぺを指先で挟む。

 うむ、見た通りの流石の手触り。すべすべしていて柔らかい。こう、なんというか……良い感じに素晴らしい(語彙力


「なんで急に人の頬っぺたムニってんだよお前」


 表情が硬かったからね。ついね。

 頬を弄られるが儘、シアがジト目で見つめてくる……が、テンションは平常に戻ったようだ。何よりですハイ。

 ……どういう過去(きおく)があるのか、話してくれるなら聞くし、嫌なら聞かん。

 が、折角だ。どうであれ、ループ前よりは確実に良い状況であろう魔族領南部で、新しい体験や記憶を追加していく方が良いと思う訳ですよ。

 南部には沿岸地域もあるんやろ? 気候的にも聞くだけで心躍るやん?


「海で遊べるかも、って事だよね! 期待感あがる!」


 俺の言葉に元気よくノって来たのはリアだ。

 何時の間にやらこちらの背後に回り込み、おんぶする様な体勢をとった。なんだなんだ? 珍しく甘えん坊テンションかねアリア君。

 (おとうと)分は俺がシアにしている様に俺の頬を両手を使ってムニムニしている。なにこの光景、傍から見たら珍妙過ぎワロス。

 副官ちゃん辺りが見たら「まーたイチャついてるわこのトリオ」みたいな目を向けてくるんだろうけど、シアもリアも結構昔からこんなもんなので、これが身内相手の平常運転って事やろ。なので気にしない。

 まー、それは置いといて――実際、楽しみなのは確かだ。海が近いなら新鮮な海産物なんかにもお目にかかれるだろうし、久しぶりに釣りとかしてみたい。磯釣りは転移前(むこう)でも偶にやってたのよ。

 敢えて能天気な空気を前面に出して言い募る俺とリアを見て、シアもようやっと笑みを浮かべた。


「……そうだな。確認がてら思い切って遊びに行くのも悪くないよな」


 頷きつつ、さりげない動作でリアの両手を取って俺の頬から外し、代わりに自分の手で挟み込んでムニりだす。いや、何してんのお前。


「なんかオレもやり返したくなった。先に始めたのはお前だろ、甘んじて受けろ」


 あ、ハイ。すんません。


 反論不可能なのでアホみたいに棒立ちになり、大人しくその両手を受け入れる。

 大して柔らかくもなけりゃ傷痕もある俺の頬なんぞ弄り回しても楽しくはないと思うんだが、当のシアはなんか嬉しそうだ。

 ならば良し。ウチの聖女様が笑顔である、ならば全くそれで良いのだ(思考放棄


「なんだよー、横取り反対だぞー」

「えぇい、お前はおんぶされてるだろうが。頬くらいオレに譲れ」


 俺を挟み、軽い笑い混じりで姉妹(きょうだい)が和気藹々とした文句を飛ばし合う。

 訳の分からん取り合いやめーや、爺さんも見とるんやぞ。


 シアもリアも同世代、或いは年下の仲間や友人がいるときは幾らか周囲を気にしてるのか、もーちょい大人な態度なんだが……自分達だけだったり、年の離れた大人しかいない状況だとこうしたじゃれた絡みになる事が多い。

 良い意味で気が抜けてる、って事なのかもね。特に聖殿の年上連中には何故かこのパターンで怒られたことねーし。

 今も俺達のアホなじゃれ合いを爺様がやたらニコニコしながら眺めてるが……ミラ婆ちゃんやガンテスといい、眼前の教皇様といい、じゃれ合いで話の腰を折る様な形になっても絶対に止めないのは何でなん?

 後ろは首に腕を回して背にしがみ付かれ、前は頬を挟まれてグニュグニュ揉みしだかれ、今の俺は相当変な状態になってると思う。話が進まないので流石にそろそろやめたまへチミタチ。


「ふむ、それでは君たちも参加予定、という事でいいのかな?」


 珍しく好々爺然とした感じの空気だしてる老人の言葉に、子供みたいなスキンシップを中断して三人で頷いた。


「取り敢えず参加するって方向で。少し前に帝国から帰って来たばかりだし、頻繁に国外に遊びに行ってるみたいで申し訳無さがあるけど……」


 代表してそんな事を言うシアの言葉に対し、爺さんは髭を弄りながら朗らかに笑ってみせる。


「《大豊穣祭》は仕事も兼ねていたし、気にすることは無いよ。それに――君達が行ってくれると、僕も後から大手を振って参加できるからねぇ」


 俺らは自分が遊びに行く為の口実かい。まぁ、それだけじゃないんだろうけど。

 帝国の皇帝陛下とは真逆な発言をしつつ、教国の教皇猊下は悪戯っぽく笑って肩を竦めたのだった。










 ――で、あっという間に出掛ける当日がやってきた。


 天気は朝から快晴。場所は大聖堂前の広場。

 出発よりやや早い時間だ。初日から向かう面子は俺とシアリアのみだが、二人はまだやって来てない。まぁ、最期の荷物チェックとかしてるんやろ。あっちは暑いらしいから着替えも嵩むしな。

 俺の方は早々に来てなにやってるのかというと……待ち合わせというか予定がある――って言ってる傍から来たな。


「お、久しぶりー。またよろしく」


 あいよー、引っ越しお疲れ。


 広場に試験的に設置された魔道具が発動し、《門》の向こうからやって来た銀髪サイドテールな少女騎士――副官ちゃんの軽い挨拶に応じて、俺も片手をあげる。

 挨拶は軽かったが彼女の持ってる荷物は重い。なんせ小型とはいえ荷車を引いてるからね。

 遠い外国とはいえ、旅行に行くには大荷物過ぎるってもんだが……これ、再びこっちに出向してくる副官ちゃんが自室に置く為の私物も含んでいるらしい。


「やー、助かったわ。飛竜便は重量増やすと高くつくから、経費で済むもの以外はそんなに持ってきてなかったし」


 そのまま荷車を引き、渡り廊下の傍に車体を横付けする副官ちゃんは上機嫌だった。

 帝国では今回の魔族領への接続が、大量に手に入った転移の魔導具の運用試験の手始めらしい。当然、教国にはまだ繋いでない。

 なので、副官ちゃんは最初に帝国から魔族領に《門》を使って移動。その後に、俺達が魔族領に行く為の《門》を通って荷物を運び込んだとの事。

 ちょっと手間というか回りくどい感じもするが、《魔王》の雑な思いつきが罷り通る魔族領が特殊なのであって、本来は国と国との間に転移魔法の《門》を設置するのは細々とした許可や手続きが必要とされるもんなのよ。下手すればこの前潰した違法組織みたいに悪どい事に使いたい放題になるしね。

 実際、普通の移動と比べりゃ遥かに楽なのは確かだし、接続される転移魔法の規模にもよるが縦横幅が通れるサイズなら重量制限なんて無い。

 そんな訳で本日、魔族領に繋がる《門》経由で帝国と教国にルートが出来るのをこれ幸いと、副官ちゃんも色々持ち込んだらしい。

 ちょっと出発前に《門》借ります、と飛竜便(そくたつ)の手紙が聖殿に届いたのは知っていたので、手伝ってあげようとこの時間に待機してたって訳よ。

 ブーツやら服の関節部に中てるレザーやらの革製品を纏めた荷を抱えつつ、彼女と並んで廊下を歩き出す。


「旅行先は沿岸部なんだっけ? 実は私、海って見た事無いんだよねぇ……ちょっと楽しみ」


 お、そうなのか。俺もこっちだと遠目に外洋を見た事がある位だな。元居た世界じゃ偶に遊びに行く機会もあったんだが。


「マジか。やっぱり海ってしょっぱいの?」


 こっちの海もそうだとは聞くね。というか、潮の香りがやっぱ独特だよ。慣れない内は鼻につく人もいるみたいだけど、大抵は一日二日で気にならなくなるらしいから安心汁。

 そっちは後から隊長ちゃんとかも来れるんだっけ? 珍しく隊長・副隊長揃って数日泊りがけで行けそうとか聞いたけど。


「あー……それね。ちょっと()が騒いでるらしくて」


 めんどくさい記憶を呼び起こされたのか、上機嫌から一転して若干渋面になる副官ちゃん。ちょっと指先に力が入ったのか、片手で抱えてる枕らしき物に皺が寄る。

 雀っちゅーと……王城勤務の貴族とかその辺りか。この間の一件、《刃衆(エッジス)》は帝都でも貴族の邸宅が多い東区を受け持った訳だし、後からいちゃもんでも付けてきたとか?


「今回は貴族派閥の偉い人が陛下と同じ意見らしくてね。そういうのは無かったんだけど……まぁ、アレよ。ほら、舞踏会で私が疲れてた理由」


 んん? というと……息子を紹介したいとか言って来た人がいたってやつ?

 バルコニーでの会話は覚えていたので確認を取ると、あのときとおんなじ疲れた表情で彼女は一つ頷く。


「あれを切欠に、皇帝陛下の直属の騎士を家に迎えれば後々有用、なんて馬鹿な話が王都内の貴族間で再燃したらしくてね……私の巻き添えで隊長にまでそういった話が出て来そうなんで、二人揃って長めの休暇で一時避難って感じ。というか陛下がそうしろって」


 なるほど……以前にその手の話が持ち上がったときは隊長ちゃんクッソ不機嫌になったみたいだし、そもそもあの舞踏会で副官ちゃんにドレス着ろゆーたんは陛下らしいし。

 そら配慮もするわな。なんならまた自分の髭が掛かってるし。

 最終的にはシアとリアのドレス姿のインパクトが強すぎたせいで注目は逸れたみたいだが、副官ちゃんだって十二分に美人だし似合ってたしね。普段は華やかさよりも実績と武勇伝が先行してる女性騎士のギャップある姿とか刺さる奴は多い(確信


「だから、そーいう……」


 唸る様な声で何か言いかけた副官ちゃんは、次は疲れた様子をなんかモニョっとした感じの表情に変え、深々と溜息をついてしまった。解せぬ。

 しかし、部隊のツートップが揃って抜けるとか相当だと思うんだが……よっぽど声を上げてる数が多いのか声自体がデカいのか。


「前者は面倒だから『私と正面から戦って勝ったら考えてやる』って言ったらほぼいなくなったわ。問題は後者の方だね」


 条件鬼過ぎワロタ。未婚の男でクリアできる奴、帝国にいないやろ。

 達成できそうな二人――《刃衆(エッジス)》顧問と将軍閣下はどっちも身持ちの固い既婚者である。

 後者が問題って事は、前線で戦う騎士とは畑違い……政治方面から干渉してくる連中か。二人が休暇でいなくなる間に、陛下がその辺りに釘を刺しておくって事かね。


 帝国最精鋭と名高い彼女達の部隊だが、所属してるのは我が強くて問題児気味の騎士・兵士だったり、元は国内の傭兵や冒険者だったりという面子が多い。

 国や陛下への忠誠心が無い訳ではないんだろうが、根っこの部分は隊長ちゃんや副官ちゃんの若さに見合わぬ腕っぷしで纏まってる感はある。

 貴族の干渉とかで二人が迷惑して、それに陛下側が何のフォローもしなかった場合、迷惑を被ってる本人の怒りもおっかないが、隊員達の着火具合も恐ろしい。

 国外からみるとレーヴェ将軍とは別種の武力の象徴だし、万が一出奔とかされたら国の損失・赤っ恥ってレベルじゃない。

 外面と実利の両面から見ても、陛下が《刃衆(かのじょたち)》を大事にしてるのは当然やね。自分が一から作った近衛騎士隊も同然だから思い入れもあるだろうし。


 二人で近況をくっちゃべりつつ、荷車から荷を取っては彼女の部屋に運んで荷物を下ろす。家具なんかは既にあるし、大型の荷物は無いので幸いにして往復二回で運搬は終わった。

 おーい、これ入口に置いといていいの? 装備の補助パーツっぽいの多いけど。


「装備が破損したときの予備……修繕素材だからそこに纏めて置いといて。この旅行が終わったらそのまま教国入りで再出向だし、帰ってきたら荷解きするから」


 そのまま部屋の奥に行ってベッドの上に枕やら着替えやらを置いて来たらしい副官ちゃんは、肩をぐるぐる回しながら直ぐに戻って来た。

 帰ってきたらきたで忙しいわー、なんて言う割にその表情は明るい。前に一回お邪魔したときは殺風景って程でも無いが、大分質素な室内だったからね。物もあんまりなかったし、今回の事は渡りに船だったんだろう。


「二人でやるとあっさりだね。助かったわ、ありがと」


 大して重いのは無かったし、気にせんといて。

 この後に一応外交関係全般の仕事を受け持ってるシルヴィーさんに挨拶だけはしにいくみたいだし、バタバタするよりは時間に余裕もたせて終わらせた方がえぇでしょ。


「うん。時間があったら茶でも出したんだけど、このあと直ぐに枢機卿(カーディナル)に再着任を報告しにいくから――」


 と、そこでハタと思い付いた顔になり、副官ちゃんは動きを止める。

 軽く手を挙げて此方に待ってろ、示すと、部屋の奥にとって返して……なんか小さな壺というか瓢箪みたいな容器を片手に即行で戻って来た。


「あっぶなぁ……忘れるトコだった。はいこれ」


 そのまま瓢箪擬きを俺に向けて差し出してくる。なんぞこれ?

 訝しさは感じたけど、取り敢えず受け取って軽く揺らしてみる。

 瓢箪らしきブツの用途通り、何かの液体が入ってるな。チャプンと水音がした。


「ローレッタ……というか、その御相手の学者先生からアンタにだって。量産前だから今渡せるのはそれだけ。アリア様の分も兼ねてるから二人で使ってくれ、だそうよ」


 そんな風に付け足される副官ちゃんの言葉に、俺は思わず瓢箪擬きをマジマジと見つめる。


 ……おい、おいおいおいおい、まさか……ひょっとしたらひょっとしちゃうのか?


 きつめの封となっている栓を、中身が零れない様に慎重に引っこ抜く。

 顔を近付ければ――匂いを嗅ぐまでも無かった。

 鼻腔に向けて漂って来るのは、嘗ては嗅ぎ慣れていた、けど涙が出そうなくらいに懐かしい香り。


 う、うお。うおおおおおおおおお……!!

 間違いない、せうゆ。醤油だ。完成しちゃったのか……! すげぇよマメイさん……!

 海のある地方に行くと聞いて出発前に副官ちゃん経由で渡る様に用意してくれたのか。やべぇ、マジで良い仕事してるじゃないですか。


「故郷の味ってやつか。良かったわね」


 俺が割と本気で感動している事に気付いたのだろう。副官ちゃんは興味深そうではあるが、それ以上に嬉しそうだった。

 なんだかんだいって誰かが喜んだり笑っているのを見て、その光景を自身のやる気や喜びに変えられる娘だ。ミヤコニウム中毒者としての面も強かったりするが、俺の友達は民を守護する騎士、っていう適正はやっぱ高いのである。

 ありがとうマメイさん、ありがとう副官ちゃん……! テンション上がってきたぜイヤッホゥ!

 アガりすぎてちょっと頭お花畑になってしまった俺は、そのまま勢いで副官ちゃんにハグをきめた。


「……ひょっ!?」


 あ、やっべ。ついやっちまった。

 素っ頓狂な声が最接近した少女の喉から上がり、一瞬で我に返る。

 慌てて身を離し、セクハラ扱いで拳骨が飛んで来るかもと反射的に首を竦めたが……当の彼女は咳払い一つして終わりだった。

 どうやら変な声を上げた事がこっ恥ずかしかったらしい。無かった事にしたいのか、頬をちょっと染めつつ睨み付けるだけで済ませてくれました。いやマジですんません。


「……いいから部屋から出なさい。私もこれから壱ノ院に行くんだから」


 俺は流れる様にその場に膝をついて土下座の体勢に移行しようとしたが、出発まで忙しいからやめろと言われ、それは止められる。

 いやもうほんとごめんなさい。久しぶりにガッツリやらかしたのは事実なので、なんぞご要望があればお申しつけ下さい。可能な限り配慮させて頂きます(低頭


「ハァ……それじゃ、そのショーユ? っていうのを使うとき、私も同席させる事。美味しいなら興味あるし、隊長の故郷の味ってちょっと知りたかったんだよね」


 うっす。量がそこまで多くないんで、消費量の多い鍋や煮込みの味付けとかの使用は避けたいけど……海産系の食材にならシナジー高いのは沢山ある。期待してくれて良いですぞアンナ先生!


「ハイハイ。分かったから早く出る。折角だからレティシアとアリア様にも故郷の調味料が手に入ったって教えてきたら?」


 ……! そりゃそうだ、元々リアの分も含めて渡された物だしな!

 よっしゃ、早速行かねば。きっと驚くぞ。

 呆れの混ざった視線でシッシッと手振りで追い払う仕草をしてくる副官ちゃんに見送られ、俺は立ち上がる。

 最後にもう一回だけ頭を下げると、そのままシア達の部屋のある方角へと小走りに駆けだした。







◆◆◆




 アンナは足取り軽く駆けてゆく青年の背を見送ると、静かに自室への扉を閉める。

 ドアに鍵をかけ、しっかりと施錠された事を殊更にゆっくりと確認して――盛大に溜息をついた。


「あーもう……何してくれてんだかあの馬鹿は」


 パタパタと掌で扇いで顔と首元に風を送り、独りボヤく。

 程なくして、離れた此処にまで届く「うぉぉぉぉぉっ」なんていうレティシアの叫びが聞こえてきた。どうやら彼女の部屋に向かう途中で遭遇してあの調味料を見せる事になったらしい。

 何気に反応と叫びが同じな聖女と駄犬である。妙な処で共通点がある二人が並んではしゃいでいる様子が脳裏に思い浮かび、自然と苦笑が漏れた。

 旅行用の荷物は荷台に乗せた儘だ。再出向の挨拶を終えたら回収しにいかなくてはならない。

 歩みを進め、再び渡り廊下へと出る。

 明日には隊長も合流してくるし、楽しめる休暇となれば良いのだが……あの《魔王》の発案で、場所はそのお膝元たる魔族領で、同行者の中に駄犬がいるのである。どう考えてもお騒がせなドタバタ旅行になりそうな予感しかしない。


「……ま、それも先ずは行ってみてのお楽しみってね」


 先にも会話で出したが、内陸の大国である帝国出身のアンナは、実は海というものを見た事が無い。

 自然、海産物なども干物か魔法で冷凍された値の張る食材が多いので、新鮮な海の幸というやつは楽しみだったりするのだ。三度の飯を重要視する彼女にとっては当然の事である。

 今度は「うわぁぁぁぁっ」というアリアの歓声まで聞こえて来て、再度の苦笑の波が頬を勝手に緩ませた。

 どうやら青年は部屋に向かう途中で姉妹二人共に合流したらしい。このまま進めばすぐにショーユとやらが入った容器を抱えて騒いでいる三人の姿を見る事になるだろう。

 なんとなく、その前に頬に集まった熱が抜けるまで待とうか、なんて考えて。


 アンナは廊下から見える空を見上げ、遥か南にある旅行先へと思いを馳せるのであった。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ