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北9・天井見る黒月と太陽みるミラレット

 そう、サンドリア側に今回の攻勢情報をわざと垂れ流しておいたのだ。敵からしてみれば願ってもない情報だ。すぐに戦線右翼に隊を集めてくれた。これでせめぎ合うことが可能となった。


 「一一一大隊から通達です。予定通り、本日11時30分頃には貫通する見込みとのことです!」


 連絡員が報告する。この指令室の壁際には連絡員がびっしりと並んでいて、ヘッドフォンを着用して現場部隊とひっきりなしに連絡をとりあっている。計20人ほどの連絡員がみなそれぞれに話しているので、部屋の中央にいる楊に声を届けるにはそれなりに声を張らなくてはならないようだ。


 「了解した。それでは一一一大隊に、貫通30分前に再び連絡を入れるように伝達。『覚の祝福者』を数名起用し、貫通までの時間を正確に把握するようにとも伝えろ。その連絡をもって、今攻勢の第2作戦へ移行する。」


 楊がすぐに返事をする。


 「了解しました。伝達します。」


 連絡員に各師団の師団長、そして楊がせわしく現場と連絡をとりあいながら働いている。そんなさなか、黒月はというと暇をぶっこいていた。まあ、仕方のない話ではある。参謀の出番は行動前の立案と、作戦中に重大なエラーが生じたときの再立案が主だ。むしろ、作戦中は暇な方がいい。


 「なあ、アレクセイ。この紅茶ここ最近で一番の出来だよ。ホントに上手い。」


 暇を極めた黒月は、隣に座って作戦書を読み直しているバカ真面目なアレクセイにダルがらみを始める。


 「そうですか参謀長。それはなにより。」


 「え、なにその興味ないです感丸出しの返事。やっぱりアレクセイもあの苦い苦い黒汁信者なのかい?」


 「黒汁って……コーヒーはあの苦さとその中にある香ばしさ、そしてひそかな酸味とのバランスを楽しむものです。それより、黒月一段はこの北方司令部の参謀長なのですから、いくらやることが少ないとはいえ、ことの成り行きを確かめるなど、多少はそれらしくしていてくださいよ。」


 アレクセイは書類に視線を向けたまま、平たんな声調で答える。黒月は後ろ2本の脚でバランスを取るように椅子を傾け、手を頭の後ろに組んで、指令室の高い天井を見ながらぼやく。


 「そう言われてもね……僕らは暇なくらいがちょうどいいんだよ。あーあ、本当に暇すぎて死ぬわ。」






 「忙しすぎて死ぬ!ホントにこれはヤバい……きゃっ!」


 ドーン。ここは弾頭飛び交う戦線右翼上空。ミラレットたち飛行部隊はてんやわんやだ。作戦では、敵に戦線左翼の掘削を悟られないように『いい感じ』で激しく戦えとのことだったが、全然『いい感じ』ではない。バチコリ激戦と化している。


 「大丈夫ですかー!大隊長ー!!」


 「私はいい!それより前方2時の方向!敵飛行士3人来てるぞ!撃て―!」


 ミラレット率いる第1班が敵に掃射する。飛び回る敵を上手く2人撃ち落としたが、ひとりは逃がしてしまった。


 「ひとり逃しました!」


 「ッチ!ちょろちょろとやかましいな!残ったあいつは私が殺る!お前たちは戻って爆撃機援護の指示!」


 「り、了解!ミラレットさん、お気をつけて!」


 部下ふたりを持ち場に返すと、ミラレットは加速して敵飛行士に接近する。敵はミラレットに銃口を向けながら、連射しつつ後方に飛んでいく。ミラレットも打ち返しながら飛んでいくが、なかなか当たらない。相手も相当の手練れだ。


 「らぁ!逃げてんじゃないわよ!」


 ミラレットが体をひねりながら敵弾をスレスレでかわし、グングン敵との距離を詰める。敵もこれはマズイと思ったのか、散乱させるように連射し弾の壁をつくりながら上昇する。


 逃がしてたまるものかと、ミラレットも急上昇する敵を目線で追う。


 「あっ………」


 マズイ。敵と太陽が被って逆光状態だ。敵の動きが見えない。その時、敵銃口からパン、と発砲音が響く。流石に、太陽相手に目をかっぴらくことはできない。つまり、自分に発砲されたであろう弾を見れないのだ。見れない弾なんて避けようがない。


 だが、それはミラレットには当てはまらない。流石にこの距離での散弾銃は不可避だが、ライフルの単発であれば、培ってきた勘と類稀なる身体能力でギリ回避可能だ。


 ミラレットは発砲音を聞くやいなや、それが自分の顔面に向かってくると察知し、体をひねると共に一瞬にして数十センチ下降し、銃弾が頬をかすめるかという距離で弾を避けた。


 そして、下から撃ち上げたカウンターショットが敵の顎から侵入し脳天まで突き抜けた。敵の頭がグンと後ろにはじかれ、そのまま力を失った体は地表へと落ちてゆく。


 「ふう、危なかったけど、なんとかなったわ。」


 地へ吸い込まれてゆく敵……だったものを眺めつつ、息を整えてつぶやく。


 「隊長ー!大丈夫ですかー!」


 聞き覚えのある班員の声が聞こえる。ミラレットの第一班は四一二大隊第一中隊の第一小隊第一分隊に属する。つまりは、この大隊の頭だ。駆け寄ってくる(といっても飛んでいるので正確には飛び寄ってくる)彼は、この大隊の副隊長だったりする。彼らには爆撃機の援護の指示をしろと言ったはずだが、そちらはどうやら落ち着いているようだ。


 「ええ、大丈夫よキール。ギリギリで勝てたわ。それにしても、第2作戦はまだなのかしら!」


 「さすがにそろそろだとは思うんです……というかそうであってほしいのが本音です。」


 「作戦開始からもう5時間だもの。みんな疲労の色が濃いわよね。四一二大隊各中隊、状況報告!」


 ミラレットたちはなおも降り注ぐ(上空にいるので正確に言えば弾は足元から打ちあがってくるのだが)銃弾を避けつつ、さらには敵「空の祝福者」と爆撃機と応戦しながら、自軍の爆撃機護衛も行わなければならない。いくら精鋭とはいえ、それを5時間はかなりキツイ。


 「第2中隊、リタイアは5人のみ!他は疲労はありますが大丈夫です!」


 「こちら第3中隊!こちらはリタイア11人!塹壕への俯瞰掃射を続けていますが、敵からの反撃が想定より激しいです!」


 各中隊長から連絡が入る。良かった。やはり信頼のおける仲間たちだ。これだけ戦ってこれだけの余裕があるとは素晴らしい。ミラレットが中隊長を兼任する第1中隊もリタイアは数人だ。


 「よし、おそらく第2作戦以降までもう少しだ!各自もうしばら……いや、ちょっとまて……。」


 ミラレットがふたりの中隊長との連絡を一旦止め、別の回線との連絡を始める。ゴソゴソっと数語話したあと、その回線を切り、今度は大隊各員との連絡線を引く。


 「よし、四一二大隊各員に通達!今すぐ後退!右翼の制空戦をまもなく到着する四〇二大隊に引き継ぎ、我々は即時戦線左翼へ移動!急げ!」


 その連絡は、この攻勢が第2作戦へ移行したことを示していた。

裏話コーナー


・さすがに少しは戦闘シーンがあった方がいいなと思って書きました。「さっきまで敵だったもの」という表現、自分で気に入っています。

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