表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

おだつな少女

作者: 菊日和静

 ――おだってんじゃねーよ!


 この言葉を聞いていい気分になる人はそういないだろう。

 私だってそうだ。

 言われたら男子とケンカするぐらい嫌な気分になる。

 ごめん。ひとつ嘘があった。

 ケンカするぐらいじゃなくて、すでにケンカした後だった。

 私にとってはそれぐらい嫌な言葉。

 おだつな――は北海道の方言であるそうだ。

 そうだと言ったのは私自身はそれをずっと標準語だと思って使っていたからだ。

 意味は『調子に乗るな』だ。


 ――おだつな。

 ――あんまり、おだってはだめよ。

 ――お前、おだってるよな!

 ――おだってないで少しは落ち着いたらどう?


 そんなことを言われるたびに私は息苦しさを覚えた。

 ぶくぶくと海で溺れていくかのように。言葉が重りとなって。

 大体だ。何でそんなことを言われなければいけないのだろうか。

 私は『おだっている』という自覚はない。

 自分が思ったことを言って、自分がやりたいと思ったことをやって。

 ただそうやって過ごしてきたはずなのに、周りからはおだっていると見られる。

 そんな周囲のズレが気になって、嫌気が積もって感情が爆発してしまった。

 

 ――私を『おだつな』って言うなっ!!


 学校の先生も仲裁に入るぐらいのケンカに発展した。

 それ以降は、私をそう呼んでいた子に対して先生からの忠告もあって直接言われることは無くなった。

 だが、直接言われることがないだけで、陰口としては言われている。

 ふとした拍子にぼそりと「おだっている」とか「おだつな」が耳に入る。

 我慢しなきゃいけないとは思っていても、心がささくれ立つ。

 いつまでこんなことが続くのだろうか。

 そう思っていた頃に――私に転機が訪れた。


    ◆


 その子の名前はエマと言った。

 私たちの学校に短期留学で来た日本人とカナダ人のハーフの女の子。

 日本人であるお母さんの故郷で過ごしてみたかったとのことだ。

「ワタシはエマです。日本語は話せます。ひらがなは読めますが、漢字は読めません。ミナサン、よろしくお願いします!」 

 少し辿々しいながらも日本語を話すことで周りがちょっとホッとした空気が流れた。

 でも、私はそんなことよりもエマに目を奪われた。

 見慣れない容姿とかカナダ人とのハーフであるとかじゃない。

 何というかキラキラして見えたのだ。

 一人で短期留学に来て、笑顔で話すその姿が眩しく見えた。

 だから、私は思ったのだ。

 友達になってみたいと。

 思い立ったが吉日。私はすぐさまエマに声をかけた。

「ねぇ、エマちゃん! もしよかったら私と――」

 友達になってほしいと言おうとした時――周囲の視線が刺さった。

 目は口ほどに物は言うと聞いたことはあるが、なるほど、その通りだ。

 

 ――ま〜たおだってるよ。

 ――本当いい加減にしろよ。

 ――少しは空気読んだらいいのに。


 言葉にしなくてもわかった。

 せっかく久しぶりに心が浮立つことがあったのに、私の心はまた海の底に沈んだ。

「あー…ごめんね。何でもない。また後でね」

 逃げ出すように私はその場を後にした。

 その後も休み時間になるたびにエマは囲まれ一躍クラスの人気者となっていた。

 私はそれを遠目から見ているだけ。虚しい気分になる。

 そして、昼休みになって私は沈んだ気分を変えるために外に出た。

「どうしてこうなったかなー」

 ぼけーっと外の景色を見ていたら、

「――ネェ、一人で何してる?」

「エマちゃん?」

 ここに来るはずがないと思っていたエマがいた。

「みんなと遊んでたんじゃないの?」

「だってアナタ後でねって言ったでしょ。順番。先」

 確かに言ったが、まさかそんなことで会いに来てくれるとは思わなかった。

 まずい。うれしい。どうしよう。

 そうだ、さっき言えなかったことを言おう。

 そう思った矢先のことだ。


「アナタの名前。『おだつな』で合ってる?」


 その言葉を言われた瞬間、頭がカッとなった。

 エマが『おだつな』って言ったことではない。

 陰で私のことをエマに『おだつな』って言った奴らに対して怒りが爆発した。

「違う! 私は『おだつな』じゃない!」

「チガウの?」

「うん……。大きな声出してごめん」

 エマは悪くないのに八つ当たり気味に言ってしまった。

 すぐに謝ったが罰が悪い。

「大丈夫。気にしてない。でも『おだつな』って何? ニックネーム?」

「おだつなって言うのは……」

 通じるかわからないがエマに教えた。

 私の何となくの説明でもエマは何とか意味を汲み取ろうとしてくれた。

 そして、

「『おだつな』ってとてもクールな言葉! アナタにピッタリ!」

「え、『おだつな』が?」

 私の手をとって嬉しそうにエマがそう言った。

 思っていた反応と違って私は驚いた。

「そうだ! 二人の時、アナタのこと『おだつな』って呼んでいい? ワタシのことはエマで!」

「え、あ、うん。いいけど」

「アリガト! じゃあ、また明日ランチタイムで会いましょう!」

「お、おーけー」

 エマの迫力に押されて私のあだ名は正式に『おだつな』になってしまった。

 だけど何故だろう。

 エマに言われる『おだつな』は全然嫌な感じがしなかった。


    ◆


 約束通りエマは翌日の昼休みも私と二人会うことになった。

 クラスのみんなは文句の一つでも言うかと思ったが、エマはクラスメイトに昼は私と遊ぶときっぱりと宣言すると何も言えなくなったそうだ。

 その光景を見てはいないが小気味よくて痛快な気分だ。

 でも本当にそれでいいのかエマに聞くと、

「あークラスのミンナは優しくて好き。でも、ミンナ主張がない」

「どういうこと?」

「ワタシのことを聞いてくれる。うれしい。けど、ワタシはミンナのこと知りたい」

 何でも私のいないところでエマが質問攻めに会っていた時はこんな感じだったそうだ。


 ――カナダってどんなところ?

 ――エマちゃんの何かしたいことある?

 ――エマちゃん何が好き?


 日本人の感覚からすると絵に描いたような『親切』である。

 確かにエマの言う主張は感じられない。

「でも、おだつなは違った。最初に友達になろうって言った」

「最後まで言えなかったけどね」

「言わなくても大丈夫。それぐらいわかる!」

 二人して笑い合った。

 いつもは長く感じた昼休みもエマと二人なら短く感じた。

 こんな少ない時間じゃとても語りきれない。

 私とエマの心は一致した。

「じゃあ、エマ! 放課後どっか遊びに行こ!」

「ヤー、おだつな!」

 その日から放課後は私とエマで遊ぶことになった。

 不思議と馬が合う私とエマであったが、仲良く意見が全部合ったかと言われたらそんなことはない。

 むしろ、ぶつかりまくった。

 私がブランコで遊びたいと言えば、エマは自転車でどこか行ってみたいと言う。

 何をするにしても、どこへ行くとしても大抵は意見が分かれジャンケンで決めたりした。

 でも、仲が悪くなることはなかった。

 私のことを『おだつな』と言うクラスメイトと違って。


    ◆


 ある日のことだ。

 何となく私はエマに英会話はどうしたら上手くなるのか聞いた。

 すると、

「英語なんてとても簡単。『I do』ができれば伝わる」

「アイドゥー?」

「そう!」

 体験英会話教室とかでABCの歌でアルファベットぐらいは学んだが、文法はまだよくわからない。

 エマはいつもと逆に私に教えてくれる。

「『I do』は要は『ワタシがしたい』ってこと。食べたい、行きたい、遊びたい。英語は『I do』ができれば大丈夫!」

「そうなんだ」

「だから、おだつなは英語ができる。一番大事な『I do』ができてるから」

「あっ――」

 そっか。そういうことなんだ。

 どうして私がエマと気が合ったのかようやくわかった。

 クラスメイトのみんなは『You』で私やエマは『I』なんだ。

 そりゃ『おだつな』って言われるわけだ。

 だって、主語というか文化が違うんだもの。

 ようやく私の中で『おだつな』という言葉がストンと胸に落ちた。


    ◆


 短期留学も時が経つのが早いもので、エマが学校に来る最終日が訪れた。

 クラスメイトたちはエマのためのお別れ会を準備し、教室を飾ってお菓子やジュースを用意した。

 もちろん私も準備の手伝いはしたが、正直なところ違和感しかない。

 みんなはエマと会えて楽しかった、嬉しかったと言って別れを惜しんだり、絶対に手紙を書くねとか言って涙を流す子もいたりした。

 この子たちも私とは知らないところでエマと親交があったのだろう。

 何というかこうした光景を見るとむず痒い気分になる。

 そして、お別れ会は恙なく終了した。

 最後まで私はエマにお別れの言葉を言うことはなかった。

 なぜなら、

「ハイ、おだつな。待った?」

「待った待った。おかげでアイスが溶けちゃったじゃない。ほら」

「うん、ありがと」

 二つ持っていた棒アイスの片方をエマに渡した。

 アイスを食べながらお別れ会のの話題になった。

「おだつなはワタシにお別れの言葉とかプレゼントないの?」

「あげたでしょ。それ」

「アハハ! これかー!」

 この夏の間二人で何度も食べたアイス。

 思い出と言うには安すぎるが、それで十分だ。

「別に必要ないでしょ。プレゼントも言葉も」

「そうだね!」

 私たち二人の間にしめっぽい挨拶もプレゼントもいらない。

 だって、友達とちょっとだけ別れるだけなんだから。

「次は私が留学してそっち行くから待ってろよ。エマ!」

「うん、待ってる。おだつな!」

 そう言ったエマはあっさりとカナダへと帰った。

 でも全然悲しくなんてない。

 むしろ、ワクワクしている。

 私の次なる『I do』は決まっているから。

 大好きな友達に会いに行く。

 やりたいことと思ったことは絶対やる。


 だって、私は――『おだつな少女(ガール)』なんだから。

お読みいただきありがとうございました。

「I do」のくだりに関しては、私の遠縁の親戚である同い年の日系カナダ人から教えてもらった言葉だったりします。

私は「英会話ってどうやったらうまくなるの?」と聞いたら、

彼は「英語なんて簡単さ! 「『I do』ができれば伝わる!」と教えてくれました。


この時は、そんなもんかーと思ってましたが、

よく考えると英語の上手くなり方じゃなくて、

彼が教えてくれたのは意思の伝え方なんですよね。

自分が何をしたいのかを伝えるのかが大事なんだと。


そして、それは私が愛聴している『月の音色』というラジオで、

パーソナリティである声優の大原さやかさんがよく言っている

「会いたい人には会いに行く。好きな人には好きって言う!」

という言葉と本質的に全く同じなんだと、この年になって新たに気付いて書き上げた一遍になります。


お楽しみいただけたなら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ