南22・覚悟を決めて
それは、いつもの風景だった。それは、もはやその風景を「いつもの」と形容できるほどには、その景色は繰り返されてきた。
参謀次長室に、ふたりの青年。ひとりは黒月で、もう一人は桂樹。お互い自分のデスクの椅子に座って、作業をしている。戦線が『回って』からはや2週間。ふたりは、次の行動に向けた立案と、現時点での各駅の整備に追われていた。
しかし、黒月を見ると、全くその手が進んでいない。黒月がデスクワークが苦手だ、ということもあるが、それ以上に、全く集中していない。自分の手元をジッと見つめて何かを考えては、思い出したように少し作業して、またすぐ止まってしまう。
黒月は、今日こそ言うぞ、と心に決めていた。受け入れがたい推論の結論と、そこから得られた証拠。もう言い逃れの出来ない程に、その人物が裏切り者だった。しかし、いざその局面にいると、いつ話を切り出そうものかと考えてしまって、なかなか話が進まない。
そんなことをしている間に、作業を始めて2時間が経過した。普段ならたわいもない会話を挟みながら行う作業であるが、今日は黒月がそんな様子だからか、ふたりは全くの無言で作業していた。
しかし、そんな無言に流石に耐えかねたのか、桂樹が作業の手を止め、座ったまま大きく伸びをして、あくびをひとつ。そして、あくびで出た涙で目をうるわせながら、黒月に話しかけた。
「まったく、なんだか最近は戦線もやけに落ち着いちゃったわよね。」
この機会を逃がすまい。黒月は、桂樹から受けたこの会話のパスを糸口に、なんとか裏切り者の話題を切り出そうとした。
顔をあげて、桂樹の顔を見る。
相変わらず、大きな瞳だ。吸い込まれそうな程に澄み切っていて、綺麗な瞳。それに麗しい髪と肌艶。どれをとっても、美少女と言うに差し支えない、いや、これこそが美少女という容姿。
そんな桂樹に対して、この言葉を切り出すのは、それが必要なことでも、だいぶためらわれた。桂樹が黒月に話しかけてから、やけに長いタイムラグを伴って、黒月が口を開いた。
「桂樹さん……。」
「なに?」
やけに声のトーンが低い黒月に、桂樹は首をかしげながら応える。
「桂樹さんが……裏切り者、ザック国のスパイなのかい……?」
空気が、一瞬固まる。両者共に、それを肌で感じ取っている。
「え?スパイ?ええ~なんで~!?前も言ったけど、そんなわけないじゃない!」
桂樹が、やけに明るく返した。頬が薄く桜の色に染まる。黒月は、そんな桂樹のようすを見つめながら、次の言葉をどう切り出そうか、悩む。
ここで、「いや、だよね。なんでもない。」と会話を終わらせることができたなら、なんて楽なことか。今すぐ、そっちの選択肢を取りたい。
それでも、帝国軍人として、それ以上に黒月という人間にとって、そうやって気まずさから逃げることは自分が許さなかった。断腸の思いで、つらつらと言葉を吐いてゆく。
「いや、そうなんだけど、それでも、そう考えると全ての説明がつくんだよ。」
桂樹は、無言で話を聞いている。
「今回の奇襲作戦、その情報がほとんど全て敵に漏れてた。つまり、海中飛行隊という存在と、Ⅱ駅の奇襲、それに西部戦線の無理な押し上げの情報だ。敵はこれら全ての情報を持っていて、敵も海中飛行隊を作り、無理に押し上げた西部戦線の横をすり抜けて西部駅を攻撃しに来た。そのうえ、Ⅱ駅は対空準備をばっちり整えていた。」
なおも無言の桂樹。
「別に僕は、理論的に絞って、君が裏切り者だと判定したわけじゃないんだ。ただ、少しづつの違和感をたどると、君なんじゃないかっていう結論に至ったんだよ。例えば、西部戦線の無理な押し上げ。あれを参謀長に薦めたって、桂樹さんだったよね?」
「ええ、そうだけど、それはその作戦が有効だと思ったからよ。まさか、敵がその横をすり抜けてくるなんて思わないじゃない。それは黒月君もそうでしょ?」
桂樹が、落ち着いた声でそう返した。
「それはそうかもしれない。でも、違和感のひとつではある。」
口をつぐむ桂樹。黒月は、言葉を続ける。
「もうひとつ気になったのは、桂樹の毎週のスケジュール。水曜に偵察、木曜に定例会議、そして金曜に休み。これ、凄く意地悪な見方をすれば、スパイがこちらの情報を持って帰るのに、素晴らしい組み合わせだと思うんだ。両陣営の状態を把握、そして会議を経て翌日には休み。つまり本国と連絡したり、『空の祝福者』だったら帰国することもできるでしょ。」
「そ、それは黒月君の言う通り、意地悪な見方だからじゃない?」
確かに、桂樹の反応した通りではあった。別に、そうだからといってそういうスケジュールの人がみなスパイかと言えば、そんなはずはない。
「それで、最後にやっぱりこれは怪しいな、と思ったのは、敵に、こちらがⅡ駅を諦めてⅣ駅を奪いに行くことが知られていなかったこと。もしあの場に、僕が作戦を思いついたその場に裏切り者がいれば、裏切り者はその大切な情報を本国に送れたのに。でも、桂樹さんは休みを取っていて、あの場にはいなかった。」
桂樹の顔には、疑問の表情。
「え?でもその話だと、私は裏切り者ではないっていうことにならない?私はその日は休んでいて、その”大事な情報”に出会えなかったわけだから。やっぱり、私はスパイなんかじゃないってば。ねえ、黒月君。」
桂樹の返答を聞くと、黒月は一度深呼吸をした。
「いや、そうじゃないんだ。あの日、桂樹さんは休んでいて、情報を得られなかったんじゃない。他にすることがあって、休まざるを得なかったんだ。」
桂樹の顔がこわばったように見えたのは、黒月の思い違いだろうか。そして、次の黒月の一言で、それは思い違いなどではなく、確実に、そうなった。
「桂樹さん、あの日、本当は君は戦っていたね?」
裏話コーナー
・さあて、佳境に入ってきましたね。この黒月の推論、皆さんはどう思いますか?少し荒いな、雑だな、と思う方
、もう少し待ってください、彼がこういう推論をせざるを得なかった理由が、次くらいには明かされます。




