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Life is Live ―翠の惑星―

 ドラムの者がパーカッションへと、エレキギターとエレキベースの者は木製のものへとバンドメンバー達はそれぞれ楽器を持ち替えている。トランペットやフルートなど吹奏楽器を持った者もいる。

 演奏が始まる。

 一曲目の重く、暗く、おどろおどろしいデジタルロックと打って変わり、2曲目は民族音楽を思わせる、初めて聞くはずなのにどこか懐かしい、スピーカーを使用しない生演奏アコースティックだった。

 歌い始めるとともに、咲美の服が内陸を思わせるエスニックなドレスに変化し、俺は咲美の口から紡がれる詩の世界へと没頭していった。

 講堂内の景色がぐにゃりと歪み、ここではないどこかへと変わっていく。自我が肉体を離れ、ここいる者たちの意識は世界の歴史を垣間見ることになる。


 遥かな昔、手に手に携えた剣で人と人とが争っている。異なる肌、異なる言葉、異なる神を持つ者どうしが殺し合っている。

 争いの拡大は彼らの智の発達を促し、それがまた争いを広げていく。自らが万物の霊長と謳って恥じない人間たちは、悠久の自然は破壊し、傲慢を極めた人間たちは神をも殺した。

 世界の歴史を俯瞰した俺の意識は、人の進む未来へと流れていった。 

 造物主を殺した人間たちは尚もまだ互いの血を流す事を止めることは出来ず、破壊しつくされた故郷を捨てて、戦いの場を宇宙へと移す。

 互いを殺しつくした人間たち。僅かに生き残った者たちは草原が覆う惑星へとたどり着く。巨大昆虫が支配する翠の世界。

 進化の袋小路に陥り、滅ぶのを待つのみだった人間は、その星で異なる種と交わる。

 人は、生命は常に生き残りの途を探している。別種と交わった人間たちは、その形を変えながらも命の営みを紡いでいく――。

 


五千年後――――


 

燐光を撒き散らす二つの人型が天を舞っていた。甲虫のごとき光沢のある体と、細長く伸びる節くれだった四肢。背から生える透き通った翅。互いが手に携える蜂の尾針を思わせる円錐状の剣を打ち合うと、剣戟の甲高い音が蒼穹に鳴り響いた。

 二騎のエルクルスが戦っていた。

 羽虫のごとく舞う二騎が接触する度に剣戟の火花が空に咲く。比較する物が何もない空中では、対象の大きさは判別しづらい。背から翅を生やした人型が、燐光を撒きながら飛ぶ様は、遠目にはまるで童話に登場する妖精(ティンカーベル)そのものに見えた。蜂さながらに宙を舞うエルクルスは、しかし、物語の妖精のような小人ではない。ましてその体は、人の大きさと比しても遥かに、五倍以上はある巨人だった。

 黄色に輝く甲殻に包まれたエルクルス『キバチ』、その胸部にある琥珀色の宝石、操縦座アンバーの中でセトは高揚していた。

「タルテの奴、出来るようになった……!」

 セトはアンバーの内壁から伸びる握把(ヒルト)を握る指に力を込めた。セトの神経と同調下にあるキバチが連動して剣を握る指を力を込める。騎士からの念を送り込まれた剣が赤熱し俄かに輝きだす。次の瞬間、刀身が炎を吹き上げた。

 「つあっ!」

 繰り出された剣の切っ先から放たれた『烽弾ほうだん』はタルテの純白のエルクルス『ブランビィ』を目がけて飛んだ。しかし、火球が命中する直前に騎体の前方に光の壁があらわれた。

 『六量壁フラーレン』。六角形を敷き詰めた形状の光の格子が、蜂の巣さながらにブランビィをすっぽりと包み込む。殺到した烽弾は光の壁に触れると爆ぜ、タルテは迫りくる火球から騎体を防御した。

 フラーレンを展開したブランビィの動きが止まり、弾着の煙が騎体をつかの間見えなくする。セトがアンバーの中で前進の意を念ずると、キバチの背から生える翅が震えだした。

 エルクルス同士の戦いにおいて、烽弾などの飛び道具が決定打になる事はないが牽制にはなる。セトは、キバチの放った烽弾によりたじろいだブランビィに一気に接近した。

 横薙ぎに払われた剣はブランビィを捉えたかに思われたが、真一文字に裂かれた煙の向こうにブランビィはいなかった。ブランビィもまた煙を隠れ蓑にしてキバチの剣を躱した。

 まるで舞い落ちる雪を斬るかのように手応えがない。斬撃を躱し身を翻したブランビィが斜め下から接近する。だがその行動はセトの予期していたものだった。

 タルテは卓越した騎士であり、タルテの駆るブランビィもまた、並ならざる身のこなしをしていた。ブランビィを捉えるには、あえて隙を見せてこちらに誘い込むしかない。

 セトは同調下にあるキバチに命じた。剣を受け止めろ。騎士の思惟を汲み取ったキバチは、ブランビィが放った袈裟斬りを自身の剣で受け止めた。

 操縦座の眼前で火花が爆ぜ、セトの視界を明滅させる。剣越しに伝わった衝撃が、現実の振動と、感覚同調による痺れとなってセトの手を振るわせた。だが、

「軽い!」

 叫びとともに放たれたセトの攻撃の念は、繰桿を伝いセトを包む球状のアンバーに吸い上げられ、満たされた。そして僅かのラグもなくキバチの全神経に伝わり、騎士の命令を受けたキバチが、手に持つ剣を上段に振り上げた。

「もらったぁ!」

 渾身の一振りは、キバチの懐に飛びこみ、太刀を受け止められたブランビィに振り下ろされる――はずだった。だが態勢を崩したようにみえたブランビィは、打ち込みから間断なく流れるように動き、キバチの返す刀を紙一重で躱した。ブランビィは身を捩ったそのままの動きで騎体を半回転させ、キバチの腹に蹴りを見舞った。操縦座近くの腹部に蹴りを食らったキバチは、騎体を折り曲げ吹き飛んだ。

 肋骨を軋ませ、内臓を揺さぶる衝撃を、セトは激震するアンバーの中で幻覚していた。咳と共に胃液を吐き出す。いやそれは幻覚などではなく、現実の痛みだった。

 しかしセトの受けた真の衝撃は別の所にあった。攻撃直後の無防備な所を突かれる。こちらの意図と全く同様の事を相手にやられた。まさかあの体勢から躱すとは……。

 いや、そうじゃない。あいつが、ブランビィがこちらの剣を躱したのはエルクルスの能力の差ではない事を、セトは感じ取っていた。

 タルテはセトよりもより深くエルクルスと同調している。タルテは人が人の体をる、()()()()()早さと速さ、そして駆動域と精度をもってブランビィを駆っている。

 であるなら、先の打ち込みを躱されたのも道理。タルテと遣り合うには、タルテと同様の深さまで「潜る」しかない。

「そういうお前は――」

 そこでブランビィから回線が開いた。

「大振りに頼る癖が直らないな」

 変わらずの憎まれ口を叩くタルテに怒りが湧き起こり、一瞬前まで感じていた痛みが消し飛んだ。それと同時に喜悦の感情も湧き上がってくるのを自覚して、セトは唇の端を吊り上げた。こいつには感謝しなくちゃな。俺がここまで強くなり騎士となって、巫女様よりこのキバチを賜れたのも、間違いなくこいつのお陰なのだから。

 エルクルスを宙に浮かせ、騎士の意志の通りに空に羽ばたかせる力『普力』。それはあまねく力。エルクルスと、その内に収まる『騎士』とが同調した時に現出せしめる、物体を、エルクルスを重さの軛から解き放ち、天に舞わせる御業だ。

 だが、この巨人エルクルスは誰にでも駆れるものではない。秦樹(たいじゅ)の祝福を受けた者にだけ、エルクルスは同調し得る。中でもセトは、『天曜の騎士(エアリア)』の号を受けるほどの騎士だった。

 そのセトをここまで追い詰めるタルテは、セトと互角、あるいはそれ以上の騎士でもあった。

 セトは胃液に塗れた口元を拭い、タルテのブランビィを見据えた。蹴りの反動で間合いから離脱したタルテは、構えを解いてこちらを伺っている。

「続けるのか?」

 タルテの声音がセトのプライドに触れ、こめかみがドクンと脈打った。これは御前試合じゃない。どちらかが負けを認めるまで、あるいはぶっ倒れるまでやらねば終わらない。

「俺はまだやれるぜ」

 そう言ってセトはヒルトを握り直し、その思惟を受け取ったキバチが剣を構えなおした。回線から「フッ」っとタルテの笑い声が漏れ聞こえ、そして切れた。それが合図となった。

 セトは一つ息を吐き目を閉じた。感じろ。手に持つ剣の重さを。エルクルスの脈動を。大気の流れを。己のエルクルスと、相対するエルクルスのポレンを。深く。もっと深く同調しろ。そうすれば出来ない事は何もない。

 セトはヒルトから手を離し、アンバーの中で四肢を拡げた。セトと同調下にあるキバチが合わせ四肢を拡げる。キバチの背より生える翅から零れるポレンが輝きを増し、その光が騎体までを包みこむ。セトはいま、キバチの甲殻に当たる風の動き、その空気の粒子一つ一つの動きまでを感じていた。

 セトが再び目を見開いた時、その視界はキバチの視界と一体となり、セトとキバチは一つとなっていた。

「おおおおおおおおお……」

 セトの咆哮は、キバチの嘶きとなって天曜の空に鳴り響いた。

 キバチが剣を腰溜めに構え、羽ばたく。相対するブランビィも、鏡合わせのようにこちらに吶喊する。

 キバチとブランビィが二騎分の相対速度で正面から衝突し、打ち合わされた剣が両騎の間でスパークの閃光を散らした。




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