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アンナの受難・再び(はーふたいむ)




 軽くなった財布を握りしめ、凶悪な面構えをした長身痩躯の魔族――《狂槍》が顔を顰めた。


「……無駄な出費が嵩んだじゃねぇか。テメェの所為だぞネイト」

「ははは、意味が分かりませんね。先に手を出して来たのは師匠の方でしょう?」


 にこやかに返すはこちらも上背のある、だが柔和な雰囲気の男性……帝国最精鋭、《刃衆(エッジス)》顧問、ネイト=サリッサだ。

 面貌や放つ空気は対極にあると言って良い男達だが、目立つ共通点が一つ。両者の背には似通った長大な槍が背負われている。


 共通の知人である教国の筋肉武僧と黒髪の青年の誘いを受け、集った面々。

 国籍も種族も問わず、その顔ぶれは様々であったが……どうやら穏当とは言い難い関係の者達も揃った様である。

 それがこの二人――魔族領の幹部と帝国精鋭部隊の顧問であった。


「煽って来たのはテメェの方だろうが。屋台ぶち壊したのを嫁と娘にチクってやろうか?」

「おや、では私も師匠の奥方に久しぶりに手紙でも送りましょうか。えぇ、別に深い意味はありませんとも。偶のご挨拶くらいはするべきですからね」

「ふざけろコラ。そもそも何で俺だけが弁償金(カネ)出してんだ。テメェも同罪だろうが、半分だせ糞餓鬼が」

「本来なら器物損壊で詰め所に連行待ったなしですよ? 弁償金をその場払いで解放されたのは刃衆顧問(わたし)の取り成しあっての事なんですから、金銭くらいは気持ちよく出して欲しいものですね」


 どうやら師弟の関係にあるらしき男達は、片方は露骨に不機嫌な顔、もう片方は笑顔という名の威嚇の面相で火花散る会話を行う。

 どちらも音に聞こえた人外級の戦士だ。本気とは程遠いとはいえ、物騒な気配を垂れ流して睨み合う空気に割って入れる者などそうはいない。


「はっはっは! 久方ぶりの師弟の再会に心が沸き立つは自然な成り行きですな! ――が、祭りを楽しむ道行く方々を竦ませるは無粋。御二方共に気を抑えるべきかと!」

「同感。折角頭領(ボス)の面倒みないで観光できる時間なんですから、もっと穏便に楽しみましょう。また何か壊して素寒貧になっても僕はお金貸しませんよ?」


 ――故に、止めに入るのが、同じ様な出鱈目な者達であるのも必然であった。

 同行者である筋骨隆々の巨漢、ガンテスと、折り畳み式の特異な弩を背負った魔族の若者、《不死身》が口々に発した言葉に、バチバチに不穏な空気をばら撒いていた師弟も押し黙る。


「チッ……」

「……そうですね、少しばかりはしゃぎ過ぎました」


 当人達からすればじゃれ合いレベルではあるものの、その結果として手近な屋台を一つぶっ壊してしまったのは確かだ。

 相場よりかなり多めの額を詫びとして渡しはしたが、それでも屋台の店主に迷惑を掛けたバツの悪さは残っているらしい。仲裁の声に二人とも威嚇にも近い気配を引っ込める。

 軽く咳払いして普段の柔和な雰囲気を取り戻したネイトが、気遣う様に巨漢――正確にはその肩に担がれた、気絶した黒髪の青年へと眼を向けた。


「グラッブス司祭、彼は大丈夫ですか? 師匠の振り回した看板が直撃していましたが」

「コイツが屋台に突き刺さったのは、吹っ飛んだ先にいたテメェが躊躇なく避けたのもあるだろうが。心配するなら最初から受け止めてやれ」

「ははっ、それをやったら師匠は隙ありとばかりに追撃を入れて来るでしょう?」


 再びギスった空気になりかけるノッポな師弟であるが、その空気ごと吹き飛ばす様にガンテスが快活に笑う。


「猟犬殿の事でしたら御心配には及びませぬぞ! どうやら気絶というよりは半ば寝入っておられる御様子! 先頃の屋台で見つけた品の酒精が廻ったのでしょう!」


 その言葉通り、肩に麦袋よろしく担がれた青年には大した怪我も無い。

 少しだけ赤らんだ顔は酒気が上った者のソレだ。喧嘩に巻き込まれた挙句、吹っ飛ばされて屋台に頭からブッ刺さったのは確かなので若干魘されているが。


 普段、自身の事を素だと雑魚だ才能無しだと発言している青年であるが、越えてきた戦いの数と質――とりわけ後者の方は比肩出来る者の方が少ない。

 それによって培われた咄嗟の防御・回避行動の瞬間的な選択は何気に優秀である。酔いの廻った状態でも魔力によるガードはしっかり行ったらしい。

 本人は気付いていないが、その判断力の早さのせいで喧嘩っ早い多数の知人から「大抵は巻き込んでも大丈夫な奴」と嫌な方面で信頼されているのは皮肉であった。というか知ったら割と本気で咽び泣くだろう。


「あー、何か妙に飲んでましたからね。そんなに良い酒じゃなさそうだったのにあんなに空けるから……」


 香りはちょっと珍しかったけど、と呟いて、先程自分も口にした酒の味を反芻する《不死身》。

 同じく舐める程度に留めていたネイトが、苦笑に近い笑みを浮かべながら首肯して同意を示した。


「確かライスを使った酒、でしたか。転移者達の世界では普及しているという話ですが、こちらには食材として叶うものが流通していないですからね。異世界人(かれら)から話を聞いて再現しようにも、品質が粗いものになってしまうのでしょう」


 香りも弱く、半端な蒸留酒と混ぜた様な度数ばかりが高い品ではあったが……僅かに日本酒に近い風味を感じさせる品を前に、青年はついつい杯を進めてしまった様だ。

 あまり褒められた酔い方では無いのだが、魘されながらも寝言で聖女の名を呟いている彼を肩に乗せるガンテスの表情は柔らかである。


「界すら隔てた遠き故郷を思わせる酒ともなれば、少々過ごしてしまうのも道理。とはいえ、聊か酔いの入りが重い様ですな。水を飲んで頂いた後、拙僧が酒精の解毒を行います」

「そうしとけ。なんで飲み歩きが始まって二時間もしねぇで潰れてんだコイツは」


 全員が人外級という、戦場でも滅多にお目に掛かれないひっでぇ顔ぶれの一団は、そのまま屋台巡りを再開させた。


「ふむ……《魔王》陛下は今宵一晩、屋敷より出歩く事が出来ぬというお話でしたな?」

「あぁ。《亡霊》の奴が一応は筆頭の認可がいる書類が溜まってるってんで、遠話で張り付いてる。夜明けまでは缶詰だとよ、ククッ」


 筋肉の問いかけに応え、「ザマァ」と顔にデカデカと書いてある表情で《狂槍》が心底愉し気に笑う。

 隣を歩く《不死身》も腕を組み、しみじみとした様子で深く頷いた。


「リリィちゃんもサルビアさんの処で一晩お泊りする事になったのはタイミング良かったですよ。御蔭で完全にフリーになれる時間が出来たし……今夜は楽しくいきましょう!」

「えぇ、良いですね。もう少し屋台巡りをしたら、私の行き付けの店に行くのはどうですか? おそらくローガスや他の同僚も何人かそこに飲みに来る筈です」

「わっはっはっは! それは楽しみですな! 今宵はレティシア様方も御友人と『女子会』なるものを楽しむ御予定なれば、我ら男衆も集いて会合と致しましょう!」


 ネイトの提案に、ガンテスが空いた掌でバシンと己の禿頭を叩いて大笑する。

《大豊穣祭》もいよいよ終日が近づくが、帝都を賑わす人の波は未だ衰えない。

 その中でも一際目立つ戦力過多な集団は、しかし道行く人々と何ら変わる事無く。

 ただ、祭りを堪能せんと夜の帝都へと繰り出すのであった。










 場所変わって、筋肉武僧が言う処の『女子会』の会場たる屋敷にて。


「いよいよ、か……」


 入浴を終えて、寝室として案内された部屋で着替え。

 他の女性陣が集っているであろう客間へと続く扉を前に、アンナは神妙な顔で呟いた。


 風呂上がりという事もあって普段はサイドテールで纏めてある髪は下ろされ、緩い二つ結びで左右から胸元へと垂らされている。

 その恰好はシンプルなキャミソールとショートパンツ……要は普段、寝巻代わりに使っている服装だ。

 流石に今の季節にそれだけでは肌寒いので、寝室のクローゼットにあったフード付きのガウンを借りて羽織っている。


 ……正直、この後に起こるかもしれない危険地帯の発生を考えれば来た時の恰好――即ちフル装備が望ましい。


 が、「明日の起床前にはお届けします」という言葉と共に騎士服と隊服(コート)は屋敷のメイドさん達に回収されてしまった。

 翌日もここから王城へと出勤するので、洗濯して綺麗にしてもらえるならばその方がありがたいのは確かなのだが、その前に今夜を乗り切らねばならない。


「無いもの強請りしても仕方ないね」


 どの道、親睦会だのお泊り会だのにバリバリの戦闘用装備で参加というのも不自然過ぎる話だろう。他の面子から総ツッコミ不可避である。

 レティシア達は勿論、少し前に到着したらしい隊長も寝間着の類に着替えている筈……なので、前回と比べても条件が悪化している訳ではない、と思いたい。

 あれこれと思考を巡らせるが、室内には既に自分以外の全員の気配が感じられる。何時までも扉前で立ち尽くしている訳にも行かないだろう。

 アンナは腹を括ってドアノブを回し、扉を開けた。


「お、来たか。遅いぞー」


 真っ先に声を掛けて来たのは、暖炉の傍にある柔らかそうなソファに身を預けているレティシアだ。

 うつ伏せに寝転んで本を広げ、脚を交互にパタパタ上げ下げしている様子から見るに、風呂場でのメンタルダメージは上手い事お湯と一緒に流して来たらしい。

 ゆったりとしたデザインのシャツとズボンはどちらかというと男性が好みそうなシンプルな寝間着であるが、そこは聖女様仕様というやつか。使われている素材や縫製からして下手なドレスより高そうな代物である。

 その向こう側にある椅子に腰かけて、髪をタオルで拭いているのはミヤコ隊長だ。微笑みかけてくる整った面差しに、アンナもニッコリと満面の笑みで以て返す。

 二時間ほど前に隊舎で別れた彼女であったが、どうやらやや遅れて到着してもシャワーを浴びる時間位はとれた様だ。湯上りでしっとりとした濡れ羽色の髪が実に美しい。

 更に、普段は寝起きするのが隊舎な事もあって就寝の際はレティシアと大差無い恰好なのだが、今回はお泊り会という事で黒のネグリジェ姿であった。


(素晴らしい……! そしてやっぱり一緒にお風呂入りたかった……!)


 いつもよりちょっとオトナっぽい姿の黒髪の少女を見て、その部下である銀髪の少女が脳内でアンナちゃんポイントを加算するボタンを連打していると、奥にあるテーブルで茶の用意をしていた二人――アリアとローレッタが其々にトレイを手にやってきた。


「おまたせー。夜中だし、メイドさんには紅茶じゃなくてハーブティー準備して貰ったんだけど……」

加密列(カモミール)野薔薇の実(ローズヒップ)の二種ですわ、お好みでどうぞ」


 焼き菓子とお茶のセットを分担して運んで来る二人の姿は、よく見るタイプの白地のネグリジェである。アリアの方は就寝用のナイトキャップを被っており、小柄な体躯もあってとても愛らしい。

 ちなみにローレッタの方の寝着は、鞄に詰め込んでいるのを偶々見かけたアンナが別の物に変えさせた、という経緯がある。

 件の学者先生と共寝する際に使おうとしていた物らしいが……ぶっちゃけ隊長の着ているちょっぴりセクシーなネグリジェとは比較にならないくらいにエグかった。

 上にストールやガウンを羽織る前提にしても妙に透けていたし、そもそもなんであんな処が開いたデザインなのか。

 彼氏いない歴=年齢な女子ばかりのお泊り会に、御相手への勝負下着じみた装備を持ち込むのは過剰火力が過ぎるのである。自重しろ彼氏持ち。


「あ、それじゃ後者を頂こうかな」


 そう言ってアリアが手ずから茶を注いだカップを受け取ったのは《陽影》だ。

 立ち昇る香りを吸い込み、次いで口に含んだ彼女は世辞では無い柔らかな笑みを浮かべる。


「……うん、いい香りだ。流石に良い品を使ってる」


 吸血鬼(ヴァンパイア)の中には食事として薔薇の精気を吸う者もいるらしい。浴場の香りも気に入っていた様だし、彼女も薔薇に関する物を好むのかもしれない。

 そんな《陽影》の寝巻は胸元を開けたYシャツと柔らかな生地の黒ズボンである。

 本人の所作もあって、何処ぞの貴公子の就寝前のひと時にすら見えた。正面から見ると全然王子様じゃない二つの膨らみが谷間を作っているのだが。


 アンナ自身を含めて計六名。

 其々にタイプは違えど、美しい少女達の湯上りからのパジャマスタイルは非常に華やかで眼福な光景だ。

 完全に他人事か、或いは遠目から見るばかりであるなら、アンナも無邪気に手を合わせて拝み、眼前の景色を堪能した事だろう。


 ――が、そう事は簡単では無い。


 戦士として鍛えられた危機感知能力が、若しくは単なる生存本能が、今も喧しく喚起している。

 気を抜けばこの華やいだ空間は部屋が軋み、空間が捩じれる様な修羅場に変わると、一切気を抜くなと訴えかけてくるのだ。

 誰かの小さく喉が鳴る音が耳に届いた。おそらくはローレッタのものだろう。引っ張り込んだアンナ自身が言うのもなんだが、部下も同じ感覚を抱いている様だ。


「さて、全員揃った。茶も用意した」


 手に持っていた本――なんだか見た事のある絵本をパタンと閉じたレティシアが、ソファから身を起こす。


「二回目のお泊り会、始めるとしようか」


 宣言された言葉はありふれたもので、声色も特段含むものは無い。

 だというのに、何時かの大聖殿応接間で聞いた様な、カーンというゴングの音が鳴った気がした。







「さて……何から話すか――って、なんでそこの二人はそんな場所に固まってるんだ?」


 一応はこの会の主催的な立場である聖女(姉)が、訝し気な目付きでアンナとローレッタを見つめ、小首を傾げる。


「いや、なんとなくだからお構いなく」

「同じくなんとなくですわ。お構いなく」


 窓際に近い位置に置かれた長椅子、その更に端へと並んで座った《刃衆(エッジス)》副隊長と隊員に、他四人の不思議そうな視線が注がれる。

 当の二人は決然とした表情で此処が良い、この場所がベストポジションであると断言し、動かない。

 言う迄もなく、万が一の際には窓をぶち破って屋外へと離脱する為の位置取りである。速度・瞬発力に於いて上のアンナが先行し、後にローレッタが続く形だ。

 思い思いに寛いだ体勢となった四名と違い、微妙に座りが浅い上、妙に四肢へと力が入っている二人を暫く眺めていたレティシアが、軽く息を吐き出して肩を竦めた。


「まぁ、それで良いってんなら構わないけどさ」


 淡い金髪をかき上げる様にして頭を掻き、その視線がローレッタ一人に固定される。

 向けられた表情な何故か気不味そうというかなんというか……なんだか申し訳なさそうなものだった。


「挨拶したときも一応謝罪したけど、改めて言っとくよ。闘技場(コロッセオ)の控室じゃ、お邪魔したみたいでごめん、ローレッタ」

「ボクも。態とじゃ無かったんだけど、ごめんなさい」


 軽い調子ではあるが、それでも丁寧に腰が折られる。

 聖女姉妹に揃って頭を下げられ、当のローレッタが恐縮した表情で顔の前で両掌を振った。


「頭を上げてください。傷も癒して頂きましたし、元はといえば此方が少々場所を弁えるべきでしたわ。先生も『申し訳ない事をした』と仰っていましたの」


 オレ達が、いえいえ(わたくし)が、と互いに謝罪合戦になりそうな三人を見て、アンナはなんとなく察する。

 おそらく闘技大会の試合直後に何かあったのだろう。屋敷に入る直前のローレッタの台詞を思い出すに深刻な話では無さそうなので、顔を見に行ったタイミングが悪かった、と言った感じだろうか? 

 同じくなんとなく察したらしい隊長が、横から言葉を差し込んで会話にカットをかける。


「詳細は知らないけれど、其々に少し不注意があった、という事で良いんじゃないかしら。後はお互い水に流して親睦会の主旨に戻りましょう?」


 少しだけ苦笑の含まれた笑顔での提案を受け、レティシア達は顔を見合わせた後、同時に少しばかり照れた様子で首肯した。

 改めて腰を落ち着け、皆でハーブティーを口にし。

 一息ついた処で、仕切り直しとばかりに再びレティシアが口火を切る。


「よし、それじゃ始めようか」


 空色の瞳が参加メンバーを順繰りに見回し、三名が自然体で、二名がやや緊張して頷く。


「まず、前回だな。祭り中の順番とか協定とか、その辺りを決めるのに体力も時間も使ったせいで、普通の話って点ではロクに出来て無かった――だから、今回は改めて話をしようって事になった訳だ」


 何の順番やら協定なのか、というのは考えるまでもないだろう。数日前の帝都全域を巻き込んだ大捕り物で予定も崩れはしただろうが、あの駄犬(ゆうじん)絡みの話であるのは明らかだ。

 流れからするに、今回はそういった話を除いた正真正銘、ただの親睦会という事だろうか? だとするならアンナとローレッタにとっては安堵出来る話だ。主に身の安全的な意味で。


 進行役となった金色の聖女様は大皿に並んだ焼菓子(クッキー)に手を伸ばし、一枚口に放り込んで噛み砕くと、水気の足りなくなった舌を再びお茶で湿らせる。


「そういう訳で、前回は出来なかった事を語るぞ――最初のお題は『アイツと出会った頃のエピソード』だ! 他人に話したくない部分があるなら代替の話でも良し!」

「いや結局あの馬鹿の話なんかい!」


 ティーカップを掲げてババーンとばかりに宣言されたその言葉に、アンナは反射レベルで突っ込んだ。

 とはいえ、これは彼女の見通しが甘い――というより、やや希望的観測が過ぎた。

 参加メンバーの内、巻き込まれた二人以外はあの駄犬に只ならぬ()いを向けているであろう面子ばかり。たとえ違う趣旨で始まろうと、結局はその手の話題にシフトするであろう事は容易に想像できるのだ。

 ちなみに駄犬と関わった時間や時期的にお題のクリアが難しいローレッタは、件のマメイ氏との話を語る事になった。アリアと約束もしていた、と言う事で地味にやる気が高い。

 自分もお題を免除して欲しい、手を挙げたアンナだったが、ほぼ全員から「いや、お前はあるだろ、それらしい話」みたいな眼で見られて却下された。理不尽である。







 一番槍は言い出しっぺであるレティシアだ。


「まぁ、順当だよな。オレが一番最初に会ったし、《《オレの》》相棒の話だからな」


 胸を張って最後の部分を強調する聖女様。言葉の端々から溢れ出るマウント感――と、いうよりは独占欲の方が近いか。

 初手から挑発的な言動で早速火花が散るかと冷や冷やするアンナだが、苦笑したり若干冷ややかな半眼になったりと周囲の反応は比較的穏やかであり、アンナは内心胸を撫で下ろす。

 こほん、と軽く咳払いすると、レティシアは記憶を巡らせる様に視線を上げて天井の照明を見つめた。


「出会ったばかりの頃、アイツと一緒にちょっと旅をした時期があったんだけど……そのときは事情があってさ、食料も街で買うんじゃなくて、狩りで手に入れたりする場合も多かったんだ」


 懐かしそうに眼を細めるその表情は穏やかで、大切な記憶を反芻する様に噛みしめる者のソレだ。


「で、そのときに『美味い肉の焼き方』について語り合った事があってな。前にエルフの里でも見せた肉焼き魔法はそのときの論争から産まれた代物だったりする」

「なにその魔法。詳しく」


 美味しいご飯は隊長の笑顔に次ぐレベルで、人生に必須な項目であると考えるアンナにとって聞き逃せない単語が出てきた。

 是非とも詳細を知りたい。可能なら自分で習得するまで選択肢に入るのだが……消費魔力こそ少ないが、細かい制御に宮廷魔導士レベルの精度を求めるらしい。分類的には生活に用いる魔法の一種だろうに、習得難易度が高すぎる。どれだけ自重しない構成を組んだのか。

 当然、前衛として身体強化に特化している者には基本習得不可能だった。がっくりと肩を落とすアンナである。

 少々話が逸れたが再び軌道修正。レティシアは自身の思い出を語り出す。


 今の手遅れにも程があるレベルの入れ込みっぷりからは想像もできないが、出会った当初は一緒に旅をしているにも関わらず、レティシアと青年は距離のある付き合いをしていたらしい。

 というかレティシアが青年を『胡散臭い奴』という認識でやや警戒・敬遠しており、彼の方も『まぁそう思われるのもしゃーない』といった感じで一定のラインから踏み込まない様な態度をとっていたのだとか。

 そんな中、肉はミディアムレアが王道だの、筋の多い野生の肉ならウェル寄りの方が喰いやすいだの、しょうもない論争から新たな魔法を一つ生み出すに至った一件は、レティシアが青年に対して付き合い方を変える最初の切欠だった、との事。


「……これまた色々と事情があって詳細は言えないんだけどさ。あの頃のオレは色々と精神的に弱ってたというか……そのせいでアイツにも壁を作って接してたんだけど、あの下らないやり取りが、それを取っ払う小さな一歩になった感じはあるんだよ」


 道すがら語り合ったバカバカしいやり取りは、今となってはレティシアにとって大切な思い出なのだろう。

 出会いを経て、これまで確かに積み重ねてきた記憶と感情、想い。

 それ故に、彼女の言葉には自負が感じられた。

 あの大戦で勝利を勝ち取る為、青年が踏み出した歩みを始めから見ていたのは自分だと。一緒に歩み始めたのは自分が最初なのだと。だからこそ、レティシア=ディズリングは彼を相棒と呼ぶのだと。

 或いはそれは単純な友愛や異性愛ではなく、様々な情を丸ごと含めた、青年という存在そのものに向けた執着なのかもしれない。

 とどのつまり、今と性別や種族が違おうが、向ける感情の比率は変われど大きさには殆ど変動が無いという事だ。激重である。


(……ま、分かってた事ではあるけど)


 アンナから――否、この場の殆どの面子からすれば、今更だ。

 特にアンナの場合はあの駄犬が聖女のもとに帰還(ハウス)するまでの二年間、一年は帝都で隊長の様子を、もう一年は出向した聖都で姉妹の様子を見て来た。

 彼女達が情を向けていた対象――ぽっくり逝った本人がシレっと還って来た事で、以降の関係や態度も以前の延長の様な形に落ち着いたが、それはあくまで表面上。

 本来なら長い年月をかけて希釈されていく筈だった喪失感や哀しみまで、一切薄れない状態で丸ごと感情の再燃への燃料に変わったという事でもある。その拗らせ具合は推して知るべし。


「……まぁ、なんだ。他にも色々語れることはあるけど、オレとアイツには二人だけで共有した話が幾つもあるってこと――なにせこんな本が出る位の間柄だしな!」

「結局ソレが言いたかっただけでしょう」


 過去を反芻する表情から一転して勝ち誇った表情となる拗ら聖女様。

 小脇に抱えていた絵本が優勝トロフィーの如く掲げられると、冷たさと呆れが半々になった隊長の声が間髪入れずに差し込まれる。


「はっはっはー、羨ましいかねミヤコ君? だが残念。この本の売れ行きの好調さから見ても、大衆がイメージするオレと相棒の関係性は概ね《《コレ》》という事なのだよ!」

「うわぁ……レティシアのこんなドヤ顔見たこと無いよ……」


 表紙を掌で叩き、如何にも惹かれ合う騎士と少女といった構図の絵を指し示す姉を見て妹の目付きもジトっとしたものとなった。

 絵本へと興味深そうな視線を向けているのは《陽影》とローレッタのみ。他の面子は滅茶苦茶に自慢気な聖女(姉)の顔を若干ウザそうに見ている。

 気のせいか《刃衆(エッジス)》の長たる少女の口元から小さく舌打ちする様な音が聞こえた気がしたが、部下の二人は首の向きを一切変えず、眼球だけで動かせる限度角度まで視界を横にずらして気付かないフリをした。


 にしても中々しっかりとした装丁の絵本だ。

 勿論、革張りのソレとは比べるべくもないが、子供向けの読み物としてはかなり上質な作りではないだろうか? 

 アンナは自身の仕事部屋の本棚にひっそりと置いてある絵本を思い浮かべ、レティシアの手にしている物と比べて粗雑な製本であった事に内心で首を捻る。


「……児童書としてはかなり丁寧な作りですわね。副長の執務室にある物とは出版元が違うのでしょムぐっ?」

「おいコラ、ローレッタ」


 内心だけで留めていた疑問を隣に座る部下があっさりと口にしてしまい、思わずその口を掌で塞ぐ。

 が、時既に遅し。レティシアに集中していた視線は、その当人のモノも含めてアンナに向けて転じられてしまった。


「なんだ、お前も持ってたのかよアンナ。人が(わり)ぃなぁ、それなら教えてくれても良かっただろ?」

「執務室の棚に置いてるの? 私が前にアンナちゃんの処にいったときは見なかったけど……」

「いや、その……前は机の引き出しの肥しになっていたというか……」


 友人と上司の疑問を受け、微妙にお茶を濁した返答をしつつハーブティーを啜る。

 そもそも絵本を取り出して見える位置に置くのは、出向先である聖都から一旦帝都(こっち)に戻って来たときのみ。要はここ最近の話である。

 アンナが例の絵本……『金色の少女と黒い騎士』を見つけたのは本当にただの偶然だった。

 城下にある書店で、余り質の良くない紙と製本であるソレを購入したのは、もう二年以上前――あの駄犬(バカ)が死んで少し経った時期だったりするのだ。


 子供向けの絵本とはいえ、初めて書なんて物を買って……一回だけ読んで。

 レティシアと駄犬(バカ)の熱心なファンらしき人物が書いたのであろうソレは、実際の二人のやり取りや人物像とはかけ離れていて、思わず「誰よコイツ」と、ちょっと笑ってしまった記憶がある。

 それでも。

 あの大馬鹿野郎が抱いていた願いは、レティシアやアリアに向けていた想いはきっと、この本の騎士様と――いや、それ以上に強く、確固としたもので。

 そこだけは、きっと同じものだった。

 誰も居ない執務室で、大して厚くも無い絵本をゆっくりと読み進めて。

 頁を開いた先にいた聖女の猟犬(ともだち)は、もう頁の中に《《しか》》いないのだと、改めて突きつけられた気がして……そのときは、こう……不覚にも、少しだけ取り乱したのだ。

 もう一度読む気にはなれなくて、けれど捨てる事も出来ず。

 結局一度目を通しただけの絵本は、ずっと机の奥底にしまいっ放しだったのである。


 ――が、あのアホ犬はすっとぼけた面をして帰って来た。


 二年経って現れた瓜二つの転移者が、紛れもなく本人であると気付いたときの気分は、一言では言い表す事が出来ない。

 まさか本当に? という疑問は、あ、本物だこれマジで女神様の処から還って来やがったコイツ、という確信に変わり。

 帰って来たなら直ぐに言えこの馬鹿とかあのときの私の不覚(なみだ)を返せコラとか早く隊長に教えてあげなきゃとか――おかえり、とか。

 色々ごっちゃになった頭で考えた挙句、なんかもう色々籠った腹立ち紛れの腹パン叩き込んだのを誰が責められるだろう? 


 ……話が逸れた。まぁ、とにかく。


 アンナが所持している絵本はそんな経緯もある品であるからして、おおっぴらには持っていることを吹聴し辛かったのだ。


「大分前に買った粗い製本……ひょっとして、初版って事かな?」

「ノエルが出資する前に出てたバージョンって事か? 別にプレミアが付いてるって訳でもないだろうけど……何気に貴重そうだな」


 僅かな情報からほぼ正解であろう答えを手繰り寄せたアリアと、納得顔で頷くレティシア。

 興味深そうに口々に反応を示す金銀姉妹の顔には「ちょっと現物見てみたい」と書いてある。

《陽影》とローレッタも気にはなる様だ。こちらの二人はそもそも現行版の方も未読らしいので、自分で買うなりレティシアから後で借りるなりして欲しいが。

 ちなみに隊長が「ノエル……まさかね?」なんて呟いているのだが、その名に該当するのは周囲の人間だと、第一騎士団に所属している将軍の御子息しかいない。流石に別人だろう。


「えー……まぁ、その内に機会があれば、という事で」


 なんにせよ、アンナとしては玉虫色の返答で誤魔化すしかない。

 先にも言ったが、そんなに紙質の良くない品なので濡らしてしまった箇所は今でも絵や文字が滲んでいるし、点々と染みにもなっている。

 茶でも零したと言えば済む話なのだろうが……個人的には黒歴史の痕にも近いソレを人目に触れさせるのは勘弁して欲しかった。


 王城に戻ったら鍵の掛かった引き出しに封印してしまおう、とか考えているのが表情に出てしまったのか。


「……よし。じゃ、それはおいおいで良い。次に行こうぜ」


 少なくとも乗り気ではない、というのは直ぐに気付いた様で、レティシアが軽く手を叩いて話題の転換を図る。男勝りな口調に隠れたさり気ない気遣いは、この友人の美点の一つだ。


「次は誰が話す? 順当にいけばアリアか?」

「んー……もっと後が良いかな。ほら、ボクがにぃちゃんと会ったときって、レティシアと同じかそれ以上に、この場で話せない状況だったし。ちょっと内容を考えたい」

「それもそうか……それじゃ、アリアは最後の方な」


 軽いやり取りと共に順番が飛ばされ、ではお次は誰か、と少女達が視線を交わし合う。

 語れる事は多いが、順番に拘りは無いので先に話したい人がいるなら譲る――そんな感じの譲り合いが発生して数秒の沈黙が下りたのだが……やがてあっさりと挙げられた手の主に皆の視線が集まる。


「それなら、二番手は僕で良いかな? この中ではある意味新顔にも近いし、語るにしてもトリは相応しくないだろう?」


 立候補したのは蜂蜜色の髪をした半吸血鬼(ダンピール)の少女――《陽影》であった。

 特に反対の声は上がらず、皆から「別にトリでも良いと思うけど」といった視線や言葉を受けた彼女は柔らかく微笑む。


「ありがとう。それじゃ、先ずは……そうだな、僕が住んでいた村なんだけど――」


 気に入ったのか、ハーブティーのおかわりを頂いて唇を湿らせると、過去の記憶を辿る様視線を彷徨わせ、《陽影》はゆっくりと語りだした。







 彼女の育った村は、北方にある小さな寒村。

 大陸北端にある霊峰に最も近い人里から少し外れた地にひっそりとあった村は、厳しい寒さと野生の獣や魔獣にこそ注意が必要だが、不可侵たる霊峰の近くという事で大戦の影響も殆ど無く。

 元は爵位持ち――爵位級吸血鬼(ハイブラッド)であった父を早くに亡くし、《陽影》と彼女の母は、そこで親子二人で静かに暮らしていたらしい。

 未開とすら言ってよい田舎の村においては魔族自体が珍しく、村人からはやや距離をおかれてはいたものの、迫害や虐めという程のものでは無く、少し寂しい思いはしたが概ね平和に過ごせていたのだそうだ。


 だが、そんな日常も唐突に終わりを告げる。


 霊峰に住まう龍の姫君のお膝元――其処に限りなく近い地であるにも関わらず、邪神の信奉者が襲撃を仕掛けてきたのだ。


「思えば、数も質も本当に最低限――今ならそう労せずに撃退できる程度の連中ではあったけど……当時の僕は、同年代の子との喧嘩の経験すら無い子供だったからね。母に抱き締められて震える事しか出来なかったよ」


 当時の自身の無力・未熟を恥じているのか、半吸血鬼(ダンピール)の少女の眉間には微かに皺が寄っていた。

 だがその後に続く、彼女にとってあまりに価値ある出会いの記憶を思い出した事によって、その表情はひどく柔らかなものへと変わる。

 襲撃してきた連中は従来の信奉者達とは違い、即座に襲った者を呪詛で穢し、侵す事をもせず、まるで嬲る様に村人たちを狩り出して一カ所に集めていたらしい。

 納屋に隠れていた彼女達親子も引きずり出され、自分を庇いながら髪を掴んで引き摺り廻される母の苦痛の呻きを聞いて、《陽影》も涙混じりの悲鳴を上げて。


 次の瞬間、前触れも、音すら無く。

 いきなり現れた漆黒の全身鎧を纏う戦士によって、母の髪を掴んでいた男の腕が斬り飛ばされた。

 誰何の声処かまともな発声すら出来ず、更に一瞬後にはその場にいた信奉者達の首や上半身が回転しながら宙を舞ったという。

 腕を手刀として振り切った鎧の戦士は、油断なく残心を保ちながら振り返り、怪我は? と一言だけ親子に問いかけ。

 呆けた頭で、かろうじて大した怪我は無い、とだけ告げる《陽影》の母を見て、鎧の戦士――邪神の信奉者達の死神たる《聖女の猟犬》は一つ頷き。即座に村の中心へと疾走を開始した。


 後はまぁ、お察しというやつだ。


 戦力としては出涸らしと言ってもよい、下っ端木っ端の集団に人外級の戦力を相手に出来る筈も無い。

 蹂躙ですら無い、素早く淡々とした『処分』は一分と掛からずに終わった。

 集めていた村の者達を人質にしようとした者もいたが、村人の身体を盾にした瞬間には背後に回り込まれて首を刎ねられていたらしい。くるくると空中で回る首が「動くな! こいつラ、らララRA」と、壊れた楽器の様に鳴りながらボトっと地に落ちるのを見て、彼女の母は腰を抜かしてしまったとか。なんならそれが一番の重症ですらあった。


 敵味方問わず、見ている人間へのウケが頗る悪い残虐ファイトっぷりは実にあの駄犬らしい。ドン引きされて後で落ち込むのなら少しは殺り方を気にしろ馬鹿、なんて毎度思うアンナである。


 血飛沫噴き上がる斬首祭りを開催したせいで、助けた筈の村人に盛大に怯えられていたらしい馬鹿たれであるが、半分は吸血鬼(ヴァンパイア)でもある《陽影》は他の者よりその手の光景に生来耐性があるので、そこまで怖くはなかった様だ。

 寧ろ、母と自分の危機に颯爽と現れて邪悪な信奉者達を蹴散らした戦士に、強い敬意や感謝を覚えた。

 で、肝心の駄犬は戦闘自体ではかすり傷すら負わなかった訳だが……魔鎧の使用による反動が健在だった頃の話だ。

 発生した自傷・出血の効果によって漂って来る微かな血の香り――信奉者のヘドロを煮詰めた様な呪詛交じりの血液とは全く違うソレが鼻腔へと届いた瞬間、《陽影》の心臓が跳ね上がり、胸と、腹の底に熱が宿って――。


「そのとき、僕は初めて父の血に――吸血鬼(ヴァンパイア)としての吸血欲求(しょうどう)と能力に目覚めた。あの衝撃と感覚は今でも覚えているよ……」


 思い出を語り出した際の、照れの混じった初々しい様子は何処へやら。

 当時の感覚を思い出したのか、ソファに身を預けながら薔薇色に染まった頬に手を当てて述懐する《陽影》の表情は、恍惚と色付いていた。

 熱の籠った吐息を悩まし気に吐き出す姿はぶっちゃけエロい。ただでさえご立派に過ぎる双丘が、持ち主の僅かな身悶えに併せて微妙に形を変える。


「……最初に霊峰に行った時の帰り道にそんな事があったのか……あんにゃろう、話くらいはしろってんだ」


 話を聞いてレティシアが思わず、といった感じで呟くが、柔らかそうなソレ――アンナが風呂場で実際に持ち上げたときには極上の柔らかさだった《陽影》の胸元を見た瞬間、スンッと真顔となった。

 なんでもいいがこの聖女、浴場の時点から彼女のおっぱいに眼を向ける度に故障している。

 いい加減諦めろ……とは思うのだが流石に酷なので口には出さない。アリアも自分の胸元と《陽影》を見比べてなんとも言えない顔をしているので猶更に。


 少々意識が記憶の彼方にトンでいた半吸血鬼(ダンピール)の少女は、一通り語り終えた処で我に返ったらしい。

 軽く咳払いすると、纏める様に言葉を結んだ。


「コホン……そんな訳で、僕にとっても彼は特別、という訳だよ。もっと直接的に言ってしまえば、懇ろな関係になりたい御相手という訳さ」

「も、物凄く直球……」


 これ以上無い位に剛速球な表現をする《陽影》に、隊長がやや怯んだ様に身を仰け反らせる。

 ローレッタなどは「その意気や良しですわね!」と評価している様だが、彼女はこと恋愛観に関しては超肉食なので、判定材料としてはアテにならない。

 そして、自身の想いをはっきりと明言した《陽影》の言葉を受け、レティシアが即座に復帰した。


「……成程な。下手に誤魔化さないのは好感が持てるけど……」


 お茶の入ったカップをテーブルに置くと、掌で膝を叩いて勢いよく立ち上がる。


「アイツはオレの相棒だ。オレのだ。悪いが、渡せないぞ」

「勝手なにぃちゃんの所有権主張は無効」

「そもそも先輩に直接言えてない時点で張りぼてよね」

「やかましいぞお前ら!?」


 ソファの上で腰に手を当て、仁王立ちで繰り出した宣言。だが一瞬で混ぜっ返されて気色ばむ。

 巷では救世の聖女とまで言われる少女に明確に恋敵認定されたにも関わらず、当の《陽影》は狼狽えるでもなく、反発を見せたり闘志を燃やすでも無く。




「うん、分かってる――元から結構な後発の身だし、僕は順番はそんなに気にならないからね。最悪、愛妾でも構わない」




 なんか笑顔で凄い事を言い出した。


 聖女姉は「う"ぇ!?」と変な鳴き声を上げて固まり。

 妹の方は半眼で齧っていた焼菓子をポロリと落とし。

 隊長は表情を崩さない儘、だが口に含んでいたカモミールティーを霧状に散布する。

 一方で発言した本人は小首を傾げて「そんなに変な事を言った?」といった表情であり、ローレッタも姉妹と上司の反応に怪訝な顔をしていた。


 ……互いの反応に関しては、各々の出身や種族が関係しているのだろう。


 先ず、隊長達は言う迄も無く転移・転生者――元は異なる世界の出身である。

 国によって差異があるのはあちらも同じなのだろうが、彼女達の出身国ニホンでは、基本一夫一妻だったらしい。

 成人と見做される年齢もこちらよりは遅めの様だし、そこで培った価値観からすると、自分からお妾さんを目指す発言は中々に驚愕に値するものなのが予想できる。

 対して、生まれも育ちもこの世界である《陽影》とローレッタ。

 教国を筆頭に、一般家庭にならばいくらか隊長達の価値観に近い国も多いのだが、種族的に「優れた奴や強い奴が複数異性を囲うのは普通」という認識の強い魔族と、故郷では貴族階級にある令嬢だ。第一、第二婦人だの愛妾といったものは身近にある概念だろう。

 かく言うアンナも「まぁ甲斐性あるなら良いんじゃない? よく知らんけど」程度の認識ではある。というか帝国が認可制とはいえ一夫多妻アリなので当然だった。


「いや、いやいやいや、うん……まぁ、そういう話や可能性も無くはないけど……ほら、アイツ別に貴族や大金持ちの商人って訳じゃないし、何気にその辺の身持ちは固そうだし……」

「そうなのかい? かの大戦を人類種(ぼくたち)の勝利に導いた英雄の一人だ。一般の人達と同じ扱いは、寧ろ国としての信賞必罰に悖ると思うのだけど……」

「ぐっ……ド正論……!」


 抗弁を試みるも、正論でブン殴られてあっさり粉砕される聖女。

 隊長が噴き出したお茶を布巾と浄化魔法で処理しているアリアを横目で見つつ、半吸血鬼(ダンピール)の少女は自然体で焼菓子を指先で摘まみ上げて小さく齧り取る。

 咀嚼したそれをお茶で喉奥に流し込むと、彼女は再びにっこりと向日葵の如き明るい笑みを浮かべた。


「第一婦人になるレティシア殿が許してくれるのなら、どうか末席に置いて欲しい。戦う彼の姿を見て惹かれたのが切欠だけど――僕が一番好きなのは、貴女や妹さんを語るときの彼の表情(カオ)だから」

「うん本当に良い奴だな《陽影》! オレは君とはもの凄く仲良くできそうだ!」

「チョッッロッ!? 即行で言い包められてるよこの姉!」

「《陽影》さん、別にそこの残念聖女は一番と確定している訳では無いのよ?」


 ……《陽影》は中々に強かな娘なのかもしれない。

 第一婦人、という単語にレティシア達が反応した御蔭で、多妻制とそこに《陽影》が収まること自体についてはなし崩しでオッケーな流れになった様に思える。少なくとも、この場では。


「ふーん……アイツが多妻、ねぇ」


 なんとは無しに、呟きが漏れる。

 きゃいきゃいと姦しく騒ぎ出す女子達を眺め、女子会二回目から追加された面子であるアンナとローレッタは、ボリボリと焼菓子を頬張りながら茶のお代わりを淹れた。


「お、この塩クッキー結構美味しい」

「御爺様はセンベイ擬きと仰っていましたわ。帝国にもありますのね」

「へぇ……お爺さん転移者だっけ? って事は向こうの食べ物か……」


 甘味では無く、塩気のある菓子というのも乙なものだ。大聖殿の食堂で偶に作られるポテチなる物も美味かった。腹には溜まらないが。

 帝都内でも売られてないかなー、なんてアンナが考えていると、少しばかり声量を落としたローレッタが何故かひそひそ話をする様に口元に掌を翳す。


「……吉報、と言って良いのでは?」

「ん、何が?」


 まだまだ夜は長い。今の内にエネルギー補給しておこうとクッキーを口に放り込む上司の少女に向け、部下である少女が珍しく悪戯っぽい輝きを瞳に宿らせて語る。


「《陽影》さんのお話ですわ。実現するならば順番はあれど、席は複数できたという事ですし」

「あー……まぁ、そうだね。あそこの面子が全員アイツとくっ付くなら修羅場に巻き込まれる事もなくなるだろうし?」

「oh……また無自覚……まぁ、今更ですわね」


 なんだか意味深な事を呟いて一人で納得しているローレッタを尻目に、アンナは微かに胡椒の利いた塩味のクッキーをもう一枚口に放り込む。

 表面上は何時も通りの彼女だが、半吸血鬼(ダンピール)の少女の過去が語られた際に自分に話が振られなかった事に、実は内心で安堵していたのだ。


(前に、アイツに聞いた事あるんだよねー……まぁ、そのときに助けた娘が《陽影》だったのは初耳だけど)


 一緒に食い歩きなんかをしていれば、しょーもない話や無駄話、ちょっとした思い出話を聞く機会もある。

 今回のエピソードも、嘗て駄犬(ゆうじん)の口から語られたものと同じだった、というだけだ。


 とはいえ、「アイツから聞いた事ある」なんてうっかり洩らせば、レティシアは間違いなく臍を曲げる。「なんでオレが聞いてないのに」とかむくれる。

 拗らせた金の聖女様は勿論として、下手をすればアリアや隊長にまで色々と突っ込まれる可能性もあるので、気取られるのは避けたい。

 見ている限り、どうやら無事に別の話題に移りそうだ。ホッとして、ついついお菓子に手を伸ばす頻度も高くなろうというもの。


 始まったばかりのお泊り会は、今の処はそれなりに平穏に進んでいる。

 願わくば、このまま何事もなく終わります様に。なんて女神様に祈りつつ、アンナは噛み砕いた焼菓子を飲み込んだのであった。














レティシア


ちょっとだけ過去語り。

ループしていた事は、多分墓までもっていくつもりなので色々と話せない事も多い。

けど、今となっては相棒たる青年との出会いは大事な思い出である。

最初に会ったのは自分、一番長く見て来たのも自分。なのでナンバーワンも自分。ハイ証明終了QED!




《陽影》ことクインちゃん


だが残念、コイツは愛人体質だ!

勿論、なれるのならば一番が良いに決まってるが、最重要は駄犬の傍に居場所を確保する事な娘。

聖女姉妹について語るときの顔が好きなのも本当。なので、現状ライバルが一番発生し辛いポジションにいる。つよい。




副官ちゃん


無自覚だがシーフの素質を持つ女。

所持してる絵本はガチの初版。後年、プレミアが付いて目を剥く。

一回だけ読んで、そのときに一回だけ泣いて。

それ以降は無理矢理に切り替えて、レティシアやアリア、隊長をフォローしたり発破かけて立ち直らせる側に廻ろうとしていた娘。

尚、その決意も駄犬の帰還で台無しになる。怒りの腹パンは残当だった。






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