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祭りの後に




 開けっ放しだった窓から眩しい光が差し込み、意識が覚醒する。

 連日続いた夜に上がる花火も見納めって事で、昨日は屋敷に戻ってからも暫く空を眺めてたからなぁ。そのまんまカーテン閉めるの忘れて寝ちまったか。

 生欠伸しながらベッドから身を起こすと、軽く伸びをする。

 寝台から降りて窓際に歩み寄ると、窓を全開にして換気し、部屋に朝の空気を取り入れる。


 うむ、良い天気。今日も外に出っぱなしになるだろうし、天気が良いのは助かるわい。


 雲も少なく、秋の早朝にしては気温も高めな晴れ模様である事に、ありがたやー、と天を拝む。

 この数日で屋敷のメイドさんが修繕してくれた旅装を手に取り、着替え始めた。

 再転生して来てからこっち、着慣れた一張羅ではあるが、この間の戦闘で細かなほつれや汚れ、小さな穴が幾つも出来たんで買い替えどきかなーとか思ってたんだけど……いや完璧な仕事っぷり、どこが破損してたのかよーく見ても分からん。

 袖を通し、修繕された各所の補強部分に違和感がないかをチェック。次に腰回りや胴部分の革帯(ベルト)を止めて、最後にブーツに両脚を突っ込む。


 おっしゃ、先ずは顔洗って、次に飯だ飯。


 軽く頬を叩いてちょと気合を入れると、なんかもう聖殿の自室と大差ない位に馴染んだ部屋を出る。

 本日は《大豊穣祭》最終日。

 最後だからこそ、予定は詰まっている。

 先ずは腹ごしらえを済まそうと、俺は皆が集まる客間へと歩き出した。







 この世界の暦上、秋の真っ只中に数日在るとされる豊穣の日。

 その最後は女神様に感謝を捧げながら家族や友人と穏やかに過ごし、由来あるとされる葡萄酒(ワイン)や木の実なんかを使ったメニューを夕飯の食卓に出して、いつもより確り御祈りする、ってのがスタンダートだ。

 なので、《大豊穣祭》の最終日も基本同じ様に〆るらしい。実質長く続いた祭りからいつもの日常に戻る為の準備――後片付けタイムも兼ねてるって感じかね。

 客間に入ると、そこには既に朝食をいただいてるリアとガンテスが居た。


 おっす、二人ともおはようさん。


「おはよう、にぃちゃん」

「おはようございます。良き朝ですな。大祭の締め括りに相応しき、創造神の慈愛が如き柔らかな陽気です」


 朝の挨拶を交わしつつ定位置の席に着くと、メイドさんからおしぼりを渡されるのでそれで手を拭きながら、使用人の人達が飯の準備をしてくれるのを待つ。

 上げ膳据え膳にも慣れちゃった感があるなぁ……ゆーても、祭りの御蔭で外で買い食いとかしまくってるからね。元の生活に戻ると大変とかは無さそうだが。

 なんにせよ、逗留中ほんとお世話になりました。いやマジで。

 少しばかり気の早い言葉を掛けると、ナイスミドルの執事さんを筆頭に、客間にいるメイドさん達も「恐縮です」と小さく笑みを浮かべて静かに一礼する。


 で、シアはまだ寝てるのか?

 出されたお茶で口を湿らせながら改めて客間を見廻し、この場に居ない聖女様の姉君の方はどうしたのかと問いかける。


「逆だよ、ちょっと用事があるっていって先に外出したみたい――今日はレティシアの番なのに、にぃちゃんと別行動って珍しいよね」


 新鮮なサラダをつつきながら小首を傾げて教えてくれたのはリアだ。

 シアの番、というのは別に変な話では無い。単に祭りを見て廻るときのメンバーローテーション的なもんや。

 一昨日は俺とリア。昨日は後夜祭って事で三人一緒で、今日の我が同伴者は金色の聖女様、という感じ。

 別にわざわざ日毎にメンバー決めなんてせんでも、基本皆で一緒に行動して、何か所用あるようなら抜ければえぇやん、とか思うのだが、シアリア的にはこれは必要な事らしい。理由は知らんけど。

 だがまぁ、今日に限ってシアが居ないのはそんなに変な事じゃない。

 なんせ、昼過ぎになったら合流しよう、と言い出して来たのは本人だからね。その当人がこんな朝早くから出掛けたのはちと意外だったが、何か用事があったって事なんだろう。


「あ、そうなんだ……外で改めて待ち合わせかぁ、確かに一回くらいはそんな感じでも良かったかも」


 俺とお前さんが出掛けるときか? まぁ、確かに基本、二人仲良く一緒に外出がデフォだったが……今回のシアみたいに何か野暮用アリってんならともかく、わざわざ出る時間ずらして別行動して直ぐに合流ってあんま意味なくね?


「そうなんだけどね。こう、ちょっと憧れるシチュというか、ごめん待った? みたいなやり取りがしてみたいというか……」


 スープを啜りながら俺が言うと、(おとうと)分は何故かちょっと眼を伏せつつ、やたらとハムを細かく切り分けながら何やらモニョモニョと小声で呟く。なんでもいいけど、そこまで細かいと逆に食いづらくない?

 たっぷりの豆が浮いたスープを匙で掬って口に運んでいたガンテスは、そんなリアの様子を微笑ましそうに眺めていたのだが……ふと、思い出したように俺に視線を転じた。


「ここ数日にかけ、猟犬殿は土産物というには幅の広い品々をこまめに買い集めていた御様子でしたが、帝都に滞在中に贈り物をする方々でもいらっしゃるのですかな?」


 普段俺が買わなさそうな物まで買ってたからね。そら気付くか。

 まー、そんな感じです。滞在中にお世話になったり、色々とお願いを利いてもらったりした相手にお礼の品をね?

 そこそこ人数多いから、流石に今日だけだと無理なんで帰るまでに渡し終えれば良いかな、って感じだけど。

 同じ聖都在住の面子も何人かいる。向こうさんの帰りの荷物を増やすのもなんだし、そっちは帰ってからでもいいのかもしれんが……個人的には、この手の礼はあんまり間を置かずにしておきたいんだよね。

 ぶっちゃけ、あの一夜のゴタゴタに協力してくれた目の前の二人も礼をしたい相手ではあるのだが……まず受け取らんし、無理に押し付けても逆に申し訳なさそうな顔されたり、好きでやったことだからいいのに、とか苦笑いされそうだし、何かしら別の形で返そうと思ってる。

 それこそガンテスならば、偶に街の外まで出かけてやってる泊りがけの修練に付き合うだけで相当に喜んでくれそうだ。普段は理由付けて断る場合が殆どだし。

 時間はあるんだし、二、三日くらいなら……いや、流石に長いな、一日…………やっぱ無し。御礼は別の事にしよう。理由? 死にたくないからだよ察しろ(白目

 それじゃ(おとうと)分の方はどうするか、なんて考えつつ、メイドさんが用意してくれたスクランブルエッグと腸詰の乗った皿を手元に引き寄せると、その当人がちょいちょいと俺の服の裾を引っ張ってくる。


「にぃちゃんにぃちゃん。これ、美味しいよ。ツナっぽい」


 リアが柔らかなフレンチトーストの断面をこっちに向ける。確かに乾酪(チーズ)と一緒に挟んである具材は、見た感じツナのオイル漬けかフレークっぽい。大分長い事逗留してるけど、これは初めて見るな。

 というか、この屋敷のコックさんはマジ有能。食事のメニューが豊富過ぎる。下手な店よりラインナップ豊富――聖殿の料理長並じゃね? 内陸なのにある程度は海の幸まで流通させてる帝国の伝手あってこそ、なんだろうけど。

 切り分けたトーストをフォークに刺して味見しろとばかりにこちらに向けて来るので、一口いただく。

 んむ、美味い。確かにツナみたいだなこれ。保存の利く缶詰とかで売ってるのなら普通に欲しいぞ。

 お返しにスクランブルエッグをひと匙掬って差し出す。甘い卵焼きとか好きやろー、どうぞー。


「わーい、ありがとー」


 ニコニコしながら差し出した匙を啄むリア。

 聖殿では飯は基本食堂だし、周囲の目がある状況だったが……逗留先の屋敷(ここ)なら殆ど身内みたいな面子しかいないせいか、随分と甘えん坊な行動が増えたねキミ。

 こうしたちょっとした食べさせ合いっこなんて、その最たるもんだ。いや可愛いし、上機嫌の(おとうと)分が見れるので俺的には全然まったくこっぽっちも問題ないんだけど。

 今はリアの甘えっ子ムーヴにブレーキをかけようとしてくるシアがいないから尚更にだ。ガンテスは基本、屋敷での俺達三人のやり取りをご満悦っぽい表情で見てるので止めないし、なんなら給仕してる屋敷の使用人の人達も目の保養とばかりに微笑ましそうに見てる。

 結局、何度も互いの皿に無い品をシェアしたり、一口交換して味見してみたり、この日の朝飯は何時もよりやや時間が掛かった。


 この後の予定を考えるとちょいと時間がおしてしまったが、まぁ移動時間を急げばえぇやろ。(おとうと)分が可愛いからね、仕方ないね。







 中央広場からその周辺にかけて、それぞれの区画に合わせた宿泊施設が集中している。

 どの区画に寄せてるかで客層がおおまかに分けられているみたいだが、今回俺が向かったのは西区方面にある旅人や商人が利用する宿屋だった。

 宿としてはそれほど大きくない、ややこじんまりとしたそこは、とある聖都からの観光客の一団で部屋が埋められており、現在は貸し切り状態に近い。

 で、その観光客の一団は言う迄もなく知った顔――ミラ婆ちゃんやシスター・ブランが引率してきた孤児院の子供達、という訳だ。


「あ、わんわんだ!」

「ほんとだ! あそびにきたの?」

「こっち、皆ですわってご飯たべるとこあるよ、すわろ」

「ぼくばーちゃんよんでくる!」


 お土産持って訪れると、そっこーで子供達に気付かれ囲まれ、あれよあれよという間に一階にある食堂みたいな場所に連れられ手近な席に座らせられた。

 そして何かリアクションを示す前にオフィリが素早く膝の上を占拠し、年少組の何人かが両隣の席を固めて包囲される。アッと言う間の流れる様な手順で草。

 毎度同じく集られて遊具にされていると、程なくして何時ものシスター服の上にエプロン付けて頭に三角巾を巻いたミラ婆ちゃんがやってきた。

 おはよーございます。お客なのにモロにお掃除中スタイルやん、何で?


「えぇ、おはよう。此方の宿を経営なさっている御夫婦は、現役時代に縁の出来た方々なのです。孤児院の全員での長期宿泊先として、結構な融通を利かせて頂きましたからね」


 引き払う前に掃除くらいはしておくべき、という事か。ミラ婆ちゃんらしいお言葉だ。

 シスター・ブランはどうしたのかと聞いたが、帰る準備を始める前にこっちの教会施設の知人に挨拶して回ってるらしい。俺も挨拶くらいはしておきたかったが……まぁ、帰る場所は同じ聖都だ。改めて礼を言う機会はあるだろう。

 お子ちゃま達が興味深々で見つめて来るも、なんとか死守していたお土産を向かい合った席に座る姉弟子へとお渡しする。


 この間の一件、大変お世話になりました。これ、日持ちするお菓子とちょっと良さげな保存食なんで、帰りの馬車で子供達やシスターと一緒に食べて下さい。


 クッキーの類は鉄板だが、干し肉も香辛料利かせた上等な部類を、蜂蜜やジャムなんかのお高い甘味もデカい瓶にたっぷり入ってるやつを買って来た。帰り道は長いし、飯の質は大事だろう。旅行の最後にケチがつくのは子供達の思い出としても良くないだろうしね。

 分類としては保存食扱いとはいえ、この手の贅沢品に片足突っ込んだモンは婆ちゃんとシスターは受け取るのを渋る可能性もある。

 だから見えない様に態々箱詰めセットで持って来たんですよぉ! 目の前で開封なんてしないだろうし、素直に我が感謝の気持ちを受け取るが良いわ。ふはははは。


「他者への感謝を示す為の散財は美徳と言って良いのでしょうが、あの一件は私達教会の人間も積極的に解決にあたるべきものでした。一介の聖職にある者として、為すべき事を為したまで。この様な高額な礼は不要です」


 即行でバレた。なんでや。


「何故も何も、幾ら保存食とはいえ、この大きさの箱が複数な時点で結構な金額でしょう。箱の重量感からしても、瓶詰の様な重い物が入っているのは想像がつきます」


 テーブルの上に積み上げた箱を眺める表情は何時もの鉄面皮だが、声色には呆れが滲んでいる。

 ……言われて見れば確かにそうだ。どうして気付かなかったんや俺は。

 そうだよな……ちょっと持ってくるの重かったし、っていうか此処で渡す品だけは量多くて店預かりしてもらってたのをさっき受け取って来たやつだし。

 サクっと受け取ってもらう目論見が秒で見破られて白目を剥きそうになるも、まだ諦めるには早い。俺の周りには積まれた箱を見て眼を輝かせる子供達がいるのだ。この子らの食欲に訴えかければ、ミラ婆ちゃんもそれを無碍には出来まい。

 そんな風に思い直すも、ミラ婆ちゃんは小さく溜息をついて――珍しい事に苦笑した。


「とはいえ、この品があれば帰りの旅路に子供達の楽しみが増えるのは確かですね――受け取りましょう、皆で味わって頂くとします」


 俺が何か言う迄も無く、子供達の期待に満ちた視線には気付いていたのか。

 先手を取られて「ありがとう」と、逆に礼を言われてしまう。ちびっ子連中も婆ちゃんに何か言われるでもなく、一斉にお礼の言葉を唱和させた。


 いや行動全部読まれててワロタ――師姐にはなんもかんもお見通しって事ですかね? まだまだ頭が上がりそうにない。


「当然でしょう。私は貴方の姉弟子ですから」


 子供達に群がられて頬や髪を弄り廻されながらしみじみと呟くと、口の端を微かに緩めた姉弟子は、これまた珍しい事に少しだけ誇らしげに言ってのけたのだった。







 お次は南区。こっちは冒険者組合がある区画なので、自然とそっち関連の施設が多くなる。北区にある工房の作品なんかを売りに出してる武具店とか、冒険者向けの宿とかね。

 ちょっと荒っぽい連中の比率が多いのと、祭りの期間中はそんなに催しや区画としての特色が出るような場所では無いので、滞在中殆ど南区には来てないのだが……なんつーか酔っ払いの数が多いな。

 正確には最終日前に全力で飲んで騒いで力尽きた連中が、道の端で酒瓶抱えて寝こけてたり、青い顔してゲロ吐きそうな面構えでフラフラと歩いてたり、そんな感じだ。

 別に南区だけで見られる光景、という訳でも無いのだが、酒と喧嘩が付き物な冒険者連中が集まる区画だけあって、特にその数が多い。

 治安が悪い、って感じはしないんだけどね。なんつーか、力いっぱい祭りをエンジョイして燃え尽きた感が凄い。


 先にも言ったが、あまり来た事の無い区画なので、物珍しさも手伝ってあちこちを見廻しながら大通りを進む。

 暫く進むと、反対方向から元気な子供の声が聞こえてきた。

 南区(ココ)で子供の声を聞くとは思わなかったな。少なくとも、聖都の冒険者達が屯する場ではあまり見かけない。

 そちらに視線をやると、大通りの反対側に比較的若い冒険者の一党と孤児らしき数人の子供達が一緒に連れ立って歩いてるのが見えた。


「早く行こうぜ姉ちゃん! 今日は炊き出しの日だから神父様も居るはずだし!」

「ちょっとカイル、前見て歩きなさい。他の人にぶつかるわよ」

「僕達の代わりに品を買ってくれてありがとうございます。やっぱり、家無しの孤児だとあぁいう店は入店を渋る場合が多くて」

「まぁ、これ位はな。しかし、神父様達に御礼の品を、ってのは感心だが……少しずつ貯めた銅貨だろう? やっぱり半分は俺達が……」

「駄目ですよ、本当はアザルさん達にもお礼がしたいのに、この上お金まで出してもらうなんて筋が通りません」

「ウェンディ、大丈夫ですか?」

「……大丈夫じゃないわ……ザルな連中相手にムキになって飲み過ぎた……頭痛い……」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねる様に溌溂とした声と足取りで先頭を行く少年と、前方不注意な彼を諫める弓を背負った斥候(スカウト)らしき装備の女性。

 その後ろには続くのは、革鎧を着て腰に剣を差した戦士と、罅の入った眼鏡を掛けた少年だ。何やら真面目な顔で話し合っている。

 最後尾を歩くのは魔導士と僧職の青年。顔を顰めてふら付いて歩く女魔導士に、聖職者の方が解毒効果のある魔法を施していた。

 子供達の方は見覚えが無いが、冒険者四人の方は知った顔だ。

 彼らも《大豊穣祭》目当てに帝国に観光に来てたんか。既に最終日とはいえ、見た感じ祭りを満喫出来ている様で何よりである。


 楽しそうにしてる処に、態々反対側の通りから声を張り上げるのも無粋だろう。和気藹々と会話して進む冒険者と孤児達を横目で見送ると、俺は再び目的の場所へと歩き出した。







「お礼の品ですか。マメだなぁ……依頼料はきちんと頂いてるし、先輩が恩を感じる必要とか無いのに」


 黒髪に甘いマスクのイケメンが、感心が混ざった苦笑を浮かべて後ろ手で頭を掻く。

 まーそうなんだけどね。組合には事後承諾で依頼通した形になるし、その辺りの事務的な手間を掛けさせちゃったし――なにより、本来なら祭りの期間中は依頼受ける予定無かったんちゃう?


「お見通しだったかぁ……此処まで来てくれたのに固辞するのも逆に失礼ですね、ありがたく受け取っておきます」


 目的地である帝都の冒険者組合。

 受付と仕事を張り出す依頼掲示板(クエスト・ボード)、酒場が一体化した一階部分、二階が高ランクの宿泊施設、最上階が組合役員や支部長の詰める部屋となっているらしい。

 大都市の支部は大体何処も同じ構造みたいなので、組合の方で支部建設の規格化がされてるのかもね。

 現在俺が居るのは一階の酒場兼食堂。祭りも終わりが近づいた事で、ぼちぼち明日からの食い扶持稼ぎを始めようという冒険者達で賑わう空間の一角だ。

 手近な卓を囲んで座った俺とイケメン+三人の少女――シンヤ君の一党は、あの夜に依頼したシアとリアの護衛をきっちり完遂してくれた事に対しての礼を含めたやり取りを行っていた。

 と言っても、依頼料自体は全額前払いだった。なので、今回は組合を通さないで急遽捻じ込んだ『儀式中の聖女護衛』という仕事を後から正式な依頼として処理したせいで起こった一手間に対する詫びと礼を兼ねた品を手渡しに来た感じです、ハイ。

 ミラ婆ちゃんの処で茶を御馳走になったので、卓上の俺の前には特に何も置かれていないが、まだ午前様という事でシンヤ君達は遅めの朝食の最中だったらしい。いや変なタイミングで来ちゃって悪かったね、気にせず食事を続けてくれ。


「い、いえ、滅相もナイデス……」


 女性陣三人を代表する様な形で、槍を背負って軽装の金属鎧を着た娘がガッチガチに強張った声で返事する。

 俺がこの席で座る彼らを見つけて相席してからというもの、彼女達の朝食は一切量が減って無かった。

 最年少らしき魔導士の女の子は死んだ魚みたいな生気の無い眼を伏せ、ひたすら卓の一点を見つめて絶対に顔を上げようとしないし、シスターの娘は最初から笑顔だったのだが、声を掛けた俺の顔を見てからもずーっとそのままで微動だにしていない。これ、気絶してない?

 うーむ、嫌われてる……と言うより怖がられてるなぁ。まぁ、この娘達からすれば、俺は仲間を脅し付ける形でパーティーから追い出した男だから仕方ないっちゃ仕方ないんだが……。

 叩き出したメンヘラ擬きな二人は、勝手な勘違いでシンヤ君とシアの仲を警戒してウチの聖女様に嫌なちょっかいだそうとしてたから残当。俺としても反省も後悔も無いし、同じ状況になったら同じことやるだろう。

 ただまぁ、鎧ちゃん完全起動で全開で威嚇してのお話をする上で、彼女達を巻き添えにしたのはちょっと申し訳なかった。

 とはいえ、あの二人に引き摺られる形でこの娘達も大分ギスギスしてたし、そのせいでシンヤ君の胃とメンタルをゴリゴリ削ってたので結果オーライだとは思ってるのだが。

 実際、足湯のときにシンヤ君本人から聞いた話では、今は彼を巡って鞘当てはしつつも、仲間としては上手くやってるみたいだしね。お節介も兼ねた地雷撤去作業は正解だった訳ですよ。


 でも、それはあくまで俺の視点での話だ。


 怯えられる事をした自覚はあるので、刺激すると致死性の呪を撒き散らして爆発する不発弾見る様な目付きで見られるのは甘受すべきだろう。心に刺さるけど(白目


「おぉ、日持ちする甘味の詰め合わせですか。僕も甘いものは嫌いじゃないですし、遠地の依頼のときに持っていくと良さそうですね」


 一方のシンヤ君は仲間の目が揃って死んでるのにも関わらず、早速渡した品を開封して嬉しそうに笑っている。

 俺が危険物扱いでビビられてるだけで、それ以外は特に何も無いし、実害が発生する事も無い。そう判断してスルーしてるみたいだ。

 出会った頃ならこの空気をどうにかしようと右往左往してセルフで神経削ってただろうに、色んな意味で逞しくなってるなぁ……彼の置かれた環境的に、ある程度図太くならんとやってられんかったのかもしれんが。

 何にせよ、この世界で生きていく以上、元居た世界の優良学生然としたメンタルから敏腕の冒険者のソレへと進化したのは良い事なんだろう。

 ジャムの瓶を手に取って「次の遠征はパン多めだな」とか呟いていたシンヤ君であるが、開封した箱の裏に折り畳んだ紙が貼りつけられてるのに気が付いて、不思議そうにそれを手に取った。


「……メッセージカード?」


 そんな洒落たモンじゃ無いよ。おまけだおまけ。

 具体的にはファーネスのトコの工房に対する紹介状だ。

 といっても、彼らは既に冒険者として大成してる一党なのでマイン氏族の工房には既に縁が出来てるだろう。シンヤ君の剣もあそこの工房の物っぽいし。

 次に行ったときだけだが、それを見せればおまけや値引きなど、色々とサービスしてくれるやつね。ファーネスには既に話を通してある。


「本当ですか? いやー助かります。闘技大会でちょっと剣が傷んじゃったので、明日にも向かおうとしてたんですよ」


 おうおう、喜んでもらえたならおまけを付けた甲斐もあったもんですよ。

 軽い調子で笑う俺達であるが、卓を囲む三人娘の方が凄い勢いで喰い付いて来た。


「……いや、ちょっと待って、マイン工房の紹介状!?」


 槍使いの子が手を伸ばしてシンヤ君の掌からカードを取り上げ、シスターと魔女っ子と一緒になって覗き込む。


「……うわ、本当! 最低でも一割引き……品によっては二割!?」

「下の項目も見るべき。買った品のメンテナンスも一回は無料と書いてある」

「こ、これならばシンヤ様以外の装備もあの工房製の物に一新出来るのではないでしょうか……!?」


 彼女達は先程までの蝋人形みたいな硬直っぷりから一転、眼を輝かせてちょっと興奮した様子で今度の買い物の予定を口々に話し合い始めた。

 現金なもの、とは言わない。戦いに関わる職をやってる以上、装備の質は生存率に直結するからね。

 しかし、聞いてる限りだとファーネスは大盤振る舞いしてくれたみたいだな。基本、武装は全部鎧ちゃん一つで完結する俺にはいまいち分からんが。


「あの工房の武具って言ったら、低くて金貨三桁近くからですよ! っていうかなんで紹介状書いてもらった当人がその内容を知らないんですか!?」


 上がったテンションのせいか、槍の娘が物怖じせずに普通に突っ込んでくる。俺としてはさっきの爆発物扱いよりはこっちの方が気が楽なのでむしろ有難い。

 紹介状の内容については知らんから、としか言いようが無いけどね。この間お願いしにいったときに、ファーネスが渡してくれたモンをそのまま箱の裏に張り付けただけやぞ。


「こ、こんなとんでもない物用意しておいて、全く自覚が無いこの人……!?」

「どう考えてもお礼の品が依頼料より高額。金貨の詰まった大袋で殴られるのと大差無い」

「……聖女様の守護者たる御方です。私達常人とは一線を画する意識をお持ちなのでしょう、多分、きっと、おそらく」


 流れる様に口々にディスられた。仲良いな君ら。ハーレムメンバーの関係が良好そうで良かったじゃないのシンヤ君。

 揶揄う様に言ってやると、目の前のイケメン君は照れ笑いと苦笑が半々の表情を浮かべて指先で頬を掻く。


 ふむ、否定はしない、か。


 彼に入れ込んでる女性は、互いの面識がある者からそうでない者まで結構な数がいると思われるが――どうやら今の仲間達についてはやはり特別らしい。少なくとも、ハーレム要員扱いで弄っても否定しない程度には。

 こりゃ数年後とかにはマジで所帯持ちになってるかもね。帝国の法的に、シンヤ君の冒険者としての実績や収入なら普通に重婚の審査通るだろうし。

 縦ロールちゃんとマメイさんの件もそうだが、式を挙げるなら是非とも招待して欲しい処だ。友人や親しい奴らの慶事なんてもんは何回あったって良い。

 そのときは心の底から笑顔で爆発しろ(お幸せに)と言ってやろう、うん。


 祭りが終わっても、まだまだ楽しそうな祝い事が尽きそうにない事に笑みを堪えて席を立つ。

 気分的にはもうちょっと話したかったが……まだまだ回る処も多い。そろそろお暇させてもらうとしよう。

 それじゃ、また縁があったら、と告げて俺が立ち上がると、シンヤ君も腰を上げて手を差し出してくる。


「近い内に聖都の方にも必ず寄ります。先輩もお元気で」


 あいよ、そっちも元気でね。

 俺達が握手を交わすと、三人娘――ハーレムというより、嫁さん候補と呼んでも良いのだろうお嬢さん達が、慌てた様子で同じく立ち上がった。


「あ、あの! 紹介状(コレ)、ありがとうございました! その……態度とか、以前の事とか……色々とごめんなさい!」


 代表して槍使いの娘が礼を謝罪を述べると、三人揃って深々と頭を下げられる。

 多分、露骨にビビった態度についてあんまり良くない事だとは思っていたのだろう。今回のやり取りが良い意味で切欠になった感じか。

 うん。ちと上から目線になってしまうが……良い娘達やね。大事にしろよー? 後輩。


 ニヤリと笑ってイケメンの肩を一つ叩いてやると、俺はヒラヒラと手を振ってその場を後にした。







 冒険者組合を出た後は、更に南区の奥――殆ど外壁沿いに近い場所にある大きな屋敷が目的地だ。

 元は最高位の冒険者が住居として建てたらしいそこは、俺達が使わせてもらってる屋敷と比べて、剛健な作りながらも中々に立派な佇まいである。

 現在、《魔王》を筆頭に魔族領からやってきた面々が逗留しているのがここだった。

 あの鳥は曲がりなりにも国主に相当する賓客なので、普通は王城で持て成すと思うんだが……筆頭補佐の方が「万が一破壊しても、一番問題が少なそうな場所と建物でお願いします」と切実な要望を入れたらしい。《魔王》自身も城で寝泊まりするより城下の方が良い、という意見なんでこんな感じに落ち着いたそうだ。


 ……で、用のある魔族の面々なんだが。


「ちくしょぉぉぉぉぉっ、離せぇぇぇっ! そろそろ帰る日も近いんだぞオイ! あの名画を描いた天使達を探す位はイイダルォ!?」

「うるせぇこの糞ダボ鳥がぁっ!? あの夜から毎日毎日アホみてぇに騒ぎやがって、このまま帰る日まで地べたに埋めといてやろうか……!」

「《狂槍》さん、鋼縄(ワイヤー)の追加持ってきました!」

「よし、轡代わりに顔から巻くぞ、黙らせる」

「ちょっ、やめっ、フゴゴゴッ!?」


 こ れ は 酷 い 。


 縄だの鋼縄(ワイヤー)だの鎖だのでグルッグルに巻かれて拘束され、蓑虫みたいになってる魔族の頭領と、その上から更に拘束を追加しながら自分とこの頭領を踏みつけにしてる部下。

 区画の奥まった場所で、あまり人通りが無い場所とはいえ、屋敷の門前で《《コレ》》やぞ。

 ちょっと頭痛を覚えた俺が無言でその光景を眺めていると、陸に打ち上げられた魚みたいにビチビチと地面で跳ねていた蓑虫魔王がこっちに気付いた。


「――! ンガググッ……っと、おぉ、丁度良い処にきたな猟犬!」


 当たり前の様に鋼縄(ワイヤー)を噛み千切るな。意味分からんわ。

 鳶色の瞳に喜色を浮かべた《魔王》は、そのまま身体にも力を入れて拘束を破壊しようとしたが、《不死身》の「ソレ外したら即行で補佐に連絡しますよ」という言葉に一瞬で真顔となり、スンッとした表情で大人しくなった。


「お前か。南区の端(こんな処)まで何しに来やがった」

「おはようございます、猟犬さん。リリィちゃんに用事ですか? さっき出掛ける用意してたんでそろそろ出て来ると思いますよ?」


 おっす、おはようさん。

 魔族領幹部二名に向けて軽く手を挙げて挨拶を返すと、なんだか取り込んでる様なのでさっさと要件を告げる。

 あの一件では世話になりました。胸糞悪い連中の胸糞悪い技術が他所に流れなかったのはおたくらが協力してくれた御蔭だよ。ありがとう。

 この面子が好む嗜好品とか分からんので、取り敢えず結構良いお値段のする蒸留酒を買って来た。晩酌のメインにでもしておくれやす。

 荷物から布で保護された酒瓶が二本入ったケースを取り出すと、そのまま《不死身》に渡しておく。


「ご丁寧にありがとうございます。お、帝国産の上物……《赤剣》さんが飛びついて来そうだなぁ、帰る前に飲み切った方がいいですね」

「態々こんなモン持ってくるとはな。相変わらず妙な処で律儀な野郎だ」


 ケースを快く受け取ってくれる《不死身》と、それを見て呆れた様に鼻を鳴らす《狂槍》。蓑虫状態でグリグリと踏み躙られてるその上司。

 なんとも珍妙というか混沌とした光景だが、《災禍》の連中と関わると大体こんな感じなのでスルー安定である。

 結局は無難な物を選んだが、何気に魔族領の連中への礼を選ぶのって、一番難航したんだよね。

《災禍の席》複数名を酒二本で使ったと考えてしまうと、安上がりにも程がある。喜んでくれると良いんだが……さっきも言った通り彼らが個々に好む品がよー分からん。足元の変態不死鳥の好みは言う迄も無いが聞いてやる気は無いので除外で。


「おい、猟犬。テメェは細かい事を気にし過ぎだ。こっちはやる気があったからやったんだ、気に入らねぇ話なら荷馬車一杯の金貨を積まれようがそもそも引き受けてねぇんだよ」


 俺のちょっとした不安を察したのか、踏みつけている《魔王》に体重を掛けながら、《狂槍》がニヤリと――それこそ子供が見たら泣き出しそうな凶悪な笑みを浮かべた。


「だが、そうだな……酒も悪くねぇが、今度魔族領(ウチ)に来たら付き合え。テメェとは一度、一対一で()ってみてぇ」


 オッフ……そう来たか……。

 魔族の中でも、更に血の気の多い部類の男だ。それが《魔王》のお守りに加えて闘技大会で腕利きが競い合うのを連日見る事になって、相当に溜まるものがあったんだろう。

 聞いた話では、頼んだ仕事はやっぱり単純な戦力としては過剰にも程があったらしいので、心ゆくまで戦って満足、なんていう事にはなる筈もなかった。

 こっちは数日前に本気の戦闘で、なんとか勝ちをもぎ取ったばかりだ。正直言えば人外級との戦いなんて、たとえ試合形式であれ、当分無くて良い……というか一生無くて良い位なんだけど……。

 ……まぁ、うん。世話になったのは確かだし、魔族領に行く事があれば考慮します。


「あぁ、それでいい。元からテメェが喜んで首を縦に振るとも思っちゃいねーよ」

「あ、おい槍ちんズルいぞ! おい猟犬! 俺も! 俺も遊びたい! 今度来たら()ろうぜ!」

「誰が槍ちんだ、ブチ殺すぞ糞鳥」

「痛デデデッ、ちょっ、眉間に石突はやめて!?」


 思いの外、話題があっさり終わった事にホッとしつつ、槍ちん(笑)が自領のトップの頭をゴリゴリと抉っているのを見やる。

 ゆーても、当面は魔族領に行く予定なんてないし、今の約束の御蔭で行く気も無くなったけどな!

 《災禍》の面々の他にも魔族の知り合いは大勢いるし、顔は見たいんだが……最低でも一年か二年は挟んで、口約束が有耶無耶になってからにしたい。


「僕はこのお酒で十分ですけどねー、聖女の護衛って言っても一晩平和なものだったし、やった事なんて二人の儀式を間近で見てただけだし」


 蒸留酒の入ったケースを軽く叩いてのんびりと笑う《不死身》=サンの穏やかさよ……《亡霊》と同じ、非戦闘気質の魔族なんていうレア系なだけはある。

 何にせよ、これで午前中の予定は消化出来た。いやー良かった良かった。


「俺は良くないぞ猟犬! せめてあの絵を描いてくれた子を紹介してくださいお願いします!」


 腕を組んでうんうんと頷いていると、再びビチビチと縛られた身をくねらせて跳ねだした《魔王》が器用に俺の足元に飛び跳ねて懇願して来る。普通に動きがキモい。

 どの辺が『せめて』やねん。そもそも、その要望の元となる絵自体がおたくへの今回の報酬でしょうが。

 報酬の内容が不満だっつーなら回収させてもらうぞ……折角頑張って描いたのに子供達はがっかりするだろうなぁ!


「ヤメロォッ!? 人の心とか無いのかキサムァ!?」


 悲鳴を上げる《魔王》様を程よく弄りつつ、門前で少しお喋りに興じていると、先程聞いた通りに屋敷から旅行用の肩掛け鞄を装備したリリィが出てきた。

 彼女も俺に気付いたのか、軽快な足取りで小走りにこちらへと駆けて来る。


「おはようございます、(あに)様。《災禍》の皆様に何か御用だったのでしょうか?」


 やぁ、おはようリリィ君。どっかに出掛けるって聞いたけど、道に迷わない様に気を付けてな?


「問題ありません。始めのうちは不覚を取りましたが、リリィは帝都での滞在中に成長したのです。お祭りが始まってからは、なんと一度も迷子になっていません」


 最初はやっぱりなったんだ、迷子。

 フンス、と両手を腰にあてて胸を反らすちびっ子であるが、何気に台詞の中で迷子になっていたと自白している。

 まぁ、今は大丈夫だというのなら俺がとやかく言う事ではないか。最終的にはそういった話も《虎嵐》とシグジリアに報告されるんだろうし。

 どうやらリリィは滞在中に出来た友達の処に遊びに行くらしい。昨日も一緒にお祭りを巡ったのだとか。


「今日こそは俺が姫の護衛として付いて行こうと思ったのによぉ。ひょっとしたら探してる天使にも会えるかもしれねぇし……」


 不満そうにブー垂れる足元の蓑虫。つーか、それが理由で縛られてんのかよ。残当過ぎて草も生えんわ。


「立場が逆だろうが。このガキは名目上は従者として帝都に来てるんだぞ」

「そうでなくとも、小さい子も大勢いる場所に頭領(ボス)を同行させる訳ないじゃないですか。諦めて留守番してて下さいよ」

「リリィは義母(かか)様から《魔王》様とお友達を合わせない様に、と力強く言いつけられています。なので、同行はお断りさせて頂きたいです」

「……グフっ!?」


《魔王》が白目を剥いて吐血した。

 部下二人に辛辣なツッコミを入れられ、推してる幼女からばっさりと望みを断ち切られ、シクシクと顔面を地に押し付けて泣き出す魔族領筆頭。その姿は絶望的なまでに威厳と縁遠い。泣きたいのは今も魔族領で政務に励んでる筆頭補佐だと思うぞ。

 まぁ、残念不死鳥さんの事はさておき、リリィも順調に外界に慣れてきているようで良かった。

 特に同年代かそれに近い――人間とエルフなんで実年齢は差があるだろうが、種族年齢的な話だ――友達が出来たというのは喜ばしい。送り出したシグジリア達は心配も多いだろうが、今回の帝都での滞在はリリィにとって良い経験になった事だろう。


(あに)様、(あに)様。リリィは従者としては勿論の事、お姉ちゃんとなる日に備え、修練を怠っていないのです。今日はその一環として、小さな子達に絵本を読み聞かせる為に本を持参して向かいます」


 余程楽しみなんだろうね。リリィは何時もと比べればちょっとだけ早口になって、肩掛け鞄の肩紐を握って気合を入れている。


「あちらの引率であるシスターさんが孤児院(おうち)で読む新しい絵本を探していると仰っていたので、リリィの見つけた良い本をお勧めする予定なのです、これは良い物ですから」


 おうおう、それを子供達にも読んであげる感じか。確かにお姉ちゃんムーヴを磨くのに余念が無いみた……い……。

 身振り手振りでは飽き足らず、リリィは心持ちドヤ顔になって鞄から取り出した本を掲げて見せ、それを見た俺は言葉を尻すぼみにさせて絶句した。


 初見は王城で、それ以降は何度か城下の書店なんかで見かけたその絵本。タイトルは言わずもがな。

 そう――『金色の少女と黒い騎士』である。


 ……嫌ァァァァァァッ!?

 ば、馬鹿な、何故この本をリリィが持っている!?

 いや、書店で売ってるから可能性はゼロじゃないにせよ、近年出たばかりの絵本としてはじわ売れしてる、程度の筈じゃなかったの!?

 帝都中の書店で扱ってる店舗の方がずっと少ないだろうに、どんな引きだよ!?


「へぇ、こんな本があるのかぁ……聖女とその騎士様の、有名税の一環、ってやつですかねー」

「クカカッ、ま、この手のガキ向けの本にしやすい題材ではあるんだろうよ」


 おいコラそこの二人ぃ! 他人事だと思って何わろてんねん!


「御安心下さい(あに)様。オフィリとの約束もある事ですし、リリィは愛し子様と(あに)様の物語を皆にしっかりと読み聞かせてみせます。従者としてもお姉ちゃんとしてもばっちりです、一石二鳥なのです」


 グフッ!?(吐血

 一切の邪念の無い、敬意を元にした使命感を込めて宣言された言葉に、俺は先程の《魔王》よろしく、血を吐いて蹲りそうになる。

 てか今、オフィリって……まさかリリィのお友達って、シスター・ブランの処の子供達か!? あの子達相手に朗読すんの!? その絵本(ソレ)を!?

 下手をしなくともシスターにもミラ婆ちゃんにも絵本の事が知られるじゃねぇかぁぁぁっ!?


 眼をキラキラと輝かせ、フンスフンス気合を入れているちびっ子相手に、まさか止めろと言ったり、ましてや絵本を取り上げるなんて真似が出来る筈も無い。

 どうしてこうなった……! 女神様、俺なんか悪いことしましたっけ……!!(切実




「……あんまりだぁぁぁぁっ!」


 ――ちくしょう、あんまりだぁ……!




 タイミングは奇しくも同時、天に向かって《魔王》と俺が上げた嘆きの声は、内容も大体同じだった。







 あぁ……なんか疲れた……。

 午前中の予定の最後に思わぬメンタルダメージを受け、昼になって若干重い足取りで向かったのは正反対の方向にある北区。

 以前、隊長ちゃんと入ったは良いがカップルフェアだのなんだので、とんだ羞恥プレイを強いられた喫茶店だ。正直、再度店に入る機会がこんなに早く訪れるとは思ってなかった。

 扉を押し開けると、客の来店を告げる軽やかなベルの音が鳴る。


「いらっしゃいませー」


 ウェイトレスさんが挨拶してくるが、幸いと言って良いのか、以前に訪れたときの娘さんとは別人だった。

 空いてる席に案内しようとしてくるのをやんわりと断り、待ち合わせの相手を探す。

 首を巡らせて落ち着いた内装のお洒落な店内を見廻していると、俺が見つけるより先に声が掛かった。


「おーい、こっちだこっち」


 テーブル席から身を乗り出して軽く手を振るその姿を見つけ、同じく軽く手を挙げて応じながら歩み寄る。

 向かい合って座ると、俺の顔を見て小首を傾げて来た。


「……なんか疲れてないか? またトラブルにでも巻き込まれたのかよ?」


 あー……そういうのじゃないから大丈夫だ。ただ、ちょっと予想外な事が判明して気疲れしただけだから。


「そっか、まぁお前がそう言うのならいいけどさ」


 俺の言葉に本日の午後からの待ち合わせ相手――シアは、軽く肩を竦めて微笑んだ。




 互いにちょっとした軽食と季節のフルーツジュースを頼むと、俺は改めて目の前に座るシアをマジマジと見つめる。


「むぅ……フェアはやっぱり終わってるか……」


 メニュー表を端から端まで見直して小さく唸る聖女様は、普段の白を基調とした僧服ではなく、ちょっとした変装――というか、普通の町娘みたいな服装をしていた。

 以前と違って髪の色を魔法で変えたりはしていないが、軽く編み込んでサイドから垂らし、その頭の上には小さ目のベレー帽がちょこんと乗っている。

 ベージュ色のシャツに大きめのストールを羽織り、濃緑色の丈の長いキュロットスカートにショートブーツと、後はこれで伊達眼鏡でも掛けてたら、元居た世界でも文学少女で通りそうな感じの恰好だった。


「……ふふん、お前の考えてる事は分かるとも――当然、用意してるんだなこれが」


 俺の視線に気付いたシアが、ドヤ顔で取り出したのはすこし野暮ったいデザインの丸眼鏡だ。前に聖都で出掛けたときにも見た気がする。

 スチャっとばかりに装着して完成したのは、とんでもなく容姿の整った文学美少女。本を片手にティーラウンジにでも座れば、それだけで雑誌の一ページにドカンと載りそうな完成度である。


 いやー凄いな、めちゃくちゃ似合うやん。なんだって急にそんなお洒落な服装を?


「興味が全く無かった、って訳じゃないんだぞ? ただ、如何にもな女の子っぽい服装は、オレ的にちょっと敷居が高くてな……まぁ、この恰好ならドレスに比べたら全然許容範囲だし、この際だから買い揃えてみた」


 なるほど、スカートもキュロットだし、ぶっちゃけスラックスとかに履き替えれば中性的ではあるが男でもありそうな服装だしね。

 この間のドレス姿も滅茶苦茶似合っていて眼福だったのだが、やはり本人からすると結構な恥ずかしさはあったらしい。会場中から視線が集まるのもあって、シアもリアもやっぱりドレスは苦手、という結論になったみたいだった。


「とは言っても、帝都の服飾店の場所もコーディネートの知識も無いからな。午前中はアンナに付き合って貰って、店選びと服選び、両方手伝ってもらった」


 言い出しっぺというか、礼代わりにどうかと言って来たのは副官ちゃんの方かららしい。

 あの夜、シアとリアが儀式魔法を用いたサポート要員として動いたのは、俺が頼んだというのもあるだろうが……何より副官ちゃんの救出、という目的があればこそだ。

 彼女的にも、それは帝国としてだけでなく、彼女個人としての『借り』という認識になるんだろう。後は、舞踏会で二人を巻き込んでドレスを着せた詫びも兼ねてると見た。

 何にせよ、今のシアも普段とは雰囲気が違って非常に眼福です……やはり良い仕事しますねぇアンナ先生は!


「拝むな拝むな――けど、お、お前がそう言ってくれるなら良かったよ。自分でも割と似合ってるとは思ったけど、やっぱ他人の意見も気になるからな」


 編み込んだおさげを指先で弄び、照れ笑い混じりで友人が悪戯っぽく笑う。


 注文していた品が届いた。

 品物を受け取ると、細工の入ったグラスに満たされたジュースをマドラーでかき混ぜながら、シアは伊達眼鏡越しに上目遣いで見上げて来る。


「ま、オレの方はそんな感じだ。お前はどうだったんだよ?」


 俺は昨日言ってた通り、あの一件で力を貸してもらった連中に御礼行脚だったぞ――まぁ、今日だけで全員は無理だったんで、後半は明日に持ち越しだけど。

 同じくフルーツジュースで糖分を補給すると、事前に教えておいた予定とそう変わらなかったと言っておく……まぁ、最後にちょっと予想外のダメージを予想外の相手から喰らったけど(白目

 立場的には俺達の方が力を貸したに近いとはいえ、帝国側――隊長ちゃん達《刃衆(エッジス)》にも改めて挨拶くらいはしておきたい処だ。

 闘技大会に参加した魔族の選手達も助力してくれたみたいなんで、そっちにも礼はしておきたいし、当然クイン――《陽影》にも帰る前に挨拶と御礼は必須だ。ついでに、二年前は破るの確定と思ってたから出来なかった再会の約束も。


「……何気にそういう処、マメだよなぁお前。あらためて聞いてると馬鹿みたいに交友関係も広いし」


 なんかシンヤ君にも同じ事言われたよ、別に普通だと思うんだが。

 ストローでジュースをちゅーっと吸引する聖女様の視線には、感心と呆れの両方が滲んでいたが……それこそ今更ってやつだ。

 俺一人でなんとか出来れば良かったんだけど、今回は状況や相手の組織形態的に絶対手が回らんかったからなぁ……個人的なお願いで鉄火場に誘うってんだから、そら義理と筋は通しますよ。

 それに交友関係うんぬんとは言うけど、お前だって大差ないやろ。俺の今の繋がりって、元を辿ればお前にくっついて大陸中を廻った結果だぞ。


 そうだ、俺の顔が広いというのならば。

 俺に力を貸してくれる奴らがいるというのならば。

 それを齎してくれたのは、目の前にいる金色の聖女様だ。

 俺の自慢の友人が、何度も何度も『繰り返して』、その度に色んなモンを喪って――それでも、と足掻いて積み重ねた記憶と知識の欠片あってこそなのだ。

 これを自分だけの力だと自惚れる程、俺は頭ハッピーセットじゃない。菲才の身なりにやれることは精一杯やった、程度の自負はあるけどね。


 言い終えると同時、何故か急に突っ伏したシアが自身の額でテーブルに頭突きを始める。


「お前っ……本当にさぁっ……! マジでいい加減にしろよ、そういう処だよ……!」


 ゴンッ、ゴンッとリズミカルに脳天でテーブルを叩く聖女様のお口から、何かを堪える声色で絞り出す様な声が漏れる。

 俺なりに最大限に友人へのリスペクトを語ったつもりが、何故か怒られてしまった。解せぬ(白目


 ややあって、シアは顔を上げた。

 頭突きの衝撃でズレた伊達眼鏡とベレー帽を直し、ちょっと赤くなった額も回復魔法で一撫でして治す。少し痛かったんだろうか? 空色の瞳はなんだか潤んでいる様にも見えた。

 まるで身体に溜まった熱を吐き出す様に、深く吸った息を吐き出して――一息つくと何時ものシアだ。


「ハァ……まぁ、なんだ。色々とゴタゴタもあったけど――祭り、楽しかったよな」


 うん、そうだな。そこは断言できる、間違い無い。


 友人の言葉に、俺は迷いなく頷く。

 思い出、というには余りに物騒な事も起きた――忘れ難い、戦いの記憶も出来た。

 起きた出来事の陰で、苦しんだ人、何かを喪った人も、きっと多くいるのだろう。


 それでも。

 それでも、俺達には未来(つぎ)がある。

 祭りの開催時に陛下が言った言葉じゃないが、今回の《大豊穣祭》が完全な成功とは言い辛くとも、後年に開かれる祭りをより良く、より楽しく出来るであろう、『次』がある。

 来年も、再来年も、そのまた次も、更にその先も、何年だって。

 確かに繋いで行ける、それが当たり前になった時代が来たと、皆が実感できたお祭りだったんだと思う。


 ――だから。


 次の開催地は教国か、帝国のままなのか、そもそも何年後にやるのか、現在(いま)の俺達には分からないけど。

 また皆で集まって、こんな風にお祭り騒ぎが出来たら良いよな。


「……うん、そうだな。また何時か、きっと」


 俺の独白にも近い言葉に、シアも目を瞑り、淡く微笑む。


 明日からも続いてゆく日々に、やがて来るだろう未来の祭りに、思いを馳せて。

 俺達はグラスを掲げ、小さく乾杯したのだった。








帝国編、やっとこ終了。



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