《報復》対《栄光》
「……ちと気になったんだが、どうやって此処まで追って来た? 隠形に関してはそれなりに自信があったんだがねぇ」
眼前の疵面の剣士の言葉に、俺は特に隠す事も無いので指を突き付けて応えてやる。
自分の使ってる武装の種を考えろよ――その魔鎧の装甲、構成の核部分はウチの鎧ちゃんの破片か何かを使ってるやろ。
確かに見事な隠形法だよ。痕跡の消し方といい、気配の断ち方といい、一度見失ったら再度の捕捉は困難だったんだろうが……使ってる武装にマイバディの一部だった物が使用されている以上、俺だけは例外だ。
初見でも魔鎧同士で微かな共鳴じみた感覚が起こってたしね。実際、その感覚を頼りにしての追跡は難しくなかった。
指摘を受け、ジャックが後頭部を掻きながら苦笑いを浮かべる。
「成程な。普段使わん得物は理解が浅くていかんね、どうも」
だろうな。大方、使う頻度は極稀、期間自体も一年あるかないか、って処やろ。
「御名答。アンタの使う《報復》と違って、精神汚染だの侵食だのは相当控え目らしいがね。それでも安定して使える奴がいなかったって事で、俺にお鉢が廻って来たのさ」
《栄光》だったか?
一定以上の戦力を容易に確保する為、とかいうコンセプトで作った癖に、結局は人外級か其れに近い実力の持ち主で無いと心身の反動を許容レベルに抑えられないとか本末転倒やんけ。作った奴は頭良い馬鹿の類なの?
「返す言葉も無い」
元々制作に関わった人間をフォローする気もないのか、全く以てその通り、と言わんばかりに肩を竦めた剣士は、苦笑したまま溜息交じりの吐息を吐き出した。
ついでに言うなら、ジャック本人も戦争が終わった後――女神様が一時的に他世界との繋がりを遮断するホントの直前に、この世界に落っこちて来たクチだろう。
そうでなければ、戦争中に全くの無名な訳も無い。この男からすれば、罪に問われる事もなく大手を振って強大な敵と戦える機会な訳だしね。人外級に到達してる以上、何処かの戦場で暴れていれば、絶対噂になる筈だし。
「そこまでお察しか……まぁ、そうさ。雇い主殿の調査の限りじゃ、俺が正真正銘、現行最後の転移者らしい――将来的にはどうかまでは知らんがね」
夜明け前特有の澄み切った空気の中、再び秋風が俺達の間を吹き抜ける。
数秒、僅かな沈黙が下り……それを破ったのはやはり剣士の方からだった。
「正直に言えば意外、だったな」
何が。
「アンタがこうして俺とのんべんだらりとお喋りに付き合ってくれる事が、さ。前評判じゃ――いや、闘技場で見せたアンタの地金からして、次は初手から奇襲で殺しにくると踏んでたんだが」
知った風に語ってくれるね――まぁ、合ってるが。
確かに、我ながららしくないとは思うが……まぁ、今回はそれだけ特殊なケースだった、という事だ。
鎧ちゃんの模造品らしき武装の使い手で。
副官ちゃんを目の前で掻っ攫い――だが、後で脱出の手助けをしたという事。
つい先程まで行われていた大捕り物で敵側として参戦する事もなく、こうして一人で離脱を図ろうとしている事。
ジャック=ドゥという男は、個人的にちょいと話をしてみたくなる要素が多すぎた。
なにより、何気に俺にとっても初めてなのだ。
――見事だと。あの戦争で一緒に戦った奴らに近いと、そう思えた魂の持ち主を殺す。そう決めたのは。
視覚レベルにまで認識を強化されている、とは言っても、俺の加護である魂の感知は実際に魂を視覚情報として捉えている訳じゃ無い。
多分だけど『視た』結果、俺の抱いたイメージが視覚という一番分かり易い情報で脳味噌に出力されてる様な感じなんだと思う。
眼前の男に抱いたイメージは、剣。
上質の玉鋼を丁寧に、丹念に鍛え、打ち上げられた一本の刀を思わせる魂だった。
分類的にはガンテスや《狂槍》に其々近い部分があるだろうか?
弛まぬ自己研鑽と、鍛えた技を自身と同等かそれ以上の強者にぶつける事に歓びを見出す、そんなタイプなんだと思う。
だが、その性質――『視た』イメージから感じ取った『色』が問題だった。
その刀身に斜陽を写したような、或いは乾かぬ血で化粧したかのような、妖しい朱。
収まるべき鞘の無い、剥き出しのそれは確かに美しい。
だけど、それは危険な輝きだ。
桜の花の美しさが、根元に埋まった骸の血を吸い上げたが故と言われた様に。
多くの剣士に握られ、振るわれてきた名刀が血に染まった逸話を持つ様に。
其処にある以上、無数の血の華を咲かせる事が当然の存在意義となるかの様な――妖刀と呼ぶに相応しい、そんな魂の持ち主が、眼前の男だった。
戦いを求める、好む、という点では魔族の戦士なんかとは共通点も多いんだろう。
だが、このジャックという男の持つ『色』は、超えてはならない一線……隣か、近くにいる『誰か』が居る限り、行ってはいけない場所にあるものだった。
だから、これはあくまで念の為。
とうの昔に出たのであろう男の答えを、再び問うのはこの一度だけだ。
――ジャック=ドゥ。あんたはそれを――自分の腹の中に飼ってる修羅を捨てる気は無いのか?
静かに問い掛けた……おそらくは答えの決まりきっているであろう問いに、ジャックはキョトンとした顔になり、次いで声を上げて笑った。
「はっ、ははははっ! なんだ、そっちはそっちであんな本性を飼ってる割に随分と優しい事を言う――答えなぞ、聞く迄も無いだろう?」
一頻り笑った後、剣士は……否、自身の裡にある修羅に呑まれる道を選んだ剣鬼は、腰に下げた得物の柄にゆるりと手を掛ける。
「征く道が血濡れている事など今更。狂気の沙汰であることなぞ最初から承知」
抜き放った剣は、おそらく本来の得物なのだろう。
優美な曲線を描いた湾刀――鍔や柄の拵えといい、正しく"刀"と呼ぶべき魔装の一振りだった。
「それでも、これが俺だ。俺の選んだ道だ。魔獣に、人に、此の世界の強者達に挑み、斬り。其れを阻むならばその全てを斬り――征き着く先に、鳳凰や龍すらも斬ってみせよう」
……それが可能だと、実現出来ると思ってるのかよ、本気で。
「さぁ? 出来るかどうかなぞ知らんね。俺がくたばるまでやる、それだけさ」
此方に向かって突きつけられた白刃が、昇って来た朝陽を受けて冴え冴えとした光を放つ。
名無しの剣鬼は飄々とした笑みの中に抑え込んでいた凶気を混ぜ込んだ、物騒な笑みを浮かべ、問い返してくる。
「アンタはどうなんだ《聖女の猟犬》。アンタの周りに居る奴らを斬る、そう宣言する男がこうして目の前にいるのに、その牙を突き立てるのを躊躇うのか? 認め難い"敵"にお涙頂戴のそれらしい理由でもあれば、其れは牙を鈍らせるに足るってのか?」
まさか。それこそ答えの分かり切った問い、ってやつだ。
この問答だって、結局の処は意味の無いものだってのは百も承知なんだよ。
単に一介の魂フェチとして納得して、万が一、億が一、ほんの微かにでも躊躇する理由を完全に消し去りたかっただけだ――お前を狩るのにな。
個人的に話をしたいと思ったのも嘘じゃない。
来る時期が、会う形が違えば、或いは別の関係があったのかもしれん、とも思う。
だが、それらも既に意味の無い仮定の話だ。
目の前の男は、俺の友達に――副官ちゃんに手を出した。
その上で、これからも大陸中の強者に、俺の戦友達にもその凶刃を向けると宣言している。
穏便だの、穏当だの、そんな言葉が使われる段階はとっくに過ぎ去ってるのだ。
賽は投げられた。この男自身が、投げた。
後の結末は単純――出目の大きい方が残り、小さい方は潰れて消える。
丘の上に、三度目となる一迅の風が吹く。
連なる山脈の向こう、差し込む朝の光が暗い丘の上を照らし始め、黄金と緋色に染め上げてゆく中で、俺達は静かに構えを取った。
「俺は俺の選んだ道を征く――放っておけば其の先々で立ち塞がるであろう、アンタが邪魔だ」
――俺は俺の焦がれた奴らに、笑っていて欲しい。漸く平和になったってのに、アイツら相手の辻斬り宣言なぞかます、お前が邪魔だ。
「――故に」
――だから。
"此処で死ね"
同時に零れた、異口同音の言葉が風に浚われて飛び散り。
《起動》
更に同時に紡がれた一言と共に。
朝焼け照らす丘の上で、戦いは始まった。
刀剣を八双に構えた白の魔鎧相手に、拳を向けて腰を落とす。
模造品である《栄光》が出力や強化率において鎧ちゃんに及ばないというのは、初見で交した一手でなんとなく把握した。
だが、その中身たる剣鬼は此方と違って超一流――正真正銘、地力で人外の領域に到達した男だ。
生身でもこちらと普通にやり合えるであろう相手……それがパチモンとはいえ、魔鎧を使っているのだ、その厄介さは言葉にするまでもないだろう。
肩と脚部から魔力噴射。
瞬時に音速に到達し、白の魔鎧の右側に回り込む形で間合いを詰める。
同格の人外級でも、対応自体は可能であっても多少なりとも姿勢が崩れるであろう高速機動に、ジャックはあっさりと追随して来た。
白い装甲の半身から魔力噴射が行われ、構えを乱す事無くその身体が高速で旋回する――やっぱり鎧ちゃんの基礎的な機能くらいは搭載してあるか。
「――甘い」
どっちが。
肉薄する俺に向け、閃光の如き速度で突き込まれる切っ先。
受ければ装甲を貫き、躱せば一瞬で翻って怒涛の攻めに転じるであろうソレを《流天》で捌き、運動力と込められた魔力を絡め取る。
流石に《三曜》の技は初体験だろう。不自然に速度と内包魔力が減衰した刃を前に、フルフェイス越しにも瞠目の気配が伝わってきた。
受け流した腕とは逆の手で、コンパクトに裏拳を振り抜く。
狙いは喉。《命結》を乗せた打撃が入れば、魔鎧の装甲であっても比較的薄い場所なのもあって気脈に直接干渉できる。
そうなれば殆ど勝負は決まったようなものだが、そこは優れた戦士の勘というやつか、咄嗟に肩を入れて打撃は遮られた。
あくまで急所狙いの手打ちだ。装甲の厚い肩で受けられれば《三曜》の打効も流石に届かない。
お返しとばかりに、逸らされた刃が全身のバネを使って横薙ぎに加速した。
寒気が走る程の鋭い斬撃――だが、これは予測していた一手の内だ。瞬時に剣の振り抜かれる方向に併せて魔力噴射。
相手の刀の間合いは二尺四寸――70センチちょい程度。腕の長さも考慮した間合いの分だけ、きっちり後退する。
水平に振り抜かれる刃。掠める様にこっちの胸部装甲が火花を散らすが、それだけだ。
剣を握る指を狙って、アッパー気味の軌道で拳を振るい、空を打つ。
拳の外の間合い――だが、切り離して破片化させた装甲が飛び、散弾となって白い装甲の右手首から指に掛けてを打ち据える。
流石にこれで剣を手放すとは思っちゃいない。だが、握りが緩むくらいはする筈だ。
追撃で柄に掌底をたたき込もうとし――次の瞬間、走った戦慄に躊躇なく後方へと跳び退く。
それに半瞬遅れて刀の柄が軋む音を耳が拾い、豪、と突風すら巻き起こす勢いで剣が切り返される。
踏み込んでいれば右腕が付け根から飛んでた。つーかアレだけ綺麗に入って剣を握る指が緩みもしないのかよ。魔鎧の強化込みにしてもどういう握力してんだ。
「狙いは悪くない処かえげつないが……俺の手から剣を捥ぎ獲りたいのなら、手首ごと落とすんだな」
そーかい。なら手首と言わず、腕ごと落としてやるよ。
頭部装甲の下で不敵な笑みを浮かべているであろう、白い魔鎧の持ち主の言葉を受け、俺は再び加速する。
先程までが挨拶代わりの小技を多用した近距離戦なら、今度は全身の魔力噴射を多用しての超機動の高速戦闘だ。
同じ人外級でも後衛の動体視力なら振り切る事も可能な、鎧ちゃんの本気の速度に対して――劣るとは言え同じ魔鎧を纏ったジャックはきっちり反応してきた。
日の出眩しい静かな丘の上、風に混じって鋼が高速でぶつかり合う音が断続的に響き渡る。
繰り出される剣を手掌で逸らし、ときに極限まで圧縮した魔力を手刀に乗せて弾き。
だが反撃として打ち込む一打は、神速でありながらぬるりと滑り込む様な巧妙な太刀捌きと体術によって敵の身に届く事無く、悉くが遮られる。
「……ははっ! こいつは凄い、これが本物か! "意"を読んでも単純な速度差で押されるなぞ初めてだ!」
おう、ならもうちょっとしんどそうにしろや。メタクソ楽しそうに笑いやがって。
鎧ちゃんの本気の速度に、同じ土俵で喰らい付いてくる相手、ってのは初めてかもな……いや、当然お師匠とか《魔王》は別だけど。
膂力や速度はこっちが上だ。
だが、《栄光》によって明確であったその差はある程度縮められ、更に剣鬼自身の技量が残ったそれを埋め立てに掛かる。
幸いにして、魔鎧自体はあくまで外付け・召喚される高硬度の全身魔装の装甲と魔力噴射機構、身体強化がキモであり、うちの鎧ちゃんみたいな多機能っぷりは無いみたいだ。
あと、こっちの攻撃の意識や殺気を込めて狙う位置をとんでもねぇ精度で先読みしてくるのが糞ほど厄介。
反撃の要として《三曜》の技を連撃や防御に絡めて使うと、只の勘というには的確すぎる反応で攻撃や回避の動作を切り替えて来る。
魔力絡みの探知方法であるなら、鎧ちゃんからバリバリ垂れ流されている攻性魔力に邪魔されて上手い事働かない筈なんだが……速度にものを言わせての死角に回り込んでの一撃まで綺麗に反応してくる事も併せて考えると、経験と修行の賜物――純然たる技術である、という可能性が高い。どこの戦国時代の剣豪やねん。
その御蔭でじり貧――って程でも無いが、流れが来てないのは良くないな。ちと強引にでも変えに行くか。
魔鎧同士という、本来有り得る筈も無い組み合わせによる、目まぐるしく立ち位置を変えながらの高速戦。
この短時間で数百を超える剣撃と体術の応酬を行なったが、互いに有効打は未だ無し。
膠着はこちら側に転がせる要素が無い場合は避けるに限る。イニシアチブを獲るのも兼ねて、少しばかりの無茶を試みた。
正面から装甲を飛ばした破片散弾を浴びせ、目元を狙った弾だけを綺麗に叩き落とされ――その一瞬で左に回り込み、腰溜めに構えた掌底を捻り込む。
《命結》を乗せた一撃に、魔力噴射の旋回と身の捻りを合わせた突きが迎撃として打ち込まれる。
互いにたっぷりと魔力を籠めた一撃だ。先程までの攻防の様に激突し、紫電を撒き散らしながら弾き合うかと思われたが……俺は直撃の瞬間、掌底にて練り上げた魔力を敢えて散らした。
当然の如く打ち勝った魔装の剣の切っ先が、黒い装甲に覆われた掌を貫く。
飛び散る鮮血と這い上がる痛みは無視し、俺は串刺しにされた掌を握り込んで最大速度で貫かれた装甲を復元する。
「ッ!?」
咄嗟に刀を引こうとしたジャックだが、貫通部分を覆い尽くすように広がった此方の装甲に引っかかり、引き抜くのが容易では無いと一瞬で判断。
この剣鬼の技量ならば、こっちの掌ごと装甲を裂いて斬り飛ばすのは容易だ。切っ先を上に跳ね上げようと剣の柄が握り直されるが――俺の方が一手早い。
鎧ちゃんの持つ呪物としての威圧、それを纏う俺自身の殺気、その全てを凝り固め、眼前の男へと雪崩の如く叩きつけた。
眉間、心臓、喉、脾腹、人中、右鎖骨――敢えて剥き出しにした敵意を、順番も場所もバラバラに連続で白い魔鎧へと押し付ける。
剣がこっちの掌に固定されている状況で、矢継ぎ早に先読みが報せる攻撃箇所への対応に、ほんの刹那、ジャックの動きに迷いが生まれ。
その意識の間隙を縫う形で、腕を捻って自分から掌から刃を引っこ抜きつつ、顔面に最速で蹴りを叩き込む。
「ぶへっ!?」
砕ける白い装甲、何処か間の抜けた悲鳴。
足で《命結》を使用するのは拳のソレより数段難易度が高い。俺の《三曜》の練度では咄嗟には難しい。
なので、ぶち込んだのはただの蹴りだが……流れを握るのと、鼻血噴かせる程度の効果はあったようだ。
「痛ってぇ……滅茶苦茶するな《猟犬》の」
ダメージ自体は大したことは無いんだろう。
瞬きより早く体勢を立て直したジャックが、割れた頭部装甲から覗く顔もそのままに、鼻腔から垂れる赤い筋を拭って苦笑いする。
鼻っ柱は残念な事に無事だった様だ。とはいえ、顔面にスタンプキックが直撃したので若干目元に涙が滲んでいる。ワロス。
「いや、アンタの方がどうみても重症……って訳でも無いのか? この場合」
風穴が空いたせいでボダボダと血が流れ落ちていたが、鎧ちゃんに掌の肉を縫い付ける形で装甲を復元してもらい、既に出血の収まりつつある俺の掌を見て、感心したように頷く。
「成程な。単純な装甲の復元以外にも外傷に対する強引な処置も可能なのか……流石は《報復》って処かね」
流石に肉を切らせて骨を断つ、みたいなスタイルは大戦時代でも偶にしかやらんかったぞ。あの頃は継戦能力に元から難があったし。
前までと違って、負傷した骨肉を装甲で強引に接ぐと鎧ちゃんが嫌そうというか、ひどく苦しそうな感覚を訴えて来るので、今でもどの道多用は出来ないんだけど。
「……くくっ、やっぱりアンタも怖いねぇ……ティグルの奴があぁまで意識する男だ、武装頼りだけな筈も無いとは思っていたが……」
砕けた頭部装甲を復元させ、何が面白いのか喉の奥で笑いながら仕切り直しとばかりに剣鬼は刀を構える。
「あの"流れ"そのものを掌握する様な技も、《報復》の持つ機能の一つ……なら、戦人としてのアンタは"何"であるのか」
知らんがな。興味も無い。
再び加速し、一気に間合いを詰める。
身を低くして振り抜いた低い軌道の蹴りを一歩踏み込んで威力を殺し、脚の装甲で受けたジャックは、詰まった距離からこちらが振るった手刀を弾くでもなく、逸らすでもなく。
刀身を以て受け止め、鎬を削る鋼と魔力が火花を散らす中、額を突きつけ合う様な距離で言葉を続ける。
「拳士では無く、魔導士などである筈も無く……持たざる者であるが故に、己の牙たる魔鎧を十全に使い熟す事に特化した者」
ぎゃりん、と刀剣と手刀が一際強く擦れ合い、互いの込めた魔力が弾け飛んで衝撃を生み出す。
それに押され、両者共に背後へと跳躍して一旦距離を取った。
空いた間合いを前に剣鬼は吐息を一つ漏らして、片手で握った剣の切っ先を持ち上げて俺に突きつける。
「――"魔鎧使い"。それがアンタの戦人としての在り方か、《聖女の猟犬》」
正体みたり、とでも言いたいのかよ。別に鎧ちゃん頼りって事を隠した事も無いんですけど。
刀と打ち合わせた方の手刀を開いてプラプラと揺らし、痺れや装甲の破損が無い事を確認していると、俺がフルフェイス越しにもよっぽど興味の薄い表情をしている事に気付いたのか、ジャックは何度目かになる苦笑らしき気配を声色に浮かべた。
「自覚は無し――故に強者としての拘りや自負も無し、か。魔鎧込みとはいえ、人外級とやらに相当する戦力が"弱者の戦い"を行う事に躊躇いが無い事が、どれだけ厄介なのか……自業の末とは言え、アンタとこれ以上無い敵対関係だった邪神の信奉者とやらには同情するね」
褒めてんのか貶されてんのかいまいち分からない件。
真顔で返す俺に「褒めてるさ、心底な」と答えると、その言葉に偽りは無いのか剣鬼は高揚を感じさせる調子で独白を続け、剣を両手に握って正眼に構え直した。
「魔鎧に対する理解と練度では並べそうにないが……俺の本業は剣士だ。アンタの戦人としての形を捉えた今、後は剣でそれを超えてみるとするさ」
ここからが本番だ、と言わんばかりに戦意を高める白の魔鎧とその主。精神の昂りに応え、装甲に走る魔力導線がより深く、強く明滅して濃密な魔力を吐き出す。
テンション上げる相手を前に、折角引き寄せた筈の流れが再び散らされてる感覚を覚えるが……まぁ、えぇわい。
本番が此処から、という点はこっちも同意だ。
早い段階……余力がある内に《栄光》の基礎性能を把握できたのは俺としても僥倖だったわ――そっちの魔鎧があくまで召喚型から発展しないのなら、万が一にも模倣される心配はなさそうだし。
「へぇ? その口ぶりからすると、まだ隠し札があるみたいだな……今から見せてくれると思っても良いのかね?」
愉し気な問いに、らしくもなく、俺は不敵に笑う。
そのつもりだよ。ただまぁ……そうなると、おたくの望むタイマンの決闘とは聊か沿わなくなるけどな。そこは元から知ったこっちゃねーけど。
訝し気に「……何?」と呟かれる声には答えず、こちらも腰を落とし、低く構える。
魔鎧使い。さっきは俺をそう、呼んだな。
俺が真にそうであると言うのなら――悪いな、その名の通りの本領は此処からだ。
鎧ちゃんが放つものでもなく、《三曜》を用いて循環させたものでもなく。
俺の身に宿る、俺自身の魔力を練り上げ、腹の底で回し――その一言を唱えた。
――《銘名》。
お披露目だ。征こうか、相棒。
???「――うん。ずっと一緒! いこう御主人!」




