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文化祭

 11月10日 午後16時

 西日は校舎をオレンジ色に染め上げ日没が近い事を告げている。ちょうど一月前もこんな風に沈む夕日を見ていた。あの時は二人で。

 文化祭は18時に終わり、例年通りなら一般来訪客たちは概ね学校から去って、校内には湊高生しか居なくなる時間帯で、校門は帰宅するもので溢れる頃合いだ。

 だが今年の文化祭は違った。

 校門からは未だに新たに校内に踏み入る者が後を絶たず、皆が「その時」が来るのをせわしなく待っていた。

 講堂に向かう人波を校舎の屋上から見下ろしながら、俺は今日までの事を思い出す。

 一週間前、人気の曲書きの黯の書いた曲を天音が歌った動画は瞬く間にランキング上位に入り、SNSで話題になるとまたそれが拡散されてバズりにバズり、天音はたった一週間で人気の歌い手となった。

 その天音が通う高校の文化祭でライヴするという情報も一緒に広まると、その天音と黯を一目見ようと、ここ湊高校には在校生、一般来訪客を問わず多くの者が押し寄せてきていた。

 俺も一月ぶりに登校した学校で、天音と黛――俺の幼馴染の咲美と、ヴァンパイアである黛が現れるのを待っていた。もっとも、いま、眼下にいる、ライヴを待っている者たちとは別の理由でだが。

 咲美と黛は一週間前から学校に来ず、姿を消していた。

 あの動画を見た俺は、気が付いたら2人の姿を探していた。病院から飛び出した俺は、すぐに咲美と二人で暮らす家に戻ったがそこに咲美の姿はなく、クラス名簿に記された黛の住所にも赴いたが奴は居なかった。

 そこで自分の思考を反芻し、俺の腸が煮えくりかえった。

 咲美と黛を無意識の内に「二人」呼ばわりしている自分の脳を剣で突き刺したくなる。


「10月10日 次の湊高校文化祭にてライヴ開催」


 この告知を信じるならば、咲美と黛はまもなく姿を現す。

 公衆の面前で戦うわけにもいかず、決着をつけるのはその後ということになる。

 だが、それは半分は言い訳だ。

 俺自身、咲美と黛のライヴを見たくないという気持ちと、見てみたいという相反する気持ちが渦巻いている事は、偽りない事実だった。

 だがなぜ黛はこんな事をしたのか? 

 一週間も欠席していた者たちが文化祭のステージに立てるのか、そもそもこんなお堅い学校で学外から大勢を集めてライヴなどという大それたマネができるのかという疑問があったが、既に学校の教師や理事たちは既に黛の支配にあった。

 俺が戦った時に受けた、相手をヴァンパイアに変えてしまうような強力な呪いではなく、催眠程度のものであったが、あのヴァンパイアとっては造作もないことであっただろう。

 ライヴに人を招くためには告知に時間を作る必要がある。だがその間に退魔師に――俺に姿を見られる訳にはいかない。

 ヴァンパイアが自身の居場所を退魔師に知らしめている愚行を犯し、またそれは、退魔師にとっての屈辱でもある。

 俺だけでなく世界中に居る退魔師に、身を晒す危険を冒してまでなぜ奴はこんな事をしようとしているのか?

 その上、あの黛は人に化けたヴァンパイアであり、一月前のあの日までは俺のクラスメイトとして――友として偽っていた。

 そう思うとまた腹の傷を怒りの炎が燻ったが、同時に黛に対する疑問が、心のどこかで拭いきれずに燻り続けた。

 なぜ黛は音楽を発信するのか、なぜ俺に友として振舞ったのか、なぜ咲美を選んだのか――。


『闇と戦うものは、自らが闇に呑まれてはならない』

『試練』


 修業時代に何度となく教えられ、また今日の出立の前にまた師匠に掛けられた言葉が脳裏に蘇った。

 闇に呑まれてはならない、試練――俺にとっても咲美にとっても、今がその時であるのか?


『まもなく、講堂にて一般参加による演奏会です』


 スピーカーから流れるアナウンスが物思いの時間を終わりにした。

 俺は屋上から飛び降り、講堂へと向かう。



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