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南23・それでも

あとがきがあるのでページがやけに長くなっているかもしれませんが、本文はそんなに長くありません。

 桂樹(かつらぎ)の顔が、一瞬、人形のように固まった。桂樹ほどの美少女の固まった顔は、等身大のフィギュアとでも言うべき様相だ。


 そんな桂樹の口からは、戸惑いが漏れる。


 「え?た、戦っていた?私は休日で、休んでいたのよ。それに、私は参謀。戦場に出て戦うなんてしないわ。」


 その返事を聞くと、黒月はデスクの引き出しから、一枚の写真を取り出した。いや、写真ではない。何かの模写だ。しかし、写真かと思うほどに精巧な絵。


 絵には、ある人物が、銃を持って雨空を飛んでいる様子が描かれていた。顔は描いてないので誰なのかは分からない。しかし、その人物は陸兵と交戦中なのか、頬に弾がかすめた瞬間が描かれている。


 桂樹は、その写真を見て、またも一瞬固まった。その様子を見て、黒月はゆっくりと口を開く。


 「これは、奇襲作戦当日に、西部駅の防衛を担当していた隊の隊長に書いてもらった絵だ。とても上手でしょ?そう、その隊長さん、『知の祝福者』なんだって。だから、一度見た景色をこうやってそっくりそのまま書き写せるらしい。それにしても、まさか陸兵のなかに『知の祝福者』がいるなんて驚きだよね。参謀課の『空の祝福者』ほどではないけど、滅多にいない。」


 黒月はそこまで言うと、急に話のトーンとペースを落とす。


 「それでね、この絵。見たら分かると思うけど、西部駅を襲った敵の海中飛行隊士が、頬に傷を負った場面だ。……それで、この頬の傷……桂樹さんが奇襲作戦の翌日に会った時に『紙で切った』って言ってた傷と、奇しくも全く同じ形の傷なんだ。それだけじゃない。この飛行士の身長や体格だって、桂樹さんにそっくりだ。そんなことって、普通、あるかな……?」


 桂樹の頬の傷は、さすがにもうほぼ治っている。


 「僕、考えたんだ。もし桂樹さんが裏切り者だったら、奇襲作戦当日にどう動いてたのかなって。そしたら、そこには休む理由なんてなかった。自分が海中飛行隊として西部駅を襲うっていう理由を除けばね。」


 桂樹は、何も言わない。


 「そう考えたら、あの時の返事だっておかしかった。桂樹さんは、僕が海中飛行隊の案を最初に話した時、『偵察の時の飛行速度は、通常飛行時の半分以下、戦闘時の四分の一以下』って言った。でも、なんで参謀課の桂樹さんが、戦闘時の飛行速度を体験しているんだろうって。軍学校では、通常飛行の速度くらいまでしか訓練しないはずだ。そこから先は、配属先の隊が訓練を引き受けるから、軍学校を卒業してからずっと参謀課の桂樹さんが、戦闘時の飛行速度なんて体験してるはずがないんだ。」


 「た、たまたまよ……。」


 桂樹が、弱弱しくそう言った。細々とした声で続ける。


 「たまたまよ。全部。頬の傷は、本当に紙で切っちゃったの。それがどこかの飛行士の傷と同じことだってあるでしょ。それに、私の軍学校の教官が、授業のあまり時間に、飛行速度を戦闘時くらいまで上げる方法を話してくれてね、それで飛んでみたことがあったの。だから、今黒月君が言ったことは、全部勘違いだわ。」


 それは、苦し紛れの反論だった。それは口にしている桂樹自身が一番よく分かっていたし、黒月も、それは感じ取っていた。


 黒月は、正直、今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。1カ月半に及んで共に過ごした同僚を、こうして「裏切り者だろ!」といって糾弾することは、とても耐えられない。できれば、自分の疑いが完全に間違いだったと分かる証拠が桂樹さんから出されるか、もしくは桂樹さんがスパイ行為をすぐに認めてくれないかと思っていた。


 しかし、黒月のそんな願い虚しく、桂樹は未だに否定している。黒月は、この話を終わらせる決心をして、デスクの引き出しからさらに一枚の紙を取り出した。


 その紙は、ジークメシア帝国の南方部分と、ザックノア半島が描かれた地図だった。しかし、地図だけではない。そのなかに、なにやら黒い線が引かれている。その線はコリの町から南に向かって伸び、そのまま敵陣地まで進み、さらにその奥、ザック国の首都近くまで伸びている。


 「これは、技術課に頼んで作ってもらった、対象の現在地が分かる機器の追跡結果だよ。対象は……桂樹さんだ。君が、昨日、ザック国の首都周辺まで飛んで行ってる。普通、こんな飛行をしたら敵にすぐ撃ち落とされる。それが、何故か首都まで無事に辿り着けているんだ。そもそも、なぜ桂樹さんが敵国の首都まで休日に単独で飛来しているのか、説明がつかないと思う。」


 黒月は、そう言うと、桂樹の顔を改めて見る。桂樹は唇を噛み、その大きな瞳を更に大きく広げ、肩で息をしている。


 もう、言い逃れはできない。


 でも、それは桂樹にとって、どこまでも悔しいことだった。精鋭中の精鋭で、軍学校の頃から含めればもう5年以上も誰にも自分の正体を見破られたことなんてなかったのに、たった1カ月かそこらの付き合いの同僚に見破られるなんて。


 それ以上に、黒月の理論には、全く整合性がないことも、桂樹を憤らせた。黒月の話はどれも仮定に基づく懐疑で、理論的に裏切り者をあぶりだしたわけではない。いや、そもそも、理論的に裏切り者を導き出せるような行動は、してこなかった。


 そのはずなのに、この黒月という男は、各行動のちょっとした部分を捕まえて離さなかった。そして、証拠を得るための行動に出たのだ。正直、まさか戦った西部駅の陸兵が自分のことを覚えているなんて思っていなかったし、そんな世界初の機器が自分に取り付けられていたなんて、他人の夢ほどに想像できない。


 もしここでどんな上手い反論をしたところで、これだけの証拠が取り押さえられていれば、それはほぼ無意味だ。こんなにも怪しい人物は、上が確実に除籍処分にするだろう。


 桂樹は、悔しさと、憤りと、そしてどこか諦めた気持ちをぐちゃぐちゃに抱きかかえながら、一言、呟いた。


 「さようなら。」


 こんな時にも、黒月はそんな桂樹を可愛いと思ってしまった。

裏話コーナー


・裏切り者は桂樹さんでしたね。皆さん、予想は当たっていましたか?そして、いつ頃気が付きましたか?さて、南1の裏話コーナーに書いたことを、覚えていらっしゃるでしょうか?実は、この結末は、桂樹が登場したときに予想ができないことも無い設定だったんです。


 本来、こういう種明かしは読者の方が自主的に調べて、そこで考察を行って楽しむものだと思うのですが、私のような貧弱作者にそこまでしてくださる方はいらっしゃらないと思うので、ここで解説させて下さい。


 桂樹江里花。桂樹さんの名前です。

 下の名前の江里花は、エリカという花から来ています。エリカのなかでも「ジャノメエリカ」という種類のエリカの花言葉は、「博愛」「幸運」「孤独」そして、「裏切り」です。

 そして、桂樹という苗字。これは、これ単体では意味はありません。桂樹が、黒月と出会うことで意味が出てきます。黒月の「月」の字を借ります。「桂樹」に「月」を足す、そう、「月桂樹げっけいじゅ」です。月桂樹の花言葉は、「栄光」「勝利」「名誉」「死すとも変わらず」そして、「裏切り」です。

 桂樹江里花という名前は、花言葉からとると、裏切りを暗示した名前だったんですね。南1の裏話コーナーで「とあることに精通していらっしゃる方なら」と書いたのは、花言葉に詳しい方ならもしくは、という意味だったんです。


 今までの裏話コーナーをお読みくださった方なら分かると思いますが、私は綿密に伏線を張るというよりは、気付けば伏線になっていたという伏線が多いタイプです。ですが、この桂樹江里花の名前の伏線は、書き始めからバッチリ考えて仕込んだものです。なんなら、この南方編の主眼はここにあったと勝手に思っています。


何はともあれ、楽しんでくださったのなら、幸いです。まだ南方編は続きます。

 

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