君の命日
外出していた矢先、大雨が降った。
と言っても、それは事前に天気予報で台風の接近を告げていて予定調和の降水だった。普段は折り畳み傘で事足りると考えていた私だったが、その予報を聞いて傘を事前に準備をしていた。しかし、傘をさしているにも関わらず、黒い喪服の肩やズボンの裾を雨が無遠慮に濡らしていて体が冷え込んでくる。
今日は彼の命日だった。彼が死んでから30回、毎年この日に彼の家族と合流し、お墓参りや法要に参加していた。今日、1年越しに久々に会った彼の家族からは老いを感じ、時の流れを強く感じた。
膝まで服に水が染みてきた頃、ようやく私が借りている2階建てのアパートにたどり着いた。黒の傘を閉じ雨水を払い、2階の一番奥の部屋へと足を進める。
鍵を開け部屋に入る。小さな玄関から廊下に向かって濡れた靴下が足跡を作っていく。カバンを下ろそうと手元を見ると、カバンの表面が水気でしなびていることに気付く。水浸し状態の部屋より先に、私はすぐさまにカバンの中身の心配へと気を移した。
カバンを開けると、丁寧にビニールでくるまれた1冊の本が空間を占めている。この本は彼の両親から先程渡されたものであり、彼の日記ならしかった。手に取ると、彼の両親は2重にビニールをかけてくれていたようで、中身まで水気がしみ込んでいる様子ではなさそうだと分かり、私は息をついた。
湿り切った喪服を脱ぎ私服に着替え、落ち着いて日記を読もうと一人掛けの椅子に体制を整えた。
青色のノートの中心に日記と印字されている、ごくありふれた日記帳だ。すこし劣化した表紙を指で撫でてみる。彼の持ち物はどれも物持ちがよく丁寧に使われていたように思う。私も彼の形見を少しいただいたのだが、彼の手から離れるとどんなものでもすぐに劣化していったように感じた。
彼がどんな世界を見ていたのだろう、私は昔から気になっていたのだ。どちらかというと無口で独特の雰囲気を纏っていたからだ。そんな彼の日記を手にし、あの時の彼を知れるのだろうか。
彼が見ていた世界、それはどんなものだったのだろう。そして、私は1ページ目をめくった。