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北8・攻勢開始

 「おはよう黒月参謀長。ついにこの日を迎えたな。」


 「はい。おはようございます総司令官。昨夜は雪も降らず、今日は絶好の戦争日和と言いますか、作戦実行には素晴らしき天気ですね。」


 「ああ……。そうだな。」


 ジーグン暦1027年11月6日早朝5時、つまりはジークメシア帝国のサンドリア公国に対する前冬季全面攻勢作戦実行当日の朝。黒月と参謀次長のアレクセイ、各師団の師団長、そして北方総司令部総司令官の楊を含めた司令部の各員は、北方総司令部指令室に会していた。


 黒月が指令室に入ると、楊がそう声をかけてきた。やはりどこか幼さは感じる声ではあるが、空気の冷たさと相まって凛と張りつめた空気に声が揺れ、その緊張と興奮が鼓膜から脳に直接入り込んでくる。


 師団長らや司令部の面々は、黙して黒月に視線を注いでいる。黒月がこの北方に赴任してきてからもう半月ほどが経つが、彼らがこうして黒月とじっくり会うのはこれが初めてなのかもしれない。本当にこのような青年が帝国北方軍の参謀長なのかと、疑いと好奇、そして期待の目線を注ぐ。


 黒月は自身に突き刺さる視線を気にもせずに自分の席まで進むと、ゆっくりと腰を下ろす。黒月の席は会議用長机の長辺の一番端、つまりは楊の「お誕生日席」のすぐ隣の席だ。長辺の横の席にはアレクセイがいるので、座り際に小声でおはようと挨拶する。席に着くと、すぐに楊にむかって口を開いた。


 「で、もう5時だけども、爆撃機中隊と第四〇一、四〇三、四一二大隊の離陸準備はできているんですか?」


 「ああ、もう済んでいる。予定通り、15分後、5時15分には戦線右翼に向かって発進する。」


 黒月は無言で頷く。少し黒月も緊張している節があるのだろう。動きが小さいというか、どこか直線的でぎこちなさがのこる。


 「じゃあ、あとは楊総司令官の指揮と、現場部隊に任せるとしますか。参謀が当日にできることなんて限られていますからね。」


 黒月はそう言い放つと、座ったばかりだというのにまた席を立ち、部屋の隅にあるコンロの方に向かう。恐らく、紅茶を淹れるためだろう。


 楊は黒月の言葉を聞き、ああ、と軽く返事をした。そして、両手を机に力強く押し当て、座っていた椅子から立ちあがり、指令室の窓ガラスを揺らす声量で宣言する。


 「諸君、攻勢の始まりだ。勝利が絶対だ。そのための作戦は既に黒月参謀長ら優秀な参謀課が立案してくれた。あとの現場部隊指揮は我々の責務だ。勝つぞ!北方のプライド、いや、帝国軍人の矜持にかけて!」

 





 「四一二大隊、四一二大隊、こちら司令部。位置と進行状況を伝達せよ。どうぞ。」


 「司令部、司令部、こちら第四一二大隊隊長ミラレット。現在高度2000、敵陣地8キロ手前上空を飛行中。作戦通り、四〇一、四〇三、爆撃機中隊と共に6時に右翼敵塹壕上部に到達予定。どうぞ。」


 「了解。作戦成功を祈る。」


 無線機での報告を終えると、ミラレットは改めて眼下に広がるサンドリア山脈を眺める。なだらかに広がるこの戦線右翼には、敵味方の塹壕が張り巡らされている。ちょうど今、友軍塹壕上部を通過しようというところだ。


 初撃飛行部隊の任務は敵塹壕と敵飛行戦力に一定のダメージを負わせ、味方地表部隊の突撃をサポートすることだ。自分たちの仕事具合で味方の損傷具合が大きく変わってくる、重大な任務だ。


 「それでは初撃飛行部隊諸君、敵陣地目前だが、配置の再確認だ。四〇一、四〇三大隊は塹壕への俯瞰射撃、四一二大隊は爆撃中隊の護衛だ。敵飛行戦力もお迎えだろうから、各自、ぬかり無いよう。」


 ミラレットが再度皆に確認を行う。ちょうど確認が済んだところで、敵塹壕を目視できる範囲に到達し、作戦開始の時刻となった。


 「散開!」


 ミラレットがそう無線に向かって怒鳴ると、美しい飛行隊列を組んでいた各部隊が一気に四方へ散る。攻勢開始だ。






 「四一二大隊、四一二大隊、状況を報告せよ………………了解した。それでは、現時刻をもって戦線左翼の第1作戦を開始する。貴隊は引き続き制空戦に務めよ。」


 6時を5分ほど過ぎた。連絡員がミラレットと無線をつなぎ、状況の確認を行う。どうやら初撃は成功したようだ。その無線を聞き、黒月は満足げな顔をする。


 「いやー良かった良かった。これで無事に作戦を進行出来ますね。総司令官殿。」


 「ああ、そうだな参謀長。では、現時刻をもって戦線左翼の第1作戦を開始する。戦線左翼に待機中の第一一一大隊に通達。予定通り、本日正午までにサンドリア山脈を貫通するトンネルを掘りぬけ!」


 そう、今攻勢の初作戦にして何よりも重要な段階。それが第1段階の「トンネル作戦(仮称)」だ。黒月ら参謀課が3日にわたり缶詰となった結果、戦線左翼を突破する方法として、この世紀の妙案が立案された。


 山脈が険しい左翼では、人員を右翼に割いた状態での突破は見込めない。それならば、突破でなくてすり抜けてしまおうという考えだ。「力の祝福者」部隊に、6時間たらずでサンドリア山脈を貫通するトンネルを掘ってもらう。右翼の陸と空でかなり激しくせめぎあいが行われるため、相手の「覚の祝福者」に気付かれることもない。


 そしてもうひとつ、この右翼で陸と空でかなり激しいせめぎあいを行うには、そもそもそれをできるだけの相手軍勢が必要だ。無論、黒月はそれについてもバッチリ作戦立てていた。 

裏話コーナー


・ついに攻勢開始ですね。戦闘シーンをもっと書こうかどうか悩みましたが、参謀・戦略小説ということで、かなりそこは割愛しました。決して、書くのが面倒だったとかではありません(震え声)。

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